2023年03月12日

No.821:実はすべてにおいてコロナ後の方が難しい

 多くの税理士事務所にとって一年のうちでもっとも大きなイベントであり、一番忙しい時期でもある確定申告が我が事務所でもそろそろ終わろうとしている。

 法定期限が3/15(水)なのであと3日残っているが、事務所のメンバーがスタート時に決めたルールでは 3/13(月)の午前中が所長の最終決裁期限となっているので特別な事情のある先を除いて、明日でほぼ終了ということになる。
 ただ、顧問先への申告書(控)の郵送や書類の書庫への保管作業は14日に行われるので、完全に終了し、事務所全体が通常業務に戻れるのは15日以降ということになる。
 私も15日からは早速 遠方の顧問先への訪問予定を組んでいるが、例年3月15日以降は通常の月にも増して詰まったスケジュールになってくる。

 所得税の確定申告なので個人事業者に限られてはいるが、100人以上のお商売されている方の決算書や申告書に目を通すといろいろな特徴が読み取れる。
 またお金の使い方も様々だなと資金の流れにも注目しながら数字を追って見ていた。

 多くの人の場合、お金を貯めてから欲しい物を買うというのが一般的であるが、事業拡大をもくろむような場合には、先行投資も必要になってくる。
 中には事業のためではなく、自分の趣味や好みの品に大金をつぎ込んで欲しい物を手に入れられることもある。もちろん事業の経費にはならないことは承知の上で。
 具体的には1000万円以上もする(趣味の)車や数百万円もする腕時計がそれにあたるが、これらを買う方法も様々で手持ちのお金で一括払いする人もあれば、数年のリースやローンを組まれる人もある。
 私は無理なローンを組むのはお勧めしない方だが、そのローンのために人の何倍も働き、尚 そのままの勢いで事業も軌道に乗せ、借金を予定の半分以下の期間で完済された方もある。
 この方は当初あれだけ借入しておきながら、「もう借金はええわ」と言って、今は無駄なものは一切かわず せっせと貯め込んでおられる。

 個人事業の帳簿を見ていると家族や家計の状況もよくわかる。
 先程の嗜好品にお金をつぎ込まれる以外に塾代を含む教育費に半端でないお金をつぎ込んでおられる方もある、というか目指すものによってはそれくらい教育費を掛けないといけないのかと他人の財布ながらため息が出てくることもある。

 既に2023年は始まっており、もうすぐ3ヶ月になろうとしているが、この確定申告でいったんリセットして、早急に新たな年の帳簿の確認や経営指導がスタートを切る必要がある。
 コロナは今までに経験したことのないいくつものことで世界中を混乱させたが、コロナの中で生活した期間が3年にも及んだことは当初の予想していた以上に長かったので、今度はコロナのない世界での生活はコロナ前とは大きく違ったものになってくるような気がする。
 つまり「コロナが終わった(終わりかけ)」と騒いでいるだけではなく、コロナ禍で変化し、もう以前のようには戻らないものもいくつもあるだろうし、そういったものが今からも出てくるような気がする。
 それをしっかり見極め、「全てにおいて もうコロナ前ではない」と3年前、5年前とは違うことを認識し、何がどう変わったかをいち早くつかむことが大事なことのように思う。
 厳しい言い方をすれば、「コロナ前はこうだったんだけどな・・。」なんて言っている経営者はすぐさま取り残されるだろうし、コロナが落ち着いた後は、経営者は「コロナ前」を考えないこと、あるいは比較しないことが、今後一定の成果をもたらすためのカギとなるような気がする。
 コロナで世界は一変したのだから、コロナが収まっても元になんか戻りやしないと割り切ることが必要であるが、私自身 この部分はまだ整理できているわけではなく、今後の対応についてはさらなる検討が必要となる。
 いったん頭をリセットして新しい世界に飛び込めるよう、一日も早く考えをまとめたる必要があると思い、実はこのこと、つまり今後の事務所運営について多くの時間を費やした土日であった。
 細かな戦略的なことはここでは触れないが、何はともあれ一番大事なのもは”人”であることだけははっきりと分かった。
 じゃあ具体的にはどうするのか? ここから先は内緒です。
 では、この後もう少し考えてみます
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2023年03月05日

No.820:久しぶりに飛行機に乗りました

 多少の忙しさではこのブログは休むまい と決めてはいるが、さすがに先週はほとんど立ち止まることなく、仕事に追われていたので久しぶりに休刊にしてしまった。

 いよいよ確定申告も終盤戦で 私の事務所でも3/13(月)の午前中が所内での作業締切期日なので、残された日はあと1週間という時期になってきた。
 こんな時にブログを書いてていいのかなとも思うが、四六時中 数字とにらめっこで頭も多少硬直気味なので、気分転換も兼ねて思考を違う方に巡らせることも必要かと思い、10日前に行った札幌出張のことを綴ってみることにした。
 観光で北海道ならうれしいのだが、ある団体の全国集会での財務報告という年一回の重要な仕事で、日程は1年以上も前から決まっていたので、こちらが繁忙期だからといって避けて通れない仕事であった。
 京都の現場(事務所)は確定申告の真っ盛りということもあり、2/22(水)は昼過ぎまで事務所で仕事をし、その後 伊丹発 新千歳行きのJALの最終便に乗り、何とか夜の10時過ぎにホテルに入ることができ、翌日の本番に備えた。
 私は2/23(木)/祝日は朝から午後2時まで今回の出張の主目的である決算・財務報告を終え、夜に伊丹空港着の便で帰ってきたが、他の参加者の方々は、その後も行事や講演会が詰まっており、2、3泊はされたようである。

 着いた日は時間も遅く、ほとんどの店が閉まっていたし、雪もちらついていたので早くホテルにたどり着かないと と思い、ホテルの近くのコンビニで弁当とビール買ってチェックインを済ませた。
 翌日の仕事の内容はさておき、帰りもホテルからタクシーで札幌駅に行き、すぐさま新千歳行のJRに乗り込み千歳空港にたどり着いた。
 飛行機に乗るまで少し時間があったので、前日のコンビニ弁当の憂さを晴らすかのように空港内のお寿司屋に入り、すかさず握り寿司とビールを注文し一息つき、わずかな時間とはいえ現実を忘れさせてくれるなんとも貴重な時間であった。
 その後も少しだけ仕事で来ていたことも忘れ、まるで百貨店の[大北海道展]に来ているような気分でお土産や自分が食べたいものを買いあさって帰ってきた。
 札幌でタクシーに乗った時、「雪がちらついているし、道にも少し残っていますが、タクシーってどれくらいの雪までなら営業するんですか?」と運転手に尋ねると「本当の大雪で視界がゼロの時くらいは休みますが、普通の雪なら全く関係ないですよ。そんなんで休んでいたら札幌のタクシー会社は1、2月は売上が立ちませんよ。東京の方とは違うんですから・・。」と話された。
 当然といえば当然のことであることに後で気付いたが、「そりゃそうやわな」と納得してしまった。

 実はこの後 京都に帰ってきてからは事務所の方は大変な状態で、どんどん仕上がってくる確定申告書の確認作業、それと顧問先への税額報告を兼ねた面談と本当に1日があっという間に過ぎ、今日が何曜日であるかを忘れてしまいそうな状態が続いている。
 これ以上は時間がさけないので、今日は北海道に行って、飛行機ではひたすら熟睡していた旅日記をこれで終わります。

 もう少しだけ仕事をして、今日は早めに帰ります。
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2023年02月19日

No.819:税理士にとって飛び込みの仕事って?

 “士業”と呼ばれる仕事でも税理士は弁護士、司法書士、弁理士などの他に士業より定型の顧問契約を結んでいるケースが多い。
 また 多くの公認会計士が勤務する監査法人でも定型の顧問契約は結んでいるだろうが基本的には企業と呼ばれる法人が対象である。
 我が事務所では他の税理士事務所と同様、多くは月次顧問契約であるが、中には小規模の会社や個人事業者で1年に1回、あるいは決算時のみ接触する いわゆる年一と呼ばれる形で仕事の依頼を受けている顧問先もある。

 毎月でも、年一でも定期的にはやり取りがあるが、この仕事をしていると今まで何の関わりもなかった方から “飛び込み”で仕事の依頼がある時がある。
 具体的にいうと、友人の奥様のお父様が亡くなったので相続税の申告をお願いできないかとか、子供の友達のお母さんから、実家の土地を売ったのでその相談と申告をお願いできないかと うちのカミさんを通じて依頼があったこともあった。
 また、顧問先の方から事務所の担当者を通じて、後輩が開業する あるいは会社を作って新しい事業を起こしたいということで相談に来られることもある。
 こういった飛び込みの業務は正直 手間のかかることが多いが、この飛び込みや紹介がないと事務所は現状維持か先細りするということになってしまう。
 ただ、この新たな顧客の開拓なんて広告やHPに掲載したからといって、そう簡単にできるものではないのも事実である。
 じゃあ どうすれば飛び込み顧客があるのか?
 う〜ん、いろいろと考えても答えなんて出てこないが、目の前にある与えられている、あるいは必要とされている仕事をきちんとこなすことが一番効果的であろうし、これは税理士事務所でなくとも他のいろいろな仕事でも同じこととが言えるであろう。
 クリニックであればまずはいい治療、レストランであればおいしい料理、建築業であればいいものを造るという やはり出来上がる作品にお客様や患者様がどれだけ満足できるかということにかかっているというこである。
 ただ、いくらでもお金を払うという方は少なく、適正な金額でということと、心地よいサービスということも不可欠であり、「いいものを納得のいく価格で満足できる形で提供する」ということが必要となってくる。
 こういったことがいつでも、誰でも提供できてこそ、初めて 飛び込みと言われる方がきてくれるのであろう。

 確定申告の時期になるとこういった飛び込みの方、とはいっても噂を聞きつけたり、当事務所と何らかの関係があって来られるが、この数が他の事務所と比較して多いのか少ないのか比較したことも他の税理士に聞いたこともないので、事務所の評価って誰かがしてくれるわけでもないので意外と難しく、どこかで悪い評判が立っているかもしれない。。
 政治家が「きちんと対応を考え、粛々と準備を進める」と言っている多くのことは、あまり積極的には進めていないが、「忘れずに無理せずに何とかやっていますよ」と どちらかというとあまりいいイメージでは捉えにくいが、私は今日のまとめとして、あるいは自分への戒めとして実はこの「粛々と進める」というのはいい言葉で、仕事上でも大切なことであるように思う。
 だって、「粛々と」の意味を調べてみると、「心を引き締めて厳しく」なんて、本当にいいこと書いてるもの。
 政治家のように「粛々と」という言葉を安易に使うのではなく、気持ちを引き締めるいい意味での言葉として使い、実践していきたいと思う。
 ただ、自分に「厳しく」って本当に難しいですよね。人間って本当に自分に甘いですから。
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2023年02月12日

No.818:常識が常識でなくなっていくかも

 2月になった後、節分の頃までは、「今年になってもう1ヵ月経ったのか」と まだ少しは余裕をもってカレンダーを眺めていたが、週が変わった6日頃からは、事務所のメンバーも無駄口一つ発したり、雑談する雰囲気もなくなり、例年のごとくすっかり確定申告モードに入ってきた。
 この時期になると毎年のことであるが なかなかほっとする暇もなく一日が羽を付けたように飛んでいく感じがする。

 そんな中、昨日は大学のクラブのOB会の役員をしている関係で、役員として卒業生の送別会に出席してきた。
 こうしてクラブ全体で行う行事は3年ぶりであり、コロナに気をつけながらも新鮮 かつ 厳粛な形で会が始まった。
 今の1〜3回生の現役生たちは、大学生になってから こういったパーティー形式の式典は初めてのようで、100人以上のものが参加するこの会の準備や司会進行も含め何かと大変だったようである。
 OB会の会長、監督、それに大学の教授である部長さんのあいさつに始まり、3回生の主将の送辞、そして卒業生である前主将の答辞と結構 身の引き締まるような雰囲気で会は進んでいき、いよいよ過去に監督、OB会長を歴任された現OB会相談役の乾杯へと移った時、「おやっ?」と思えることがあった。
 これは気づかなくてもいいようなことなのかもしれないが、相談役の簡単なあいさつの後、小さい目の声で「かんぱい」という発声があったのだが、その後、条件反射のように杯を掲げ 一口だけ口にした後、コップを机の上に置き 拍手したのだが、その拍手が10数名いるOB席からしか起こらなかった。
 みんな何も気づかずそのまま式は進んでいったが、隣に座っていた私の同級生だったT君と、「普通 あのタイミングって拍手するよね」、と話していると、「ひょっとしてここ数年こういった会が催されなかったし、高校を出て大学生になって初めての式典だったので、そういったルールって知らんの違う、教えてもらったこともないだろうし。そもそもこういう機会って初めてかもしれんしな。」なんて年寄りのお節介のような会話をして、誰に話すでもなく2人だけの話で終わった。

 帰り道でその時の光景をもう一度思う浮かべてみると、やっぱり変だけど、コロナってこういう大人になる段階で知らず知らずのうちにルールや慣習を覚えたり経験したりする機会さえも奪っていったのかもと、その拍手しなかった現役生について何か思うのではなく、やはり何気なく行っていた行事にもそれなりの意味があったんだと考えてしまった。
 結婚式や葬式も身内だけで行うようになったりすると、結婚式の一般的な流れであったり、葬式で手を合わせて焼香することさえも経験する機会がどんどん減っていくんだろうなと思った。
 別に誰かを批判するわけでもなく、コロナはこういった機会さえも奪うと同時に、今まで当たり前のことが当たり前でなくなる 新たな世の中を創り上げられていくのかもと少し不思議な気持ちになった。

 今後 意外と気づかないことでこういったことがあちこち見受けられるであろうが、あまり「おやっ?」とか「なんで?」なんて思わずに、世の中は変わっていってるんだ と落ち着いていられるような大人、そして老人になっていけたらなと思う。
 常識が常識でなくなったり、常識でないことが常識になるんだろうな、そして世の中はどんどん変わっていくんだろうな なんて少し冷めた気持ちで世の中の変化を遠目で見られるように自分に言い聞かせながら日々過ごしいくのかな なんて考えたりもした。
 歳をとったのかな こんなこと思うこと自体・・・。
posted by ヒロイ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月05日

No.817:雪はいやな思い出ばかりではない

 まず、これを読まれている方で 大雪により大きな混乱や災難に巻き込まれたり、中には不幸な目に会われたりした方もいらしゃるかもしれないので、今日のようなタイトルを見て、「雪なんか見たくもない」といやな思いを抱く方があれば、ここでの話はあくまでブログの話としてお許し下さい。 雪といえば、先日の大雪の時、鉄道の運休などのダイヤのマヒや電車内への何時間もの閉じ込め、道路でのスリップ端を発した走行不能による大渋滞、それに雪山での雪崩れや遭難とここのとけろ報道では雪についてマイナスイメージのものばかりが目につく。 ただ 雪国育ちの私にとっては雪に対する思いは少し違ったものがある。 子供の頃、年によっては1月から2月にかけ何度か寒波か押し寄せ、朝 起きて玄関を開ければ一面銀世界ということもあったし、除雪のブルドーザーや大人の人たちが朝6時頃から一斉に雪かき行うスコップの音で目を覚ますこともたびたびあった。 冬には雪は降るものは当たり前で、冬用タイヤへの交換はもちろんのこと、長靴やスコップも雪の降る前の11月後半になるとどこの家庭でも当然のように準備をし、玄関横の軒下には雪かき用のスコップが並んでいた。 毎日 仕事と時間に追われる生活の中で 息抜きも兼ねて、少しの時間 現実逃避できればと思い、高3まで過ごした雪国での思い出を二つ、三つ揚げることにする。
@冬は雪ありきの生活だったので、大雪でも学校が休みになった記憶はほとんどない。プラスチック製のロープのついたそりに大きなナイロン袋でくるんだランドセルを載せて登下校する者もいし、私は次のAのスキー教室の日、学校から家の通学路をスキーをはいたまま帰ったこともあった。まるで距離競技の選手のように。A小学生の時は保護者が学校のうら山の木を伐採し、ミニスキー場(当たり前だがリストはない)を造ってくれ、5、6年の3学期の体育はスキーだった。B中学生の時(学年は覚えていないが)、大雪だった日の翌日、2階建の校舎の横の中庭に2m近くの雪が積み上げられていたので、その雪の固まりに向かって校舎の窓から集団で飛び降りた。その後、実行犯は校長室に呼び出され 「何してくれるんだ、誰もけがしなくてよかったけど。」と怒られ、その後 30分近く立たされた。 雪って、日々の生活を揺るがすような 災害となる場合もあるが、私にとってはどうもほのぼのとしたことの方が多く思い出される。 今日は雪にまつわる思い出話を綴ることに終始し、内容もまとまりがつかなくなってきたので、無責任ですが最後でまとめもせず、突然終わりますがいいですか。
 実はまだ10時前だというのに眠くてどうしようもないんです。

 許してください。今日は廣井の昔話ということで。
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2023年01月29日

No.816:就任以来 注目していたトヨタの豊田章男社長が交代する

 日本のNo1企業といってもいいトヨタの社長が交代することが発表された。
 実は今回 社長を退任し、会長に就任予定の豊田章男氏が2009年に社長に就任した当時、私はその直後の言動に結構注目したのを覚えている。
 トヨタの前身である豊田自動織機の創業者である豊田佐吉が曽祖父であるという まさに直系中の直系ともいうべき豊田章男氏は俗にいう「○代目のボンボン社長」をイメージしていたが、社長就任当時から2008年にリーマンショックで71年ぶりに連結営業赤字に転落し、その後2010年に世界規模でリコール問題等、火中の栗を拾うような形での社長就任であったのを記憶している。
 その後はトヨタのトップとしてボンボンどころか「トヨタには豊田章男」というまさしくトヨタの顔になり、2022年3月期決算では、営業利益が過去最高となる2兆9000億円で6年ぶりに最高益を塗り替え、国内企業の営業利益としても過去最高となった。
 こんなことを書くと「やっぱり廣井さんって体育会系好きやね」と言われそうかもしれないが、この豊田章男氏は大学時代ホッケーをしており、アジア大会に出場、日本がボイコットしたモスクワオリンピックの候補選手だったということも、体育会出身の私にとっては馴染みやすく思えたことの要因の一つだったのかもしれない。。
 
 私は2007年に事務所を開業して以来 このブログを続けているが、以前このブログで豊田社長のことを書いた記憶があったので 過去に遡って探してみると見つかった。
 この後 張り付けておくが、開業間もない40代であった当時の自分の想いが少し呼び戻され、読んでみると自分の文章ながら結構新鮮に感じた。
 大変長く長くなりますが、お時間のある方は下のNo139もさらりと目を通していただければと思います。

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No139(2010.2.13):トヨタがやばいが、しかし・・・。
 “飛ぶ鳥を落とす勢い”とか“無敵艦隊”といわれたあのトヨタが追い詰められている。
 確かにここ数年のトヨタは凄かった。なんといっても忘れられないのが、あの1兆円の利益の出た2004年3月期決算。正式には前年同期比54.8%増の1兆1,620億円の最終利益となり、仮に実効税率40%で見積もっても4,600億円の税金である。そりゃ、名古屋や豊田市は潤うわと思ったもんだ。
 当時、長女のクラスにお父さんがトヨタに勤める友達がいて、海外旅行はするわ、ボーナスで200万円近くもらった話を聞いてくるわで、私も肩身の狭い思いをした記憶がある。
 私自身もトヨタの車には憧れるが同レベルの車であっても他社よりも少し割高感があり、どうしても手が出ずいまだにトヨタ車を購入したことがない。

 今回の新型プリウスのリコール問題は社会問題、国際問題にまで発展してきている。
 こういった問題(車だけではなく)が起こった時には、今までの企業では隠ぺいや偽装工作が過去に何度も繰り返されてきたし、今回のトヨタの対応も確かにリコールの発表までに数日かかり、社内的にも対応策の決定までに紆余曲折があったことはうかがい知れる。しかし、私は今回のトヨタについては、今まで不祥事を起こした企業とは少し違う捉え方をしている。

 今回のトヨタの対応は社長が恥も外聞も捨て、記者会見や発表の場に積極的に立っている。この豊田社長は久し振りの創業家(豊田家)出身であり、何とも言えない“ふんわり感”のある人で、“剛腕”だった以前の奥田社長とは全く違うタイプではあるが、私は、実に“良い人”に見えて仕方がない。何度かテレビで見ているが、絶対に嘘をつかないタイプに思えてならない。
 これって、能力という尺度では測りにくいが、経営者にとって何よりも大切なことのように思う。
 私はこの人は正直者だと直感的に感じた。世界のトヨタなので豊田社長以外にも優秀な役員がたくさんいるであろうが、トヨタの社員はこのトップの姿を見て感じるものがあるだろう。そういうことからしてもトヨタは、必ず早い段階で蘇ってくるような気がする。
 しかし、今回の問題はやはり社内的に目に見えない気の緩みがあったのも事実であろうし、一歩間違えば、企業にとっては命取りになりかねない事件でもある。

 “栄枯盛衰”、“ 驕れるものは久しからず”というのは世の常であるが、気の緩みに効果のある、ドキッとする発言録を集めてみた。

【稲盛和夫 京セラ名誉会長】
○良いときに良いように生活しておったのでは必ず人間は不幸になって来る。良い時にも常に最悪の事態を考えた生活を、企業の場合でも個人の場合でもしていくべきだ。
○反省のある人生が道を開く

【永守重信 日本電産社長】
○企業が成長するための原則は、品質の良いものを、どこよりも早く安く作り、顧客の満足を得ることである。顧客の声を無視したおごり、謙虚さの不足はいつの日か必ず見捨てられることを、知らねばならない。
○その人にどれだけの能力があるかという前に、どれだけ信頼できるかということが優先する。いくら有能であっても、人を裏切り、苦しみを共に分かち合うことのできない人には仕事は任せられない。信頼の基本は「ごまかさない」「にげない」「やめない」の三つにあると思う。
○目の前に落ちている小さな部品を見つけてさっと拾おうとするか、見過ごしてしまうか、はたまた安い部品だからと踏みつけてしまうか。ちょっとした違いが各人の仕事の成果を、さらにいうならば、組織の明暗を大きく分けることになる。
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2023年01月22日

No.815:ますます難しくなる人の確保

 今 多くの会社・事業所が人出不足に悩んでいる。
 当事務所の顧問先の多くを占めるクリニックは当然のことながら、製造、小売、建築とどの業種をみてもきちっと人が確保できている というところはほとんどない。
 当然、給与水準が高いというのも魅力の一つであるが、中小企業で大企業並みの給与を出すことも、大幅な昇給額(率)とすることもなかなかできないのが現状である。
 ファーストリテイリング(ユニクロ)が、「初任給30万円、給与は最大40%アップ、国内の人件費は約15%増」なんていうのを見て驚いたのは、中小企業ではなくどちらかというと上場企業を含め多くの大手企業であろう。
 新卒にしろ、中途採用にしり、他の大手企業は、「これは普通のアップ率ではうちには人は来ないぞ」と焦ったはずである。
 ユニクロの労働環境については、はた目で見ていて厳しそう という感じはするが給与で大きく差を広げられては、労働環境や働きやすさという観点でいろいろと策を練っても、給与面で比較されるとなかなか振り向いてくれないように思う。
 また、政府が経済界に要請している、5%の賃上げも、「軽々しくうちは無理」なんて言えないのがこの春の賃上げ闘争であろう。

 ただ、どこもかしこもこんな真似ができるのかは疑問である。
 原材料や物価の高騰、人件費の高騰、さらには慢性的な人で不足 とこれからの産業界はかつてない荒波の中での航行を続けないといけないし、自社の利益の確保という点では、「うまくいくかもしれない戦略」ではなく、「必ずうまくいく経営」が必要であるし、まさに経営者の真の腕の見せ所であろう。

 当然、大企業並みとはいかないが、中小企業もある程度は追随せざるを得ない部分は出てくるだろうし、この春の顧問先の昇給の相談は今まで以上に多くなりそうである。
 これだけ物価が上がると、何とかしてあげたいと思うのが経営者であろうが、それを実現できる人、あるいは実行可能な経営状態の顧問先がどれだけあるのか なかなか厳しい現実が目の前にある。
 
 大企業はやはり採用や給与のことがクローズアップされるが、中小企業は採用も当然のことながら大事であるが、いかに辞めさせない職場にするかということ
がそれ以上に大事なような気がする。
 顧問先をみてもやはり人の辞めない事業所は、業績も安定し、次なることへも積極的に取り組めているような気がする。
 相談や悩みが絶えないという顧問先も多いし、こちらでできることがあれば力(知恵)を貸したり、相談に乗ることもたびたびあるが、正直 一番困るというか、これではなかなか解決しないぞと思うのが 従業員に対する愚痴、不満、文句、そして中には怒りをぶちまける経営者である。
 人を大事にできる経営者っていうのは、なかなかそう簡単になれるものでもないし、こういった世の中になってくると、「人を大事に」ということの中に、見劣りしない まあまあの給料が払えるということが今まで以上に重きを置かれてくるのかもしれない。
 ただ、多くの顧問先を見ていて 人が辞める辞めないというのは決して給与の額が最大の要因ではないということを認識しておく必要があるし、そこがまだまだ理解してもらえない、「給与上げたら大丈夫」と思う経営者も結構いるというのも事実である。
 いずれにしても人がいないと経営ってできないですからね、やめない事業所にすることが一番の生き残り策では・・。
posted by ヒロイ at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月15日

No.814:すさまじい大型マンションの建設ラッシュ

 一時 京都市内はホテルの建設・進出が目立ち、空地利用としてのマンションを含む 居住用建物の建設が抑えられているとの報道も多かったし、まだもう少しホテルの新築ラッシュは続くようだが、コロナ禍や東京オリンピック前のような勢いないし、インバウンドもコロナ前にはまだまだ届かない状況が続いているので、数年のうちにこのホテルラッシュは一定の落ち着きを見せてくるのではないかと思われる。
 京都市内の今後のマンション建設を何かのデータに基づき調べたわけでもないので現実的な数値までは分からないが、私の周りでは そこそこの広さの空き地があれば、「ここもまたマンション」というくらいマンションの建設ラッシュが続き、少し流れが変わってきたように思う。
 ただ、マンションの販売価格を見ていると市の中心部でなくても京都市内ともなれば そう簡単に手が出るような金額ではなく、本来のマンション購入層とよばれる30代、40代の人が果たして5,000万円、中には7,000万円もするよう物件の資金が出せるのか疑問に感じる。
 事務所から徒歩2、3分の元ガレージだった場所にも2つのマンションが建設中であるし、自宅から400m南へ行った左京区役所の隣にもマンションが建設中で建築の詳細までは知らないが、敷地面積は左京区役所の倍くらいの広さなので300近い戸数になるのではと想像がつく。
 ちなみにここは もともと郵政の事務局で、古くはかんぽーるという公共の宿泊施設があったところというと、一定以上の年齢の方には場所が分かるかもしれない。
 あと、仕事でよく通る所では、京都市地下鉄東西線の最も東の駅がある六地蔵のイトーヨーカドーの跡地に20階建 総戸数648戸、あと西武大津の跡地にはなんと708戸とけた違いの大きさなマンションを建設中である。
 更にマンション情報を見ているとJR湖西線大津京駅付近に357戸というのも目に入り、今やマンションラッシュというだけでなく、その規模も今までにない状況になってきているように思う。
 
 こんな状況に触れると、「出生率も過去最低を更新し続ける中で、一体どこにそれだけの人がいて、どれだけ入居する家庭があるの」という疑問は私の中では解けそうにもない。
 田舎から都会へとか、旧市街地から郊外へあるいは利便性のいいマンションへ移る傾向はなおも続いているが、日本の人口が決して増えるわけでもないので、その分だけ空き家が増えたり、一定の築年数のマンションが埋まらないという傾向には一層拍車がかかってくるようにも思う。
 誰が問題を引き起こしているのかはもちろん特定できないが、建築会社がある以上は新しいものを作り続けないと成長どころか、現状維持さえできない構造なのでこの流れもやむを得ないのかもしれない。どの建築会社も場所探し、建築、入居者募集の勢いはすごいものである。言っておくが、これは決して建築会社が悪いわけでもないので・・。

 大規模マンションができ、人口が増えるという点では、行政としては喜ばしいことであろうが、学校の教室が足りなかったり、学校そのものが収容可能な生徒数を大きく超えるところも出てくると今から心配されている。
 今の世の中では先人たちが築きあげてきたような、段階的で決して無理し過ぎないような街づくりは不可能なのかもしれない。
 これは時代 あるいは 時間の移り変わりが早すぎることも要因の一つであろう。


 その根底には人口減に端を発している人の奪い合いであり、自治体だけではなく、大学も「全入で定員割れの大学続出」といわれる状況が目の前に迫ってきているという問題も同じように少子化の波をもろに被っているのは周知の事実である。

 ここ数年少子化対策が叫ばれているが、これは国を維持する上で最低限必要なことで、若い人には申し訳ないが、それが将来の財源確保には不可欠でることは誰が見てもわかりきっていることである。
 究極的な見方をすれば、どんな政策よりも優先すべき課題で、国や国民が総力戦で対応していかないと国は衰退し、滅びてくるのではとさえ思えてくる。
 正直、「いまさら何言ってんの? 遅すぎるやん」と言いたいところではあるが、何とかもう少し国に活力を取り戻してほしいと思っている。
 だた、この問題を解決するのはなかなか難しいと思う。別の観点から捉えると人間の尊厳にもかかわってくるし。
posted by ヒロイ at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月08日

No.813:年賀状について思うこと

 “年賀状じまい”という言葉があちこちで聞かれるようになってきている。
 この行為そのものには人によって様々な考えがあるので、私がここで個人的な意見を述べるつもりはないが、これに関していろいろな意見を聞くと 今後 年賀状のやり取りをする上で 考えないといけない点もたくさんあるな思った。

 私(事務所)の仕事用のものは、なかなかお目にかかれていない顧問先の方へのあいさつや 何かとお世話になった方に対してお礼の意味を兼ねて出しているというのが本当のところなので今までどおり出している。
 あと 家用というか、個人として出している年賀状は、一応 受け取られた相手の方にご迷惑にならないのか考えながら出すようにしているが、こればかしは相手様の本心はわからない。
 一年の中でも一番忙しい年末に年賀状の準備に時間をさくのは誰しも避けたいところなので、少しは楽をしたいとか、あるいは年賀状そのものにそれほど意義を感じない人は出さなくなっていくのであろう。
 出さない、出したくない人の気持ちもよくわかるのでこれはこれで各人の自由でいいと思う。
 今後は義務的に出していた人は出さなくなる、つまり“年賀状じまい”ということになるだろし、出したい人は自己満足組も含め 出し続けることになるのであろう。
 確かに中高年も含めたスマホの普及に伴いラインやメールでのやり取りで代用可能という声も聞くし、正月に帰省していた次男なんかは会社の同僚も先輩も住まいの最寄り駅は知っているけど 正式な住所は知らないと言っていたし、古くからの友人とて住所を知らないのであろう。

 年賀状を見て思いを馳せること自体、時代錯誤と言われかねないが、小学校の頃の友人から喪中はがきをもらうと、「遊びに行ったらいつもカルピスを入れてくれたあのおばちゃん 亡くなったのか」と懐かしく思ったし、同級生からの年賀状には、定年を迎えたことや孫と遊んでいること、まだまだ仕事を続ける様子などいろいろなことが書かれていて、同じ年代の生活ぶりを知ることができる。こういった話は参考になるだけでなく、刺激を受けるたり、励まされたりすることもある。
 年賀状は趣味とまでは言わないが、今後はなんだか一種の文化のようになっていくのかもしれない。
 その文化を引き継ぐのも引き継ぎないのも自由なように。

 こんなことを綴りながら、私が小学生だった50年前の光景を思い出したので少し紹介しておく。
 毎年12月になると、父と母は前の年に受け取った年賀状とこれから差し出す新しい年賀はがき、それに新しい筆ぺん2本を用意し、二人で手分けして宛名書きをしていた。裏面は近くの印刷屋さんに頼んでいたので書くのは表だけだったが。
 これって今から思えば年中行事のようなものであったが、人の心だけでなく、こういうことに時間を費やせるという点においても時間の流れも随分変わってきたな と思わざるを得ない。
 10年も経たないが、父が亡くなった時、実家にあった年賀状で連絡すべき人を割り出して、亡くなったことの連絡もしていな。
 家族葬が主流となりつつある今の時代には、こういった亡くなったりたタイミングでの急ぎの連絡も当然のことながら必要でなくなってきているが。

 私自身、今後 どうするかは決めていないが、無理せずにできる範囲で何とか続けていこうかな というのが 今の時点での考えである。
 一年後にはどう変わっているかわからないけど。

 考えすぎかもしれないが、こういった風潮も少なからずコロナの影響もあるのかも。
 まずは生きるために必要なことだけ きちっとやっていこうと考えのもとで、今や「以前に」とか「慣例として」というのは、気に掛けなくていい時代になっていってしまってるように思う。
 少しだけ寂しさは感じているがやむを得ない。時代はどんどん進んでいっているのだから。
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2023年01月01日

No.812:謹賀新年

No.812:謹賀新年

あけましておめでとうございます
新たな年を迎え みなさまはどんなお正月をお過ごしでしょうか。
今年も事務所の年賀状で新年のスタートをきらせていただきます。

以下、事務所の年賀状より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
謹賀新年 

旧年中は格別のお引き立てに預かり誠にありがとうございます。
この2、3年間 コロナ禍で何かにつけ混乱する中では、すぐ目の前にある必要に迫られていることなど ついつい“今”に重点を置きながら過ごしがちであったように思います。
完全に元に戻ったとは言えない状況ではありますが、世の中が落ち着きを取り戻しつつある中、今後はもう少し先の5年後、10年後の将来のことを考えながら過ごしていくことが求められるようになっていくでしょう。
我々の周辺も最終的にはコロナ前とは違った状況となり、新しいものを創り上げていく必要もありますが、私は前に進んでいく上でもこの一年はあえて『原点回帰』という言葉を頭の片隅に置きながら過ごしていこうと考えております。
これからも皆様方とともに歩んでいきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いいたします。

令和5年 元旦

〒602-0941  
京都市上京区今出川通小川東入南兼康町334
    廣井 増生
Tel:075-406-7020   
Fax:075-406-7025
URL:http://www.tax-hiroi.com
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2022年12月25日

No.811:仕事に追われるのではなく、追いかけていきたいのだが・・

 ひぃえ〜、今朝 カレンダーを見るまで気付かなかったが、今日が今年最後の日曜日なんですね。
 仕事は28日(水)までなので、「まだ3日ある」なんて 多少の余裕をもってたかをくくっていたが、今になって2023年はそこまで来ていることに多少焦りを感じている。
 数日前から寒波が到来し、北の日本海側を中心に大雪を降らせているが、私の住む京都は寒さは厳しいものの 雪が降ったり、積もったりはしていないので、今のところ普通の生活が送れている。

 雪をはじめ、台風等の豪雨による災害に遭われた方も数多くいらっしゃるので、あまり不謹慎なことは言えないが、一年を振り返って、あらためて日本に四季があってよかったなと思ってしまう。
 冬の冷え込みや雪を決して望んでいるものでもないし、真夏の灼熱地獄のような日々もその時は何とかならないものかと思っているが、その寒さと暑さの間に春と秋というちょうどいい塩梅(あんばい)の時期があり、よく考えてみると四季ってちょっと贅沢なもののような気がする。
 極寒や酷暑と言われるような生活しづらい状況は望んではいないし、四季があることによって 服装だけでなく、頭の中まで季節ごとに切り替えないといけないのは大変であるが、これはこれで刺激もあり、一年にいろいろな体験ができるというのも四季のある国ならではのことである。
今はこんなに寒いが、今年の夏の甲子園は今までで一番の暑さを体験した日であった。なんせ屋根のない炎天下の中で4試合観たので・・、35℃近くある日に。

 別に最後だからと改まって今年を振り返るつもりはないが、今年も本当にたくさんの、しかも いろいろな種類の仕事の依頼をあり、結構 仕事に追われた一年であった。
 いつも頭の中では、仕事に追われるのではなく、仕事を追うようにしなければいい仕事ってできないのだろうなと思っているが、そう甘くないというのが現実であり、これは決して私だけでなく多くのビジネスマンが感じていることであろう。
 仕事をすることを「仕事をこなす」といういい方もするが、この“こなす”というのは“熟す”という字を書き、いくつかある意味の中で、我々が使う時の意味としては、

〇技術などを習って、それを思うままに使う。また、身につけた技術でうまく扱う。自在に扱う。
〇 与えられた仕事などをうまく処理する。

というものが当てはまるのかと思うが、ついつい日常では「目の前にある仕事をこなさなければならない」なんていう 半分強要されているような使い方をしてしまいがちである。本当は「仕事をこなしていきたい」ともっと前向きにならないといけないのであろうが。
 誰しも自ら「こなしていきたい」というところであろうが、やっていることと言えば、まさに「こなさなければならない」という、悲壮感が漂うものになっていることもある。何事にも余裕をもって取り組むというのが理想であるので、何事も早めに対応することで一定の評価が得られるような仕事の進め方をしていきたい。
 ただ、誰しも経験があると思うが、余裕がある時が決していい仕事ができるかというと、そうでない場合もあり、切羽詰まった中に身を置いて取り掛かったときの仕事の方が中身も濃く、充実した仕上がりになっていることもある。
 でも、こんな火事場の馬鹿力を発揮するような仕事の仕方は慎んでいかないといけないし、やり終わった後 振り返れるくらいのスタイルで仕事はしていきたいものである。
 仕事に追われるのではなく、仕事を追いかけるくらいのつもりで。
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2022年12月18日

No.810:個人面談

 従業員の数が一定数以上になると、それぞれの人の考えや意見がトップである経営者の耳に入ってこなくなったり、入りにくくなることはどこの職場でもあり得ることであろう。
 私も開業当初は私とうちのカミさんを含めて4人だったので、誰が何を考えているかとか、今日はどうして機嫌がいいのか あるいは 悪いのかは本人に聞かなくてもある程度は理解できた。
 今では個人情報という面でも気をつけないといけないが、規模が小さいとこちらから聞かなくても、昨晩ご主人と大喧嘩をしたとか、子供が勉強をしないので困っている なんていう話も自然にこちらの耳に入ってきていた。
 それが20人以上になり、5年程前からワンフロアでなく3Fと4Fに分かれて仕事をしているので、日常的にいつでも顔を合わすという状態ではなくなってきている。

 そんな状況下だからというわけではないが、私は開業以来16年間、事務所のスタッフ全員と年に2〜3回は個人面談をしている。
 「今の時代 個人面談なんて」とか、「する方の自己満足と違うの!」と思う人もいるかもしれないが、今回もいつもどおり 12月15日の賞与支給前に賞与明細を目の前に置きながら、その内容説明も含め 12月5日〜9日まで5日間かけて幹部以外の16人と面接を行った。

 10分弱で終わる人もいれば、中には1時間近くに及んだ人もあったし、その内容については当然のことながらここに掲げるわけにはいかないが、中には「所長の耳にだけ入れておいてほしいことがあります」というような話もある。
 個人攻撃・個人批判のような内容はほとんどなく、事務所や私個人への要望や改善点、この半年の自分自身の仕事への取り組み方や今後 力を入れたいことなど 結構前向きの話をされる人が多い。
 話の内容は言えないが、中には途中で涙を流す人もいて、面談の後 本人が席に戻った時、「所長面談の後、涙目なんてやばいやん」とこちらが気を遣うこともある。
 中にはお上手というか、おべんちゃらと思えることを言う人いるが、16人も面談すると、人の心や頭の中、そして人の考えって本当に様々なんだなと、こちらが勉強になることが非常に多い。
 こういった個人面談自体、単なる私の自己満足なのかなと思わないでもないが、事務所の経営や運営の役に立ったり、ヒントになるような話も聞けるので、私の方は非常に貴重な場と思って今もなお続けている。
 ただ この個人面談って、結構 時間と体力がいるし、「検討して、改善すべき点は改善するようにしていきます」と半年前に言っておきながら何も変わっていないこともあり、面談自体が私にとって苦痛となることもあるが、私は何もかも自分で決めて、突っ走っていけるほどの能力と勇気がないのでついついこうしていろんな人の意見を聞くことによって、自分自身の心と頭の整理に役立てているという側面も否定できない。
 まあ、いまどき 対面式の個人面談の実施についてはいろいろな意見があると思うが、私にとっては間違いなく身の引き締まるいい機会である。
 今まで何十回とこういった個人面談をしてきて、一つだけ気をつけていることは、それぞれの人に対して先入観を持たずに、素(す)の気持ちで臨むこと、これが双方にとって一番 意味のある面談になるように思う。
 中には「所長の自己満足ですね」と思っている人もいるかもしれないが それはそれでいいでしょう。全員が満足するっていうこともあり得ないわけですから。

 最後に面談の話ではないが、
 大きな声を出すことを良しとしない時代ではあるが、我が事務所の朝の出社時の挨拶の声は結構大きく、9時出社パートさん(社員は8時30分出社)の元気のいい声を聞いて、一日の始まりを感じることも多い。
 どんな時代でも挨拶って気持ちのいいものですね。
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2022年12月11日

No.809:節目がなくなってきているように思うのは私だけ?

 あと3週間ほどで年末、そして新しい年を迎えることになるが、一年のうちでも年が変わるというのは一番大きな節目であるし、それ以外にも年が変わると季節を追うごとに節分、そして春には卒業式、入学式そして入社式、その後も夏はお盆と様々な行事やイベントがあるが、どの行事をとってみても以前ほどの一大イベントという感じがしないように思う。
 決して、大げさに取り上げるのがいいかというとそうばかりではないのはわかるが、今までの自分の人生を振り返ってみると、やはり節目というか区切りのようなものがあるとそれを目標にしたり、気持ちの中での変換点にしたりして次なるステップへ進もうというきっかけにもなった。
 こういったものがなくなってきたり、大きく取り上げられなくなったのはコロナの影響があったのも事実であるが、よく考えてみるとコロナの影響だけでなく日々の生活の中で“個”を重視する傾向が強まり、多くの人や団体で何かを取り組むということが少なくなってきたこともこういった流れに拍車をかけているのではと自分なりに勝手に解釈している。

 学校の卒業式や入学式もコロナ禍では中止や縮小の形がとられていたが、徐々に緩和され 少しずつまとまった人数で実施される学校も出てきたが、まだまだ以前のように多くの人に見送られての卒業式はあまり実施されないのであろう。
 無理して実施する必要はないが、卒業式というのは卒業証書をもらうだけでなく、これまでの世界から新たな世界へ飛び出していくという、一抹の不安を抱えながらも新鮮さも持ち合わせながら迎える一つのイベントであったのだが。それも多くの人に見送られながら。
 就職にしても我々の時代は入社式には「ここで頑張るしなかないな」と一つの覚悟をもって臨んだものだが、今や新卒の3人に1人が3年以内に転職する時代になれば、入社式でその会社への思い入れはそれほど強いものではないだろうし、新入社員の気持ちも大きく変化していっているのであろう。「自分に合う会社、あるいは仕事か ひとまず様子を見てみるか。」という感じで。
 少し話がそれるが、小学校の運動会というのは全校生徒が集う行事であったが、今や学年単位での運動会も多くの学校で実施され、これも もしかすると「以前は運動会って 全校でやってたらしいよ。」なんていう時代が来るのかもしれない。

 私のような何か刺激がないと体が動かないような人間は、「来年からは・・」とか、「これを機会に・・」なんとすぐ思って、気持ちを切り替えたり、ある時は(無理やり)やる気を起こさせたりしているが、今の人はそんなイベントがなくとも、毎日 コツコツと気を抜かずにできるっていうのは、我々とは比較にならないほど自分というものを持っているからなのだろうか と思ってしまう。

 事務所は今年も忘年会の実施は見送ることになったが、一年を通して節目や行事のなくなっていく世の中に自分自身も段々馴染んできていっているのも事実である、。
 今まで人に励まされたり、刺激を受けたり、場合によっては流されたりしながら生きてきた自分にとっては、いろいろな方向性を自分で決めないといけないという点において結構きつい世の中になってきている。
 そういう意味ではまさに生活、そして人生を組み立てるためには、自分がしっかりしていないといけない時代になってきたんでしょうね。
 それにしても世の中の変化が速すぎるって思いませんか? 何もかも。
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2022年12月04日

No.808:自分がボーっとできる時間

 毎年のことであるが、気がつけばあっという間に12月になってしまっている。
 「あれもこれも」としたいことやしなければならないことはまだまだ残っているが、どんなに慌てたところで今年もあと1ヵ月で終わってしまう。
 今 最も旬な話題はサッカーワールドカップであるが、時差の関係も吹き飛ばしてまで日本の試合を見て、寝不足あるいは徹夜に近い状態で朝を迎えるような勇気はないので、特に無理せずに起きていればテレビをつけて見るというスタンスで今回のワールドカップに接している。
 先日のスペイン戦も4時過ぎには目が覚めるかなと思ってアラームのセットもしなかったが、やはり体はいつもどおりの反応で試合開始から1時間以上も経った5時15分頃に目が覚めた。
 テレビのスイッチを入れると試合は後半に入っていて、大方の予想に反してなんと日本がリードしていたのには驚いたし、思わぬ試合展開に脳が刺激を受けたからなのか 起きてから5分後には頭の中は観戦モードに入ってしまい、そのまま試合終了まで見て その後 身支度を整えて家を出た。

 平日はスケジュール表と時計を見ながらの生活が続いているので、たまの休日といってもなかなか外出、特に遠出するほどの元気は残っていない。
 そんな中でふと気づけば結構楽しみにしていることがあることに気がついた。
 仕事、特に税や経営に関する書物や書類を読むときは、頭をクリアにして読まないと細かな規定や難しい文言がきちっと頭に入ってこないので、一定の緊張感をもって文章に接しているが、仕事に関係のない本(雑誌を含む)に目を通す時にはストレスから解き放たれ結構 気分転換にもなっている。
 見る、というより眺めるように読みたい箇所だけ目を通すという たわいもない行為であるが、寝る前や休日の空き時間がそれに充てられて、今では結構楽しみな時間になっている。
 そういった読み物の中の一つに 日経新聞が1ヵ月に1回くらいの割合で掲載する「日経脳活クイズ・・超ムズ間違いさがし」というものがある。
 左右に並んでいる絵から毎回9つの間違いを捜すのであるが、これがものすごく難しくここ4ヵ月、9つ捜しきれたことはなく、まだ道半ばなのでこのコーナーが載っていて捨てられずに溜まった新聞が4つになった。
 何かの問題を解くというものではないにしても かなりの集中力をもってしてもなかなか9つに行き着かないが、休日の朝コーヒーを飲みながら、そして夜はお酒を飲みながらこんな”遊び”をするのも一種の息抜きになっている。
 でもよくよく考えてみるとこのクイズはお酒を飲みながらでは無理なんでしょうがね、かなりのハイレベルですから。
 
 今日はある意味 インパクトのなさすぎる話だったかもしれないが、自分がボーっとできる時間について綴ってみた。
 でも、本当はこういった時間こそ必要なんでしょうね。大事な局面でしっかりと頭を働かせるためにも・・。
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2022年11月27日

No.807:油断大敵

 かつてはスポーツで汗を流すのが楽しみであったし、息抜きという点でも私には適していたが、自分の体が思うように動かなくなってからはスポーツの観戦が趣味の一つになってきた。
 自分が経験したことのある野球と陸上競技以外では、サッカーやラグビーの試合も見に行くことがある。

 サッカーワールドカップに出場している日本が第一戦で強豪のドイツを破ったということで世間の盛り上がりはすごいものがあるが、私は性格が曲がっているせいか、世間が騒げば騒ぐほど 一歩引いて物事を見てしまうところがある。
 もちろん第一戦の勝利はものすごくうれしかったが、マスコミの騒ぎ方は異常とも思えるし、「たった1回勝っただけでそこまで騒ぐもんじゃない」というのが私の本音である。
 先の野球の日本シリーズだって、3戦を終わって2勝1分のヤクルトがその後、4連敗し、オリックスが優勝したし、勝負事なんて本当に終わってみないとわからい。
 今夜の第二戦の相手のコスタリカだって、第一戦のようなみじめな試合はしないだろうし、各地区の厳しい予選を勝ち上がってきたのだから侮っていい相手ではないはずである。
 スポーツでホッとしていいのは全てが終わってからのはずなのに、まだ始まったばかりでこの騒ぎ、これには日本で古くからいわれている「勝手兜の緒を締めよ」のかけらもないくらいの浮かれようである。
 同じグループの他の試合結果次第ではあるが、今日 勝ったとしても最終のスペイン戦に負ければ1次リーグ敗退だってあり得る。
 ただ、監督や選手たちは決して浮かれていないだろうから、どこまで「たった一戦 終わっただけ」と冷静に考えて第二戦を迎えているのか今日の出来をじっくりと見てみたい。

 スポーツの中で実力の差が結果に出てくる、つまり番狂わせの少ないスポーツで代表的なのはラグビーとバスケットボールと言われているが、得点の入りにくいスポーツであるサッカーはその逆で、仮に3対7の割合で攻め込まれていても得点を与えず、こちらが放ったたった1本のシュートが決まると勝つことだってある。
 そういう意味においては、たとえ番狂わせであっても相手より1点でも多く得点すれば勝者になれるし、相手がボール支配率やシュートの数で優っていても結果がすべてという点では他のスポーツと何ら変わりはない。
 私自身 厳しい話もしているが、今日の戦い次第では第一戦のドイツ戦がまぐれでなかったことを証明するチャンスでもある。
 スポーツは最終戦が終わるまで気を抜いてはいけないし、気を抜いたり、緩めた者(チーム)の負けである。

 少しサッカーから離れるが、本当の強さという点では、今年の夏の甲子園では優勝こそできなかったが、あの最強と言われる高校野球の大阪桐蔭は10対0になっても絶対に手を緩めないし、これでもかこれでもかというくらい襲い掛かってくる 怖くて憎らしいほどの強さがある。あそこまでいって初めて本当の実力と言えるのであろう。大阪桐蔭は油断とは無縁であるように思う。
 日本のサッカーが本当に強くなったのかどうかは今晩 一つの結果が出る。そんな目で今晩のコスタリカ戦を観ると結構 冷静に見ることができるように思うし、これも私なりのスポーツの楽しみ方である。
 勝ってほしいですけどね、「日本ってほんまに強いやん」って言われるように。
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2022年11月20日

No.806:私はまだまだ新聞“紙”に頼ってます

 新聞の購読率(自宅で月ぎめで新聞を購読している)が60%を割り込み、58.3%になったというニュースが目に留まった。
 これだけSNSと共存し、個人的にもスマホやパソコンに囲まれながら生活している状態では、情報源はもはや新聞ではないという人がどんどん増えていっているのであろう。
 調査が開始された14年前 2008年の88.6%と比較すると大幅に減少しており、新聞を紙で読む世代の高齢化に伴って50%を切るのは時間の問題と思われる。
 我々の世代は子供の頃、新聞が読めるようになるとなんだか大人の仲間入りをしたような気分にもなり、その後 生活する上ではテレビと同じようになくてはならないものであった。
 私の家ではダメと言われた「毎日小学生新聞」をとっていた友達がうらやましくて仕方がなかったことや大学受験の国語は朝日新聞の天声人語からよく引用されると言われた頃は、新聞が闊歩していたような時代であった。
 あと 新聞の思い出というと、実家のすぐ近所に新聞屋さん(新聞販売所)があり、私の実家もそこの新聞をとっていたが、父は新聞が配達される6時過ぎまで待つことができず、毎日のように5時半にはその新聞屋さんへ新聞を取りに行っていた。まさに新聞はテレビ、ラジオに匹敵するくらいの情報源で、早く読みたいものであったのであろう。
 今の時代、情報はスマホからと言わんばかりにみんなが四六時中スマホをいじっているし、大きな事件が起きると 瞬時にその情報が飛び込んでくるので、新聞と違って時差はほとんど感じられない

  こういった波は中小企業の求人活動にも大きな影響を及ぼしていて、以前は人を雇い入れる場合、ハローワークと新聞の折込広告が主流であったが、購読率が6割、もしかすると若年層では5割は割り込んでいるであろう新聞の折込広告への期待はどんどん下がってきているであろう。
 私が社会人になった頃、いや10年近く前までは、朝電車に乗ると新聞(ほとんどが日経新聞)を折りたたみながら読んでいる多くのサラリーマンの姿が目の前にあったが、今や新聞紙を広げている人は1車両に数名で、1、2名の時も珍しくない。
 こんな状態であっても私はまだまだ紙の新聞から離れられなくて、朝6時過ぎに自宅のポストに入っている2紙(京都新聞と日本経済新聞)をとりに行くところから私の一日は始まり、毎朝 1時間近くかけて目を通した後、出勤の身支度を始めるのが日課になっている。
 新聞の本欄以外に結構楽しみにしているのが広告の内容である。飲食店、旅行ツアー、セミナーの案内、それに新聞の紙面広告以外にも折込広告も目を通していて、こういった新聞の本来にニュース記事以外でも貴重な情報源となっている。
 
 実は今回この内容を書き出していくうちに一つ謎が解けたことがある。
 2、3年前までは 10月1日の新聞折込には(私立)幼稚園の入園案内が10枚近く入っていたのが 最近は数枚しか入らなくなっていたので経費削減かなと思っていた。
 しかし、若年層の購読率がここまで下がってくると20〜30代をターゲットとした広告の効果は著しく低下していっているから効果少なし 判断しているように思われる。
 学習塾の冬期講習等の案内は相変わらず多いが、最近は老人ホームや老人向け宅配弁当(宅食)の折り込みが目立つのも新聞の購読を支えているのが高齢者であることと無関係ではないということも想像できる。
 消費税が10%に引き上げられた時、自宅配達の新聞代だけは新聞業界の後押しもあり8%のままに据え置かれたが、考えてみればこういった恩恵を受けているのは限られた層ということになってくる。

 新聞のことで思い出話も含めいろいろと取り上げたが、数十年後には「以前は新聞は紙で、家に配られていたらしいよ」なんて言う時代が来るのかもしれない。
 過去において50年間での変化が、今や10年、ものによっては5年で様変わりするが、よくよく考えてみると生きていきやすくなったのか、生きづらくなったのかわからない時代である。
 前回も少し昭和について触れたが、数年先には「昭和の人たちはこんなことしてたんよ。」と言われるのでしょうか。大変な時代に突入していっているなと思うこと自体、遅れているのかな?
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2022年11月13日

No.805:今やレトロって “大正”ではなく “昭和”?

 先日、仕事で60代の女性の方と面談する機会があり、その折にご主人の相続のことや3人のお嬢様の現況と将来について、ご自身が考えていることをいろいろと話された。
 メインの話が終わった後、1週間前に飼っておられた14才のワンちゃんが亡くなりとても悲しいということやこれまでのワンちゃんとの充実した生活についての話の後には、ご主人の実家が何代も続くお蕎麦の製造販売をされているのでお蕎麦の食べ方に関する話等、仕事の後の雑談の方も多岐にわたるいろいろな話があった。
 そんな中でテレビや歌の話にもなり、ご主人との年の差が10歳あるので、歌える歌や好みの歌が違うし、テレビ番組や歌、特に歌謡曲とよばれるものは時代(年代)を物語っているということも話されていた。
 最近、テレビでも平成を飛び越して、昭和をテーマにした番組が流れていることがあるが、昭和生まれの私にとって 「昭和ってそんなに昔?」と思うこともある。ただ、私の周りいる平成生まれの人にとっては、昭和というのは少し前の時代で今とは違う時代 という感覚なのであろう。
 我々が子供の頃、「あそこのじいさんは明治生まれの頑固じじいやし」と言って、近所の怖〜い爺さんをみんなで恐れていたこともあったが、よく考えてみると明治時代の人なんて今生きていたら110歳以上ということになる。

 先日、仕事で大阪の箕面に行ったとき、そのマンションの廊下から山の中腹に大きなホテルが見えたので、「あれって箕面温泉スパーガーデンですかね?」とその日訪ねたそこにお住いの方(60代)に言うと、その方から 「我々の時はそうだったんですが、今は頭に大江戸温泉物語って付くんですよ」と教えてもらった。
 私たちの時は歌手が歌う歌だけでなく、テレビのコマーシャルソングも結構耳に残っていて、この温泉のコマーシャルソングは子供の頃 関西に住んでいた55歳位以上の人なら大体歌えると思います 「箕面温泉スパー〜ガーデン♪」って。
 段々と話が妙な方へ行ってしまっているが、ついでに温泉に関することで、テレビや雑誌であるホテルが取り上げられていてとても懐かしかったという話をもう一つ。
 それは東京から1時間半ほどで行ける伊豆の伊東温泉にあるホテルで、昭和の雰囲気が漂っているということで関東圏に住む若い女性から、「昭和レトロ感 満載」と言われ人気があるとのこと。
 そのホテルは「ハトヤホテル」といって、我々が子供の頃、毎日のようにテレビでコマーシャルが流れていたし、その歌は今でも耳に残っている。
  「伊東にゆくならハトヤ、電話は4126(よいふろ)〜
    ・・・・4126、4126やっぱり決めたハトヤに決めた・・・」

 今日の話は何が何だか分からなくなって、収拾がつかなくなってしまったが、知っている歌で歳がわかるということから始まって、歌は時代を物語るっていうこと。
 それにしても我々の年代ではレトロやロマンと言えば大正の後に付けて「大正レトロ」、「大正ロマン」と言っていたが、最近はレトロやロマンと言えば昭和を指すようで、若い人たちから見て我々はまさにレトロ、つまり懐かしい年代ということなのだろうか。
*「レトロ」・・古き良きものを懐かしみ愛好する

 今日は歌やコマーシャルから時代の違いを知るという話でしたが、仕事の上でも相手の年代を知り、それに合わせて仕事をすることも重要なことのように思うし、こういったこと、つまり相手の年代に対する感覚についていかないと昭和の人たちも世の中から取り残されてしまうのかも。
 今の時代に伊東温泉のハトヤがブームになっている。つまりハトヤは過去のものではなく まさに今の、旬のものなのであった。
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2022年11月06日

No.804:毎月 顧問先のことを探る楽しみ

 顧問先の月次の損益計算書をはじめとする何種類かの経営指標は、事務所で作成する先が大部分を占めるが、顧問先の経理担当者が作成されたものをメール等で送ってこられるケースもある。
 そういったものが各担当者を経由して毎月100件以上私のところに回ってくるが、すべての先について細かくチェックできているわけではない。 ただ、顧問先ごとの一定の情報が私の頭の中にインプットされていれば、各先ごとに見るべきポイントが浮かび上がってくるのも事実である。
 いくつか例を挙げると

・コロナの影響を受け 大幅な減収となった先がここへきて回復基調にあるが、これから始まるコロナ時に受けた融資の返済にまで資金が回せるのか。
・本店の移転を計画中であるが、自己資金だけでは賄えない分をいくら融資を受ければいいのか。
・季節変動の大きな業種の場合、落ち込む月はともあれ、通常月の2倍近い売り上げが見込める月が今年もそれくらいの数字を確保できているか。
・「人に手厚く」という方針のもと例年以上の昇給をしたが、それがどこまで収益に反映されているのか
・同じ診療圏内に同一診療科のクリニックが開業したが、その影響はどれほどあるのか。
 等々。

 こういった状況は各顧問先 一件ごとに異なっているし、各担当者から毎月、報告を受けている内容と照らしてどうなのか、またその担当者は前回の提案事項を実行に移すためにどんな働きかけをしているのかを、顧問先の経営者の顔を思い浮かべながら経営数値を眺めていると最終 所長の決裁印を押す前に考えることは結構ある。

 毎月の面談は直接顧問先と関わる いわゆる巡回監査担当者9名で対応しているが、上記のような思いを頭の中で想定しながら数字に接していると、私自身 顧問先と面談していなくても身近に感じられるようになる。
 業種的には開業医、いわゆるクリニックの顧問先が多いが、逆にクリニック以外の業種の話に興味が湧いてくることも多い。
 建築業、自動車部品の製造、Tシャツのプリント販売、動物病院、それに居酒屋等、いろいろな業種の経営状況を知ることで多少なりとも世の中の流れというものを感じ取ることができる。
 こういったいろいろな角度から数字を見ていくと、単なる数字の羅列ではなく、各顧問先が向かう方向(道)が見えたり、経営者の努力の跡が読み取れたりする。
 また、今の物価高はどんな業種がどういう影響を受けているのか? 政府が躍起になっている給与水準の引き上げは現実として実行されているのか、果たして賃上げができる環境下にあるのか・・・。
 考えはいくらでも広がっていくので、私の方も毎月 頭が整理されたり、リセットされたりして 刺激的な中で日々の業務をこなしている。

 私が全ての顧問先の中に入る込めないという現状の中で、私の役割としては顧問先の方々に、「廣井事務所でよかったわ」と思ってもらえる指導体制を作り上げることが役目なのかなと思っている。
 我が事務所の運営方針のような少し硬い話しになってしまったが、通常していることを整理してみれば今日のような内容にまとまってしまった。
 事務所のメンバーも指導型、伴走型、御用聞き型 と様々なタイプがいるが、最終的には顧客満足度がどうしたら高まっていくのかが一番重要なところである。

 私も事務所も顧問先の方々に対して、まだまだフォローしないといけないことがたくさん残っているなと感じながら、休日にこんなことを考えていること自体 果たしていいのか なんて妙なことも考えてしまっている、こんな言葉も頭の片隅に置きながら・・。
 「無駄な時間を過ごすことこそ贅沢であり、これを浪費と思ってはいけない。人間には誰からも入り込めない時間が必要である。日常とは切り離された。」
 なかなか難しいわ、ほんまに。
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2022年10月30日

No.803:野村克也を生んだ “うらにし”

 先週 定期的な顧問先への訪問のため京都府北部へ行く機会があった。
 私が住んでいた子供の頃は片道3時間以上の時間を要し、京都府の中心地である京都市とは同じ京都府といっても別の地域といってもいいほどいろいろな面において大きな違いがあった。
 今では道路も整備され、約2時間で行けるようになったので思わず近くなったような気になる時もあるが、地図上の距離が縮まったわけではないのは誰しも理解できるところではある。
 京都府に限らず、地域の違いによって経済(所得)格差や教育格差以外にもいろいろな差がある都道府県はいくつも見受けられる。
 大阪府のような比較的面積が小さければその差もまだ小さいのであろうが、近畿内でも兵庫県や和歌山県のように南北に長い県は北と南では大きな違いがある。
 和歌山県でも県庁所在地にの和歌山市と南の果ての潮岬や那智勝浦では、その生活の状況は同じ県内とは思えないくらい違うであろうし、兵庫県なんかは神戸市と北の但馬地方の城崎温泉や豊岡市、それに南の淡路島とでは風土も住んでいる人の気質も違って当然と言えば当然のことであろう。
 話を私の住んでいる京都府のことに話を移すが、南と北とでは都会と過疎地という違いはあるが、実は一番大きなのは気候の違いのようにも思う。
 まあ、根本的にはこの気候の違い、それに地形の違いがこの格差を生み出す原因になっているのではあろうが。
 冒頭でも言っていた先週のある日、朝 冷え込んではいたものの9時以降は日も差し始め、穏やかで結構いい天気の中で事務所のある京都市を出発したが、1時間後の丹波(京都府の真ん中あたり)辺りで曇り空に変わり、そして2時間後、日本海も近い丹後方面に差し掛かると天候は小雨混じりに変わっていった。
 確かに朝の天気予報では京都府南部は晴れ、京都府北部は雨と言っていたが、まさにその通りの天候であった。
 私はこれぞ”うらにし”と空を見上げながら妙に納得してしまっった。

*「うらにし」
・京都府北部の丹後地方周辺に特有の気象。10月から11月末にかけて瞬間的に丹後半島の近海を通る風と、この影響で生じる不安定な気候のことを指す。
 一日の気象の変化が激しく、朝は晴れているかと思えば突然暗雲が垂れ込め、雨や雪を交えた湿度の高い風が吹き荒れたかと思えば、束の間の晴天に恵まれたりする。

 この地方に住んでいたり、私のように過去に住んだ経験のある者にはすんなり受け入れられるが、知らない人からすると「なんだこの天気?」と思ってしまうこともあるでしょう。
 私が小学生だった頃、朝 家を出る時 晴れていてもおじいさんから「傘 持ったか」と言われたことを覚えているが、その後「“うらにし”は、弁当忘れても傘忘れな ということだし」とこの地方で古くから言い伝えられている言葉を最後に付け加えていた。
 こんなことが今の歳なっても身についているからなのか、どこかに出かける時、折りたたみ傘を持たずに出ることはまずない。
 
 この丹後地方出身の野球人 野村克也の本は何冊も読んだが、その中で「“うらにし”のようなうっとおしい気候が人格や性格の形成にも影響し、陰気臭い性格にもなった反面、予期せぬことにも対応できたり、我慢強い人間にもなった」と語っていたことを思い出した。まさしくノムさんそのものでないか。

 秋のある日の天気のことを捉えて今日もダラダラと思ったことを書き綴ったが、久しぶりに野村のことだけでなく、故郷のことも思い出した休日であった。
 実はこの“うらにし”の後、初雪、そして寒波で豪雪地帯の冬が始まるのである。
 あ〜、恐ろしや。
posted by ヒロイ at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月23日

No.802:近所づきあいって

 今どきの人にとって近所づきあいというのは、プラスの面よりマイナスの面の方が目につくと思っている人の方が多いような気がする。
 私は朝 家を出て、夜帰ってくるまで近所の人に会うことはほとんどないが、先週の日曜日に玄関先で単身赴任中の隣のご主人と会ったのであいさつすると、「行ったり来たりで大変です。今月は京都でも用事があるのでほぼ毎週のように戻ってきています」と話されていた。
 また、向かいの家の野球をしている小学生と中学生の男の子は夜になるとバットを持って素振りをしていて、帰ってきた私が車から降りると元気よくあいさつをしてくれるし、私もたまに「甲子園行くときは、応援行くし声かけてな」 なんて声をかけることもある。
 もちろん誰にでも声をかけるのがいいかというとそうではないのは分かっているが、こういったコミュニケーションをとることって、気持ちがほぐれるというか ちょっとほっとすることがある。
 また、近所の人がどんな人かということがわかっているという点でも安心感がある。
 休日の朝 たまにカミさんといっしょにワンちゃんの散歩に行くと、犬仲間の多いカミさんは何人もの人に声をかけられるので、「お前 ほんまにいろんな人知ってるな」というと、「お互いワンちゃん繋がりなんで、中には名前も知らん人もいるんやで」と言っていたこともあったが、そんなことどうであれ、それだけ知っている人がいるというのは、ぽぽたん(うちもワンちゃん)さまさまだなと思ってそのやり取りを横で見ている。
 中にはコミュニケーションをとるのが苦手な人であったり、決してとりたがらない人もいし、こういった行動をすべてよし とするわけにはいかないが、社会生活するうえではこれも何らかの意味をなしているように思う。
 学校、特に大学では長い間オンライン授業が主流となっていたし、会社もリモートワークやテレワーク形式の在宅勤務を導入し、なお現在も継続している企業は、事務系の仕事を中心に決して少なくないように思う。
 この形式の良し悪しは別として、私なんかはこれまで育った環境とあまりにも違うので多少戸惑うこともあったが、我が事務所でもコロナの流行期には導入していたので知らない世界ではなくなってきているのも事実である。
 ただ、この1、2年の間に進学したり就職した人の中には、在宅での授業や仕事が主流で 出向いて対面でということをあまり経験していない人も結構いるだろうし、こういった人たちの社会への出方って本当に難しいし、大変なだと思う。そうそう、先日 「最近の人って対面の経験が少なく」と一人の人が言うと、別の人は「画面でしっかり対面していますから・・」という発言があったのには驚いたし、「感覚違う」と思わず自分に言い聞かせていた。
 日本が世界から大幅な遅れをとっている IT化を進める上では、これはこれでなかなかいい環境ともいえるし、またとないチャンスなのかもしれないが、一定の年齢以上の者にとっては正直まだまだついていけない部分もある。

 近所づきあいの話から始まり、途中でとんだ方向へ行ってしまったが、そういえば うちの子供たち3人もマンション住まいなので近所づきあいなんていうのは皆無であろうし、もしかするといつの時代かには“ご近所づきあい”なんていう言葉は死語になっているかもしれない。
 それにしても何もかもが過去の経験が通用しづらくなってきているし、中年や老人には段々 住みにくい世の中になっているように思う。
 そんな中、朝から結構大きな声で「おはようございます」の声が聞こえる職場って、私にとってはなんだかホッとする場所なのかもしれない。
 あ〜、言っていることが古すぎる、本当に困ったもんだ。
posted by ヒロイ at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする