2022年05月15日

No.779:ネット社会での責任の所在は?

 職場でアドレスをあてがってもらって、メールで顧問先や取引先とやり取りを始めたのはいつ頃からなのかはっきりしたことは覚えていないが、私が開業した15年前には全ての人が という状況ではなかったにしろ、ほとんどの人が使えるようになっていた。
 それから考えると、正式な時期こそ定かではないが、前の職場に在籍中だった20年くらい前から徐々に利用しだしていたであろう。
 それが今やメールをはじめとするネットの利用はどんどん広がり、ただのコミュニケーションツールというだけではなく、一つの社会や文化を作り上げていると言っても過言ではない。
 ただ、20年以上も前は、国民や社会の声というのは街中で大声を張り上げたり、テレビやラジオに出演して訴えたり、あるいは投書を通して、みんなに伝わっていた。匿名というのもたまにはあったが、基本的には発言者も陰で何かを言うのではなく、自分も表に出て物言うのが基本であり、そういう意味において、発言には責任がついて回り それなりの重みもあった。
 それが今のSNSを利用しての意思表明は、どこの誰だと名乗る必要もなく、罵声や脅しに近いような言葉であってもほとんど責任をとることもなく何でも言える世の中になってきている。
 今朝も目が覚めた後 すぐにはベッドから出ることもなく、いつものようにスマホをいじりながら今日の天気やニュースを覗き込んでいたが、よく考えればこういった布団の中やお風呂の中そして少し汚い話になるがトイレの中からでも好きなことが言えるというのが今の社会の怖い部分でもある。
 政治に関することになるが、選挙前には政党支持率や各候補者の騰落予測などが公表されるが、これもこうして体や口を動かさずして、指先だけで意思表示をすることによって世の中を動かすことさえ可能であるとも言える。
 ただ、どの選挙でも以前ほど投票率が上がらないのは、ネットでの選挙ごっこに満足して、実際には投票場へ足を運ばない人、特に若者が増えているのではなかろうかと勝手に推測してしまう。
 あと、飲食店や医療機関へのいわゆる“口コミ”が 客や患者の動向に影響を与えているのはみなさんもご存じであろうし、ちょっといい書き込みがあれば、予約がとれなかったり行列ができる飲食店なんかはまさにこの影響の最たるものである。
 私は今まで書き込みをしたことは一度もないし、しようと思ったこともない。良いことでも悪いことでも基本的には自分だけにとどめるか、せいぜい身近な人にだけ耳寄りな情報として伝えるだけで十分と思っている。なぜ、第三者にそんなことまで伝える必要があるのか、特に誹謗中傷と言われる悪口の場合なおさらである。
 それは伝えたがり屋や訴えたたがり屋、そして叫ばずにかまんできない独りよがりで寂しがり屋の人の勝手な行動で、こんなものに振り回されるようにはなりたくないと思っていつも行動している。
 今日はなんだか妙な方向へ話が行ってしまったが、今のネット社会への歳のいったおっさんの独り言と思って流してください。

 それと、ここまでの内容と少し違うが、最近あまり気分がよくなかったことをもう一つ。
 それは携帯電話のスピーカー機能をこちらの了解もなく勝手に使用されていることである。
 つまり私はAさんに電話して話しているのに、途中でAさんの傍にいるBさん(家族又は友人等)がいきなり横から私の携帯電話での会話に飛び込んでくるケースである。
 私は電話という1対1で話をするツールを使ってAさんと話しているのに何でここでBさんが登場するの? ということである。
 本来なら、「重要な話なんで隣にいるBさんにも聞いてもらっていますしね」って一言断りを入れるのが礼儀というものではなかろうか。いやいや礼儀なんて関係ないのかも? この内容、顧問先の方が見られるとまずいかな、でもいいか思ったこと言ってるだけなんで。陰で言っているわけでもないし。
 もっとひどいのは、何の断りもなく会話を録音されていたこともあり、後で「あの時のあの発言ですが・・。」と言われたことである。これこそゾッとするしますよね。
 まあ、これ以上話を続けると ○○の遠吠え なんて言われかねないのでこの辺で終わりにするが、大事な話をするときに「今電話していてもいいですか、一人ですか」とわざわざ断りを入れないといけないこと自体、妙な世の中になってしまっているな と思っていしまう。

 まあ、言いたいことをひと通り言ったので今日はこの辺で終わりにします。
 暑いのか肌寒いのが分からないような天気ですが、夏に向けて今一度体調を整える5月の後半にしたいものです。でも、私はスケジュールを見る限り厳しい残りの2週間になりそうですが・・。
 今日はただの愚痴なのにいつも以上に長くなってしまいました。すみません。
posted by ヒロイ at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月08日

No.778:少なくなった“喝”を入れてくれる人

 日曜日の朝番組の中のスポーツコーナーで“喝”といって批判をしたり、気合を入れるのを見られたことはあろうかと思うが、今朝 久しぶりにこの番組を見る機会があり、少しの時間ではあったが見ていてがっかりしたことがあった。
 それは出演者の発言が番組の進行を妨げたり、「おやっ」とか「ドキッ」と思わせるようなものがほとんどなく、そつなくこなすいい人の発言ばかりであり、その反面というか キレもそしてケンもない発言が続き、以前のように出演者の強烈な個性はほとんど見受けられなくなっていた。
 言い換えると、あっさりし過ぎていて、つまなくなったなと感じたということである。
 ついこの間は司会者のS口さんが適切でない発言をしたとか、少しずれていたとかSNSで叩かれていたし、その前は今は退かれているスポーツコーナーのH本さんの不適切で、捉え方によっては差別的な発言がやり玉に挙げられていたが以前からこの番組を知っている者にとってはやはり今の出演者には物足りなさを感じずにはいられない。
 確かに過去の出演者の中には、その発言内容を後で検証すると問題があったり、視聴者側から逆に“喝”と言い返したいようなものもいくつかあったのも事実である。
 これも時代の流れかと言ってしまえばそれまでの話であるが、何かを言ったら叩かれるという恐怖心を持ちながら番組に出演するのも大変なことのように思う。 

 ここから先はここまでの内容から少し角度を変えて、厳しい忠告、そしてそれを声に出して言ってくれる人について思い出も交えながら述べさせてもらうこととする。
 最近は他の人、特に後輩や部下に“喝”を入れることもなくなったし、ちょっと間違った“喝”の入れ方をすると大きなトラブルに発展することだってないわけではない。
 また、上の人から“喝”を入れらたり、そういった場面を見る機会も少なくなったし、そのうち“喝”なんて死語になるのではと思うぐらい世の中の状況や人間関係は大きく変化してきている。
 我々の年代の者は子どもの頃は先輩から“喝”を入れられることによって、今まで気がつかなかったことに気付くことも何度かあった。
 古い話で恐縮だが、私が中学生だった頃、野球部でいっしょにショートを守ってシートノックを受けていた先輩から、「廣井、さっきのプレーは気合が入っとらんぞ。だから一歩目のスタートがあんなに遅くなるんや。バッターの足の上げ方を見て、こちら(守っている者)の一歩目の踏み出しを右にするのか左にするのか決めるんや わかっとんのか?」と怖〜い注意を受けたことがあった。ただ、この先輩からのこの一言で今まで捕れない打球がとれるようになった。
 今はこの怖〜い一言さえも問題になりかねないご時世だがやはりこの“喝”とか“気合を入れる”ということは、時と場合にはよるだろうが、私は(個人的には)必要なような気がする。ただ、こんなことを言っていること自体、前時代的なのかもしれないし、こういう発言をすることすらヤバいと捉えられかねない難しい時代になってきた。
 “チクリとする一言”とか“くぎを刺す”なんていうことも使い方を誤ると人間関係にひびが入ったり、内容によっては訴えられるようなことにもなりかねない。
 何かにつけ大変な世の中になっていくのを実感する今日この頃である。

 話を急に目の前のことに戻すが、
 GWというのは完全休養ができるわけではないが、年始からここまでバタバタしてきた人にとっては、いったん立ち止まって仕切り直しができるいい期間であるなと思う。
 ただ、明日はもう5月も9日ということで、5月はあと残り3週間。
 いや〜、明日から大変そう。怖い怖い。
posted by ヒロイ at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月01日

No.777:経営が順調である人の悩み

 ふとNoを見ると、今回 第777回なんですね。何かいいことがあるといいのに・・。
 
 つまらぬことはこれくらいにして、本題に入ります。
 今日のタイトルを見て、多くの人が「なんというぜいたくな話」と思うでしょう。でもあるんです、こんな羨ましいような話。
 4年前に30代で事業を始められ、1年目も2年目もほぼ予定どおり目標売上高に達し、その後はさらに右肩上がりの業績が続き、開業時の借入金こそまだ完済されていないが、その返済も順調に進んでいる。
 このような状況なので、個人の生活資金として、家へ入れるお金も当初予測していたよりも少し多めの金額をまわす形がとれている。
 このコーナーでも何度か“事業がうまく人”ということを取り上げているが、今回の方も今まで紹介した成功事例のように何事においても万全の事前準備をした上で事業を立ち上げ、また事業開始後も、ほとんど一息つくこともなくここまでまっしぐらで進んでこられた。
 先日、毎月の面談時に経営指標を見ながら、「いつもよく似たことばかり言っているかもしれませんが、本当に順調ですね。非常にいい状態になってきていますが次なるステップをお考えですか?」と尋ねたところ、「いや〜、順調かもしれませんが、まだまだ安心はなりませんし、正直 今後どのようにしていったらいいのか分からないんです、次なる目標が設定できなくて。」とまさに他の人から聞けばなんともぜいたくな悩みを打ち明けられた。
 そしてその方は、「もし私が50代なら、あと何年がんばって、その後 事業の閉じ方や承継の仕方とかを考えればいいんですが、まだ30代ですしね。普通ならもういっちょやってみるかと事業を拡大する人も多いんでしょうが、私には今のところ拡大志向が全くなくて。」とおっしゃった。
 確かに事業を始めると1年でも1ヵ月でも、いや、1日でも事業が早く軌道に乗るよう、模索をしながら日々事業に取り組んでいくのだが、この方のように早くして目標に達した方のその次というのは、意外と難しいのかもしれない。特に事業欲とか拡大意欲とかがなければ、「じゃあ、この次どうすればいいの? この後何を目標にすればいいの?」ということになってしまう気持ちも分からないではない。
 もちろん家を買うとか、子供の教育資金を確保するというような目の前の目標が全くないわけではないが、「目標としている○○を実現するために働く」というような長期的な展望というか、達成感が得られるようなものが今のところ見当たらないようである。
 「次はどうしたらいいのでしょうね?」というのも 頭を抱えるような悩みではないにしろ悩みには違いない。

 我々の仕事は事業を軌道に乗せたり、可能な限りの節税について模索・提案したりするののも重要な業務であるが、この方のようにいっしょになって目標を見つけ、道筋をつけるというのも経営者を支えるという点では我々に課されている仕事のひとつかもしれない。
 もちろん人それぞれの人生であり、またご家族もいらっしゃ場合には ご家族の方々のご意向も踏まえて考えないといけない場合もあるが、今後の人生をいっしょになって考えていく機会なんてそうそう度々あるものでもない。
 他人の人生なので立ち入り過ぎることのないようにしないといけないのは分かっているが、何年か先、「いい人生だった」と言ってもらえればこれほどうれしいことはない。
 まあ、普通は生きている以上、悩みがなくなるなんていうことなんてないんでしょう。悩みがあることが生きている証拠なんでしょうから・・。

 明日はGWの谷間の営業日ですので何とか一日頑張ってきます。
 そういえば明日は新名神を使って滋賀県の甲賀市まで出張、高速が混まなければいいのだが。
posted by ヒロイ at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月24日

No776:遺影に手を合わせて

 先日、3月にお亡くなりになった方のご家族のとの面談があり、ご自宅を訪問した。
 顧問先の方であったので、事務所に残っている過去の資料と事前確認した情報から判断する限りでは相続税はかからないくらいの財産内容であったが、相続開始後の各種手続きや今後の対応について相談したいとの申し出もあり、4月になったら面談をすることになったいた。
 この亡くなられた方とは基本的には1年に1回会う程度の接触度合いであったし、年齢も80代と高齢の上、病気で入退院を繰り返されていたので直接お目にかかる機会も少なくなっていた。
 しかも、一昨年から新型コロナウイルスが世に蔓延しだしてからは、「会うのも怖い」と言われ、資料のやりとりはもっぱら郵送で行い、あとは電話での補足説明を聞くというのが基本的なスタイルになってきていたので、ゆっくりと顔を突き合わせて談笑する機会もなく、2年が過ぎてしまっていた。
 こんな状況の中、確定申告も終盤に差し掛かった3月上旬に この方の奥様から、「うちの主人ですが、お医者様からあと2、3日と言われています。今 何かしておくことはありますか?」と電話があった。
 そして、その電話があってから1週間後に、「先週 主人が亡くなり、お葬式も内輪で済ませたので、報告しておきます。」と連絡が入った。
 この連絡の後、やはり今までのような外部の人も参列する葬式はされなかったのか、そりゃそうだよな こんな時期だもん、と葬式のついていろいろと考えていると葬式の形態と意義の方へ頭が回りだし、葬式のことをいろいろと考えた。

 コロナ禍以降は死後の儀式であるお葬式のスタイルもすっかり変貌を遂げ、今回のような家族葬的な いわゆる内輪で済ませる葬儀が主流となってきている。
 決して大掛かりな葬儀を推奨したり、望んでいるわけではないが、お世話になった方が亡くなった時に手を合わせる機会がほとんどなくなり、事後的に何かのきっかけで亡くなられたことを知るケースが非常に増えてきている。
 今まで幾度となく葬式には参列してきたが、葬式にはそれを行う意義もあったなと今になって思うこともある。
 亡くなった方には申し訳ないが、通夜や告別式の連絡が入るとそれに参列するための日程調整は正直 結構大変であるし、遠方へ出向いていくことだって幾度となく経験してきた。ただ、お葬式の場で遺影を前にするとその方との楽しい思い出だけでなく、怒られたり、苦言を呈された時のことも脳裏に浮かんでくる。どちらかというと楽しいことよりも苦い思い出が頭に浮かぶことの方が多かったように思う。
 葬式に参列した後、2、3日もすれば日々の忙しさもあってこういったしんみりしたことは忘れて、日常に引き戻されてしまうが、葬式に参列しての帰り道くらいはしんみりとした気持ちになり、自分の生き方について反省すべき点と亡くなられた方への感謝の念が込み上げてくることが幾度となくあった。
 また、葬式に多くの費用をかけることに疑問を持ったこともあるし、相続の関係の仕事をしていると1,000万円近い葬儀費用の明細書を見て、「すごい! でも 故人には申し訳ないが少しもったいない気もするな、残された者の生活のことも考えると。」と思ったこともあった。

 今回の方は一人娘さんが以前 仕事の関係で宮古島にいらっしゃるときに会いに行かれ、帰ってこられて間もない頃 私との面談の時に、沖縄や宮古島に行った時のことを話されていたが、私が「今後も息抜きを兼ねて、定期的にお嬢さんとそのご主人に会いに行ってくださいね。」というと、「もうええわ、70を超えた者には長時間の飛行機は堪えるし、いっぺん行ったらもう十分、やっぱり京都とこの家が最高やし、一番落ち着くわ。」と話されていたが印象に残っていた。そしてこの方の遺影を前にしてこの宮古島の話を一番に思い出した。

 昨今は葬式だけでなく結婚式の方も大幅に減り、また行われても縮小されたりする話を見聞きするが、結婚式への出席は純粋に楽しく華やいだ気持ちになり、さらには少し感動するようなことがあると、「自分も30年以上も前にはあんな気持ちもあったんやな。今は・・・・・になってしまったけど」と自己反省することも度々あった。

 話が葬式から結婚式の方までいってしまったが、もう一度話を 元に戻すと
 遺影の前で手を合わすことは、自分が歩んできた道を振り返り、今後の人生を考えるという点ではそれなりに意味のある行為だったんだなと思ったし、葬式が少なくなった昨今では、そういったしんみりする機会さえもなくなってきていることに少しだけ寂しさを覚えてしまう。
 ただ、以前のような形にはもう戻らないような気もする。
 最近 黒のネクタイを締める機会って本当に少なくなりましたよね、というかほとんどなくなってしまいましたね。
 良いのか悪いのかはそれぞれの人の考え方にもよると思いますが、遺影を前にして いろいろいろ考えてしまいました。
posted by ヒロイ at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月17日

No775:久しぶりのスポーツ観戦で気分爽快

 新型コロナウイルスは最悪の状態は脱し、新規感染者数は減少傾向にあるとはいえ、なかなか底は見えない状況が続いている。
 また、国外に目を向けても緊迫し、悪化の方向へ向かっているともいえるウクライナ情勢、そしてその余波も受けつつある中での世界、そして我が国における経済状況の悪化と目の前に明るい話題が見つかりづらい世の中になってきている。

 そんな中で今日はスポーツの話題であるが、スポーツ好きの私にとってはスポーツは嫌なことを忘れさせてくれ、心を和ませてくれる。

 先週の日曜日に27人の相手バッターを一人も塁に出させない完全試合を達成したロッテの佐々木投手が今日も日本ハムの打者24人を全て抑え込み8回でマウンドを降りるという離れ技を見せた。
 9回まで投げきらず次のピッチャーと交代したのは多少残念であったが、その交代にも不思議と納得がいったのは、まだまだこの佐々木物語が次へと続くという期待があるからなのだろう。
 次へ試合の楽しみは、完全試合やノーヒットノーランというよりも まず佐々木の球を打って最初に塁に出るのは誰か、そして初めてヒットを打つのは誰なのか そんなまるで映画やゲームの世界のようなことを現実のこととして考えられるだけでも、今までに経験したことのないことである。
 この佐々木超特急を止める、つまり塁に出たり、ヒットを打った選手はそれだけで話題の人になるのであろう。
 明るい話題の少ない時にすごい記録でなんともワクワクさせてくれる佐々木投手には尊敬と感謝の気持ちが沸いてくる。

 話は野球からサッカーへ、そして一週間前のことに戻るが、先週の日曜日にサッカーJリーグで12年ぶりにJ1に昇格した京都サンガの試合を亀岡のサンガスタジアムまで観に行ってきた。
 このスタジアムは2年前にできたとこで、屋根付きのドームではないが観客席のほとんどが屋根に覆われており、また ピッチとスタンドとの距離が近く、この日の私の席は前から5例目であったので、監督が指示を出す声や選手の荒い息づかいまで聞こえてくる なかなか臨場感あふれるスタジアムであった。
 実はこの日も朝から家でしていた書類チェックが予定よりも早く終わった(こんなことはほとんどないが)ので、昼ごはんを食べている時に「今からでも間に合うわ。よし行こう。」と、松ヶ崎から14時半過ぎの地下鉄に乗って、電車で亀岡へ向かった。
 それから1時間後には当日券を買ってシートに着くというなんとも慌ただしい動きであったが、試合の方も3対1で京都サンガが勝ったし、昼間からたこ焼きを食べながらビールも飲めたので、ここ暫くの間で一番の気分転換というか息抜きになった。

 まだまだスポーツ観戦も大手を振って行ける状況ではないが、またコロナの心配がなくなり、時間がとれれば一人でふらっと行きたいものである。
 前もって予定を立てておくのではなく、今回のように急であっても時間とれた時に見たいものや行きたい所へ行くというのもなかなかいいもんだなと思った。
 普段 予定に縛られていることが多い身としては、こんな思い付きで急な行動は結構 スリリングで楽しみになるかもしれない。
 ただ、次にこんな時間がとれるのはいつになるのか今は全く予想がつかない。だからいいんだけどね、俗にいう 行き当たりばったり で。
posted by ヒロイ at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月10日

No774:なかなかできない身の回りの整理

 昨日は今の勤務先を来年の春に退職し、ご自身で事業を立ち上げようとされている方がご夫婦で事務所にお越しになった。
 事業を始めるまでのスケジュールの確認や必要な資金の調達方法の相談、そして当事務所が行う経営や税務の支援の内容について質問があった。
 面談が終わった後は、今後 相談を継続するかどうか検討してみるということで帰っていかれた。
 現在 顧問先になっていただいている方の開業後の経営状態にあらためて目を向けてみると、事業立ち上げ時の気持ちを開業された後も忘れずに少しでも頭の片隅でもお持ちの方はまずは心配ない。ただ 思った以上に早く軌道に乗った方でついつい初心を忘れ、気が緩み徐々に不安定な経営状態に陥っているケースを目にすることもある。
 事業の立ち上げ、つまり開業というものは、一生に一回きりの場合が多いが、私のように開業支援の仕事をしていると他人様のこととはいえ、事業を立ち上げる時の期待と不安に満ちたドキドキ感のようなものを何度も共有できるのはある意味 ありがたい経験ともいえるだろう。

 昨日は事務所も休みだったので、午後からは静かな中で自分の机の周りにある「ひとまずはここに」と積み上げられていた書類の整理に精を出したが、あまりにも量が多く 当初考えていた1/3くらいしか片づけることができなかった。
 デジタル化が進み、事務所でも「出来るだけ紙ではなくデータで保存を」と言っているのに まだまだ紙で保存しているものの多さにあらためて気付く結果となった。
 「必要かな?」とか、「あったら便利」と思うようなものがあるとついついコピーをとって残してしまうので、気が付けばコピーとそれを入れたファイルの山になっていってしまってるというのが今の状態である。
 目の前のファイルの中を覗き込むと、「なんでこんなものを置いていたんだろう」と思うくらいいろいろなものがあったので、いらないものはすぐさまシュレッダー行きとなった。
 あと、控えを渡す必要のない自分の確定申告書とその関連書類も3月10日の電子申告が終わった状態のまま たくさんの書類を輪ゴムで止めて机の下に置いていたので、整理して正式な保存用ファイルに閉じ込んだ。
 思ったように進まないからと言って、こういった整理作業を避けているとたちまち同じような状態なってしまうので、次は5月の連休にも選別→廃棄の第二段を実施することにしている。

 人間ってなんで使う可能性が少しでもあると 取っておきたくなるんでしょうね。「いつかは使うかも」とか「いつかは着る時がくるかも」なんてつまらぬ呪文をかけているように。
posted by ヒロイ at 21:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月03日

No.773:“一太郎”の思い出

 私の一日は毎朝6時に朝刊を自宅のポストに取りに行き、2つの朝刊のうち まず日経新聞の最終ページにある「私の履歴書」に目を通すとこから始まる。
 ご存知の方も多いと思うが、この「私の履歴書」はその時々の話題の人や著名人、更には過去において名を馳せた人が生まれてから現在に至るまでを自分で振り返りながら1ヵ月に渡って綴るというコーナーである。
 この私の履歴書で先月 久しぶりに“一太郎”という活字を目にし、懐かしさもあって、毎朝わくわくしながらこの連載を読んでいた。
 登場人物の浮川和宣氏ご本人のことに触れる前にまず一太郎の思い出について話しておく。

 私と一太郎との出会いは、私が22歳で社会人になり、結構転職者の多い税理士業界では珍しく新卒者としていきなり身を置いた事務所でのことである。
 その事務所は当時では従業員が20人を超えるという京都では比較的大きな事務所ではあったが、今ではどこにでもあるパソコンなるものはなかったし、現実的にはこの頃はまだパソコンが世に出回っていなかったという時代であった。
 税理士事務所での業務も今のようにいきなりデータ入力するのではなく、まずは自分の机の上でペンと電卓を使いながら仕訳作業をし、それが終わるとやっとコンピューター室(当時は機械室と呼んでいた)の中で小型テレビのような画面に向かって入力作業を行っていた。
 決算書や申告書は手書きであったが、役所に提出する特定の書類だけはワープロの専門学校を出た女性スタッフに入力依頼する形をとっていた。
 こんな状態が何年続いたかは覚えていないが、ある時 各人の机の上に1人1台ずつパソコンがあてがわれるようになり、多分 この頃に一太郎が我々の前に登場したと記憶している。
 定型のひな形がある議事録や契約書は自分で入力するように仕事のスタイルが変わっていったので、周りの人たちから取り残されないようにと必死で一太郎と当時の表計算ソフト“ロータス123”の入力や操作に取り組んだのを覚えている。
 その一太郎も今や役目をすっかりワード(Word)[ロータス123はエクセル(Excel)]にとって代わられているが、当時は一太郎が使えなというだけで仕事ができない奴と言われそうなくらい一世を風靡した。

 今回、私の履歴書を読んで、「この一太郎の会社って、そういえば徳島に本社があったな」というくらいのことは思い出したが、私の履歴書で、創業者である浮川和宣氏が30歳で脱サラし、奥さんと二人で奥さんの実家の応接室を本社として立ち上げたことなどは今回初めて知った。
 ただ 一太郎を開発し、全国くまなく行き渡るまで販売した結果、上場まで果たしたジャストシステムという会社も先述のワードの浸透の波をもろにかぶり、業績は傾き、社長も長くいっしょに仕事をしてきた福良伴昭氏に譲り、その後 浮川氏はジャストシステムを去ることになった。
 一太郎を販売していたジャストシステムという会社はなくなったのかなと心配していたが、その後 キーエンスの傘下に入ったとはいえ、販売する商品も変わり、しっかり方向転換を図り業績を伸ばしている。
 一太郎の産みの親である浮川氏は60歳になって、再び奥さんと新しい会社(MetaMoJi)を立ち上げ、尚 発展途上の最中という凄まじいバイタリティーの持ち主であり、今や少し話題の人のようである。

 月も変わり4月から始まったコマツ(小松製作所)の元社長である野路國夫氏の「私の履歴書」もまだ3日目であるがなかなか興味深い展開になっている。
 野路氏が小学2年生の時に父親を癌で亡くし、小学5年の時には一番上のお兄さんが商売に失敗し、住んでいた家を売り払ったという大変な幼少期のようである。

 話があちこちに飛んでしまったが、こんな風に朝から力を与えてくれる「私の履歴書」は私にとっては今やなくてはならない存在である。
 野路氏には明日からはどんな人生が待ち受けているんでしょうね。
* 一太郎を知っているのって何歳以上の人なんでしょう? 今の若い人は知らないでしょうね。明日 事務所で20〜40代の人に知ってるか聞いてみよ。
posted by ヒロイ at 15:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月27日

No.772:事業がうまくいく人の特徴

 この仕事をしているとほぼ毎日のように経営者の方と接するが、「経営者といってもこうも違うもんだ」と思うくらい本当にいろいろな考え方をお持ちの方がいることに気付かされる。
 経営的に申し分ない人、まあまあでひとまず軌道に乗っている人、そしてまだまだかなという状態から脱し切れていない人と経営状況もさまざまである。
 事業を始められて最初は厳しくても大半の方が2、3年経って心配のない状態になってきているが、そこまでの努力や苦労は並大抵のものではない。

 今まで数多く見てきた経営者の中で、常にお金の心配をしていて、支出内容のチェックも怠りない人というのは、事業に行き詰まったり、失敗するということはまずないように思う。
 こういう人は、お金に関して確かに細かい面はお持ちであるが、決してケチではないし、お金を出す必要のある時はスパッと出すという思い切りのいい面も持ち合わせておられる。 
 うまくいっている開業医の場合、医療機器を購入しようと思えば、業者に発注すれば比較的早く手に入れられる環境下にあるが、その医療機器を他のクリニックが使っていても自分の診療には必要でないと思えば、自分の判断で購入するのをやめられ、周りに流されて購入されるようなことはない。
 ただ、購入される場合もそうでない場合も、話題にのぼったその機器についてはひととおりの研究や検討はされるので、内容は熟知されている場合がほとんどである。
 それと事業がうまくいっている人というのは、いろいろな事に関心があり、誰もがついつい口にしがちな、「これってうちには関係ないし・・」と言うことはほとんどおっしゃらない。本当にいろいろな分野のことに興味を示され、人の話にも誰よりも耳を傾けられる、というか常に何事にも興味津々という感じがこちらにも伝わってくる。
 こういう方なので、事業に関することについて誰よりも研究熱心であるのは言うまでもないし、こういった下地があるから対策を練るのも、その対策を実行に移すのも非常に早い。まさに間髪いれずという感じで・・。
 ここで顧問先の方のことを悪い事例で掲げるのも気が引けるが、みなさまの経営の参考になればと思うので、あえて1、2例あげるがお許しいただきたい。
 まずは初動の遅い人、こういう方は何をしてもうまくいかない。
 同業他社との差別化を図る上でも、「HPをもう少し充実させないと」と焦りながら相談を受けてから、1年経っても何の手も打ってない人や従業員の時給の見直したいと言われながらも従業員からせっつかれて初めて具体的な検討を始める人。
 あと、お金の使い方が計画的でない人っていうか、臨時の収入や予定以上の売上があり、目の前に通常以上に預金の残高があると、「さあ、何買おうかな? お金も少し余裕があるので〇〇でも買おうか」とまるで衝動買いのような買い方をする人、後々のことも考えないで。

 逆にうまくいっているのは自分と考え方が違う人の話も聞けるという人で、これは非常に難しく、なかなか根気のいる行動であるが、このことで自分のやるべきこととしてはいけないことをしっかり見極め、自分なりに頭の中の整理ができていっているような気がする。
 人間が好きな人は必ずと言っていいほど事業がうまくいっているという結論もここでは導き出せるであろうし、本人はもちろんのこと、スタッフや家族が喜んでくれる顔が見たいがために事業に力を注いだ結果、いい方向に向かっていったといっても過言ではないように思う。

 今日も勝手なことを言ってしまったが、実は日々こんなことも考えながらいろんな方と接しているんです。
 明日からまた多くの方との面談の予定が入っているが、お互い試したり、試されたり、そんなことの繰り返しの毎日である。
 明日はどんな学び、気付きがあるのでしょうね。
 では、今日はこのへんで。
posted by ヒロイ at 23:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月20日

No.771:貴重な“いつもどおり”

 先ほど事務所のすぐそばにある同志社大学の前を車で通ると袴姿の女子大生を何人か見かけたし、大学の門の所では「卒業式」と書かれた案内板の前で記念撮影をしている人もいた。
 あっ、そういう時期だったのか? と思うと同時に、久しぶりに大学らしい光景を目にし、少しうれしい気持ちになった。
 2013年に文系の多くの学部が京田辺から今出川に移り、それに伴って今出川は6,000人近く学生が増え、 そりゃ当時はすごい賑わいであった。
 その頃、大学の近くで空いているビルがあるとすぐ学生マンションをあっせんする不動産業者が入り、周辺の飲食店やコンビニも賑わい、時間帯によっては今出川通の人通りは半端ではなく、しっかり前を向いて歩かないと人か自転車にぶつかるというような状態であった。
 それが2年前のコロナからは人影も少なく、最初の緊急事態宣言の時には日本中がそうであったようにこの界隈もまるでゴーストタウンのような状態になっていた。
 その後、多少 通学する学生は増えてきだしたとはいうものの、コロナ禍前と比べると1/4、もしかすると1〜2割程度しか学生が戻っていないように感じる。
 地下鉄の駅の上の一等地であった烏丸今出川の交差点のビルは今ではほとんどが空きテナントとなっているし、車で10分足らずの所にある京都大学の近辺(百万遍界隈)も同じような状況で、こちらも人通りの多い交差点の角にあったドラッグストアが撤退した後、1年近くになるが今でも「テナント募集」の張り紙が張られている。
 以前は大学のある場所は観光地とはまた違う人(学生)で賑わう街で“タウン化”していっていたし、以前 研修会で関西大学に行った時も阪急の関大前駅から大学までの道はやたらと人が多く、道端にあるどの店も混雑していたのを覚えている。
 コロナになって学生が学校に行かずWebで授業を受ける方式もすっかり定着してきたが、このままの状態が続くともう学生街というのは寂れるというか、いつしか学生街というものがなってしまうのではという感じがしないでもない。
 東京の高田馬場や三田、それに本郷なんかも人通りの少ない街になっているんだろうし、地方の大学は規模の大小はあるにせよ、その地域にはなくてはならない賑わう場所であったと思うが、今やどうなっているのであろうか?

 そんな中で今日の卒業式は家族の同伴者はほとんど見かけなかったとはいえ、久しぶりに見る華やかな光景であった。
 また、昨日は事務所の3軒隣のマンションに引っ越し業者が2回にわたってトラックを横付けしていたが、こういう新たに京都に住む人ための引っ越しを見ると春の当たり前の光景とはいえ、なんだかホッしてしまうという、今までにはなかった気持になってしまう。

 世界的にも大変な状況が続いているし、本当に晴れ晴れとはいえないすっきりしない春であるが、暦は世の中の状況や人の心とは関係なく同じ間隔で時を刻んでいき、3月もあと10日余りとなってしまっている。
 以前は“春”と聞いただけで心がウキウキするものであったが、なかなかそんな気分になれないのは私だけではないはずで、平和はもとより日常というものがこれだけ素晴らしいものだったんだと思わざるを得ない今の世の中である。
 “いつもどおり”とは本当に貴重なものあると思わざるを得ない今年の春である。
posted by ヒロイ at 15:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月12日

No.770:春は親離れ、子離れの季節

 確定申告も一定のめどがつき 昨日[3/11(金)]で大部分が完了となっているが、コロナの影響を受け濃厚接触者や陽性者が出た顧問先、それに我が事務所内でも超繁忙期である2月中旬に同様の理由で自宅待機を余儀なくされたスタッフが担当している先等 数件はまだ最終に至らず残っている。
 昨年と一昨年は法定の申告期限が1ヵ月延長となったので、顧問先の方々の理解を得たうえで少し間延びをした形での確定申告業務であったが、今年はコロナの影響があった場合の申告期限の延長は可能とはいえ、基本的には3月15日の法定申告期限は動かないままであった。
 今年も昨年までとは違った形でコロナには翻弄されたが、期限が従来の3月15日に戻っただけで、まるで期間の短縮がなされたかのように短期集中型で体に堪える確定申告であった。
 そうそう、私はこのブログは非常事態以外は毎週書き込むというのをモットーとしていたが、ここ2週間はこの誓いも破り、お休みをさせていただいた。 
 このことからもこの2週間は久しぶりにほっと一息つく時間もないような生活であった。

 毎年、この確定申告期は入試結果の発表の時期でもあり、特に高校3年生や浪人生を持つ親にとっては、落ち着かない時期でもある。
 数日前に面談した経営者のご夫妻は、「子供が何とが大学に受かったので、いよいよ家を出ていくことになりました。他の子供はまだ残っていますが、数年後には子供部屋だけが残るんですよね。」と少し寂しそうにおっしゃっていた。
 当然、子供の合格、入学というのは大きな喜びであろうが、この“家を出ていく”というのは親だけでなく、子供の方もひとつの区切りとなるのであろう。
 よく “親離れ、子離れ”は難しいと言われるが、これは考えたり、また誰かが準備したりしてやってくるものではなく、このような子供の成長の過程で必然的に訪れるものでものである。
 私自身も18歳で家を出て、京都で下宿生活をスタートさせたが、私の親も3人いる子供の末っ子がいよいよ家を出ていったということで兄姉の時 以上に寂しさを感じていたのであろう。
 私の長女は大学生になってからも家から京都市内の勤務先に通っていたので さほど大きな変化はなかったが、今年で30歳になる長男が大学生に合格後、一人暮らしを始めるために家を出ていったときは、「いつも居る者がいない」何とも言えない寂しさというか違和感があったのを覚えている。

 実は今月末には我が家も再び“プチ親離れ子離れ”がやってくる。
 というのも長女は大学卒業後、先述のとおり就職してからも家にいたし、一昨年に結婚して奈良での新しい生活を始めてからも1時間ほどで通える同じ京都の勤務先だったので、何かあれば我が家に立ち寄ったり、次の日の仕事が朝早い時には前泊と称してよく泊まりに来ていた。
 それがご主人の仕事の関係で4月から和歌山で生活することになり(何事もなければ多分永住)、本人も3月で職場を退職し、今月末に奈良から和歌山に引っ越すことになっている。
 ということで度々 行き来ができた奈良とは違って、そう頻繁には来れなくなる距離になってしまう。
 とはいっても海外でもなく、国内 しかも近畿圏内のいるので遠くに行ったわけでもないが、長男も次男も東京なので、いよいよ自宅には頻繁に子供たちが行き来しない 限り、2(夫婦)プラス1(ワンちゃん)での生活となる。

 ただ、これとて多くの人たちが歩んできた道であり、寂しがったりすることなく、今までとは違った形での生活を充実させるしかないように思う。
 そのためにも健康というのは今まで以上に大事なことになるので、体には気をつけながら毎日の生活を送っていかねばと考えているところである。

 もう一度、確定申告の話に戻すが、何件か残っている特別な事情のある先を除いて15日までにあと数件仕上げて、申告期限の最終日を迎えたいものである。
 では、少しだけ仕事に戻るのでこれで終わりにします。
posted by ヒロイ at 18:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月20日

No.769:“コロナのお陰”と言える日は来るのか?

 先日、「東京都心部から周辺へ、そして地方へ」というような記事を目にしたが、ご存じのようにコロナによるテレワークの普及・推進により、都心を含む都市部から離れて住み、都市部のオフィスに通わずとも仕事ができる環境が徐々にではあるが整いつつあるとはいうものの、こういったことができるのは特定の職種であったり、一定規模以上の企業であったりとまだまだその利用は限られているのが現実であろう。
 ただ、時代の流れとして2年以上もこういったコロナに追いまくられるような生活が続くと、コロナ禍前のような生活を望まない層も出てきているのも事実である。
 地方の活性化と聞けば、古くは1970年代の前半、当時の田中角栄首相が掲げた日本列島改造論(これを知っている人は50代後半以上か?)、そして昭和から平成にかけて竹下登首相により各市町村一律に1億円がばらまかれた うふるさと創生とよばれた政策。当時、その1億円で金塊を購入し、展示した淡路島内のどこかの自治体もあったと記憶している。
 そして数年前からの東京一極集中の是正のために地方創生と叫ばれていたが、現実にはほとんど進まなかったというのがコロナ禍前までの我が国の状況であった。
 この地方創生担当大臣は初代が石破茂議員だったことを記憶している人はあるかと思うが、現在、このポストに野田聖子議員が就いていることを知っている人は数少ないように思う。
 こういった「政治の力で地方に活力を」と多くの政治家が叫んでいたが、一向に進まず、数年前からの東京、あるいは首都圏への集中は勢いを増すと言っていいほどどんどん進んでいった。
 この状況下にあった時に コロナが蔓延し、企業やそして東京をはじめ都市部に住居を構えていた人が、多少のゆとりも含め人間らしく生活ができる、子育てができる場を求めて移住という行動に表れているというのが最近の動きのようである。
 ただ、私はマスコミで捉えているほど移住はメリットばかりではないように思う。
 都会の人(子供も含む)が、自然を求めて というのが最近の移住する人たちの思惑のようであるが、本当にそこに理想郷があるかどうかの答えは5年後、10年後にならないと出てこないであろう。
 私は田舎暮らしも都会暮らしも経験したことがあるが、田舎暮らしはついつい“自然”が強調されがちであるが、いざ生活するとなると、まずは仕事、そして教育、それと健康で生きていくために欠かせない医療・福祉の3つがきちんと整備していなければ、まるでバブル崩壊後のリゾート開発のように、ブームが去れば空き家だけが増えたということにもなりかねない。
 移住にはお金も必要であるし、支援金も魅力の一つであるので、島根県のように「移住者へ最大100万円の支援金」という うたい文句で移住者を募っているところもある。目の前の100万円は確かに大きな金額かもしれないが、100万円で自分や家族の将来が買えるわけではないこともよく理解しておく必要がある。
 「本当に来てよかった、これからもずっと居たい。」と思えるような場所にするのは長い長い道のりで、答えは本当に数年後にしか出ないであろう。
 こんなことばかり言っていると、地方への移住の反対論者みたいに思われそうだが、決してそういうわけでなく、行ってみたい、住んでみたい、そして戻ってみたい場所が全国のあちこちに出てくれば、日本は今とは違った形で地方も生かした活性化の道筋が作れると思っている。

 最後に、結婚や子供の出産のことは個人の尊厳に関わることなのでここで触れると問題があるのかもしれないが、もう少し日本の人口が増えないことには何をするにも限界があり、人口構成のバランスを欠いた発展はあり得ないし、しりすぼみになってしまう可能性だってある。
 そういう意味において、(各自の自由であるという大前提はあるのは分かっているが)、結婚、出産、子育てがしやすい世の中を作ることが重要であるように思うし、このキーを握っているのは女性でなく、男性であるように思う。
 なんだか政治的な匂いもしそうな話になってしまったが、日本のあちこちで子供の声が聞こえるような国にあこがれるのは、私自身が地方でも賑やかだった時に幼少期を過ごしたことと無関係ではないであろう。
 そろそろコロナの功罪について検証も始まるだろうが、こういったことが実現できれば、いつかは「コロナの後 日本は変わった、いい意味で。」と言える時が来るかもしれない。
 「コロナのお陰」とは言わないまでも、「コロナが転換期だったな今の日本があるのは、今の世界があるのは」と言えるようになればいいのにと思っているのは私だけではないはず・・。
posted by ヒロイ at 22:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月13日

No.768:シャッターの音で忙しさが分かる

 我が事務所はこじんまりとしたテナントとはいえ、5階建のビルをまるごと借りているので、1日の最初と最後のビルの開閉は事務所の誰かが行うことなる。
 今日の話をする上で、事務所に来られたことのない方は構造や出入りのルールについて触れておかないと意味が分からないので、先に少しだけ説明をしておく。
 事務所のビルは、正面に大小のシャッターがあり、最初に事務所に入る者は、一般的によくあるドアの鍵開けから入るのではなく、まずはシャッターを開けないと入ることができない。
 そのシャッターも人が入る玄関の小さい方のシャッターは手動の鍵で開閉し、車2台分の幅があるガレージ側の大きなシャッターは電動で開閉するようになっている。
 事務所は8時30分から9時30分の範囲内での時差出勤制をとっているが、基本は8時30分が始業なので通常 私は8時10分前後に事務所に入るが、当然のことながら既に出社している者によって2つのシャッターは開けられている。
 帰りは比較的 外出先からの戻りが遅い私が、書類整理や決裁をした後、最後に閉めて帰ることが多い。

 今日の本題は閉める時、最後に電動シャッターのキキーン、キーという摩擦音の大きさが半端なく大きいことにに関係している。その帰りの時間が7時台なら、車も人もそれなりに行き交っているのでさほど気にならないが、8時以降となると車の通行量も少なくなっているので、シャッターの閉まる音が静かな夜の街に響き渡る。
 金曜日は夜も営業されている3軒隣の散髪屋のご主人からは、週明けに顔を合わすと、「先週の金曜は遅くまでされてしましたね。あのシャッターの閉まる音を聞くとうちもそろそろ終わりにしようかと思うんです。」とあいさつされることもあるし、自宅内に事務所を構えられている近くの先輩税理士さんからも、「シャッターの音を聞いて、ああ 廣井さん そろそろお帰りかとか、時には寝る頃 まだ事務所にいはったんや と思いながら寝付くこともあるんです。」と話されていたこともあった。
 このシャッターの開閉時、特に閉まる時の大きな音は、なんとかしたいと思いつつも構造上の問題からもまた改修や取り替え費用の点からも半ば諦めていたが、先日 出入りの工事業者からシャッターの溝のクリーニングと適度な油をさすことで大幅に改善されると聞いたので、即 実行に移した。
 終わった後、「なんでもっと早くせんかっんやろ」と思うくらい静かになり、ご近所の顔見知りの人はもとより、事務所の周りに建ち並ぶマンションの方々にも「毎晩 騒がしくしてすみませんでした」と思った次第である。
 それといよいよ繁忙期に入る時期に周りを気にせず静かに帰れることにほっとしているのも事実である。今頃言うのもなんだが、なんでもっと早く手を打たんかっんやろ。
 ただ、一つのストレスの要因がなくなったことは何はともあれめでたしめでたし。
 ところで、このシャッターの件、業者さんに急いでお願いしたので見積りを取らんかったけど一体いくらするんやろ? 明日電話して聞こ。
posted by ヒロイ at 11:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月06日

No767:“言っても無駄な人”にならないためにも

「あの人何言っても無駄やで」と思う人 みなさんの周りにはいませんか?
 こんなこと言っている私も他の人からそう思われていないとも限らないし、特に先輩や上司、ましてや経営者ともなれば周りの人の本当の気持ち、つまり本音というのはなかなか本人の耳には届きにくいものである。

 企業規模の大小に関わらずトップは人の意見に惑わされることなく、自分の考えで信念を曲げずに走らないといけない局面もあると思うし、時には相談する時間的余程もなく、即 決断を求められることだってある。
 私は自分自身も含め4人で事務所を立ち上げたが、今となって思うと人の仕事ぶりや考え方がきちんと把握できるのは普通の人なら5、6人までで、余程そういった能力に長けている人であってもきちんと把握できるのはせいぜい10人くらいまでかと思われる。
 私自身 一人で全ての舵取りができるほどの能力もなければ、自信もないというのが正直なところで、そういう意味での限界は早くから感じていたので、当初は2人、今は3人で1週間に1回 幹部会なる事務所運営の打ち合わせの機会を設けている。
 もちろんそこで全てスタッフの意見が汲み取られているかというとそうではないと思うが、私一人で考えるよりはこうして複数の者で議論する方がずっといい組織が作れるように思う。

 全ての人の意見や気持ちを理解でき、みんなの希望を叶えてあげられたらそれにこしたことはないが、全体の調和、そして経営的な観点から取り入れられないことだっていくつもある。
 まだまだこの場で伝えたいことはいろいろとあるが、「あの人は聞く耳持ってない人やし、言うだけ損」とか、「あの人 昔はもっと話のわかる人だったのにな」と思われないようにすることが、経営者にとっては重要なことのように思うし、開かれた組織の方がきっと長続きすると思う。
 各人が抱える悩みは当然解決することが必要だとは思うが、今までの経験では 事務所内でも顧問先の経営者からの聞いた話においても、まず いろいろと考えているの話や悩みを聞いたり、意見を言う場があるということが重要のようである。
 これは職場だけでなく家庭内でもいえることであろうし、今回は自省の意味も込めてこんな内容になってしまっている。 
 振り返ってみると、今まで仕事でも仕事以外のことでも、「あんたの言うこと聞いても意味ないし」と言われたこともあるし、「もうええ、うるさい」と半ば切れられたことは仕事上でのことも含め一度や二度ではないが、そう言われた人には自然と距離をとってしまい、それ以降 絶対に近づいたりしませんものね、あれだけのこと言われたのだから当然でしょうし。
 まあ、今ではそういう人とはお付き合いが続いていないし、もし 心当たりのある人がこれを読んでいたらどうしようとも思ったが、そんな人 読んでるわけないですよね 私のブログなんて。
 まあ、気にせず今日はこのへんで終わりにしよ。これ以上続けるとつまらぬ愚痴を言ってしまいそうなので。
posted by ヒロイ at 20:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月30日

No766:1月最後の休日の朝

 またまたコロナで大変な状況になってきているので、ふらっとどこかへ出掛けるというわけにもいかず、休日といえども相変わらず籠りがちな生活が続いている。
 こんな中でもぽぽたん(犬)の散策は省略するわけにはいかないので、私がお供できる休日くらいは気分転換も兼ねてご近所以外の所に足を延ばすようにしている。ただ 喜んでいるのかどうか、ぽぽたんの本心は確認のしようがないが・・。

 足を延ばすとは言っても決して遠出するわけでもなく、車で10分から15分位の場所が多く、国際会館・宝が池方面か 今出川の京都御所に行くくらいである。  
 今朝はいつもと違うところへ行こうと思い 北大路橋の近くに車を停めて、賀茂川沿いを南の出雲路橋まで往復約1時間かけて散歩した。
 旅行で観光地を訪れた時は、「○○も見なきゃ」とか「○○へも回っておきたいな」というように、時計を見ながらもついつい足早に移動してしまうが、犬の散歩というのはある意味 それ以外の目的がないので、ゆっくりと歩きながら普段なら何でもないようなものを新鮮に感じるという思わぬ効果がある。
 川の中で戯れる鳥、木の下で食べ物をつつく鳩、そしてランキングする人、それも凄い早いスピードの人から、重たそうな体を揺らしながら歩くのよりも少しだけ早く走っている人など、目に飛び込んでくるものを追っているだけだが決して退屈することはない。

 コロナ後は本格的な旅行は計画すら立てられないし、京都以外の近畿圏内で開催されることもあった税理士関係の研修もほとんどがリモート開催になってしまっているので、大阪にすら行く機会がほとんどない。
 旅行だけでなく研修であっても他の街へ行くとその街の変化にも気付くし、何と言っても、通りがかりとはいえ おいしいお店を探すのも楽しみの一つであったが、そんな他の街の様子はテレビを通してでないとみることさえもできなくなってきている。


 これから確定申告期に突入するので、いずれもにしてもしばらくは自由な時間はとれそうにないが、何とか春には今よりも気兼ねなく、行きたい所へ出掛けられるようになっていたら と願うばかりである。

 それにしてもこの1ヵ月は本当にあっという間に過ぎ去ったが、2月もきっとそれ以上のスピードで駆けていってしまうのだろう。
 ただ 目の前にある仕事のことを考えるとやり残していることの多さに気付くが、実は2月の初めは毎年こういった状況であり、これを3月の上旬までにひとつひとつ片付けていくしかないのは自分が一番よく分かっていることである。
 実質的には既に始まっており、これからいよいよ本格的となる確定申告の業務も 私にとっては今年で38回目である。
 それにしてもすごい回数しているんだなとあらためて思ったし、なぜか毎年新鮮に感じてしまうのは不思議なものである。
 それは毎年 新しい人、新しい案件に出会えるからなのかな? 
 まあ、いろいろと考えたり、心配しても仕方がないので、とりあえずスタートすることにしよ。
posted by ヒロイ at 22:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月23日

No765:顧問先で毎回トマトが出てくるという話

 私が毎月定期的に訪れる顧問先は20件以上あるが、その中でも毎回同じ決スタイルとはいえ ちょっと変わった形で私を迎え入れてくれる顧問先がある。
 そこはクリニックで、スタッフのいない午後の時間に院長と奥様が対応して下さるが、面談の場所である休憩室に入るなり、テーブルの私が座る側には大きな器に切ったトマトが盛られている(多分 2個分)。そして横にはお塩とフォークが置かれていて、私は軽めのあいさつの後、まずこのトマトを休むことなく食べ、全て食べ終わってから訪問の目的である巡回監査業務に入っていく。
 知らない人が聞くと「これ何っ?」と思われるので少しだけこうなった経緯を話しておく。
 3年程前の夏の暑い日にこのクリニックを定例の面談のために訪れると、「甘い物や清涼飲料水よりも こういった物で水分補給するほうが体にいいですよ」と程よい大きさに切られたトマトがお皿に盛られて出てきた。その冷え方は"キンキンに冷えた”とい表現が当てはまるようなものであった。
 実は私は小さい頃、夏の暑い日に祖母や父が畑でとってきたトマトをそのまま丸かじりすることが習慣のようになっていて、家の裏で切らずにそのまま食べていた。
 そんな中で育ったからなのかどうかは分からないが、トマトは野菜の中でも大好物で、少し野蛮な話だが、きゅうりも端だけ切って、そのまま片方の手に持った塩をかけながら丸かじりすることもあった。
 こういう経験の持ち主であったので、このクリニックで初めてトマトをいただいたときは「めちゃ美味しいですねこのトマト。実は私 トマトが大好きで、こんな仕事中にまさかトマトをいただけるなんてうれしくて・・。」と思わず素直な気持ちでお礼を言った。
 それ以来、毎回必ずトマトが用意されていて、冒頭に書いたような形でその訪問先での仕事がスタートする。
 私の中ではトマトは夏の野菜というイメージであったが、ここでは季節を問わず私のために毎回トマトを準備していただいているので1年に10回位(奥様が不在の時はなし)いただくことになる。
 事務所から2時間近くかかる遠方の顧問先であり、お二人とも私より年が上なので、子供とは言わないまでも弟か後輩がはるばるやってきたという感じで迎え入れてくれるのであろう。
 もちろん、別に何かを出してほしいというわけではないが、このお気持ちが妙にうれしく、ここに着いて車を降りるとなぜか仕事のことよりまずトマトのことが頭に浮かぶというなんとも言えない訪問先のひとつである。
 夏場の訪問時には帰り間際にはこれまコップにたっぷりと入った麦茶もいただいて帰るのだが、トイレの方が事務所に着くまで持たないということだけは、心しておかないといけないことである。

 今日は仕事の中身の話ではないが、こういったユニークとはいえ うれしいおもてなしをして下さる顧問先の話を少し紹介してみた。
 「今日は廣井先生に会えるということで、昼からずった待っていたみたいですよ、うちの先生は。」とトマトを食べているとき奥様から掛けられる言葉も疲れを吹き飛ばしてくれる。
 税金や経営の話だけでなく、こういう時間もある意味 大事で、こんな形のコミュニケーションの中からふと妙案が浮かんできたりすることもある。
 「2月は〇日がトマトの日か」と手帳を見ながら、うれしい気分になれるだけでもありがたい。
 当然のことながら毎回トマトの大きさも固さもそして味も少しずつ違うが、これも楽しみのひとつなってきている、「今日はどんなんかな」と。
posted by ヒロイ at 23:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月16日

No764:昭和に引き続き、平成も徐々に消えていく・・大丸のファミリー食堂が閉店

 新聞記事等で目にされた方もあるかと思うが、大丸京都店のファミリー食堂がこの2月末で閉店になる。
 私はこのファミリー食堂にはたくさんの思い出が詰まっていて、小学生の頃、父母や祖父母に連れられて田舎から京都の遊びに来ると、帰る前に大丸に連れて行ってもらい、まずはおもちゃ売り場でゲームを買い、その後 ここでご飯を食べたことが何度かあった。
 それほど頻繁ではなく 1、2年に一度で計3、4回だったと思うが、大丸に来たときは、ガラス張りのメニューの所で何を食べようかと顔を摺り寄せて中を覗き込んでいた記憶が残っている。
 また、平成元年に最初の子供が生まれ、平成6年生まれの3人目まで、3人の子供たちが小学生の頃も、何度か行った記憶があるし、今にして思えば まさに子育て真っ盛りの頃であったように思う。
 この時もまずは6階のおもちゃ売り場で何か(何を買っていたかあまり記憶にない)を買って、最後はこのファミリー食堂で早めの夕食を食べて帰るのが定番であった。
 今から20年少し前のことであるが、この頃は食事時であれば大変混雑していて、食券を買った後、ロープに沿って並びながら、中にいる店員さんから、「次の方」と手招きしてもらえるのをじっと待っていた。
 その後、子供が大きくなってからも、年に1回くらいであるが、カミさんと贈答品等を買うために訪れた時も子育て時代の頃の懐かしさが残っていたのか、2人で夕食を済ませて帰ったことも何度かあった。
 ただ、こうして2人で行くようになってからは、確かに満席ということは一度もなく、食券を買ったら、 「お好きなお席へどうぞ」 と並ぶことなく すぐに席に着くことができた。
 ある意味、私というか、廣井家の歴史(ちょっと大げさかな?)と共に歩んできた部分もある大丸のファミリー食堂がなくなるのは何とも言えない寂しさがあるが、まさに歴史の転換点というか、昭和、平成としっかり役割を終えてきた感がないでもない。

 ここまでは私の思い出話を中心に綴ってみたが、よく「昭和の頃」と一昔前のことのように言われてきた後、ここへきて「平成の頃はな〜」と平成も過去になりつつあるのかなと時代の移り変わりの早さを感じていた。
 特にコロナに世の中が侵されてからは、今までの2、3年分が1年で置き換わっていくような、世の中の移り替わりの早さを感じずにはいられないし、2年前までは京都市内でも外国人で溢れかえったり、学生を中心とした若い人たちが夜遅くまでお酒を飲んだり騒いだりしていたが、そういった光景はほとんど見られなくなった。

 これからどうなるんでしょうね?
 少なくとも多くの人が期待しているような前の形、つまり以前のような世の中には戻らないだろうし、この2年間の経験で 騒がしい、あるいは 賑やかな状況を望まない人も多くなってきているように思う。
 人間なら誰しも楽しみたいという欲望はあるので、家から一歩も出ない禁欲で仙人のような生活にはならないであろうが、「自分が楽しむには」という“個”の重視というのがより一層強まってくるように思う。
 これはビジネスにおいてもいろいろな局面で出てくるであろうし、仕事に限らず旅行や趣味も含めた遊びも、そして家族関係や人間関係もお決まりの形というものがなくなってくるのであろう。
 そういう意味ではいったい自分は何がしたいのかを考える機会が今まで以上に増えてくるだろうし、今まであった世の中の流れに身を任すというような大きな“流れ”そのものがなくなっていくようにも思うし、今から40年、50年と生きていかないといけない若い人にとっては、本当に大変な世の中になっていくように思えてくる。
 年のせいかどうかは分からないが、1年が、3年が、そして10年が 目まぐるしく過ぎていくし、目の前の1日も、1週間も、そして1ヵ月も本当にあっという間だと感じてしまう。
 あ〜、それだけ年をとっていっているんですよね。 あ〜 恐ろし。
posted by ヒロイ at 18:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月09日

No763:今年の楽しみは旧友に会えること?

 この場で元旦に年賀状代わりの挨拶はしたものの 従来の形で文章を綴るのは今回が今年初めてである。
 事務所は昨日から3連休で今日はその2日目であるが、毎年この連休は非常にありがたい。
 新年早々にまた連休 という感じを持たれる方もあるかもしれないが、お正月でなまった体と心にはたとえ年始の数日間だけの仕事でも結構堪えるもので、今やこの休みを終えてやっと本格稼働という感じがしないわけでもない。
 以前は1月15日が成人の日であったが、20年程前から1月の第2月曜が成人に日と定められてからは、土曜日が休みの人は 必ず3連休になるので、社会人にとっては正月過ぎのお年玉のようなものである。

 我が家は3人の子供(長男の所は奥様だけ帰京)が、それぞれの都合で年末から年始にかけて京都にやってきた。みんな揃って一斉にというのではなく、ぱらぱらという状態であったので12月26日の夜から1月5日の朝まで常に誰かが来ているという状態で、ある意味 長く続く正月という感じであった。
 私はいつものように自分の思うままに動いていたが、カミさんはこの10日以上の対応は結構大変だったように思う。ただ、こうして顔を見せに来てくれるのは非常にありがたいことと 皆に感謝している。

 年末のどこかで散髪にと思っていたところ、事務所の近くの行きつけの店の予約がとれなくて年を越してしまったが、今日の予約がとれていたので、頭の方は年をまたいでやっとすっきりしたという状態である。
 ここのお店は金曜日は昼始まりで夜10時まで、そして月に一回は店長の家族サービスの日で連休をということで、日曜日を休みにされている。
 以前は美容院も含め月曜日が休みというのが定番であったが、今度はそれぞれの立場でいろいろな選択肢がでてくるんだろうなと思った。

 次の土日は大学入学共通テストで受験生やその親御さんは息の抜けない年始であろう。
 こんな方々に次の日曜日は毎年 京都で開催される全国都道府県対抗女子駅伝は楽しみなんです なんていうと、何とも失礼なというか、緊張感のない人だなと思われるので、それぞれの方の今の立場の考えながら話をしないといけない季節でもある。

 余談だが、我々の頃はこの試験は「共通一次」と言っていたし、うちの子供が受験していたころは「センター試験」と言っていたのに、知らぬ間にまた名前が変わっていて、これも世の中の変化の一つであろう。

最後に
 今や年賀状には賛否両論あり、年々減ってきているように思うし、「今回で書き納め」という方も何人かあり、そのこと自体は各人の考えで対応したらいいと思っているが、受け取った年賀状で今年の楽しみになりそうなものがあった。
 それは陸上部以外では数少ない大学時代の友人(同じ経済学部)からのもので、「いよいよ定年の年です。3年前から古い友人と会っていて、もうすぐ京都です。」と書いてあった。
 彼は神戸出身であったが就職してからずっと関東在住で、大学卒業後 結婚式以外では一度も会っておらず、もし今年会うことができればなんと34年ぶりである。
 コロナがまたまた怪しげになってきたので こういったこともどこまで実現できるか分からないが、こんなことも楽しみにしながらこの一年を乗り切っていきたいと思っている。

 私は毎朝、6時過ぎに目が覚めると すぐさま新聞を取りに行き、その後 まるで病室の病人のようにベットにもたれかけながら、1時間くらい新聞2紙に目を通すのが日課であるが、その時 カーテンを全開した窓の外は、明るくなってくる時間が確実に早くなってきている。
 ただ、日中の最高気温が10℃を下回るようでは、春が近づいてきてるとは言い難いし、まず その前には最大の難関である確定申告を終えないと、我々の業界は春が来ないのは分かっている。
 あと2カ月はまだまだ心身とも厳しい日が続くということである。
 春が待ち遠しいいなー。
posted by ヒロイ at 17:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月01日

No762:謹賀新年

あけましておめでとうございます
 新たな年を迎え みなさまはどんなお正月をお過ごしでしょうか。
 今年も事務所の年賀状で新年のスタートをきらせていただきます。
 以下、事務所の年賀状より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

謹賀新年  

今年も無事 新年を迎えることができました。
コロナ騒動が起こる前は、新しい暦を見ながら また1年経ったのか とお決まりのように大した思い入れもなく元日の朝を迎えていた人もいたでしょう。
しかし コロナが世にはびこってからは、多くの人が「去年は大変だったけど今年こそは」と今まで以上に 次なる年に期待する気持ちを持って新年の訪れを待つようになったのではないでしょうか。
不安な世の中になればなるほど、周りの人に頼る機会も増えてくるかもしれませんが、こんな時こそ自分のそばにいる人に感謝し、今まで以上に他人を思いやる気持ちが必要となってくるように思います。
私はこの1年、次の言葉を頭の片隅に置きながら過ごしていきたいと考えています。

 「人のせいにしない。人をせめない。全てに感謝。」
(オリックス 山本由伸投手:弱冠23歳でプロ野球 投手部門のほぼ全タイトルを獲得)

これからも皆様方とともに歩んでいきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いいたします。

  令和4年 元旦 

廣井増生税理士事務所
 所長 廣井増生

〒602-0941  京都市上京区今出川通小川東入南兼康町334
URL:http://www.tax-hiroi.com  
Tel:075-406-7020 
Fax:075-406-7025
posted by ヒロイ at 11:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月26日

No761:従業員を辞めさせたくない

 なんと 次の日曜日は新しい年となっているので、今日は今年最後の日曜日である。
 この一年間を振り返ってみると新規開業支援、医療法人の設立支援、それに相続関連の業務等 例年何件か舞い込んでくるこういった業務以外に、今まで手をつけたことのないような分野での仕事をいくつも手掛けた年でもあった。
 既にキリがつき 完了しているものもあれば、2年がかりになる仕事で、継続しながら来年に持ち越しになっているものもある。

 自分自身 この一年で決して目を見張るような成果があったわけでもないが、新しい分野の仕事(具体的な内容はここでは差し控えてが)というのは、研究というか、調べることも多く、自分の知識不足をあらためて感じることが何度かあった。
 中には 期日内に答えを出さないといけないものもあり、今年は結構緊張しながら仕事をする局面がいつになく多かったように思う。
 
 こんな中、事務所の運営をする上で、税理士というよりも経営者として、常に心掛けていたことが一つだけある。
 それはできるか限り人を「辞めさせない経営」をしようと強く思い続けていたことであろう。
 どこの事業所でも、経営者が自分の所で働いてくれている従業員に100%満足しているかというと そうではない場合もあるだろうし、中には辞めさせたいなと思うような人を抱える事業所もあると思う。
 我が事務所は現在 パート4人、嘱託1人を含む20人体制で業務を行っているが、パートの人は個人的な事情のある方も含め、2〜3年に一人くらいは辞めていかれるが、常勤は4年ほど前に地方の実家に帰るため退職した男性以降、ここまで退職者を出さずに運営できている。
 なぜ? ということはさておき、このことで「退職→求人→面接→採用→(新人)教育」というお決まりの人員確保、人材育成ということにかける時間が非常に少なくて済んでいる。
 また、退職者や人に入れ替わりというのは経営者にとって最大のストレスであるが、これがない分、最初に述べたような新しいことに取り組む力が残されている。
 当然、人件費の上昇は経営者として気にかけないといけないことかもしれないが、我々の業界でのお決まりの業務である「法人の決算」、「個人の確定申告」、「年末調整」等は、『○○の改正点と昨年多少問題のあった□□だけは気をつけ、他は例年(いつもの)形で早めに準備をして、進めてようにしてください。』と号令をかけるのが私の仕事で、「いつものように」とは言っても、毎年毎年 その仕事のスピードはどんどん速くなっていっていて、「えっ? もう終わったん」と思うこともしばしばある。
 採用について何か特別に心掛けていることがあるわけでいが、人を採用するときは、人員不足に陥ってから 焦って採用しないようにはしている。ただ、決して余剰を抱えられる状況でもないので、その+1名の新規採用のタイミングには細心の注意を払うようにしている。
 実は1月5日(事務所の仕事始め)から、20代半ばの常勤者の採用が決まっており、新年早々楽しみにしていることの一つである。
 この新入社員は事務所の最年少で、平均年齢の引き下げにも寄与してくれる人材でもある。

 事務所内で年齢が一番上の方は59歳のパートの方であるが、仕事ぶりは全く問題ないのでご本人からの申し出がない限り、まだまだ働いてもらおうと思っているし、これからの時代、「○○才まで」なんて年齢で区切りをつけるのではなく、今の仕事がやってもらえる限りというのが、今後 60歳以上の人を雇用する上で必要なことであろう。

 年の最後に偉そううな話をしてしまったかもしれないが、自分自身に対して、自分が採用したからには、「 今後も人を大事にしろよ」という戒めの意味も含めて事務所の現状を振り返ってみた。

 それにしても本当によく仕事をしてくれる人ばかりで、「辞めてもらってもいい人は一人もいない」という中で仕事ができる環境に感謝しながら今年の幕を下ろすことにする。
 当事務所は12月29日から1月4日まで休暇になるが、しっかりとした骨休めと少しばかりに充電ができればと思っている。
 とはいっても明後日[12/28(火)]までに片づけないといけないことはまだまだ残っているので、ひとまず今日はこの辺で失礼します。
 では、皆様もよい年の瀬と年始をお過ごし下さい。
posted by ヒロイ at 15:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月19日

No760:ずっと気になっていること

 日本語の使い方が気になること自体、“おじさま”なのであろうが、最近では当たり前になってきている 「全然○○です」・・例えば、「全然 大丈夫です(できます)」とか「全然 間に合います」という言葉の使い方にはいまだに慣れないし、自分自身うまく使えないのか、一度も使ったことがない。
 例えば、「○○は全然できそうにありません」とか、「前の人には全然追いつけません」等、私が習った国語教育では、「全然」の後には、否定的な言葉がくるものだと習ったし、学校で習っていなくとも 「全然・・・(否定形)」はごく当たり前だと思っていた。
 それが最近はビジネスシーンでも使われることがあり、問題なくできることを「全然OKです。」と普通に言ってくるので、最初に「全然」と聞くと、ダメだったのかと思いきや結論は 問題なし ということを告げられ 頭の中が ? の状態になることもある。
 こういった使い方はいつからこの世にはびこったかは分からないが、周りの人を見ていると現在の年齢で50歳前後がこの言葉遣いの境のように思う。

 ただ、人の言葉使いに神経をとがらせ、偉そうなことを言っているが、私自身、先日発表された2021年新語・流行語大賞ベスト10のうち5つしかその言葉の意味が分からなかったし、この旬の言葉が分からないことの方が ある意味ずっと時代遅れなのかもしれない。
 ところでみなさん下記の10の言葉のうちいくつ分かりますか?
 少し恥ずかし話ですが、5つ分かったといっても、そのうちいくつかはきちんとした説明はできず、何となくというか ぼやっとでも意味が分かったものも含まれている。
 どこかで恥をかかないようにと新聞に載っていた言葉の由来や意味に目を通したが、使うこともなければ気に掛けることもない言葉なので、頭に残ることもなく数週間のうちに、元々知っていた5つ以外はたちまち意味が分からなくなってしまった。
 その中でも一つだけ最初は分からなかったが、この学習の成果として、今でもボヤッと覚えているのは 「スギムライジング」くらいである。

○リアル二刀流/ショータイム
○うっせぇわ
○親ガチャ
○ゴン攻め/ピッタピタ
○ジェンダー平等
○人流
○スギムライジング
○Z世代
○ぼったくり男爵
○黙食

 こんな状態なので、今の若い人たちが言っていることなど 到底理解できない世代に入っていっているのかもしれないが、クイズ番組に出るわけでもないので、こんなことを無理して覚えるつもりもない。
 それにしてもいろいろな意味で世代の格差や生きていくステージの違いを感じるようになったのは、自分が年をとったからなのか、それとも世の中の変化が今まで経験していたようなものとは全く違った流れになってきているからなのか、どうであれ分からないことが多すぎる。
 若い人たちに理解を示すことは必要であっても 本質に迫る必要もないというか それはなかなかできないし、自分なりに今まで生きてきた延長として、あと何年か仕事をし、人に迷惑を掛けずに人生を送れたらいいと思っている。
 
 年末になってからではあるが、最近 気になっていることをぼやいてちょっとすっきりした気分である。
 でも、よくよく考えると今日の話って、誰も悪くないもんね。
posted by ヒロイ at 22:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする