2021年02月23日

No719:いつからこんな あら探しをする社会になったのか

 過去において何かミスを犯したり、問題となる発言をしていたという いわゆる“あら”が見つかった場合 、ここぞとばかりその部分に攻め入り、その当事者にとっては当然 触れて欲しくない点についてもお構いなしに集中放火を浴びせるというやり方が最近やたらと目につく。
 対象となる人が政治家や芸能人の場合、こういったことをされるのはある程度 宿命と言わざるを得ない部分もあるが、最近のマスコミの報道を見ていると雑誌の発行部数を増やしたり、視聴率を稼ぐためにやっているとさえ思えようなところもある。またSNSでは発言者が誰か定められないという点を利用して、責任の問われない発信・発言がし放題の状態になっている。
 日本人はいつから こんなあら探しを好むようになったのであろうか。私は昨今のこの状態を「嫌な感じ」と思いながら見ているひとりである。
 確かに問題となる言動をし、言われる側が悪い場合も往々にしてあるが、私自身はこのような状況には、正直辟易している。
 もちろん“あら”の 中には先日の東京五輪組織委員会の森 前委員長の発言や菅首相の長男の総務省接待疑惑など誰が聞いても呆れたり、擁護のしようのない言動もあるが、些細なことで「もうちょっとそっとしといてやれや」と思うようなこともある。
 確かに間違っていることへの指摘があると、指摘された方は間違っていたことについて二度と同じ過ちを繰り返すことのないよう反省するという一定の効果がないわけではない。
 そういった 意味ある正当な指摘は世の中を変えていく上でも決して無駄ではないが、中には他人に対して暴く必要のないようなことまで公表し、ただ単にうけや腹いせのためだけにやっている例も数多く見受けられる。
 最近ではマスコミだけでなく、政治家同士でただ単に相手を蹴落とす、角度を変えて見てみると、自分が這い上がる手段として、あらを探し、それを公表し、世論を味方につけるという手法をとる人もいるが、その発言の中身は正当な論戦には程遠い場合もある。
 当然 悪は許されるものではないが、ちょっとしたミスや思い違いのようなことは、成長する過程では誰にでも起こりうることであるし、こういった時に指摘の仕方が下手であったり、そのタイミングがまずかったりすると、若い人や経験の浅い人の成長を阻害することにもなりかねない。内容にもよるが、もうちょっと長い目で見て 盛り立ててやればなと思うこともあるし、そういった広い心で接することがその対象となった人を予想以上に飛躍させることだってある。

 私も決して小難しい本ばかりでなく、いろいろな分野の月刊誌や週刊誌に目を通す機会もあるが、とにかく褒めることより、けなしたり、あらを探すような記事が多いことにうんざりする。
 そりゃ輝かしいことよりも、汚点とよばれることの方が記事にしやすいし、読者受けして発行部数も増えるのであろう。
 少し前、といっても20年、30年程前はもう少し、褒めるような話を読んだり聞いたりして、自分の目標にしたりすることもあったが、今や雑誌に中身は けなしや揚げ足取りのオンパレードである。
 どこの社会においても完璧な人はほとんどいないであろうし、企業の経営者や人の上に立つ立場の人なら、入社時 「アイツ困ったやっちゃ」と思っていた新入社員が、教えたり、いっしょの時間を過ごすことによって大きく成長し、5年もすれば なくてはならない存在になっていたということは誰もが経験していることであろう。

 こんなことを言っている自分がそんな対応ができているかというと、なかなか「はい」とは言いづらいが、このようにいやだなと思うことにも目を向け、自分なりに考えることによって 少しでも自己反省の材料になればと思って今日も偉そうなことを書き綴ってしまった。
 みなさんはどう思います、最近の世の中・・。
 こんなこと言うこと自体、もう誰からも相手にされないおっさんなのでしょうか?
posted by ヒロイ at 18:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月14日

No718:いつもと見る点が違う今回の確定申告

 私の周りで「コロナ、コロナ」と騒がしくなってから約1年が過ぎようとしている。
 最初の頃は今のようにマスクは必須でなかったし、学校や会社もまだ 従来のスタイルが残っていたが、(昨年の)2月の後半になると京都でも生活する上でさまざまことに影響が出始めた。
 例年この時期は確定申告の真っただ中であるが、申告後の打ち上げ(慰労会)をどこのお店でしようかと考えるのがこの時期の楽しみの一つであった。
 昨年も1月末に和食のお店を予約し、2月の終わり頃  「3月の後半のことはまだ読めないのでひとまずキャンセルをせずにこのままで」といったん保留にしていたが、それから数日後には、「こりゃ無理だわ」とキャンセルの電話をしたのを思い出した。

 昨年は2月の下旬になってから確定申告期限の延期が発表されたが、今年は2月に入ってすぐ、1ヶ月の延長が発表され、所得税、消費税、贈与税ともに4月15日が期限となった。
 緊急事態宣言で指定された都府県では当然と言えば当然の措置であろうが、やはりここは国税における措置なので全国一律での対応となった。
 こんな状況の中、各顧問先や事務所のスタッフへの対応も検討した結果、事務所内での最終の締日を多少ずらす形に決定し、現在 それに向けて確定申告の作業に取り掛かっている。

 ただ、事務所のスタッフも在宅での勤務も交え、今までとは違う慣れない形で申告業務を進めてもらっているが、申告期限が延長になったからといって、決して間延びしたり、余裕のあるムードなどどこにもなく、いつも以上に緊迫しながら仕事を進めているというのが現在の我が事務所の状況である。

 過去においては3月15日というお決まりの日があったので、とにかく一心不乱にその日に向かって確定申告書を作成していたが、今年はこういったコロナ禍で、しかも緊急事態の延長及び解除も含め、3月末までの間には何らかの変化もありそうな情勢下での取り組みである。
 ただ、何かにつけこういった不安定な状況の中では 各事務所やそのトップの判断により対応に差がでるので、様々なことへの対応について どうするのが一番いいのか悩みながらこの確定申告時期を過ごしている。
 いずれにしても まだもう少し考えてながら事を進める日々が続きそうな今年の確定申告である。

 税務申告の依頼を受けている以上、各納税者に合った可能な節税方法を探り、最大限の節税効果を導くということが重要であるが、今回 対象となっている令和2年分の個人事業者の所得は軒並み前年を下回り、中にはこれからの資金繰りを考えないといけないくらい厳しい事業者もいつも以上の数にのぼっている。
 そういう意味で、今回は決算書の売上と利益(所得)に目を向けるだけでなく、売上の波(変動)、借入金の増加、それに資金(預金)の残額を注視し、これからの1年間の資金繰りや経営方針の相談に乗らなければならない先が数多くある。
 例年、確定申告は経営者の通知表のようなものと言ってきているが、今回はいっしょになって対策を練らないといけない通知表(決算書、申告書)の報告となっているし、こういった大変な時こそ 顧問税理士の腕の見せ所かなとも自分自身に言い聞かせながら、確定申告を乗り切っていきたいと思っている。
 所得税法では確定申告書の提出は2月16日から3月15日と記されているが、コロナに振り回され、本来の申告期限を忘れてしまいそうになる昨今の申告事情である。
 何はともあれ、事務所が総力戦で臨むことはいつの時代になっても変わらない、それが正に1年に1回の確定申告である。
posted by ヒロイ at 22:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月07日

No717:時代錯誤にならないように

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会 森会長の女性を巡る発言が問題となり、コロナ問題以外で本大会の開催の是非にまで発展しかねない“事件”になっている。
 この場で森会長が継続されることについての意見を述べるつもりはないが、あえて言うなれば、「どんなことでも 時代の変化についていけない人がトップに立ってやっていけるほど、世の中は甘くない」ということなのだろう。
 政治の世界であれば、年齢、当選回数、派閥等のしがらみ以外にもまだ目に見えぬ男女差はあるように思うし、マスコミにしてもすぐに「女性初の・・・」のということを見出しにしたがる風潮がまだまだ残っている。
 ただ今回は年齢、地域、そして性別なんて関係のない全世界の人が注目すべきイベントであるにも関わらず、政治家気質というか、古い感覚を持ったままの人がトップに立っていたことに問題であったように思う。
 今の時代、どこからでも話が漏れるので 「ここだけの話」なんていうことにはなりにくいし、SNSという恐ろしい拡散手段があるのであっという間に全世界に広まってしまう。ということで、発言の真意は別にして、誰もがそういった状況の中に身を置いているということを自覚しておかないといけないのに この森会長はこの自覚が足りなかったということも問題を大きくしている要因の一つとしてあげられるであろう。
 不祥事や男女の怪しげな話でも以前であれば、「ほとぼりが冷めるまで」といって、時が解決してくれる部分もあったが、今は全く逆で時間を追うごとに広がっていく状況にある。
 そういう点を特に政治家や企業経営者たるものは、常に頭の片隅に置きながら行動しなければならないし、一歩 というか 一言 間違うと、一瞬でアウトになってしまう。
 そのアウトも頭を下げて謝罪で済むうちは軽傷であろうが、内容によっては即刻退場ということも今の時代大いにあり得ることである。
 では こういったことを防止できるかどうかというのは、手っ取り早いところでは同僚や部下、友人、そして家族の中に、問題点を指摘してくれる人がいるかどうかである。本当に独りよがりほど怖いものはないので・・。
 ただ これがなかなか難しいことで、人間誰しも自分の周りは自分にとって心地よい人で固めたいと思うので、当然のことながら 子供から大人に至るまで心地の良い人間関係は自然と築かれていっているものである。
 私自身も目の覚めている間は言動に気を付けなければいけない中に身を置いているが、ふと考えると一人でいる車の中とお風呂が何とも心地がいいのはこういったことと結びついているのかもしれない。

 「目は口ほどにものを言う」と言われているが、仮に目の表情でいろいろな思惑が表に出ても、言葉にしなければ問題視されることはまずないと思う。やはり口から出た言葉は形の上では撤回ができたとしても、元には戻らないし、取り消すことだってできないものである。
 言葉という観点で捉えた場合、最近の国会中継で、「○○さん、あなた先日・・・・って言ったでしょ」ととにかく言葉尻だけを捉えて論戦に持ち込んでいるの目にするが、こちらの方は言葉だけでなく もう少し問題の本質を議論してほしいなと思ってしまうこともある。

 いずれにしても「口は災い元」ということは、いつの時代でも、どんな人でも共通して言えることなので、私自身も失言のないように心して毎日を過ごしていかねばと思っている。
 最後に 今回の一件をみて自分に言い聞かせる意味で もう一つ誰でも耳にしたことのあることわざを掲げておきます。
   「人の振り見て我が振り直せ」

 では、今日はこれでおしまい。
posted by ヒロイ at 15:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月31日

No716:コロナで変わった家族観、仕事観

 例年ならお正月になると都会で生活する若者や若い夫婦とその子供が親の住む故郷へ帰省していたが、今回は新型コロナウイルスへの感染を恐れて、帰省は不安と思った多くの親の方が、「今度の正月は帰ってこなくていいよ」と言って 実質的に帰省を断った。
 年に1、2回、子供や孫の顔を見るのを楽しみにして日々の生活を送っているお年寄りは少なくないと思うが、コロナにその楽しみまで奪い取られた形になってしまった。
 もし、年老いた親に持病があり、本来 定期的に会えるはずの家族に会えないまま、病状が悪化して不幸にも亡くなるようなことがあれば、その無念な気持ちは親も子も計り知れないものがあるだろう。
 「また来てね」、「今度はお盆に遊びに来てな」なんていう当たり前のことを口にできないところにこのコロナ対応への苦悩がある。
 「結婚して初めて、主人の実家に行かず、自宅でゆっくり過ごせたお正月でした」ということを少しほっこりした感じで話された奥様もあった。
 どちらにせよ、コロナは会わない家族、会えない家族を自然と作り出す結果となった。
 我が国には、今まで「会ってこそ家族」という考え方もまだまだ残っていたが、この考え自体も大きく変わってくるだろうし、「会えなくても家族」ということを今後どこまですんなりと受け入れることができるようになるのか、これもコロナが課した宿題であろう。

 今日のもう一つのテーマである仕事観も大きく変わろうとしている。
 在宅というテレワークの手法を多くの会社が導入してきているが、これは机を並べて仕事をすることも、“痛勤”とまで言われていた会社までの通勤も必要でなくなった。
 飲食をはじめとする接客業や診療をする医師などは、基本的には対面が必須であるので 上に掲げた勤務形態は当てはまらないが、コロナの感染防止に端を発し、多くに仕事においてそのスタイルが大きく変わろとしているのはご存じのとおりである。
 ただ、いろいろな面において便利になったのも事実であるが、ONとOFFの切り替えが非常に難しくなってくるように思う。
 我が事務所でも、全体の業務把握と決裁事務がある私以外は、ほとんどの者に事務所への出社は週2回程度と制限を加えているが、家で業務をする上での気持ちの切替は結構大変であろうし、逆に時間の制限をかけにくい分、労働時間は長くなっていることもあるような気もする。
 古くは、「仕事を家に持ち込まない」のが仕事と家庭を両立する”できる男”のように言われた時代もあったが、これからの時代、この「仕事を家に持ち込まない」なんていう言葉さえもなくなってしまうのであろう。
 最後にもう一つ、最近 労働(ワーク)と休暇(バケーション)を組み合わせた造語である“ワーケーション”ということが話題に上がってきているが、この「働きながら休暇を取る」という神業のようなことは私にはできそうにないし、何か合点がいかない部分が頭の片隅に残ってしまう。
 休暇前にはとことん仕事をしておいて、休暇中は仕事のことは忘れたいというのが私の休暇に対する思いであったが、この考えとて今や「古い」と言われてしまう世の中になってしまいつつある。このワーケーションもホテルや観光地の旅館の生き残りのためには必要かもしれないが 個人的にはどこまでいっても違和感を拭い去ることはできない。

 今日も多少 愚痴っぽくなってしまったが、別に今の社会を批判しているわけでもなく、何かしら今まで生きてきた世界と違う部分をこうして書き綴ることによって、何とか目の前の現実と融合していこうとしている年取ったおっさんの独り言として聞いてもらえれば十分です。
 今、一番必要なのが柔軟性のある考え方、柔らかい頭なんだろうなと悟らされた今日の内容であった。
posted by ヒロイ at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月24日

No715:「コロナなんか関係ないわ」という無邪気さに救われる

 休日の楽しみといえば、愛犬ぽぽたんとの散歩であるが、平日はカミさんだけが散歩に連れ出しているので、たまにしか家にいない私の方への寄り付きは今一つである。
 正直、このような異常事態になると仕事での訪問や面談は少しは減ってきているが、なかなか人と会えない分、逆に確認作業が遅れがちで手間取ったり、メールでの問い合わせへの対応などに費やす時間が多くなり、仕事と向き合っている時間そのものは 通常の状態の時よりは明らかに増えてきているように思う。
 事務所自体も1月19日から一部を在宅での業務に切り替え、基本的には週2回の出勤体制をとっているので、誰がいつ出社するのかなと各人の出勤予定表を確認しながら仕事をせざるを得ないという なかなか不便な状態を強いられている。
 政府が要請している「会社への出勤7割削減」には及ばないが、できることは取り組んでいこうと、2月7日(日)までの緊急事態宣言発令中の間は上記のような措置をとっている。
 ただ、顧問先の方は通常の年より経営環境が悪化している中での確定申告であり、面談をご希望されている方については、感染防止策をとりながら できるだけご希望に沿うような形での対応で進めている。

 こういった何かにつけ気をつかったり、いろいろ考えても解決できないような現在の状況の中で、ぽぽたんは朝が来れば目を覚まし、散歩時間になると外に行きたそうにおねだりをしてくる。
 昨日と今日は天候が優れないなか、ワンちゃん用の雨がっぱを着せて散歩に行ってきた。
 雨の音がしているとついつい人間の方が、「もう少し待ってな」という気持ちになるが、ぽぽたんはそんなことはお構いなしである。
 でも、このお構いなしのところが、逆に人間の心を和ましてくれているのであろう。
 小さな子供のいる家庭でも、子供、特に幼児の場合には、親の思いなど関係なくいろいろな要望を言ったり、おねだりをしてくる。
 正直、子育て真っ只中のお母さんやお父さんたちにとってはこんな時、「忙しいのになんで今言ってくるの」ということの繰り返しであろうが、この相手の状況を顧みない無邪気なところが何ともいえない部分であろう。
 うちのぽぽたんも、「人間って朝から晩までコロナって言ってるけど私には関係ないわ。私は散歩して、ご飯を食べて、昼寝ができれば大満足」と言わんばかりに、人間の都合なんかお構いなしである。
 でも、この我々が生きている人間の世界では何一つ明るい話題はない中で、ワンちゃんのこういう態度はかえって救われるし、気持ちも自然と和んでくる。

 これから確定申告のシーズンに入り、通常の年であれば 「大変だけど、年に一回のこの時期 がんばらないと」と思わず、腕まくりするような自分があったが、今年ばかりは「何とか無事終わりますように」と思いながの繁忙期への突入である。

 これから春にかけて、コロナがどうなっているかは予測もつかないし、この一年を過ごしてみて、コロナに対する予測なんて全くあてにならないことは立証済みである。
 こういう時はあまり先のことを考え過ぎずにまさに淡々と過ごすことが一番であろう。
 “淡々”とは「あっさり。こだわらない。」という意味であまり自分には似合わない言葉のような気がするが、ここへきて“淡々”という意味の必要性が分かってきた。

 コロナの状況は全く先が読めない中、確定申告が終わるまではあれこれ考えずに“淡々”と過ごすことに徹しようと思っている。
 こんな時こそ、些細なことに一喜一憂せず、素知らぬ顔でいることが意外と重要で、ぽぽたんがいてくれて本当によかったと思えたコロナ禍の休日であった。
 それにしても本当に天気の悪い休日でしたね。明日は晴れるようなので、少しは明るい気分になれるのかな?
posted by ヒロイ at 19:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月17日

No714:あんなスーツが着てみたい

 妙なタイトルの今日の話は果たして今の若い人に通じるのかどうか疑問がないわけではないが、我々の年代の者にとっては、いい(高級な)スーツは憧れであり、目標であったという 時代錯誤のおじさんの話としてサラッと目を通していただければ幸いです。

 スーツを着る仕事をする者にとって、スーツは普段着のようなものでありながら、「いつかはあんな(上等な)スーツが着てみたい」なんて考える、いわゆる憧れの対象物であったり、目標であったりしたものである。
 かれこれ35年以上も毎日 制服のように着ているスーツであるが、若い頃、顧問先で業績のいい会社へ行き、社長室で面談するとき、その社長の着ているスーツが艶がよく、何ともいえない光沢があり いかにも高そうなのを見て、 「あんなスーツを1回でいいから着てみたいな。自分が着たら似合わんけど いったいいくらするんやろ」と思ったことがあった。
 当時は青山やアオキのような量販店もなく 2、3年に一度 賞与が出たときに百貨店の安めのコーナーを探して新調したものである。
 持ち合わせの数も限られており、結構よれよれになるまで着ていたし、新調して間もない頃に職場の机でひっかけて、スーツが“重傷”を負ったこともあった。当時は今と違って仕事場の机は角がとがっていて、着ているものは引っかかったり、摺れたりすると イチコロ であった。
 前に勤めていた税理士事務所の所長さんもいつも素敵なスーツと派手さはないがおしゃれなネクタイをされていて、こういった着こなしってどうして身につくのだろうと若いながらも考えたものである。
 テレビにスーツ姿でよく出る筆頭は政治家であろうが、その中でも麻生さんや安倍前総理のスーツは、 「なに、あの高そうなの」と思いテレビを見ていたこともあった。
 以前、ある雑誌に麻生さんのスーツは50万円程するものと書いているのを読んでから、さらに麻生さんのスーツに目がいくようになった。

 でもこういったサラリーマンの憧れのようなものも、ある意味 コロナは消し去っていっている部分もある。
 職種によっては自宅で仕事をする機会が増え、それに伴って直接 面談することも減ってきているし、各業界の研修会や懇親会もほとんどないので、こういった正装の場がほとんどなくなってきている。
   見栄を張っていいものや高いものを身に着ける必要はないし、私自身 そういったものにそれほど興味がある方でないが、やはり男性でも女性でも、いい服が似合っているのを見るとうれしい気分になったり、時には羨ましくなったりもする。
 こういう機会は目の保養だけでなく、少し大げさかもしれないが、「あんなの着てみたい」、「あんなかばん欲しいな」というような欲望(これって物欲というのか?) が、自分の中だけに湧いてくるエネルギーのようなものであったりすることもある。

 まあ、こんな価値観は今の若い人には通用しないのだろうが、こういった何気ないことで刺激をもらうことも仕事や生活の中で 決して意味のないものではないと思ってる。
 私自身、いい車に乗って、大きな家に住もうなんては思わないが、今とは違う、就職=競争社会に身を置いていた あの20代、30代であった昭和から平成にかけての時代では 何かこういった目標がなければ、あの凄まじい激務なんてこなせなかったと思う。

 私はサイズが合わなくなったり、形や色を見て 「もう着ることはないな」と思った服を処分することがあるが、30年以上たっても捨てることができず残してあるものが一つだけある。
 それは就職して3年目の冬に賞与の大部分をつぎ込んで買った憧れのバーバリーのコートである。もうサイズも合わないし、20年以上も着ていないが、まるでお守りのようにクロゼットの一番隅っこに掛けたままにしてある。

 私自身 決してコロナのことを軽んじているわけではないのだが、マスコミ・報道は朝から晩まで「コロナ、コロナ」なので、ここではあえてコロナ以外の話題をと思って綴るようにしている。ただ、毎日の生活を振り返ると、必ずどこかでコロナのことを頭に置きながら行動している部分があるので どうしてもコロナ関連の内容が多くなってしまう。
 そんな中、今日は少し“脱コロナ”の話題を綴れたのでホッとしている。
 とはいえ、日々の生活では何よりも感染防止には最大限の注意を払って 過ごしいかなければならない。
 最後に一言、「みなさん自分の体は自分で守りましょう。」
posted by ヒロイ at 18:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月10日

No713:“直感”って、意外と大事

 ここで綴るのは年始のあいさつの年賀状を除くと12月20日以来となり、本当に久しぶりの感じがする。

 タイトルで掲げている直感っていうと何だか根拠のない思いつきのようにも捉えられてしまうこともあるが、先日読んだ本には直感も立派な能力である というようなことが書かれていた。
 何かを決める時、最初に直感で「これだ」と思った後、「いや待てよ、最初にAと思ったけど、よくよく考えてみるとBの方もいいかも?」、「でも、いろいろな面から考えてみてもやっぱりAやな」なんて、いう経験は誰にでもあるはず。
 最初にいいと思った方に決めきれず、いったん別の選択も模索するが、結局は最初にいいと思った方に戻って、それしてしまうということもよくあることである。
 これは経営者として少し重要な判断をする時でも、最終的には最初に考えていたのが最良の判断と思えるようなことは度々ある。
 よくよく考えてみるとこの直感というのは、ただ単に当てものやくじ引きのように運に頼るというものではなく、その直感というものには今までの経験や自分の中に蓄積されている知識に基づく判断が入っているように思う。
 だから直感って捨てたもんじゃない というのが私の思いである。

 人を採用する時、2人の応募者と面接をし、さあ どちらを採ろうかと考えた時に 今までの雑念が頭をよぎり、「過去にもこのタイプの人を採用したが、後々 混乱の原因になったな」とか、「Aさんの方が能力の面からみると優秀だけど、やっぱり明るい感じのBさんも今のうちの会社には必要かな?」なんていろいろと悩んだ末、採用したが 「しまった、あっちにしとけばよかった」なんて後悔した経験は誰にでもあるはず。
 こんな時、直感と言えるかどうかは分からないが、「この子(人)といっしょに仕事をしてみたいな」と直感で思って採用した人の方が後々うまくいって、長続きしていることも多いように思う。

 ちょっと、話が横道にそれ、大きな話ではなく些細な話になってしまうが、外出時に昼食でお店に入った時、Aランチがおいしそうだが870円で、Bランチが800円だったとしたら、この70円に差に目がいってしまい、メニューの中身でなく、値段の差だけでBランチにしてしまうことがある。
 当然、年齢や懐具合によって この決定の下され方は様々であろうが、隣でおいしそうなハンバーグの付いたAランチを食べる人を横目に、「しまったAにしとけばよかった」なんて後悔したことは一度や二度ではない。
 逆にメニューの中身もあまり見ずに、ちょっと奮発して値段の高い方を選んでしまったが、よくよく見ると、安い方に好みのものが入っていたということもある。
 人生の岐路ともいえる進学や就職において、何を根拠に決定を下すのかは人それぞれであろうが、後悔するかどうかという点においては 直感で物事を決めた時の方が後悔が少なかったように思う。
 ただ、最初にも言ったようにこの直感ほど人間の能力が試されることはないのだろうなとも思われる。
 最良の判断が下せる直感力を磨くには、経験と学習の積み重ねが必要であるということのなるのであろう。
 最後にお付き合いする人や結婚相手は、多くの人がまさにこの直感に頼って決めているのではなかろうか思う。私がどうであったかどうかは別にして。
 直感以外の俗にいう後々の計算が頭をよぎると、足が一歩も二歩も後ずさりしてしまう。
 まあ、結婚なんて人生最大の賭けで、大当たりなんて言うことはまずはないし、大外れでなければよし、というくらいの気持ちでいかないと それまで他人であった人といっしょに生活なんてできないであろう。

 話がえらい方へ飛んでしまったが、いい直感が働くように 日々、何事にも頭や心を研ぎ澄まして生きていくことが大切なんだなと思うと同時に これからも直感に頼って物事を進めていけるくらいになりたいものである。
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2021年01月01日

No712:謹賀新年

 あけましておめでとうございます
 新たな年を迎え みなさまはどんなお正月をお過ごしでしょうか。
 今年も事務所の年賀状で新年のスタートをきらせていただきます。
 以下、事務所の年賀状より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

    謹賀新年  
 今から一年前のお正月は多くの人が今とは全く違う晴れやかな気持ちで新年を迎えられていたと思います。
 中には2019年のラグビーワールドカップで盛り上がり、次は2020年の東京オリンピックでさらに・・と期待に胸を膨らませていた人もいたでしょう。
 それが一転、2020年はあの憎きウイルスが日本だけでなく、世界中を奈落の底に突き落としました。
 こんな中、これからの一年は前進できずに立ち止まることもあるかもしれません。時には後退することだってあるでしょう。ただ、そんなことは全く気にする必要もなく、

  “焦らず” “腐らず” “諦めず” そして体と心が “健康” で過ごせたら十分でしょう。

 今後の予測や計画は立てにくく、どんな一年になるのか想像もつきませんが、今よりも少しでも世の中が明るくなるよう みんなで力を合わせていきましょう、誰しも独りぼっちではありませんから。
 これからも皆様方とともに歩んでいきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いいたします。

      令和3年 元旦 


 〒602-0941  京都市上京区今出川通小川東入南兼康町334
        廣井増生

 URL:http://www.tax-hiroi.com
 Tel:075-406-7020 
 Fax:075-406-7025
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2020年12月20日

No711:雪の積もった故郷に元気づけられた

 先週の12/15(火)と12/16(水)は私の出身地である与謝野町を含む京都府北部へ毎月の定例業務ため訪問していたが、よりによってこの2日間はこの京都府北部の日本海側は雪が降っていて、車での移動中も時には横なぐりの雪が降りつけ、車のワイパーは休む暇もなく雪除けに大活躍であった。
 京都市内でも北に位置する北区や左京区は雪も多少ちらつくももの、道路に積もるような降り方ではなかったが、私が仕事で雪国へ向かうこの日はまるで狙い撃ちしたかのような雪降りの天気であった。
 今回の大雪は新潟県などでは高速道路で車が立ち往生したり、他にも積雪による被害が出ているので、雪が降ってよかったなんて言うのは、多少不謹慎かもしれないが、今回 仕事先で雪に遭って 少し心が和んだ部分がある。
 昨冬は暖冬だったので雪を目にすることさえほとんどなかったので、車のスタッドレスタイヤもほとんど活躍することなく、あまり冬を感じることなく春を迎えてしまった。
 日常生活を送る上では、暖冬の方がいいに決まっているが、先週の雪は久しぶりに故郷を思い出したというか、小さい頃はこんな中で、スキーやそり遊びをしたりをしたり、学校の休み時間には雪合戦で雪降りにも関わらず汗だくなったことを思い出した。
 その日も顧問先(クリニック)へ行くと 院長先生が駐車場の雪かきをされており、雪国ならではの苦労を目の当たりにしたが、私なんかはいくら大変だといっても今 毎日の生活に“雪”があるわけでもなく、こういった雪国の方は私なんかの苦労とは比較にならない程 大変なんだろうなと この先生の額の汗を見ながら感じた。

 雪の話をもう一つ。
 あちこちで雪かきしている人を見て、子供の頃 雪の降る朝 いつもより早く起き、スコップで道路の雪かきをし、通学路を確保してくれていた父のことも久しぶりに思いだした。
 雪の日の朝は目さまし時計ではなく、「ガガガガ―」という 雪かきをする父が持つスコップが道路をえぐるような音で目が覚めるのである。 それと、屋根に積もった雪が軒下に落ちてくる「ドーン」という地響きのような音、これが雪の日に目を覚ましてくれる音である。
 仕事で行った故郷でたまたま雪を見て、両親を思い出したという何ともセンチな話であるが、その父は既に亡くなっており、母も施設に入っているので、私と話をするのを楽しみにしていた親と話をする機会さえ今はもうなく 寂しい限りである。

 都会にいると、「温泉に行って雪景色を見ながら かに料理を」なんていう旅行のパンフレットを見ることもあるが、雪国育ちの者にとっては雪を見ながらお酒や料理を楽しむなんていう発想はなし、冬になれば雪というのは生活そのものという感じである。
 だた、私も地元を離れて40年も経つと 段々 昔のことは忘れてしまっているが、仕事とはいえ こうして雪に出会うことは、少し大げさかもしれないが、何か忘れかけたものを思い出させてくれる そんな気持になった。
 確かに雪道を運転するのも一苦労だったし、靴の中までも濡れてしまったが、故郷で雪に遭遇したことは、懐かしさだけでなく、なんとも言えないパワーをもらった気がした。
 また、いろいろな意味で、「いくつになっても自分の原点を忘れてはならないぞ」といって励ましてくれているような気がした。
 思わぬ雪であったが、やはり幼少期を過ごした所は、本人しか分からない不思議な力があるもんだなとも思った。
 私の子供たちは3人とも京都を離れて暮らしているが、将来、京都で祇園祭や大文字、それに鴨川を見ると何か目に見えぬパワーをもらうようなことがあるのかもしれない。
 いくつになっても故郷はいいものであり、温かさを感じられるありがたいものである。

 今年はコロナの影響でお正月に里帰りできない人も多いと思うが、ほんの少しの時間でいいので、故郷のことを考えることは決して無駄なことではないと思うし、きっと自分の原点がそこにはあるような気がする。

 今年も仕事するのは あと1週間。いいお正月を迎えられるように目の前にある やり残したことを何とかきりをつけたいと思っている年末の日曜日の夜である。
 明日も雪の降る日本海方面へ出張ですので今日はこのへんで。
posted by ヒロイ at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月13日

No710:社会人になって36年、今年は初めてのことばかり

 人生の大きな転機であった税理士事務所の立ち上げ、いわゆる独立開業というのは自分自身でも非常にインパクトが強く、ことあるごとに「開業〇年目」と自問し、事務所の軌跡を振り返ると同時に今後の事業展開について模索しながらここまでやってきた。
 今年の9月で丸13年を終え 現在14年目に入っているが、ここまでは、まさしく“暗中模索”の繰り返しで、一応、脇目も降らずに、横道にも大きくそれることなく 過ごしてきたので、時系列でいつ頃何をしたという記憶はほとんどないが、顧問先のリストを眺めていると、「あの時、あんな話をしていたな」とか、「あの時はヒヤッとしたな」というような出来事がいくつか断片的に思い出されてくる。

 今日、手帳やカレンダーを見ていて、1981年に社会人になった私は、この仕事だけを39年間も続けていたんだなとその期間の長さに自分自身でも驚いていた。
 我々の世代は、我が国の終身雇用や年功序列がまだ多少なりとも残っていた時だったこともあり、学生時代の同窓会やクラブのOB会名簿を見ると新卒で入った会社にそのまま在籍している者も結構いる。今の時代なら考えられないだろうし、若い世代にとっては、「それ何?」と、転職経験がないことをかえって不思議がられる時代になってきている。

 そんな中で、社会人36年目にして初めてのことがある。さて何でしょう?
 多くの方々も同じだと思うが、忘年会が一つも実施されない年末 ということです。
 昨年までであれば、もし 今年のような年末の形が目の前にあれば、世の中がおかしくなってしまうのではと思っただろうし、それ以前に忘年会のない年末なんて考えもつかなかったというのが正直なところである。
 ただ、年末に何もないこの状態が現実であり、もしかすると今後もこういった形はしばらく続くのかもしれない。
 私の人生の中では、学生時代の友人が40代の時に自殺したことも大きなショックであったし、阪神淡路大震災の時、あちこちでビルが倒れているところや東日本大震災の時、津波が襲ったあの光景は、災害とは一瞬にして目の前の現実を奪ってしまうということの惨さを目に焼き付けられた 忘れられない出来事であった。
 今回のコロナの感染拡大は一瞬にというわけではなく じわじわとではあったが、こんな経験は今までしたことがないし、これからどうなるのか全く予測さえもできない。
 よく年末になると「来年はこんな年に」とか、「これをしたい」なんていう想いを抱くが、今年はそういった想いが一向に湧いてこない。
 経営者として、また、経営者である顧問先を支援する立場として、こんな思いを持つのはどうかと思うが、これが今の正直な気持ちである。

 いつ何が起こるか分からない世の中になってしまったので、計画を立てるのがムダなのか というとそうでもないが、周りの状況によって予定どおりに進まない計画や「まあ予定どおりに行かなくてもしゃあないか」なんて思えるような計画なんて全く重みがない。
 決して無計画で一年を過ごすというわけではないが、計画や目標を立てる意味があるのだろうかとさえ考えてしまう世の中になってきている。
 ただ私自身、何か一つ指針のようなものがないと一年を乗り切っていけない性格なので、全てのことに対して 「ルーズにならずにきちんとしよう」 いうことを自分への約束として、1年を過ごそうと思っている。
 これって抽象的でつかみどころはないが、結構大変な心構えのようなものである。
 これ以上細かなことは考えないようにして、これからの1年を過ごそうと考えている。だって 何が起こるか分からないし、「36年目にして初めてのことばかり」なのだから。
posted by ヒロイ at 18:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

No709:コロナは季節感をなくしていく

 ここでも季節ごとの「休日の過ごし方」であったり、事務所で「この時期に取り組んでいる業務」をとり上げたことは何度のなくあるが、コロナのせいで各種の行事やイベントがほとんどなくなり、季節を感じる機会も随分減ったように思う。
 先週あたりまでは、紅葉が見頃であったのとGotoトラベルとやらで京都の観光地も賑わっていたようであるが、我々京都市民はこのコロナ禍においてあえて人の多いところに出かけるなんてことはしないし、どちらかというと今年の秋の休日は、家で過ごすことが多かった。
自宅の近くの宝ヶ池球技場でも、毎年恒例のように観戦に行く関西の大学ラグビーの試合は、実施はされていたものの、部員や保護者等の関係者以外は入場できなくなっており、観戦する機会さえも奪われた格好になっていた。
 季節感を感じにくくなっている理由は、秋に限って考えてみると、修学旅行生の激減、大学の学園祭の中止、地域の運動会や文化的な行事等、秋ならではのイベントと言われるものはほとんど行われなかったことにも起因しているように思う。
 また、12月になってからは職場をはじめ いろいろなグループで行われていた忘年会も全くないという状態で、いったい今 何月なんだろう なんて考えてしまう時さえある。
 私の仕事は各月ごとに法人の決算があったり、今の時期は年末調整、そして年明けからは確定申告期の準備、そして本番と くまなく日程が立て込んでいるので、仕事を通しては否応なしに季節を感じざるを得ない状況になっている。
 ただ、自然、その中でも気候変化というのは四季のある日本では、当然のことながら必然的に感じることができ、この時期になると「あっ、冬がくる。冬の準備を」ということで、コートを出してきたりする衣替えはどうしても必要なものとなってくる。
 また、当事務所は積雪の多い地域に数多く顧問先を抱えているので、12月に入ると車のタイヤをスタッドレスに換えないといけないが、今年は12月になっても気候が穏やかだったこともあり、すっかりこのタイヤ交換のことを忘れていた。
 先週、12月のスケジュール表を見ていて、12月中旬の訪問の時までには換えておかないといけないことに気付き、5台の車を順次変えるスケジュールを組んでいるところである。
 この一年を振り返っても、京都では三大祭(葵祭、祇園祭、時代祭)の巡行や鞍馬の火祭は中止となったし、大文字五山の送り火も各山に数点だけ灯をともすという 例年とは違って比較的静かな8月16日の夜であった。
 こうしてこの一年を振り返ってみると異例ずくみの年であったし、京都経済の中心的役割を担う観光・サービス業においては依然として非常に厳しい状況が続いている。
 私の事務所のある今出川通も烏丸から堀川まで800m少しの間に飲食店を中心に数多くのお店があるが、そのうち少なくとも5、6店はここ数ヶ月の間に閉められた。本来であれば大学生で賑わう街に大学生がいなくなるということは、学生を対象としていた店にとっては まさに死活問題であることを目の前で証明された形となった。

 今年も段々 年末が見え隠れしだしているが、何とか来年は元のようにとは言わないが、少しは光が差し、その光が少しでも強く大きくなっていくことを望むばかりである。
 お正月が近づいてくる12月の過ごし方や気持ちの持ち方も一年前とは大きく変わってきているが、何事もなく、健康で毎日を過ごすことこそが、大切であると感じる今年の12月である。
 コロナ、コロナ、コロナ 全てのことがコロナに関連付けられ、コロナのことを一日たりとも忘れたことのない、忘れてはいけない 本当に重い一年であった。
 年末まで1ヶ月を切ったが、何事もなく年末を迎えることができるようにと願うばかりである。
 では、みなさん まずは年末まで何とか乗り切っていきましょう。
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2020年11月29日

No708:理想の税理士って?

 税理士業務をしていると、顧問先の経営者の方とのやり取りは会計や税務のことが基本であるが、それ以外にも労務問題、継承を含む将来の構想や今後の事業展開等、相談の内容は非常に多岐にわたっている。
 そういった経営者とその顧問税理士との理想の関係はどんなものなのか、これについては十人十色というか千差万別というか、顧問先の方 一人一人によって求めておられるものに違いがあり、ご夫婦で運営されている場合でお二人の意見が異なることだってたびたびある。

 当事務所の顧問先には大企業はなく、中小零細企業や開業医がほとんどであるので、決算書を含む財務諸表や申告書に上がってくる数字だけの分析や説明だけでは経営者のニーズに応えられないこともある。
 個人や家族にとっての必要な資金であったり、親、ご本人、配偶者、子 それぞれの将来についての方向性の相談も数多くあるが、全ての経営者がそれを望んでいるかというとそうでない場合もあり、会社の財務数値のみきちんと把握するだけでよく、個人的な事情までは入り込んでほしくないと思っておられる経営者もないわけではない。
 我々顧問税理士であるので、当然のことながら経営者の心の中まで探りながら税務顧問の仕事をしているわけではないが、この辺の関わり方というか、深度について人それぞれによって違いがあるので非常に悩むことところでもある。
 ただ、どんな場合でも信頼関係があって、初めて我々の業務は成り立つので、この信頼関係の構築こそが命と言っても過言ではない。

 私もこの仕事をしてから今年で36年目、勤務先を退職し独立開業してから13年になるが、信頼関係を築くということは年齢や経験に関係なく、非常に難しく、時と場合によっては長い間保ってきたの信頼関係が一瞬にして壊れる(壊れた)ことだってある。
 税理士と顧問先との関係をあらためて考えてみると、一般的な商売とは大きく異なる点がある。
 上下の関係で物事をとらえるのはよくないのは分かっているが、顧問先の方々は税理士あるいは税理士事務所に顧問料を払うという点においては顧客であり、そのことだけをとらえると税理士の上に立つ人側かもしれないが、顧問先の方々が何か質問や確認をされ、それに対して教えたり、伝達している時には、その二者の間に“教える”という行為が存在するがゆえに、そこにはついつい教える側と教わる側という関係が存在することもある。
 この辺が仕事をしていて非常に難しく感じることでもある。
 ただ、上とか下とかいう関係でなく、深い信頼関係あれば、そんなもの上でも下でもどちらでもいいというのが本当のところであろう。
 そういった意味においても、我々の仕事はまずは正しいことを伝えること、それもできるだけ早く。また、自分の強みと弱みを自覚し、強みはより強く、弱みがもしあれば、それを弱みとはならないように努力をすること、それと顧問先の経営者の方の真の要望、つまり文書や口頭だけでなく、その経営者が胸の中にある重要な部分ををつかむという、非常に難しい技術と能力も必要となってくる。
 これらは学習だけでなく、更に自分というものを高めていかないとなかなか要望に応えられない部分である。
 こんなことを考えていると、税理士として顧客満足度を高めることは奥が深く、本当に難しいものであり、多分この仕事から身を引く時まで解決しえないことであろう。

 最後に我々、税法という法律を扱うという観点から、ここだけは超えてはならない線というものだけは、絶対に忘れずに業務に取り組んでいかないなとあらためて思った。
 なんだか小難しい話になってしまったが、「いくつになっても、どんな立場になっても、しっかりと仕事をしろよ」と自分に言い聞かせて今日の話は終わりにします。

 では、世の中が再びコロナで騒がしくなってきましたが、対策だけは各自で万全を期し、毎日をお過ごしください。
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2020年11月23日

No707:前例のない中で生きていくには

 新型コロナウイルスの感染が再び拡大する方向へと進む中、世界中の国々が拡大防止への対応に追われている。
 我が国でも死亡者の数こそ欧米諸国と比べると少ない数字ではあるが、収まるところが見えないという点では、本当に我慢比べのような状態が続いている。
 そんな中、家族との外食や旅行を控えることはあっても、家に帰ると食事をとり、睡眠をとるという基本的な日常生活は大きな変化がないが、家から一歩出ると、乗物に乗ったり、買物に行ったり、仕事で出かける場合、そして休日の過ごし方などは、今までとは違ってあらゆる面で規制がかかり、もはや規制の中で生きていると言っても過言でない状況が続いている。

 今まで生きてきた中で自分自身で何かを考え、行動する場合でも多くの場合が前例に従って進めていけば大きな間違いは起こらなかったし、「あれっ?今までのやり方ではおかしいぞ」と思う部分だけ、自分なりに考え、新しい方法を取り入れていけばよかったのが、今やほとんど前例のない中で日常生活を送らないといけない状態になってきている。
 些細なことであるが、先日地下鉄に乗ると少し込み合っていたので、車両の中ほどの立っていた時、カーブや減速時に車両が揺れたが、今までなら周りの人に寄りかかるようなことがあってはならないと必死でつり革を握っていたが、今や誰が触ったか分からない そのつり革に触ること自体がよくないと言われていたことを思い出したので、足を仁王立ちにして踏ん張ったがやはり左側に体が傾き、隣に立っている人を押す形になってしまった。つり革さえ握っていたら全く問題はなかったはずだが。
 税理士同志のある会でも顔みしりの人も含め、メンバーの親睦を深めようと懇親会(実質食事会)、特にこの時期なら忘年会が実施されるが、今年はこういったことは一切ないので、新入りの人で顔を知らない方は知らないままで、名簿の中だけでの新メンバーの確認である。
 それ以外でも一年前では想像もつかなかったことが目の前にまるで当然のように広がっていっている。
 海外旅行には行けないし外国人も見かけない まるで鎖国のような状態、学生の少ない大学、そして身内の者が入院や入所していても顔も見にも行けない病院、介護施設。そんな中で都会暮らしの若い人が帰省しずらい状態はまさに田舎で暮らす老親にとっては体だけでなく、心までもが病んでいく状態になりかねない。
 今まで子や孫に「お正月は帰ってきて、おいしいものでも食べてゆっくりしいや。」なんて言っていたのが、今や「今度のお正月は帰ってこんでもいいしな」なんていうようなやり取りがあちことでなされているのであろう。私から見れば、本当に世の中“終わってる”状態になっている昨今である。
 こんな中では、今までどおり というのは通用ないし、今 自分は誰に対して何を どういう方法でするべきなのか 行動を起こす前に疲れるくらい念には念を入れて考えて動かないといけない。
 コロナが蔓延しだしてから春、夏、秋と3シーズンを経験してきたが、いよいよ初めて迎える冬である。
 本業の方でも確定申告期の税務相談への税理士の派遣は今回からなくなったが、申告をしなくてよくなったわけではないので、自力で申告書の作成が困難な方にとっては大変な状況である(一応、税務署員は対応する形になりそうです)。
 
 とにかくしばらくの間、前例のない中で生きていかなければならなが、今後数年後には今の生活が前例になっているのだろうか。
 入学式、卒業式、修学旅行、成人式、同窓会、結婚式、葬式、法事、親睦会(納涼会、忘年会、歓迎会、送別会含む)、研修会、スポーツ観戦にコンサート・・考え出したらきりがないが、何もかもが私の周りからなくなってしまっている。
 永遠にというわけではないだろうが、次に復活というか始まりだした時には、従来のものとは形を変えて戻ってくるのであろう。

 この歳になって適応するだけでも大変であるが、この変化は自分だけではないので と慰めながら生きていくしかないのでしょう。
 本当に何カ月間もの間、ぱっと視界が開けたことがないな とあらためて思い入った秋の夜でした。
 そろそろ寒くなってきそうです。こんな時です、体調管理だけは万全に。
 では、今日はこの辺で・・。
posted by ヒロイ at 20:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月15日

No706:”育児”と同様、避けて通れない“介護”

*「職場において労働者が関わる、会社の設備や体制、勤務時間、上司や同僚などの人間関係なども含めて様々な事柄を表す用語」
 実はこの説明文は、“職場環境”の定義(意味)である。
 一般的に「いい職場環境」とか、「職場環境が悪すぎる」なんていう言い方をするが、「いい職場環境」とは、一言でいえば「仕事のしやすい、仕事を続けやすい状況」のことを言うのであろう。
 会社や職場を選ぶ基準として、比較的若い年代にとっては出産や育児に支障のないということは重要なことであろうし、出産に関しても当然のことながら女性だけでなく、男性の方もどのように関わることができるのかも非常に関心の高いところであろう。
 また、転勤や配置転換の有無等、働く場所についても職場を選ぶ基準になるし、いくら給与が他の会社と比べて高かったとしても、こういった職場の環境が整っていないと働く人からは敬遠されることもあるだろう。逆に企業や事業主側もこういったことが他と比べて見劣りしているようではいい人材の確保は厳しくなってくるのは当然予測される。
 もちろん労働法規や就業規則ではこういった権利は当然のことのように守られてきているが、実態はどうかということが問題である。休みたい時、必要な時に休めるかどうかとか・・。

 我が事務所で働く人のお子さんも0歳から上は大学院生まで年齢も幅広いが、子供の年代ごとに必要とされる親の関り方はさまざまである。
 30代の男性社員は毎日子供さんを保育園に送ってから事務所に出社するようだし、病気の時には子供さんを病院に連れていくこともあると聞いている。
 また別に受験の後 大きな費用を掛けて進学されるお子さんを抱える方もいるが、こちらはこちらで子供へ愛情や労力をつぎ込むだけでなく、経済的な負担がドカッとか掛かってくるので、まさしく 「子供を学校にやるために働く」ということになるのだろう。
 今の時代 あまりプライベートなことは本人が口にしない限り、こちらから問いかけることはほとんどないが、今後はこの子育て以外にも親の介護(世話)ということも大きな問題になってくると思うし、当事者だけでなく職場としても避けては通れない問題になってくる、というか なってきているように思う。

 我が事務所には40代から50代の人も多く在籍しており、この年代に者にとっては 当然のことながら親の介護やお世話は日々直面している問題であろう。
 実際、70〜80代の親を抱える40代の男性社員2人の親御さんがこの2週間の間にどちらも病気のため入院されたと聞き、これからは仕事とこの“介護”との両立も非常に大変なことになってくるのだろうなと思った。
 このうちの一人は年明けに子供さんの中学入試も控えており、本当に体がいくつあっても足りないという毎日であろうし、まさに”子育て”と”介護”をダブルで抱え、当面の間、そういう毎日を送ることになるのであろう。
 私は施設に入っている母のことは気にはなるが、周りの人から比べると手を差し伸べないといけないという状況ではないし、施設とのやり取りは兄が仕切っていてくれているので、負担感はさほどないというのが現状である。
 共働きの若い世代の夫婦が子育てしながらも続けられる職場というのがよく話題になっているが、これからの時代、介護をしながら仕事も続けられる職場というのが魅力ある職場になってくるのかもしれない。
 法的には介護休暇は保障されてはいるが、私の周りではこの制度を使った人をほとんど見たことがない。しかし、これから職場選びをする上ではこの介護休暇の取得のしやすさも重要なポイントになってくるのかもしれない。
 当然 休暇を取得する権利があるが、こういった規則に掲げられているだけでなく、本当に必要な人が利用した実績が積み上げられることが重要である。

 これからの時代、誰しもが取り得る当たり前の休暇になるような時代になることが、日本の長寿社会を支えることにつながっていくように思うし、私もいつかは介護をしてもらわないといけなくなる日がくるので、他人事ではないのである。
 よく「子供や親族の世話にはならない」とみなさん口にされるが、そうはいかないのが今の日本の現状であることは誰しもが実感していることであろう。最後は施設に入って、そこで世話になったとしても・・。 
posted by ヒロイ at 21:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月08日

No705:久しぶりに高校野球で熱くなりました

 こんなコロナ禍でスポーツの話題をとり上げること自体 ?が付きそうなご時世であるが、毎年 野球、サッカー、ラグビー、陸上(マラソン、駅伝を含む)を観に行ったり、高校野球やマラソン・駅伝をテレビで観戦したりするのを楽しみにしていた私も 今年は生(ライブ)での観戦は一度もない。
 テレビでもスポーツ番組は時々 中継されてはいるがなぜか気持ちの盛り上がりがなく、ほとんど見ていないというのが実情である。
 今年は高校野球は春・夏ともに甲子園での全国大会は中止で、高校野球ファンの私にとっては何とも寂しい年であったし、来年(2021年)も開催されるのかどうかは分からないが、プロ野球も観客数に制限を加えて開催されていることから考えると、同じような形で実施されるのではというのが今の時点で予測されることであろう。
 一応、来春の選抜が開催されることを想定し、高校野球も来春の選抜の出場をかけた各地区での秋季大会がほぼ終わろうとしているが、その中で久しぶりに目を引く話題が飛び込んできた。
 それは 九州大会でなんと離島の公立高校が各県の私立の強豪校を撃破し、優勝したという何とも信じがたいニュースである。
 この高校は長崎県西海市の大島にある大崎高校という長崎県立の高校である。
 この大島という島は人口4900人余の島で、この大崎高校も全校生徒数118人という高校では“ミニ”の分類に入る少ない生徒数である。
 こんな話題性のある高校であれば、長崎県内で3、4番手に入れば、選抜では「21世紀枠」での出場の可能性もあったと思うが、九州8県の頂点に輝いたということで、選抜出場は確実で、正に実力で勝ち取った誇れる話である。
 昨今の高校野球と言えば、大阪桐蔭、履正社、智辯和歌山、花巻東、東邦等 頭に浮かぶのが私学ばかりで、公立と言えば昨年の金足農業(秋田県)くらいのもの。いわゆる私立強豪校のオンパレードである。
 高野連やマスコミは、「公立」、「地方」、「文武両道」が大好きなので、これから春にかけてこの大崎高校はいろいろなところで取り上げられると思われる。
 ところでなぜ、こんな離島の高校が強くなったのかといろいろ調べてみると、どうやら指導者(監督)が長崎県の中でも有名な優勝、甲子園請負人的な人物であり、この監督を慕って、野球で実績のある生徒が集まってきたようである。
 この監督についてさらに調べていくと、過去には謹慎処分を受けたことも記されていたが、ここではネタ探しに躍起のなっているどこかのマスコミのようなことはせずに心から祝福することにしよう。

 私自身、分野を問わずあらゆるスポーツが好きであるが、自分自身が選手時代もそうであったように、練習のプロセスと結果のどちらにもドラマ性があり、いい結果がでればこの上ない喜びとなるが、仮にいい結果が出なかったとしてもスポーツをしたことのある人は、「やったこと」に満足し、「やらなかったらよかった」と思う人はまずいないと思う。
 冒頭でも述べたが、コロナが感染しだしてからはなかなかスポーツに触れる機会がないが、こういう状況下になればなるほど、スポーツの意義をあらためて感じてしまうというのは何とも歯がゆい限りである。
 スポーツのことになるとついついのめり込んでしまうが、ここでスポーツの話題をとり上げるのも久しぶりであり、少し血が騒いでしまった。

 最後にお正月の風物詩となった箱根駅伝の話題を少しだけ・・。
昨年12月8日に ここのNo659で山梨学院と上田誠仁監督に対する私の想いを綴ったが、その山梨学院が予選会を何とか通過し、2年ぶりにお正月の本選出場できることになった。
 スポーツは人それぞれに楽しみ方があると思うが、目の前のプレーだけでなく、こういった選手や監督、そしてチームの軌跡を押さえながら観ることで より一層深い感動を与えてくれる。

来年の東京オリンピックの開催は個人的には厳しいと思うし、無理して開催することは避けなければならないと思っているが、これまた最終結論が出るまでにいろいろな駆け引きがあると思うし、この綱引きのような過程をしっかりと見ておくこともスポーツマン(一応自負している)にとっては大切なことであると思っている。

 この歳になってスポーツに惹かれる理由、それは感動することだけではなく、単純に「仕事を忘れられる時間」であるからであろう。
 これって純粋でないかもしれないけど、大事な理由ですよね。
posted by ヒロイ at 17:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月01日

No704:リニアは本当に開通できるのか

 JR東海はリニア中央新幹線(東京・品川〜名古屋)の2027年開通を目指して工事を進めているが、ここへきてその予定に暗雲が垂れ込めだしてきている。
 というのもみなさんもマスコミの報道で耳にされていることかと思うが、静岡県内の工事区間での水(水系)問題の浮上である。
 これは静岡県北部の南アルプスを貫通するリニアトンネル工事によって、大井川の水量が減少し、静岡県内の地域住民の生活に大きな影響を及ぼすというものである。
 こういった自然環境への影響は工事が完了し、使用が始まると 後では元に戻れない大きな問題なので避けては通れないし、早急に結論を出したり、妥協する問題ではないことはよくわかる。

 この水問題の重要性は十分認識した上で、鉄道マニアである私としては不謹慎を承知で、鉄道網と利便性、それに鉄道による地域経済へ及ぼす影響という、今 問題となっている自然環境と違う論点から、このリニア問題を捉えてみたい。
 まず、この東京・名古屋間全行程285qのうち静岡県は8.9qしか通らない、というか、かすらないというルートである点と、リニアの予定駅は東京・名古屋の間では神奈川県、山梨県、岐阜県に駅が設置され、通過県では唯一 静岡県には駅ができる予定がないということである。
 つまり、静岡県にとっては何らメリットがないというか、トンネルだけが通って、恩恵を受けるものは何一つないというのが現段階での話であり、川勝知事の本心のように受けとることもできる。
 ただ、計画といっても今後検討していくものではなく、既に工事も始まっているので決定事項であり、これが最終的なリニアと静岡県の関わりの終着点である。
 大井川の水問題が重要であることはあらためて認識した上ではあるが、本当に静岡県はいろいろな意味において置き去りにされていると言ってもいいような状況がいくつも見てとれる。特に鉄道を含む交通に関しては。
 実は私は小さい頃から静岡県がお気に入りの県で、一定の都会的な要素もあり、かつ、自然も豊かで、富士山、浜名湖、静岡の日本平、熱海温泉など観光地も多く、旅行でも何度も訪れたことのある所である。
 それになんといっても雪国育ちの私にとっては温暖な気候は憧れであり、小さい頃は近畿の和歌山とともに一度住んでみたいと思っていた県でもある。
 ただ、鉄道という観点から捉えると東海道新幹線が通過する県としては一番長い距離を走っているし、駅も17駅のうち6駅も占めているのに“のぞみ”の停まらない県でもある。新幹線に乗って東京に行くのも、新大阪に行くのも“ひかり”か“こだま”に乗らないといけない。
 また、飛行機の方に目を向けても静岡空港が2010年に開港したが、私の周りには静岡空港を利用したことのある人は一人もいない。
 こういったことからも静岡県は東京と名古屋・大阪に挟まれていながらも交通網 不遇の県といってもおかしくないような、冷遇扱いをされている県であることには間違いない。
 静岡県 あるいは 川勝知事にとっては冒頭の水問題が重要課題であるが、心のどこかにこのような交通冷遇県の扱いを受けてきたことへの仕打ちをここぞとばかり、反抗という形で打って出てきているという見方も一部のマスコミでは取り上げられている。

 いずれにしても9兆円という規模のとてつもなく大きなプロジェクトで、ここまでもかなりの多額の資金がつぎ込まれていると思うので、計画の途中挫折(中断)はあっては困るし今度どうなるか注視していきたいものである。
*前回(No703)の数字の捉え方をすると 9兆円=1,000億円×90 ということになる。

 余談であるがこのリニアの名古屋・新大阪間のルートでは京都市は通らず京田辺市の松井山手周辺に駅の設置が予定されているらしいし、北陸新幹線 敦賀・大阪間も今の京都駅付近は通らないという計画もあるが、その時、京都市や京都府がどのような対応に出るのかも見ておきたいものである。
 ただ、リニアの名古屋・新大阪間は2037年、北陸新幹線の敦賀・大阪間は2046年の開通予定とのことなので、果たしてその時、この世にいるのか? はたまた、乗れる体なのか そんなことを考えながら今日の話をおしまいにします。
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2020年10月25日

No703:数字は口ほどにものを言う

 先日、ANA(全日空)の次期決算予測が 5,000億円の赤字と発表された。
 5,000億円という数字が大きすぎて、この数字の中身までは真剣に考えることもできないが、この“億”という単位は、その上の単位である“兆”よりもなぜか大きく感じてしまうことがある。
 というのも日々の生活の中で兆なんていう単位を使うこともないし、我々が扱う決算書においても兆のつく決算書なんてもちろん見たこともない。
 それが億となると、5億円の売上とか、2億円の土地を買ったとか、そう多くはないにしても仕事の中で億という単位は比較的 目にする機会がある。
 変な例えであるが8,000億円が2つあるのと1兆6,000億円とではどちらが大きく感じてしまうのか? 人によってさまざまであろうが私はこれも8,000億 2つのほうが大きく感じてしまう。これも自分の中で扱う一番大きな単位が億だからであろうか。

 私のように毎日 数字を扱う仕事をしているとこういった金銭感覚というかその金額がその人にとって果たして多額なのか、それともそうでないのか見極めないといけないなと思うことが度々ある。
 例えば、500万円の社屋改修工事といえばかなりの金額という感じがするし、決して無駄にしてはいけない金額であるが、この改修工事によってどれだけの売上増や利益増につながるのかを見極めて資金投下をする必要があるということである。
 もう少し具体的にいうと3億円の売上のある事業がこの改修工事によって客足が伸び、3%の売上増になるとすれば900万円売上がアップするが、これが5,000万円の売上の事業なら150万円の売上増にとどまる。
 消費税に目を向けると、導入当初の3%から5%、8%、そして10%と段階的に引き上げられたが、先日 建築費1億円の工事明細を見る機会があり、消費税額の欄に目をやると当然のことながら その欄は1,000万円と表示されており、あらためて消費税の重さを目の当たりにした。これが、もし本体1,000万円で消費税率が3%であったなら30万円であり、上の1,000万円ほどの重税感はないであろう。

 今日の話で私は何が言いたいのであろうかとちょっと立ち止まって考えてみると、時と場合、つまり自分が今 置かれている状況によってお金の単位や大小をしっかり把握することが大事で、特に経営者であれば一つのことだけに一喜一憂せずに、最後で得するには、最終的に儲かるにはという観点でお金の使い方を考えないといけないということである。
 変な話、コンビニで弁当を買う時はその人の財布の中身によって100円にこだわる人もいれば、10円でも安いものを探す人もいるだろう。
 そういう意味ではケチる(倹約する)時と、多少無理してでも気前よく出す時をうまく使い分けられることも事業の発展と無関係でないような気もする。こんなことを言っているが我々の本業である税務や会計においては当然のことながら1円でも数字が合わないと終わることができないし、そこには妥協はあり得ないことである。

 最後に金銭感覚に関するつまらない話をもう一つ。
 「大体」とか「ざっくり」という言葉の使い方は非常に難しいなと思うことがある。
 どういうことかというと、円単位というか細かな数字まできちんと押さえておきたい人に対して、「ざっくり〇百万円」というように「ざっくり」を連発すると、「こいついつも大体で話をする奴だな」と思われるし、逆に細かな数字よりも大枠を知りたい人や場面で円単位まできちんと、「〇円になると思います。まだはっきりしたことは言えませんが・・。」なんていうと、「大体の数字でええし、大枠を教えてな」と言われることもある。
 最初のANAの話もそうであるが、数字の意味や本質をしっかりと捉え、数字の持つ意味や大小を理解することが、数字を扱うものにとっては一番大切なことであろう。
 それにしても5000億円を365で割ると一日当たり13億円、半年で割ると27億円というとこれまたとてつもない数字であることが、こんな割り算であぶり出されてしまう。
  数字は捉え方によって意味合いも変わってくるのだなとつくづく思った数字、そしてお金に関する話でした。

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2020年10月18日

No702:相続の仕事から学ぶこと

 税理士という仕事をしていると個人事業主 や企業経営者と接することが多いし、我が事務所の場合、開業医の顧問先が多いので医師(院長)と会う機会も他の人よりも必然的に多くなる。
 タイトルにあるような相続の仕事と言えば、一般的には資産家を相手にした仕事というイメージを抱かれる方が多いと思うが、最近の相続の相談は親から土地や資産を引き継いだ いわゆる一般の方からの相談もかなり増えてきている。
 高額な資産をお持ちであった方が亡くなった場合の相続税の申告のお手伝いをすることもあるが、上に掲げるような方、つまり一般の方々が相談にお越しになることもある。
 ただ一般の方と言っても 資産総額〇億円というような資産家と呼ばれる部類に入る方ではないが、一定以上の資産はお持ちであり、その分け方に関することと、「うちの場合、相続税ってかかるの?」というのがおもな相談である。

 会社経営者や医院の院長ではなく、当事務所の顧問先企業の経理担当者であったり、あるクリニックの開業をいっしょに支援していた薬品会社の方であったり、あるいは 知人からの紹介であったりときっかけはさまざまである。こういった方の多くはサラリーマン、あるいは元サラリーマン(現在は年金生活者)である。
 先週も勤務先を定年退職された方で、実家に一人住まいであったその方のお母様が亡くなられ、その不動産と幾ばくかの預金を兄弟間でどのように分けたらいいのかという相談があった。
 また、一昨日の70歳の方(男性)からの相談は、重い持病のある奥様が実家から引き継いだ財産をどのように子供たちに引き継ぐのがベストか? などという内容であった。
 もちろん税理士という仕事をしているので、相続税が抑えられる節税手法を駆使し、いわゆる相続税対策を練り、実行することが重要なことは分かっているが、その前段階で財産をどのように分けるのかを悩んでいる方が思いのほか多いことに気付かされる。
 これは旧民法下における家督相続や家父長制度の場合には、財産の引き継ぎ先のはほとんど長男や跡取りということで決まっていたが、これからの時代というか、現在の社会において、こういった財産の行き先(引き継ぎ先)はそれぞれの家族や親子関係により、いくつものパターンが考えられる。
 長男は家業を継がずに遠くに住んでいるが嫁に行った(姓が変わった)娘とは同居しているとか、子供たちが決して仲が悪いわけではないが経済的な格差がある場合とか、また 今70代以上の方の場合には比較的少ないが、それより若い層(60代以下?)には離婚した後 再婚され、前妻の間にも現在の奥様の間にもそれぞれ子供がいらしゃる場合等、家族を取り巻く状況はさまざまであり、そういったことが相続の話をまとまりにくくしている要因のひとつにもなっている。
 ここでは申し上げられないが、今までにはなかった家族関係や財産の引き継ぎの方法といった、「えっ?」と思うような相続をいくつも目の当たりにしてきた。

 では、こんな時にどうするのか?
 私は答えを持ち合わせているわけでないが、この長寿時代にいつまで生きて、将来 誰と暮らし、誰の世話にならないといけないのかが以前のようには予測ができない世の中になってきているので、相続での財産の行き先を早くから決め過ぎないことであろう。
 実はある資産家の方は、相続対策で子や孫に数年にわたって多額の生前贈与されていたが、90歳になってもご存命で、今はご自身の財産は心細いくらいのものになってしまっている。
 この方のお子さんたちはよくできた方なので、以前 引き継がれた資金で親の介護や施設の費用を賄っておられるが、もし、子供たちが財産を使い切っていたらご本人の老後はお先真っ暗であったであろう。たとえ、過去において大資産家であった方であっても。

 目の前で起こっている例を綴ったので、話としてはまとまらなくなってしまったが、要は自分自身にどんな老後が待ち受けているのかを考えることが何よりの相続対策になるであろう。
 ただ、不幸にも50代、60代で亡くなられる方もあるので、人生って本当に先の読めない物語のようなものだなと思うこともある。
 こんなことを考えていると私自身もなんだか気が重くなってきたが、この仕事をしていてよかったなと思うことは、一般の人以上にいろいろな事例に出会う機会があるということであろう。
「これしかだめ」なんて 答えが一つに絞られるわけではないので、いろいろな話を聞き、よりよい方法を模索していくことこそ、我々の年代(50歳を超えた人)が取り組むべきテーマであろう。
 まず、現実から逃げない、逆に言えば空想の世界に入って期待しすぎない、これが一番の相続対策であることをみなさまにお伝えして 今日の話はおしまいといます。
posted by ヒロイ at 23:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月11日

No701:共通の趣味を持たない夫婦

 ご結婚されている方で夫婦それぞれの趣味が共通な方とそうでない方、当然のことながら両方あろうかと思う。
 私の周りにもいくつになっても仲のいい夫婦(ごくわずか?)もいれば、ひびが入って夫婦の話はご法度の方も何人かいらっしゃるが、今日はこんなテーマで久しぶりに夫婦のことを論じることにする。

 「興味があることが一致していて」とか、「老後、同じ趣味を持っていつまでも仲良く」なんて 夫婦のあり方を考える時、よく語られるテーマであるが、若い頃 共通の趣味を通じて付き合ったり、結婚された方なら、よほど“趣味変更”なんていうことでもなければ、二人揃ってずっと同じ趣味を持ち続けていらっしゃるであろう。
 私のところはというと、全くと言っていいほど、双方興味のあるものが違うという夫婦である。
 でも、これって揉めずに夫婦が続けられたらどっちでもいいようなことなのだろう。

 私はどちらかいうとアウトドア派で、旅行で見知らぬ土地を訪ねることやスポーツを生で見て、そして感動の余韻に浸りながら帰路につく、こんなことをしている時が一番楽しいし、仕事のことを忘れるだけでなく、時間そのものを忘れられるひと時でもある。
 ただ、今年はアウトドア派にとっては動くこと自体がしづらい、このようなご時世なのでほとんど行動に移せていない。
 一方、カミさんは花いじりとか美術館巡り、それに音楽鑑賞が好きで、どちらかというと、“静”、“動”の私とは対照的であるが、カミさんも美術と音楽の方はここ1、2年はどこかに足を延ばした形跡はない。また、花いじりと言ってもガーデニングと言われるような大それたことではなく、坪庭のような狭いところで気に入った花を育てることがたまらなく好きなようである。
 ホームセンターで植木鉢や土を買ってきて、その入れ替えをしている時の様子は、それはそれは、どんな時よりも生き生きして、機嫌もすこぶるいい。

 我が家の夫婦の様子を述べるつもりなど毛頭なかったのだが、気が付いてみるとつまらぬことをつらつらと書き綴ってしまっていた。
 話を少しだけ戻すが、別の趣味を持つことは、それぞれが自分の世界に入って没頭している時には誰からも邪魔をされないし、自分のペースで物事を進めることができるので、この“別々”って案外いいことのように思うし、もめない秘訣でもある。
 子供のいる家庭、しかも小さなお子様のいる家庭では、子育てのことや子供の行事のことなどの共通の話題があったり、行動を共にするきっかけにもなるが、子供が大きくなるとこういったこともなくなるので、夫婦は一定の距離を置いてお互い好きなことをするというのが一番心地のよいことである。
 なんで急にこんなことを思ったのかというと、娘夫婦は共働きでお互い週休2日であるが、日曜日だけは共通の休日で、あとの一日はお互い違う曜日なので、週に一日はそれぞれが自由に使えるな日になっているようである。
 まだ子供のいない夫婦は、こういった形の別々の曜日の休日がお互いにとって大事な日なのだろう。

 仕事、結婚、教育を含む子育て、介護、老後 どれをとっても時代とともに変化していくものであるが、今回のコロナはこういった時代の流れを1年もしない期間で、2、3年分くらい 次のステージまで持っていった感がある。
 今までの常識は通用しないことがたくさん出てきているし、頭の切り替えが必要な時代に入っていっていることを早く自覚できる者とそうでない者の差が随所に出てくるのだろう。夫婦のあり方にしても今や見本なんて存在せず、100組あれば、100パターンの形があるのだろう。

 最後にコロナの感染リスクはあるのは分かっているが、ひとまず 今出川通に少しずつ大学生が戻ってきているのを見てホッとしている。
 秋から対面授業という変則的なスケジュールの中で、先日、今になって引越してくる大学生らしき姿を見かけたが、これも異例の光景のひとつであり、何もかもが初めてづくし という世の中となっている。
posted by ヒロイ at 18:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月04日

No700:誰かがどこかで守っていてくれる

 今回は一応 700回の節目なので、少しくらいは感慨にでもふけり、軌跡をたどるようなこともしたかったのだか、今日は日曜日であるにも関わらず いつになく慌ただしくバタバタしていたので、そんな過去を思い起こすような時間もほとんどないまま一日が終わってしまった。

 午前中は相続税の申告に関する相談があり、7月に80代後半でお亡くなりになった方(元女医)のご自宅を訪問した。
 1ヶ月程前に相続税申告業務の正式依頼と同時に、申告までのスケジュールや今後の対応について説明してほしいとの連絡があり、納骨のため3人の子供さんが集まられる今日をその打ち合わせ日として指定されていた。3人のうち1人は東京から日帰りで駆けつけられ、法要前の1時間という限られた時間ではあったが、相続人全員が揃う貴重な機会を与えていただき、今後の業務について説明をすることができた。

 午後は京都の顧問先が同業の大阪の事業所を引き受ける形で大阪に進出することになり、その最終打ち合わせのため 関係者が日曜日を利用して一堂に会することになった。こちらも大阪の会社の顧問税理士が東京から出向いてこられることも含め、代替の日の調整がつかず本日の打ち合わせとなった。
 自分でも仕事は嫌いな方ではないとは思うのだが、さすがに休日のダブルヘッダーは体に応えた。しかし、どちらも今日を逃すと次の面談の機会がかなり先になりそうなのと、どちらも重要な案件であったので日が重なったことはやむを得なかったと思っている。

 昨日(土)は天候に恵まれていたので、愛犬ぽぽたんと久しぶりに加茂川に出て散歩し、自分でもいつになくリフレッシュできるいい時間を過ごすことができていたので、今日一日は気持ちの上ではまだ昨日の癒された気分が残っており、案外苦にならずに過ごすことができた。
 結構いい歳なのに こうして元気でいられるのは誰のお陰? なんて ふとたわいもないことを考えてしまったが、これは私のこの体を生み、育てくれた父母によるところが大きいなとあらためて思った。
 私が毎月訪問している与謝野町(京都府北部)の顧問先から200mのところに今や空き家となった私の実家があり、また、そこから車で10分ほどのところの介護施設に現在88歳となった母が入所している。   
 先日、近くを通った時、決して時間的に余裕があったわけではなかったが、お盆の墓参りもできていなかったので一人で実家に立ち寄り、誰もいない仏壇の前で手を合わせてきた。父の位牌と遺影だけでなく、祖先のものがいくつも並べられているので、薄暗い家の中は日中であるにも関わらずなんだか気味が悪く、さすがの私も足早に出てきたものの家の中にいた4、5分の間に「チンチン」と仏壇の前に置かれている鐘を鳴らし、「がんばるけど、困った時は助けてな。それと家族はもちろんのこと、私の周りにいる全ての人が健康でいられるように見守っていてや。頼むで。」と呟きながら手を合わせた。
 そういえば、神社やお寺にお参りした時は、子供の受験の時以外はほとんど、「みんなが元気でいられますように」とだけ言って手を合わせているなとあらためて思った・・・。
 その後、帰る途中に母が入所している施設にも立ち寄ったが、このご時世なので母に近づくことはできず、遠目で手を振る程度であった。母は認知症が進んでいるので、息子の私(増生)が来ていることはわからなかったであろうが、誰かが自分に手を振っていることには気付いたみたいで ニコッとしながら頷いていた。
「これで十分」なんて、勝手に自己満足して、面談時間が厳しく制限されている施設を後にした。

 700回の話がこんな方向へと進んでいったのは、今日午前中に訪れた先の被相続人であるお母様が母と同い年であったことも頭の片隅に残っていたからであろうか。
 実は13年前に事務所を開設し、このブログを始めたときには父はまだ生きていたが、パソコンを使うことができなかったので私が実家を訪れる時にこのブログをまとめて出力し渡していた。
 父は喉頭がんで声を失ってから私との会話も思うようにできなかったこともあってか、余計に私の文章を楽しみにしていてくれたようだ。
 父が亡くなった後、生前に寝ていたベッドの近くから「増生の日記」と書いたファイルが残っていて、分量が多くてパンパンになるくらい私が渡したものを挟み込んでいたのを目にして、胸が熱くなったのを覚えている。父が7年前に亡くなった時、このブログの読者が一人減り寂しくなったなと考えたことも思い出した。
 実は、母もこのブログに関しては思い出がある。最初の頃は父に代わってよく感想を口にしていたし、父の亡くなった後、母に父と同じように出力したものを渡していた。しかし、今から5、6年前に施設に入所する少し前からは、このブログについての感想を何も言わなくなり、実家ではいつも前回置いた所にそのまま置いてあるようになっていた。後から思うと、この頃 既に認知も進み、読む気力さえなくなっていたのであろう。

 700回を迎え、特段何か変わったことが起こるわけでもないが、身近で私の開業を応援していてくれた2人の読者が途中からいなくなったことにあらためて気付かされた。

 こんな2人の支えも過去にはあったからこそ、ここまで続けられているのかもしれない。
 日常の生活に追われていて なかなか親のことなど考える機会も少なくなってきていたが、今日の700回は親を思い起こすいい機会になり、よかったなと思っている。
 こうして思うと、親はどんな状態になっても自分にとっては大きな支えであり、いつも見守っていてくれているような気がする。
 これって普段相談できるわけでもないが、結構力強い何かを感じてしまう。
 親っていくつになっても、たとえ亡くなっていても本当にありがたい存在であり、歳に関係なく、感謝し続けたいものである。
 
 今日はいつも以上に長文になってしまったが、一応 記念号ということでお許しいただきお終いとします。
posted by ヒロイ at 20:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする