2018年08月26日

No590:経営判断が早いか遅いかで企業の今後が決まる

 非常に忙しい現代社会においては、誰しもがやらないといけないことをいくつか抱えていると思う。
 忙しさの度合いや内容は人によってさまざまであろうが、年配や高齢者の方でも、『年寄りは暇やと思ってるだろうけど、毎日結構することがあって忙しいんよ。』と言われることがある。
 我が家には小さな子供はいないが、小学生の子供を持つ当事務所の社員やパートの方の話を聞いても、塾や習い事で毎日忙しそうである。
 また大人は大人で日々の仕事だけでなく、いつかはやらないといけない “家の用事”もいくつも放ったままの人も多いであろう。
 私自身もやらないといけないことをたくさん抱えているが、どんなことでも最初のうちはまだまだ残された時間は十分あると思って、余裕を持ちながら悩んだり、検討したりしているが、そうこうしているうちに時間ばかりが過ぎていって、気がつけば期限までに残された時間が少なくなっていることも度々ある。

 顧問先の経営者の方が経営上の判断を求められたとき、判断の早い人とそうでない人がいらっしゃるが、全てではないにしても相対的に判断や結論を出すのが早い人の方が事業内容がいい方向に向かっているケースが多いように思う。
 事務所の担当者の面談報告書に問題点や検討項目が記載されており、私も全顧問先の面談記録に目を通しているが、同じ問題が何ヶ月にもわたって持ち越されている顧問先はやはりスピーディさに欠け、取り残されている感じがすることがある。
 雑誌にある上場企業の経営者が最も重要視することとして「早い判断、早い結論の導き」を掲げていた。早ければ何がいいのかというと、「誰もしていないこと、どこの会社も取り組んでいないことを誰よりも早く取り組める」ことと、「上に立つ者(経営者)が仕事をいったん横に置いておくことは、組織全体を停滞させる要因となる」と書かれていた。まさにその通りとうなづける。

 私自身も決してすぐ結論が出せる速攻タイプではないが、私がぐずぐずしているということは組織が活性化せずに停滞する元凶になりかねないので、できるだけというか、多少無理してでも物事を早く進めるようにしている。
 正直言って、自分自身、物事をため込まず、すぐ取り掛かるという行動は「きついな」と思うことも度々あるが、「うちの所長は口ばっかしで、全然動けへん」と思われないようにし、何とか推進力のある組織を作りたいと思っている。
 私が見本になるような行動を率先してとれたらいいのだが、そこまではなかなかできないので、活力ある経営をされている顧問先をまねながらなんとかいい形をつくっていきたいし、「結論を出すことが遅くなればなるほど残された道は少なくなる、つまり選択肢は狭まる」ということなので、限られた時間の中でしっかりと考え抜いたうえで、行動に移す時はスパッと実行する、まさに“熟慮断行”をの言葉に近づけるような姿勢を持ちたいものである。
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2018年08月19日

No589:ガッツポーズを叱られた高校球児

 この件は今や話題となっているのでご存知の方も多いと思うが、今 行われている高校野球で創志学園(岡山)のエースが相手の打者から三振をとった時にガッツポーズをして雄たけびを上げたことを球審から「必要以上にガッツポーズをしないように」と注意を受けていたという一件である。
 この球審の言動に賛否両論 いろいろと騒がれているが、私はこの球審を問題視するのではなく、バックにある高野連(日本高等学校野球連盟)の考え方がここまで浸透しているのかという 嫌みを含めて「さすが高野連」という感想を持った。
 高野連は文武両道の学校と強くて名の通った学校や選手が好きだから仕方ないのかもしれないが、もし、同じことを大阪桐蔭の選手がしていたら多分何も言われなかったのではと思ってしまう。
 高野連は今や野球という一つの側面だけでなく、いろいろな面において学校教育全般に影響を及ぼす組織になってきているが、今一度 スポーツの原点という側面から物事を捉えてほしいものである。
 趣味でするスポーツならいざ知らず、競技としてするスポーツは試合後には勝者と敗者が存在し、誰しもが勝者になりたくて日々の厳しい練習に打ち込んでいるといっても過言ではない。だから、ガッツボーズなんてやろうと思ってやるものではなく、自分の体の中から自然と湧き出してくる感情のひとつを表現したものに他ならない。
 私が野球をしていた頃はなかったが、今や優勝すると勝った方のチーム全員がマウンドに駆け寄り、指を1本差し出し勝利の喜びを爆発させているが、あれだって負けた相手に配慮しないといけないのであれば、禁止しないといけない行為にも思えてしまう。

 今の時代、大人も子供も自分の気持ちを表に出さない人間が多くなってきているように思うが、今回のように自己表現できるということは、逆に貴重な存在なのかもしれない。今回は、大げさなポーズで相手を傷つけたり、挑発したりすることがよくないということのようであるが・・・。
 時代が違うので一概に比べられないが、私が野球をやっていた時(小学、中学)は、守っていたショートから空振りしたバッターに対して、「前に転がさんかい」、「打てるもんならこっちに打ってこい」と大きな声で言っていたし、当時のキャッチャーは打者に向かって、「このバッター内角投げといたらかすりもせんしな」と平気で言っていた。自分が打席に立った時には逆のことを何度も言われたし。
 こんな中で守備についている時には、「三遊間のゴロなら全部とってやる」とか、バッターの時は、「何が何でも打ってやるからな、勝手に言いたいこと言っとけ。」と体の中から熱いものが込み上げてきて、これが思わぬ力を引き出すのに一役買っていたのは否定できない。
 今、事務所での仕事中でも独り言の多い者もいるし、一つの仕事がうまく片づけられると「よっしゃ!」、「これでOKや!」と小さな”雄たけび”をあげている者もいる。
 今の時代、ある意味 静かな時代になったし、電車に乗ると日本人の多くは、何ひとつ物音を立てずに耳にイヤホンさしながら、黙ってスマホの画面をいじっているし、京都の地下鉄に乗っていると日本語でない言葉ばかりが聞こえてくる時だってある。

 話は少し本題からずれてきたかもしれないが、今の日本人は自己表現力がなさすぎることの方が問題視されるべきではないのかと思ってしまう。
 先日のサッカーのワールドカップのゴールの後やオリンピックで勝った時は陸上でも、水泳でも柔道でもみんな”雄たけび”をあげてるではないか。
 私は”雄たけび”禁止のようなスポーツなんて見たくないし、感情を抑えてスポーツをするという離れ業はできそうにないなと思った一人である。

 みなさん どう思われますか? 
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2018年08月12日

No588:お盆の昔と今

 昨日、お盆休暇に入った初日の8月11日に実家に行き、結構伸びていた庭の草引きを少しだけした後、お墓参りをして日帰りで京都に戻ってきた。
 お盆の間、3日間を実家で過ごすという兄夫婦とは少しの時間であったが話をすることができたし、車で10分くらいのところにある姉の嫁ぎ先もお母さんの初盆だったので線香だけあげに行ってきたが、こんな些細なことでも日頃なかなか時間がとれない者にとってはお盆休暇があるからこそ実現できることである。
 父や母が健在だった頃はお盆やお正月になると多くの者が集まり賑やかな実家であったが、今や実家は誰も住んでいない状態で、こういったまとまった休暇になると私の兄弟3人がそれぞれが自分のスケジュールに合わせて実家に立ち寄り、特にお盆は墓参りをするという以前とは違う実家との関わり方である。
 少し時間があったので実家の近所の家も回ってみたが人の気配のある家は半分くらいで、私が子供の頃の地域としての賑わいはどこにもない。
 我が国は人口の都市部への集中と過疎化の進行が問題となっているが、今回、自分の実家に帰って目の当たりにしたのがまさしく過疎化に直面している我が故郷の状況である。
 以前の賑わいを知っているので寂しさを感じないわけではないが、どんな状態であっても実家に足を踏み入れると私自身の気持ちが落ち着くのは18年間も住んでいたからなのであろうか。

 今日(12日)は京都の自宅で朝からワンちゃんの散歩、テレビで高校野球の観戦、あとは読みたかった本を読むという、普段からは考えられないくらい時間にとらわれない一日を過ごした。
 夕方 次男が東京から帰ってきて、日頃の東京での生活ぶりを聞きながら夕食をとるという何気ないことではあるが、親としては楽しみな時間である。今になって思うと、私が20代の頃、年に1、2回実家に帰ると両親が何とも言えないくらい嬉しそうな表情で出迎えてくれていたが、今になってその時の親の気持ちがよくわかる。
 明後日はカミさんの両親の墓参りがあるが、これも日頃は空き家となっている家でお坊さんを迎えるという、年に一度の行事である。
 お盆というのは恒例の夏季休暇ではあるが、この時期の自分の行動を確認するとやはりお盆はお正月と並んで、日本にはなくてはならない休暇なんだなと思ってしまう。
 あと、休みは4日間あるが、こんな時こそ普段できないことができればなと考えているところである。
 今日はお正月以降初めて次男が帰ってきたので ついつい飲み過ぎてしまい段々と睡魔が襲ってきたので、突然ですがこの辺で終わりにします。
 では、おやすみ。
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2018年08月05日

No587:辞めずにいられる職場

 今日は今秋開業予定のクリニックの採用面接に立ち会った。
 最近は人が集まりにくいと言われているが、折込広告を使って募集したところ51人からの応募があり、そのうち書類選考を通過した人17人と面接を行った。
 細かな面接の内容や選考基準をここで述べるわけにはいかないが、一つだけ私も含め、人を雇う経営者側としてとても参考になることがあった。

 現在、ある医療機関にパートで勤務されている方で、そこでの勤務時間だけでは他の人とのシフトの関係で自分が入りたいだけの勤務時間が確保できないので、もう少し多く働ける職場を探しているとのことであった。
 今回、私がここで話がしたかったのはこういった個別の事情ではなく、この人が従来からの勤務先で思いどうりの勤務形態でないにもかかわらず10年間 辞めずにいらっしゃる理由についてである。
 私は面接の中で、『パートとはいえ10年間続けてこれた要因はなんですか?』と質問したところ、『雰囲気がいいというか、チーワークが抜群なんです。』とおっしゃった。   
 「働きやすいのは職場の雰囲気がいいから」というのは度々 耳にするが、「チームワークが抜群なので」と言われた方は初めてだったので少し驚いた。
 ただ、この雰囲気とチームワークの違いってなんだろうと立ち止まって考えてみると、雰囲気というのは、居心地が良いか悪いかの判断材料にすぎないが、チームワークというのはただ漫然と時間を過ごすのではなく、一つの取り組みに積極的に関わり、何かを作ったり、仕上げたりするという行動を起こすうえで重要なことであるように思う。この人はそれほど意識せずに発言されたのであろうが、ほとんどの仕事が単独でするのでなく、何人かが組んでするということを考えれば、このチームワークというのは職場にとって欠かせないものであり、経営的な観点からみても物事が前進する原動力にもなるし、働く人も辞めずに続けられる職場なんだと気付かされた。

今日はあるクリニックの面接であったが、会社、クリニック、そして税理士事務所においても、ただの仲良しグループになるだけでなく「チームワークがいい」と働く人が感じる職場にすることが大切なことなんだ ということを教えてもらった貴重な一日であった。
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2018年07月29日

No586:今からわくわく・・100回目の夏の甲子園

 今年は夏の甲子園が100回目で記念大会となるが、これぞ甲子園という学校が名乗りを上げており、今から楽しみで仕方がない。
 私は高校と大学は陸上競技一色であったが、小学生の時の少年野球から3年間野球部にいた中学まではいわゆる野球少年であったということもあり、夏のこの時期になると甲子園だけでなく各都道府県の予選からお目当てのチームが勝ち上がってこないかなと毎日 新聞やネットに目を通している。
 通常は47都道府県のうち、北海道と東京だけは北北海道と南北海道、東東京と西東京の2校が出場できるのが、この10年ごとの記念大会はこの2つだけでなく、学校数の多い埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡は東西や南北に分けて2校が出場でき、何とも賑やかな甲子園となる。

 ここからは高校野球に関心を持っている人だけしか盛り上がらないような話かもしれないが、私がわくわく感を抑えることができないので、甲子園について思いのまま語らせてもらうことにする。(興味のある人だけ続けて読んでください)

 今回は、「この都道府県にはこの学校」と言われるような みなさんにもなじみのある学校が結構そろったなという感じがする。
 あの大谷昇翔平の母校である花巻東(岩手)、東北の常連 仙台育英(宮城)、県内では絶対に負けない12年連続出場の聖光学院(福島)、怪物江川の作新学園(栃木)、昨年ぶっちぎり優勝を飾った花咲徳栄(北埼玉)、ゴジラ松井の星陵(石川)、イチローの愛工大名電、34回目の出場となる平安(京都)、あと 報徳学園(東兵庫)、智辯和歌山(和歌山)、準決勝で名門広島商を破った広陵(広島)、昨年まで8年連続出場をしていた明徳義塾に勝った高知商(高知)、あと 誰もが知っている鹿児島実業(鹿児島)、興南(沖縄)・・等。

 今の時点でまだ決まっていないが、明日 決勝を控えている大阪桐蔭(北大阪)もこの中に加わってくるだろう。実はこの北大阪の準決勝は大阪桐蔭対履正社という昨年の選抜(春)の決勝戦という豪華カードであった。
 ただ、個人的に期待していた出場が叶わなかった学校も何校かある。
 

 38回出場している北海(南北海道)、巨人の元選手・監督であった川上哲治の母校で過去20回出場の熊本工(熊本)と過去28回の出場を誇る天理(奈良)は残念ながらどちらも決勝で敗れたし、名門・常連の帝京(東東京)と東海大相模(北神奈川)は準決勝で敗退した。
 また、東京の都立高校としては2003年の雪谷高校以来の出場かと思わせた小山台は東東京の決勝で二松学舎大付属に6対3で敗れ、惜しくも出場を逃したのは残念であった。

 今回は私が昨年まで20回近く足を運んだ甲子園で実際に試合を観たことのある いわゆる野球名門校や常連校ばかり取り上げたが、今は新興校とよばれている学校や今回初出場した学校にも、前述の学校に引けを取らない学校もいがいくつもあり、まさに今回の甲子園で新たな歴史をつくる第一歩になることも考えられる。
*現時点で未確定の3つの代表を残し、56の代表のうち初出場は6校

 今回は高校野球に関心のない人は、つまらない内容だったと思うが、私自身はこの一ヶ月近く繰り広げられていた地区予選の追っかけも終わり、あとは本番である甲子園を待つのみとなったところでいい感じでまとめができた(← 私が勝手に思っているだけだが)7月最終のブログであった。
 お盆休暇には例年のごとく1、2度 甲子園に足を運び、夏の総決算のような気持ちで高校野球を満喫してきたいと思っている。
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2018年07月22日

No585:私が朝礼で伝えたかったこと

 我が事務所の朝は8時30分始業、その後 15分程度の掃除を経て、キリのついた人から順次 自分の席について本来の業務へ入っていくという朝のお決まりの流れである。
 私が以前 勤務していた税理士事務所では、掃除の後 毎朝8時45分から朝礼があったが、私が今の事務所を開業した頃は総勢4名だったので、わざわざ朝礼する必要もなく、重要な伝達事項は席についたまま少し大きめ声で話せばそれで済んでいた。 また、一人一人が何役もの役割を担いながら毎日の業務をこなしていたので、朝礼する時間さえもったいないという考えや朝早くから遠方の顧問先へ直行することも多く、毎朝、全員が必ず揃うという状況でもなかったということも朝礼をしなかった理由の一つである。
 その慣行は11年経った今でも残っているので、基本的には朝礼は実施していないが、重要な伝達事項や何かの節目の時には必要に応じて朝礼を行うようにしている。
 また、ビルの3階だけでは机が入りきらなくなったので、それまでロッカーを並べて書庫(倉庫)代わりに使っていた4階にも今年の1月から5人の人に上がってもらい、社員が3階と4階に分かれた形で仕事をしていることも、全体での朝礼を必要とする一つの要因となってきている。
 7月17日から新しい社員を迎えることになったので、この日も朝礼を実施し、私から新入社員の紹介と本人から挨拶をしてもらった。

 現在、事務所は総勢18名であるが、事務所の人数が増えてくるたびに私自身 気になっていたことがあったので朝礼の締めとして全員に伝えた。
 その気になっていたことというのは、組織としては小さいながらもピラミッド型となっているので、各社員が仕事の仕方や顧問先との対応について自分の上司に相談し、その後、内容によっては私の意見も求められることもあるが、一同が机を並べて仕事をしていると、ついつい上司の評価や事務所内の他の者の目を気する傾向が出たり、また私自身がどう評価するのかということを気にしているなと感じることもある。これは人数が増えてくればくるほど私自身にも各人のこういった思いを感じることが以前よりも多くなってきている。
 私はこの傾向は決して悪いことばかりではないとは思うが、会社(職場)が担う役割という点においては、きちんと整理し、全員に徹底しておく必要があると思ったので、この日の朝礼では下記の3つの点について全員に私の思いを伝えた。

@仕事は上司や所長(廣井)の方に目を向けながら進めても意味がない。どんな場合であっても顧問先様の方に目を向けて進めていくべきである。このことは、顧問先の経営者に直接対応する担当者だけでなく、内勤で事務処理をする人も、電話をとったり、接客をする人も全員がこのことを心に留めて毎日の仕事をすることが大切である。
A事務所の社員数が増えてきて、さまざまな人がいっしょになって仕事をしているが、この“さまざまな”というのは、年齢は20代から50代、男性と女性、あと この業界での経験が長い人と初めてこの税理士事務所で仕事をする人(この日に新入社員)等、いろいろな想いの人がこの廣井事務所で働いてもらっているが、ベクトルは“顧問先 第一優先”という同じ方を向いて仕事をしてほしい。 
B経験豊富な人は経験の浅い人や新人さんには面倒なことがあっても丁寧に仕事を教え、また、教えてもらう側はいつまでも甘えるのではなく、必死に仕事に取り組んでいろいろなことが一日でも早く自己で処理し、自己で解決できるように努力をしてほしい。

 こんなことを朝の9時前から話していた。
 朝から私一人熱くなっても仕方がないので、自分では抑え気味で話をしたつもりであるが、事務所のメンバー全員が“顧問先のために”という同じ方向に向かって仕事をしていけば、何とか事務所も衰退せずに進んでいけるのではないだろうか と考えながらこの日の朝礼を終了した。

 事務所のみなさん、朝から重い話を聞かされ、ご苦労様でした。
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2018年07月15日

No584:暑い日でもワンちゃんといると気が晴れる

 今日も京都は38度を上回り、昨日に続いて体温以上の気温となった。
 事務所は3連休で、この暑さのなか汗を拭きながら顧問先に向かうことはなかったが、それにしてもすさまじい暑さであった。
 朝は ぽぽたん(我が家のワンちゃん)と宝が池へ散歩に出かけた。休日でこちらがゆっくりしていたこともあり、家を出るのが8時過ぎになったので、既に気温もかなり高くなっており、この時点で30度近くになっていたかもしれない。
 いつもは池を1周まわる間に何度か寄り道や休憩はするものの、それ以外は結構調子よく歩くのだが、今日はこの暑さのせいかなかなかか歩かなかった。
  そもそも家から宝が池にたどり着くまでには、きつね坂とよばれる急こう配の坂道を登りきる必要があるが、人間と同様、ぽぽたんもここで既に力の大部分を使い切ってしまったのかもしれない。確かに今日は常に舌を出しながら「はあはあ」と息づかいが荒かった。
 私は休日しかぽぽたんと散歩に出かける機会はないが、カミさんは朝と夜それぞれ違うコースで1日2回散歩に連れ出しているようで、今日、1時間半くらいいっしょに散歩をしている間、カミさんは数人の人から、「おはよう」、「ぽぽたん今日は暑いね」と声を掛けられ、これだけでも私と違った社交の場があるんだなと少しばかり驚いていた。
 池の畔には何ヵ所か屋根付きの休憩所があり、一番大きな休憩所の所で5人のお年寄り(70代?)が話をされていたが、犬を連れている私にも声を掛けてこられ、私もその中に混じって30分近くいろいろな話をしながら楽しい時間を過ごした。
 こんな経験はもちろん初めてで、これもぽぽたんのお蔭かなと、思わず頭をなでなでしたが、「いったい何のこと、私 何かした?」と私の顔をしげしげと眺めていた。
 平日とは違って、仕事のことには全く関係のないこの時間と空間は、1時間でも2時間でも無駄とは感じないし、めちゃめちゃすがすがしい気分にさせてもらえるひとときであった。
 ポポタンは帰り道は行き以上に歩くことなく、ほとんど抱っこしたままで家に帰ってきた。

 家に帰ってから昼までは本を読んだりしてゆっくり過ごした後、午後からは大学の体育会の記念誌「同志社スポーツの歩み」のクラブごとの事前打ち合わせ(編集長、出版社、クラブ代表者である私の三者)が大学構内であったが、ここは冷房がしっかりと効いていたので快適であった。ただ、車を停めていた事務所から大学までは近いとはいえ、片道7、8分程歩いて行くと顔と地肌むき出しの頭のてっぺんが暑いというより、痛く感じられるくらいであった。
 
 明日は朝から相続の遺産分割の親族会議に立ち会うことになっており、何とかいい方向で話がまとまってくれることを望んでいるが、こればかりは何とも分からない。
 日中も38度以上になりそうであるが、午後からは少し体を休める時間に充てたいと思っている。
posted by ヒロイ at 23:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月08日

No583:なんとも心地よかった受付の対応

 6日(金)は前日からの大雨の影響で関西圏でも多くの交通機関が乱れていたが、この日は今秋に大阪でクリニックを開業(継承)される女医先生との面談予定が入っていた。
 お互いの都合で、どうしてもこの日しか日程が組めなかったので、予定を変更することなくかなり早めに事務所を出発し、ダイヤ通りには動かないJRではあったが、何とか目的地にたどり着いた。
 実はこの先生、現在はこの日に訪れたクリニックの雇われ院長をされていて、訳あってこのクリニックを引き継がれることになったという いわゆる継承開業の相談である。
 降りしきる雨の中 JRから乗り継いだ大阪の地下鉄を降りて、徒歩10分とHPには書かれていたが、初めての場所なので15分近くかかり、濡れた服をハンカチでぬぐってクリニックのあるビルに入っていった。
 約束の時間より5分程 早かったが、受付で院長先生と約束をしている旨を告げると、受付スタッフの方が、『廣井様ですね。雨の中 遠い所 大変でしたでしょう。院長より聞いております。お待ちしておりました。』とにこやかな笑顔で軽く会釈をして出迎えていただいた。
 こんな出迎え方 久しぶり。午前の診療も終わったところでホッと一息されている時だったかもしれないのになんとも丁寧なことと感心したと同時に、「これこれ、このサービスというか、相手を心地よくするってこういうことを言うんだ。」とあらためて感じた。
 開業医の先生方には、「医院経営もサービス業の一つである」と言われるのを嫌がる先生もいらっしゃるが、診察以外の部分はやはりスタッフの対応がどうであるかで患者側の気持ちも大きく変わってくる。 そういう意味ではこのクリニックの受付は間違いなく◎の合格点だなと思った。
 
 税理士業もある意味サービス業であり、いろいろな悩みや相談ごとの解決のために事務所にお越しになられたり、電話をかけてこられるが、私共の事務所がこういった相手様の気持ちを和らげたり、心地よくなられたりする対応がどこまでできているのか 帰りの電車の中で何度も自問しながら、この日 気分よくしてもらえた対応を再度思い起こしていた。大げさかもしれないが、雨で濡れたことや電車が混んでいたことすら気にならないくら京都までの帰り道が短く感じられた。
 今まで、何とも面倒くさそうな対応や何もしていないのにまるでこちらが悪いことをして怒られているような気持ちになったことがないわけではない。
 例えば、今回のような場面でも、『えっ、 どちらさんです? もう一度お名前を。 ところで院長と約束はされてました?こちらも忙しいので・・。』なんていう対応を経験したこともある。でもこれって、スタッフ個々の問題のように思われがちだが、やはり元をただせばトップ(クリニックなら院長)の姿勢そのものが、こういったことに表れてきているように思う。
 こんなことを考えていると、自分自身まだまだ足りないところが多くあり過ぎるなと考えさせられた大阪行であった。
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2018年07月01日

No582:相続・・亡くなった人の本当の意思は?

 年に数件、相続税申告業務の依頼を受けることがあり、その中で一番の関心は相続税がいくらになるのかということであるが、税額以外にもどのよう分けるのが賢い分け方かということも重要なポイントとなってくる。
 ただ、分け方というのはいわば遺産の取り分に他ならないので、相続人間で思惑が違う場合にはそう簡単に決まらないこともある。
 私自身が亡くなった方(被相続人)のことをよく知っている場合もあれば、私の顧問先の親御さんの相続案件で亡くなられた方に一度も会ったこともないようなケースもあるが、どんな場合においても遺産の分割については私自身は当事者でないので当然のことながら口をはさむことはない。
 中には、『廣井先生ならこんな場合、どうされます?』と問いかけられることもあるので、相続税額への影響については話をすることはあっても、遺産の分割そのものには基本的には発言しないことにしている。
 相続人全員が集まっての話し合いで分割の仕方が決まっても、第三者的な立場から冷静に各相続人の顔を見ると、納得している人とそうでない人がいるのが一目瞭然に分かることだってある。それはみんな口では、「特に異論はない。」と言った直後であっても・・・。それくらいいろいろな思いが交錯するのがまさに相続というものなのだろう。

 先日もある方の相続の相談があった時、私は亡くなった方とは面識がなかったのでその方の生き方や性格は分からなかったが、子供さん3人(40代〜50代)の中で誰がそのお父さんから一番かわいがってもらい、信頼してもらっていたかという話にまで発展し、方向性がなかなか定まらなかった。
 こういう場面に何度か遭遇すると、財産はやはり持っていた人がだれに、どのように渡したいかをある程度決めておいてもらうことの重要性が分かるし、それが話を一番スムーズに進ませることになるということは誰にでも理解できる。つまり“遺言書”というものを残しておいてもらうということである。
 人間 亡くなり方もいろいろあるが、どんな場合であっても死の場面では関係者が悲しみに打ちひしがれる。突然の死でなければ、遺言とまではいかなくとも一定の意思表示はできるが、これが突然の死であれば、その亡くなった人がどのように財産を分配しようとしていたのか その意思を確認できていない場合もあるす。
 相続税がかからないくらいの財産であっても、持っていた人の意思表示がなされていない財産について分けることは至難の業である。
 この仕事をしていて、最終結論までこぎつけて遺産分割協議が確定し、相続税申告書が出来上がった後でも、なんだか後味の悪い結末の場合と、相続人の顔からホッとした安堵の表情が伝わってくる場合とがあり、仕事が完了した私自身の満足度にも大きな違いがある。

 10年近く前のことであるが、依頼を受けた相続の仕事が全て終わった後に、『今回の相続の件は本当にお世話になりました。こんな形で収まって父も非常に喜んでいると思うし、我々 残された面々も納得した形での結論が出せてよかったです。』と言われた時のすがすがしい気持ちと達成感はいまだに忘れることはないし、こういうことを言ってもらうために仕事をしているといっても過言ではない。
 それにしても相続の仕事はいくら経験を積んでも、本当に難しいなと思ってしまう仕事のひとつであることには変わりない。
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2018年06月24日

No581:一つの過ちで会社は潰れる可能性だってある

 先日、税理士会の年間行事の骨格を取りまとめる委員会があり、総勢50人以上の委員が集まって各委員会ごとに打ち合わせを行った。
 例年この委員会のあとは懇親会(食事会)が催されていたが、今回は とある事情 により懇親会が中止になり、コーヒーを飲みながらの委員会が終了した後は解散となった。
 “とある事情”というのは、この会場となった(公共の)ホテルで先日、集団食中毒が発生し、茨城県から修学旅行に来ていた70人近い生徒と引率の教師が病院に搬送され、それ以降、ホテルの営業はしているものの食事の提供はまだ再開はしていないとのことであった。
 全国の修学旅行生の多くが訪れる京都でこんなことがあって、一京都市民として申し訳ないと同時に何とも情けなくなってくる。
 実はこのホテル、確かこの春にリニューアルオープンしたばかりで、事務所からも近いので宴会パック等のチラシが何度か入っていたし、味さえよければ一回利用してもいいかなとも思っていたのに、これで当分 というか、ほぼ半永久的に利用しなくなってしまったというのが私に今の気持ちである。

 この“事件”を経営的な観点から捉えると、一つの過ちで企業が苦境に陥ったり、最悪の場合、倒産したりすることだってあるという、リスク管理の大切さ、今回はその甘さを表したものであろう。
 これはどの業界でもいえることで、経営上 大きなプロジェクトであっても、あるいは一つ一つの細かくて小さな仕事であっても「これくらいなら問題ないか」という心の緩みやスキは絶対に作ってはならないということである。
 大きかろうが小さかろうが、どんな仕事でも緊張感を持って取り組んでいかないといけないし、もし、緊張感が保てないような疲れ切った状況になれば、無理をせずサッと仕事から離れ、リフレッシュする時間をとるようの心掛けなければならない。

 当事務所のとある顧問先で、3年前に脱サラして個人事業を始められ(事業内容は伏せておくが)、人も雇わず家族だけで切り盛りしながらも、少しずつ業績を伸ばしておられた事業所が、ここのところ業績の伸びが止まっててきたと事務所の担当者から報告があった。私より10歳以上も若い非常に頑張り屋の経営者で、今後、店を少しずつ大きくされるだろうと私も期待していたが、一年程前から一定の数字が挙がってくると何となく気が緩んだのか以前のような張りつめた様子もなく、何気なく日々を送っておられる感がある。そして、少しお金ができると 他のことにもお金を使いだされ・・・。
 46時中張りつめてた状態でいるのは無理にしても、事業を立ち上げ、まずは5年、そして次は10年と果敢に攻めるくらいの気概でないと どんな商売であっても 他からの攻勢にあうだろうし、いつしか埋没しかねないという恐ろしさがある。
 食中毒の話から横道にそれてしまったが、緊張感と念には念をと言われるくらいのチェック体制がどんな事業であっても必要だ ということである。

 当事務所も開業して11年になるが、まだまだ何が起こっても、襲ってきてもおかしくない という緊張感を持ちながら毎日の業務に取り組んでいかないといけない と思わされた今回の“食中毒事件”であった。
posted by ヒロイ at 16:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする