2020年06月07日

No683:テレビ会議を終えて思ったこと

 先週、仕事で大阪の会社へ出向き、重要な案件について打ち合わせがあった。
 ただ、その案件について一番の責任者といわれる人が、現在 東京支店に配属になっているとのことで、大阪本社と東京支店でテレビを使っての打ち合わせを行った。
 大阪は私を含めて2名、東京は1名という合計3人によるものであったが、過去の状況、現況、そして将来の見込みについて、データを見たり、画面に目をやったりしながらみっちり2時間 休憩時間もとることなく、結構 根を詰めた打ち合わせを行った。
 内容については当然ここで話すことはできないが、結構 秘密裏に進めないといけない案件だったので、途中でお互いの腹の探り合いをするような場面もあり、終わってみればどっと汗をかいており、通常の仕事の何倍もの疲れを感じた。
 実はその後、京都の事務所へ戻ってきたが、10〜12時の大阪での2時間の打ち合わせでその日のエネルギーの大部分を使ってしまい、午後からしばらくは頭の方が使いものにならなかった。
 打ち合わせや連絡をするのに以前は電話や直接会って面談しながらするのが主流であったが、ここ数年はメールでのやり取りが多くなってきている。また、今回のようなテレビ会議やウェブ会議というスタイルが増えてくることも十分考えられるであろう。
 今回 初めて体験してみて、相手の顔や表情が見えない電話よりずっと意思疎通がはかれた感がある。というのもいろいろな発言ややり取りの中で相手の表情がつぶさにわかり、喜んだり、納得しているのか、あるいは 腹を立てたり、腑に落ちないことがあるのかというのが離れてはいても画面を通してその場で判断ができた。
 その点、メールというのは多少腹の探り合いというか、文面ではこのように記しているけど本心はどうなんだろうと思うこともあるし、こちらから何かを伝えたいときは 結構 納得や了解をしているのに文面がうまくまとめられなかったら、相手からはお気に召さないの と思われたりすることもある。
 今後はさらにいろいろな伝達手段が出てくるだろうが、手法が多岐に渡れば渡るほど難しいものになってくる。本当に我々オヤジ族にとっては、ある意味 受難な時代の到来なのかもしれないが、これからも仕事を続けていく以上は避けては通れないものなのだろう。
  テレビ会議の話はこれくらいにして、話題はごろっと変わるが、
   今日はいい天気であったが、2回のワンちゃんの散歩以外は久しぶりに家で過ごした休日であった。

 自宅のすぐ裏がスポーツ広場があるが、ここ2ヶ月余りも間は誰の声も、何の音も聞こえずシーンとしていた。今日は 家にいるとキャッチボールをして ピシッとグラブにボールの収まる音や、別のグランドからはポコーンとサッカーボールを蹴る音が耳に心地よく飛び込んできた。
 ただ、声を出してはいけないことになっているのか、元気な声が聞こえたのは最初のランニングと体操の時の「イチニイサンシ、ゴウロクシチハチ」という掛け声くらいであった。
 通常の年ならこの時期、高校や大学のサッカーやラグビーの試合があり、宝ヶ池球技場のスタンドから、選手紹介のアナウンスや「ウォー!」という地響きのような歓声が聞こえるのだが、まだそういった声は聞こえてこない。
 今まで日常だったことが懐かしく思えると同時に、今日は久しぶりに野球やサッカーをしている音や声が聞こえたのでホッとし、うれしい気分になった。
 日常が戻るにはまだまだ時間がかかるのであろうが、本当に多くのことに気づかせてくれているこのコロナ騒動である。
 経営的に苦境に立たされておられる事業者の方にとっては、まだまだ全く気が抜けないし、不安な気持ちはほとんど払拭できていないというのが本当のところであろう。
 何かにつけ いたたまれない今回のコロナ騒ぎであるが、誰に文句を言っていいのやら腹を立てる先もない 何とも 厳しくやるせない今年の夏である。
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2020年05月31日

No682:優しい言葉では解決にならない

 この2ヶ月近くにわたってかなり強固に張りめぐらされた新型コロナウイルス感染拡大防止の網が明日6月1日から少しずつではあるが緩められる。
 ただ、この間 コロナ対策の中に身を置いてきたので、緩められることをホッとするというより、本当に大丈夫かなという半信半疑の気持ちで明日を迎え,不安な気持ちも頭をよぎる。

 自分自身、外出の回数もかなり減ったし、外食にいたっては移動中に手短に終えられる麺類などの店に数回立ち寄ったが、ゆっくりと談笑しながら食事をすることなど一度もなかった。
 当然のことといえば当然であるが、「食事をしながら打ち合わせ」とか、「ゆっくりと飲みながら和気あいあいと」なんて いつになったらできるのか、もしかすると あんな光景は過去のものになり、今後 訪れないのではなんて 恐ろしいような世の中を想像してしまう。
 ちょうどいまから1年前、ラグビーワールドカップで盛り上がったのがまるでどこかの国でずっと前に起こったことかのような錯覚に陥ってしまうこの数か月での変化である。
 事務所の顧問先も大きな影響を受けているところも何件か出てきているが、私は以前から本当に困ったときに「がんばりましょう」という言葉はあまり掛けないというか、当事者にとってこの「がんばりましょう」がどれほど力になるのか疑問を持つという冷めたところがある。
 というのも、私も人生の中で何度か人にも話せないような厳しい局面(挫折)を経験したことがあるが、こんな時には「がんばりや」とか、「気落ちせんと」という言葉があまり慰めにならなかったという思いがある。
 何とも冷めた言い方かもしれないし、励ましてくれる人は温かい気持ちで声を掛けてくれるのであろうが、本当にとことん落ち込んでいる者にとっては、心の奥底では「今の俺の気持ち絶対にわからんと思うは・・・」なんていう 励ましてくれている相手には失礼な気持ちを抱きながらも、「励ましの温かい言葉ありがとう」とさぞ感謝しているような返しをしたことが何度かある。
 そんな落ち込んでいた時に親父くらいの年の離れたある先輩が、「俺は励ますけど、温かい言葉はかけるつもりはないで。いくら優しい言葉をかけてもらっても解決できるのは自分しかないんやしな。落ちこんどってもどうしようもないわ。まだ生きていくんだったら前を見ろ。振り返ったって何も解決せえへんしな。まあ、あまり手は差しのべんけど、話ならいくらでも聞いてやるし、何かあったらいつでも電話してこい」と一見 冷酷そうで実は私のことを他の人の何倍も思っていてくれていたということがその後、随分時間が経ってから分かった。
 自分の思い出話のようになり、話が少し横道にそれてしまったが、「がんばりましょう」なんていう言葉よりも、ピタッと寄り添い、悩み事を聞いたり、いざという時だけ、「これだけはすぐに実行に移しましょう」と間髪入れずに言えるような存在になりたいと思っている。

 事務所開業以来 13年近くの間 本当に多くの方に支えてもらってきたが、今回のこのコロナウイルスの影響を受けられた方々へ何とか恩返しをしたり、力になれればと思っている。
 「がんばりましょう」とか「乗り切りましょう」というような社交辞令ではなく、まずは「なんでも言ってください」といって、どんなことでも言ってもらえるそんな存在になりたい。まずは同じ目線に立って悩みを聞くところからすべてはスタートすると思うので。
 明日からの再スタートを前に、偉大な先輩が何かにつけ厳しい言葉を投げかけながらも、実は本当に私のことも思っていてくれたということを久しぶりに思い出しながら、「言葉ではなく行動を」と自分に言い聞かせた。

 今日も少し重い話になってしまったのが、そろそろ日も変わりそうなので今日はこの辺で・・・。
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2020年05月24日

No681:純粋にうちのスタッフはすごいと思った

 我が事務所もご多分に漏れず4月20日から交代出勤制に基づく在宅勤務と出勤時には時差出勤を導入している。
 どちらも事務所で初めての導入であるだけでなく、社会人になって40年近くにもなる私でさえも初めて経験するものであり、正直 導入前には「大丈夫?」という心配が先に立ったのも事実であるが、これは一経営者の余計な心配でしかなかったことが1ヶ月以上を経過してみてよくわかった。
 結構 “密”なオフィス環境である事務所内で業務をこなすことと公共交通機関での通勤時の“密”を避けることを第一の目的としてスタートし、顧問先への定期訪問もこの時期は移動と面談で生じる“密”を回避するため原則 行わないという方針を私から発した。
 
 顧問先の試算表をはじめとする経営指標の作成、3月決算法人の決算・申告業務、それに助成金や融資等の個別相談と通常月の業務以外に+αの依頼があるにも関わらずほとんど問題なくこなせている。
 コロナ禍で大きな影響を受けている顧問先も多い中、すぐにでも駆けつけて相談に乗る必要のあった一部の顧問先は訪問せざるを得なかったが、基本的には訪問しないという事務所の方針のもと この間を過ごしてきた。ただ、多くの顧問先が難局を乗り切るために事務所の担当者が経営者や院長と電話やメールで連絡を取り合いながらいつも以上にこまめに対応してくれている。
 私が先日 事務所にいる時 たまたま電話をとると、私自身がここしばらく会えていないあるクリニックの院長夫人であったので、現況を聞きながら 『こんな状況で直接会って話もできずに申し訳ございません』と告げると、その院長夫人は『いや〜、こんなことになるとは思ってもいませんでしたが、担当の〇〇さんとは今まで以上に連絡を取り合っていて、今日も2回も相談に乗ってもらっていたところなんです。』と結構 元気のある声で話してこられた。
 他にもよく似た話をいくつか聞き、スタッフの仕事ぶりが目に見えない在宅勤務を少なからず心配していたが、大きなトラブルもなく ここまできていてホッとすると同時に、そんなことを心配していた自分が何ともちっぽけな経営者に思えてきた。
 自宅での業務は事務所内と違っていつでも資料が見られないことや やはり慣れない環境下での業務のため一般的には2割近く業務効率が下がると言われているが、大きな遅れもなく仕事が進んでいるのは事務所のスタッフが“必至こいて”自宅での業務をこなしてくれている結果に他ならない。
 
 今回は前もって準備していたわけでもなく、いきなりこういった状況下に放り出されたわけであるが、この経験や手法は緊急事態宣言が解除された後も各企業(事業所)が今の形態を一部 残しながら、今までとは違った仕事の仕方を考えていかなければならなくなったことを経営者に投げ掛けている。
 前々回にもこの場で綴ったように慣例、慣習なき時代において今までとは比にならないくらい経営者が試される時代に突入しているように思わざるを得ない。

 我が事務所も6月1日(月)からも時差出勤制だけは継続となるが、他は基本的には通常の業務体制に戻すことになっている。その準備段階として、明日からの1週間は一部在宅勤務を残しながらの最後の調整期間となる。

 6月からは世の中がどんな景色になるのかまだ想像がつかない部分もあるが、少しづつ戻っていくのであろう。しかし、3ヶ月に及ぶこの自粛期間の経済の停滞・下降は1年や2年で回復するとは思えず、長期戦でとらえる必要があるだろう。
 個人的には暑くなる中、いつまでマスクをつけていられるのだろうという心配も頭の片隅をかすめている。
 いよいよいつもと全く違った大変な?夏の始まりである。

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2020年05月17日

No680:今、何がしたい?

 新聞、テレビ、ネット 何を見ても飛び込んでくるニュースはほとんどがコロナ関連のニュースで、たとえコロナ関連でないにしても明るいニュースはほとんど入ってこない。
 若い頃 賞与が出た後、大丸に行って思い切って買ったスーツがDURBAN(ダーバン)だったが、この製品を扱っているレナウンがまさか民事再生の適用を受けることになろうとは・・・。これも今や過去の名前では商売が成り立たないことを表している事例のひとつであろう。

 自分自身も多くの規制の中での生活を強いられているし、仕事の方も限られた状況の中で期日に合わせて粛々と仕事をこなす以外には、厳しさを増す経営状況下の顧問先には、なかなか会うことさえしづらいが、そんな中でも少しでもプラスになるような提案はできないものかと頭をひねりながら、メールや電話で対応する日が続いている。
 昨日は相続関連の仕事でどうしても面談しないといけなかった方と30分程度、直接会っていくつかの未解決事項の確認をしていたが、面談などの通常なら何の疑問もなく行っていた行動が今や事務所でも例外(特例)になってしまっているという現状に不安を感じずにはいられない。

 冒頭でも言ったように暗いニュースしか飛び込んでこないし、私自身がこの場で綴ることもほとんどがコロナ関連かその影響について模索していることといった内容になっているので、今日はこの時期ちょっと”いけない内容”かもしれないが、今やってみたいこと、行ってみたい所について書いてみることにする。
 とはいってもそれほどたいしたことではなく、単純に今 行ってみたいのは、いつから入園や入館の規制が解かれるかどうかはまだ調べていないが、行ったことのない京都水族館と京都鉄道博物館、それに子供が小さかった頃 よく訪れていた京都市動物園、そして近所でありながらずっと門が閉ざされている京都府立植物園、ある意味、こんなありふれた所が足を踏み入れたい場所である。
 どれもコロナの影響でこれまでは閉まっていたが、間もなく開きそうだし、こういった場所はなによりもコロナ、コロナの今の世の中や非常に厳しい経済情勢のことを一時的にせよ忘れられる別世界のように思えるからである。
 現実的に孫もいないのに一人で動物園や水族館に行くのは勇気がいるし、今の世の中の状況を感知していない動物を見ることは一種の現実逃避かもしれないが、心や頭の中がある意味、いったんリセットできるようにも思える。
 ただ 動物も今の状況を感知していないとはいったものの あれほど多くの人間が目の前を通って行ってたのに最近は誰も来ないなとか、もしかすると餌の内容が変わったなとか 何か肌で感じているのかもしれない。
 植物園の花にしたって動物のように何かを考えているわけではないが、いくら咲き誇っても誰の目にも触れずに散っていくなんてあまりにもかわいそうで無残である。
 これらの施設の規制解除は間近とのことなので、休日に少し時間がとれたらまずしてみたいと思っていることである。

 話は変わるが、昨日 相続の相談に行ったときに母が入っている施設の前を通った。いくら京都府の北部とはいえ面談はだめだろうと思っていたが、このコロナ騒動が始まってから2ヶ月程 訪れていなかったので顔だけでも見れたらなと、車から降りて施設の玄関の張り紙を見てみると「親族の方のみカウンター越しで短時間なら」と張り紙がしてあったので少しだけ覗いてみた。
 私はマスクもしていたし、一瞬マスクをとっても私が誰だか分らなかったようだが、施設の職員さんに「何も変わらず元気そうですよ」と最近の様子を話してもらいながら母の顔を見ていると、自分の勝手な思いとはいえ、妙な安心感を覚えて帰ってきた。
 
 最近よく言われている言葉、「今までの日常」がどれほど大切で、意味のあるものだったのかを思い知る毎日である。
 いろいろな方面での自粛解除までにはもう少し時間がかかるだろうし、少し形が変わっての今後の生活になるかもしれないが、一後も早く「日常」が戻って欲しい願っている。みなさんと同じように。
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2020年05月10日

No679:試されている社会、事務所、そして自分

 今回のコロナ騒動で世の中のいろいろな仕組みが変わりつつある。
 予期せぬ休業を強いられたり、お世話になるつもりもなかった金融機関に融資の申し込みに行くことになったり、忙しくて人手不足であった現場が今やお客様や患者様の減少により人余り状態になったりと、3ヶ月前には誰しも想像すらしていなかった状態になっている。
 我が事務所でも時差出勤に始まり、出社制限による在宅勤務や顧問先への訪問自粛など、私が社会人になって初めてのことばかりであるが、世の中の状況に合わせながら事務所もことを進めているというのが今の状況である。
 何年か前の社会なら大混乱をきたしていたであろうが、まさにオフィス環境の進歩や社会の変革はすごいもので、当初はもしかすると混乱するかもと危惧していたようなこともほとんど起こらず、事務所の仕事は順調に進められている。
 毎日、手帳と時計を食い入るように見ながら、行動予定を立てていたが、外出が減った分、今は事務所内にいる時間が多くなってきている。
こんなことを言うと暇になっているのではと思われても不思議ではないが、なぜか今まで同様か今まで以上に日常業務に費やす時間が多くなってきている。
 今から思えばこれまでは数字をつくり、顧問先に出向いて説明するというのがお決まりの流れであったが、この1ヶ月間のように顧問先に出向かないことが増えてくると、不思議と顧問先のことを思う時間が増えてくるというか、顧問先の経営者の顔が今まで以上に頭の中を行ったり来たりしている。
 今までは仕上がったものを対面で説明する場合には、いざとなればその場に行ってからぶっつけ本番であっても乗りも切ることができたが、こういった面談の機会が与えられないとどんな方法でどの点にポイントを絞ってやり取りするのか、また顔の見えない顧問先の要望をいかに読みとるのか、今までにはない一種の“技術”が必要となってくる。これって本当に大変であり、今までの何倍も頭を使うし、自分たちが必要とされている度合いもなんとなく読み取ることもできる。
 また、事務所のスタッフとも毎日会うのが当たり前であったのが、今では週に2回くらいしか顔を合わさないので、会わなくとも他の方法で伝達したり、意思確認をする必要がある。
 これも当初は多少戸惑いもあったが、今ではこのスタイルに違和感もなくなり、必要なことは必要な時に必要なだけという、逆に無駄なく対応するようお互い気をつかってことを進められている。
 夫婦や家族も毎日いっしょにいるより、週に一回しか会わない関係の方がうまくいったり、意思疎通もとれていることさえある なんていうことを聞いたことがあるが、これってある意味本当なのかもしれないと思う。

 中には毎月会うことを楽しみにされていたり、面と向かって相談することで、より大きな安心感を抱いてもらうこともあったのかもしれないが、面談がしづらいこの状況の中で顧問先を何とかよい方向へとリードできるよう、否応なしでも知恵を絞り対応しているという、今まで以上に締まった関係になってきていると感じることさえある。
 社内的にも対外的にも今の状態が決していいわけではないし、早く今までの状態に戻ればと願っているが、今度戻った時は今までとは違ったものの見方や考え方で新しい関係を築くことになりそうである。

 そういう意味では、税理士や税理士事務所、それに各会社の社内の状況もいきなり実験中という場に放り投げられた感じがしないわけでもない。
 今回のコロナ騒動が収束した時、世の中がどう変わっているのか、もちろん経済、経営の立て直しが第一優先であるのは分かっているが、その代わってしまった世の中にいかに順応して行けるかが、これも事業を運営する上で非常に重要なことになってくるだろう。

 悪い頭をひねりながらいろいろと考えてはいるが、結論めいたものには何一つ到達していないし、何も考えずに生きているととんでもない方向へ行ったり、世の中から置き去りにされたりするという怖い世界に入って行っていることはなんとなく肌で感じることができる。

 こんな時、我が家の愛犬ぽぽたんだけはいつもと変わらぬ素振りで私の顔を覗き込んでいる。本当に屈託のない最高にいい奴である。
 人間と違って計算づくで動くのではなく、自分の思いのまま動く姿を見ると 人間界でいろいろと考えながら生きている自分がつまらなく感じることさえある。
 「ぽぽ、ほんまにええ子やな」といいながら頭をなでる時が一番気の休まる時でもある。
 ぽぽたんはいっしょに住む家族の少なくなった我が家には今やなくてはならない存在であることは間違いない。
 
 では今日はこの辺で・・。
posted by ヒロイ at 22:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月05日

No678:悩んで結論が出ない時は優先順位をつけるよう・・・。

  もともと肝が据わってないというか、方針が定まりにくいというか、そんな自分が嫌になることもたびたびあるが、今回のコロナ騒ぎの中に身を置くとますます誰の言うことを信じてどっちに向かって進んでいけばいいのか、ここへきて何かにつけ物事が決まらず悩む機会が増えてきている。
 5月6日までは全国一斉に緊急事態宣言が出ていたので、ある意味 ”全国一律”ということでわかりやすかったが、どうやら5月7日からは都道府県によって規制に強弱がつくようで、いくつかの府県にまたがりながら仕事をしている私にとっては、今日の相手先はどこ方面だったかな? と考えながら行動を起こさないといけなくなりそうである。
 国や自治体のトップもこういった非常事態には何らかの方針を発する必要があるが、その方針に100人中100人が賛同してくれることはまずありえないしが、何に重点を置くかをはっきりするということが、一人でも多くの賛同を得るためのポイントのように思う。
 感染拡大防止が第一優先であるのは誰しもわかるし、次が経済のようにいわれている。残念ながら教育はやはり3番手以下の扱いである?
 コロナが教育現場で拡大や蔓延しては取り返しがつかないが、議論されているのはどちらかというとその子供の面倒をみる親の方の話が議論の中心となっているように思う。ある意味当然なのかもしれないが、乳幼児から大学生までの子供たちの教育そのものについての議論ももう少ししてほしいところである。
 先日から話題となっている9月入学の話も、大人の都合優先の議論が多くて、聞く気にならないというのが本音のところである。
 今日の前半部分では、”全国一律”でなくなると不便といっておきながら、ある意味真逆なことかもしれないが、コロナの感染拡大がほとんどみられず、そろそろ学校を再開してもいいと思われる地域は ”全国一律”の縛りを外して、家の中にとじ込まれている子供たちを早く学校に通わすことはできないものかと思ってしまう。
 リスクが0でない以上、素人の私が安易なことは言えないが、もう少し子供にも焦点を合わせて欲しいと願うばかりである。
 お金(経済)の議論は活発に行われているが、将来を担う、そして年代的にも多感である子供たち(教育)の議論にもう少し時間を割いて欲しいものである。我が家にはもう学校で教育を受けている者はいないが、学校に通う子供がいる人たちにとっても子供たち本人にとっても、切実な問題のように思うのだが・・。

 事務所も7日以降、仕事をする上で何らかの方針を掲げて進んでいかないといけないが、まずは”健康”ということ一番に掲げたら、これを阻害するものはどんな場合でも勇気をもって断る、そんな風に思いながら今後の対応を考えるとさほど悩まずに進むから不思議なものである。
 私はがんを患ったことはないが、以前 がんと戦っている人と話した時に、「体に悪いことはどんなことがあっても断ち切る、それは人に迷惑がかかったとしても。また、体にいいことは他のどんなことを犠牲にしてでも率先して取りを組んでいく」という話を聞いたことを思い出した。
 今回のコロナ騒ぎとがんの病気をいっしょにしてはがん患者の方に叱られるかもしれないが、今回の騒ぎはそういった「何を優先すべきか」を考えると意外と結論を導きやすいということが分かってきた。
 まだ、連休中ではあるが、これほど心の弾まない休日なんて、今まで経験したこともない。
   出口が見えてきているのかどうかもわからないが、油断だけはせずにもう一度、感染の拡大防止に向けてできることはやっていこうと思っている。

 今回の”事件”は、神が人類に与えた試練と思うしかないのかもしれないが、あまりにも重い試練であることは世界中の人が感じているであろう。
 本当に明日のことが読めないそんな毎日である。
 まさしく、誰しもが経験したことのないような・・・。
 人類が、日本が、会社が、そして自分が 試されているような・・・。
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2020年04月26日

No677:今までの常識が通じない世の中で生きていく辛さ

 今回の新型コロナウイルス(以下、略称「コロナ」で表現)騒動のような過去の歴史や教訓がほとんど通用しない、あるいは活かされないような状況はこれまでの人類の長い歴史の中では何度かあったのかもしれないが、少なくとも私が生きてきた57年間では、こんな経験は一度たりともないし、まるで生き方そのものを考え直さないといけないような気になるときもある。

 志村けんさんに始まり、地元京都のオムロンの社長や会長を歴任された立石氏、そして先日は女優の岡江久美子さんと著名な方の命も次から次へと奪っていっている。
 みなさんもご存じだと思うが、このコロナによる死亡の場合、肉親といえどもお葬式はもちろんのこと火葬にも立ち会えず、病院から死亡の知らせを聞いた後は、火葬後の遺骨を受け取るのみで、長年 生活を共にしてきた家族にとっては何とも耐え難い心境であろうし、また、病気で亡くなった方も誰にも見送られることなく人生の幕を閉じていくなんて、私自身こんなこと今まで考えてもみなかったし、みなさんもこのことに関しては共通の思いであろう。
 昔から亡くなっていく人を送るという意味においても、「最後、死に目だけは会いたい」とか、「死に目には間に合わなかって悔いが残った」なんて言うことが口にされてきたが、今回のコロナに感染した場合の死はそういった、人生の幕引きの瞬間に立ち会い、亡くなっていく人に対して心の底からお礼を言う機会さえも奪っていく。棺の中に入った亡くなった人の顔を見て涙に咽ぶことも手を合わせることもできずに・・。
 亡くなっていく人にとっても、それを見送る人にとっても何とも残酷極まりない人生の終わり方である。
 こんなことを考えていると、「遺言」というほど大げさでないにしろ、最期くらい(意識のあるうちに)、お世話になった方に一言でもお礼を言って人生の幕を閉じたいものである。
 大きな病気を患っている人には失礼で、申し訳ない話かもしれないが、「交通事故や心筋梗塞などによる突然の死は何も言えずに死んでしまうが、 病死の場合には、“余命〇ヶ月”と宣告されるのは本人も周りの人も精神的な苦痛は計り知れないが、言いたいことだけは言って死ねるので・・。」なんて死に方の比較のような話を聞いたことがあるが、今回のコロナによる死は何も伝えられずに死んでいかざるをえないし、誰にも送られずに骨になっていく という背筋がぞっとするような最期である。
 本当に恐ろく、悲しいものである。

 コロナでことでもう一点、何ともやりきれないニュースが毎日に飛び込んでくる。
 今まで、「是非、〇〇へお越しください」、「またのお越しをお待ちしております」と一人でも多くの人に訪れてほしかった、時には客の奪い合いさえ起こしていた観光地が、今は「是非、来ないでください」、「立ち寄らないでください」と連呼しないといけない、こんなこともちろん経験したこともないし、想像すらしたこともなかった。

 毎日のように この厳しい現実を突きつけられていながら、人間として何一つ抵抗できないしことに何ともいえない無力感に苛まれるが、これとてじっと待つ以外 どうしようもないのか。
 今後のことが全く読めないが、「今は健康でさえいれば、いつかはきっと」と自分に言い聞かせながら毎日を過ごしている。
 事務所も変則的な勤務形態やフォロー体制になって、顧問先の方はもちろんのこと、事務所のスタッフにも多大な迷惑と負担をかけており心苦しい限りではあるが、とにかく何らかのめどがつくまで待ってもらう以外どうしようもない。
 今日も全く気が晴れないが、「私だけではない、みんなもいっしょ」と思って心を落ち着かせるそんな休日である。
posted by ヒロイ at 17:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月19日

No676:「一人の脱落者も出さない」 そんな決意を再確認する休日

 毎日毎日、新たに入ってくるニュースはコロナ関連のものばかりで、明るく、先の見通せるものはほとんどといっていいほどない。
 4月16日に政府より全国一斉に発令された緊急事態宣言を踏まえ、当事務所も4月20日から勤務はシフト制にして、出社日以外はテレワークによる在宅勤務を実施することになった。
 明日[4月20日(月)]の9時30分、在宅で行う業務の注意点の説明を経て、実質 交替出社制による在宅勤務がスタートする。
 もちろん事前に準備をしていたわけではないが、提携のソフト会社の協力のもと、私も含めた全社員17名分のテレワークが実施できる状態にこぎつけられるめどがついた。
 ここ数日間だけでも収入減や資金繰りの悪化に伴い、緊急融資や雇用関連の助成金の相談が増え続けている。
 緊急対応が必要な先以外の外出はできないことにしているが、上記の融資や助成金の対応は全社的に事前研修も終え、毎日のように更新される厚生労働省から情報も事務所の社会保険労務士がいち早く社内メールで発信してくれるので、情報遅れがないような仕組みができつつある。

 顧問先の中で最も多い業種である医療機関をはじめとして、その他の様々な業種の経営者の方々は経営状況が上向きなんていうのはもちろんないし、現状維持の先すら皆無といっていいような状況であり、2割減、3割減、半減以上という今まで経験されたことのないような数字が私のところに報告されてくる。
 こんな折に本当はいち早く駆けつけて相談にのったり、不安を解消してあげたいところだが、ここまで外部との接触を制限されていると税理士事務所であってもなかなかできないというのも致し方ないとはいえ、何とももどかしいところではある。

 そんな中で我が事務所としては現在でき得ることは、顧問先の経営者やその家族、そして従業員の方々の不安な気持ちに寄り添い、不安の解消までいかなくとも少しでも和らげることしかないように思う。
 それには常日頃から密接な関係にある個々の顧問先の実情に合った最新の情報発信と適切なアドバイスができるかにかかっているし、我々税理士事務所に課せられた課題は平時と比べると何倍も重いものとなるであろう。

 この税理士あるいは税理士事務所と顧問先との関係と少しだけ似通った関係かなと思われるペットに関するコラムが新聞に載っており、「確かにそうやな」と自分自身 深く反省させれる内容であったので紹介しておく。
 子どもの頃から何匹かの犬と生活してきた文化人類学の大学教授(女性)のコメントは、

【犬は「飼う」ものではなく、「共に生きる」存在である。よく、「ペットに癒やされる」という言葉を聞くが、私はこの言葉があまり好きではない。私にとっては犬は「癒やし」以上のもの、喜びも苦しみも共にする人生(犬生?)を分かち合う存在だ。愛情を注ぐ対象だけでなく、たくさんの愛情を注いでくれる存在である。】

 まずはこの言葉って親子関係にも成り立つなと気付かされた。私も含めたほとんどの親が、「親が子供に愛情を注ぐ」なんて上から目線で偉そうなことを言っているが、親だって子供からたくさんの愛情を注いでもらっているはずである。それは未成年の子供であっても、いや、場合によっては赤ん坊であっても・・・。それは親が気付かないだけであって。
 こんなことを考えていると今日の前半部分で掲げた税理士と顧問先の関係も、顧問先のことを税理士として面倒をみるというのではなく、我々税理士も顧問先の方々から数えきれないくらい多くのことを学ばせてもらっている。
 そういう意味においては、いっしょになって悩んだり考える存在になれるということが我々税理士 あるいは 税理士事務所に求められていることであろう。
 正直、今回の事務所の対応は、事務所の従業員とその家族や周りの人を守り、また社会全体を守るためにやむを得ない措置であると思うが、実は明日からのこのシフト制による出勤とテレワークによる在宅勤務の実施を今までにない緊張した気持ちで迎える、今日はその前日の日曜日である。
 少しだけかっこいい言葉でいうと、「一人の脱落者も出さない」そんな決意を再確認する休日である。
posted by ヒロイ at 16:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月12日

No675:何とかしてくださいな神様

 たった一つのウイルスで全世界がここまで奈落の底に突き落とされようとは誰一人として想像していなかったであろう。
 たった3カ月前のお正月はあれほど賑やかな世の中だったのに・・・。
 我が国でもこの新型コロナウイルスのニュース一色であるし、自分の周りにもひしひしと近づいてきているのではと何とも言えない恐怖感を覚える日々である。
 こんな状況に身を置いているので今回は何を綴ってもパッとしないし、私の意見や思いを表しても もしかすると読んだ誰かの心を傷つけたり、かえって悩ませたりはしなのだろうか、あるいはこちらは悪気がなくても、読む人の今の心境によっては反感を買うようなことを言ってしまうことになりやしないのか とかいろいろと考え 今回はパスしようかとも思ったが、一つだけこの数か月で様変わりした企業の環境を表す指標が4月8日の新聞に載っていたので、このことだけ簡単に触れてみることにする。

その見出しは
[○系]
@JTB
A全日空(ANA)
B東京海上日動火災保険
C日本航空(JAL)
Dオリエンタルランド

[□系] 
@ソニー
A味の素
B富士通
Cサントリー
Dトヨタ自動車

 これ何の順位だかわかりますか?
 2021年卒業予定の大学生、大学院生を対象に実施された就職企業人気ランキングなんです。
 〇系というのが文系、□系というのが理系で、理系は主に製造業で今回の新型コロナウイルス感染拡大の影響も製造工程とその先にある消費という両面から影響を受けているが、文系の方はこの新型コロナウイルス感染拡大の影響を真正面から受け、3位の東京海上日動火災保険以外は、売上が半減ではすまないような企業ばかりである。私の憶測では8割減くらいになりそうである。
 大学の新4回生の就職ってどうなるんだろう、どこを目指せばいいんだろうと これを見ていても全く見当がつかないというのが正直なとこれである。
 今の状況は、スポーツの一大イベントであるオリンピックも甲子園(高校野球)も開催されなかったという点で、先の大戦以来と並べてとりあげられてもいるが、まさにそれに匹敵するくらいひどい状況になってきている。
 実は私も長男夫婦と次男が東京いるが、3人とも会社へは出社せずに在宅でのテレワークとなっているらしいが、カミさんも先週は「そっちってどうなん?」って、一度だけ連絡をとっていたが、今では聞くのも気が引けるのか、それ以降 お互いあまり連絡を取り合っていないらしい。

 まあこんな状況なので、「1日でも早く平穏な世の中になりますように。昨日より今日が、今日より明日が何かしら改善に向かっていくように。」と願う以外、手の施しようがない。
 ほんと、こうして綴っているのも、「こんなことしていていいのかな?」と思えるくらいの世の中である。
 何とかしてくださいな神様、助けてくださいな神様。
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2020年04月05日

No674:やっと読めた本

 テレビを見ていても 「また、コロナのニュースか」と思われている方も多いかと思うが、今まで 殺人をはじめとする事件、つまらぬ?芸能人ネタ、それにスポーツや文化に関するニュース などは、「またか」とか「何回も見たり聞いたりしたし もうええわ」と思うことが多かったが、今回の新型コロナウイルスに関するニュースだけは正直 いろいろな意味において目が離せない。
 というのも まずは最も大事な健康や人命にかかわる内容であること、それに日本だけでなく世界の情勢が1日ごと、いや 場合によっては1時間ごとに刻々と変わっていっていること、また、我々が仕事をする上で必要な助成金や緊急融資の経済対策が日替わりのように更新されていく。もう3日も経てば、ニュースの中身は大きく変わり、前の情報は既に書き換えられていることもある。
 我々も感染はしていないにしても このようにひっ迫した情勢下に身を置いているので大げさに言えば片時も目が離せないし、顧問先からの助成金や融資の問い合わせも日に日に多くなってきているというのが今の状況である。
 こういった中で「さあ今日は何について書こう」と過去のこのコーナーを開けてみると、何とNo670(3/2)〜No673(3/29)まで4回続けてこのコロナに触れた暗いというか、重めの内容ばかりが続いていたので、今回はこんな時期に多少不謹慎かもしれないがコロナとも仕事とも全く関係のない、私の大好きな(ライフワーク?)地図、鉄道、地名に関する話を綴ることにする。かなり偏った内容なので興味のない方はパスしていただく方がいいかもしれないし、まあ付き合ってみようと思う方は軽い気持ちで読み流していただければいいかと思う。

 読みたくてずっとリビングの片隅に置いていた【駅名学入門(今尾恵介著】を昨日読むことができ、内容的にもマニアックではあったものの私の心を和ませ、非常に満足のいく内容であった。

 消えた駅名、駅名の変更、○○が丘(自由が丘)や○○園(甲陽園・阪急)それに○○中央(千里中央・北大阪急行)と特定の言葉(漢字)がついたもの、また 新大阪や新横浜のように“新”がついた由来など、私にとっては、「あっ、そうだったのか」と思えるものであり、ゾクゾク、ワクワクする内容であった。

 身近なところではここ数年で阪急と京阪の駅名変更がいくつかあったので少しだけ触れておくが、
 阪急では「梅田→大阪梅田」、「河原町→京都河原町」となり、京阪では「四条→祇園四条」、「五条→清水五条」、「丸太町→神宮丸太町」となっている。
 また、私の実家から一番近かった駅(以前は国鉄/JR、今は京都丹後鉄道)も「丹後山田→野田川→与謝野」と名前を変えてきている。今や地元でも丹後山田を知る人は40歳以上くらいの人かなと思うが・・・。

 先日、東京にできた新駅「高輪ゲートウェイ」もネットでは非常に評判が悪く、「何? この名前」とやり玉にあげられているが、駅名というのはただの駅の名前というだけでなく、今後多くの人が使うという点では地名に匹敵するくらい生活に密着するものである。
 この本を読んで楽しい気分になったことをもっともっと書き綴りたいが、これはマニアである私の一方的な思いなので、この辺で終わりとする。

 この3月20日に地元京都で「等持院」から駅名変更により日本一長い名前(音読数26文字、標記17文字)の駅が誕生した。それは、

・「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前」(京福電鉄・嵐電北野線)

 です。記念切符も販売しているようですので、世の中が落ち着いたら一度訪ねられてはいかがでしょうか。
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2020年03月29日

No673:予定が立てられる、それってとてもありがたいことだったんだ

*お断り・・終わってしまえば思わぬ長文になっていました。

 今回のというか、今なお継続中のコロナ騒ぎに端を発し、今や世界中が大混乱に陥っているが、ここへきて当たり前のことが、当たり前でなくなってきている。
 日本の場合、春になれば新学期で学校が始まり、また、ほとんどの会社が新入社員向けに入社式をする。 我々の仕事でも所得税確定申告の期限は3月15日(今年は暦の関係で16日)と決まっていたのに今回は4月16日に申告期限が延長となった。
 スポーツの世界でも春になれば、必ずプロ野球やサッカーJリーグが開幕し、甲子園での高校野球も春と夏の2回開催されることを誰しも疑ったこともないし、まるで暦を確認するかのように決まった時期に必ず各スポーツやイベントが開催されていた。
 また先日、延期が決定したオリンピックも 夏季大会は2月が29日まである うるう年にあると決まっていたがこれも覆され、何と来年開催となれば前回大会から数えると5年目になってしまう。
 当たり前が当たり前でないことの怖さにまだ気づいていないこともあるのだろうが、今年の春は当たり前でないことだらけである。

 昨年の今頃は誰しもが初めて経験するゴールデンウェーク10連休というウキウキするような大きなプレゼントを与えられ、休み中の過ごし方を考える中でさすがにこの間 途中で1、2日は仕事をしないと仕事がさばけないかななど 浮わついた気持ちながらも少しだけ気も引き締め、4月末からの連休の予定を立てていた。
 それが今年はどうだ? 暦の上では当然のことながら他の季節にはない大型連休であるが、「さあ、どうしよう?」、「どこへ行こう?」なんて考える気にもならない。もし、運よく その頃に多少なりともこのコロナのことが下火になっていれば(多分無理だろうが)、美味しいものでも食べに行こうかなというくらいは希望を持ってはいるが、これとて実現できる状況になっているのかどうか予測さえつかない。
 旅行の計画だけではなく、日常的に若い人たちがよくやっている(私はやったことがないが)おいしそうな料理を食べる前にスマホで写真を撮ったり、多く人がどんな返礼品を手に入れるのかと楽しみながらふるさと納税に精を出したり、あるいは数多くあるラーメン屋、たこ焼き屋それにケーキ屋さんは同じ食べ物を食べ比べしないと分からないのでとりあえず何店舗かまわってみるというような行動をとる人も私に周りには何人かいた。それが今年は行動そのものが自ずと制限され、また、旅行どころか花見もままならない そんな気持ちにもなってきている。

 顧問先である開業医の先生方も春の学会はほとんどなくなり、我々の業界も研修会というのは少なくとも4月末までは開催されなくなったし、5月以降の予定もあやしい状態である。
 税や経営、それに投資の世界で話題になった 個人投資家のための税制優遇制度であるNISAやこれから起こり得る事業のバトンタッチの時に利用すべく事業承継税制なるものも、決して利用(使用)しないわけではないが、ここまで世の中の情勢が不安定になってくると、どの時点でどの税制を使うのが有利なのかの判断にも迷いが生じてくる。

 私は今まで多くの経営者の方々に、「研鑽を積むことを怠らず、良い意味での意地とプライドを持って経営に携わっていきましょう」なんて偉そうなことを言ったこともあったが、今回は個人の努力や能力では乗り越えられないし、そこには問題の深さそして大きさがある。
 これからますます深刻化する経営状況の中で、我が事務所の顧問先の方は一人たりとも脱落者を出さずに乗り切れるようフォローしていくのが私に あるいは我が事務所に課せられた大きな宿題である。
 こういう時期になると必ず、「税理士さんは安定してますな」と言われる方もいらっしゃるが、顧問契約とはそんなに甘いものではないし、こんな時こそ頼りになる税理士とそうでない税理士の差が歴然とする時でもあるので、いつもの何倍も気が引き締まる。
 
 先が読めない生活は幾度か経験したが、良かろうと悪かろうと ここまで予定の立てられないことは今まであまりなかった。
 当事務所の顧問先の方でも お子さんの受験が終わったので、開業以来初めて数日間クリニックを休診して家族で旅行に行く計画を立てられていた先生やお嬢様の海外での結婚式を楽しみにされていた方がいらっしゃったが、これらもみんな取り止めになってしまっている。

 明日のことが分からない、まさにそんな日本、そして世界になってきている3月末である。

 コロナ騒ぎの中、個人的には少しだけ不謹慎覚悟で注目していることがある。 
   それは、この学校休校要請の中、島根県だけは独自の判断で学校を一日も休みにしなかったし、現時点で一人の感染者も出していない。
   実は私の事務所で私の前の席で仕事をしている事務所スタッフのお兄さんが島根県で公務員をされているらしいので、こんなことにもついつい関心を持ってしまう。
   さあどうなる島根県と。


 これ以上、話を続けると世間から悪乗りし過ぎと言われかねないので、明るく賑やかな世の中が一日も早く戻ってくることを祈って、 今日はここでパッと話をやめることにします。
では、おやすみなさい。

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2020年03月22日

No672:“無利息融資”の恐怖

 まだ収まる気配のない新型コロナウイルスの感染拡大である。
 日本政府は“拡大”という言葉を使うことを躊躇しているようにも思えてくるが、まだ収まったと言える状況ではないのは日本国民の誰しもが思っているはずである。
 感染拡大とともに深刻な状況に陥っているのは日本経済(もちろん世界経済も)であり、景気の後退なんて生半可な言葉ではなく、景気だけみてみると危機的状況が近づいているとさえ感じることもある。
 今回の新型コロナウイルスの感染拡大の影響をもろに被っている企業の業績落ち込み幅は当初の予想を大きく上回る数字になっている。
 事業規模の大小を問うことなく、当事者である経営者の方に対して大変 失礼な話をするが、ここまでコテンパンにやられた後の対処方法は、
 @何とか自前の資金力でこの難題を乗り切る
 A緊急的に借りれるお金は借りて、当面の資金繰り悪化を乗り切る
 B傷口が大きくなる前に自ら廃業する  
 Cやむなく倒産
 が考えられるとあるとある雑誌には書かれていた。
 B、Cは避けられるものなら避けたいが、悲しいかな こういった最悪のシナリオしか残されていない経営者もこの騒ぎの後いくつも出てくるであろう。
 ただ、何とか事業は続けられたとしても Aの融資を受けた企業は、今度 長年にわたって元本返済に苦しみ続けないといけないという状況に陥ることも想定される。
 私も住宅ローンをはじめとし、事業用資金の借入もお世話になったことがあるが、借りるときは、「少しでも低い金利で」とまずは金利に目をやるが、いざ借りて返す段になると、金利のことだけでなく、延々と続く元本返済に参ってしまう。つまり企業の体力の消耗の根源になることだってある。
 そういう意味で、今回 事業を継続するために無利息融資制度を利用し、融資が受けられたとしも、“無”はあくまで利子であって、元本の免除があるわけではない。
 このことをしっかりと肝に銘じておかないと、お金を借りた後、とんでもない結末になることだってあり得る。
 
 私が税理士事務所を立ち上げた翌年の2008年に日本経済はアメリカで起きたリーマンショックの余波を受けた中で、当時の亀井静香金融担当大臣の鶴の一声で、「金融円滑化法」が成立し、お金が借りやすくなったことがあった。
 私の顧問先のある個人事業の経営者は、一定の書類を提出するだけですぐにお金が借りられたと、上機嫌で事務所まで報告に来られたが、実はこの方はその時点ではお金を借るなければいけないほど、経営状態は悪くなかったので、その資金で〇百万円もする高級車を購入された。
 その後、このリーマンショックの影響ではなく、ご自身の健康状態の悪化により、大幅な事業の縮小を余儀なくなされ、廃業寸前まで追い込まれた。
 少し健康状態も持ち直された後、私の事務所を訪ねてこられたときには、「必要のないお金なんて借りるもんと違うわ。この借入、利息は低いけど元本返済はまだ続いてるんです。今はこの返済のためだけに働いているようなもんです」とおっしゃった。
 必要でないお金を借りるということほど怖いものはない という事例のような話である。

 話を元に戻すが、このコロナ対策の企業向け緊急融資の案内が私の所にも送られてきているが、“無利息”という言葉に踊らされることなく、必要かどうかの見極めをして顧問先の融資の相談に対応をしていきたいと思っている。
 ただ、資金不足で目の前に立ちはだかる壁を乗り越えられないときには、後々のことをよく検討したうえで、希望の融資が受けられるように導いていかなければならないのは当然のことである。

 今回の騒ぎは、経営者にとって指針ともいうべく「備えあれば憂いなし」ということが通用せず、「何やってもムダ」というか、今までの常識が通じない事態になってきているが、春の訪れとともに何とか一日も早く収束に向かうことを願うばかりである。
 スポーツ、芸術の世界は現時点では観光・飲食業界ほど、その悪化状況が大きくはとり上げられてはいないが、この2つの分野も現在 収益が0(ゼロ)の状態が続いており、今後、事業継続不可 という企業や団体が出てきてもおかしくない。

 この何とも言えない世の中の無気力感はいつまで続くのだろうか。

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2020年03月15日

No671:いつもと違う重い春

 毎年の恒例行事とはいえ、税理士業界では一年間で最大の山場ともいえる所得税確定申告業務が一昨日[3/13(金)]に申告書控を一斉に各納税者宅へ発送する作業をもってほぼ完了した。
 “ほぼ”というのは とある事情でどうしても必要な資料が納税者の手元に届かなかった数件は、新型コロナウイルスの影響を受けて申告期限が4月16日まで延長されたことを利用させてもらうことになったが、あと2、3日のうちには片がつくようである。
 法人の決算期は12ヶ月に散らばっているが、個人事業者は全て12月決算でこの確定申告が締めの決算申告作業となるが、この申告時期には一年間の業績を把握する意味においても非常に大事な業務でもある。
 各事業者の成長や努力の跡が読みとれる内容のものもあれば、なかなか思うように業績が上がらず苦悩の一年に終わったという事業者もないわけではない。
 ただ、最近は自分自身の経営努力だけではどうにもならないような外的要因が多すぎるように思う。
 毎年のように大きな被害のでる自然災害はもとより、今回のコロナ騒ぎだけは全く予期もしなかったことである。
今までは貿易摩擦や隣国との長年にわたる問題、それに世界各地で紛争というものが絶え間なく起こったりもしていたが、今回は自然災害や戦争やそれに政治的な争いでもなく、また今までよく取り上げられた貧困や貧富の差によって起こったものでもなく、突然襲ってきたというのがこの新型コロナウイルスという憎らしいものである。しかも、地球上の限られた地域だけではなく、ほぼ全世界、地球規模的な広い範囲でウイルスがまき散らされている。
 我が事務所は16日からほぼ通常業務に戻るが、ここまで2ヶ月近く 多くの時間を確定申告業務に費やしていたので、保留状態である仕事をいくつか抱えているというのが今の段階での自分の置かれている状況である。

 今日は多少寒さも残っていたが、比較的穏やかな天候でもあったので午前中はぽぽたん(ワンちゃん)を車に乗せて、御所までいって一時間半ほど散歩を楽しんできた。
 ここ数週間、この散歩もお預けだったので久しぶりに気持ちがリフレッシュできた。
 学校が休校中であり、子供たちが屋内にこもりがちなことも影響してか、今日の御所の中の公園はいつもの休日よりも多くの家族連れの姿があった。
 本来であればこの卒業式シーズンの後には入学式があり、事務所が大学の近くにあるので否応なしにも人込みでごった返す という影響を受け、春の訪れを感じるのが慣例となっているが、今年はどんな形で4月を迎えるのかいまだに予測さえもつかない。
 高校野球ファンの私にとって春の甲子園(選抜)がなくなったことはがっかりというか 正直 力が抜けてしまったが、今回ばかりはやむを得ない措置であろう。

 昨日、電話で話をした人は毎回このコーナーを読んでいただいているようで、『先週 休みやったね。』ということも告げられた。
 週一発信、年中無休というのを基本としているが、一年のうち1、2回 どうしても時間がないという時はお休みをいただいているが、よく気付かれたなと意表を突かれた感じである。

 あれほど道路(歩道)をふさいでいた外国人や学生の姿が今ではほとんど見受けられないが、せめて4月からは学生の賑わいだけで戻ってほしいと願うばかりである。
 人間って、いやなことがあると誰かにあたったり、外に出さなくとも自分の心の中で不満や文句をつぶやいていたがそれさえもできないのが今回の件である。
 どこにも発散できない、こんないたたまれない気持ちになったのはもしかすると初めてかもしれない。
 う〜ん、何かしら重いものがある。
 事務所の年末調整・確定申告の慰労会も延期にせざるを得なくなったし・・・。
 季節だけでなく、心の中にも “春よ来い” そう願うばかりである。
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2020年03月02日

No670:まさに経験したことのない世界、そしてその後の怖い予感

 何回か前のこのコーナーで【予期せぬこと】というタイトルでこのコロナウイルスのことも絡めていろいろな出来事について述べていたが、その時に想像していた以上のことが今起こっている。一つのウイルスが世の中をこれほどまで変えてしまうとは2ヶ月前までは誰しも想像もしていなかったであろう。
 過去においてもペストや赤痢が流行し、世の中が大混乱したというのは歴史の授業で習ったという記憶がかすかに残っているが、今のような近代社会において今回のような一つの病気でここまでいろいろな分野に影響が出ようとは驚き以外何もない。
 歴史上、流行した怖い伝染病では何千人、何万人もの人がなくなった病気もあったとは思うし、それと比較すると死者は少ないなんて不純な見方ができないわけではないが、この医学の進歩した時代に収まりのつかない広がりを見せるとは、まさに現生をもてあそんでいるとしか言いようのないウイルスである。
 “コロナ”については、マスコミが連日のとり上げているので ここで詳しく説明はしないが、その影響の大きさとその影響を及ぼす期間の長さはまさに経験をしたことのないことである。
 我々の業界はご存じのように何が起ころうとも 今 確定申告の真っ盛りであるが、何と申告期限が3月16日から4月16日まで延長されたことにはついては、この業界で働く者にとってはこんなことってあるのかという驚きがあると同時に、片方では「これも一つの措置か」と意外と冷静に受け止めている。

 今回のこの“事件”にはまず、自分の体は自分で守るしかないということであろうが、こんな時でも論戦と称して国会議員は国会内でも、その外でもああだこうだとやっているが こんな時こそ党派を超えて目の前にある難敵に立ち向かうことができないのかと、またまたあきれるばかりである。
 そりゃトップの理解力、指導力、そして包容力のないことは十分承知しているが、対立という図式はいったん横において、一枚岩になって困難を解決していかないといけない 正に今はそんな時であるように思うのだが。

 いや、またあこんな精神論的な話になってしまった。
   事務所や家族(特に子供)からよく言われるんです 「これからの時代、そんな精神論だけでは誰もついていかへんで」と。
 こんなことでも自己反省が必要な、そんな50代後半の夜な夜なの独り言として聞き流しておいてください。

 最後に、これが収まった後の日本経済はどん底へまっしぐら なんて怖いことを考えているのは私だけではないはず・・・。
   春が怖い、夏が怖い、一年後、日本はどんな姿になっているのやら・・・。

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2020年02月24日

No669:誰にでもある 見ると落ち着く景色

 先週の火曜日(2月18日)は、朝 目を覚ましてカーテンを開けると近くの山は雪で白く、そのあと車で出勤しようと外に出ると、車にも3pくらい積もっていたので、フロントガラスの雪を手でよけてからエンジンをかけ出発した。
 冬になると屋根付きの車庫のある家が羨ましくなるが、「これはこれで風情があっていいか」なんて、妙な形で自分を納得させている。

 今年は暖冬で雪らしい雪はほとんど降っていないが、確定申告のさなかで私が丹後方面(京都府の北部)に出張する日に合わしたように雪が降るとは何ともいえない巡りあわせを感じてしまう。ただ、決してドカ雪でもないし、高速道路の通行も支障はないようなので特に問題なく出かけることができた。
 2時間近く運転し、宮津(天橋立)のあたりまでくると山は真っ白であるし、京都市内とは違って道端にも雪が残っていた。
 冬のこんな光景は見慣れているはずだが、今年は 暖冬が故に「やっと雪か」といつもの年以上に雪に対して特別の思いを抱いてしまった。

 というのも雪国育ちの私にとっては雪景色を目にすると何ともいえないすがすがしい気持ちになり、ついつい若い頃のことを思い浮かべてしまったり、妙に落ち着いた気持ちになる。
 交通に支障がきたすような大雪ならこんな悠長なことは言ってられないのであろうが、雪景色を見ながら運転できる程度の雪であれば、ちょっとだけ“純な気持ち”を取り戻せる大切な時間でもある。
 先日、相続関係の仕事をしている方にこのような話をしていると、神戸の出身のその方は「海が見えたり潮の香りがすると、何時もほっとするような優しい穏やかな気持ちになります。」とおっしゃっていたが、まさに人それぞれに心が落ち着く景色というのがある。
 それは決して田舎である必要はないし、東京タワーの見える高層マンションであっても、見慣れた風景であれば心を落ち着かせてくれるであろうし、京都出身の人で京都以外で生活されている方が京都タワーを見るとやっと京都に帰ってきたなという気持ちになる と話されるのもうなづける。
 この時期はスケジュールに追われ、時計とにらめっこの日が続くが、こんな時こそ1日に少しだけとは言わないが、せめて1週間に少しの時間だけでもホッとする時があると忙しいのも乗り切れるので何とも不思議なものである。

 2月11日に郷里の偉大な野球人である野村克也が亡くなった。
 事務所を開業した頃、知らず知らずのうちに本屋に行っては野村の本を選んで たて続けに何冊か読んだが、これも「高校出るまで同じ地域で過ごした」という共通点に惹かれたからであろうし、何か心のよりどころを探していたのかもしれない。
 野村についてはあれだけマスコミで取り上げられているので この場であえて野村の話をする必要はないが、これらの本の中に出てくる一つの言い伝えを見るたびに、「あ〜、同じ地方で育ったんだ」と思うものがある。
 それは私自身も晩秋になると、朝 学校に行くとき、祖父や祖母から決まって言われた『弁当忘れても傘忘れるな』という言葉である。
 幼少期の頃は「もう、何べんも言(ゆ)わんでええし」と腹が立つくらい繰り返し言われた記憶があるが、今となってはこの言葉が分かるだけでも、何とも落ち着くというか“望郷”という単語がぴったしあてはまる、そんな言葉でもある。
 今 読まれている方で、もし『弁当忘れても傘忘れるな』という言葉ってどういうこと? という人がいればここでは意味の説明までしませんので 時間のある時に調べてみてください。
 つまらぬことですが、丹後の人は野村克也のことを「野村選手」、「野村監督」、「野村さん」、「ノムさん」なんて言う人はいません。「野村克也」なんてフルネームで呼ぶ人もほとんどいないでしょう。誰と話をしていても 呼び捨てで「野村」としか口にしません。どんなに有名で偉い人になっていても。

 世間は新型コロナウイルス一色のこんな時期にこんなことを書いていていいのかとも思ってしまったが、こんな時期だからこそ多少 他のことにも思いを巡らせてみるのもいかがかなと思っている。
 今は新型コロナウイルスの病気自体の撃退が最重要課題であるが、この後、迫ってくるであろう “日本大不況”がどれほどのものかは今の時点では想像もつかない。ただ、我が国も予想以上の状況に陥ってしまうだろうなと思ってしまう。
 かろうじて東京オリンピックは開催されるのであろうが、その頃の日本、そしてその後の日本はどうなっていくのであろうか・・・・・。

 確定申告の真っただ中にいる税理士がこんなブログに時間を割いていて いいのかと思われれる方もいるかもしれないが、これも大事な息抜きの時間であるのでご勘弁を・・。
 では、そろそろ仕事に戻ります。
posted by ヒロイ at 17:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

No668:一大イベントがやっと終わった

 少し大げさな言い方になってしまっているが、実は昨日 大学の陸上競技部 創立100周年の記念式典があった。
 私もOBOG会の役員であるので、約10名で構成される今回の記念式典の実行委員として2年以上前から関わってきた。特にこの半年近くは個別打ち合わせを含めると10回近く会議を重ねてきた。
 来賓、OBOG、現役部員 総勢で550名という出席者の多い式典であったので、正直 今まで携わったいくつかの催しものの中では最もといっていいほどエネルギーを費やした。
 この実行委員のメンバーの他の人は年明け少し過ぎて比較的 時間のとりやすい時期であったかもしれないが、私は一年で最も忙しい時期と重なり、正直 体力的にかなり厳しかったが、そこは元体育会所属の先輩方の下での運営であったので、「私 この時期 忙しいので」なんて言えるものではなかった。
 ここでこんな愚痴っぽいことを言っても始まらないし、何はともあれ 昨日この一大イベントが無事終了したので、あと1ヶ月はまさに本業の確定申告に専念できる身になった というのが今の心境である。

 でも、考えてみれば100周年の節目に居合わせたのも何かの縁というか、こういったことも大変で忙しい役目をさせられたという風に捉えるのではなく、自分たちの企画で500人以上の人を集めて運営するという、またとない機会であったと捉える方が 疲れも残らないというのは本当のところであろう。

 上は90歳近い方から、そして70代となると本当に多くの先輩方に集まっていただけたし、中には車椅子の方、それに杖をついて参加してくださった方も3、4名 見かけた。
 我がクラブが輩出したオリンピック選手6名のうち5名は健在で、この日も5名とも参加で 1964年ヘルシンキ大会に出場された80代の的場先輩はわざわざ和歌山から家族に連れられて京都まで来られた。
 この5名のオリンピアンの中でも 唯一のメダリストである朝原君(北京 4×400mリレー)が壇上で司会者のインタビューに応えていた時は、やはり会場のざわつきも収まり、我々単なる一OBOGもこんな時だけは勝手に“同志”になったようないい気分になれた瞬間でもあった。

 仕事柄、研修会や祝賀会などいろいろな会に出席することもあるが、一つの会を催すのに規模の大小はともあれ、ほんとに準備することがたくさんあるんだなと、今回 裏方にまわって実感した。
 昨日は北海道から沖縄に至るまで全国のあちこちからOB・OGの方々に集まっていただいたが、このパーティーの後は各年代ごとに何十年ぶりかのミニ同窓会があちこちで開かれ、私も自分が4回生の時の1〜4までの4学年で二次会を開催した。
 30年ぶりに会う先輩や後輩もいて、顔を見るだけでは誰かわからない人も何人かいたが、名札の見るなり、『お―、分からんかったわ 久しぶり』といやり取りがあちこちでなされていた。

 正直、やっと終わって一息といきたいところであるが、目の前にある仕事はそんなゆっくりする暇も与えてくれそうにないというのが現実である。
 月曜日からのスケジュールに目をやると、いよいよ確定申告も佳境に入ってきたなというところであり、一服する暇もなく3月中旬まで走っていくしかないなというのが今 自分が置かれている状況である。
 世の中は、“○○ウイルス”一色の様相を帯びてきているが、油断はしないにしてもできる予防はしっかりとして、何とか健康でいられるよう願っている。
 まあ、忙しいさなかではあるが、今回の内容を書くことで100周年から確定申告にチェンジする機会にしたいし、しなければならないそんな区切りの夜である。
 では・・・。
posted by ヒロイ at 21:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月10日

No667:予期せぬこと


 今、どこへ行ってもコロナウイルスの話題ばかりであるが、このことって発生原因は1ヶ月前にはあったのかもしれないが、少なくとも日本では正月頃には誰しも予期もしていなかったことである。
 それが今や我が国でも中国人の入国制限の他に日本からの渡航制限や空路の減便などあらゆるところで大きな影響が出ている。
 今後のことは予測できないが、夏の東京オリンピック・パラリンピックはどうなるのかという不安の声まで出だしている。
 全く予期しなかったことということで言えば、次元が違うかもしれないがスポーツの世界でいくつか想定外のことが起こっている。
 少し前のことであるが昨年の2月に水泳の池江里璃花子選手が白血病と診断されたのも衝撃的であった。
 明るくて天真爛漫でありながらとにかく強い選手でもある池江選手はリレーを含め16種目の日本記録を持ち、東京オリンピックでの活躍を本人はもとより我々日本国民も楽しみにしていたがそれはお預けとなってしまった。
 そしてもう一つ、東京オリンピックで金メダルの有力候補にあがっていたバドミントン世界ランキング1位の桃田選手の交通事故の一件。その車の運転手は死亡したにも関わらず桃田選手は一命をとりとめたとはいえ日本に帰国後、数日たってから右目の眼窩底骨折が判明したというニュースが昨日になって飛び込んできた。
 他にも予期せぬことはもっとあるのだろうが、今回 例を挙げたこれらのことは当事者はもちろんのこと、周りの者も報道で知るまでは全く予期していなかったことである。

 予期せぬことであっても楽しいことやおめでたいことなら心もウキウキするが、逆であれば不安になったり暗い気持ちになるものである。
 仕事の中でも、人生の中でもこの予期せぬことにどのように対応できるか、いかにして潜り抜けるかが人間の強さを示すバロメーターともいえるであろう。
 何かあると落ち込んだりヘナッとなってしまう自分と、これをなんとか乗り越えないと思う自分があることも、一歩引いて自分を見つめてみると両面を持ち備えているなと思ってしまう。

 今日も何が言いたいのか分からなくなってきているが、何事にも対応できる人間こそが “大きな人“なんだろうなと思ってしまう。
 毎日の生活にしたって予期せぬことの連続で朝に描いていたとおりに一日が終わることなんてほとんどないというのが現実であるが、これって逆にとらえれば“予期せぬこと”があることが日常であると思えば気が楽にあるのかもしれない。

 日曜は朝から雪が降っていたが明日の朝はどうなんだろう。やっと冬らしくなってきたとはいうものの・・。
posted by ヒロイ at 00:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月02日

No666:憧れる“私鉄の社長兼税理士”

 税理士業、税理士業界にとって一番忙しいといわれる確定申告期が直前に迫ってきた。
 我々税理士も毎年2月上旬から3月初旬にかけて税理士会の各支部単位で開催される確定申告の地区相談会に応援に行くことになっており、私も2月12日に当番が当たっている。実は今年からは5支部合同開催となった。
 忙しいさなかのことで、正直 時間的にはかなり厳しいが、ここでは自分の事務所の顧問先ではなく、一般市民というか、一般の納税者の方々からのいろいろな相談に応じたり、申告書の作成方法を説明することになるが、これはこれでいつもと違って新鮮な気持ちになる。
 基本的には税理士と顧問契約をされていない いわゆる素人さんばかりなので、たまに「えっ?」と思うような質問をされることもあるが、顧問先の方とのやり取りと違って、ある意味 自分も世の中の役に立っているのかもと感じることができる日でもある。
 当番の日はほぼ1日張り付きになるので、行くまでは結構気が重いが 当日その場に立つと結構必死になって質問に答えているのには自分でも不思議に思えてくることもある。ただ、夕方 終わった時にはそれはもう かなり疲れきって、ぐったりしている。
 税理士は通常は顧問先の方のために仕事をし、こういった時期には一般納税者のために本業の税務・会計に関わる仕事をしているが、先日ある雑誌で見たのは千葉県の税理士が税理士業以外にユニークな仕事をされていることが紹介されていた。ユニークといってもその仕事は非常に責任のある仕事で、それはあるローカル私鉄の社長業である。 
 旅行、鉄道、地図という言葉には目がない私にとっては何とも羨ましいが、赤字の銚子電鉄(千葉県)をなんとか存続させるために経営改善をするという非常に責任の大きな役割を担っての就任である。
 歳は私と同じ57歳であるが、税理士としては500社もの税務申告も行っているというから私なんか足元にも及ばない。
 そしてなんといってもすごいのが、2016年に電車の運転免許を取得し、自ら電車の運転もできるという 税理士、社長、そして電車の運転士という何でもござれという人物である。
 私も小さい時から鉄道大好き少年で、子供が小さい頃は子供そっちのけでプラレールにはまり、次は子供が持っていた“電車でGO”というテレビゲームにもまった時期があった。
 怪しげなおっさんと思われるのであまり大きな声では言えないが、電車の先頭車両から二本のレールを見るとぞくぞくするし、今でも私鉄では先頭車両に乗って横目で前を見ていることもある。決して、運転手の後ろに立って前方を見たりはしていませんが・・・。

 今日はこうして税理士業の傍ら(この場合税理士業が副業かも?)、やってみたい仕事をしている同年代の人の生き方が羨ましくもなったのでとり上げてみた。
 ただ、こういった赤字ローカル線の社長業はそう楽しいことばかりではないというか、楽しいことなんてほとんどないのかもしれない。
 我々は“税理士”という資格というか冠を被っているが、税理士という資格に関係なく一経営者になった場合(普通の社長はほとんどそうであろうが)、果たして経営は傾かずにやっていけるのか、経営手腕はどんなものなのか自分でも疑問符の付くところではある。
 そういう意味で税理士でなくても会社の経営できるような人物こそが、顧問先の経営相談にのれる頼りがいのある税理士なのだろう。
 税理士は税の専門家でいいと思うが、税理士“業”は税の知識以外に企業家をより良い方向へ導く能力が必要であるように思う。

 まだまだ、学ばないといけないことは山ほどある、そんなことを感じた銚子電鉄社長兼税理士の話であり、自分でも少し憧れる同年代の生き方を記したものであった。
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2020年01月26日

No665:24時間営業の店が減っていく世の中って・・?

 先日ファミリーレストランのすかいらーくが「24時間営業を廃止する」という記事を見て、驚きよりも、「当然では」 と妙に納得してしまった。
 家から車で5分程の所にもロイヤルホストとフォルクスがあるが、ロイヤルホストは24:00、フォルクスは24:30 が終了時間との表示があり、今は夜中はやっていないんだと思ってみていたが、確かに平日は夜10時以降になると停まっている車も少なく、ガラス越しに見える店内のお客さんもまばらというか、1、2組だけではいう日も結構ある。
 何かのデータに基づいて言うわけではないが、この状況は時代とともに変わってきているように思う。
 というのは今から20〜30年前はいろいろな業種において深夜営業は当たり前であったし、そもそも京都の街自体に今以上に活気があり、今のように外国人でごった返すのではなく、どこへ行っても若い人、特に学生がもっと街中に溢れていたように思う。
 当時も今と同様 学生バイトは盛んであったし、生活のためにバイトする学生もいたが、中には遊びのお金欲しさにバイトする人も結構いて、パチンコ、麻雀、ビリヤード、そしてボウリングに映画という遊ぶ所には多くの若い人の姿があった。
 左京区の高野(現在の洛北カナート・・年末から洛北阪急スクエアに変更)にはスケート場もあり、大学時代には日曜日に岩倉グランドで練習が終わった後、「ちょっと滑りに行こか」といって下手なスケートをしに行ったこともあったし、横でボウリングをして帰ったことであった。
 その当時と違って、今は若年人口が減ったこと、つまり少子化の影響もあって当然のことであるが、私の若い頃と違って“暇があれば遊んでいる”若い人たちは確実に減ってきているように思う。みんな部屋にこもってゲームしているからなのかな?
 そういう流れの中で夏の一時期を除いては、夜 特に夜中まで遊ぶ若者の姿はほとんど見かけなくなり、それ以外の季節は10数年以上も前から“引き(帰り)”が早いなと感じていた。
 コンビニの年中無休と24時間営業への問題提議に端を発した、サービス業の営業時間の見直しはますます拍車がかかるのは当然の帰結であろう。
 学生時代は遊び疲れてお腹がすくと夜中にコンビニや牛丼屋に数人で真夜中の腹ごしらえに行ったことが今や遠い過去のことであり、今の時代には受け入れられにくい行動なんだろうなと思う。
 ただ、よく考えてみると人出(労働者)不足や採算面で悪化傾向にある店も多くなってきており、今や店が客に合わすだけの体力は店側にはなく、客が店に合わせて行動する時代に入ってきているように思う。
 家の近くに人気のそば屋(よしむら北山楼)があり、休日の夜たまに食べに行くが、ここは21時で店が閉まるので、これに合わせて行動せざるおえないし、遅くまで開いてる店でないので、客である我々が店の営業時間に合わせることで より計画的に行動するようになり、今まで以上に時間も効率的に使うようになる。

 今の時代の人からは想像できないかもしれないが、我々が社会に出て数年後、平成が始まった頃は、栄養ドリンクのコマーシャルも過酷なものが多く、「5時から男のグロンサン」とか「24時間戦えますか(リゲイン)」なんていう、今の時代なら、一発で アウト! になってしまいそうなキャッチコピーが受けた時代でもあった。

 働き方改革の波が時代を引っ張っていっているような現代社会においては、ある意味 「早寝早起きで時間を有意義に使う」というのが一番ぴったしのようにも思う。
 これからは我々も経験したことのないような少子化、そして、人口減少へと向かっており、客だけでなく労働者(働き手)の不足も予測される中、事業を継続するにはこの両方の確保が不可欠という、非常に難しい時代に突入している。
 経営者はこのことを認識し、素早くそれに対応できた企業・事業所だけが残っていくことができるような気がする。
 本当に厳しい時代に生きなければならない中で、高度成長期に生きてきた親世代を羨ましく思うと同時に、我々の子供たちの時代にはいったい日本はどうなっているのか想像さえもできないほど、時代の流れは速く、世の中を取り囲む状況がどう変わっていくのかもわからない。
 私自身、少し大げさかもしれないが、これからは「先手必勝」が打って出れる事業所だけが残れるのではと思い始めている。

 何気なく書き出したが、休日の真昼間にしては結構重い話になってしまいました。
 では、いい休日の午後をお過ごしください。
posted by ヒロイ at 15:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

No664: 締まりのない冬

 今年は超がつくくらい暖冬で非常に暮らしやすい冬である。
 私は何とも“締まりのない冬”だなと思っているが、この“締まりのない”というの言葉からは、まず“締まりのない体(からだ)”というぶよぶよな体形を想像してしまう。
 つまり、引き締まるところが引き締まっていなくて、全体的にだら〜とした感じで、太り気味っていう そういう体型である。
 今年の暖冬とぶよぶよな体形を結びつける私もどうかと思うが、要は寒くならないといけない時期にはやはり寒くならないと人間に緊張感がなくなりピリッとしないということである。
 私自身 決して寝不足ではないはずだが、例年以上にあくびの回数が多く、昨日も夕方にカミさんと犬の散歩をしている途中に私が何度もあくびをするので、「そんな眠いんやったら、わざわざ散歩にこんでもいいのに。家に帰って寝といたら。も〜、あくびばっかしして。」と言われる始末である。

 冬の寒さは雪国育ちの私にとっては人以上に敏感であるし、子供の頃は今ほど十分な暖房設備が整っていなかったので、冬は早めのお風呂に入った後は、掘りごたつに体ごとすっぽり入り、寝るまでの間に体を冷やさないようにし、寝る時間になるとそのまま あんか(こたつ)の入った布団に潜り込むようにして眠ったものである。
そんな寒い夜の翌朝は必ずと言っていいほど外が銀世界で、父が早くから起きて通学路の確保のために雪かきをしてくれたものである。
*ちなみに私の実家の方では「雪かき」とは言わずに、「雪すかし」と言っていた。


 話が横道にそれた感はあるが、この凍てつくような寒さの中でいかに生きていくのか、どのようにして寒さを乗り切るのか それは大人だけでなく子供にも年齢に応じた冬対策、雪対策というのがあり、いろいろと頭をひねったものである。
*思い出話:雪の中で遊んで中まで濡れた靴を掘りごたつの中に入れておくと数時間後にはパリパリになるくらい乾いていた。これって雪国の人、しかも50歳以上?の人以外は何のことやらって思うだろうけど。すみません、余談でした。
 その後、高校卒業後に京都市内に出てきてからは大雪にあうこともほとんどなくなったが、それでも、冬になると寒さ対策を毎年いろいろと考えながら生活している。
 厚手の下着やコートなど防寒用の服装をはじめ、雪の多い方面に仕事で出向く日の前日には、いつもより入念に天気予報や高速道路の状態をチェックするなど、冬ならではの準備というものがある。
 それが今年はほんとに冬なのかと思う日が続き、今日も午前中に気分転換を兼ねて事務所の近くにある京都御所を散歩していると、まるで秋のようでコートこそ手放せないが、昼前まで1時間以上歩いているとマフラーが邪魔に感じてしまうほどの天気であった。
 冬は冬らしく、夏は夏らしいのは人間にとっては一種の苦痛かもしれないし、それが極寒であったり、猛暑であったりすればなおさらであるのだろうが、そういった時期があるからこそ、穏やかな春や秋が待ち遠しく、春と秋がより一層いい季節であると実感できるのだと思う。
 私は決して寒い冬を望んでいるわけではないが、今年のように異常ともいえる暖冬では、ついついもう少しピリッとするような冬であってもいいのではと思ってしまうし、もしかするとその方が緊張感が高まり日々何かとことが進むのかもしれない。
 ただ、本当に寒くなると「何とかしてこの寒さ」と思うのあろうが・・。
 
 今日は暖冬に関してもよもやま話につき合っていただきありがとうございました。
 *1月23日(木)の予想最高気温はなんと15℃です。
posted by ヒロイ at 21:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする