2022年05月15日

No.779:ネット社会での責任の所在は?

 職場でアドレスをあてがってもらって、メールで顧問先や取引先とやり取りを始めたのはいつ頃からなのかはっきりしたことは覚えていないが、私が開業した15年前には全ての人が という状況ではなかったにしろ、ほとんどの人が使えるようになっていた。
 それから考えると、正式な時期こそ定かではないが、前の職場に在籍中だった20年くらい前から徐々に利用しだしていたであろう。
 それが今やメールをはじめとするネットの利用はどんどん広がり、ただのコミュニケーションツールというだけではなく、一つの社会や文化を作り上げていると言っても過言ではない。
 ただ、20年以上も前は、国民や社会の声というのは街中で大声を張り上げたり、テレビやラジオに出演して訴えたり、あるいは投書を通して、みんなに伝わっていた。匿名というのもたまにはあったが、基本的には発言者も陰で何かを言うのではなく、自分も表に出て物言うのが基本であり、そういう意味において、発言には責任がついて回り それなりの重みもあった。
 それが今のSNSを利用しての意思表明は、どこの誰だと名乗る必要もなく、罵声や脅しに近いような言葉であってもほとんど責任をとることもなく何でも言える世の中になってきている。
 今朝も目が覚めた後 すぐにはベッドから出ることもなく、いつものようにスマホをいじりながら今日の天気やニュースを覗き込んでいたが、よく考えればこういった布団の中やお風呂の中そして少し汚い話になるがトイレの中からでも好きなことが言えるというのが今の社会の怖い部分でもある。
 政治に関することになるが、選挙前には政党支持率や各候補者の騰落予測などが公表されるが、これもこうして体や口を動かさずして、指先だけで意思表示をすることによって世の中を動かすことさえ可能であるとも言える。
 ただ、どの選挙でも以前ほど投票率が上がらないのは、ネットでの選挙ごっこに満足して、実際には投票場へ足を運ばない人、特に若者が増えているのではなかろうかと勝手に推測してしまう。
 あと、飲食店や医療機関へのいわゆる“口コミ”が 客や患者の動向に影響を与えているのはみなさんもご存じであろうし、ちょっといい書き込みがあれば、予約がとれなかったり行列ができる飲食店なんかはまさにこの影響の最たるものである。
 私は今まで書き込みをしたことは一度もないし、しようと思ったこともない。良いことでも悪いことでも基本的には自分だけにとどめるか、せいぜい身近な人にだけ耳寄りな情報として伝えるだけで十分と思っている。なぜ、第三者にそんなことまで伝える必要があるのか、特に誹謗中傷と言われる悪口の場合なおさらである。
 それは伝えたがり屋や訴えたたがり屋、そして叫ばずにかまんできない独りよがりで寂しがり屋の人の勝手な行動で、こんなものに振り回されるようにはなりたくないと思っていつも行動している。
 今日はなんだか妙な方向へ話が行ってしまったが、今のネット社会への歳のいったおっさんの独り言と思って流してください。

 それと、ここまでの内容と少し違うが、最近あまり気分がよくなかったことをもう一つ。
 それは携帯電話のスピーカー機能をこちらの了解もなく勝手に使用されていることである。
 つまり私はAさんに電話して話しているのに、途中でAさんの傍にいるBさん(家族又は友人等)がいきなり横から私の携帯電話での会話に飛び込んでくるケースである。
 私は電話という1対1で話をするツールを使ってAさんと話しているのに何でここでBさんが登場するの? ということである。
 本来なら、「重要な話なんで隣にいるBさんにも聞いてもらっていますしね」って一言断りを入れるのが礼儀というものではなかろうか。いやいや礼儀なんて関係ないのかも? この内容、顧問先の方が見られるとまずいかな、でもいいか思ったこと言ってるだけなんで。陰で言っているわけでもないし。
 もっとひどいのは、何の断りもなく会話を録音されていたこともあり、後で「あの時のあの発言ですが・・。」と言われたことである。これこそゾッとするしますよね。
 まあ、これ以上話を続けると ○○の遠吠え なんて言われかねないのでこの辺で終わりにするが、大事な話をするときに「今電話していてもいいですか、一人ですか」とわざわざ断りを入れないといけないこと自体、妙な世の中になってしまっているな と思っていしまう。

 まあ、言いたいことをひと通り言ったので今日はこの辺で終わりにします。
 暑いのか肌寒いのが分からないような天気ですが、夏に向けて今一度体調を整える5月の後半にしたいものです。でも、私はスケジュールを見る限り厳しい残りの2週間になりそうですが・・。
 今日はただの愚痴なのにいつも以上に長くなってしまいました。すみません。
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2022年05月08日

No.778:少なくなった“喝”を入れてくれる人

 日曜日の朝番組の中のスポーツコーナーで“喝”といって批判をしたり、気合を入れるのを見られたことはあろうかと思うが、今朝 久しぶりにこの番組を見る機会があり、少しの時間ではあったが見ていてがっかりしたことがあった。
 それは出演者の発言が番組の進行を妨げたり、「おやっ」とか「ドキッ」と思わせるようなものがほとんどなく、そつなくこなすいい人の発言ばかりであり、その反面というか キレもそしてケンもない発言が続き、以前のように出演者の強烈な個性はほとんど見受けられなくなっていた。
 言い換えると、あっさりし過ぎていて、つまなくなったなと感じたということである。
 ついこの間は司会者のS口さんが適切でない発言をしたとか、少しずれていたとかSNSで叩かれていたし、その前は今は退かれているスポーツコーナーのH本さんの不適切で、捉え方によっては差別的な発言がやり玉に挙げられていたが以前からこの番組を知っている者にとってはやはり今の出演者には物足りなさを感じずにはいられない。
 確かに過去の出演者の中には、その発言内容を後で検証すると問題があったり、視聴者側から逆に“喝”と言い返したいようなものもいくつかあったのも事実である。
 これも時代の流れかと言ってしまえばそれまでの話であるが、何かを言ったら叩かれるという恐怖心を持ちながら番組に出演するのも大変なことのように思う。 

 ここから先はここまでの内容から少し角度を変えて、厳しい忠告、そしてそれを声に出して言ってくれる人について思い出も交えながら述べさせてもらうこととする。
 最近は他の人、特に後輩や部下に“喝”を入れることもなくなったし、ちょっと間違った“喝”の入れ方をすると大きなトラブルに発展することだってないわけではない。
 また、上の人から“喝”を入れらたり、そういった場面を見る機会も少なくなったし、そのうち“喝”なんて死語になるのではと思うぐらい世の中の状況や人間関係は大きく変化してきている。
 我々の年代の者は子どもの頃は先輩から“喝”を入れられることによって、今まで気がつかなかったことに気付くことも何度かあった。
 古い話で恐縮だが、私が中学生だった頃、野球部でいっしょにショートを守ってシートノックを受けていた先輩から、「廣井、さっきのプレーは気合が入っとらんぞ。だから一歩目のスタートがあんなに遅くなるんや。バッターの足の上げ方を見て、こちら(守っている者)の一歩目の踏み出しを右にするのか左にするのか決めるんや わかっとんのか?」と怖〜い注意を受けたことがあった。ただ、この先輩からのこの一言で今まで捕れない打球がとれるようになった。
 今はこの怖〜い一言さえも問題になりかねないご時世だがやはりこの“喝”とか“気合を入れる”ということは、時と場合にはよるだろうが、私は(個人的には)必要なような気がする。ただ、こんなことを言っていること自体、前時代的なのかもしれないし、こういう発言をすることすらヤバいと捉えられかねない難しい時代になってきた。
 “チクリとする一言”とか“くぎを刺す”なんていうことも使い方を誤ると人間関係にひびが入ったり、内容によっては訴えられるようなことにもなりかねない。
 何かにつけ大変な世の中になっていくのを実感する今日この頃である。

 話を急に目の前のことに戻すが、
 GWというのは完全休養ができるわけではないが、年始からここまでバタバタしてきた人にとっては、いったん立ち止まって仕切り直しができるいい期間であるなと思う。
 ただ、明日はもう5月も9日ということで、5月はあと残り3週間。
 いや〜、明日から大変そう。怖い怖い。
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2022年05月01日

No.777:経営が順調である人の悩み

 ふとNoを見ると、今回 第777回なんですね。何かいいことがあるといいのに・・。
 
 つまらぬことはこれくらいにして、本題に入ります。
 今日のタイトルを見て、多くの人が「なんというぜいたくな話」と思うでしょう。でもあるんです、こんな羨ましいような話。
 4年前に30代で事業を始められ、1年目も2年目もほぼ予定どおり目標売上高に達し、その後はさらに右肩上がりの業績が続き、開業時の借入金こそまだ完済されていないが、その返済も順調に進んでいる。
 このような状況なので、個人の生活資金として、家へ入れるお金も当初予測していたよりも少し多めの金額をまわす形がとれている。
 このコーナーでも何度か“事業がうまく人”ということを取り上げているが、今回の方も今まで紹介した成功事例のように何事においても万全の事前準備をした上で事業を立ち上げ、また事業開始後も、ほとんど一息つくこともなくここまでまっしぐらで進んでこられた。
 先日、毎月の面談時に経営指標を見ながら、「いつもよく似たことばかり言っているかもしれませんが、本当に順調ですね。非常にいい状態になってきていますが次なるステップをお考えですか?」と尋ねたところ、「いや〜、順調かもしれませんが、まだまだ安心はなりませんし、正直 今後どのようにしていったらいいのか分からないんです、次なる目標が設定できなくて。」とまさに他の人から聞けばなんともぜいたくな悩みを打ち明けられた。
 そしてその方は、「もし私が50代なら、あと何年がんばって、その後 事業の閉じ方や承継の仕方とかを考えればいいんですが、まだ30代ですしね。普通ならもういっちょやってみるかと事業を拡大する人も多いんでしょうが、私には今のところ拡大志向が全くなくて。」とおっしゃった。
 確かに事業を始めると1年でも1ヵ月でも、いや、1日でも事業が早く軌道に乗るよう、模索をしながら日々事業に取り組んでいくのだが、この方のように早くして目標に達した方のその次というのは、意外と難しいのかもしれない。特に事業欲とか拡大意欲とかがなければ、「じゃあ、この次どうすればいいの? この後何を目標にすればいいの?」ということになってしまう気持ちも分からないではない。
 もちろん家を買うとか、子供の教育資金を確保するというような目の前の目標が全くないわけではないが、「目標としている○○を実現するために働く」というような長期的な展望というか、達成感が得られるようなものが今のところ見当たらないようである。
 「次はどうしたらいいのでしょうね?」というのも 頭を抱えるような悩みではないにしろ悩みには違いない。

 我々の仕事は事業を軌道に乗せたり、可能な限りの節税について模索・提案したりするののも重要な業務であるが、この方のようにいっしょになって目標を見つけ、道筋をつけるというのも経営者を支えるという点では我々に課されている仕事のひとつかもしれない。
 もちろん人それぞれの人生であり、またご家族もいらっしゃ場合には ご家族の方々のご意向も踏まえて考えないといけない場合もあるが、今後の人生をいっしょになって考えていく機会なんてそうそう度々あるものでもない。
 他人の人生なので立ち入り過ぎることのないようにしないといけないのは分かっているが、何年か先、「いい人生だった」と言ってもらえればこれほどうれしいことはない。
 まあ、普通は生きている以上、悩みがなくなるなんていうことなんてないんでしょう。悩みがあることが生きている証拠なんでしょうから・・。

 明日はGWの谷間の営業日ですので何とか一日頑張ってきます。
 そういえば明日は新名神を使って滋賀県の甲賀市まで出張、高速が混まなければいいのだが。
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2022年04月24日

No776:遺影に手を合わせて

 先日、3月にお亡くなりになった方のご家族のとの面談があり、ご自宅を訪問した。
 顧問先の方であったので、事務所に残っている過去の資料と事前確認した情報から判断する限りでは相続税はかからないくらいの財産内容であったが、相続開始後の各種手続きや今後の対応について相談したいとの申し出もあり、4月になったら面談をすることになったいた。
 この亡くなられた方とは基本的には1年に1回会う程度の接触度合いであったし、年齢も80代と高齢の上、病気で入退院を繰り返されていたので直接お目にかかる機会も少なくなっていた。
 しかも、一昨年から新型コロナウイルスが世に蔓延しだしてからは、「会うのも怖い」と言われ、資料のやりとりはもっぱら郵送で行い、あとは電話での補足説明を聞くというのが基本的なスタイルになってきていたので、ゆっくりと顔を突き合わせて談笑する機会もなく、2年が過ぎてしまっていた。
 こんな状況の中、確定申告も終盤に差し掛かった3月上旬に この方の奥様から、「うちの主人ですが、お医者様からあと2、3日と言われています。今 何かしておくことはありますか?」と電話があった。
 そして、その電話があってから1週間後に、「先週 主人が亡くなり、お葬式も内輪で済ませたので、報告しておきます。」と連絡が入った。
 この連絡の後、やはり今までのような外部の人も参列する葬式はされなかったのか、そりゃそうだよな こんな時期だもん、と葬式のついていろいろと考えていると葬式の形態と意義の方へ頭が回りだし、葬式のことをいろいろと考えた。

 コロナ禍以降は死後の儀式であるお葬式のスタイルもすっかり変貌を遂げ、今回のような家族葬的な いわゆる内輪で済ませる葬儀が主流となってきている。
 決して大掛かりな葬儀を推奨したり、望んでいるわけではないが、お世話になった方が亡くなった時に手を合わせる機会がほとんどなくなり、事後的に何かのきっかけで亡くなられたことを知るケースが非常に増えてきている。
 今まで幾度となく葬式には参列してきたが、葬式にはそれを行う意義もあったなと今になって思うこともある。
 亡くなった方には申し訳ないが、通夜や告別式の連絡が入るとそれに参列するための日程調整は正直 結構大変であるし、遠方へ出向いていくことだって幾度となく経験してきた。ただ、お葬式の場で遺影を前にするとその方との楽しい思い出だけでなく、怒られたり、苦言を呈された時のことも脳裏に浮かんでくる。どちらかというと楽しいことよりも苦い思い出が頭に浮かぶことの方が多かったように思う。
 葬式に参列した後、2、3日もすれば日々の忙しさもあってこういったしんみりしたことは忘れて、日常に引き戻されてしまうが、葬式に参列しての帰り道くらいはしんみりとした気持ちになり、自分の生き方について反省すべき点と亡くなられた方への感謝の念が込み上げてくることが幾度となくあった。
 また、葬式に多くの費用をかけることに疑問を持ったこともあるし、相続の関係の仕事をしていると1,000万円近い葬儀費用の明細書を見て、「すごい! でも 故人には申し訳ないが少しもったいない気もするな、残された者の生活のことも考えると。」と思ったこともあった。

 今回の方は一人娘さんが以前 仕事の関係で宮古島にいらっしゃるときに会いに行かれ、帰ってこられて間もない頃 私との面談の時に、沖縄や宮古島に行った時のことを話されていたが、私が「今後も息抜きを兼ねて、定期的にお嬢さんとそのご主人に会いに行ってくださいね。」というと、「もうええわ、70を超えた者には長時間の飛行機は堪えるし、いっぺん行ったらもう十分、やっぱり京都とこの家が最高やし、一番落ち着くわ。」と話されていたが印象に残っていた。そしてこの方の遺影を前にしてこの宮古島の話を一番に思い出した。

 昨今は葬式だけでなく結婚式の方も大幅に減り、また行われても縮小されたりする話を見聞きするが、結婚式への出席は純粋に楽しく華やいだ気持ちになり、さらには少し感動するようなことがあると、「自分も30年以上も前にはあんな気持ちもあったんやな。今は・・・・・になってしまったけど」と自己反省することも度々あった。

 話が葬式から結婚式の方までいってしまったが、もう一度話を 元に戻すと
 遺影の前で手を合わすことは、自分が歩んできた道を振り返り、今後の人生を考えるという点ではそれなりに意味のある行為だったんだなと思ったし、葬式が少なくなった昨今では、そういったしんみりする機会さえもなくなってきていることに少しだけ寂しさを覚えてしまう。
 ただ、以前のような形にはもう戻らないような気もする。
 最近 黒のネクタイを締める機会って本当に少なくなりましたよね、というかほとんどなくなってしまいましたね。
 良いのか悪いのかはそれぞれの人の考え方にもよると思いますが、遺影を前にして いろいろいろ考えてしまいました。
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2022年04月17日

No775:久しぶりのスポーツ観戦で気分爽快

 新型コロナウイルスは最悪の状態は脱し、新規感染者数は減少傾向にあるとはいえ、なかなか底は見えない状況が続いている。
 また、国外に目を向けても緊迫し、悪化の方向へ向かっているともいえるウクライナ情勢、そしてその余波も受けつつある中での世界、そして我が国における経済状況の悪化と目の前に明るい話題が見つかりづらい世の中になってきている。

 そんな中で今日はスポーツの話題であるが、スポーツ好きの私にとってはスポーツは嫌なことを忘れさせてくれ、心を和ませてくれる。

 先週の日曜日に27人の相手バッターを一人も塁に出させない完全試合を達成したロッテの佐々木投手が今日も日本ハムの打者24人を全て抑え込み8回でマウンドを降りるという離れ技を見せた。
 9回まで投げきらず次のピッチャーと交代したのは多少残念であったが、その交代にも不思議と納得がいったのは、まだまだこの佐々木物語が次へと続くという期待があるからなのだろう。
 次へ試合の楽しみは、完全試合やノーヒットノーランというよりも まず佐々木の球を打って最初に塁に出るのは誰か、そして初めてヒットを打つのは誰なのか そんなまるで映画やゲームの世界のようなことを現実のこととして考えられるだけでも、今までに経験したことのないことである。
 この佐々木超特急を止める、つまり塁に出たり、ヒットを打った選手はそれだけで話題の人になるのであろう。
 明るい話題の少ない時にすごい記録でなんともワクワクさせてくれる佐々木投手には尊敬と感謝の気持ちが沸いてくる。

 話は野球からサッカーへ、そして一週間前のことに戻るが、先週の日曜日にサッカーJリーグで12年ぶりにJ1に昇格した京都サンガの試合を亀岡のサンガスタジアムまで観に行ってきた。
 このスタジアムは2年前にできたとこで、屋根付きのドームではないが観客席のほとんどが屋根に覆われており、また ピッチとスタンドとの距離が近く、この日の私の席は前から5例目であったので、監督が指示を出す声や選手の荒い息づかいまで聞こえてくる なかなか臨場感あふれるスタジアムであった。
 実はこの日も朝から家でしていた書類チェックが予定よりも早く終わった(こんなことはほとんどないが)ので、昼ごはんを食べている時に「今からでも間に合うわ。よし行こう。」と、松ヶ崎から14時半過ぎの地下鉄に乗って、電車で亀岡へ向かった。
 それから1時間後には当日券を買ってシートに着くというなんとも慌ただしい動きであったが、試合の方も3対1で京都サンガが勝ったし、昼間からたこ焼きを食べながらビールも飲めたので、ここ暫くの間で一番の気分転換というか息抜きになった。

 まだまだスポーツ観戦も大手を振って行ける状況ではないが、またコロナの心配がなくなり、時間がとれれば一人でふらっと行きたいものである。
 前もって予定を立てておくのではなく、今回のように急であっても時間とれた時に見たいものや行きたい所へ行くというのもなかなかいいもんだなと思った。
 普段 予定に縛られていることが多い身としては、こんな思い付きで急な行動は結構 スリリングで楽しみになるかもしれない。
 ただ、次にこんな時間がとれるのはいつになるのか今は全く予想がつかない。だからいいんだけどね、俗にいう 行き当たりばったり で。
posted by ヒロイ at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月10日

No774:なかなかできない身の回りの整理

 昨日は今の勤務先を来年の春に退職し、ご自身で事業を立ち上げようとされている方がご夫婦で事務所にお越しになった。
 事業を始めるまでのスケジュールの確認や必要な資金の調達方法の相談、そして当事務所が行う経営や税務の支援の内容について質問があった。
 面談が終わった後は、今後 相談を継続するかどうか検討してみるということで帰っていかれた。
 現在 顧問先になっていただいている方の開業後の経営状態にあらためて目を向けてみると、事業立ち上げ時の気持ちを開業された後も忘れずに少しでも頭の片隅でもお持ちの方はまずは心配ない。ただ 思った以上に早く軌道に乗った方でついつい初心を忘れ、気が緩み徐々に不安定な経営状態に陥っているケースを目にすることもある。
 事業の立ち上げ、つまり開業というものは、一生に一回きりの場合が多いが、私のように開業支援の仕事をしていると他人様のこととはいえ、事業を立ち上げる時の期待と不安に満ちたドキドキ感のようなものを何度も共有できるのはある意味 ありがたい経験ともいえるだろう。

 昨日は事務所も休みだったので、午後からは静かな中で自分の机の周りにある「ひとまずはここに」と積み上げられていた書類の整理に精を出したが、あまりにも量が多く 当初考えていた1/3くらいしか片づけることができなかった。
 デジタル化が進み、事務所でも「出来るだけ紙ではなくデータで保存を」と言っているのに まだまだ紙で保存しているものの多さにあらためて気付く結果となった。
 「必要かな?」とか、「あったら便利」と思うようなものがあるとついついコピーをとって残してしまうので、気が付けばコピーとそれを入れたファイルの山になっていってしまってるというのが今の状態である。
 目の前のファイルの中を覗き込むと、「なんでこんなものを置いていたんだろう」と思うくらいいろいろなものがあったので、いらないものはすぐさまシュレッダー行きとなった。
 あと、控えを渡す必要のない自分の確定申告書とその関連書類も3月10日の電子申告が終わった状態のまま たくさんの書類を輪ゴムで止めて机の下に置いていたので、整理して正式な保存用ファイルに閉じ込んだ。
 思ったように進まないからと言って、こういった整理作業を避けているとたちまち同じような状態なってしまうので、次は5月の連休にも選別→廃棄の第二段を実施することにしている。

 人間ってなんで使う可能性が少しでもあると 取っておきたくなるんでしょうね。「いつかは使うかも」とか「いつかは着る時がくるかも」なんてつまらぬ呪文をかけているように。
posted by ヒロイ at 21:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月03日

No.773:“一太郎”の思い出

 私の一日は毎朝6時に朝刊を自宅のポストに取りに行き、2つの朝刊のうち まず日経新聞の最終ページにある「私の履歴書」に目を通すとこから始まる。
 ご存知の方も多いと思うが、この「私の履歴書」はその時々の話題の人や著名人、更には過去において名を馳せた人が生まれてから現在に至るまでを自分で振り返りながら1ヵ月に渡って綴るというコーナーである。
 この私の履歴書で先月 久しぶりに“一太郎”という活字を目にし、懐かしさもあって、毎朝わくわくしながらこの連載を読んでいた。
 登場人物の浮川和宣氏ご本人のことに触れる前にまず一太郎の思い出について話しておく。

 私と一太郎との出会いは、私が22歳で社会人になり、結構転職者の多い税理士業界では珍しく新卒者としていきなり身を置いた事務所でのことである。
 その事務所は当時では従業員が20人を超えるという京都では比較的大きな事務所ではあったが、今ではどこにでもあるパソコンなるものはなかったし、現実的にはこの頃はまだパソコンが世に出回っていなかったという時代であった。
 税理士事務所での業務も今のようにいきなりデータ入力するのではなく、まずは自分の机の上でペンと電卓を使いながら仕訳作業をし、それが終わるとやっとコンピューター室(当時は機械室と呼んでいた)の中で小型テレビのような画面に向かって入力作業を行っていた。
 決算書や申告書は手書きであったが、役所に提出する特定の書類だけはワープロの専門学校を出た女性スタッフに入力依頼する形をとっていた。
 こんな状態が何年続いたかは覚えていないが、ある時 各人の机の上に1人1台ずつパソコンがあてがわれるようになり、多分 この頃に一太郎が我々の前に登場したと記憶している。
 定型のひな形がある議事録や契約書は自分で入力するように仕事のスタイルが変わっていったので、周りの人たちから取り残されないようにと必死で一太郎と当時の表計算ソフト“ロータス123”の入力や操作に取り組んだのを覚えている。
 その一太郎も今や役目をすっかりワード(Word)[ロータス123はエクセル(Excel)]にとって代わられているが、当時は一太郎が使えなというだけで仕事ができない奴と言われそうなくらい一世を風靡した。

 今回、私の履歴書を読んで、「この一太郎の会社って、そういえば徳島に本社があったな」というくらいのことは思い出したが、私の履歴書で、創業者である浮川和宣氏が30歳で脱サラし、奥さんと二人で奥さんの実家の応接室を本社として立ち上げたことなどは今回初めて知った。
 ただ 一太郎を開発し、全国くまなく行き渡るまで販売した結果、上場まで果たしたジャストシステムという会社も先述のワードの浸透の波をもろにかぶり、業績は傾き、社長も長くいっしょに仕事をしてきた福良伴昭氏に譲り、その後 浮川氏はジャストシステムを去ることになった。
 一太郎を販売していたジャストシステムという会社はなくなったのかなと心配していたが、その後 キーエンスの傘下に入ったとはいえ、販売する商品も変わり、しっかり方向転換を図り業績を伸ばしている。
 一太郎の産みの親である浮川氏は60歳になって、再び奥さんと新しい会社(MetaMoJi)を立ち上げ、尚 発展途上の最中という凄まじいバイタリティーの持ち主であり、今や少し話題の人のようである。

 月も変わり4月から始まったコマツ(小松製作所)の元社長である野路國夫氏の「私の履歴書」もまだ3日目であるがなかなか興味深い展開になっている。
 野路氏が小学2年生の時に父親を癌で亡くし、小学5年の時には一番上のお兄さんが商売に失敗し、住んでいた家を売り払ったという大変な幼少期のようである。

 話があちこちに飛んでしまったが、こんな風に朝から力を与えてくれる「私の履歴書」は私にとっては今やなくてはならない存在である。
 野路氏には明日からはどんな人生が待ち受けているんでしょうね。
* 一太郎を知っているのって何歳以上の人なんでしょう? 今の若い人は知らないでしょうね。明日 事務所で20〜40代の人に知ってるか聞いてみよ。
posted by ヒロイ at 15:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月27日

No.772:事業がうまくいく人の特徴

 この仕事をしているとほぼ毎日のように経営者の方と接するが、「経営者といってもこうも違うもんだ」と思うくらい本当にいろいろな考え方をお持ちの方がいることに気付かされる。
 経営的に申し分ない人、まあまあでひとまず軌道に乗っている人、そしてまだまだかなという状態から脱し切れていない人と経営状況もさまざまである。
 事業を始められて最初は厳しくても大半の方が2、3年経って心配のない状態になってきているが、そこまでの努力や苦労は並大抵のものではない。

 今まで数多く見てきた経営者の中で、常にお金の心配をしていて、支出内容のチェックも怠りない人というのは、事業に行き詰まったり、失敗するということはまずないように思う。
 こういう人は、お金に関して確かに細かい面はお持ちであるが、決してケチではないし、お金を出す必要のある時はスパッと出すという思い切りのいい面も持ち合わせておられる。 
 うまくいっている開業医の場合、医療機器を購入しようと思えば、業者に発注すれば比較的早く手に入れられる環境下にあるが、その医療機器を他のクリニックが使っていても自分の診療には必要でないと思えば、自分の判断で購入するのをやめられ、周りに流されて購入されるようなことはない。
 ただ、購入される場合もそうでない場合も、話題にのぼったその機器についてはひととおりの研究や検討はされるので、内容は熟知されている場合がほとんどである。
 それと事業がうまくいっている人というのは、いろいろな事に関心があり、誰もがついつい口にしがちな、「これってうちには関係ないし・・」と言うことはほとんどおっしゃらない。本当にいろいろな分野のことに興味を示され、人の話にも誰よりも耳を傾けられる、というか常に何事にも興味津々という感じがこちらにも伝わってくる。
 こういう方なので、事業に関することについて誰よりも研究熱心であるのは言うまでもないし、こういった下地があるから対策を練るのも、その対策を実行に移すのも非常に早い。まさに間髪いれずという感じで・・。
 ここで顧問先の方のことを悪い事例で掲げるのも気が引けるが、みなさまの経営の参考になればと思うので、あえて1、2例あげるがお許しいただきたい。
 まずは初動の遅い人、こういう方は何をしてもうまくいかない。
 同業他社との差別化を図る上でも、「HPをもう少し充実させないと」と焦りながら相談を受けてから、1年経っても何の手も打ってない人や従業員の時給の見直したいと言われながらも従業員からせっつかれて初めて具体的な検討を始める人。
 あと、お金の使い方が計画的でない人っていうか、臨時の収入や予定以上の売上があり、目の前に通常以上に預金の残高があると、「さあ、何買おうかな? お金も少し余裕があるので〇〇でも買おうか」とまるで衝動買いのような買い方をする人、後々のことも考えないで。

 逆にうまくいっているのは自分と考え方が違う人の話も聞けるという人で、これは非常に難しく、なかなか根気のいる行動であるが、このことで自分のやるべきこととしてはいけないことをしっかり見極め、自分なりに頭の中の整理ができていっているような気がする。
 人間が好きな人は必ずと言っていいほど事業がうまくいっているという結論もここでは導き出せるであろうし、本人はもちろんのこと、スタッフや家族が喜んでくれる顔が見たいがために事業に力を注いだ結果、いい方向に向かっていったといっても過言ではないように思う。

 今日も勝手なことを言ってしまったが、実は日々こんなことも考えながらいろんな方と接しているんです。
 明日からまた多くの方との面談の予定が入っているが、お互い試したり、試されたり、そんなことの繰り返しの毎日である。
 明日はどんな学び、気付きがあるのでしょうね。
 では、今日はこのへんで。
posted by ヒロイ at 23:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月20日

No.771:貴重な“いつもどおり”

 先ほど事務所のすぐそばにある同志社大学の前を車で通ると袴姿の女子大生を何人か見かけたし、大学の門の所では「卒業式」と書かれた案内板の前で記念撮影をしている人もいた。
 あっ、そういう時期だったのか? と思うと同時に、久しぶりに大学らしい光景を目にし、少しうれしい気持ちになった。
 2013年に文系の多くの学部が京田辺から今出川に移り、それに伴って今出川は6,000人近く学生が増え、 そりゃ当時はすごい賑わいであった。
 その頃、大学の近くで空いているビルがあるとすぐ学生マンションをあっせんする不動産業者が入り、周辺の飲食店やコンビニも賑わい、時間帯によっては今出川通の人通りは半端ではなく、しっかり前を向いて歩かないと人か自転車にぶつかるというような状態であった。
 それが2年前のコロナからは人影も少なく、最初の緊急事態宣言の時には日本中がそうであったようにこの界隈もまるでゴーストタウンのような状態になっていた。
 その後、多少 通学する学生は増えてきだしたとはいうものの、コロナ禍前と比べると1/4、もしかすると1〜2割程度しか学生が戻っていないように感じる。
 地下鉄の駅の上の一等地であった烏丸今出川の交差点のビルは今ではほとんどが空きテナントとなっているし、車で10分足らずの所にある京都大学の近辺(百万遍界隈)も同じような状況で、こちらも人通りの多い交差点の角にあったドラッグストアが撤退した後、1年近くになるが今でも「テナント募集」の張り紙が張られている。
 以前は大学のある場所は観光地とはまた違う人(学生)で賑わう街で“タウン化”していっていたし、以前 研修会で関西大学に行った時も阪急の関大前駅から大学までの道はやたらと人が多く、道端にあるどの店も混雑していたのを覚えている。
 コロナになって学生が学校に行かずWebで授業を受ける方式もすっかり定着してきたが、このままの状態が続くともう学生街というのは寂れるというか、いつしか学生街というものがなってしまうのではという感じがしないでもない。
 東京の高田馬場や三田、それに本郷なんかも人通りの少ない街になっているんだろうし、地方の大学は規模の大小はあるにせよ、その地域にはなくてはならない賑わう場所であったと思うが、今やどうなっているのであろうか?

 そんな中で今日の卒業式は家族の同伴者はほとんど見かけなかったとはいえ、久しぶりに見る華やかな光景であった。
 また、昨日は事務所の3軒隣のマンションに引っ越し業者が2回にわたってトラックを横付けしていたが、こういう新たに京都に住む人ための引っ越しを見ると春の当たり前の光景とはいえ、なんだかホッしてしまうという、今までにはなかった気持になってしまう。

 世界的にも大変な状況が続いているし、本当に晴れ晴れとはいえないすっきりしない春であるが、暦は世の中の状況や人の心とは関係なく同じ間隔で時を刻んでいき、3月もあと10日余りとなってしまっている。
 以前は“春”と聞いただけで心がウキウキするものであったが、なかなかそんな気分になれないのは私だけではないはずで、平和はもとより日常というものがこれだけ素晴らしいものだったんだと思わざるを得ない今の世の中である。
 “いつもどおり”とは本当に貴重なものあると思わざるを得ない今年の春である。
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2022年03月12日

No.770:春は親離れ、子離れの季節

 確定申告も一定のめどがつき 昨日[3/11(金)]で大部分が完了となっているが、コロナの影響を受け濃厚接触者や陽性者が出た顧問先、それに我が事務所内でも超繁忙期である2月中旬に同様の理由で自宅待機を余儀なくされたスタッフが担当している先等 数件はまだ最終に至らず残っている。
 昨年と一昨年は法定の申告期限が1ヵ月延長となったので、顧問先の方々の理解を得たうえで少し間延びをした形での確定申告業務であったが、今年はコロナの影響があった場合の申告期限の延長は可能とはいえ、基本的には3月15日の法定申告期限は動かないままであった。
 今年も昨年までとは違った形でコロナには翻弄されたが、期限が従来の3月15日に戻っただけで、まるで期間の短縮がなされたかのように短期集中型で体に堪える確定申告であった。
 そうそう、私はこのブログは非常事態以外は毎週書き込むというのをモットーとしていたが、ここ2週間はこの誓いも破り、お休みをさせていただいた。 
 このことからもこの2週間は久しぶりにほっと一息つく時間もないような生活であった。

 毎年、この確定申告期は入試結果の発表の時期でもあり、特に高校3年生や浪人生を持つ親にとっては、落ち着かない時期でもある。
 数日前に面談した経営者のご夫妻は、「子供が何とが大学に受かったので、いよいよ家を出ていくことになりました。他の子供はまだ残っていますが、数年後には子供部屋だけが残るんですよね。」と少し寂しそうにおっしゃっていた。
 当然、子供の合格、入学というのは大きな喜びであろうが、この“家を出ていく”というのは親だけでなく、子供の方もひとつの区切りとなるのであろう。
 よく “親離れ、子離れ”は難しいと言われるが、これは考えたり、また誰かが準備したりしてやってくるものではなく、このような子供の成長の過程で必然的に訪れるものでものである。
 私自身も18歳で家を出て、京都で下宿生活をスタートさせたが、私の親も3人いる子供の末っ子がいよいよ家を出ていったということで兄姉の時 以上に寂しさを感じていたのであろう。
 私の長女は大学生になってからも家から京都市内の勤務先に通っていたので さほど大きな変化はなかったが、今年で30歳になる長男が大学生に合格後、一人暮らしを始めるために家を出ていったときは、「いつも居る者がいない」何とも言えない寂しさというか違和感があったのを覚えている。

 実は今月末には我が家も再び“プチ親離れ子離れ”がやってくる。
 というのも長女は大学卒業後、先述のとおり就職してからも家にいたし、一昨年に結婚して奈良での新しい生活を始めてからも1時間ほどで通える同じ京都の勤務先だったので、何かあれば我が家に立ち寄ったり、次の日の仕事が朝早い時には前泊と称してよく泊まりに来ていた。
 それがご主人の仕事の関係で4月から和歌山で生活することになり(何事もなければ多分永住)、本人も3月で職場を退職し、今月末に奈良から和歌山に引っ越すことになっている。
 ということで度々 行き来ができた奈良とは違って、そう頻繁には来れなくなる距離になってしまう。
 とはいっても海外でもなく、国内 しかも近畿圏内のいるので遠くに行ったわけでもないが、長男も次男も東京なので、いよいよ自宅には頻繁に子供たちが行き来しない 限り、2(夫婦)プラス1(ワンちゃん)での生活となる。

 ただ、これとて多くの人たちが歩んできた道であり、寂しがったりすることなく、今までとは違った形での生活を充実させるしかないように思う。
 そのためにも健康というのは今まで以上に大事なことになるので、体には気をつけながら毎日の生活を送っていかねばと考えているところである。

 もう一度、確定申告の話に戻すが、何件か残っている特別な事情のある先を除いて15日までにあと数件仕上げて、申告期限の最終日を迎えたいものである。
 では、少しだけ仕事に戻るのでこれで終わりにします。
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