2020年07月12日

No688:コロナ後が見えない

 コロナ、コロナと騒いでいるが、ここにきてコロナによる異変に段々慣れてきた感じがする。
 集団での研修会、一定の以上の人数で行う食事会、無観客あるいは観客のほとんどいないスポーツイベント、バスや電車そして飛行機を利用しての団体旅行・・・など 今まで何の疑問もなく普通に行われてきたことが、今や常識的な行動ではなく、誰もがとらない行動となってきている。
 私の自宅から10分ほどのところにある京都コンサートホールも昨日ワンちゃんの散歩で前を通りかかったが人気もなく、ホール1Fの事務局だけ電気がついているし、松ヶ崎の自宅のそばにあるいくつかのチャペル付の結婚式場もここ数ヶ月人気はなくひっそりとしている。
 あと事務所の近くの同志社大学も門を閉ざし、一般の人は入構さえできなくなっているし、通常であれば2万人近くが通うはずだが、春以降 学生の姿をほとんど見かけない。
 他にも本来なら考えられない光景(風景)が今や当たり前になりつつあるし、何が日常なのか、今までどうだったのかということさえも忘れそうになってしまうくらいコロナ後の状態が段々 日常になりつつある。

 ここまで コロナに関しては、「夏には」とか、「秋には」なんて淡い期待を抱かなかったわけではないが、ここへきてもうそんな期待さえもしなくなった自分、そして世の中が目の前にある。
 こんな中で自分や家族そして事務所の将来や今後の生活や仕事のスタイルなど 先のことを考え出したらキリがないが、こうなったら自分なりに何らかの見通しを立て生き延びていくしかないのではと思うようになってきている。
 そのためにはいろいろな情報を漏らさずにインプットし、日々 いろいろなことに乗り遅れずに過ごしていくことが今まで以上に必要となってくるし、「今までは」とか「過去においては」なんていう概念も無意味なもののなってきつつある。
 今までは会社も自分も一定の幅の中に納まっていれば大きな失敗はなかったが、これからはこの一定の幅が今までの半分か3割くらいのものになり、人並みに生きていくのも一苦労である。
 ここへきて、まさかまさかの50代終盤からの残りの人生である。

 今日は抽象的な話が多く、何が言いたいか分かりにくい面もあったかもしれないが、何気なく生きているとひどい目に合うんじゃないかなという、非常に大きな恐怖心を抱かざるを得ない ということが言いたかったということである。

 本業の税務面においても税務署が行う日常業務の税務調査も長時間、面と向かっては行えないかもしれないし、確定申告時期の個別相談も今後 不可能になってくるかもしれない。
 本当に行政も今まで経験したことのない状況に立ち向かっていかなければならないが、果たして立ち向かって処理していけるのであろうか。
 今や何を考えても頭がくらくらするくらい、解決できないことばかりである。
 ちょっと立ち止まってゆっくり考えてみると、怖〜い世の中に向かっているとしか思えない今の状況である。
 「まずは目の前にあることから」 そんな当たり前のことを考えている自分である。
 では、明日からまた世の中が動き出します。どっちを向いてかはわかりませんが、何とかやっていきましょう 前を向いて。
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2020年07月05日

No687:”肌感覚”で こんな時 どうするのがいいですか?

 新型コロナウイルスの感染拡大も少しは収まりつつあるのかなと思ったのも束の間、拡大とまではいかないにしても収束という状態が遠ざかっていくここ数日の報道を見ていて、他の多くの国と同様とはいえこの出口の見えない状況に苛立ちさえ感じてしまう毎日の感染者数の人数である。

 こんな状況が続く中、今までどおりの経営手法で会社やクリニックの運営が問題なくスムーズに進めていけているところは数少なく、営業時間の短縮や人員配置の見直しに始まり、販売する商品そのものの再検討であったり、クリニックにおいては診療方法の変更を余儀なくされているところも少なくない状況である。
 我が事務所も多くの税理士事務所同様、顧問先ごとに担当制をとっているので私自身が定期的に訪問できていない顧問先もあるが、ここ数ヶ月、あるいは1年近く話すらしてなかった経営者や院長から、直接 私の携帯に連絡が入ることがある。
 必要資金調達のための金融機関との交渉や提出書類の準備、あるいは今 話題となっている雇用調整助成金に絡む必要書類の依頼や準備については担当者サイドで説明し、順次 手配を進めているので問題ないが、私の所へ直接連絡があるのは休業(スタッフの間引き勤務を含む)するのかどうかとか、このタイミングでお金を借りておくべきかどうかなど、今後の経営にかかわる判断をする上での経営者の“肌感覚”としてどうなのかを聞きたいという問い合わせや確認が多いように思う。
 この“肌感覚”というのは経営をシミュレーション等の数字上の観点から捉えるだけでなく、まさに“肌で感じとれるもの”ということで使い方によっては非常に都合のいい言葉であり、まさにニュアンスでは?ということを含んだものともいえるであろう。
 例えば追加融資を受けたあと、当然のことながら資金繰りには余裕が生まれ、毎日 預金通帳の残高を心配しながらの経営からは一時的には脱却できるし、スタッフのことにしても勤務時間の短縮により支出金額を抑えることができ、こちらもある程度即効性が期待できる。
 ただ、この資金が経営者の心に余裕を持たせるだけにとどまらず、油断になりかねないという落とし穴がある。
 また、スタッフのことにしても経営者との関係において、深い信頼関係が築かれていたものが勤務時間を減らすことをスタッフに嘆願することによって関係が強固でなくなったり、将来の雇用関係にまで不安定な要因を作り出す可能性だってないわけではない。
 私への質問はこういった感覚的なものや過去において私が経験したことなどを聞き出したいという経営者の思惑が感じとれる。
 このように事務所の担当者を通り越して、私へ直接 質問がくるというのは、経営環境が悪化し、難しい時代に入っていることを物語っている。
 こんな話があった時には当然のことながら担当者に内緒にするのではなく、「私の意見を聞きたいということで、〇〇先生から直接 私の所へ連絡があった」と具体的な内容まで伝えるようにしているし、これは経営者と私だけで進められるものではないことは百も承知である。

 この春から夏にかけて何名かの経営者(院長)や経理を担当されている奥様から軽い愚痴として言われたのが、『がんばっている特定の人に特別の手当を新たに付けたり、コロナの中で頑張ってくれたことに報いて夏の賞与に特別手当を加算したのに、お礼や感謝の一言もないんですよ。』という話である。
 これってまさに「出してあげたのにどうして喜ばないの?」という経営者感覚であるし、この心情は確かに経営者にしかわからないかもしれないように思う。
 私もこういったスタッフに「喜んでほしい」という感覚がなかったわけではないが、今ではこういったことも段々分かってきて「口にはしないだけで、心の中ではきっと喜んでくれている」と捉えられるようになってきた。
 こういった境地になれるまでには10年近くかったが、もう今では相手がどう思おうと支払う自分が心地よく、かつ、満足すればそれでもいいのでは なんて思えるようになってきた。
 こういうことってやはり経営者感覚というものであり、経営者の方々はこういったことについて私に同意を求めたり、何らかの指針を示してほしいという思いから連絡されてくるのであろう。
 こんなことでよければいくらでも相談に乗ったり、話をしたりできますよ というのが私の気持ちである。
 こういったやりとりをする中でも一応 私にも存在価値があるのかなと少しだけ勝手に満足しながら今日の話は終わることにします。
 コロナと雨と暑さと戦いながらの大変な週になりそうですが、みなさん無理をせず毎日過ごしていきましょう。
 では。
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2020年06月28日

No686:失敗しない経営者

 コロナ感染症拡大防止のために4月は顧問先との面談を控えていたし、中には4月に続き5月も対面でのやり取りをしていなかった先もあり、6月は久しぶりに面談する先が多く、スケジュールもかなり立て込んだ1ヶ月となっている。
 やはりコロナの影響のない先はないし、残念ながら日用品や食料品を扱いこの時期に売り上げを伸ばすような業種の顧問先は我が事務所にはない。
 こういった中で昨年5月に開業し、初めて迎える冬場の患者増に期待を寄せていた顧問先(クリニック)は、2月の前半までは予測に近い伸びを示していたが、コロナが猛威を振るいだした2月後半からは患者の伸びはピタリと止まり、苦戦を強いられている。
 そんな新米クリニックであるが、6月に入ってからは初めて来院される患者、いわゆる新患もちらほら増えだし、最悪の事態は避けられそうな状況までこぎつけてこられている。まだまだ安心できる状況ではないが何とか前を向いて進んでいることが感じとれるまでになってきた。
 実はここのクリニックは前回会ったのが3月上旬で、その後コロナ禍にどっぷりつかってしまったが、当方の担当者とは頻繁に連絡を取り合い、あれやこれやといくつかの対応策を模索したり、この2ヶ月の間に実際に実行に移されたものもあった。
 先週久しぶりに会った時も 「こんなことを始めましたが効果があると思いますか?」とか、「今度、こんな手を打とうと思うんですが、もうこれ以上費用をかけるのはよくないですかね?」と矢継ぎ早に質問をしてこられた。
 50代後半での開業なのでどちらかというと遅い方かもしれないが、40代以下の方よりも発想は豊かであり、頭も非常に柔軟性がある。
 片道1時間以上かかる顧問先なので、先日も帰りの電車の中ではこの先生のことをいろいろと考えながら帰ってきた。
 年末にやっと採算ベースに乗ってきたとこであったのに今回の騒動でガクンと落ち込んだが、あまり心配はいらないのでは、上昇のペース(回復)は他のクリニックよりも早いかも、という気がする。
 それはなぜかというと、この仕事を長くしてきて経営を上向きにさせられる経営者や内的あるいは外的な様々な要因で経営が思うようにいかなくなった時、難局を乗り切れる経営者はいくつかの共通点があり、それは経営そのものを大きな観点から見直すような大掛かりなものだけでなく、日々の運営の中でのちょっとした工夫やいろいろな発想をお持ちの方である。
 この先生のことを頭に思い浮かべながら、いくつか例を挙げてみると

@他人に聞く前にまず自分で調べて、その効果や影響を自分で考えてみる。この逆のタイプの人は私に「どうしたらうまくいくんでしょうかね」と案さえも持ち合わせずただ聞いてこられるだけの人である。

A考えた後はリスクの少ないものから まずは実行に移してみる。先述の対策のうちのひとつは私と面談した時には既に実行中であった。この方法を聞いてこれはうまくいくのではと思ったが、この先生が練りに練られた秘策なので、今ここでは具体的な話まではできないことはお許し願いたい。効果を確認したうえで機会があれば早い段階でお話しします。
B我が事務所の担当者(私も同行)との面談時には、必ずいくつかの質問事項を準備されており、即答できないような内容については質問項目が事前にメールで送られてくる。

C今の時点では10年後のことまでは頭にはないが、常に2年後、3年後、そして5年後くらいまでは構想をお持ちである。

D決してネアカではないかもしれないが、俗にいうネクラではないし、比較的親しみやすいタイプである。また物事を常にいい方に考えられるし、決して人の悪口は言わない方である。またお金遣いは荒い方の部類には絶対に入らないし、かといっていわゆるケチではない(変な表現ですみません)。傍から見ていて非常に金銭感覚は優れているように感じる。

いざ必要と思ったら、ためらわずにお金を出されるが、開業1年目なので日常の生活費を除いて、クリニックに関係のない出費はほとんどない。頭もお金も全てクリニックのためを地でいく感じである。

 こうして書いていると私自身なかなか当てはまらないなと思いつつ、こういった経営者になりたいなと思えるうちの一人である。
 経営自体はまだまだ厳しい状況が続くが、今後どんな数字になっていくのか楽しみな開業2年目のクリニックである。
  そうそう いっしょに話をしていて、「そうですよね。」、「なるほど!」とこちらがうなづく回数が多いのもこの先生との面談時の特徴であることも付け加えておく。
  今日も長くなりましたが この辺で。
posted by ヒロイ at 21:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

No685:言葉を勝手に縮めることは好きではない

 日常の生活や仕事をしていて言葉を短縮したり、簡略化していう“短縮形”や“簡略語”にたびたび出くわすが、私はこの短縮形があまり好きではないし、できるだけ使わないように心掛けている。
 コンビニ、エアコン、ファミコンなどは今や短縮形が日本語になってしまっている感があり、誰しも「コンビニエンスストアに飲み物を買いに行ってくる」なんて言わないのでこれはよしにして。
 また、日頃一般人が使う機会の少ない「外為(ガイタメ)・外国為替」や、「公取(コウトリ)・公正取引委員会」などは、一種のビジネス用語になっているので あまり気にならないが、比較的、日常の生活の中で使う言葉を短縮していうのは気になって仕方がない。
 我々の仕事でも確定申告のことを「確申」、年末調整は「年調」というのは業界内では何の違和感もないし、事務所の中での会話で使うのはいいが、顧問先の方に対して、「年調の書類、そろそろ送ってもらえますか」なんて電話しているのを端で聞いていると、果たして電話の向こうの顧問先の奥様は、「年調」って分かっておられるのかな? と思うこともある。
 私は税務関連の経験の浅い方に対しては、「従業員の方々の年間の税金を年末に精算する“年末調整”の書類ですが・・・」というようにしているし、そうすることによって、今 依頼を受けている書類の重要度と緊急度がどれくらいのものなのかを理解されるので、資料収集も非常に手際よく、早く進めてもらえるという利点がある。
 私は決して頭の回転が速い方ではないので、逆の立場の場合 理解するのに困らないようにすることも仕事のひとつかなと思いながら対応するようにしている(つもりである)。

 最近でこそ一般的な言葉になってきた感のある「取説(トリセツ)・取扱説明書」も今から10年程前にクリニックの開業準備に携わっていた時、医療機器のメーカーの方が、「明日の開業前スタッフ研修は何点かの医療機器のトリセツに2間くらい充てる予定をしています」といわれた時、「トリセツ」の意味が分からなかった。ただ周りにいた人はさぞ当たり前のように頷かれていたので、「トリセツって?」と質問をすることもできず帰ってきたことを覚えている。
 こちらも15年程の話になるが、ある会社で特許権の話をしていた時にその場にいた弁護士さんが、「そのチザイの権利としての認識と評価が問題で・・」といわれた時、「チザイ」の意味が分からず知ったふりをして帰ってきてから、その意味を調べて やっとそれが「知的財産権」と分かり、あの場で聞かなくてよかったと胸をなでおろしたことがあった。
 税理士会の役員をするまでは、「監事」のことを「皿(サラ)カンジ」、「幹事」のことを「ミキカンジ」なんて呼ぶことも知らなかった。
   各方面においてこの短縮形が当たり前のように使われているし、我々業界でもこういった専門用語を知らず知らずのうちに連発していることもある。「簡易(消費税の簡易課税)」、「納特(源泉所得税の納期の特例)」などもその代表的なものであろう。
 私のような小規模な会社や個人事業者の方々を顧問先に持つ者としては、こういった分かりやすい説明をすることも、仕事をスムーズに進めるうえで大切なことであるなと実感することもたびたびある。

 明日の午後からは相続に関しての親族会議に立ち会い、財産の分割や相続税額について説明することになっているが、こちらも相続人4名の方がすべて いわゆる素人さんなので一から丁寧に説明することが必要であろう。
 相続人の一人であるご長男はこのためにわざわざ東京から(丹後まで)帰ってこられての打ち合わせであるので、うまく説明をして相続人のみなさんが納得できるような結論を導き出せるようなお手伝いができればと思っている。
   そういう意味において、結論はすぐには出ないかもしれないが、明日は私にとっては結構 重くて、重要な日になりそうである。
 こんな大事な場面で説明できることもある意味 税理士冥利に尽きるな と勝手に考えながら明日を迎えることにする。

 では、明日は泊まりで荷物の準備もあるので今日はこの辺で。
posted by ヒロイ at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月14日

No684:憧れます、人の話を聞くことができる人のことを

 会社で上に立ったり、あるいは 統括する立場になれば 当然のことながら組織をまとめていかなければならない。
 時にはまとめるだけでなく、引っぱっていかなければならないときもあるが、ここでいう「まとめる」と「引っぱっていく」というのは意味も違うし、一人の人間がこの両方とも備えるのは至難の業である。
 高校野球の部員がキャプテンのこと聞かれた時、 「本当にみんなの気持ちも汲みながらよくまとめてくれたと思います。個性派ぞろいの集団で大変だったと思いますよ。」と話すこともあれば、「〇〇(キャプテンのこと)は本当に、グイグイと力ずくででもみんなを引っぱっていってくれました。アイツの言うことを聞いていれば間違いないですから。」というような話をする者もいる。
 これはスポーツの世界だけでなく、会社でも自分が属するいろいろな団体でも同じようなことがいえる。
 多少なりとも上下関係がはっきりしている組織やグループの中でリーダーになった場合には、こういったやり方のうち 自分に合う方法を選んでまとめていけばいいのであろう。
 話が少し横道にそれるが、夫婦の間でうまくまとめたり、あるいはグイグイ引っぱっていくことができる人もいるかもしれないが、私は結婚して30年以上もの間 一度たりとも引っぱっていった経験もないし、うまくまとめるなんていう神業のようなことをしたこともない。夫婦の関係だけは上下関係がない分 かえって難しいように思う。
 今どき、夫婦に上下関係ってあるんですかね? たまに女性の方が強い夫婦は見かけますが。

 話を元に戻しますが、
 リーダーとよばれる立場の中でも誰もが一目おくリーダーというのは、優れた実力や実績だけでなく、相手の立場に立って物事を考えられる人のように思う。
 相手の立場に立つということはなかなか難しいことのように思えるが、私はまず人の言うことに耳を傾けるというのが大事なことのように思う。
 「みんなの意見を聞いたうえで」なんて言っている政治家や経営者ほど、自分が一番正しいと思っていて、こういった人たちに限って自分の考えていることが通らないなんてありえないと思っているであろう。
 ここでこんな偉そうなことを書いてはいるものの私自身も既にこの部類に入っている “扱いにくい人間”になっているのかもしれない。気づかないのは自分だけだったりして・・。

 ある雑誌で企業の経営者が、「経営者の多くはしゃべり過ぎで、なかなか聞き上手になれない。信頼される経営者は必ず聞き上手という面を持ち合わせている。特に相手の得意なことをうまく聞き出せば、話している本人もさらに上に向かっていくだろうし、そうして前向きな話を聞くことは、経営者にとっても結果的に自分の利益になることも多いはず。」と語っていたのが印象に残っている。
 いろいろな局面において、ついつい一方的にしゃべってしまっているし、まさに相手が聞き上手の人なら なおさら一方的にしゃべりまくっていることもある。
 雑誌の中のたったの数行であったが、いろいろと考えさせられた対談の一コマであった。
 こちら側はうなずきながら、相手からじっくり話を聞き出すなんていう芸当がができたらすばらしい経営者や顧問先のよきパートナーになるのだろうが、まだまだ私にはそこまでたどり着けそうにない。そろそろ じっくりと人の声に耳を傾けてもいい歳であろうし、そういう人に憧れるようになってきた。
 人の話を聞くのって本当に難しいし、人間の器の大小を表す物差しなんでしょうね。
 今日の話、偉そうなことを綴っているけど、結論としては自分はまだまだ器が小さすぎるっていうこと。
 生きるってなかなか思った所には行きつけませんね。
posted by ヒロイ at 22:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

No683:テレビ会議を終えて思ったこと

 先週、仕事で大阪の会社へ出向き、重要な案件について打ち合わせがあった。
 ただ、その案件について一番の責任者といわれる人が、現在 東京支店に配属になっているとのことで、大阪本社と東京支店でテレビを使っての打ち合わせを行った。
 大阪は私を含めて2名、東京は1名という合計3人によるものであったが、過去の状況、現況、そして将来の見込みについて、データを見たり、画面に目をやったりしながらみっちり2時間 休憩時間もとることなく、結構 根を詰めた打ち合わせを行った。
 内容については当然ここで話すことはできないが、結構 秘密裏に進めないといけない案件だったので、途中でお互いの腹の探り合いをするような場面もあり、終わってみればどっと汗をかいており、通常の仕事の何倍もの疲れを感じた。
 実はその後、京都の事務所へ戻ってきたが、10〜12時の大阪での2時間の打ち合わせでその日のエネルギーの大部分を使ってしまい、午後からしばらくは頭の方が使いものにならなかった。
 打ち合わせや連絡をするのに以前は電話や直接会って面談しながらするのが主流であったが、ここ数年はメールでのやり取りが多くなってきている。また、今回のようなテレビ会議やウェブ会議というスタイルが増えてくることも十分考えられるであろう。
 今回 初めて体験してみて、相手の顔や表情が見えない電話よりずっと意思疎通がはかれた感がある。というのもいろいろな発言ややり取りの中で相手の表情がつぶさにわかり、喜んだり、納得しているのか、あるいは 腹を立てたり、腑に落ちないことがあるのかというのが離れてはいても画面を通してその場で判断ができた。
 その点、メールというのは多少腹の探り合いというか、文面ではこのように記しているけど本心はどうなんだろうと思うこともあるし、こちらから何かを伝えたいときは 結構 納得や了解をしているのに文面がうまくまとめられなかったら、相手からはお気に召さないの と思われたりすることもある。
 今後はさらにいろいろな伝達手段が出てくるだろうが、手法が多岐に渡れば渡るほど難しいものになってくる。本当に我々オヤジ族にとっては、ある意味 受難な時代の到来なのかもしれないが、これからも仕事を続けていく以上は避けては通れないものなのだろう。
  テレビ会議の話はこれくらいにして、話題はごろっと変わるが、
   今日はいい天気であったが、2回のワンちゃんの散歩以外は久しぶりに家で過ごした休日であった。

 自宅のすぐ裏がスポーツ広場があるが、ここ2ヶ月余りも間は誰の声も、何の音も聞こえずシーンとしていた。今日は 家にいるとキャッチボールをして ピシッとグラブにボールの収まる音や、別のグランドからはポコーンとサッカーボールを蹴る音が耳に心地よく飛び込んできた。
 ただ、声を出してはいけないことになっているのか、元気な声が聞こえたのは最初のランニングと体操の時の「イチニイサンシ、ゴウロクシチハチ」という掛け声くらいであった。
 通常の年ならこの時期、高校や大学のサッカーやラグビーの試合があり、宝ヶ池球技場のスタンドから、選手紹介のアナウンスや「ウォー!」という地響きのような歓声が聞こえるのだが、まだそういった声は聞こえてこない。
 今まで日常だったことが懐かしく思えると同時に、今日は久しぶりに野球やサッカーをしている音や声が聞こえたのでホッとし、うれしい気分になった。
 日常が戻るにはまだまだ時間がかかるのであろうが、本当に多くのことに気づかせてくれているこのコロナ騒動である。
 経営的に苦境に立たされておられる事業者の方にとっては、まだまだ全く気が抜けないし、不安な気持ちはほとんど払拭できていないというのが本当のところであろう。
 何かにつけ いたたまれない今回のコロナ騒ぎであるが、誰に文句を言っていいのやら腹を立てる先もない 何とも 厳しくやるせない今年の夏である。
posted by ヒロイ at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月31日

No682:優しい言葉では解決にならない

 この2ヶ月近くにわたってかなり強固に張りめぐらされた新型コロナウイルス感染拡大防止の網が明日6月1日から少しずつではあるが緩められる。
 ただ、この間 コロナ対策の中に身を置いてきたので、緩められることをホッとするというより、本当に大丈夫かなという半信半疑の気持ちで明日を迎え,不安な気持ちも頭をよぎる。

 自分自身、外出の回数もかなり減ったし、外食にいたっては移動中に手短に終えられる麺類などの店に数回立ち寄ったが、ゆっくりと談笑しながら食事をすることなど一度もなかった。
 当然のことといえば当然であるが、「食事をしながら打ち合わせ」とか、「ゆっくりと飲みながら和気あいあいと」なんて いつになったらできるのか、もしかすると あんな光景は過去のものになり、今後 訪れないのではなんて 恐ろしいような世の中を想像してしまう。
 ちょうどいまから1年前、ラグビーワールドカップで盛り上がったのがまるでどこかの国でずっと前に起こったことかのような錯覚に陥ってしまうこの数か月での変化である。
 事務所の顧問先も大きな影響を受けているところも何件か出てきているが、私は以前から本当に困ったときに「がんばりましょう」という言葉はあまり掛けないというか、当事者にとってこの「がんばりましょう」がどれほど力になるのか疑問を持つという冷めたところがある。
 というのも、私も人生の中で何度か人にも話せないような厳しい局面(挫折)を経験したことがあるが、こんな時には「がんばりや」とか、「気落ちせんと」という言葉があまり慰めにならなかったという思いがある。
 何とも冷めた言い方かもしれないし、励ましてくれる人は温かい気持ちで声を掛けてくれるのであろうが、本当にとことん落ち込んでいる者にとっては、心の奥底では「今の俺の気持ち絶対にわからんと思うは・・・」なんていう 励ましてくれている相手には失礼な気持ちを抱きながらも、「励ましの温かい言葉ありがとう」とさぞ感謝しているような返しをしたことが何度かある。
 そんな落ち込んでいた時に親父くらいの年の離れたある先輩が、「俺は励ますけど、温かい言葉はかけるつもりはないで。いくら優しい言葉をかけてもらっても解決できるのは自分しかないんやしな。落ちこんどってもどうしようもないわ。まだ生きていくんだったら前を見ろ。振り返ったって何も解決せえへんしな。まあ、あまり手は差しのべんけど、話ならいくらでも聞いてやるし、何かあったらいつでも電話してこい」と一見 冷酷そうで実は私のことを他の人の何倍も思っていてくれていたということがその後、随分時間が経ってから分かった。
 自分の思い出話のようになり、話が少し横道にそれてしまったが、「がんばりましょう」なんていう言葉よりも、ピタッと寄り添い、悩み事を聞いたり、いざという時だけ、「これだけはすぐに実行に移しましょう」と間髪入れずに言えるような存在になりたいと思っている。

 事務所開業以来 13年近くの間 本当に多くの方に支えてもらってきたが、今回のこのコロナウイルスの影響を受けられた方々へ何とか恩返しをしたり、力になれればと思っている。
 「がんばりましょう」とか「乗り切りましょう」というような社交辞令ではなく、まずは「なんでも言ってください」といって、どんなことでも言ってもらえるそんな存在になりたい。まずは同じ目線に立って悩みを聞くところからすべてはスタートすると思うので。
 明日からの再スタートを前に、偉大な先輩が何かにつけ厳しい言葉を投げかけながらも、実は本当に私のことも思っていてくれたということを久しぶりに思い出しながら、「言葉ではなく行動を」と自分に言い聞かせた。

 今日も少し重い話になってしまったのが、そろそろ日も変わりそうなので今日はこの辺で・・・。
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2020年05月24日

No681:純粋にうちのスタッフはすごいと思った

 我が事務所もご多分に漏れず4月20日から交代出勤制に基づく在宅勤務と出勤時には時差出勤を導入している。
 どちらも事務所で初めての導入であるだけでなく、社会人になって40年近くにもなる私でさえも初めて経験するものであり、正直 導入前には「大丈夫?」という心配が先に立ったのも事実であるが、これは一経営者の余計な心配でしかなかったことが1ヶ月以上を経過してみてよくわかった。
 結構 “密”なオフィス環境である事務所内で業務をこなすことと公共交通機関での通勤時の“密”を避けることを第一の目的としてスタートし、顧問先への定期訪問もこの時期は移動と面談で生じる“密”を回避するため原則 行わないという方針を私から発した。
 
 顧問先の試算表をはじめとする経営指標の作成、3月決算法人の決算・申告業務、それに助成金や融資等の個別相談と通常月の業務以外に+αの依頼があるにも関わらずほとんど問題なくこなせている。
 コロナ禍で大きな影響を受けている顧問先も多い中、すぐにでも駆けつけて相談に乗る必要のあった一部の顧問先は訪問せざるを得なかったが、基本的には訪問しないという事務所の方針のもと この間を過ごしてきた。ただ、多くの顧問先が難局を乗り切るために事務所の担当者が経営者や院長と電話やメールで連絡を取り合いながらいつも以上にこまめに対応してくれている。
 私が先日 事務所にいる時 たまたま電話をとると、私自身がここしばらく会えていないあるクリニックの院長夫人であったので、現況を聞きながら 『こんな状況で直接会って話もできずに申し訳ございません』と告げると、その院長夫人は『いや〜、こんなことになるとは思ってもいませんでしたが、担当の〇〇さんとは今まで以上に連絡を取り合っていて、今日も2回も相談に乗ってもらっていたところなんです。』と結構 元気のある声で話してこられた。
 他にもよく似た話をいくつか聞き、スタッフの仕事ぶりが目に見えない在宅勤務を少なからず心配していたが、大きなトラブルもなく ここまできていてホッとすると同時に、そんなことを心配していた自分が何ともちっぽけな経営者に思えてきた。
 自宅での業務は事務所内と違っていつでも資料が見られないことや やはり慣れない環境下での業務のため一般的には2割近く業務効率が下がると言われているが、大きな遅れもなく仕事が進んでいるのは事務所のスタッフが“必至こいて”自宅での業務をこなしてくれている結果に他ならない。
 
 今回は前もって準備していたわけでもなく、いきなりこういった状況下に放り出されたわけであるが、この経験や手法は緊急事態宣言が解除された後も各企業(事業所)が今の形態を一部 残しながら、今までとは違った仕事の仕方を考えていかなければならなくなったことを経営者に投げ掛けている。
 前々回にもこの場で綴ったように慣例、慣習なき時代において今までとは比にならないくらい経営者が試される時代に突入しているように思わざるを得ない。

 我が事務所も6月1日(月)からも時差出勤制だけは継続となるが、他は基本的には通常の業務体制に戻すことになっている。その準備段階として、明日からの1週間は一部在宅勤務を残しながらの最後の調整期間となる。

 6月からは世の中がどんな景色になるのかまだ想像がつかない部分もあるが、少しづつ戻っていくのであろう。しかし、3ヶ月に及ぶこの自粛期間の経済の停滞・下降は1年や2年で回復するとは思えず、長期戦でとらえる必要があるだろう。
 個人的には暑くなる中、いつまでマスクをつけていられるのだろうという心配も頭の片隅をかすめている。
 いよいよいつもと全く違った大変な?夏の始まりである。

posted by ヒロイ at 23:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月17日

No680:今、何がしたい?

 新聞、テレビ、ネット 何を見ても飛び込んでくるニュースはほとんどがコロナ関連のニュースで、たとえコロナ関連でないにしても明るいニュースはほとんど入ってこない。
 若い頃 賞与が出た後、大丸に行って思い切って買ったスーツがDURBAN(ダーバン)だったが、この製品を扱っているレナウンがまさか民事再生の適用を受けることになろうとは・・・。これも今や過去の名前では商売が成り立たないことを表している事例のひとつであろう。

 自分自身も多くの規制の中での生活を強いられているし、仕事の方も限られた状況の中で期日に合わせて粛々と仕事をこなす以外には、厳しさを増す経営状況下の顧問先には、なかなか会うことさえしづらいが、そんな中でも少しでもプラスになるような提案はできないものかと頭をひねりながら、メールや電話で対応する日が続いている。
 昨日は相続関連の仕事でどうしても面談しないといけなかった方と30分程度、直接会っていくつかの未解決事項の確認をしていたが、面談などの通常なら何の疑問もなく行っていた行動が今や事務所でも例外(特例)になってしまっているという現状に不安を感じずにはいられない。

 冒頭でも言ったように暗いニュースしか飛び込んでこないし、私自身がこの場で綴ることもほとんどがコロナ関連かその影響について模索していることといった内容になっているので、今日はこの時期ちょっと”いけない内容”かもしれないが、今やってみたいこと、行ってみたい所について書いてみることにする。
 とはいってもそれほどたいしたことではなく、単純に今 行ってみたいのは、いつから入園や入館の規制が解かれるかどうかはまだ調べていないが、行ったことのない京都水族館と京都鉄道博物館、それに子供が小さかった頃 よく訪れていた京都市動物園、そして近所でありながらずっと門が閉ざされている京都府立植物園、ある意味、こんなありふれた所が足を踏み入れたい場所である。
 どれもコロナの影響でこれまでは閉まっていたが、間もなく開きそうだし、こういった場所はなによりもコロナ、コロナの今の世の中や非常に厳しい経済情勢のことを一時的にせよ忘れられる別世界のように思えるからである。
 現実的に孫もいないのに一人で動物園や水族館に行くのは勇気がいるし、今の世の中の状況を感知していない動物を見ることは一種の現実逃避かもしれないが、心や頭の中がある意味、いったんリセットできるようにも思える。
 ただ 動物も今の状況を感知していないとはいったものの あれほど多くの人間が目の前を通って行ってたのに最近は誰も来ないなとか、もしかすると餌の内容が変わったなとか 何か肌で感じているのかもしれない。
 植物園の花にしたって動物のように何かを考えているわけではないが、いくら咲き誇っても誰の目にも触れずに散っていくなんてあまりにもかわいそうで無残である。
 これらの施設の規制解除は間近とのことなので、休日に少し時間がとれたらまずしてみたいと思っていることである。

 話は変わるが、昨日 相続の相談に行ったときに母が入っている施設の前を通った。いくら京都府の北部とはいえ面談はだめだろうと思っていたが、このコロナ騒動が始まってから2ヶ月程 訪れていなかったので顔だけでも見れたらなと、車から降りて施設の玄関の張り紙を見てみると「親族の方のみカウンター越しで短時間なら」と張り紙がしてあったので少しだけ覗いてみた。
 私はマスクもしていたし、一瞬マスクをとっても私が誰だか分らなかったようだが、施設の職員さんに「何も変わらず元気そうですよ」と最近の様子を話してもらいながら母の顔を見ていると、自分の勝手な思いとはいえ、妙な安心感を覚えて帰ってきた。
 
 最近よく言われている言葉、「今までの日常」がどれほど大切で、意味のあるものだったのかを思い知る毎日である。
 いろいろな方面での自粛解除までにはもう少し時間がかかるだろうし、少し形が変わっての今後の生活になるかもしれないが、一後も早く「日常」が戻って欲しい願っている。みなさんと同じように。
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2020年05月10日

No679:試されている社会、事務所、そして自分

 今回のコロナ騒動で世の中のいろいろな仕組みが変わりつつある。
 予期せぬ休業を強いられたり、お世話になるつもりもなかった金融機関に融資の申し込みに行くことになったり、忙しくて人手不足であった現場が今やお客様や患者様の減少により人余り状態になったりと、3ヶ月前には誰しも想像すらしていなかった状態になっている。
 我が事務所でも時差出勤に始まり、出社制限による在宅勤務や顧問先への訪問自粛など、私が社会人になって初めてのことばかりであるが、世の中の状況に合わせながら事務所もことを進めているというのが今の状況である。
 何年か前の社会なら大混乱をきたしていたであろうが、まさにオフィス環境の進歩や社会の変革はすごいもので、当初はもしかすると混乱するかもと危惧していたようなこともほとんど起こらず、事務所の仕事は順調に進められている。
 毎日、手帳と時計を食い入るように見ながら、行動予定を立てていたが、外出が減った分、今は事務所内にいる時間が多くなってきている。
こんなことを言うと暇になっているのではと思われても不思議ではないが、なぜか今まで同様か今まで以上に日常業務に費やす時間が多くなってきている。
 今から思えばこれまでは数字をつくり、顧問先に出向いて説明するというのがお決まりの流れであったが、この1ヶ月間のように顧問先に出向かないことが増えてくると、不思議と顧問先のことを思う時間が増えてくるというか、顧問先の経営者の顔が今まで以上に頭の中を行ったり来たりしている。
 今までは仕上がったものを対面で説明する場合には、いざとなればその場に行ってからぶっつけ本番であっても乗りも切ることができたが、こういった面談の機会が与えられないとどんな方法でどの点にポイントを絞ってやり取りするのか、また顔の見えない顧問先の要望をいかに読みとるのか、今までにはない一種の“技術”が必要となってくる。これって本当に大変であり、今までの何倍も頭を使うし、自分たちが必要とされている度合いもなんとなく読み取ることもできる。
 また、事務所のスタッフとも毎日会うのが当たり前であったのが、今では週に2回くらいしか顔を合わさないので、会わなくとも他の方法で伝達したり、意思確認をする必要がある。
 これも当初は多少戸惑いもあったが、今ではこのスタイルに違和感もなくなり、必要なことは必要な時に必要なだけという、逆に無駄なく対応するようお互い気をつかってことを進められている。
 夫婦や家族も毎日いっしょにいるより、週に一回しか会わない関係の方がうまくいったり、意思疎通もとれていることさえある なんていうことを聞いたことがあるが、これってある意味本当なのかもしれないと思う。

 中には毎月会うことを楽しみにされていたり、面と向かって相談することで、より大きな安心感を抱いてもらうこともあったのかもしれないが、面談がしづらいこの状況の中で顧問先を何とかよい方向へとリードできるよう、否応なしでも知恵を絞り対応しているという、今まで以上に締まった関係になってきていると感じることさえある。
 社内的にも対外的にも今の状態が決していいわけではないし、早く今までの状態に戻ればと願っているが、今度戻った時は今までとは違ったものの見方や考え方で新しい関係を築くことになりそうである。

 そういう意味では、税理士や税理士事務所、それに各会社の社内の状況もいきなり実験中という場に放り投げられた感じがしないわけでもない。
 今回のコロナ騒動が収束した時、世の中がどう変わっているのか、もちろん経済、経営の立て直しが第一優先であるのは分かっているが、その代わってしまった世の中にいかに順応して行けるかが、これも事業を運営する上で非常に重要なことになってくるだろう。

 悪い頭をひねりながらいろいろと考えてはいるが、結論めいたものには何一つ到達していないし、何も考えずに生きているととんでもない方向へ行ったり、世の中から置き去りにされたりするという怖い世界に入って行っていることはなんとなく肌で感じることができる。

 こんな時、我が家の愛犬ぽぽたんだけはいつもと変わらぬ素振りで私の顔を覗き込んでいる。本当に屈託のない最高にいい奴である。
 人間と違って計算づくで動くのではなく、自分の思いのまま動く姿を見ると 人間界でいろいろと考えながら生きている自分がつまらなく感じることさえある。
 「ぽぽ、ほんまにええ子やな」といいながら頭をなでる時が一番気の休まる時でもある。
 ぽぽたんはいっしょに住む家族の少なくなった我が家には今やなくてはならない存在であることは間違いない。
 
 では今日はこの辺で・・。
posted by ヒロイ at 22:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする