2023年03月19日

No.822:ワンちゃんはいつも何かを教えてくれる

 今日はとてもいい天気だったが、自宅への来客もあったので出かけることもなく、午後から植物園の近くまでケーキを買いに行ったくらいで比較的ゆっくりとした休日であった。
 家のすぐそことはいえ北山通は渋滞しており、歩道も結構 多くの人通りがあり、人出の多さからも春の訪れを感じられた。
 これから春になると近畿近郊だけでなく、全国各地から、あるいは外国からも京都を訪れる人が増え、以前のように観光客で賑わうとなると、コロナで一服したとはいえ、今後 京都 あるいは他の観光地はどんな感じになるのか想像しづらい部分がある。
 先日、遠方の方と話していると、「また京都のホテルの宿泊料金がびっくりするほど上がってますね。土曜宿泊で直前の予約なら1人3〜5万円なんてざらですから。」と嘆いておられた。
 私の周りの人はまだまだ出控えというか、コロナ前ような行動をする人がほとんどいないが、新聞を開けると国内、海外問わず 旅行の広告が非常に多くなっている。
 京都もコロナ前は外国人も含め 旅行客が激増したために地元住民の生活や自然環境に悪影響を及ぼすオーバーツーリズムが問題となったのは記憶に新しいが、コロナ禍にコロナ明けには以前と同じ問題を起こさないようにと行政を中心にいろいろと対策とらねばと問題定義されていたが、果たして打開策は見いだせているのか正直気になるところである。
 コロナで寂しくなった街に活気が取り戻されるということで、どちらかというと観光地やサービス業においては歓迎一色の感があるが、今からでも遅くないので、受け入れるべきことと、そうでないものとをある程度区分し、住民の生活と共存できるように変わっていかないといけないように思う。
 「人間はコロナで何を学んだか」という問いかけに まともな答えを持ち合わせていないようであれば、これほどの災難に遭っていながら何の成長も見られないということになってしまう。

 物価の高騰、賃金の引き上げも今までとは比較できないような状況になってきているが、まずは”無理せず、無茶せず”毎日を過ごすことこそ重要なことのような気がする。

 今日は久しぶりに朝も夕方も犬の散歩に出かけ、夕方は高野川の近くまで行き、途中でワンちゃん仲間にも何人も会い、立ち止まって話をしていた時間も含めると2時間近く行っていたことになる。
 世の中がどうであれ自分の道を進むという点では、ワンちゃんの純粋さには心打たれるものがあるし、「私はいつもマイペース。毎日 楽しく過ごさないと」と私を見る目がそう教えているようである。

 火曜日は祝日なので、ひとまずは明日一日を乗り切ることにしよう。
 明日は昼から奈良、そしてそのまま 夕方から大阪と電車での移動の日であるが、ウトウトするんだろうなと今から電車の中の自分を想像している。
 では、今日はこのへんで。
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2023年03月12日

No.821:実はすべてにおいてコロナ後の方が難しい

 多くの税理士事務所にとって一年のうちでもっとも大きなイベントであり、一番忙しい時期でもある確定申告が我が事務所でもそろそろ終わろうとしている。

 法定期限が3/15(水)なのであと3日残っているが、事務所のメンバーがスタート時に決めたルールでは 3/13(月)の午前中が所長の最終決裁期限となっているので特別な事情のある先を除いて、明日でほぼ終了ということになる。
 ただ、顧問先への申告書(控)の郵送や書類の書庫への保管作業は14日に行われるので、完全に終了し、事務所全体が通常業務に戻れるのは15日以降ということになる。
 私も15日からは早速 遠方の顧問先への訪問予定を組んでいるが、例年3月15日以降は通常の月にも増して詰まったスケジュールになってくる。

 所得税の確定申告なので個人事業者に限られてはいるが、100人以上のお商売されている方の決算書や申告書に目を通すといろいろな特徴が読み取れる。
 またお金の使い方も様々だなと資金の流れにも注目しながら数字を追って見ていた。

 多くの人の場合、お金を貯めてから欲しい物を買うというのが一般的であるが、事業拡大をもくろむような場合には、先行投資も必要になってくる。
 中には事業のためではなく、自分の趣味や好みの品に大金をつぎ込んで欲しい物を手に入れられることもある。もちろん事業の経費にはならないことは承知の上で。
 具体的には1000万円以上もする(趣味の)車や数百万円もする腕時計がそれにあたるが、これらを買う方法も様々で手持ちのお金で一括払いする人もあれば、数年のリースやローンを組まれる人もある。
 私は無理なローンを組むのはお勧めしない方だが、そのローンのために人の何倍も働き、尚 そのままの勢いで事業も軌道に乗せ、借金を予定の半分以下の期間で完済された方もある。
 この方は当初あれだけ借入しておきながら、「もう借金はええわ」と言って、今は無駄なものは一切かわず せっせと貯め込んでおられる。

 個人事業の帳簿を見ていると家族や家計の状況もよくわかる。
 先程の嗜好品にお金をつぎ込まれる以外に塾代を含む教育費に半端でないお金をつぎ込んでおられる方もある、というか目指すものによってはそれくらい教育費を掛けないといけないのかと他人の財布ながらため息が出てくることもある。

 既に2023年は始まっており、もうすぐ3ヶ月になろうとしているが、この確定申告でいったんリセットして、早急に新たな年の帳簿の確認や経営指導がスタートを切る必要がある。
 コロナは今までに経験したことのないいくつものことで世界中を混乱させたが、コロナの中で生活した期間が3年にも及んだことは当初の予想していた以上に長かったので、今度はコロナのない世界での生活はコロナ前とは大きく違ったものになってくるような気がする。
 つまり「コロナが終わった(終わりかけ)」と騒いでいるだけではなく、コロナ禍で変化し、もう以前のようには戻らないものもいくつもあるだろうし、そういったものが今からも出てくるような気がする。
 それをしっかり見極め、「全てにおいて もうコロナ前ではない」と3年前、5年前とは違うことを認識し、何がどう変わったかをいち早くつかむことが大事なことのように思う。
 厳しい言い方をすれば、「コロナ前はこうだったんだけどな・・。」なんて言っている経営者はすぐさま取り残されるだろうし、コロナが落ち着いた後は、経営者は「コロナ前」を考えないこと、あるいは比較しないことが、今後一定の成果をもたらすためのカギとなるような気がする。
 コロナで世界は一変したのだから、コロナが収まっても元になんか戻りやしないと割り切ることが必要であるが、私自身 この部分はまだ整理できているわけではなく、今後の対応についてはさらなる検討が必要となる。
 いったん頭をリセットして新しい世界に飛び込めるよう、一日も早く考えをまとめたる必要があると思い、実はこのこと、つまり今後の事務所運営について多くの時間を費やした土日であった。
 細かな戦略的なことはここでは触れないが、何はともあれ一番大事なのもは”人”であることだけははっきりと分かった。
 じゃあ具体的にはどうするのか? ここから先は内緒です。
 では、この後もう少し考えてみます
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2023年03月05日

No.820:久しぶりに飛行機に乗りました

 多少の忙しさではこのブログは休むまい と決めてはいるが、さすがに先週はほとんど立ち止まることなく、仕事に追われていたので久しぶりに休刊にしてしまった。

 いよいよ確定申告も終盤戦で 私の事務所でも3/13(月)の午前中が所内での作業締切期日なので、残された日はあと1週間という時期になってきた。
 こんな時にブログを書いてていいのかなとも思うが、四六時中 数字とにらめっこで頭も多少硬直気味なので、気分転換も兼ねて思考を違う方に巡らせることも必要かと思い、10日前に行った札幌出張のことを綴ってみることにした。
 観光で北海道ならうれしいのだが、ある団体の全国集会での財務報告という年一回の重要な仕事で、日程は1年以上も前から決まっていたので、こちらが繁忙期だからといって避けて通れない仕事であった。
 京都の現場(事務所)は確定申告の真っ盛りということもあり、2/22(水)は昼過ぎまで事務所で仕事をし、その後 伊丹発 新千歳行きのJALの最終便に乗り、何とか夜の10時過ぎにホテルに入ることができ、翌日の本番に備えた。
 私は2/23(木)/祝日は朝から午後2時まで今回の出張の主目的である決算・財務報告を終え、夜に伊丹空港着の便で帰ってきたが、他の参加者の方々は、その後も行事や講演会が詰まっており、2、3泊はされたようである。

 着いた日は時間も遅く、ほとんどの店が閉まっていたし、雪もちらついていたので早くホテルにたどり着かないと と思い、ホテルの近くのコンビニで弁当とビール買ってチェックインを済ませた。
 翌日の仕事の内容はさておき、帰りもホテルからタクシーで札幌駅に行き、すぐさま新千歳行のJRに乗り込み千歳空港にたどり着いた。
 飛行機に乗るまで少し時間があったので、前日のコンビニ弁当の憂さを晴らすかのように空港内のお寿司屋に入り、すかさず握り寿司とビールを注文し一息つき、わずかな時間とはいえ現実を忘れさせてくれるなんとも貴重な時間であった。
 その後も少しだけ仕事で来ていたことも忘れ、まるで百貨店の[大北海道展]に来ているような気分でお土産や自分が食べたいものを買いあさって帰ってきた。
 札幌でタクシーに乗った時、「雪がちらついているし、道にも少し残っていますが、タクシーってどれくらいの雪までなら営業するんですか?」と運転手に尋ねると「本当の大雪で視界がゼロの時くらいは休みますが、普通の雪なら全く関係ないですよ。そんなんで休んでいたら札幌のタクシー会社は1、2月は売上が立ちませんよ。東京の方とは違うんですから・・。」と話された。
 当然といえば当然のことであることに後で気付いたが、「そりゃそうやわな」と納得してしまった。

 実はこの後 京都に帰ってきてからは事務所の方は大変な状態で、どんどん仕上がってくる確定申告書の確認作業、それと顧問先への税額報告を兼ねた面談と本当に1日があっという間に過ぎ、今日が何曜日であるかを忘れてしまいそうな状態が続いている。
 これ以上は時間がさけないので、今日は北海道に行って、飛行機ではひたすら熟睡していた旅日記をこれで終わります。

 もう少しだけ仕事をして、今日は早めに帰ります。
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2023年02月19日

No.819:税理士にとって飛び込みの仕事って?

 “士業”と呼ばれる仕事でも税理士は弁護士、司法書士、弁理士などの他に士業より定型の顧問契約を結んでいるケースが多い。
 また 多くの公認会計士が勤務する監査法人でも定型の顧問契約は結んでいるだろうが基本的には企業と呼ばれる法人が対象である。
 我が事務所では他の税理士事務所と同様、多くは月次顧問契約であるが、中には小規模の会社や個人事業者で1年に1回、あるいは決算時のみ接触する いわゆる年一と呼ばれる形で仕事の依頼を受けている顧問先もある。

 毎月でも、年一でも定期的にはやり取りがあるが、この仕事をしていると今まで何の関わりもなかった方から “飛び込み”で仕事の依頼がある時がある。
 具体的にいうと、友人の奥様のお父様が亡くなったので相続税の申告をお願いできないかとか、子供の友達のお母さんから、実家の土地を売ったのでその相談と申告をお願いできないかと うちのカミさんを通じて依頼があったこともあった。
 また、顧問先の方から事務所の担当者を通じて、後輩が開業する あるいは会社を作って新しい事業を起こしたいということで相談に来られることもある。
 こういった飛び込みの業務は正直 手間のかかることが多いが、この飛び込みや紹介がないと事務所は現状維持か先細りするということになってしまう。
 ただ、この新たな顧客の開拓なんて広告やHPに掲載したからといって、そう簡単にできるものではないのも事実である。
 じゃあ どうすれば飛び込み顧客があるのか?
 う〜ん、いろいろと考えても答えなんて出てこないが、目の前にある与えられている、あるいは必要とされている仕事をきちんとこなすことが一番効果的であろうし、これは税理士事務所でなくとも他のいろいろな仕事でも同じこととが言えるであろう。
 クリニックであればまずはいい治療、レストランであればおいしい料理、建築業であればいいものを造るという やはり出来上がる作品にお客様や患者様がどれだけ満足できるかということにかかっているというこである。
 ただ、いくらでもお金を払うという方は少なく、適正な金額でということと、心地よいサービスということも不可欠であり、「いいものを納得のいく価格で満足できる形で提供する」ということが必要となってくる。
 こういったことがいつでも、誰でも提供できてこそ、初めて 飛び込みと言われる方がきてくれるのであろう。

 確定申告の時期になるとこういった飛び込みの方、とはいっても噂を聞きつけたり、当事務所と何らかの関係があって来られるが、この数が他の事務所と比較して多いのか少ないのか比較したことも他の税理士に聞いたこともないので、事務所の評価って誰かがしてくれるわけでもないので意外と難しく、どこかで悪い評判が立っているかもしれない。。
 政治家が「きちんと対応を考え、粛々と準備を進める」と言っている多くのことは、あまり積極的には進めていないが、「忘れずに無理せずに何とかやっていますよ」と どちらかというとあまりいいイメージでは捉えにくいが、私は今日のまとめとして、あるいは自分への戒めとして実はこの「粛々と進める」というのはいい言葉で、仕事上でも大切なことであるように思う。
 だって、「粛々と」の意味を調べてみると、「心を引き締めて厳しく」なんて、本当にいいこと書いてるもの。
 政治家のように「粛々と」という言葉を安易に使うのではなく、気持ちを引き締めるいい意味での言葉として使い、実践していきたいと思う。
 ただ、自分に「厳しく」って本当に難しいですよね。人間って本当に自分に甘いですから。
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2023年02月12日

No.818:常識が常識でなくなっていくかも

 2月になった後、節分の頃までは、「今年になってもう1ヵ月経ったのか」と まだ少しは余裕をもってカレンダーを眺めていたが、週が変わった6日頃からは、事務所のメンバーも無駄口一つ発したり、雑談する雰囲気もなくなり、例年のごとくすっかり確定申告モードに入ってきた。
 この時期になると毎年のことであるが なかなかほっとする暇もなく一日が羽を付けたように飛んでいく感じがする。

 そんな中、昨日は大学のクラブのOB会の役員をしている関係で、役員として卒業生の送別会に出席してきた。
 こうしてクラブ全体で行う行事は3年ぶりであり、コロナに気をつけながらも新鮮 かつ 厳粛な形で会が始まった。
 今の1〜3回生の現役生たちは、大学生になってから こういったパーティー形式の式典は初めてのようで、100人以上のものが参加するこの会の準備や司会進行も含め何かと大変だったようである。
 OB会の会長、監督、それに大学の教授である部長さんのあいさつに始まり、3回生の主将の送辞、そして卒業生である前主将の答辞と結構 身の引き締まるような雰囲気で会は進んでいき、いよいよ過去に監督、OB会長を歴任された現OB会相談役の乾杯へと移った時、「おやっ?」と思えることがあった。
 これは気づかなくてもいいようなことなのかもしれないが、相談役の簡単なあいさつの後、小さい目の声で「かんぱい」という発声があったのだが、その後、条件反射のように杯を掲げ 一口だけ口にした後、コップを机の上に置き 拍手したのだが、その拍手が10数名いるOB席からしか起こらなかった。
 みんな何も気づかずそのまま式は進んでいったが、隣に座っていた私の同級生だったT君と、「普通 あのタイミングって拍手するよね」、と話していると、「ひょっとしてここ数年こういった会が催されなかったし、高校を出て大学生になって初めての式典だったので、そういったルールって知らんの違う、教えてもらったこともないだろうし。そもそもこういう機会って初めてかもしれんしな。」なんて年寄りのお節介のような会話をして、誰に話すでもなく2人だけの話で終わった。

 帰り道でその時の光景をもう一度思う浮かべてみると、やっぱり変だけど、コロナってこういう大人になる段階で知らず知らずのうちにルールや慣習を覚えたり経験したりする機会さえも奪っていったのかもと、その拍手しなかった現役生について何か思うのではなく、やはり何気なく行っていた行事にもそれなりの意味があったんだと考えてしまった。
 結婚式や葬式も身内だけで行うようになったりすると、結婚式の一般的な流れであったり、葬式で手を合わせて焼香することさえも経験する機会がどんどん減っていくんだろうなと思った。
 別に誰かを批判するわけでもなく、コロナはこういった機会さえも奪うと同時に、今まで当たり前のことが当たり前でなくなる 新たな世の中を創り上げられていくのかもと少し不思議な気持ちになった。

 今後 意外と気づかないことでこういったことがあちこち見受けられるであろうが、あまり「おやっ?」とか「なんで?」なんて思わずに、世の中は変わっていってるんだ と落ち着いていられるような大人、そして老人になっていけたらなと思う。
 常識が常識でなくなったり、常識でないことが常識になるんだろうな、そして世の中はどんどん変わっていくんだろうな なんて少し冷めた気持ちで世の中の変化を遠目で見られるように自分に言い聞かせながら日々過ごしいくのかな なんて考えたりもした。
 歳をとったのかな こんなこと思うこと自体・・・。
posted by ヒロイ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月05日

No.817:雪はいやな思い出ばかりではない

 まず、これを読まれている方で 大雪により大きな混乱や災難に巻き込まれたり、中には不幸な目に会われたりした方もいらしゃるかもしれないので、今日のようなタイトルを見て、「雪なんか見たくもない」といやな思いを抱く方があれば、ここでの話はあくまでブログの話としてお許し下さい。 雪といえば、先日の大雪の時、鉄道の運休などのダイヤのマヒや電車内への何時間もの閉じ込め、道路でのスリップ端を発した走行不能による大渋滞、それに雪山での雪崩れや遭難とここのとけろ報道では雪についてマイナスイメージのものばかりが目につく。 ただ 雪国育ちの私にとっては雪に対する思いは少し違ったものがある。 子供の頃、年によっては1月から2月にかけ何度か寒波か押し寄せ、朝 起きて玄関を開ければ一面銀世界ということもあったし、除雪のブルドーザーや大人の人たちが朝6時頃から一斉に雪かき行うスコップの音で目を覚ますこともたびたびあった。 冬には雪は降るものは当たり前で、冬用タイヤへの交換はもちろんのこと、長靴やスコップも雪の降る前の11月後半になるとどこの家庭でも当然のように準備をし、玄関横の軒下には雪かき用のスコップが並んでいた。 毎日 仕事と時間に追われる生活の中で 息抜きも兼ねて、少しの時間 現実逃避できればと思い、高3まで過ごした雪国での思い出を二つ、三つ揚げることにする。
@冬は雪ありきの生活だったので、大雪でも学校が休みになった記憶はほとんどない。プラスチック製のロープのついたそりに大きなナイロン袋でくるんだランドセルを載せて登下校する者もいし、私は次のAのスキー教室の日、学校から家の通学路をスキーをはいたまま帰ったこともあった。まるで距離競技の選手のように。A小学生の時は保護者が学校のうら山の木を伐採し、ミニスキー場(当たり前だがリストはない)を造ってくれ、5、6年の3学期の体育はスキーだった。B中学生の時(学年は覚えていないが)、大雪だった日の翌日、2階建の校舎の横の中庭に2m近くの雪が積み上げられていたので、その雪の固まりに向かって校舎の窓から集団で飛び降りた。その後、実行犯は校長室に呼び出され 「何してくれるんだ、誰もけがしなくてよかったけど。」と怒られ、その後 30分近く立たされた。 雪って、日々の生活を揺るがすような 災害となる場合もあるが、私にとってはどうもほのぼのとしたことの方が多く思い出される。 今日は雪にまつわる思い出話を綴ることに終始し、内容もまとまりがつかなくなってきたので、無責任ですが最後でまとめもせず、突然終わりますがいいですか。
 実はまだ10時前だというのに眠くてどうしようもないんです。

 許してください。今日は廣井の昔話ということで。
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2023年01月29日

No.816:就任以来 注目していたトヨタの豊田章男社長が交代する

 日本のNo1企業といってもいいトヨタの社長が交代することが発表された。
 実は今回 社長を退任し、会長に就任予定の豊田章男氏が2009年に社長に就任した当時、私はその直後の言動に結構注目したのを覚えている。
 トヨタの前身である豊田自動織機の創業者である豊田佐吉が曽祖父であるという まさに直系中の直系ともいうべき豊田章男氏は俗にいう「○代目のボンボン社長」をイメージしていたが、社長就任当時から2008年にリーマンショックで71年ぶりに連結営業赤字に転落し、その後2010年に世界規模でリコール問題等、火中の栗を拾うような形での社長就任であったのを記憶している。
 その後はトヨタのトップとしてボンボンどころか「トヨタには豊田章男」というまさしくトヨタの顔になり、2022年3月期決算では、営業利益が過去最高となる2兆9000億円で6年ぶりに最高益を塗り替え、国内企業の営業利益としても過去最高となった。
 こんなことを書くと「やっぱり廣井さんって体育会系好きやね」と言われそうかもしれないが、この豊田章男氏は大学時代ホッケーをしており、アジア大会に出場、日本がボイコットしたモスクワオリンピックの候補選手だったということも、体育会出身の私にとっては馴染みやすく思えたことの要因の一つだったのかもしれない。。
 
 私は2007年に事務所を開業して以来 このブログを続けているが、以前このブログで豊田社長のことを書いた記憶があったので 過去に遡って探してみると見つかった。
 この後 張り付けておくが、開業間もない40代であった当時の自分の想いが少し呼び戻され、読んでみると自分の文章ながら結構新鮮に感じた。
 大変長く長くなりますが、お時間のある方は下のNo139もさらりと目を通していただければと思います。

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No139(2010.2.13):トヨタがやばいが、しかし・・・。
 “飛ぶ鳥を落とす勢い”とか“無敵艦隊”といわれたあのトヨタが追い詰められている。
 確かにここ数年のトヨタは凄かった。なんといっても忘れられないのが、あの1兆円の利益の出た2004年3月期決算。正式には前年同期比54.8%増の1兆1,620億円の最終利益となり、仮に実効税率40%で見積もっても4,600億円の税金である。そりゃ、名古屋や豊田市は潤うわと思ったもんだ。
 当時、長女のクラスにお父さんがトヨタに勤める友達がいて、海外旅行はするわ、ボーナスで200万円近くもらった話を聞いてくるわで、私も肩身の狭い思いをした記憶がある。
 私自身もトヨタの車には憧れるが同レベルの車であっても他社よりも少し割高感があり、どうしても手が出ずいまだにトヨタ車を購入したことがない。

 今回の新型プリウスのリコール問題は社会問題、国際問題にまで発展してきている。
 こういった問題(車だけではなく)が起こった時には、今までの企業では隠ぺいや偽装工作が過去に何度も繰り返されてきたし、今回のトヨタの対応も確かにリコールの発表までに数日かかり、社内的にも対応策の決定までに紆余曲折があったことはうかがい知れる。しかし、私は今回のトヨタについては、今まで不祥事を起こした企業とは少し違う捉え方をしている。

 今回のトヨタの対応は社長が恥も外聞も捨て、記者会見や発表の場に積極的に立っている。この豊田社長は久し振りの創業家(豊田家)出身であり、何とも言えない“ふんわり感”のある人で、“剛腕”だった以前の奥田社長とは全く違うタイプではあるが、私は、実に“良い人”に見えて仕方がない。何度かテレビで見ているが、絶対に嘘をつかないタイプに思えてならない。
 これって、能力という尺度では測りにくいが、経営者にとって何よりも大切なことのように思う。
 私はこの人は正直者だと直感的に感じた。世界のトヨタなので豊田社長以外にも優秀な役員がたくさんいるであろうが、トヨタの社員はこのトップの姿を見て感じるものがあるだろう。そういうことからしてもトヨタは、必ず早い段階で蘇ってくるような気がする。
 しかし、今回の問題はやはり社内的に目に見えない気の緩みがあったのも事実であろうし、一歩間違えば、企業にとっては命取りになりかねない事件でもある。

 “栄枯盛衰”、“ 驕れるものは久しからず”というのは世の常であるが、気の緩みに効果のある、ドキッとする発言録を集めてみた。

【稲盛和夫 京セラ名誉会長】
○良いときに良いように生活しておったのでは必ず人間は不幸になって来る。良い時にも常に最悪の事態を考えた生活を、企業の場合でも個人の場合でもしていくべきだ。
○反省のある人生が道を開く

【永守重信 日本電産社長】
○企業が成長するための原則は、品質の良いものを、どこよりも早く安く作り、顧客の満足を得ることである。顧客の声を無視したおごり、謙虚さの不足はいつの日か必ず見捨てられることを、知らねばならない。
○その人にどれだけの能力があるかという前に、どれだけ信頼できるかということが優先する。いくら有能であっても、人を裏切り、苦しみを共に分かち合うことのできない人には仕事は任せられない。信頼の基本は「ごまかさない」「にげない」「やめない」の三つにあると思う。
○目の前に落ちている小さな部品を見つけてさっと拾おうとするか、見過ごしてしまうか、はたまた安い部品だからと踏みつけてしまうか。ちょっとした違いが各人の仕事の成果を、さらにいうならば、組織の明暗を大きく分けることになる。
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posted by ヒロイ at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月22日

No.815:ますます難しくなる人の確保

 今 多くの会社・事業所が人出不足に悩んでいる。
 当事務所の顧問先の多くを占めるクリニックは当然のことながら、製造、小売、建築とどの業種をみてもきちっと人が確保できている というところはほとんどない。
 当然、給与水準が高いというのも魅力の一つであるが、中小企業で大企業並みの給与を出すことも、大幅な昇給額(率)とすることもなかなかできないのが現状である。
 ファーストリテイリング(ユニクロ)が、「初任給30万円、給与は最大40%アップ、国内の人件費は約15%増」なんていうのを見て驚いたのは、中小企業ではなくどちらかというと上場企業を含め多くの大手企業であろう。
 新卒にしろ、中途採用にしり、他の大手企業は、「これは普通のアップ率ではうちには人は来ないぞ」と焦ったはずである。
 ユニクロの労働環境については、はた目で見ていて厳しそう という感じはするが給与で大きく差を広げられては、労働環境や働きやすさという観点でいろいろと策を練っても、給与面で比較されるとなかなか振り向いてくれないように思う。
 また、政府が経済界に要請している、5%の賃上げも、「軽々しくうちは無理」なんて言えないのがこの春の賃上げ闘争であろう。

 ただ、どこもかしこもこんな真似ができるのかは疑問である。
 原材料や物価の高騰、人件費の高騰、さらには慢性的な人で不足 とこれからの産業界はかつてない荒波の中での航行を続けないといけないし、自社の利益の確保という点では、「うまくいくかもしれない戦略」ではなく、「必ずうまくいく経営」が必要であるし、まさに経営者の真の腕の見せ所であろう。

 当然、大企業並みとはいかないが、中小企業もある程度は追随せざるを得ない部分は出てくるだろうし、この春の顧問先の昇給の相談は今まで以上に多くなりそうである。
 これだけ物価が上がると、何とかしてあげたいと思うのが経営者であろうが、それを実現できる人、あるいは実行可能な経営状態の顧問先がどれだけあるのか なかなか厳しい現実が目の前にある。
 
 大企業はやはり採用や給与のことがクローズアップされるが、中小企業は採用も当然のことながら大事であるが、いかに辞めさせない職場にするかということ
がそれ以上に大事なような気がする。
 顧問先をみてもやはり人の辞めない事業所は、業績も安定し、次なることへも積極的に取り組めているような気がする。
 相談や悩みが絶えないという顧問先も多いし、こちらでできることがあれば力(知恵)を貸したり、相談に乗ることもたびたびあるが、正直 一番困るというか、これではなかなか解決しないぞと思うのが 従業員に対する愚痴、不満、文句、そして中には怒りをぶちまける経営者である。
 人を大事にできる経営者っていうのは、なかなかそう簡単になれるものでもないし、こういった世の中になってくると、「人を大事に」ということの中に、見劣りしない まあまあの給料が払えるということが今まで以上に重きを置かれてくるのかもしれない。
 ただ、多くの顧問先を見ていて 人が辞める辞めないというのは決して給与の額が最大の要因ではないということを認識しておく必要があるし、そこがまだまだ理解してもらえない、「給与上げたら大丈夫」と思う経営者も結構いるというのも事実である。
 いずれにしても人がいないと経営ってできないですからね、やめない事業所にすることが一番の生き残り策では・・。
posted by ヒロイ at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月15日

No.814:すさまじい大型マンションの建設ラッシュ

 一時 京都市内はホテルの建設・進出が目立ち、空地利用としてのマンションを含む 居住用建物の建設が抑えられているとの報道も多かったし、まだもう少しホテルの新築ラッシュは続くようだが、コロナ禍や東京オリンピック前のような勢いないし、インバウンドもコロナ前にはまだまだ届かない状況が続いているので、数年のうちにこのホテルラッシュは一定の落ち着きを見せてくるのではないかと思われる。
 京都市内の今後のマンション建設を何かのデータに基づき調べたわけでもないので現実的な数値までは分からないが、私の周りでは そこそこの広さの空き地があれば、「ここもまたマンション」というくらいマンションの建設ラッシュが続き、少し流れが変わってきたように思う。
 ただ、マンションの販売価格を見ていると市の中心部でなくても京都市内ともなれば そう簡単に手が出るような金額ではなく、本来のマンション購入層とよばれる30代、40代の人が果たして5,000万円、中には7,000万円もするよう物件の資金が出せるのか疑問に感じる。
 事務所から徒歩2、3分の元ガレージだった場所にも2つのマンションが建設中であるし、自宅から400m南へ行った左京区役所の隣にもマンションが建設中で建築の詳細までは知らないが、敷地面積は左京区役所の倍くらいの広さなので300近い戸数になるのではと想像がつく。
 ちなみにここは もともと郵政の事務局で、古くはかんぽーるという公共の宿泊施設があったところというと、一定以上の年齢の方には場所が分かるかもしれない。
 あと、仕事でよく通る所では、京都市地下鉄東西線の最も東の駅がある六地蔵のイトーヨーカドーの跡地に20階建 総戸数648戸、あと西武大津の跡地にはなんと708戸とけた違いの大きさなマンションを建設中である。
 更にマンション情報を見ているとJR湖西線大津京駅付近に357戸というのも目に入り、今やマンションラッシュというだけでなく、その規模も今までにない状況になってきているように思う。
 
 こんな状況に触れると、「出生率も過去最低を更新し続ける中で、一体どこにそれだけの人がいて、どれだけ入居する家庭があるの」という疑問は私の中では解けそうにもない。
 田舎から都会へとか、旧市街地から郊外へあるいは利便性のいいマンションへ移る傾向はなおも続いているが、日本の人口が決して増えるわけでもないので、その分だけ空き家が増えたり、一定の築年数のマンションが埋まらないという傾向には一層拍車がかかってくるようにも思う。
 誰が問題を引き起こしているのかはもちろん特定できないが、建築会社がある以上は新しいものを作り続けないと成長どころか、現状維持さえできない構造なのでこの流れもやむを得ないのかもしれない。どの建築会社も場所探し、建築、入居者募集の勢いはすごいものである。言っておくが、これは決して建築会社が悪いわけでもないので・・。

 大規模マンションができ、人口が増えるという点では、行政としては喜ばしいことであろうが、学校の教室が足りなかったり、学校そのものが収容可能な生徒数を大きく超えるところも出てくると今から心配されている。
 今の世の中では先人たちが築きあげてきたような、段階的で決して無理し過ぎないような街づくりは不可能なのかもしれない。
 これは時代 あるいは 時間の移り変わりが早すぎることも要因の一つであろう。


 その根底には人口減に端を発している人の奪い合いであり、自治体だけではなく、大学も「全入で定員割れの大学続出」といわれる状況が目の前に迫ってきているという問題も同じように少子化の波をもろに被っているのは周知の事実である。

 ここ数年少子化対策が叫ばれているが、これは国を維持する上で最低限必要なことで、若い人には申し訳ないが、それが将来の財源確保には不可欠でることは誰が見てもわかりきっていることである。
 究極的な見方をすれば、どんな政策よりも優先すべき課題で、国や国民が総力戦で対応していかないと国は衰退し、滅びてくるのではとさえ思えてくる。
 正直、「いまさら何言ってんの? 遅すぎるやん」と言いたいところではあるが、何とかもう少し国に活力を取り戻してほしいと思っている。
 だた、この問題を解決するのはなかなか難しいと思う。別の観点から捉えると人間の尊厳にもかかわってくるし。
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2023年01月08日

No.813:年賀状について思うこと

 “年賀状じまい”という言葉があちこちで聞かれるようになってきている。
 この行為そのものには人によって様々な考えがあるので、私がここで個人的な意見を述べるつもりはないが、これに関していろいろな意見を聞くと 今後 年賀状のやり取りをする上で 考えないといけない点もたくさんあるな思った。

 私(事務所)の仕事用のものは、なかなかお目にかかれていない顧問先の方へのあいさつや 何かとお世話になった方に対してお礼の意味を兼ねて出しているというのが本当のところなので今までどおり出している。
 あと 家用というか、個人として出している年賀状は、一応 受け取られた相手の方にご迷惑にならないのか考えながら出すようにしているが、こればかしは相手様の本心はわからない。
 一年の中でも一番忙しい年末に年賀状の準備に時間をさくのは誰しも避けたいところなので、少しは楽をしたいとか、あるいは年賀状そのものにそれほど意義を感じない人は出さなくなっていくのであろう。
 出さない、出したくない人の気持ちもよくわかるのでこれはこれで各人の自由でいいと思う。
 今後は義務的に出していた人は出さなくなる、つまり“年賀状じまい”ということになるだろし、出したい人は自己満足組も含め 出し続けることになるのであろう。
 確かに中高年も含めたスマホの普及に伴いラインやメールでのやり取りで代用可能という声も聞くし、正月に帰省していた次男なんかは会社の同僚も先輩も住まいの最寄り駅は知っているけど 正式な住所は知らないと言っていたし、古くからの友人とて住所を知らないのであろう。

 年賀状を見て思いを馳せること自体、時代錯誤と言われかねないが、小学校の頃の友人から喪中はがきをもらうと、「遊びに行ったらいつもカルピスを入れてくれたあのおばちゃん 亡くなったのか」と懐かしく思ったし、同級生からの年賀状には、定年を迎えたことや孫と遊んでいること、まだまだ仕事を続ける様子などいろいろなことが書かれていて、同じ年代の生活ぶりを知ることができる。こういった話は参考になるだけでなく、刺激を受けるたり、励まされたりすることもある。
 年賀状は趣味とまでは言わないが、今後はなんだか一種の文化のようになっていくのかもしれない。
 その文化を引き継ぐのも引き継ぎないのも自由なように。

 こんなことを綴りながら、私が小学生だった50年前の光景を思い出したので少し紹介しておく。
 毎年12月になると、父と母は前の年に受け取った年賀状とこれから差し出す新しい年賀はがき、それに新しい筆ぺん2本を用意し、二人で手分けして宛名書きをしていた。裏面は近くの印刷屋さんに頼んでいたので書くのは表だけだったが。
 これって今から思えば年中行事のようなものであったが、人の心だけでなく、こういうことに時間を費やせるという点においても時間の流れも随分変わってきたな と思わざるを得ない。
 10年も経たないが、父が亡くなった時、実家にあった年賀状で連絡すべき人を割り出して、亡くなったことの連絡もしていな。
 家族葬が主流となりつつある今の時代には、こういった亡くなったりたタイミングでの急ぎの連絡も当然のことながら必要でなくなってきているが。

 私自身、今後 どうするかは決めていないが、無理せずにできる範囲で何とか続けていこうかな というのが 今の時点での考えである。
 一年後にはどう変わっているかわからないけど。

 考えすぎかもしれないが、こういった風潮も少なからずコロナの影響もあるのかも。
 まずは生きるために必要なことだけ きちっとやっていこうと考えのもとで、今や「以前に」とか「慣例として」というのは、気に掛けなくていい時代になっていってしまってるように思う。
 少しだけ寂しさは感じているがやむを得ない。時代はどんどん進んでいっているのだから。
posted by ヒロイ at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする