2023年10月14日

No.851:どこもここも 人が足りないという話ばかり

 今日の新聞で運転手の不足によりバスのダイヤが組めず、やむなく運休せざるを得ない路線が出てきた という記事を目にした。
 ついにここまで来たかと思ったが、今はバスですんでいるけれど、公共交通機関という観点から捉えると、今後は電車にまで及んでくるのかもしれない。行きたくても行けない、乗りたくても乗れない なんていう感じで・・・
 ただ、自動運転はモノレールでは確か導入済みなので、軌道を走るという点では電車は今後 自動運転が進んでいくような気がする。

 実は今日は交通機関の話をしたかったわけではなく、人手不足の波が全ての業界に及んできているということについて触れてみようと思って書き出したところである。
 我が国は歴史上、これまで経験したことのないような少子高齢化の波が押し寄せているので、この人手不足は今後ますます拍車がかかり、改善するなんて言うことはあり得ないのではと思えてくる。
 人口構造上、社会全体としてはやむを得ないことであろうが、一つ一つの産業や事業所単位で見てみるとその差は結構大きいものがある。
 私どもの顧問先も常に求人募集をされているところもあるし、退職者が出た後、補充ができないまま現有勢力で従業員に無理をお願いして何とか会社を回しているところも何件かある。
 一事業所としては人が足りなくなるとまずは募集しないと始まらないし、経営者はとにかく穴埋めということでそちらにばかり気が行ってしまいがちだが、実はなぜ このタイミングで退職者が出たのか、またどうして毎度毎度同じようなことが繰り返されるのかを検証することも重要なことのように思う。ただ、正直 傍でで見ていてもこういった検証に目を向ける経営者は意外と少なく、「募集」と「補充」にばかり追われているのが現実である。
 人が辞めていくということは絶対にどこかに原因があるので、これを突き詰めないと一年中求人広告とにらめっこばかりしていないといけない。
 大企業に勤めている人やかなり高額の部類に入る給与をもらってる人たちは、まさに自分をいくらで売るかという点においても給与の額によって退職や転職することはあると思うし、中小企業であってももちろん給与の金額は働き続けるかどうかという点においては重要な要素である。
 ただ、事業規模が小さいほど、働き続けられるかどうかは給与の金額が決定的な要因ではなく、働きやすさ、居心地の良さということの方に重点が置かれているように思う。
 それはトップの気質や社風と呼ばれるものが大きく影響していると考えられるが、私も事務所の人たちに、「うちって職場としてどう?」なんて怖くて聞けないのが本当のところである。
 顧問先の入退社事情に目を向けると、人の辞めない会社は社長も社員も気持ちの上で余裕が見受けられるし、新しいことにも取り組んでいきやすい雰囲気があるが、逆に退職者の多い会社は、とにかく人を入れ、業務の穴埋めをすることにばかり追われている現実がある。
 これからの企業運営はいろいろなことがAIにとって代わられると言われているし、それも現実として受け止めなければならない部分はあるが、最後は人、どんな人間がその会社で働いているか で経営が決まってしまうというような気がする。
 人というのは もはやお金(資金)と同等、あるいはそれ以上に重要な資源であることに気付き、「この人手不足 何とかならないかな」と嘆いてばかりいるのではなく、「人手不足にならないようにするには」と考えている会社が最後は勝ち組になるのであろう。
 私も社会人になって40年近くが経つが、今までで一番“人”が大切にされる時代であることは間違いない。でも これが社会の原点かも・・。 
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2023年10月08日

No.850:何かと心配をかけた母が亡くなった

 10月3日の夜 母が亡くなった。
 亡くなる10日ほど前に介護施設で体調を崩し急きょ入院したが、体調も落ち着いてきたので 近くに住む兄夫婦が10月4日の退院予定日に迎えに行くことになっていた矢先のことであった。
 喉にものを詰まらせたことが原因であったようだが、本当にあっという間のことで連絡をもらった私も驚いた。
 91歳ということで平均寿命(87歳)と比較すると少し長生きできたかなというような年齢であるが、親の死というのは何歳であろうと年齢は関係なく、ふと目を閉じると思わずいろいろな場面が頭に浮かんでくるものである。
 元気だった頃はもちろんのこと、認知が進んでから会っても毎回 何か不思議な力をもらった感のある母であった。
 私のこのブログでも再三登場した母であったが、その中でもすでに施設に入って認知症も進みかけていた6年前のある日のことを綴ったものがあったので、今日はここにこれを掲げて母への供養とする。

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【No549:おかあはん、元気でおれや(2017年11月05日)】
 11月3日から今日(11月5日)まで事務所は3連休であった。
 最初の2日間は宝が池公園で汗を流したあと、じっくり時間をかけて確認したい書類に目を通すために事務所に出向いてはいたが、それ以外の時間は家で日頃から読みたかった本やなかなか読み返すことのできなかったセミナーのレジュメの再読に時間を割くことができ、仕事のある日とは違って時間を気にせずにいろいろなことに取り組めた。

 3日と4日は兄夫婦が空き家になった実家のそうじや台風被害の後片付けに行ってくれていたので、今日くらいは私も と思って85歳の母が入っている施設を訪ねた。
 連休最終日の5日はその施設で“家族会”という催しがあり、実家の近くに嫁いでいる姉を誘って、二人で同じ町にあるその施設へと向かった。
 母は姉のことはおぼろげながらも顔を覚えていそうであったが、私のことは目の前の当人が自分の息子の“増生”であると分かっているのかどうかは少しあやしい部分があった。 以前は、私自身『これが増生やで。』と自分のことを指さして必死になって母の目に訴えていたが、今では分かっていようがいまいが もはやそんなことはどうでもいいようになってきた。
 京都から2時間も離れた施設で生活している母にはそう度々会うことはできないが、1ヶ月に1、2回のペースで面会に行くようにしている。
 母に喜んでもらえればそれに越したことはないが、私自身とても勝手な人間なのでたとえそれほど喜ばなかったとしても、また、母から見て私の存在がはっきり分からなくても私はあまり気にならない。ただ、私自身が母の顔を見ることで納得できればそれだけで十分という思いである。
 施設が年に2、3回 入所者との交流会を催してくれるが、この“家族会”とよばれるものは 老人版参観日のようなものである。
 今日は午後2時から2時間かけて館内でミニ運動会と称して、座ったままで行う玉入れや魚釣りゲームの他に、車いすを押したり、手を引いたりして物を探す借り物競争まであり、母はおさげつきのかつらをかぶって記念撮影してもらい楽しそうであった。
 手を引いたり、手を取ったりして行うさまは、本当に保育所や幼稚園での乳児や幼児の運動会と同じような感じで、失敗しようが遅かろうが気にもならず、動作の全てがほほえましい限りである。
 そりゃ、私の子供(母にとっては孫)のことや、京都での出来事なども話してみたいが、意思疎通の可能な会話としてそれが叶わなかったとしても、こうして過ごす時間は何にもまして貴重であり、充実した時間であった。
 今年の春は施設内で転んで大腿骨を骨折し手術を受けたが、今では手をつなぐと何とか自力で歩くことができるまで回復した。

 私自身、毎日 時間に追われるような気ぜわしい生活をしているが、この施設の中だけは時間のまわり方が違うような気がする。これは私にとっては“非日常”と感じるからなのであろうが、母をはじめとし ここで生活するお年寄りや施設の職員の方々にとってはこれこそまさに“日常”であり、そこには一喜一憂のある日常生活が存在している。

 京都までの帰り道は連休最終日とあって大渋滞であったが、「やっぱし行ってよかった。誕生、育児、受験、就職、結婚・・・病気、けが・・・老後、介護・看病、死 と人生にはいろいろな局面があるが、人生は順送り とはよくいったもので誰もが通る道である。おかあはん、まだ元気でおれや。」とあと何年 生きることができるかは誰にも分らないが、もう少し笑顔の母を見に行きたいなと思いながら車を運転していた。
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2023年10月01日

No.849:専門バカにならないためにも

「専門馬鹿(バカ)」とは
・ある限られた分野の事柄には精通しているが、それ以外の知識や社会的常識が欠けていること。また、その人。

 何で急にこんなことを言い出したのかというと、顧問先の方、あるいは顧問先以外の金融機関をはじめとする我々の業務に関わるいろいろな職種の方々と話をしている時、「廣井事務所は医療業界に強いですからね」と言われることがある。
 税理士事務所である以上、医療関連の以外の業種の顧問先もいくつもあるが、確かに我が事務所の顧問先の中で一番多い割合を占めるのは医療機関である。
 どんな事業でも強みの部分をさらに伸ばすというのは、事業を進めていったり あるいは 拡大する上では鉄則なのかもしれないが、一つの強みだけにこだわったり、追求するあまり 他が見えず逆に強みを発揮できないケースもある。
 特定の強み以外には興味がなかったり、目も向けないような“専門バカ”になってはいけないということであり、逆にそのことが弱みにもなりかねないという可能性がないわけではない。
 税理士業界では医療以外にも「相続に強い税理士」、「ITに詳しい税理士」等の広告をよく見かけるが、他にも関東周辺や信州、北海道には「農業に強い税理士」がいるのを聞いたことがあるし、「美容業界」、「建設業界」、「公的団体」に詳しい税理士というのも見聞きすることがある。
 そうそう京都ならではということでいうと、宗教法人(寺社)の顧問先をたくさんお持ちの税理士事務所もある
 税理士である以上、税務と会計のプロであることは当然のことであるが、限られた専門分野の強みだけに頼っていては、知識の範囲も限られてくるし、やはり他の分野のことも知ったり、比較することで 強みである部分が、更にレベルアップしてくるようにも思える。
 開業医を例にとると、耳鼻咽喉科のクリニックへ咳き込む患者が来た場合、その咳の原因は喉にあるだけでなく、当然のことながら肺や他の内臓の疾患が原因である場合もあるし、もしかすると精神的なストレスに起因していることも考えられる。
 こういった場合、咳の原因が自分の専門分野以外の要因で起こることも当然 頭に入れておかなければならないし、専門分野以外の知識や経験がどれだけあるのかでその診断結果は大きく変わってくるように思う。

 私の顧問先の60代のドクターで若い頃 すごく本を読み(ご本人は「読みあさって」と言われた)、小中学校の頃は学校の図書館にある本の大部分を読んでいたので、先生から「次どんな本が欲しい」と聞かれたこともあるとおっしゃっていた方がいる。
 この方と話をしているとその読まれた本というのが文学作品ばかりでなく、あらゆる分野に及んでいて、社会人になってからもその“癖”は続いているようであるし、「この経験は日常の診療にも生かされているなと思うことがある」とおっしゃったことが印象に残っている。
 あと、もう一人 別のドクターは、院長室に医学書と並んでここ数年間に読まれた医学書以外の本がところ狭しと積み上げられている。
 この方も専門分野はもちろんのことのこと、専門外の医療についても非常に詳しいし、これだけの読書量があるので医療以外の知識も相当なもので、私が面談した後、帰る時にはいつも 私自身が「新しい発見をした」、「得した」というような気持になってそのクリニックを後にする。
 こういったことが、この2つのクリニックに患者が溢れる要因であるのかどうかは分からないし、このことだけでクリニックの状況を判断するのは早計かもしれないが、どちらの方も話していて“人を納得させる力”があるなと思うことがある。
 こういった例を見ていると自分の税以外の知識の浅さにあらためて気づかされるし、なぜこれまでもっと探求心を持って生きてこなかったのか悔やまれるばかりである。
 ただ、人間なんていうのは自分のレベル、つまり身の丈に合った生き方しかできないので、今を一生懸命生きることで今後の人生 救われることも出てくるのではと思っている。

 話しがタイトルとは少し違う方向へ行ってしまったが、“専門”といわれる狭い分野の探求だけでなく、税を中心に据えながら、その周辺の知識や情報が提供できるよう 人間として幅が持てるようになることが必要なのであろう。
 私のように意志の弱い人間ってついつい楽しいことに行ってしまいがちだが、決して無理やり行動するのではなく、「やりたくなる」というのがまずは大事なんでしょう。
 今回あらためて思ったが、周りにすごい人がいるって ある意味恵まれていますよね、刺激があって・・。
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2023年09月24日

No.848:慌ただしい昼ご飯

 私の昼ごはんは食べる場所も時間もそして食事の内容も決まったものがなく、空いた時に比較的にすぐ食べられるものということを優先するので、「今日は何食べようか?」なんてじっくり考えて食べることはなく、この一週間の何を食べたか思い出そうと思ってもなかなか思い出せないのが私の昼ご飯です。
 車で出かけることが多いのでお昼にいる外出先で食べることが多いが、移動の合間に時間をかけずにということなのでゆっくりランチや定食を食べることはほとんどなく、うどん、そば、ラーメンなどの麺類かカレーなどサッと食べられるもので済ますことが多い。体にはあまりよくないのは分かってはいるが・・。
 月に2、3回 日本海方面に行くのでそのことを他の税理士さんに話すと、「おいしいものがたくさんあっていいですね、今日はカニとか今日はお造りとか考えるだけで仕事も楽しくなりますね」と言われることがある。
 ただ現実はそう甘いものではなく、遠い所に行った時ほど移動時間に多くの時間が割かれ、それにさらに食事までゆっくりしていたのでは仕事の時間が削られることになってしまうので、食事はいつも以上にできるだけ早く済まそう、そして少しでも早く事務所や家に帰ろうとの思いが先立ち、時間のない時はコンビニでお弁当を買って車の中で食べることもある。ただ、眺めは抜群で日本三景のひとつである天の橋立を目の前にして、鳥が舞 う海を眺めながらの食事の時もある。
 私の実家の近くにも大きな海老フライが2つ入っている海老フライ定食がおすすめのお店があるのだが、ここを通る時は「無理無理、今日は時間がない」と横目で見ながらお店の前を通り過ぎることがほとんどで、実はもう1年以上 この店に立ち寄れていない。
 話のついでに もう一つ楽しみにしていた昼ご飯があるので紹介しておく。
 近鉄の大和西大寺のエキナカ(タイムプレイス西大寺)に入っていた「上等カレー」というカレー屋さんで、奈良方面に行くときここで乗り換えのタイミングが合えば、年に数回であるが立ち寄ることをことを楽しみにしており、先日 1年ぶりくらいに立ち寄ったところお店がなくなっていて、しかたなくラーメン屋へ切り替えたが、後で調べてみると閉店したのではなく、構内の他の場所へ移動していたことがわかった。
 明日はちょうど奈良方面に行くことになっているので、お腹を空かして再チャレンジしてみることにする。ここの辛めのカツカレーは本当にうまいんです。
 こんな昼事情なので、お昼を事務所内で食べるのは1ヶ月に5、6回くらいであるが、事務所の2軒隣がコンビニ(ファミリーマート)なので、お昼時にまたがる外出予定のない日は、朝にこのコンビニで昼ごはんを調達してから事務所に入ることもある。
 実は何気なく買った「焼きさばほぐしご飯」と「豚しゃぶ」はばっちりで、これなら定食屋に行かなくてもいいなと思えるくらいのおいしさであった。
 今日は仕事には関係のない食べ物(昼ご飯)の話に終始してしてしまい、とても税理士のブログとは思えないような内容になったが、仕事をする上でも「食事は大事」ということでお許しいただきたい。

 今日は連休2日目であるが、昨日 大学時代の友人から「京都に行くので時間とれる? 直接仕事に関わることではないけどちょっと相談したいことがあるんだけど・・。ややこしい話ではないんで。」と連絡があり、急な話ではあったが夜は何の予定も入っていなかったので 今晩はとりの串焼きのお店で一杯やりながら話をすることになった・・本当に今日は食べ物の話ばかりになってしまいましたね。

 夕方までまだ時間があるので、出かけるまで事務所のインボイス対応について整理でもしておこうかな。
 では、あと半日ですが いい休日をお過ごしください。
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2023年09月18日

No.847:旅が寂しくなります

 事務所も土曜日から3連休で今日はその最終日である。
 こういう暦の場合、土曜日の朝のテレビではキャスターの多くが、「それでは3連休のお天気は?」と世の中の全ての人が3連休かのように話をされるが、気の利くキャスターは「中には今日から3連休となる方もいらっしゃるかと思いますが」という前置きを入れ、連休とはならない人への配慮もできる人もいるなと妙な角度から朝の天気予報を見ている。
 というのも我が事務所の顧問先の多くを占める開業医のほとんどは土曜日は診察日なので今回のような暦の場合には土曜が休みのところとは違って2連休しかならない。ただ 次の土曜日のように土曜日と祝日が重なった場合は一般のサラリーマンと同じで2連休となる。
 事務所は土曜日が休みなので、祝日でない土曜日の朝 ゆっくりとコーヒーを飲んだり、犬の散歩をしていると「顧問先の先生は今日も朝から仕事をされているんだな お疲れ様」と思うこともある。
 ある開業医は、「月曜日が祝日の時は連休になるのでほんまに気持ちがゆっくりするわ」とおっしゃっるがその気持ちはよくわかる。
 ただ開業医の場合、診療日数が直接 収入に影響を及ぼし、休みの多い月は基本的には減収となるので祝日を含め休日の多いことをよしとしない方も結構いらっしゃる。

 休日がらみの話はここまでで、ここからは大好きな旅の話題であるが、JRが立て続けに2つの廃止を発表し、少しショックを受けている。
 まずはJR東海が2023年10月末で新幹線の車内販売を終了すると発表した。
 JR東日本は当面の間続けることを発表したが、東北新幹線等のJR東日本の新幹線に乗る機会はほとんどない。またJR西日本は何も言っていないので新大阪以西の新幹線では車内販売は続けられるのかもしれない。
 新幹線に乗る機会は最近は減ったし、コロナ禍では車内販売はもちろん、確か車内での飲食も規制されてたように思う。
 たまに乗る新幹線ではあるが、夕食の時間帯と重なった時でもお弁当と飲み物は買ってから乗るし、以前のようにお弁当だけでなく車内販売で2本目、3本目のビールを買うこともない。今から思えば 東京からの帰りに車内で水割りまで飲んで京都駅に着いた時にはひどい状態だったことが懐かしい。
 また朝 東京に向かう途中、富士山が見え出すとわぞわざ車内販売でホットコーヒーを注文し、東京での仕事や研修のために目を覚ましたり、気合を入れたこともあった。
 あともう一つの話題としては東海道・山陽新幹線が年末年始、GW、お盆に運行するのぞみを全席指定にすると発表したことである。
 私も基本的には指定席をとってから乗るし、上記の時期には新幹線に乗ることはほとんどないが、東京にいるうちの息子たちには多少影響があるのかもしれない。
 次男は事前に指定席をとってから動く方であるが、長男はお正月に来た時も「ひとまず京都駅に行って時間の合いそうな指定をとって、とれんかったら自由でもええしな、2時間ちょっとやし」と言って帰って行ったことが何度かあったが、これからこの時期にはのぞみに乗り込むことさえできなくなるのであろう。ほんとに乗車もできないのかな? それはまだ調査中である。
 こうして考えると旅も大きく変わろうとしているし、指定席をとるためにあれほど並んだみどりの窓口に並ぶことすらなくなっている。
 私が若い頃には今ほど高速道路網が張り巡らされていなかったこともあり、夜行バスは限られたルートしかなかったので、ほとんどが鉄道の旅だったので、JRをはじめとし、鉄道には本当にお世話になった世代である。
 学生時代 東京にいる友人に会うために京都から普通電車、いわゆる各停(鈍行?)で東京まで行ったこともあった。途中で何回乗り換えたかは覚えていないが、朝7時頃京都駅を出発し、夕方6時頃には東京駅に着いたような気がする。
 最近あちこちで話題になっている食事付きの観光列車、レストラン列車であるがこちらには乗ったことがないので、事前確認をしてどこかで乗ってみたいと思っている。
 最後に余談を一つ。以前、事務所の人から「昔、JRのことを国鉄って言ってたらしいですね。」って言われたことがあったが、この境目っていくつなんだろう? 50代半ばかな?

 この3連休は遠出はしなかったので、久しぶりにゆっくりできた休日であった。読みたい本も読めたし。
 最終日の今日は明日からの準備にため少しだけ事務所に行ってきます。
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2023年09月09日

No.846:目を覚ませるかな この開業医

 あるドクターが 開業されてから10年近くが経ち、そこまで事業も順調に推移していったので、思い切ってご自身で土地を購入し、その上に建物を建築され、手狭になったテナントを解約し移転された。
 移転されてからは待合室や診療スペースも広くなり、それまで以上の駐車台数も確保され、患者数も従来と比べると大幅に増え、誰もが羨むような状況で3、4年が過ぎていった。
 実はここまでがコロナ以前の話で、コロナでこのクリニックは大きなダメージを受け、患者数の減少は他の診療科や他のクリニックと比較すると比べものにならないくらい大きなものであった。
 こういった状況はクリニックに限らず他の業種でも多く見受けられたが、コロナが段々下火になってくると、アフターコロナへの対応について作戦をしっかり立てている事業者とそうでない事業者の差が今まで以上に広がってきた感じがする。
 コロナというのは、各事業の状況がその前と後が繋がっているというのではなく、コロナを境にしていったん世の中がいったんリセットされたと考えるべきで、新たなステージが始まったと捉える方がいろいろな面において前向きな戦略が練れる。
 もちろん全てにおいてではないが、人々の時間やお金の使い方も変化し、いろいろなことに対する考え方も大きく変わった部分が結構見られる。
 前述の開業医はこのコロナでいろいろなものがリセットされたことを深く考えず、コロナ前と同じ考え方、同じやり方で、悪く言えばダラダラと何の増患対策もせず、同じ形で診療を続けてこられた。
 コロナ前までは移転時に背負った莫大な借金返済のために脇目もふらず、そして新しいものは研究しながら取り入れていくという模範的な形で医院経営を進めていかれたが、コロナでそれまで張りつめていた緊張の糸が完全に切れてからは なかなか元の気持ちには戻らず、まるで「世の中が悪い」というような後ろ向きな気持ちになっていかれた。もちろん会話の内容も人のせいにするようなものが目立つようになってきた。
 そういった気持ちの変化はスタッフや患者様にも何らかの形で伝わったかのか スタッフ離れ、患者離れが起こっていった。
 これ以上の具体的な内容はここでは触れるわけにはいかないが、いつもやっていたことが何かの事情によりできなくなったり、やらなくなると歯車が狂ってくるという典型的な例である。
 毎日決まってやることはそうそう重要なことばかりではないが、やはり 何気なしにやっていることは決してムダなことではなく、それがものごとの前後をつなぐという点においては大きな意味があることを忘れてはいけない。
 たとえがいいのかどうかはわからないが、毎日 植木や花に水をやるという行為は、本当にお決まりの何気ない行為であるが、このことをやめてしまうとたちまち枯れてしまいという悲しい結果になる。
 私は経営者に対しては結構口うるさい方だと思うし、結果が出ていなければ、「なぜ?」、「どうしたら浮上できる?」、「少し甘いのでは?」と追及したり、何とか浮上のきっかけをいっしょになって探し出そうとするときもある。
 ただ、これとてやる気のある経営者の場合だけで、当の本人がそこまでの気がないようであれば、バックアップしていても限界がある。
 そういう意味で最初の掲げた経営者にはガツンと言ってやろうかと思っている。「コロナのせいになんかしても何も解決しない、だってすべての人が被ったものなんだから」、「あっという間に競合が増えたなんて言い訳にならない、どこだろうと、いつだろうと いい場所なら競合が生まれるのは当然」、「次へのステップをどこまで考えているのか」、「あなたには家族も従業員もいるんだろ」って。
 とはいっても最後は他力でなく、自力で解決するしか道は開かれない。
 このドクターまだまだ若いしやり直しも効くので目を覚ましたら? ポルシェを眺めてばかりいないで・・・。
posted by ヒロイ at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月03日

No.845:なかなかいい営業マンと有意義な時間を共有できた

 我々のような業種では各方面からの営業や勧誘が頻繁にある。
 メール、FAX それにDMなどの非対面はもちろんのこと、時にはアポなしの飛び込み営業というのもある。
 前触れのない飛び込み営業は私が事務所内にいることが少ないのでほとんどの場合 直接会うこともなく、業務案内と名刺のみ置いて帰られることが多い。
 金融機関や証券会社の営業が一番多いかもしれないが、それ以外には不動産・建築関連、広告会社、求人募集、パソコンや複合機の売り込み、それにコロナ前にはホテルや料亭の支配人が事務所の忘年会等の宴会でご利用下さいというのもあった。
 基本的には事務所が対象であるが、仕事柄 顧問先への紹介を期待されの営業というのも結構ある。
 事前に電話で連絡をいただく場合、事務所の運営上 聞いておきたい内容の場合には直接面談して具体的な話を聞くこともある。
 実は一昨日、全国的にもテレビでもよくコマーシャルが流れているような有名な求人会社の営業担当者と事前に日程調整をした上で面談をした。
 我が事務所でもこの日からパートの方が一人入社され、朝一番に臨時の朝礼を実施し新しく入られた方を紹介していたところであるし、現在 人員的には充足しているので 新たに人を採用する予定はないが、求人関連の会社の人と面談することによって、今 在職している事務所メンバーの給与体系が他の税理士事務所と比較してどうなのかとか、顧問先の方から求人のことで相談された時 いろいろな情報を頭に入れておくことでより適切な指導ができるのではと思って面談に臨んだ。
 どんな業種でも営業の人が事務所の来られた場合、世間話や雑談の延長線上でその業界の情報や今回のような求人関連の会社場合、名前は伏せられているが同業者(税理士業界)の求人状況も聞ける時がある。
 そういう意味ではたとえ一営業担当者との面談も無駄な時間ではなく、思わぬお得(聞き得)な情報を得られる時もある。
 自分のパソコンで「今後メール配信不要」や「迷惑メール」の処理が全部できているわけではないので、メールでの営業や研修案内は数えきれないほど届くが、中にはメールの情報が有益な場合もあるので全てシャットアウトという訳にはいかない。
 メールやFAXで送られてくるセミナー案内は、この業界が次なるターゲットは何にしているのか、今 何を学んでおく必要があるのか、更には業界としての流れはどちらに向かっているのかを知る上では必要と思われるものある。

 一昨日に面談をした求人関連の会社の営業担当者(男性)の話に戻るが、その営業担当者は新卒の方であったが、いきなり自社の売り込みをするわけではなく、現在の業界の状況を端的に説明したり、こちらの現状を確認するような話に結構 時間を費やし、最後の最後になって商品説明が少しあったが、こういった流れで話が進むと30分ほどの時間も決して無駄ではなかったとも思えた。
 実は話の間合いの取り方や非常に心地のよい営業スタイルで慣れた感じがしたので20代後半の方かと思ったので、最後に失礼を承知で年齢を確認すると23歳だと分かった。
 営業といっても商品の利便性や導入の意義の説明は最も重要なことであるが、こちらが今後 取引をしたり、お付き合いする会社の方向性や信用力、それに営業に来ている人の人間性や魅力を探るうえでは直接面談するというのはそれなりに意義のあることのように思う。
 欲しい物の購入や必要なことへの申込はネットでクリックすることで簡単に済ませる世代に人にとっては、今日の私の話はまさに前時代的なおっさんの話かもしれないが、こういった人もいるということも営業をする上でプラスになるようにも思うので、あえておっさんの意見も述べさせてもらった。
 何でもかんでも頭を突っ込んでいたらきりがないし、時間がいくらあっても足りないが、一つの情報で経営が上向くきっかけになることだってあると思えば、どんな業種であっても情報を粗末に扱ってはならないなと思った次第である。

 夏も終わり学校も始まったが、まだ今出川には学生がパラパラしかいないので大学はまだのようである。 今出川近辺が込みだす頃になると夏と秋の境目だなと実感でき、朝と夜が少し過ごしやすくなる時期である。
 それまであと一、二週間なんとか乗り切らないといけないなと思い、まだまだ暑い中 夏の空を眺めている。
posted by ヒロイ at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月26日

No.844:経営者ってそれほど偉くないよね

 まずはお詫びを。
 私 このコーナーはよほどのことがない限り 週一のペースで掲載しているが、先週はお盆休暇明けでいろいろな用事が立て込んいて土日もほとんど家にいない状態だったので流してしまいました すみません。

 ということで8月の後半は通常の月よりかなり過密なスケジュールで、この一週間で20人以上の人と面談をしたが、その面談時に経営者の方から取引先との関係を含む事業内容のことであったり、従業員に関することであったり、その他もろもろ 悩みや不満を聞く機会がいつもの月より多かったように思う。
 そんな中でも従業員に対する不満をお持ちの経営者の話は聞いていても なかなか解決の糸口が見つけられず、こちらが気持ちの上でしんどくなることもあるが、皆さんは何とかならないかと思って私に相談されていると思うので、いっしょになって解決策や対処方法を考えることもある。
 そんななかで従業員に対する思いとして経営者の口からは出るのは、「期待外れやったわ」とか「裏切られた感じ・・」なんていう後ろ向きであったり、批判的な話が多く、その矛先は新入社員だけにとどまらず、入社後 数年も経っている経理担当者や営業担当者に向けられることもある。
 ただ、入社後数年になる従業員になると会社にとって一定の歯車になってもらっているので欠かすことはできないし、また そこまでの数年間 経営者として容認してきた(雇い続けてきた)責任もあるので、今さら急に今までとは違った対応をとるということもできない場合が多い。
 じゃあどうすればいいのだろうか? 解決策はあるの? ということであるが、
 いろいろな面において知識も豊富な優等生の経営者の方は、ご本人は成績表でいえば“優”の方なのだろうが、こういう方ほど従業員もついつい“優”の人を求め、“良”や“可”では満足されないという傾向が少なからずあるように思う。
 経営者ご自身が“不可”のランクの人であれば経営そのものがやっていけないかもしれないが、経営者が“良”やあるいは“可”クラスの普通のレベルの方であってもすごくいい経営ができている場合もある(経営者の方にとってはちょっと失礼な言い方になってしまいましたね、お許しを)。
 こういった方は人間的に魅力があり、30分話していても 私の方が「あっ そうか!」とか、「そういう風に言えばいいんだ」と思うことがいくつもあり、私自身もいい話をたくさん仕入れて持って帰りたいという気になりついつい熱心に聞き入ってしまう。
 こういう魅力的な人のもとには、やはり魅力的な人が集まり、経営者が仮に“良”ランクの人であっても、従業員は“優”の人が集まったりしてきているケースもあり、こういった会社は多少のことがあっても総力戦で乗り切れるので安泰である。
 私がこの仕事をしていてよかったのと思うことは、上記に掲げているような経営者の本音、特に「ここだけの話」というのを聞く機会が他の仕事をしている人よりも多いということであり、事務所の経営や自分の人生にとって参考になることもたくさんある。

 この次にする話は顧問先の方から「廣井さん何言ってんの?あんたはどっちの見方?」なんて言われるかもしれないが、つい最近 ある会社で従業員の代表格の方からそっと耳打ちされた話である。
 その内容は、「私たち正社員の給与はまだましですが、パートの方の給与はいつも最低賃金すれすれで、まさにパートさんの時給は最低賃金との攻防なんですよ。でも、さっき社長の奥様は給与計算ができたと言ってみんなに給与明細だけ渡して帰って行かれました、新車のベンツに乗って。私たち一従業員がいうことではないんですけど・・。すみませんついついこんなつまらぬことまで愚痴ってしまって、まあこの話は忘れて下さいね。」
 この話、きちんと理解されないと話が変な方向へ行ったり、誤解を生じてしまうのでちょっと補足をしておくが、この従業員の方は最低賃金すれすれやベンツに乗っていることが嫌と言っているんのではないんです。経営者と働く者との気持ちが通じていないということが残念で仕方がないということが言いたかったようなんです。こういう会社はベクトルの向かっている方向がバラバラというのは傍で見ているとなんとなくわかります。
 この会社の経営者は業績が向上するようにいろいろな策を練っておられるにも関わらず なかなか業績が上向かないのは、こういったこととも決して無関係でないように思えてしまうんです。えらい辛口の話になってしまいますが・・。
 でもこういった話は、この場で皆様方に言っているだけでなく経営者の端くれの私自身も文章にまとめることによって自問する機会が持てるのではと思ってこうして綴っているんです。
 経営者って怖いですよ、あまり人から注意されないので。外から自分を見る機会を持たないと。

 最後に ここまでの話と少し観点は違ってきますが、仕事や日々の生活の中のいろいろなシーンで人の言動を見ていて思うことをひとつ、
 人を好きになったり嫌いになるのは人それぞれ自由だが、嫌いになった人の数だけ、人から好かれていない(きついので あえて「嫌われている」という表現は使いませんが)ように思うことがあるんですが、みなさんはそんな風には思いませんか? 冷静に考えて・・。

 まあ、忙しいながらもこんな妙なことも考えながらこの一週間過ごしていました。
 高校野球は応援していた学校がお盆の前半で次々に敗退していったので、その後は興味が薄れ、私にとって終盤は消化試合の感覚で結構冷めた目で見ていました。
 まだまだ暑い日が続いておりますが、甲子園が終わると不思議と秋を感じてしまいます。
 今日は私自身が心の中にあったもやもやを吐き出す形でついつい長くなってしまいました。
 最後までお付き合いいただいた方 ありがとうございました。
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2023年08月14日

No.843:年に一度だけのお墓参り

 仕事に追われる忙しい毎日とはいえ 特段の変化もなく よく似た日々を送っている人は多いと思う。
 私自身もそういった部類に入る一人かもしれないが、そんな大きな変化のない生活の中でも私にとって お盆のお墓参りは年中行事の一つとはいえ、ちょっと立ち止まることのできる時間でもある。
 親をはじめとし、身近な人の死から年数が経つとその亡くなった人のことを思う気持ちも年々薄れてきていく中、毎年お決まりのこととはいえ墓の前や仏壇の前で手を合わす時は、それがたとえ一瞬であってもその亡くなった人の顔が頭に浮かぶという点においては墓参りの意味はあるのかなと思うし、これがまさにお墓参りというものなのかもしれない。
 毎年8月14日はカミさんの両親の墓参りをした後、その墓の近くにある空き家となっている実家に行って、お坊さんのお参りを迎い入れている。
 今年も午前中にお経をあげてもらうといういつもの流れであり、かれこれ30年近く同じ形で何も変わったこともないが、たとえわずかな時間とはいえ、これもお盆を実感する“とき”である。
 90歳を超える私の母は施設に入ってもう5年以上になるが、父は8年前に亡くなり、その父の墓にはお盆中ではなく毎年お盆の前にお参りしており、今年も近くを通りかかった時に何も持たずにお寺の駐車場に車を止めて、墓の前まで行って手を合わせてきた。
 人から見ればまるで“ついで”のようなお墓参りに映るかもしれないが、一応本人はそんな思いではないことはここできちんと伝えておく。
 私の実家も数年空き家であったが、兄夫婦が今年の1月から移り住んでいるので、墓の掃除やお寺さんとのやり取りも含め 全てを二人にお任せしている。
 私とカミさんは二人とも末っ子という気軽な立場なので、お寺などのお盆の行事に直接関わることもなく、ただ1日だけ、いや往復の時間を含めても数時間の時間を費やすだけのお墓参りであり、世話をしてくれている兄夫婦やカミさんのお姉さん夫婦には本当に頭が下がる思いである。
 父の墓参りを線香や数珠を持って じっくりしたのは法事の時くらいであるが、ただ私自身 お先祖様に対しては何かにつけお願い事をする方で、兄が移り住むまでは実家は空き家でその合鍵を持っていたので、何か困ったときは一人で立ち寄って、仏壇に手を合わせてお願いしてきた。
 子供の大学受験、資格試験、結婚、カミさんの病気やケガ、それに自分が仕事でピンチになった時など、今から思えばお願いしたことは数えだしたらきりがないくらいある。
 お願いと言っても大層なことをいうわけでもなく、「精一杯がんばるんで、困った時 ちょっと力を貸して」といつも同じことを唱えている。
 もちろん全部とまでとは言わないが、何とか良い方へ導きだしてくれることが多いので、祖先を敬うことって大事なことかなと思うと同時に結構 信心深い自分にあらためて気付くこともある。
 夏になると戦争や原爆、そして あのお盆前に起こった日航機墜落のことなどが毎年取り上げられるが、こうして取り上げ、故人のことを思い返すだけでも 故人に対してはもちろんのこと、残された者にとっても大きな意味があるように思う。
 私は親の命日を忘れたまま通り過ごしてしまう年もあるような親不孝な息子なので、こんなことをじっくり考えるのは年1回だけかもしれないが、お盆休暇にお墓参りすることは何かに追われる日常からは切り離されるという点でも貴重なものなのかもしれない。

 明日は台風が直撃しそうで、帰省の人は毎年お決まりの渋滞、満席、混雑とは違った大変なお盆の後半で、交通手段は軒並みストップ、甲子園の高校野球も前日に中止が決定し、災害には気をつけないといけないが、いつになく結構 静かなお盆の15日になりそうである。
 今年は珍しく 甲子園→お墓参り という順となったお盆であり、こちらも年中行事の甲子園詣は昨日(13日)に行ってきたので、15日の天気のことは気にかけなくて済みそうである。
 私の事務所も16日まで休みなのであと2日休んで、16日の五山の送り火とともにお盆に区切りをつけようと思っている。
 では、今日はこのへんで。明日、雨風で危険な状態にならなければいいですがね。
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2023年08月06日

No.842:「京都市 22年ぶりに黒字」と聞いて思うこと

 先日、「京都市 昨年(令和4年度)一般会計22年ぶり黒字に」という新聞記事を目にした。
 京都市民として黒字になってよかったという喜びよりも、「21年間も赤字が続いていたんだ」ということに驚いたと同時に なぜか多少の苛立ちも感じてしまった。

 今回 ここで綴るにあたって京都市の財政の内容を細かく検証したわけでもないので、素人考えの域を出ないのはこの先を読んでいく上で承知しておいていただきたいのだが、よくぞここまで放っておいたもんだという気持ちと それにもっと早く手を打つことができなかったのかと疑問も湧き出てきた。
 それぞれの自治体で生活する住民にとっては、赤字であっても「自分たち」、究極は「自分」の生活に手厚い方がいいし、赤字が原因で生活ができなかったり追い出されるわけでもないので、毎日の生活が快適なのがいいのに決まっている。
 こんな中で、地下鉄の敬老乗車証の自己負担額の改定の問題は京都市の財政状態がお年寄りの日々の生活に影響するという点では、老人を抱える世帯では他人事ではなく、まさに生活に密着していると思ったので、この制度について少しだけ調べてみた。
 私の家族にはこの制度を利用している者はいないので、これまで詳しい内容は知らなかったし、正直あまり関心も寄せていなかったが、10年ほど前にある仕事先で所得に応じてかなりの負担があるということを聞いて「全員が無料ではなかったんだ」ということを初めて知った。
 この制度の変遷ついて調べてみると、今まで知らないことがたくさん分かってきたので、この制度について少しだけ触れておくことにする。
 この制度は1973年(昭和48年)に創設され、2005年(平成17年)までは全員無料だったが、その後は所得に応じ自己負担が生じるようになったようだが、直近の負担額を調べるとその内容に大変驚いた。
 ご家族にお年寄りがいらっしゃる方はご存知だと思うが、皆様が具体的な内容を見てどうお感じになるのかということで、京都市の基準を掲げてみた。
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【〜令和5年9月末】・・金額は1年間利用(実質 乗り放題)するための自己負担額
・生活保護を受けている方等:負担金はなし
・市民税非課税の方:6,000円
・市民税課税・・合計所得金額が200万円未満の方:10,000円円
(省略)
・市民税課税・・合計所得金額が400万円以上700万円未満の方:30,000円
・合計取得金額が700万円以上の方は、利用できない
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 ということで、まずは利用できない人もあることに驚いた。
 京都で生まれ育った人で、若い頃から現在までしっかり働き、そしてこの間(現在も)しっかりと税金を払っている人はこの制度を利用できないなんて・・。
 もちろん「所得が高い人は相応の負担を」ということであろうが、なんかこの表を見ると寂しい気もする。
 でも この制度自体が赤字の一因でもあるということであれば致し方ないのと割り切るしかないのだろうか。

 調べついでに京都市の今年度 黒字となった主な要因を調べてみると、
@ 職員数の削減や働き方改革により人件費の削減
A 観光客の増加に伴う宿泊税の増加
B 地価上昇で固定資産税が増加
C ふるさと納税の増加
 ということであるが、@以外は一つ逆風が吹けばたちまち赤字の方向へと進んでいくのではというような感じの黒字要因である。
 公共団体の財政を企業と比較するのはナンセンスという考え方もあるので大きな声では言えないが、企業ならとっくに倒産していた状態である。
 確かに住民サービスを落としてまで黒字化するということは公共性という点では問題はあるが、「あっ、今年は赤字」とか、「久しぶりに黒字脱却」なんて一喜一憂しないで、もう少し長期的な政策やビジョンを持って市を運営していって欲しいと思わざるを得ない。
 やはり住みやすい京都にし、人口も流失しない街にするにはどうあるべきかということを考えることが、街の活性化と存続には不可欠であると思うので。

 今回は赤字の中身を少しだけ勉強してみるかという軽い気持ちでこの話に入っていったが、今まであまり詳しく知らなかった敬老乗車証のことも知ることができたし、赤字の要因は高齢化の波も大きく影響していることも調べていくと数字ではっきりと分かった。
 最後に社会は想像以上に大きく変化してきているということで こんなことを掲げて終わりとします。

◆敬老乗車証制度の創設当時と比べて京都市の平均寿命が11歳伸び、対象者も8万人から32万人になっっている。

 本当に大変な時代になってきていますね。
posted by ヒロイ at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする