2023年07月30日

No.841:“節制”は悪?

 毎日のニュースだけでなく、いろいろなところで特集を組んだり、ダイジェスト版とかでテレビに出てこない日はないのが 今や日本で一番有名な人といってもいい 大谷翔平選手である。
 ただ、あそこまで騒がれると「すごい」というより「またか」という感じになり、すっかり慣れっこになってしまい、私のように性格が少し曲がっていて、人が騒ぐものにはあまり関心を寄せない“ふり”をするところがある者にとっては、決して見ていないわけではないが、「また大谷」と人前ではさらっと流してしまうことも多い。
 逆に「えっ ほんま?」というようなあまり話題にされないようなことであれば、自ら入っていって、「それでどうなん?」と聞き入ってしまい、自分でも結構楽しませてもらうことがある。

 とはいってもまた大谷選手の話に戻ってしまい、多くのところで報道されているので皆さんもご存知と思うが、この大谷選手の日々の生活で何とも驚くのは、今季になってから一度も外食をしたことがないという 話である。
 推定年俸43億円ももらっていながら、「なんで?」と思ってしまうが、やはり自己節制があってこそ今の活躍があるのだろう。
 ただ自己節制といっても食事をはじめとする栄養のことだけでなく、睡眠時間や他の時間の使い方も無駄なく、無理なく、すべてが野球でいい成績を収めるために ということのようなので 恐れ入ったというか 思わず手を合わせたくなるような行動である。
 日本のプロ野球選手が何人かで焼肉屋さんへ行ったとか、銀座や六本木のクラブで飲んでいたとかいうようなことも話題になったこともあったが、この違いを見れば 選手としての成績に開きが出るのもうなずけてしまう。

 ここからは野球の話からはそれていくが、今の時代、節制というか、「がまんする」ということが決して良いようにはとられない時代に変わってきている感もあるし、今では 特に他人様へがまんを強いるなんていうことはあってはならないというような社会になってきている。一歩間違えば 犯罪行為ととられかねないもの。
 まだ私が若かった頃は節制ということは美談ととられる時代であったし、これは次なるステップへの必要不可欠なものであり、何かを乗り越えたい時にはある程度 無理をしないと乗り越えられない という風にも教えられてきた。
 “節制”ということを仕事の観点から考えていくと重い話しになってしまうので、仕事のことはちょっと横に置いておき、仕事以外で自分に対して節制していることを考えてみたところ、なかなかうまくいっていないが減量とお酒の量をひかえることであろう。
 もうこの歳になると、特段 スマートになったり、引き締まった体になりたいというわけではないが、日頃のスーツが無理なく着れる体を保っておきたいとは考えている。お腹パンパンにはなりたくないので・・。(なっているのかな?)
 ただ、これは食事の量を抑えるだけではどうしようもなく、毎日 かなりの量を飲んでいるお酒の量を減らさないことにはなかなか成果は出てこない。
 先日 税理士会の懇親会で同じテーブルになった50代〜70代の方々はみんな健康そうで、体も比較的締まった方ばかりであったので、話を聞くと「お酒の量は年々控えめに」とか、「毎朝5時半から1時間は散歩をしている」というように自らに何らかを課されていた。
 別に今さら受験生のように寝る時間を惜しんで勉強するというような節制は必要でないし、また大谷選手のようことはまねができないが、日々の生活で“キレ”を保つためには、自分なりに節制をし、体をいい状態に保っておくことが必要なのであろう。
 あまりできていない自分が言うのもどうかとは思うが、自分ではある意味 ストイックな面も持ち合わせていると思っているので、本当は結構“節制”ということがは好きなんですけどね・・。
 でも、お酒だけは飲んでしまいますね 健康診断の前日以外364日。
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2023年07月23日

No.840:高校野球からいろいろなことを考えました

 高校野球ファンの私にとっては体がうずうずしてくる季節である。
 前回も少し触れたが、私の母校(近くの高校と統合され校名は変わった)が、3試合連続 1点差で勝利を収めてベスト8まで進み、今日は準々決勝があった。
 ベスト8の他の7校は全て私学、しかも7校とも甲子園の出場経験のある高校で、誰が見ても母校の1校のみ見劣りするが、ここに残っているだけで誇らしい限りである。
 今日の試合は予想どおり?負けてしまい、しかも9対2の7回コールド負けではあったが、甲子園ではなく 久しぶりに身近なところで野球を楽しませてもらった。
 高校野球ファンとしては何としても手に入れたい甲子園のチケットは7月20日から発売されているが、お盆の期間[8月11日(祝)〜8月15日]で私が確保したい席はすでに売り切れで、「あっという間やな」と思っていたが、昨夜、次男から「8月13日のチケットが取れたで」と連絡があり、思わず「ありがとう」と返しておいた。

 実は私の向かいの家にも野球少年の兄弟がいて、休日になるとお父さんまでユニフォームを着て、毎週 試合に同行されていたし、夜になるといつも素振りをしていたが、最近 お兄ちゃんの方を見かけないので尋ねたところ、「甲子園目指せる学校ということで遠い所行ってしまいました、香川県まで・・(尽誠学園)。」と話されていた。
 また、前の職場でいっしょに仕事をしていた元高校球児であった税理士さんと先日仕事の話をしていて、話の最後に「息子さん野球やってんの?」と尋ねたところ、こちらは「そうなんですよ、何とか甲子園に行けるようにという親子共通の想いで福井県の全寮制の学校に行きました・・(敦賀気比)」と熱く話されたいた。
 本格的に野球する子にとっては 今は地元志向はわずかで、こういった野球留学も一般化しているとは聞いていたが、私の身近なところでもこういった例があったことに少し驚いていた。
 ただ、高校野球も少子化の波が押し寄せており、最近では自分の高校だけでは9人のメンバーが揃わず、数校がいっしょになって予選を戦う合同チームもあちこちで見られる。
 これは決して地方都市や過疎地だけでなく、京都府でもあったし、東京都や大阪府の予選でも目にしたので 今や当たり前のようになってきている感がある。
 逆にいうと高校の数が生徒の数に見合っていないということの表れで、今後 学校の統廃合や私学であれば閉校や募集停止というのも今以上に出てくることを予期させる動きである

 小中と野球、高校と大学で陸上をしていた私にとっては、全国高校駅伝と箱根駅伝、そしてこの甲子園は非常に楽しみにしている年間行事で、毎日の生活に張りを与えるという点においてそれなりの役目を果たしているように思う。
 少し話の内容は変わるが、毎月仕事で京都の北部を訪問し、私が通っていた小、中、高の学校のそばを毎回 車で通っているが、こんな行動があるからこそ、地元には住んでいないにも関わらず(住んでいないからこそ)、望郷の念が人より強くなったり、そういう想いが自然と湧き上がってくる要因の一つになっていることは間違いないであろう。
 また今の事務所は4年間通った大学から5分のところにあるので、よくよく考えてみると 私の生活圏は大して広がっておらず、生まれ育った場所や通った学校という点から考えると「ずっと同じようなエリアでの生活しているんだな、代わり映えもせずに」と思ってしまった。

 今日は朝からお医者さんの親子(父 開業医・70代、子 勤務医・40代)が、「この経営状況で子供に継がせていいのか」、あるいは「親の医院を継承していいのか」というシビアな相談のため親子揃って事務所に来られたが、最近こういったサッと答えが出ないような相談も結構多く、これはこれで刺激があって、頭も休まることがなく ある意味張りのある生活が送れる元になっているのかもしれない。

 夏の暑さもピークに近づいてきている感もあるが、もうひと踏ん張りしないとお盆休暇はやってこない。
 明日からの1週間は毎日外出であるが、予想最高気温を見ると36℃と37℃が並んでいる。溶けないように気をつけないと・・・。
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2023年07月17日

No.839:いまだに京都人になれない私

 一昨日の土曜日の昼、京都駅の所にあるホテルで仕事関連の会社の創立〇〇周年記念パーティーが開催されたので参加してきた。
 このパーティーでは祝辞を述べないといけなかったので、最初は落ち着かなかったが、挨拶が比較的早い方だったのでその役目を終えた後は、以前にいっしょに仕事をしていた人も何人か出席されていたので 久しぶりに会った人たちとも 昼間からアルコールを口にしながら楽しいひと時を過ごした。

 今日も3日続きのすごい日射しであるが、この真夏日となる暑い日に祇園祭が行われた。
 一昨日の宵々山から今日の山鉾巡行までピタッと休日と重なり、この2、3年のコロナのもやもやを吹き飛ばすような賑わいで、お祭りの関係者や観光業界の方は久しぶりの京都の最大とも言えるイベントを目の前にして、感慨もひとしおであったであろう。
 この暑さなので土曜日にパーティーに出席した以外は、街中に出て行く勇気もなく、少し事務所へ用事を済ませに行った以外は自宅とその周辺で過ごしている。

 私の周りにも祇園祭に関わる人が何人かいらっしゃるので、祭にまつわるいろいろな話を聞く機会があるが、こういった話をされる方は根っからの京都人で、最低でも3代、さらにその上には、5代以上 京都に住み続けている人が結構いらっしゃる。
 私は京都で生活を始めてからは、京都から離れることなく40年以上住み続けているが、いまだに京都人になった気もしないし、そう簡単になれそうにもない。また、40年くらいで京都人なんて言ったら、本当の京都人の方々からお𠮟りも受けるのであろう
 この祇園祭は八坂神社のお祭りであることくらいは知っているが、私はこの神社のことを通常どおり「八坂神社」としか呼んだことはないが、私の周りの根っからの京都人の人の中には「祇園さん」と言われる方が何名かいらっしゃる。
 18歳で京都での生活を始めた頃、同郷で京都在住の知り合いのおばちゃんとの会話の中で、私が「8月16日の大文字焼き 楽しみにしています」と言ったところ、そのおばちゃんは「大文字焼きなんて言ったら、京都の人から怒られるよ、というか いやあんたはん 何言うてはんの? って 呆れられるよ。」と注意をされ、それ以降 ちゃんと大文字、あるいは五山の送り火と口にできるようになった。
 そうそう、60、70代以上くらいの人になると、「16日は大文字さんやしね」なんて京都の伝統行事、あるいは山のことを「さん」付けで呼ぶ人もいる。

 祇園祭で始まり、大文字で終わるというのが京都の夏であるが、私の夏はこの間に甲子園が入ってくる。
 昨年の夏、お盆に甲子園に行って、1日4試合を見て帰ってきたとき、そろそろ限界かな、連続観戦も途切れるかな?と思ったが、今年は次男がお盆に休暇が取れそうで帰ってくると言っていたので、「甲子園のチケット、8月14日のお墓参りの日以外のどこかで取っといて」連絡しておいた。
 ここ数年、甲子園もコロナで中止だった年もあったし、子供が東京に行ってからは、一人で行くことも多かったが、今年は久しぶりに次男が付き合ってくれそうなのでちょっと楽しみなお盆である。
 ただ、あの場所で数試合観戦するには、今さら遅いかもしれないが体力をつけておく必要があるなと ここ最近の暑さから感じているところである。
 そうそう高校野球の話のついでに、私の母校は近くの高校と統合された形になって、母校の名前は消え「宮津天橋高校」に校名は変わったが、今日の3回戦も延長戦で勝ったようなので もう少し応援が続けられそうである。

 今日は、自分が京都人になれない話が愚痴っぽくなってしまったが、これはどこに行っても長年住んでいる人にとっては「私はここの土着の人」という愛着の表れだろうし、ある意味これが伝統というものなのかもしれない。
 まあ、これからも私一代では「京都人」にはなれないだろうが、無理をせず「半京都人」、「ちょっと京都人」として京都での生活を楽しんでいきたいと思っている。
 毎年夏が来れば思うけど、京都の夏 暑すぎるわ。
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2023年07月08日

No.838:やっと戻ってきた会場型対面形式の研修

 税理以外の方はあまりご存知でないかもしれないが、税理士には年間36時間の研修履修義務がある。 義務といってもあくまで“努力義務”なので、これを満たさなければ税理士資格がはく奪されるというものではないが、一応 「資格があるからってボーっとしていてはいけませんよ」という意味において、全ての税理士に対して一定の学習をし、知識を習得のする義務を課している点では一定の効果はあるように思う。 ただ、本当の意味での必須ではないので、私自身もこれって「意味あるの」と思うことがないわけではないが、時間数稼ぎのために受講していたのでは、仕事をする上ではミスリードをしかねないので、知識を更新するという点においては無視できない制度であると認識している。 これは税理士に限ったことではなく、他のどの専門職でもいえることであろうし、専門職や一定の有資格者に限らず、目まぐるしく変わる世の中についていくには研修というのは全ての社会人にとって必要不可欠なものである。 3年前のコロナ以降、会場型の研修がいったんは完全になくなってしまい、その後もパソコンの画面を見ながらの研修が主流となっていた。 各団体により「マルチメディア研修」とか「オンデマンド研修」と呼び名はいくつかあるが、この研修の形式は なかなか身が入らないというのが私の本音である。 非会場型であればどこでも受講できるし、同時配信でなければいつでも見ることができるという点においては便利ではあるが、今 目の前で講師がこっちを見ていないという点においてはついつい緊張感のない研修となってしまう。 研修の中には正直 “時間稼ぎ”のための研修があるのも事実だが、これぞ知っておきたいという研修は講師を前にして生で聞きたいものである。 この春からは会場型対面形式の研修も増えてきているので、時間の許す限り京都市内だけでなく、大阪くらいまでであれば 出向いて研修を受けるようにしている。 たぶん今の若い人から見ればこの私の行動そのものが、時代遅れ と思われるかもしれないが、仕事をする上で必要な情報を正確に理解し、頭の中に残しておくには私にとってはこの受講様式の方が適している。 先日も会場型の研修で講師の方が、「ビデオの前では淡々としゃべるだけで、講師をしていてもちっともつまんないし、熱も入らない」とおっしゃっていたし、会場型であれば重要なところでは講師のトーンも変わってくる。たまに「レジュメにはありませんが、今日ここにお見えになっている方にだけ伝えておきます・・・」とか「実はここが重要なんです」なんて言うとっておきの情報や実例を聞くこともできる。 このコロナ騒動で一番変わったのは、テレビ会議という方法もあるので、多くの局面においてこの 直での対面は不要 という流れかもしれないし、この流れは今後も続いていく部分もあると思われるが、非対面でのもう一つの手法であるメールでは相手様が喜んだり納得してくれているのか、腹を立てているのか、あるいは はらわた腸が煮えくり返るほど怒っているのか 判別しづらい時もあり冷や冷やすることもある。 いったん時代の波が「対面でなくても」という風になったことは、非常に便利になったことも数多くあり、以前のようには戻らないだろうし、これからはこの対面と非対面とをうまく使い分けながら仕事をしていくことが、税理士だけでなく、ビジネスマンとして生き残るためには重要なことになってくるでようにも思う。 会場型の研修であっても睡魔に襲われてうとうとなんていうことがないわけではないが、興味のある研修内容であれば、3時間しっかりと聞くこともできるので やはり目の前の講師の方の熱量は重要なのかもしれない。 実は今月末 ある医師会で研修会の講師をすることになってるが、うとうとされないような研修にするため 目下レジュメを作成中である。 講師って結構大変ではあるが、講師をするためにはかなり事前学習をしないといけないので、その分野がちょっとした得意分野になるというメリットもある。 今日も長くなってしまったが、この後はレジュメ作成があるのでこのへんで終わります。 では・・。
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2023年07月02日

No.837:子ども時代の原風景 

 今朝起きた時は雨の心配はなさそうとはいうものの空はまだどんよりしていたが、8時過ぎには雨どころか お日さまも顔を出し、今では夏の日射しになってしまっている。
 ぽぽたん(うちのワンちゃん)との散歩で7時過ぎから宝が池まで行ったが、その頃はまだ空を雲が覆っていたので汗だくになる前に帰ってこれた。

 日経新聞に1ヶ月連載の[私の履歴書]というコーナーがあり、今月は建築家 伊東豊雄という人の連載であるが残念ながら私はこの人のことをほとんど知らない。
 ただ、今日の書き出しには、「子ども時代の原風景がその後の人生や仕事にどれほど影響するのだろうか」と綴られていたので、子ども時代とはいつ頃のことを指すのかなと思いつつも この言葉にすぐさま反応し、ひとまず私自身の幼稚園から小学校に入って間もない頃のことに想いを馳せ、今日のこのブログをまとめてみようと思った。

 私の実家は今では少なくなったが当時はまだまだ地域産業の柱であり、当時から現在に至るまで和装業界の中でも全国1位のシェアを誇る丹後ちりめんの一織屋であった。
 今でこそ少なくなったが三世代同居の7人家族で、食事は今どきの背の高いテーブルではなく、和室で座布団を敷いて座って食べる形式であり、人数が多いので祖母が食事の時だけ追加でテーブルを出した後、座布団を並べ、箸を決まった場所に置いていくというのが3人兄弟の末っ子であった私は役目であった。
 夏は近くの畑でとれたトマト、なす、きゅうりやじゃがいもの料理は毎日のように食卓に並んでいた。ただ、家でも作っていたスイカだけは好きになれず、成人になるまでほとんど口にすることはなかったが、今は外食の時に出てくる一口サイズ位なら何とか食べることができるようになった。
 父はちりめんを織る“機屋(はたや)”であったので、朝は6時半頃から織機を動かし、夜は6時半ごろまでずっと工場の中で仕事をしていたが、クーラーのない時代だったので、上はちじみのランニングシャツに下はステテコという、40代以下の人は分からないだろうが、今になって思えば まるでドリフの劇にでも出てきそうな格好であった。
 あと私の部屋はこの工場の真上にあり その振動で目が覚めたので、目覚まし時計は高校生になるくらいまでは使ったことがなかった。
 祖母は洗濯や掃除など家のことを、母も機を織る合間に食事の用意をしていたし、祖父も出来上がった製品(反物・たんもの)から糸が飛び出しているものを探し出し、はさみで切る「ふしとり」という仕事をしていたので、4人の大人が家の中でそれぞれの何らかの仕事をしていたという、今の社会ではなかなか見られなくなったまさしく家内工業そのものであった。
 こんな状況の中で育ったので、ある意味 自由で、「勉強しなさい」なんて言われた記憶は一度もなく、遊びに行ったら晩御飯までに帰ることだけを気にしながら山や川で本当に思いっきり遊んでいた。
 ある時 私の帰りが遅く、家族みんなで私を探していて、「ますお〜」という大きな声がするのが聞こえたが、きつく怒られるのがわかっていたのでうつむき加減で小さくなって声のする方に出て行ったことも今日 何十年ぶりかに思い出した。
 
 最初の「子ども時代の原風景がその後の人生や仕事にどれほど影響するのだろうか」というのを自分に照らし合わせてみると、子供は幼少期はこれでもかというくらい一生懸命遊んでいた。そして大人は週6日間一生懸命仕事をしていたし、父がよく応接でいろいろな人と商談していたのを横で意味も分からぬまま見聞きしていたが、父が誰とでも分け隔てなく気楽に話をするという姿は今でも印象に残っている。もしかすると自分の中にもそういったものが何らかの形で影響しているのかなと思うこともある。
 若い頃はこんなことを考えることもなかったし、今の30代以下の人も「若い頃は」なんて頭に思い浮かべる機会は少ないと思うが、それ以上の人は良い思い出ばかりでないかもしれないが、それぞれ“子ども時代の原風景”の思い出があるのではないでしょうか。
 でも この頃の登場人物の多くの人は今やこの世にはいないんだななんてことも考えてたりもしていた。

 我が国もこの50年くらいで大きく進歩を遂げたが、やはり「忘れてはならないものはいつになってもあるのでは」なんて思いながら これから1ヵ月続く伊東豊雄さんの[私の履歴書]を毎朝楽しみにしながら追っていくことにする。
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2023年06月25日

No.836:自分の性格に愛想がつきそう?

 新しく起業される方は場所の確保、資金の調達、人の採用の他に顧問税理士のを選ぶということがついて回る。
 ただ、そのタイミングは起業される業種や事業の規模によってさまざまで、まず税理士を決めてから 税理士といっしょになって開業に向けて準備に入っていかれる方もあれば、ご自身でほとんど準備を済まされ、開業の1、2ヵ月 あるいはもっと直前になってから顧問税理士を決められる方もある。
 この税理士選びというのも以前も今も知人、先輩、親族、それに関連業者の方からの紹介というのが主流であるが、最近はこの税理士を選ぶという段階で1人の税理士ではなく複数の税理士と面談し、サービス内容や顧問料、それにご自身との相性等 いろいろな角度から比較・検討され最終決定される。
 中には選定の途中で結構悩んでおられるなということ伝わってくる方もあるが、当然すべてではないにしろ、ありがたいことに比較的高い確率で顧問税理士に選んでもらえることが多い。
 ただ もちろん断られることもあり、「大変申し訳ございませんが他の税理士さんに決めました」と連絡をされてくる方があるのも事実である。

 2ヵ月程前にもこういった複数の税理士と面談された方があり、しかもその数は6人。確率でいっても1/6という狭き門であったのでうちの事務所を選んでもらえるのは厳しいだろうなと思っていたが、予想していた?とおりこの時の結論は とある理由で ×であった。
 一応 ここではその理由については触れないが、負け惜しみでなく逆にこういったようなケースで選ばれた時は、他の5人分のいろいろな面をすべて補わないといけないのかな なんてすごいプレッシャーがかかってくることもある。
 ただ、プレッシャーのない仕事って期待も小さいように思うし、やりがいという面でも多少 頭を抱え込むような局面が1、2度あるくらいの方が 後になって大きな成果となって表れてくることが多い。仕事の内容によっては その時は本当に嫌で避けたくなることもあるのだが・・。

 実はこの時は恥ずかしさや見栄もあり あまり周りの人には言わなかったが、この選ばれなかったということがやはり悔しかったのか、その理由について再度考え、最近自分でもあまりなかったくらい刺激を受け、「なにくそ」なんていう思いが起こった。
 そしてその後、弱みを強みに、強みはさらに強みにし 誰から見てもピカッと光るような事務所にしてやるぞ なんて久しぶりに熱く火がついた感があった。
 とはいってもこういった自分の性格はとり方によっては強みの部分であるかもしれないが、実は自分の中で結構 嫌な部分でもある。
 学生の頃や社会人になってから間もない頃であれば こういった気持ちを持つことも大切なのかもしれないが、一定の年齢以上になるともう少し落ち着いて、「あっそう 構わないよ人それぞれだもんね」なんて大人の対応ができる人間にもどこかあこがれているところもある。
 今回のことがきっかけで 私だけでなくいろいろな角度から事務所全体を見つめ直し、さらにグレードアップできればと思ってはいるが、やはり一方では「いいですよ お好きなように・・・。」なんて涼しい顔でいえる大人にあこがれてもいる。
 こうして文章にすることで今回の件は気持ちの整理をつけられたし、まあ今回の選ばれなかったのも理由があってのことなんだから、自分にとっては飛躍できる気付きを与えてくれたという面では決して悪いことではなかったのかもしれない。
 刺激ってどちらかというと重く避けたい部分もあるが、こんなことを休日の昼間に考えるくらいですから 私って最終的には“刺激好き”なんでしょうかね・・・。。
posted by ヒロイ at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月18日

No.835:元気な挨拶と掃除で一日が始まる

 今日は朝からカミさんが不在のため久しぶりにぽぽたん(我が家のワンちゃん)と朝7時過ぎから1時間半ほどに散歩に出かけた。
 散歩に連れ出す者がいつもと違うので最初は何度か振り向きながら様子をうかがっていたが10分もすると自分のペースで、北山通へ出た後コンサートホールを目指して黙々と歩いていた。
 日も照らず比較的過ごしやすい中での散歩だったので私の方も結構リフレッシュでき、この散歩はぽぽたんのためなのかそれとも私のためなのかと思いつつ家に帰ってきた。
 散歩の途中、「ぽぽたん久しぶり」とか「珍しいことに今日はお父さんなん」と私は誰だか分からない犬友達の面々から声を掛けられ、私は思わず「ぽぽ おまえっていっぱい知り合いいるんやな」とぽぽたんの顔を覗き込むようにして話しかけた。

 休日の朝がいつもと違ったので前置きが長くなってしまったが、実はここからが本題です。
 我が事務所は中の掃除を外部には委託していないので、毎朝 私と幹部2名以外の17名で掃除をしてくれている。
 常勤社員12名は8時30分始業時から、パート5名は9時の出社と同時にそれぞれ指定の場所を掃除することになっているが、コロナが押し寄せてからこの4月末まで時差出勤制をとっていた関係で掃除の時間も 各人 時差があったので、掃除について特段感じることもなかったが、5月以降 一律の出社時間に戻ってからは一斉のそうじタイムになっているので、掃除している姿が今まで以上に目に飛び込んでくる。
 この時間、自分の机で急ぎの仕事をしている時と週1回の朝会議の時以外は、掃除の邪魔にならないように机から離れるのが基本となっているので、この掃除の時間は15分程度とはいえ書庫で本の整理をしたり、スマホをいじったりして掃除が終わるのを待っている。
 変な話、これだけの人数が一斉に掃除をするのって結構、朝から活動してるっていう感じがこちらにも伝わってきて、通りがかりで掃除をする人をぶつかりそうになると思わず、「ごめん ごめん」と避けながら歩くこともある。
 前の日についた私の机のインクの跡もきれいにふき取ってくれるし、じゅうたんの上を必死になって掃除機かけている男性を見て、(口にはしないが)そんな一生懸命 力を込めるとじゅうたんが擦り切れて痛むで と言ってしまいそうになるくらい必死になって掃除機をかけてくれている。
 
 それと3階のエレベーター前に下駄箱があるので、朝の出社時には私も含め監査(外勤)部隊が机を並べている3階にいると、全員と顔を合わすことになるが、この時のみんなの「おはようございます」という大きな声で一日の始まりを感じることができる。
 9時前に出社されるパートの方の声は常勤社員よりも元気で大きな声なので、こちらも顔を上げて大きな声で朝の挨拶のお返しをする。

 掃除も挨拶もオフィスで仕事をする者にとっては当たり前のことかもしれないが、この当たり前のことで一日の始まりを感じられるって結構貴重なもののようにも感じる。
 これが小さな声でぼそぼそと挨拶をされたり、掃除も手抜きとなるとこちらもそんな中でピリッとしない一日の始まりになるのであろうが、我が事務所はメインの仕事に入る前の挨拶と掃除でみんなに元気づけられ、なんとも気持ちよく仕事のスタートと切ることができる。

 「当たり前のことを当たり前のように続ける」これって慣れてしまうと結構難しいですよね。
 新しく入ってきた人も同じように挨拶や掃除をしてくれるのは、自然にそうなるんでしょうかね、人を見ていて。
 実は朝の挨拶の私の声も段々大きくなってきているのは、みんなの元気な声のせいなんでしょうね。
posted by ヒロイ at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月11日

No.834:自分が変われば人が寄ってくるようになって・・

 今日は昼過ぎには雨も止んだが、朝は雨が降っていたしすっきりしない天気である。
 実は 特に外出の予定のない雨降りの休日は結構好きで、ひとまずゆっくり本でも読もうかという気にさせてくれるし、家の北隣にあるスポーツ広場もいつものように少年野球や少年サッカーの大きな声もなくいたって静かである。

 昨夜はこの春まで仕事でお世話になった方と食事をしながら、いろいろな話をする機会があった。
 この方はとは一年近く あるプロジェクトに関わる仕事をいっしょにしていて、途中で困難な局面に出くわしたり、結構忙しい時期もあったが、そんな時「一区切りついたらいっしょに食事でも」と言っていたことが、コロナ収まりつつある中、6月になってようやく実現したものである。
 この方は私より2つほど年上で、昨日聞いたところでは 若い頃は東京でバリバリに仕事をこなしておられ、組織の中で一定のところまで昇りつめたというなかなかのやり手であったが、定年を迎えられたことや親の介護のことなどから数年前に京都に戻ってこられたという方である。
 食事をしながらお互い若かった頃の話や大好きな旅行の話、それに親のことなど共通の話題もあり大層盛り上がったが、途中からはその方の体験談や生き方というような話を聞くことができ、これがまた私のとってはなかなか参考になるというかためになる話がたくさんあった。
 ただ、ここで話の内容を一つ一つ説明すると長くなるのでポイントとなる部分に絞ってここで綴ることにする。

 この方が一番仕事をこなされていた40代〜50代という時期は、常に気が張り詰めて ある意味 尖った自分を演じなければならなかったが、いったん長年働かれていた職場を退職された後は、第二の人生という形で先頭に立って走るのではなく 少し引き気味にゆったりとした気持ちを持ちながら仕事を続けているとのことで、私はこの方とはここでいう人生の第二のステージでいっしょに仕事をしたことになる。
 ただ 昨日の話を聞くまでは、この一年近い間の仕事ぶりは、常勤の現役さながらで嘱託(パート)勤務とは思えないほどパワフルなものであったので、この方が現役時代とは違う気持ちで仕事に取り組んでおられるとは知らなかった。
 そして昨日の話の中で、「自分が突っ張ったり、尖っていた時は人って寄ってこなかったけど、自分が人から教えてもらう立場になったり、一歩引いて人に接していくようになると人って優しくなるし、そしていろんな話をしてくれるようになるんですね。」と若い頃と比較して今の自分に対する周囲の人たちの対応が違うことをしみじみと語られていた。
 こういったことが口から出るのも若い頃にすさまじい経験をしてこられた方だからこそ今までと違うことに気付かれたり、こうして話ができるのだろうなと聞きながら思った。
 人生どの時点でアクセルを踏み、どの時点までそのアクセルを踏み続けるのか、あるいはブレーキに切り替えるのかというのは自分自身ではなかなか決めづらいし、自分が決めていても周りの状況によっては自分の思いどおりにはならないものである。
 一概にこの方の生き方をまねるわけにはいかないが、これから生きていく上で非常に参考になる話であった。
 穏やかになったと自分ではおっしゃっていたが、まだまだ往年の片りんも見え隠れするところもある。

 私の場合 まだこういった状況にはならないが、この人生の先輩の言葉も頭の中に入れながら過ごしていくことによって毎日が豊かなものになるのかなと考えたりもした。
 ゆっくりと話しているうちに9時半の閉店の時間になったので、店を後にしてそれぞれ家路についた。
 次 会うのはいつのなるのか分からないが、またその後の生活や仕事ぶりについて話を聞いてみたい人である。
posted by ヒロイ at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月04日

No.833:興味の湧く経営者

 税理士という仕事をしていると週に何回か経営者と面談する機会がある。
 仕事柄 質問や相談を受けることが多いが、特別大掛かりなことでなければ もちろん顧問料の範囲内で対処することになる。
 先週面談した40代の経営者は15年前に起業され、それから2年後 結婚を期に奥様の力も借りて規模を拡大、その後 事業はさらに発展し、今から2年前に支店を出した後も全ての事業や事業所において黒字で、しかも外部からの借り入れはなしという 誰もが羨ましがるような経営状態である。
 
 ただ こういった状況はほっておいて訪れるものではなく、事業の点検をしたり、見直しをし、現在の立ち位置と1年後、3年後、5年後、そして10年後のあるべき姿に近付くために今するべきことが何かということが常にこの経営者の頭の中に描かれている。
 こういった経営者は一般的には社内でも厳しく、従業員の退職者が多くなるケースもあると耳にすることもあるが、ここはゼロとまでは言わないが、目立つような退職者数ではなく、スタッフ構成も比較的落ち着いた状況で推移している。
 毎月の面談時では、こちらから持参した経営指標を私が説明するのを熱心に聞き入り、時には鋭い質問を投げ掛けてこられることもある。
 現在は次なる出店先を模索中で、人の流れ、競合しそうな同業他社、店舗の面積や家賃等の情報収集が最終段階に差し掛かり、出店先はほぼ決まりつつある状況となっている。
 こういったやり取りを通して 経営者の考え方を知るということは、顧問先としての顧問料はいただいているものの私にとっても有益であり、得るものもたくさんある。
 以前に読んだ本の中に古河電工会長 柴田光義氏の「前例がないから、やるのだ」という言葉が載っていたが、経営者にとっては前列はあくまで参考でしかなく、全ては自分の頭で考え、最終の結論を出さなければならないという点では この顧問先の経営者も同じことを考えておられる感じがする。
 次なる出店はどのようなに進んでいくのか、この経営者に奇策や秘策は必要ではなく、数字を分析し、徹底的に策を練った上での事業展開は端で応援する私にとっても次なる楽しみの一つである。
 
 最後に一言、皆様が一番興味があるのは どんな事業なのというところかもしれませんが絶対に言いませんよ(言えませんよ) これだけは、想像してみて下さい どんな商売か。
posted by ヒロイ at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月28日

No.832:経営者は一息はついてもいいが、決して油断はしてはいけない

 今日はある医療団体からクリニックの開業セミナーの講師依頼を受けていたので朝10時から2時間の講演を行ってきた。
 講演といっても日常的に業務として行っている“開業支援”の流れをまとめた内容で毎年 年1回のペースで10年以上行ってきているし、参加者も毎年変わるので年によって内容が大きき変わることはないが、ここ数年はクリニックのコロナへの対応についても触れてほしいという要望があったり、その年ごとにサブタイトルで多少 違いが出てきている
 今年はコロナを特別なものとして捉える必要はないとのことであったが、その代わりというか 最近 以前にも増して希望する人が出てきているということで「第三者への(からの)医院継承」について触れてほしいという要望が事前にきていた。
 この種のセミナーの講師を毎年しているので、開業後10年、20年となる先生からは「僕らのライバルとなるクリニックを増やさんといてな」と軽めのいい方とは言え、冗談では済まないような話しぶりで、結構 真顔でおっしゃる先生もある。
 あらためてこれまで開業支援を手掛けてきた事務所の顧問先一覧を眺めてみると 一人一人の先生の開業時のご苦労やエピソードが結構鮮明に思い出されてくるし、簡単に開業できた人など誰一人としてなく、それぞれの先生がその時々においては真剣そのもので、ある意味人生を賭けた大勝負であったというのは紛れもない事実である。
 こうして思えば、この仕事を継続的に手掛けているのは、私自身 それぞれの先生の開業時の悩みを共有できるやその真剣勝負に立ち会えることに一種のやりがいを感じているからなのかもしれない。
 私は決して顧問先のライバルクリニックを増やそうという思いはなく、今日のような講師を長い期間 続けていると、セミナーで話をする新規開業の題材の中に既に開業されている先生方の経営内容の見直しやスタッフの問題、それに資金的なことで参考になることもたくさんあるし、それは私の税理士事務所の運営上、役に立ったり、ヒントになることもある。
 
 今や開業して3年経つと追われる立場になるので、開業当初は比較的というか、予想以上にいい数字であったにも関わらず ついつい安心したり、気を緩めるのが早いと気づかないうちに停滞したり、下降傾向に陥るようなケースもある。
 これはクリニックに限ったことではなく、どんな事業、商売にも通じることであると思うが、忙しすぎる中で計画的に一息ついたり、一服するのはいいが、ほっとして油断したり、気を抜いているとたちまち取り返しのつかない状態になることだってある。
 そういう意味において、経営はまるで生き物のようでもあり、どこかの会社経営者が「ちょうどこんなもでいいかな と思った時から数字は下降線をたどってしまう」と言っていたが、これは常に気を張り詰めておくようにという戒めのように思う。
 こんなことを考えながら再度 顧問先一覧を見ていると、確かにいい数字を残されている経営者やドクターは、常に「自分の会社やクリニックをどうしたらいいのか、どうしたいのか」ということを考えておられ、日頃から今後の展開についての相談も多いし、またいったん決めたことは間髪入れずに迷わず実行に移されている方が多いように思う。

 今日もセミナーの冒頭と最後の締めに同じことを繰り返して言ったのは、「勤務医と開業医とで最も違う点は勤務医は全てが自分一人の責任になるわけではないが、開業医は誰が何をしようとも最後は全て自分の責任となる」ということである。
 でも、10年も20年も気を緩めずに経営していくことって本当に根気がいるし、そのためには仕事以外で何か楽しみが必要なんですよね。楽しみが・・・。
posted by ヒロイ at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする