2018年06月24日

No581:一つの過ちで会社は潰れる可能性だってある

 先日、税理士会の年間行事の骨格を取りまとめる委員会があり、総勢50人以上の委員が集まって各委員会ごとに打ち合わせを行った。
 例年この委員会のあとは懇親会(食事会)が催されていたが、今回は とある事情 により懇親会が中止になり、コーヒーを飲みながらの委員会が終了した後は解散となった。
 “とある事情”というのは、この会場となった(公共の)ホテルで先日、集団食中毒が発生し、茨城県から修学旅行に来ていた70人近い生徒と引率の教師が病院に搬送され、それ以降、ホテルの営業はしているものの食事の提供はまだ再開はしていないとのことであった。
 全国の修学旅行生の多くが訪れる京都でこんなことがあって、一京都市民として申し訳ないと同時に何とも情けなくなってくる。
 実はこのホテル、確かこの春にリニューアルオープンしたばかりで、事務所からも近いので宴会パック等のチラシが何度か入っていたし、味さえよければ一回利用してもいいかなとも思っていたのに、これで当分 というか、ほぼ半永久的に利用しなくなってしまったというのが私に今の気持ちである。

 この“事件”を経営的な観点から捉えると、一つの過ちで企業が苦境に陥ったり、最悪の場合、倒産したりすることだってあるという、リスク管理の大切さ、今回はその甘さを表したものであろう。
 これはどの業界でもいえることで、経営上 大きなプロジェクトであっても、あるいは一つ一つの細かくて小さな仕事であっても「これくらいなら問題ないか」という心の緩みやスキは絶対に作ってはならないということである。
 大きかろうが小さかろうが、どんな仕事でも緊張感を持って取り組んでいかないといけないし、もし、緊張感が保てないような疲れ切った状況になれば、無理をせずサッと仕事から離れ、リフレッシュする時間をとるようの心掛けなければならない。

 当事務所のとある顧問先で、3年前に脱サラして個人事業を始められ(事業内容は伏せておくが)、人も雇わず家族だけで切り盛りしながらも、少しずつ業績を伸ばしておられた事業所が、ここのところ業績の伸びが止まっててきたと事務所の担当者から報告があった。私より10歳以上も若い非常に頑張り屋の経営者で、今後、店を少しずつ大きくされるだろうと私も期待していたが、一年程前から一定の数字が挙がってくると何となく気が緩んだのか以前のような張りつめた様子もなく、何気なく日々を送っておられる感がある。そして、少しお金ができると 他のことにもお金を使いだされ・・・。
 46時中張りつめてた状態でいるのは無理にしても、事業を立ち上げ、まずは5年、そして次は10年と果敢に攻めるくらいの気概でないと どんな商売であっても 他からの攻勢にあうだろうし、いつしか埋没しかねないという恐ろしさがある。
 食中毒の話から横道にそれてしまったが、緊張感と念には念をと言われるくらいのチェック体制がどんな事業であっても必要だ ということである。

 当事務所も開業して11年になるが、まだまだ何が起こっても、襲ってきてもおかしくない という緊張感を持ちながら毎日の業務に取り組んでいかないといけない と思わされた今回の“食中毒事件”であった。
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2018年06月17日

No580:父の日に届いた思わぬ贈り物

 一人で家にいた今日の午後、インタホンがなり玄関先に出てみると宅急便の人から私宛の荷物を渡された。
 荷物は先日入籍した長男夫婦からで、開けてみると立派な木箱の中に 底に“増生”と名前が刻まれたグラスが入っていた。これは父の日のプレゼントということらしいが、お酒が好きで毎晩、寝る前には焼酎を水割りで飲んでいるのを知っているかのようなうれしい贈り物である。
 
 数年前に長女からは旅行土産と兼ねてお酒をもらったことはあったが、2人の息子からは、幼稚園の父親参観の日にクレヨンで描いた私の似顔絵をもらった以外には何かもらった記憶はないし、私自身、父の日はかやの外というか、正直「父の日やのにな?」と気にかけたこともなかった(自分の親には一応 贈り物をしていたが)。
 長男一人ではこんな気のきいたことはしないであろうから、やはり結婚して奥さんがいるというのはこんないいことがあるのかと父の日を通して、子供が結婚したことをかみしめたりしていた。
 2人の都合で披露パーティーは10月に横浜ですることになっており、実は10月のこの日のことが、今 私の一番の楽しみである。結婚式場はホテルではないので宿泊はできないとのこと。ちょうど横浜に以前から一度泊まってみたかったホテルに泊まれる絶好のチャンス と早くも予約を入れておいた。

 カミさんの両親はそれぞれ60代と50代で早くに亡くなられたし、私の親も残っているのは施設に入っている母だけなので、父の日や母の日に何かを送る機会もほとんどなくなってしまったが、今回の件では、「次はこういう順番か」と歳をとったことをいい意味で実感した休日でもあった。
 
 我が家は決してイベント嫌いというわけではないが、実は今まで家族間ではイベントというものを特段取り上げたことはなく、子供が小さい頃 誕生日にケーキを買うくらいで、結婚記念日も夫婦間で誕生日のプレゼントも30年来一度だけしかしたことがなかった。
 ここで一度だけと言ったのは、多分 カミさんは覚えていないだろうけど、結婚して1年目か2年目に花屋さんから花を届けてもらったことがあったが、カミさんから、「この花屋さん高いやろ。もっと安い花屋さんもあるのに。」と言われ、私はカチーンときてそれ以来一度も物を贈ったことがない。この発言は、私が安月給だったので切り詰めた家計のやりくりの中から出た言葉か、実は照れ隠しだったのかいまだに謎のままであるが、この日以来、贈り物をしない夫婦になってしまった。正直、助かっているが・・。

 何はともあれ。子供が結婚したことによって我が家に今までにはない新しい風が吹いたことには変わりがない。
 まだ、少し早いが今晩、このグラスでお酒を飲むのが楽しみでならない。
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2018年06月10日

No579:やっととれた休日こそありがたかったが

 これからする話は、今の時代の働き方改革とか休日増加論とは逆行する部分もあるので多くの方から批判を受けるかもしれないが、そのことも覚悟の上、自分なりの考え方を述べさせてもらう。

 そもそも、“海の日 論議”というのが、今回、「あれっ?」と思った発端であるが、実は私が社会人になった頃は海の日なんていう祝日は存在しなかった。
 1996年(平成8年)に制定されたこの海の日って何の記念日なのか調べてみると、明治天皇が東北巡幸の後、船で横浜港に戻った日 ということのようである。 実は私も初めて知ったし、この由来を知っていた人はほんの一握りの人でしょう。
 その後、土曜日を含む3連休を作り出すために月曜日まで休むハッピーマンデー制度に伴って、この海の日がいつの間にやら7月の第3月曜日になったというのである。
 こういった、3連休創出はどこまで必要なのかということであるが、私自身も3連休があると心も体も休まるのは事実であり、楽しみでもある。ただ、一体 祝日ってなんだろうとこの議論をみていて思ってしまった。 海の日だけでなく、1月第2月曜の成人の日、9月第3月曜の敬老の日、それに10月第2日曜の体育の日と年に4回あるハッピーマンデー制度であるが、私個人としとは成人の日は1月15日、そして前回の東京オリンピックの開会式の日でもあった10月10日の体育の日は、固定的な方が意味合いも深まるような気がする(こういった考え方自体が古いのはよく分かってはいるが)。
 もう一つついでに言わせてもらうと、山の日は8月11日で固定であるが、これはお盆休みをここからスタートさせなさいという意味での固定なら、12日も休日にしないとお盆休暇は連続しないと思うのだが。

 こんな祝日のことで熱くなっても仕方のないこととはわかってはいるが、実は今国会で議論されているカジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案も含め、いつから日本は遊ぶことばかり考えるようになったのか と不安にもなったというのが偽らざる心境である。
 話がちょっと横道に知れるが、この法案の中身について、「カジノの入場回数制限は週3回、月10回とすることで自民、公明党の両党は合意に達した。入場料は2000〜5000円の範囲で検討に入った。」 という記事を見ると、日本も世の末と思うのは私だけではないはず。 カジノに賛成とか反対とか言っているのではなく、なぜ、こういった個人の趣味・娯楽にまで国が制限をしたり関わったりしないといけないのか、そこまでして国民に“カジノ遊び”させたいのか? 日本は何が何だかわからないまま レジャー推進国家になろうとしているのか。
 
 話をもとに戻すが、祝日が増えることは私も基本的には賛成であるが、意味や起源も分からないような祝日をただ単に増やすのではなく、人それぞれがその人に合った、あるいは必要に応じて休暇をとれる制度こそ大事なのではないかと思う。
 もっと言うと、いろいろなことをやりくりしながら、個人的に3連休や4連休を作ることこそ休日の喜びのような気がするし、週半ばの水曜日一日の休日だって楽しみな人もいるだろう。
 子どもが小さい頃、夏の平日に富士山へ行ったり、春に温泉へ行ったりしたことは、苦労してとった休日であったからこそ有意義で、今でも いい思い出として残っている。

 今の時代に合わない話の内容で、「廣井はやっぱし仕事が好きなんや」と思う人があれば、それはそれで結構。 でも、こんなことを思っている日本人がいてもいいのかなと思える休日論議である。
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2018年06月03日

No578:久しぶりの小旅行

 ここでも何回か紹介させてもらっているが、昨年の12月半ば過ぎに我が家に初めてのペット(ワンちゃん)がきて半年が過ぎようとしている。その後、年始早々カミさんの骨折による手術・入院、1月後半から3月前半にかけては恒例の確定申告、そして春からは相続税の申告や新規開業の支援等 何かとバタバタしているうちに気がつけばもう6月になってしまっていた。
 こんな状態が続いていたので、趣味というか一番の楽しみである旅行も昨年9月に出かけて以降どこにも行っておらず、また、ワンちゃんが来てからは今までのように思いたったら即 計画・実行 というわけにはいかないこともあり、お正月、5月の連休も近くに食事に行くくらいで遠出をすることもなく今日に至っていた。
 こんなことを考えている時にジャストタイミングで、関東在住でワンちゃんを長く飼っている知人から 露天風呂もあり、料理もおいしく、しかもペットも泊まれるホテルが6月に関西地区で初めてオープンするという情報を教えてもらった。
 ただ、関東では人気のある系列ホテルとのことなので予約なんてとれそうもないだろうな、しかも15室のみのペット同伴ホテルなのでと半ば諦めながらカミさんがネット予約を試みたところ、運よくオープン2日目にあたる昨日の予約がとれ泊まりに行ってきた。
 ただ、大げさに旅と言っても、実は自宅から車で1時間半くらいで行ける滋賀県の長浜にオープンしたホテルである。
 長浜には顧問先があるので仕事では何度も行ったことがあるし、この周辺の米原や彦根にも仕事でいく機会も多いので決して珍しい所ではないが、このホテルは部屋の中でペットは自由に動き回れ、そして我々は部屋で食事がとれ、しかも温泉もあるという ちょっと羽根を伸ばすにはちょうどよく、昨日(土曜日) 長女の仕事から帰ってくるのを待って午後3時前に家を出発した。

 実は、長浜には仕事で行くことはあってもゆっくりと食事をしたこともなく、駅前のラーメン屋さんで昼食をとるくらいで、街中を歩いたことさえ一度もなかった。
 今回は近場ということで、移動も大した時間がかからずホテルに着いてからは夕食後にも、そして今朝の朝食前にも長浜城周辺と琵琶湖の畔を散歩することができ、日頃 時計とにらめっこしながら過ごしている私としては別世界のような時間と空間であった。
 今朝はいつものように1人早く目が覚めたので隣接している旅館の大浴場へ行くと男湯は私だけで琵琶湖を眺めながら露天風呂につかるという これまたまさしく至福のひとときであった。
 ワンちゃんもまだ1歳にも満たないし、我が家も決して飼い慣れているとは言えないので京都では公園などに行ってもなかなか自由に駆け回ることもできないが、このホテルの前には小さいながらもドッグランの施設もあったのでうちのワンちゃんも他のワンちゃんといっしょに駆け回り楽しそうであった。

 遠出するとなると電車や飛行機の予約も大変だし、仕事のことも気になるが、こうして土日に近場で息抜きというのもなかなかいいもので、フラッと行ってサッと帰ってくる小旅行は旅の支度もほとんどする必要もなく、ある意味 本当の骨休めになったなと思った。
 次の旅はいつになるのか分からないが、こうして非日常の時間と空間に身を置くのは、慌ただしい毎日を過ごしている現代人にとって非常に意味のあることなんだなと あらためて感じさせられた休日であった。
 今日は昼の2時過ぎに帰ってきたが、一番疲れたのはわれわれ人間でなくワンちゃんのようで、家に中の窓際の涼しい所でずっとウトウトとしている。
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2018年05月27日

No577:丁寧さを欠いた対応をしていると・・・

 勤務税理士から独立開業し、自分の税理士事務所を立ち上げてから丸10年が過ぎ11年目に入っているが、最初の頃のひたむきさに欠けているなと自分でも反省するようなことがあった。
 日々仕事をする上で日常的に顧問先の経営者の方や事務所の運営上必要な各方面の方々(この中には一般的に“業者”と呼ばれる人も含む)と面談する機会があるが、この中でも顧問先の方以外の人との面談の仕方が荒っぽくなってきてるなと反省することがある。
 面談の仕方が荒っぽい とはどういうことを言うのかというと、必要性や緊急性が低い人との面談には十分な時間をとらずに サラッと終わってしまうことである。
 当然、開業当初と比べると組織も大きくなり、対外的にも以前より幅広い範囲に渡って把握するべき事柄が増えてきているので、サラっと終わることもある意味必要不可欠な状況なのかもしれないが、私自身の気持ちの中で、「今日のこの人はそれほど時間をとらなくていいな」と勝手に判断し、時間を削る行動に出ていることがある。
 開業当初は誰かと会うこと、また、話を聞くことの中にビジネスチャンスが潜んでいないかと思って時間の許す限り とにかく積極的にいろんな人と面談するようにしていた。事務所のスタッフも 『所長、よくそこまで人に会いますね、これだけ面談していたらいくら時間があっても足りませんよ。もう少し、会う人を絞り込んだほうがいいように思うんですが・・・』と言われたことがある。
 ただ、今回は自分自身も反省する必要あり と後になって思ったことがある。
 一昨日、今まで一、二度ではあるがいっしょに仕事をしてきたある業者の人が転勤となり、新しく担当になられる方を連れてあいさつに来られたが、私の方に十分な時間がなったこともあり、立ったままで名刺交換を終え、時間にして2、3分程でその引継ぎのあいさつは終わった。
 確かにゆっくりと時間がとれない状況ではあったもののわざわざ時間を作って当事務所の方まで足を運んできてくださったのに、愛想がなかったなと帰られた後に私自身、反省と何か申し訳ない気持ちが残ったままとなってしまった。
 
 今回の場合“一期一会”というような大そうな話ではないが、逆に私自身が出向いて行って丁寧な対応をされるのと、相手の方に時間がないとはいえ 立ち話で終えられるような対応をされるのとでは後々の印象がガラッと変わってくる。
 自分自身が丁寧な対応をしなかったために後味が悪く思うくらいなら、なんとか時間のやりくりをして、今までの感謝の気持ちも もう少しきちっと伝えておくべきだった。
 事業をしていて、その事業がいい方向へ向かうのかそうでないのかは、仕事の中身そのものが一番大切なのはわかるが、それ以外に、「何とかしてこの人の力になろう」と自分の味方や応援してくれる人が自分の周りにどれだけいてくれるのかが、事業が成功するか否かの分かれ目のような気がする。
 そういう意味では人との出会いとともにその人とのいい関係をいかに続けていくかが大事なように思う。そういう意味においては私の周りにいる人を大事にすることが何よりも重要なことなのに と一昨日の自分の行動をあらためて反省せざるを得なかった。
 「開業当初の気持ちを忘れずに」という言葉こそ、今の自分に必要な言葉なんだろうなと感じた。
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2018年05月20日

No576:恥ずべき行為

 人間なら誰しも大なり小なり恥じらいというものがあるはずだ。
 恥じらいというのは、「恥じらいのある若い女性」というように、多くの場合、男性より女性に使う場合が多いが、この“恥” あるいは、“恥ずかしい”ということは日々生活する上で非常に大切であり、自分を飾ったりすることなくできれば、まさに人間力を高める要因になるかもしれない。
 自分が考えていることを着飾ることなくそのまま行動に移すことは、ある意味 最も素直で人間らしいのかもしれないが、やはり多くの人の中で生きている我々は多少なりとも恥ずかしくない行動をとろうと心掛ける。
 最近の犯罪やセクハラ、暴行等の多さとこのことを結びつけるのは犯罪心理学を学ぶ人からはあまりにも短絡的で早計である とご批判を受けかねないが、やはり何をするにしても(事件になるような犯罪でなくとも)、「ちょっと待てよ」と自分の今の立場や周りの人たちの顔を思い浮かべることで歯止めがかかる部分はあると思う。
 ただ、街中で見かけるちょっとした問題のある行動、例えば、たばこの吸い殻を下水に捨てる、駅のトイレにガムを吐き捨てる、電車やバスを並んで待っているのに何食わぬ顔で横からサッと割り込んでくる、あと、交通ルールでいえば自転車の二人乗りやバイク(単車)のノーヘル等 考え出したらきりがないが、今の時代、見知らぬ者が注意なんかすると何をされるか分からないのでついつい見て見ぬふりをすることに慣れてしまっている自分に嫌気がさすこともある。
 
 でも、人が見ていなくともやってはいけないことはやらない という気持ちをどこかで持っていれば多くのことが防げるし、私自身、いつかは廻りまわって自分のとこに跳ね返ってくるような気がする。
 少し怖い話だが、何年か前 実家の近くを車で走っていながら 私はとても忙しかったので、当時私に会いたがっていた年老いた両親に会うことなく素通りをして京都まで戻ってきたことがあった。「いつでも会えるしええか」と軽く思っていたが、実はその次の日、仕事でミスを犯し顧問先の方から大目玉をくらったことがあった。
 結果としてそのミスそのものは大事に至らなかったが、やはり、「できることはやらんと神様は見ている」とぞっとしたのを覚えている。
 私はこれ以来、「もうええか、誰も見てへんし」と思って、あまり好ましくない行動をとることが怖くて、「人間は見てへんけど、神と祖先はどっかで見てるんちゃうか」と思うことがある。
 かといって、日々の生活で昔の道徳の教科書(← 50歳以上しかこの意味わからんやろけど)に出てくるような行動ばかりとれるはずもなく、時には“ズル”をすることだってないわけではない。 でも、この“ズル”と言われるくらいの些細なことであってもそうして手に入れたものには喜びも大したことないし、逆にむなしさだけが残ってしまうこともある。

 何だか今日は偉そうな話になってしまったが、ついつい 人が見ていないところでは“ズル”しそうな自分がいるので、自戒の念を込めてこんな話の流れになってしまった。
 今回の内容、本当の自分でない部分もあり、かなり恥ずかしい内容になってしまったことをお詫びして終わりにします。
 どうか、お許しを。
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2018年05月13日

No575:多すぎる税制の改正

 「税制を抜本的に見直す」、「社会の変化に適合した税制を」、「国際的にも通用する税にしくみを作り上げる」というようなうたい文句で首相をはじめとし、国会議員や経済会からの提言等がマスコミでよく取り上げられているが、この税に関する改正が非常に多くなってきているように思えてならない。
 もちろん時代にマッチしない古い制度のものは早く見直す必要があると思うのだが、最近の改正を見ていると、一つは国会や選挙での駆け引きに使われている、つまり、票に結び付く制度に目がいっているように思う。そして、もう一つは納税者やその指南役(我々税理士もその一人かもしれない)が税制の抜け穴にうまく目をつけ脱税にならないまでもすれすれの節税策として提案されたり、対策を立てていることに対してすぐさま規制がかけられる傾向があるように思える。
 後者の方は我々税の専門家から見てもヤバい対策と違うの? と思えるようなものに対してはやむを得ないが、前者の選挙目当てとしか思えないようなものも改正項目には散見される。
 ただ、どういったきっかけであっても法律として成立したものは、その範囲内で対処していかないといけないといけないので、常に頭の中で“改正税法”がくるくる回っている。というのも、最近はこの手の研修会もたくさん催され、時間を調整しながらできるだけ参加するようにはしているが、改正の内容はもちろんのこと、その改正がいつから適用になるのかをきちっと抑えておかないと、よく似た内容であっても適用年度を間違うと大変なことになる。そういう意味において、この改正は今期からだっけ、それとも来期からか? ということを確認する回数が年々多くなってきているので、机の上に立てかけてある研修会の小冊子が必要不可欠である。
 そういう意味においては決算・申告の作業以外に調べものをする時間も自ずと多くなってきているように思う。

 私共の事務所の顧問先に多い医師であっても、あるいは専門職と呼ばれる弁護士や社会保険労務士であっても、ビジネスとしては人当たりもよく、依頼者の相談に親身になって耳を傾けることが必要とされることではあるが、その次にはきちんと、つまり正確に、そしてできるだけ依頼者のご希望に沿う形で対処できるかどうかが力の見せどころであろう。
 そういう意味ではこの仕事をしている以上は、いくつになっても新しいものを理解し、頭の中を整理しておかなければならない。
 こんなことを考えていると何だか重い気分になってくる部分もあるが、常に頭を使う機会を与えられている、つまり、お払い箱にならないように研修の場が設けられているんだなと考えながら研修会場へも足を運んでいる。

 今回は久しぶりにまじめな話になってしまったが、我々の仕事も結局のところはお国に振りまわされながらやっているんだなとつくづく思う今日この頃である。 
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2018年05月06日

No574:口ぐせ

 毎日の生活の中でついつい口にしてしまう口ぐせというものは誰にでもあるでしょう。また、口ぐせではないが事務所内ではいつも独り言を言っている者もいる。
 その内容がモグモグやうだうだと人にはわからないような独り言をつぶやいている者もいれば、「えっ」、「うそやろ」、「なんで?」と不満や否定的な言葉を声に出して言う者もいる。そして、中には外出先から疲れて帰ってきているにもかかわらず、席に着くなり、いつも「よっしゃ!」と空元気ながらも気合を入れる者もいる。
 確かに自分の落ち込んだ気持ちと正反対のことを口にして、気持ちを鼓舞しようとすることは決して悪いことではないし、心の中だけでなく言葉として口にすることで不思議とその言葉のように物事が進んでいくことだってある。

 ただ、言葉は正直なもので、いくら口にしないでおこうと思っても知らず知らずのうちに口にしてしまっていることだってある。というかほとんど毎日この繰り返しではなかろうか。
 私も意思が弱いので、これは止めようとか こうしようとか思っていてもなかなか実践できないので、何年か前から、一日に何度も開く手帳に 口にしないでおきたい言葉 を付箋に書き込んで貼り付けている。その言葉とは、
 「あぁ しんど」と「あぁ 疲れた」という二つの言葉である。しかし、付箋の効果もさほどなく、ことあるごとに口にしているし、自分でも気づかないとこでも言っているのだろう。
 
 ある本に、「口ぐせから老化ははじまる」と書いてあったがまさしくそのとおりだと思う。
 上に掲げた私の口ぐせもそうだし、我々の年代(50代半ば)にもなると、「もう年だから」といって、ついついしんどいことから目を背けながら毎日の生活を送る癖がついてしまっている。
「どうせ俺(私)なんか」とか「俺(私)の頭では到底無理やわ」というのもよく似た気持ちの表れであろう。
 これとは逆に、私のような50代半ばの者が70代後半から80代の人と話をしているとぬ決まって「廣井さんなんか、若くて今一番ええ時で、がんばれる時やね」と言われる。するとなんだか体が軽くなったような気になるから不思議なものである。
 老化というは体と頭からくるのであろうが、その前に口にする言葉から老化が始まり、進んでいくような気もする。
 ということで、たとえ嘘っぽかったり、空元気でもいいので若くて元気になるような言葉を口にすることは、若さを保つ秘訣というか、元気の源なのだろう。

 連休明けの明日は、ついつい「あぁ しんど」という言葉を知らず知らずのうちに口にしてしまうのだろうが、せっかくこうしてここに書いたのだから少しだけでも自分自身で気をつけながら、月曜日から始まる長〜い 一週間を乗り切っていきたい。
 やっぱし、休みはええなあ〜。
posted by ヒロイ at 14:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月29日

No573:無理せず、無茶せず、無駄な時間を過ごしたい

 タイトルにあるようなかっこいい生き方に憧れているが、私はこれまで全くと言っていいほど逆の人生を歩んできた一人の人間かもしれない。
 無理をして、無茶をして、いかに無駄のないように物事を進めていくかを考えながら。
 ただ、最近は少しずつではあるが、自分の体力や能力や限界が分かってきたので、何かにつけ 「こんなもんでええか」と思えるようになってきているのも事実である。
 過去において、「60までしっかり仕事をして、うまくいけば早めにリタイヤをし、残りの人生を楽しみたい」と、口にしておられた当時40代の比較的若い経営者が何人かいらっしゃった。ただ、残念ながらその言葉どおりそれを実現している人は私の目の前には一人もいない。
 人生が65や70で終わるのであれば、そういった考え方もおかしな話でないし、それはそれで正しい生き方かもしれないが、今や100歳とはいわないまでも多くの人は80歳くらいまでは生きる世の中になってきている中では人生というものはそうそう甘いものではないように思う。
 病気やけがで不幸にも若くして亡くなる人もいるが、私の周りには80代や90代でまだ誰の世話にもならずに生活している人が何人もいるし、私の母も86歳で判断能力は劣っているが、身体はいたって元気で施設の中では数少ない車いすも杖もいらない入所者である。

 実は私自身も別にリタイヤする時期を決めていたわけではないが、若いうちにとことんがんばって老後はゆっくりと と思っていたが、この長寿社会ではいつ死ぬか、あるいはいつ死ぬことができるか分からないし、逆に寿命のある限り生きていかないといけない、要は死ぬ時期と死に方は自分では選べばないという現実がそこにはある。
 というわけで、一応、私自身も家族の生活を支えないといけないが、それ以外は無理せず、無茶せず、人の世話にならずに長く生きていくようにしないといけない。
 ちょうどこの時期 連休で仕事のことを忘れられる時間が多いので、こうしていろいろな(つまらぬ)ことに考えを巡らすことができ、いつもと違ってある意味“無駄な時間”を過ごしている。
 でも、この一見“無駄な時間”と思える時間が、実はすごく楽しくて、好きな本を読んだり、時間を気にせず犬と散歩したり、部屋の掃除をしたりと日頃できないことができることで、仕事をやり遂げた時とはまた違う種類の充実感や満足感がある。
 若い頃はボーっとしていると世の中から取り残されるのではないかという恐怖心を抱きながら仕事をしたり、日々の生活を送っていたが、今になって(55を過ぎて)、無駄な時間が実はすごく充実した時間であることに気がついた。
 今回 合計で7日間休みがあるが、人と会うのは2時間ほどの1回のみで、後は出かける予定も人と会う予定もない真っ白なスケジュール帳である。 あ〜、時間に追われないことがこれほど幸せだったとは・・・。
 今日、大量に着れなく(着なくなった)服を処分して、収納スペースが空いたので、明日は服でも買いに行ってこようかなと考えている。
 日がそろそろ変わりそうになってきたし、お酒も結構まわってきたのでこの辺で休むのことにします。
 みなさん よい休日を。
posted by ヒロイ at 23:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

No572:自民党が焦らないと日本の政治は変わらない

 今日はこのコーナーではあまり触れることない政治の話題です。
 ここではどこの政党が良いのか悪いのかとか、どの政党をあるいはだれを支持するのかということを語るつもりはない。
 私の個人的な意見として、ここしばらくの間に与党側(政府筋)ではいろいろな問題が表に出てきているが、実は与党、特に自民党の国会議員は全くとはいえないまでも、心の中ではほとんど焦っていないように思える。
 というのも、今の小選挙区制の中で、現状のような野党が結束しない状態が続く限り、自民党の一党支配(与党という意味においては公明党も含む)はそう簡単には崩れないと思うからである。
 このことは、世論調査(2018年4月)の政党支持率を見れば一目瞭然である。

・自民党      35.4%
・公明党       3.5
【A.与党合計   38.9】
・立憲民主党    8.5
・共産党       2.9
・民進党       1.4
・日本維新の会   0.8
・社民党       0.5
・希望の党      0.3
・自由党       0.3
・その他       0.2
【B. 野党合計 14.9】
・支持政党なし  39.2・・C
・わからない、無回答 7.0・・D

 毎日のように国会論議でやいやい言って与党を攻めている野党を合計したところで14.9%しかなく、与党の38.9%の半分にも満たない。
 ということは現在の小選挙区制(1選挙区で当選者1人)のもとでは与党候補は安泰であり、ましてや野党各党の足並みが乱れれば乱れるほどその安泰の度合いは増すという構図である。
 決して今の政治の全てが悪いと言っているわけではないが、こういう状態が続く限り、政治的緊張感に欠けるし、国民のために本当にいい政治をしなくてはならないという思いも自ずと低いものになっても仕方がないのかなと思ってしまう。
 政治思想や政策が一致しない政党がいっしょになるのは野合と、これまた批判の対象になるだろうし、以前の民主党のように空中分解してしまっては元も子もないことは分かっている。
 ただ、今の何があっても許され、言い逃れがまかり通るようなダラダラとした政治には辟易している。そのためにも野党は野党で自民党を焦らす形をつくってほしいものである。
 今回の世論調査で一番大きな塊である支持政党なし(39.2%)と言っている人たちが、しっかりと今の政治状況を見極め、将来の日本を考えて行動すれば、もう少し政治が国民の手の届くところへ戻ってくるのではという期待もある。
 いずれにしても緊張感のある状況というのが一番 頭も使うし、物事を本気で考えられると思うのだが・・。これは政治の世界だけではなく、経営面でも労使間においてもまた、友達同志、家族間、夫婦間・恋人同志においても同じことが言えるような気がする。
 私は政治や経営面あるいは人間関係において緊張のない状態は、きつい言い方をすれば、腐った状態に向かっていると常々思っているので、今の日本がこのままではいいはずもなく、どこが政権を担うにしてもピリッとした締まりにある状態に戻してほしいと願っている。
 日本の政治や政治家に期待できない層が上記の支持政党なしとすれば、この部分が1/3以上を占める今の日本の政治は危機的状況といってもおかしくない。
 いつから日本はこんな政治後進国になったのであろうか。
 こんな風に憂ている人は結構いると思うのだが。
posted by ヒロイ at 14:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする