2019年06月09日

No632:散髪屋さんから学ぶ商売上のちょっとした工夫

 大げさなタイトルになってしまっているが、実は今回は私が定期的に通っている理容室(散髪屋さん)のちょっとした工夫について述べることにする。
 人間生きている限り、年齢、性別、髪の毛の量に関わらず、家族の誰かにカットしてもらっている人以外は、美容院か理容室に通っていると思うが、これって誰しも行きつけの所があってそうそうお店を変える人はあまりないと思う。
 私も京都へ出て来て40年近くになるが、その間 通った散髪屋は3件だけである。
 1件目は大学時代の下宿のすぐ近くにあった所で、4年間この1件に通い続け、陸上部に所属していたこともあり、あまり長いと邪魔になるので比較的短めのお決まりの髪型で4年間通した。
 そして、次は社会人になって一人暮らしを始めて、これまた住んでいたマンション(どちらか言うと2階建てだったのでハイツというのが正しいかも?)のすぐ近くにあった40代のおっちゃんが夫婦でされていた小さな散髪屋に通っていた。大学を出てから今日に至るまでずっと京都市内で過ごしているので、家族が増えて2、3度引っ越したものの50歳過ぎまで30年近く通っていた。
 自宅からはそれなりに距離があったが、今まで仕事をした3ヵ所の職場からは程よい距離であったことも長年通い続けた理由のひとつかもしれないが、このおっちゃんとの話が、私が結婚して子供ができ、その子供たちも少しずつ大きくなっていく過程での出来事や仕事の愚痴や悩み事を聞いてくれ、ここに行くとホッとするというのがここまで続いた一番大きな要因だったように思う。
 この散髪屋のおっちゃんが5年程前 病気で入院され、突然お店を閉められて途方に暮れていた時、お試しで勇気を出して飛び込んだのが事務所の3軒隣の今も通い続けている散髪屋さんである。

*ここまでの話は【No351(2014.1.26)「散髪屋のおっちゃんが倒れた」】にも掲載

 とてもとても前置きが長くなったが、実は今日 紹介するのは事務所の3軒隣にあるこの散髪屋さんの話である。
 40前後の姉弟の二人で経営されていて、私はもっぱら弟さんの方にしてもらっているがこの方がまた話題が豊富で、釣りや旅行の話、そしてご自身の2歳の子供さんの話、そして私が非常に関心を寄せるワンちゃんの話と、髪を切ってもらっている間 本当に話は尽きない。ただ、私もかなり眠い状態でお店に入った時は、私の「今日は寝るしな」の一言で、ほぼ最後まで話しかけもされずに黙々と髪の毛を切ったり、洗ったり、顔を剃ったりされている。
 私がここに通い続けている理由はこの話題豊富なこと以外にもいくつかある。
 完全予約なので飛び込みはないので、私も当然のことなが急な飛び込みはできない代わりに予約の時間に行くと待たされることも一切ない。これって店に待ちスペースの必要もなく、かなり狭い場所ではあるが椅子を3台並べて順次こなしていかれる。
 以前に一度だけ飛び込みでいった別の散髪屋さんは、最初に「こんな感じで」と私が簡単な説明をした後は、切り始めから最後まで、一切 髪の切り具合の確認はなく、「終わりました」の一言の後、預けていた眼鏡を渡され、かけてみると、「えっ、なにこれ? これはひどいわ」と思ったがそれも後の祭り、自信ありげな店主を前に何も言わずにお金を払って出ていった。もちろんそれ一回きりで、その後その散髪屋に行くことはなかった。
 それが今 通っている所は私が寝ていない限り、途中で1、2回 「いつもより短めってこんな感じでいいですか」とわざわざ眼鏡をかけさせて確認してくれるし、後ろから鏡を当てての確認もあり、安心しながら仕上がっていく。まあ、私の残り少ない髪なんかどうでもいいかもしれないが、一応自分なりのいい仕上がりはこの歳になっても期待している。
 あと、このお店はお昼の12時に予約を入れておいて、事務所から駆け込むと、「1時前には事務所に戻っていたい」という希望もなんなく叶えてくれるので忙しい時期には何ともありがたいお店である。
 また、金曜の夜は10時まで営業されていて、仕事が一段落した後の時間で予約がとれていると金曜日に散髪を済ますことができ、翌日の土曜日が有効に使えるが、実は最近、この金曜日の夜はほとんど予約がとれない状態である。
 あと、スタンプポイントでの500円割引や毎回、予約の電話代と言って10円もらえるのも何か得した気分になる。

 今日は私の散髪の歴史(ちょっと大げさか?)と店を変えずに通う理由について触れたが、街中の小さな散髪屋さんでも人気店になれる要素はいくらでもあるということである。
 その引き付けられる要素は人によって違うだろうが、「もう一度行ってみたい」と思わせるのが大切であり、どんな商売でもそこには頭を使ってこそ勝ち組になれるという現実があるということでる。
 こんな些細なことの中にいろいろなビジネスモデルやビジネスチャンスが潜んでいることになんだかワクワクしてしまう。

 最後にこの散髪屋さんで最近困ったことが起こっている。それは予約がなかなか取りづらくなってきていることである。だた、何でも流行っているとこに行っている自分がうれしくなるという好循環を客に対して放っているように思うし、それがまた勝ち組になれる重要なことのように思う。
これは散髪屋さんだけでなく、レストラン、ホテル、スーパーも、工務店や設計士も、そして開業医や弁護士も。ひょっとして税理士も? 同じことが言えるような気もする。

 いろいろ考えると自分自身にもはね返りがあり、しんどくなりそうなので今日はこのへんで・・・。
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2019年06月02日

No631:羨ましい休暇の過ごし方

 顧問先の会社経営者やクリニックの院長の方々との面談時には事業の現況や今後の展開等 事業運営についての話をするのが基本であるが、事業以外の話をすることもその経営者の考え方を知るうえで重要なことである。
 親や子供 そして夫婦など家族のこと、ご自身の将来、もろにお金の話、今の悩み事、そして仕事以外の自由時間の使い方・余暇の過ごし方 などいろいろな話を聞く機会があるが、その方の将来の目標や大げさに言うと人生の到達点に向かって、私共が何らかのお力添えができないものかと考えながら接していくことは、この仕事をしていて必要不可欠なことのように思う。
 そんな中で今日は堅い話ではなく、どんな休日を過ごされているのかを聞いたことを基に私なりに考えたことをまとめてみることにする。

 今回の大型連休の過ごし方で一番羨ましかったのは 9連休にされ、一人で四国一周 自転車の旅をされたとあるクリニックの院長の話である。
 この間 宿泊先だけ決めておいて、がんばれるところは自転車をこぎ、無理な部分は 自転車を折りたたんでJR四国の在来線や路線バスで繋ぎ四国4県を制覇された。
 交通の便が悪く、次の電車やバスまで1時間以上の待ち時間の所もあったようだが、そんな時間は待合でスマホの映画を見ていて全く苦にならなかったそうで、日頃はかなりの患者数で夜診の終了も10時をまわることも度々ある超多忙な先生の日頃の姿とは全く違った休日を過ごされた自転車の旅の話を聞き 少々驚いたりもした。ただ、今回の自転車の旅がどれほど満足のいくものだったかはこの時に口にされた、「今後も毎年 どこかで長期休暇をつくって今回のような旅がしたい。いや、絶対するぞ。」という言葉から今回の旅の充実度がうかがい知れた。 その時、横にいらっしゃった奥様は、「連休中 ずっといなくて本当に楽でした。」と これからもどうぞと言わんばかりにおっしゃったので、前にすわっていた私もどんな反応をしたらいいか少し戸惑ったが、夫婦ともども満足のいく連休だったようである。

 前述の先生以外にも、それほど混み合わずゆっくり観れる京セラドームのオリックス戦年間シートを購入され、ご夫婦で(時には他の人やお一人で)フリードリンク・食事付の席での観戦に行かれる、そんな非日常を楽しむという余暇の過ごし方をされている方もある。私も1、2度 誘われているがなかなか日程が合わず、ご一緒に観戦することはまだ実現していない。

 先週は大の犬好きの先生とその奥様から、北区の山の中でのドッグランに我が家の愛犬ぽぽたんも誘われ いっしょに行ってきた。
 特に何か催物があるわけでもなく、ただ 10匹近い犬と戯れたり、遊ばせ、人間の方は暑くて疲れると日陰に入ってお茶を飲みながら話をする そんな集まりであったが、この時間が何とも楽しく、時間の経つのを忘れてしまうようなひとときであった。
 また、ここがゴルフ場のさらに奥で家も建てられないような地域であったので、時折通る軽トラ以外には物音ひとつしなかったこともなおさら心を休ませてくれる空間であったのかもしれない。

 休日の過ごし方をいくつか掲げたが、今回紹介した経営者や院長は仕事はもちろんのこと、それ以外の時間の使い方や楽しみ方を十分に心得ている人であり、こういった方こそいい仕事をされるんだろうなと 目の前のよき見本をみて考えさせられた。
 休日だからと言って何かをする必要があるわけでもなく、何もせず時間を気にせずボーっと一日過ごすのも決して無意味ではなく、これはこれで意味があるなとも思う。

 周りにいるいろいろな人の休日の過ごし方、時間の使い方を参考にしたり、教えてもらいながら、休みの過ごし方が下手な自分を少しでも変えていけたらなとも思っている。
 休暇っていうのはとる前も楽しみで、中には1カ月以上も前から楽しみなこともあるし、休暇の後も体は結構疲れていても 決して休もうとは思わない充実感が残るのでやはり休暇こそ人生を豊かにするものだなと、周りの人たちをみてあらためて思った。

 ただ、時間があれば 今自分が一番したいこと、それがたくさんあり過ぎて困っている私です。
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2019年05月26日

No630:「国が副業を推進」・・受け入れられないのは私が古い人間だから?

 “副業”という言葉はかなり前から使われているが、可能な限り本業に打ち込むべきと教えられてきた我々の世代にとっては、“副業”というのは何かマイナスのイメージが先行し、なかなかすんなりとは受け入れられにくいというのが本音であるが、こんな考え方はもはや時代遅れのようである。

「政府は副業・兼業を推進するための環境整備を積極化させる」
「副業推進へ政策総動員」
「首相は副業・兼業の推進は世論に好意的に受け止められるとみる」

 最近の日経新聞の記事の抜粋であるが、ここまで国が後押しする背景には何があるのかと考えてしまう。
 また 記事の中では、「少子化の影響で今後 生産年齢人口が年々減少し、多くの企業が人手不足に陥るといわれているなか、こういった副業・兼業の推進は働き方の多様化に並行して、企業側に人材の有効活用を促す狙いがある。」なんて書かれているが、ここまでくるとこれまでの人口政策の過ちの責任を取らずに、こんな形にして国民、そして働く人たちの生き方にまで入り込んできて、挙句の果てには“推進”なんていう耳触りのいい言葉を使って指図しようとしているとしか思えない。

 現在、我が事務所では私が知る限りでは兼業している人はいないようだが、以前、個人の経済的な事情で事務所が休みの土日に他の仕事もしたいと申し出があり、「事務所の仕事に影響を及ぼさないのであれば」という条件のもと許可したことがあるが、1ヶ月もしないうちに体が続かないという理由でその方は退職された。
 中小企業、そして 同じような地域で働くことは、他にも“守秘義務の堅持”という点においても不安の残るところである。
 現在 働き方改革の旗印のもと、仕事以外に趣味や娯楽はもとより、将来役立つように自己研さんにも時間を有効的に使おうと言われているが、前述の副業の話は、政府が言っているようなきれいごとだけではなく、「掛け持ちすることでより生活が安定しますよ」とより働くことを推進しているようにもとれてしまうが、国は「新たな可能性を求める人たちがその道に進んでいくことができるようにするものだ」ととことんきれいごとを並べ、国民の収入が伸びていないといわれている中で、「一ヶ所だけではきついでしょ」というマイナスイメージとなるようなことは絶対に言わない。
 このことって企業や経営者側にも 「うちの給与だけで食べていけなかったら、少し他で補って」というような甘えが生じ、古い経営者が 持っていた「従業員の生活が安定するよう会社の業績も堅く、確実なものにしないといけない」というような考え方はもはや必要でなくなってくるのかもしれないし、今日まで経営者である誰しもが持っていた重い責任も少し横に置いておくことが許される そんな土壌を知らず知らずのうちに作り上げていってしまっているような気もしないわけではない。

 私自身、最近いろいろなところから「その考え少し古いですよ」と言われることがあり、なかなか本音を言うことが怖くなってきている自分に気づくことがあるが、今日は批判を浴びてもいいので本音を述べさせてもらった。
 「副業することってそんなに前向きな生き方、働き方なん?」
 今の時代から、段々と取り残されそうな中年オヤジの遠吠えに聞こえるかもしれないが、少しは同調してくれる人もいるでしょう。

 こんな好き勝手なことを言っているうちに暑かった休日も終わろうとしている。
 明日は少しはましな気温になるのを願って明日に備えます。
 では今日はこのへんで・・・。
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2019年05月19日

No629:理想とする親子の事業承継の形

 “事業承継”という言葉は多くの方が今まで何度か耳にされたことはあると思うが、この中身について掘り下げて考えたことのある人は、引き継がれる側と引き継ぐ側の当事者以外ではごく限られた方かと思う。
 私自身も親から引き継いだ事業ではないので、当事者としてこの“事業承継”の手順やその大変さが分かっているかというと、分かっていない部分が多いとしか言いようがない。
 ただ、日々 中小企業の経営者や個人開業医の院長と接していると、この問題は避けて通れない 重要、かつ、切実な問題であるというのも十分に認識している。
 子供が違う道へ進んだために早い段階から親子承継はないという経営者や院長はある意味、心の中で割り切りができていて、「うちは私の代で終わり」と言い切られる方もいらっしゃるが、多くの方が「何とか引き継いでもらえないか」と思っておられるのも現実であろう。

 ある企業の経営者は自分一代で世間からもしっかりと評価される会社を作り上げられたが、子供(30〜40歳代)を見ているといつになっても自分の子供に対しては「まだまだ」という評価しか下されず、そのうち子供の方もいっしょにやっていくより外でやる方が気分的に楽 という判断のもと、親とは違った形で歩む人(子)も少なくない。
 そんな中で傍から見ていてうまくいっているなと思えるケースが出てきているのでここで少しだけ紹介することにする。

 ある医療法人(一人医師)を運営されているが理事長(父)が、資格のある実の娘さんだけでなく、そのご主人と若い夫婦二人で協力しながら運営する分院を立ち上げられ(立ち上げさせて)、診療科目こそ本院とは違うが、現在とてもスムーズな形で運営されているところがある。
 ここは娘さんのご主人を院長(A先生)とし、実の娘さんは副院長(B先生)として補佐する形をとっておられ、実質的な医院の運営はA先生がなされている。
 また、医療法人から二人に対する報酬(給与)は、理事長が「まだ、儲かるかどうかも分からない者にむやみやたらの報酬を出すわけにはいかない。」という方針のもと、非常に抑えた報酬の額となっている。私から見ても実の娘夫婦が経営に参画し、将来の後継者になられるのであればもう少し出してあげてもいいのではと思っているが、理事長は、「人並みに支給するのはまだまだ。」となかなか手厳しい。
 ただ、こういった理事長(親)の考えにA先生とB先生は反発するわけではなく、しっかり患者を増やし、経営的にも安定させて、「もう少し、報酬を上げてやってもいい」と言われるようになりたいという思いが強く、そのためのには苦労をいとわないというか、しっかりとした診療をされており、その結果、患者の評判もよく、来院患者の数は増加の一途である。
 この事例でうまくいっている要因は、よくある 甘すぎる親 でもなく、また、一方的にいろいろなことを押しつけるような厳しすぎる親 でもなく、「給料上げて欲しいのなら自分たちが頑張るしかないやろ」という子供側に責任を持たせるやり方をされている点、そして、子側も今まで何度か耳にしたことがある、「今の医療はお父さんの時代とは違うんであんまり口出しせんといてな」というような、若い世代の考え方を親に押しつけることもなく、まずは医療界で十分な実績を積んできた親に追いつこうという姿勢を持たれている点、そんなところであろうかと思う。
 親(理事長)は娘夫婦に、「開業時に時期尚早と購入を見送った医療機器をそろそろ買ったら」おっしゃったが、このA院長は、「まだまだ早すぎます」と断られたと聞いて、A院長の男の意地のようなものを感じ、私は、「A院長とB副院長なかなかやるな、もう さほど心配ない」と思ったのも事実である。
 
 今回の事例のポイントは、まず親側が厳しすぎたり、甘すぎたりせず、また子の方も親の懐ををあてにし、お金は頼めば出てくると思い込むような姿勢でない という点であろう。
 ここで取り上げた親子承継はまだまだ日も浅いので、今後どうなるか分からない部分もあるが、私にとって非常に注目し、かつ、楽しみな事例である。
 「親を追い抜こう」とする子側の気概と、「いつまでもと思わず、どこかでバトンを渡そう」と思う親側の一歩引いた姿勢、この2つがうまくかみ合ってこそ親子承継がスムーズいくように思う。

 今日は長い話になってすみません。
 それにしても完成形は本当に少ないですよ、この親子承継って。
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2019年05月12日

No628:最近よく言われます 「還暦くらいですか」って

 最近、初対面の人から実際の年齢以上にみられることが多く、段々と慣れてはきたものの、「なんでやろ?」とか、半分あきらめ気味で「またか」と思うこともある。
 今まで何年かお付き合いのある方からは、私が老けていようがいまいが、既に私の年齢が頭にインプットされているので、そんな”愚問”を投げかけられることはないが、昨日参加したパーティーでも 同じテーブルになった初対面の人からは、その相手の方の反応や話しぶりから推測すると私は軽く還暦は過ぎていると思われていた感じである。 今日、このコーナーではこの後も歳の話が続くので、念のために私の歳を申し上げておきます。56歳です、56歳、いいですね。

 昨日はある顧問先(医院)の10周年記念パーティーが催され、その出席者は現在の従業員だけでなく、元従業員(パートも含む)も来られていたし、それに薬品関連の業者の方々、あと先生の趣味である音楽仲間である開業医の先生2名、そして私と事務所の担当者もお招きいただき参加してきた。
 居酒屋の宴会ホールを貸し切っての形でそれほど堅苦しいものではなく、主催者の先生が2人の開業医の先生といっしょにされたギター演奏もあり、本当にざっくばらんな形でのパーティーであった。実はこの演奏応援の2人の開業医の先生のうち1人は当事務所の顧問先の方であり、当日までも参加されることは知らなかったし、業務上の守秘義務もあり、どこが顧問先であるかを他の人には絶対に言わないので、その場に私がいたことにびっくりされていた。今回の主催者の先生(医院)の顧問していることはこの日でわかってしまったが・・。
 最初の話(場面)をもう少し詳しく話すと、この日は各テーブル7、8人ずつの中に従業員(女性)の方も配置され、私のテーブルでも従業員の方と業者の方がそれぞれの家族のことを話されていて、「そろそろ主人が定年で」、「年金もらいだしてからの生活スタイルはどんなんになるんでしょうかね」、「娘は2人とも30過ぎてますが結婚する気がなくて困ってますわ」というような話で盛り上がっていて、何かの拍子で私の方に話が飛んできて、「私は年金となると随分先の話ですし、還暦までにもあと4年近くありますしね」と話していると、一人の50代の女性(看護師)の方が、「えっ」と言いながら私の方を見てこられた。私は最近このパターンには少し慣れてきているので、「還暦は数年前に済んで、2、3人の孫がいると思ってたんでしょう、私のこと・・・。」と言いながら、さらにその場の話の中に入っていくと、「いや〜、お仕事柄もあるでしょうし、貫禄もおありなので63歳のうちの主人より少し上と思っておりました。正直に言ってすみませんね。」と私の方を見ながら苦笑いされていた。隣にいらした61歳の業者のも、「男は少し上にみられるくらいがいいんですよ。」と妙なフォローを入れられ、私の歳と見栄えのことでその場はある意味非常に盛り上がった。私も「薄いうえに白くなってしまってダブルなんでね。こればっかしはどうしようもないですしね。」と頭をなでながら切り返しておいた。

 まあ、歳のことだけでなく、口に出しては失礼かなと思えるようなこと(決定的に失礼なことは除いて)でも、今回のようにちょっとした雑談を通して本人に伝わることって、決してマイナス面ばかりではなく、他人を通して 本人が知らず知らずのうちに自覚できるチャンスを与えてくれているという点においては決して無意味なものではないような気がする。何もかも包み込んでお上手ばかり言う人もいるが、周りの者は気づいていることでも言われている本人だけが気づかず、見ていてちょっとかわいそうになる時さえある。
 頭(毛)が薄いとか、太ってるとか、色が黒いとか本人が気にされているような身体的なことは口にしてはならないのは当然のことであるが、人間 言ってもらわないと気づかないことも多く、誰も言ってくれないがために後で恥ずかしい思いをすることだってある。
 家族の誰もが私には何も関心を示さなくなって久しいが、以前は、休日に出かける時の服装を「若作りすぎるわ」とか、「その服、サイズが体に会ってへんやん」と 何かと“ケチ”をいやいや“アドバイス”をしてくれることもあったが、言われて初めて気づくこともいくつもあったのも事実である。
 
 言われるうちが花とまでは言わないが、自分では気づかない「ここはちょっと変」というのをさりげなく言ってもらえるそんな人間関係が理想のようにも思う。
 年配の男女の若作りほど見ていてしんどいものはないが、自分もその対象になっているのかもしれない。気づかないことって本当に怖いことですね
posted by ヒロイ at 22:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月06日

No627:初めて経験する10連休から学んだこと

 “超”大型 の10連休も残りあと1日となったが、みなさんはどんな休日でしたか?
 例年、お正月やお盆を含む夏季休暇の時にはあれもしたい、これもしたい といういろいろな思いを抱きながらその休暇が始まるのを心待ちにするのだが、今回のような大型の長期休暇は初めてだったのでいろいろな期待や願望と同時に、連休明けってどうなるのだろうかという多少の不安があったのも事実である。そういった思いもあって、一応 最低限はこれだけは済ませておきたいということを休み前にメモに書き留めて連休のスタートをきったが、完全実行にはほど遠く、いつものように予定の半分くらいしか用件を済ませることができなかった。
 4月の気温が例年よりも低かったこともあり、この連休が衣替えにちょうどいい時期だったのでコートやセーター、それにかさ張っていた犬の散歩用の防寒ダウンも片付けることができたり、いつかは目を通すぞと多少なりとも学習意欲のかけらと勝手に思い込むように山積みとなっていた本や冊子も今年になって初めて落ち着いて選別・整理することができた。
 私なんかまだまだ長期休日の過ごし方が分かっていないが、バカンスとよばれる休暇が当たり前になっている欧米の人たちはもっと有意義な休日の過ごし方ができるのだろうなと自問自答したりもしていた。
 そういったなかで、国から与えられた休暇(休日)とは言え、今回の連休の過ごし方は日々の生活を見直したり、今後訪れる老後の生活を考えるいい機会になったことは事実である。
我々の世代は、休日となると 「明日への活力になる休日」なんて馬鹿げた発想で、「しっかり休んでおかないと休日明けがしんどいぞ」と ついつい休日の過ごし方をセイブしてしまうが、そんなこと考えること自体、休日を本当に満喫していない証拠なんだろうということも気付かされた。
 今回のように4月27日から連休が始まって、次の営業日が5月7日になっているなんて今までの常識から考えると大丈夫かなと思っていたし、今年の2月頃までは何連休にしようかな、間はどこを出勤日にしようかなと考えたりしていたが、連休が終わろうとしている今になると10連休にしてよかったと心から思っている。
 今回は本当にいろいろなことを見直す機会にもなった“まあまあ”いい連休だったのではと自分で勝手に納得しながら、結論づけようとしている。

東京在住で一般企業の営業の仕事をしている学生時代の友人は、旅行好きなのになかなか行けない私に旅先からきれいな景色やおいしいものを食べてる写真を年に何度かメールで送ってきてくれ、私はこれを本当に楽しみしている。
 今回もとびっきりの写真をスイスのアルプスから送ってきてくれ、なかなか遠出ができない私の目を楽しませてくれた。この友人はひとり娘さんが、昨年結婚されたので夫婦で余暇を楽しんでいるという ある意味、模範的な50代の一人である。
まだまだ私にはそんな余裕が時間的にも経済的にもないが、目標にしたい生き方でもある。
 彼の勤務先は上場企業ではあるが、役員になったりするような出世街道ではないと自分で言っていたし、別会社へ出ている(出向?)ようなことも言っていたが、休日にはヨガをしたり、いつだったか江戸川区民のフェスティバルで着飾って踊っている写真を送ってきてくれたこともあり、本当に周りの者を楽しませてくれる友人である。
 京都に本社がある会社に就職したにもかかわらず京都には一度も住んだことがなく、生まれ育った神奈川県に近い東京に居を構え、そんなにガツガツしていない姿はこちらの心も和ませてくれるが、我々には見えない部分で大変な苦労もしているとは思うし、なんといっても彼の素晴らしいことは、学生時代から今に至るまで彼の口から人の悪口や嫌な話を聞いたことがないということである。
 話が大型連休から全然違う方向へいってしまったが、こんな友人のことに端を発して50代半ばのおっさんの生き方についても立ち止まって考えることができた。こんなことができた連休もまた別の意味で意義があったのかもしれない。

 今朝は朝から まずは溜まりに溜まったごみ出しから始まる連休最終日である。
 今回は普段会えない次男にも そして長男夫婦にも会えたことも含め、連続休暇にしていてよかったと思える10連休であった。
 ではみなさん、今日一日 それぞれ ゆっくりと? バタバタと? お過ごしください。
posted by ヒロイ at 07:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月29日

No626:相続の仕事から教えられる親子 そして兄弟の関係

 大型連休に入っているとはいうものの こんな時にしか時間がとれない方もあり、27日(土)は相続の仕事のために3時間ばかしではあるが出勤となった。
 この日は相続税の申告業務の最終段階として、署名捺印のために3人の相続人の方に事務所に来てもらったが、事前に何度か相続人の方の意向確認をしていたので、特に揉めることもなく、“相続”が”争族”にならずにスムーズにことが進んだ案件のひとつである。
 相続の仕事をしていると配偶者や子供さんと面談をする機会も多いが、そんななかで相続人から亡くなった方(被相続人)の生き様や子供の育て方を聞いていると亡くなった方に会ったことがなくても生前の様子が頭に浮かぶこともある。
 27日に来られた相続人の方は40代から50代の3人で、お母さんが昨年の10月に亡くなり、相続税の申告が必要であったので今回、私共に申告業務を依頼してこられた。この方々のお母さんと10年前に亡くなられたお父さんとは、”裸一貫”とは言わないまでも、2人でいっしょに西陣織の仕事を長年続けながら、3人の子供を育てられ上げられ、その上、今回 相続税の申告対象となった財産を残されたということである。

 今回の相続人である3人は、それぞれ仕事や家庭(独身の方もいらっしゃるが)もあり、今 置かれている環境もさまざまであるが、本当に仲のいい兄妹であった。長男、長女、次女という並びで、女性二人が長男であるお兄さんのことを「お兄(おにい)」と呼ばれていたのが印象的でもあり、ちょっと言葉使いが荒いなとも思わないわけではなかったが、嫌な感じなど全くなく いい関係を保たれているなというのが私の方にも伝わってきた。
 決して資産家でもなく ごく普通の家庭をお持ちの人にまで100万円近くの相続税がかかる今の相続税の仕組みについては疑問を感じないわけではないが、3人からは、「お父さんはそうでもなかったけど、お母さんはしっかりしていてコツコツとお金を貯めていたと思うわ。だからというわけではないが、3人それぞれが自宅と工場の跡地(現在ガレージ)は守らんとあかんし、残してもらったお金も親が苦労して貯めたお金なんで大事に使わんとな。」という話もあり、一連の言葉がとてもいい感じで私の心に響いた。

 自分が亡くなった後、子供たちが揉めることなく仲良くやっていってくれることの意義なんてあまり深く考えたこともなかったが、自分が親になってみて、子供たちが仲良くいてくれることって親にとって一番うれしいことなのかもしれないと思えるようになってきた。だた、自分は死んでしまった後のこのなので確認のしようがないのだが・・・。
 5年前に亡くなった私の父が生前に 「親はな、お前ら3人の子がいつまでも仲良くやっていってくれることが一番うれしいことなんやで」と正月やお盆にみんなが集まったときによく言っていたが、3人の子供を持つ親となって、言っていた意味というか親としての気持ちがよく理解できるようになった。
 
 連休のさなかということもあり、今一つ頭が働いていなくて 文章もまとまりがないが(えっ、「いつもまとまっていないですよ」と言っているのは誰だ)、だいたい言いたいことや今思っていることは書き綴れたのでそろそろ終わりにしようかなと思っている。

 今 連休で次男が帰ってきているし、4日には長男夫婦が帰ってくるが、こんなことも親にとっては楽しみのひとつである。
   連休も10日間のうち3日目がスタートしているが、ここまではしようと思っていたことが予定どおりできているので、このまま無理なく、無駄なく、でも 息抜きは怠らずに残りの休日を過ごしたいと思っている。

 前回も言ったが、それにしても長い、長い休暇であることには違いない。みなさんはどのようにして今回の休みを過ごされていますか。
また、連休明けにこんな休みだったというのを聞かせて下さい。
では、今日はこのへんで・・・。
posted by ヒロイ at 00:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

No625:さてどうする10連休

 こんな心配をすること自体 時代錯誤で今の時代にマッチしていない証拠なのかもしれないが、私が社会人になって最長の連続休暇であることには間違いない。
 休みの話に入る前に顧問先と我が事務所の休日の状況はというと、顧問先は中小企業やクリニックがほとんどなので大企業並みには休んでいられない会社や患者様のことを考えると10日間も診療しないなんて無理という方もあり、間に出勤(診察)日を組まれている会社(クリニック)もあるが、我が事務所はカレンダーどおり というか世間に合わせてというか とりあえず10連休とすることは随分前から決定している。
 手帳を開いて月曜日[4/22]からの予定を見てみると金曜日[4/26]までの5日間(実は土曜までの6日間)はすごいスケジュールとなっている。
 27日(土)は基本的に休みであるが、相続税申告の最終的な書類に署名捺印をもらう日が(私は平日でもよかったのであるが)、相続人3人が揃う日が27日しかないので何とかお願いできないかと依頼があり、この日に実印をもって集まってもらうことになった。まあ、この案件は私が直接関わっていたものなので事務所の社員の同席も必要がなく、社員に休日出勤をお願いせずに済んでよかったと思っている。
 ちなみにほとんどのクリニックは4月27日(土)は通常の午前診療はされるようだ。

 来週の今頃は連休に突入していて さあ何をしているのかなと考えてみたが、連休中の予定は前半に次男が、後半には長男と奥さんがそれぞれ東京から帰ってくるので、晩ごはんを食べに行く日は1日ずつ決まっているが、それ以外は連休中にしようと思っていることはたくさんあっても現時点でのスケジュールは決まっていない。
 施設に入っている母に会いに行くこと、恐ろしい(ヤバい)状態の自分の部屋の掃除、溜まっている資料や本に目を通すこと、連休明けに顧問先に渡す資料の作成、どこか近場でぶらっと+食べ歩き などこれだけのことをカレンダーに割り振っていくと意外とボーっとしている日はないのかもしれない。
 顧問先の方は最初に述べたように仕事をする方もいるが、普段は十分なことができない親の介護をこの休日中はしっかりとしようという人、子供の塾の勉強にしっかりと付き合おうとしている人、あと近場の温泉に1泊旅行に行くという人もいた。そして ここぞとばかり普段の2倍近い大金をはたいて海外旅行やクルージングに出かけるという豪華バージョンの休日を過ごす人も何人かいらっしゃる。

 休日診療の当番にあたっているという顧問先の先生方もいるし、補習授業やクラブ活動で忙しい人という学校関係の人もいるが、役所も金融機関もそして多くの公的病院もほぼ完全に休みとなる。こんな状況の中で一番怖いのは、日本以外の国は普通に動いている株の取引でないのだろうか。例えばこの10日間のどこかの日にアメリカの株が大暴落しても、日本の証券取引所は10日間連続の休みとなっており、この期間 日本株の取引は一切できないので、こんな場合 取引再開日である5月7日の株の売買はどんな形になるのか そんなことも想像するだけで少し怖くなってしまうというのが正直なところである。

 私は個人的には10日間もあれば3kg痩せられるとか、通常は土日しかできない愛犬ぽぽたんとの散歩が10日間×朝、夕で20回できるなんてたわいもないことを考えているが、連休が終わってみると この散歩の回数が多いほど私の連休は充実したものであったということになるのかもしれない。
 明日から6日間はとりあえずこなすことはきっちりこなした上で連休に入り、あとは少し恐ろしい気もするが5月7日をどんな状態で迎えることになるのか 何もかもが初めての実験を迎える気分である。

 最後に年始から使っているカレンダーや手帳では10連休となっていないが、パソコンのスケジュール管理表ではきちんと休日が記されていたのでそれぞれの休日が“何の日”かを並べて連休前最後の綴りとします。
*10日間ともきちんと言えた人だけ休めることにする なんてことにすればほとんどの人が10連休がとれないのでは・・。 実は私もいえなかった者の一人です。

・4月27日(土)・・通常の土曜日
・4月28日(日)・・通常の日曜日
・4月29日(月)・・昭和の日
・4月30日(火)・・国民の休日
・5月1日(水)・・即位の日
・5月2日(木)・・国民の休日
・5月3日(金)・・憲法記念日
・5月4日(土)・・みどりの日
・5月5日(日)・・こどもの日
・5月6日(月)・・振替休日
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2019年04月15日

No624:時には必要な“すき“もある

 税理士の仕事ではもちろんのこと、社会人として生きていく上でもすきのない人間になりたいな思ったことがあるし、すきのない人に接すると、自分と比較して「すごい奴だな」ついつい後ずさりした経験も幾度とある。
 自分自身すきだらけなのは分かっているので、こういった完璧に近い人に接すると若い頃は「俺も少しは近づいてみせるぞ」と思って、その日の夜の寝る前には、「明日から自分は変わるんだ」とばかげたことを考えたこともあったが、所詮、凡人廣井増生がそんなことで変わるはずも変われるはずもないのは自分が一番よくわかっている。

 ただ、この仕事をしていていろいろな経営者の方や医院の院長と話をしていると、すきのない人間って おもしろくもなんともないし、すきこそ魅力かもと思えることもある。
 すきがあることを決して褒めているわけではないが、すきがある人には思い切ってこんなことを相談してみようとか、相談しても決してバカにはされないだろうとか 心のどこかに安易に近づける空気がそこには漂っている。
 これは自分が完璧でないことが分かっている人間なので、人の意見に耳を傾けることも容易にできるし、自分に対して鋭い意見、あるいは、嫌な意見を言われた時でも最初は腹が立っていても、しばらくすると、 「確かにそれもそうやな」と素直に聞き入れることができる。
 来院患者の多い ある開業医の先生に、「先生の所は患者が多いですが何か秘訣は?」と質問すると、その先生は、「特に自分が優れているとも思っていないので、まずは患者の悩みや患者が何を考えているのかを丁寧に聞いてあげるようにしています。実際の診療はそれからでしょう。」とおっしり、その後に「もちろん、誰にも負けない医療技術と知識の習得には時間を割いて、医者として自分ができる最高のことを提供してあげることがまず優先すべきことですよね。そうでないと患者にとって不幸ですから。」とも続けられた。
 確かに悩み事や何か相談を持ちかけようとするとき、いち早く的確な回答を必要とするときもあるが、内容によってはいっしょになって考えてもらう方が安心でき、いい答えを導き出せることだって十分ありうる。

 私がまだ30代だった頃、すごい学歴と経歴をお持ちの方から質問(相談)を受け、その時 自分のありったけの知識に自分の考えても交えて答えると、その方は血相を変えて、「なんて廣井さん、もう一回言ってみ!」と大声で怒なってこられた。
 最初は怒なられている意味さえもわからなかったが、どうもその方は私から賞賛と励ましの言葉を期待していたのに、私の言葉(回答)がその期待を大きく裏切るような回答だったことがお気にめさなかったようである。
 私自身、その時の雰囲気から「やばい」と思ったが、それは後の祭りで、こういった経営者には喜ばせるような言葉を発しないといけなかったなと反省したのを覚えている。
 今になって思うがこの経営者には他人の言葉や考え方に耳を傾ける余裕がなかったのであろうし、私に対しても1mmものすきさえなっかったのであろう。
    その後 この方に対しては 近づく勇気さえもなかなか生まれてこず、この溝はずっと埋めることができなかった。

 仕事の性格上、人から完璧と思われるのも大事かもしれないが、すきというか完璧でないとことも人間である以上、決して無意味ではないようにも思える。
 私自身、なかなか完璧な人間にはなれないが、もう少し完璧な人間を目指すことも必要なことであるのはよくよくわかっている。
    すきだらけではいけないが、人から近づいてもらえる存在になることも税理士業をする上で意外と必要なことなのかもしれない。
 こんなこと偉そうに語っているが、自分に課せられているのはもう少しすきをなくすことだということは自分自身が一番よく分かっている。

 こうして考えると"すき"って決してマイナス要素だけではないのかもしれないとも思った。
    すきだらけの人間が偉そうなことを言ってすみません。これ以上続けると言い訳っぽくなるので今日はこの辺で。

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2019年04月07日

No623:これだけは譲れない

 我々の仕事は事務所に中で毎月の定例的な処理をしたり、決算期には決算書や申告書の作成をする以外に、顧問先を訪問して帳簿書類の確認や必要書類の収集を行う ということもほとんどの顧問先でほぼ毎月実施している。
 そんな中で顧問先の社長や医療機関の院長と面談し経営内容について報告したり、相談を受けることも非常に重要な仕事のひとつである。
 我々もできるだけ時間を効率的に使うためには訪問時間を指定することもあるが、先日 あるクリニックの院長から、『いつも2時前後の時間を指定されるが、もう少し後にずらしてほしい。』と要望があった。理由を尋ねると、『午前の診療後、簡単な食事をとって休憩(昼寝を含む)することが、60を過ぎた自分にとっては必要なことで、この時間を確保できないと午後の診療で最高パフォーマンスが発揮できない。』と話された。
 当然のことながら、ここではこのクリニックの細かな事情について触れることはできないが、開業後、数か月で軌道に乗って後、今やどのようにしどうして節税を図ったり、今後 このクリニックがいい状況での経営を継続するには何が必要かを提案するのが当事務所へ課せられた宿題となっている。

 今までいろいろな方に接してきて、「休憩時間は削れない」と言われたのは初めてであったが、確かに誰しもこれだけは譲れない何かはあるのだろうし、この譲れないもの(こと)を確保することが、診療や経営をする上で一本のぶれない筋を作り上げているともいえるのだろう。
 この先生の奥様の話では、いつでもカルテや検査内容を事細かく検証し、また時間ができれば研究会での発表のための資料作りをされているとのことで、根っからの医療人といえる先生なのかもしれない。

 私自身、「自分にとって譲れないもの」と聞かれて すぐさま答えを導き出せないということは、基本となる一本の筋ができていなかったり、まだまだ“自信”を持てるものが自分の中にないことの証拠なのだろう。
 「自分にとって譲れないもの」というのは、決して仕事でなくてはならないということではなく、自分が生きていくため一番重要視をし、何よりも優先すべきものと言えるものなのだろう。
 「一年に一回は見知らぬ土地へ旅行して、美味しいものを食べたり、何か初めての体験をすること」 というのは私にとって譲れないことかもしれないが、仕事の上でも自分しかできないような“何か”を身につけている そんな税理士、そして経営者になりたいなと思っている。
 ただ、今回のような話を綴っていると まだまだ足りないとこだらけの自分に対して自己嫌悪に陥ってしまうこともあるが、毎日いろいろな人に会うことこそが自分に刺激を与え、成長もさせてくれるんだなとあらためて感じた。
 それは仕事上の人に限ったことではなく、老若男女どんな人であっても、その局面や分野ごとに感心することはいくつでもあるはず、 とそんなことを感じながら今日の締めにすることにします。

 京都は今日どこへ行っても桜は満開で、私も川沿いにぶらっと散歩をしてきたところです。
 今からでも夜桜は間に合いますよ。
 では・・・。
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2019年03月31日

No622:少しだけ 平成回顧

 明日から4月で行政機関や学校では新しい年度の始まりの日でもあるし、日本の大企業の多くが決算期末である今日3月31日は、期末在庫の確認の日でもあり、何気なく過ごしている休日も実は大きな節目の日である。
 また、明日は平成に次ぐ新元号の発表の日でもある。
 午前11時半に発表とのことなので明日の午後はこの話で持ちきりだろうし、特にマスコミはこの話で数日は番組がもつだろというくらいの騒ぎようである。
 世界共通の西暦があるのに なぜ、いつまでも日本はこの元号にこだわるのかという考えの人もいるし、特に事務処理やパソコンを扱う上では西暦の方が便利なことも多いが、まだまだ元号尊重派がいるのも事実である。
 今回の元号が変わることに先立って、金融機関でも通帳の日付印字を数か月前から西暦に変えているところもある。
 顧問先で預かった通帳のコピーに 
= 以下、日付については西暦にて表示いたします =(← 私の記憶の範囲内での表現)
 と記載されていたのを見た記憶があり、いよいよだなと感じたのを思い出した。

 今の時代、新入社員採用時の履歴書も若い人の多くは生年月日欄が西暦で書かれているが、私はまだまだ自分の生年月日は「昭和37年・・・・」という方である。 
 私が子供の頃、祖父に「明治と大正と昭和の3つの時代を生きるなんて、おじいちゃんってすごいな。」といった記憶があるが、この私も5月からは3つの時代を生きる人になってしまう。
 ここしばらくは、”平成はこんな時代だった” というような特集がいろいろなところで組まれていて、「またか」といささかうんざり気味であるが、私にとっては社会人になったのが昭和60年だったので、やはり企業の格差が今まで以上にくっきりと表に出てきて、経営破綻や自主廃業、それに再建と日本経済も大きく変化した時代であった。
 こんな中で破綻した企業で頭に浮かぶには下記の3つである。

@ 野村、日興、大和と並んで4大証券の一角を担っていた山一証券の自主廃業
A プロ野球球団までも持っていて、特に関西地区では知らない者はいなかったスーパー王国 ダイエーの自主再建不可能によるイオンへの吸収(完全子会社)
B ほぼ国有企業と思っていた日本航空の経営破綻・・現在は再建されている

 この3つに共通しているのは、企業が衰退するときは思いのほか早く進んでいくし、今日のソフトバンクや楽天を見ていると、まさしく現代版 ”栄枯盛衰”を表しているいえるだろう。
 余談だか、この2社とDNAがプロ野球球団をも持つことになるなんて、昭和の時代では考えられなかったことであろう。
 
 「平成から次へ」ということよりも、世の中が動くスピードは年々早まり、取り残されずについていけるよう 何とか頭をクリアにしておかないといけないな とそんなことを考える 平成の最後である。
 そういえば、元号が変わるのは5月1日で、明日ではないんだ と再確認して 今日の話は終わりにします。
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2019年03月24日

No621:こんなところでも感じた東京一極集中

 大学の陸上競技部のOBとして卒業生の名簿を整理する係をしているが、実を言うと私の2つ先輩で東京在住の方が、まるで情報の集中基地のように全国のOBから 引っ越しや亡くなった方等の情報も集めて、常に最新版という住所録を管理されている。
 とはいっても今の時代、就職してから一つの所でずっと住み続けることはごく稀で、特に一定規模の会社の就職した者にとって転勤はつきものである。
 こんな状況なのでいくら情報の集中基地とは言っても、800人近いOBできちんとした住所が分かっているのは8割くらいだと思うが、これってすごい高い比率だと思う。
 ただ、昭和の30、20年卒と遡って進んでいくにしたがって、(物故者)という表示が目につくのも名簿ならではのことである。
 この東京の先輩がここまで熱心に管理されるのは、OB会費の振込用紙を一人でも多くのOBの手元に届けることによって、会費の徴収率や徴収額を少しでも引き上げ、現役部員の合宿や遠征の費用として補助しようという、親心以上の熱い想いである。
 昨今、個人情報の保護・管理の厳しさや漏えい等を心配して、中には住所を公表したくない人もいるようだが、そういう人には決して無理強いせずに、何とか問題のない形で運営されているようである。

 私は4年に1回、オリンピックのある年に全51クラブで共同発行される名簿名鑑をまとめるための委員をしている。
 そんな中で私と同じ年度の卒業生、つまり同学年の18人の住所に目をやると、6人が東京をはじめとして首都圏に住んでおり、他には地元(宮崎、静岡)の戻って仕事をしている者もいるが、残りの者は関西在住で意外と多くが大阪近辺に残っている。ただ 京都市内在住は私一人で、こういった役を引き受けざるを得ない理由もこんなところにある。
 私は昭和60年に大学を卒業したが、私より下の学年の平成グループは、同学年の半分以上が関東圏の住所になっているし、その人たちの多くが実家が京都や大阪であるにもかかわらずということに多少なりとも驚いた。
 こういった就職して東京に行って、地元には戻ってこず、そこで結婚したり、子供ができたりし、そして家を買っている者も少なくない。
 この現象を決して悪いこととして言っているわけでもないが、こうして後輩たちの住所を見ていると、まさに東京への一極集中という現象がうなづけるということである。
 近所でも20代のお嬢さんが仕事の関係で東京に行ったかと思うと、その妹さんも自分で転職先を見つけて東京に行かれ、家に残るのは50代のご夫婦2人である。

 東京一極集中を一方的に批判するつもりもないし、大阪をはじめとし、他の地域の魅力がなさすぎることも問題なのだろうが、やはり東京以外の都市や地域の頑張りに期待するほかない。
 そのためにはまずは大学進学のために東京に行かなくてもいいだけの大学が各地にできることが一番重要であろうし、そしてそこを卒業した学生がそのままその地域に残れる就職先を作り上げることが重要であろう。

 いずれにしても全国くまなくとまではいわないが、これだけの国土の中で大きな都市や産業の活発な地域があちこちに散らばって存在する方が日本全体の発展につながるのであろう。
 こんな中で私も京都に残っている一人のOBとして、京都も頑張ってるで と元気を発信する そんな役割を示すためにもこんな役を引き受けているのかもしれない。
 それにしても今の時代(以前も同様かも?)会費の徴収って、こんなに難しいものなんだなとつくづく感じながら名簿を整理していた。
 OBのみなさん 現役のために払ってや! みんなも恩恵は受けてたはずなんやし。
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2019年03月17日

No620:毎年 春を感じるのはこんな時

 我々の業界にとっても我が事務所にとっても1年の最大のイベント?でもある所得税の確定申告が先週 3月13(水)に全件の電子申告を終え、翌日に所内全員(私は役目免除)での書類整理、倉庫の格納をもって 確定申告の全業務が完了した。
 14日(土)は確定申告期間中、どうしても時間がとれず面談ができなかった人との面談はあったが、今日(日)は、我が家の大事な大事なワンちゃんの散歩は昼前と夜の雨の止んでいる時間を選んでブラブラしてきたが、それ以外は久しぶりにどこにも出かけず一日中 家で過ごした。

 家にいたからといってあまりゴロゴロするのは好きではないので、この2ヶ月ほとんど寝るためだけで整理もしなかった自分の部屋の片付けをしたり、いつかは見たいと思っていた軽めの雑誌に目を通したりしていた。
 18日(月)からは、スケジュールを見ると事務所の外勤部隊のほとんどが、かなりの外出予定を組み込んでおり、実は3月末までは結構バタバタする日が続きそうである。とはいってもこの仕事をしていると、確定申告が終わる頃には日も段々と長くなり、服装も冬物から春物へのチェンジを考え出すという、毎年恒例のこととはいえ心のどこかに春の訪れにワクワク時期でもある。
 
 事務所が同志社大学の近くにあるのでこの時期になると卒業生や新入生の動きが否応なしにも目に留まる。
 2月の入試に頃は少し賑わうが、最近は以前ほど受験生が押し寄せてくる感じがしないなと思って大学入試のページを検索してみると、それもそのはず、京都の本拠地を含めると全国で17ヶ所も受験会場があり、ちょっとびっくりした。
 北は札幌から南は鹿児島まで受験地が用意されているのは受験生と親にとっては、移動距離の少なさと費用の軽減という点で非常に助かる措置であろう。
 国公立大学は本校での受験に限られていると思うので、私立大学は学生集めという経営努力も今の時代、不可欠なんだなと感じさせられた。今週は卒業式が組み込まれているはずだし、4月になるといよいよ入学式で、今出川駅周辺が人でごったがえす時期でもある。
 引越しもこの時期ならではの多さで、こういった人の動きからも春を感じる時期でもある。
 ここで、こんなことを言うのもどうかと思うが、私どもの顧問先の方の子供さんも多くの受験生がいらっしゃるが、全ての人が思い通りに進学ができているかというとそうでもなく、浪人される子供さんを抱えておられる親御さんの胸の内を思うと、「春は楽しいシーズン」なんて浮かれているのもどうかと思ってしまうこともある。

 そういう意味ではいろいろな思いを持つ人が入り混じる季節でもあるが、春がそこまで近づいていることには違いない そんなことを感じる3月の後半である。

posted by ヒロイ at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月10日

No619:今では懐かしい “おせっかいな人”

【おせっかい】 出しゃばって、いらぬ世話をやくこと。また、そういう人やそのさま。
  ◆類語:口出し、手出し、ちょっかい、干渉
  ◇関連後:干渉、容喙(ようかい)

 上からも分かるように“おせっかい”という言葉は、辞書によると何ひとついいことが書かれていないが、それほど悪一色なのだろうか?
 こんなことを言っている時点で自分のおせっかいの性格を一部肯定したがっているのかなと自分自身少しいやな気持ちにもなるが、子供たちが小学生くらいまではちょっと口出しをした時なんかは、「大きなお世話」、「放っといて」という態度をとられたこともあったが、3人とも成人した今では、口をはさむ場面さえないし、東京にいる2人の息子にいたっては、年に1、2回しか会わないので、口をきくのも限られたことだけである。
 
 子供が小さい頃住んでいた向かいのおじさん(当時70代)は、私が仕事から帰ってくると家の前で水やりをしながら、「今日は奥さん、6時頃 買物から帰ってきはったで」とか、「今日はお姉ちゃん(長女)の友達が来て賑やかだったわ」等、私がバイクを置いて家の中に入る前に別に教えて欲しいわけでもないのにその日の廣井家の様子を誰よりも早く知らせてくれた。今から思えば一種のおせっかいだったのかもしれないし、人によっては、「そんな解説 わざわざして欲しないわ」と思う人もいるだろうが、これって一種の近所とのコミュニケーションであって、こういった何気ないやりとりで距離が縮まったりすることだってある。
 私が社会人になって働き出した頃は、隣に座っていた女性の上司からは、どこにも書かれていない職場の“暗黙のルール”を教えてもらったり、カミさんの体の調子が悪かったときは、近くに住むパートの人が まだ幼かった私の子供を仕事が終わるまで預かってくれたりとおせっかいどころか、どれだけ助けてもらったことか。
 ただ、こういったやり取りをしていた時から既に25年近くが過ぎ、時代は大きく変わってきたような気がする。親切かなと思って思ってしたことを迷惑がられたり、街中では前を歩く人が手袋を落とされたので拾って渡した時、睨まれたことだってある。
 今の時代、一歩間違えば嫌がらせをされたり、場合によっては殺人事件にもなりかねないような世の中になってきた。
 まだ、私が若かった頃に親から口出しされたようなことは、今の時代では“おせっかい”なのだろうが、親の方は何一つ悪気もなかっただろうし、うまくいくようにと思っていろいろと言っていたんだなと今になって思うことはいくつもある。

 もう、“おせっかい”が世間でいいようにとられる社会はこないのかもしれないが、“おせっかい”を受けたものとしては、最初の辞書にこんなことも付け加えて欲しい気持ちにもなった。
 “おせっかい”は悪いように言われているが、後でハッと気づいて助かったこともある という意見を持つ人もいる。
 ただ、私自身 他人へのおせっかいは禁物であることは肝に銘じておかなければならない。
posted by ヒロイ at 20:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

No618:ブームに乗らない経営、ブームが去っても続けられる経営

 経営者の方と話をしていると自分の会社の柱となる本業についてとことんまで掘り下げ、何があろうとも本業で勝負しようとしている人もいれば、いつも自分自身がアンテナを張りながらいい話があればちょっと乗ってみようかなと思っていて、たまに会うと「なんかええ話ないですかね」が口癖のような人、 どちらがいいかどうかは別にして第三者的にはどちらも魅力的であり、かつ、どちらもリスクを抱えておられるなと思って見ている。
 この仕事をしだして間もない頃、つまり今から30年近く前になるが、30代半ばの若い二代目さんが、ある程度の資金をお持ちになられている親から「なんか新しいことをやってみたら」と後押しをされ、本業以外の商売に手を出され、自分自身ではきっとうまくいくはずだ と私にそのビジネスモデルについて熱く語られたこともあったが、やることなすこと何一つうまくいかず、最後はある駅前の一等地も手放され、確か丹波の方へ家族ごと行かれたと後で聞いた。
 新しい事業に手を出すことが決まった方の中には、こういった事業の開拓は運にも左右されると思っている人もいるかもしれないが、私は事業、特に新しい分野への進出は決して運に左右されるような軽々しいものではないと考えている。
 その分野を深く知ること、そしてその事業に入り込む前に外からもその分野の研究を重ね、過去、現在、そして未来がどう動くのか、周りの人間がどう反応するまで自分なりに組み立てられてこそ初めて、新しい事業がスタートラインに立てるものと考えている。
 
 過去において(もちろん顧問先以外も含めて)カラオケスピーカー、ペットの葬儀、ドッグカフェ、健康借品、レンタサイクル、民芸家具、それに食べ物では百円ケーキなどいろいろなものを見てきたが、私が思い浮かべたところ、今も続いているところはほとんどない。
 1年くらい前、 事務所の近くで立ち飲み屋ができ、私自身は立ってまでお酒を飲もうとは思わないので行ったことはないが、日のよっては結構賑わっており、2年後、3年後、ビジネスとしてどうなっているのかちょっと注目しているスポットである。
 事業というのは単一商品や単一分野だけで勝負することのリスクはあるが、まずは“これ”とよべるもので客や得意先を引き付けられないようでは、第二、第三のものでも勝負はできないであろうし、長続きはしないであろう。
 私が学生時代の頃からあった今出川界隈の“童夢”というケーキ屋さんは今でも残っているし、これまた学生時代にケーキとスパゲティーを食べに行ったセカンドハウスという店は今ではいくつも店を出し、北山店はうちの娘のお気に入りの店でもある。

 少し話が別の方向に行ってしまったので元に戻すが、事業はまずは揺るぎない本業があって初めて、次なる分野へ手を出せるというものであろう。
 それには、世間でブームと言われているからとか、儲かった人の話を聞いたからとかではなく、まずは自分がその分野に惚れ込むほど大好きで、誰にも負けないくらい知識を身に着け、そして、自分以外の第三者から(厳しめに)みても問題なくGOサインが出てはじめて、スタートが切れるということであろう。
 最近、私の知っている若い経営者の方が、「〇〇が今ブームでいいらしい」と言ってその分野に手を出そうとされているが、そんなに研究不足のまま手を出していいの?  と傍では見ているが、このブームというものにいったん入り込んだ人というのは人に耳を貸さないような状態に陥ってしまう。
 決してブームを否定するわけではないが、そのブームや当初の珍しさによる賑わいが去った後も 「あいつは違う」、「あの店は違う」と思ってもらえればそれは実力になってきているのであろう。

 客や得意先、そして一般の人たちは、今や経営者以上に本物を見極める力を持っているということを肝に銘じて新しい分野に取り組んでほしいものである
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2019年02月24日

No617:今、確定申告が“旬”です

 税理士事務所は今、個人の確定申告が“旬”の時期であるが、我が事務所も1月後半から3月の初旬まで約1ヶ月半の間 確定申告業務にどっぷり浸かっている。こんな中で ちょっと手と頭を休めて、確定申告について思い出話も含めて綴ってみることにする。

 今から30年以上前、私がこの業界に入った頃は、最後の集計はパソコンでも電卓でもなくそろばんを使う年配の上司の人がいたし、パソコンは一人に一台ではなく、入力作業の時だけパソコン室(当時は確か“コンピューター室”と読んでいたと思うが・・)にこもって入力作業をするという、今から思えば信じられないような作業工程であった。
 決算書や申告書も最初の2、3年は手書きで作成していたので、出来上がったら税務署提出用の用紙に清書(浄書)をしてくれる字のきれいな女性の人(近所のおばさん)もこの時期だけ手伝いに来られていた。
 こんな時代から思えば、一人に一台のパソコンは当然で、計算は会計・税務のソフトを使って行われるし、申告も税務署へ出向くことなく、私のパソコンから電子申告を行うことによって、全国どこの税務署にでも瞬時に申告が可能である。また、ありがたいことにこの時期の電子申告は曜日に関係なく24時間受付可能となっているので、曜日や時間を気にすることすら必要でなくなってきている。
 なのに、この時期 残業なしでは乗り切れないし、なかなか落ち着いて体を休めたり、食事をとったりする時間はないというのが現状である。

 現時点では今年の確定申告業務が終わったわけではなく、今真っ盛りという状況であるが、今年は、よくよく考えてみると昨年、一昨年とは大きく違うことがある。それは天気に恵まれていて、ほとんど雪が降らずにこのまま冬が終わるかもしれないということである。
 京都府や滋賀県の北部、それに福井県と雪のよく降る地域に多くの顧問先を抱える我が事務所としては、この時期には常に天気予報を気にかけながらスケジュールを立てたり、出かけたりしなければならないが、今年は今のところそういった心配をせずにこの2月の後半までやってきた。
 これから先一週間の天気予報でも気温が14〜15℃と比較的過ごしやすい日が続きそうで、天気のことはあまり気にかけずにここまできたが、実は目に見えない大きな援護射撃になっているような気もする。
 車での外出はもちろんのこと、電車で出かけるときも雪の舞い散る中を出かけるのと、コートを着ていて多少暑くなる今日のような日とでは、気分だけでなく事務所の帰ってきたときの疲労度に大きな差がある。
 今、仕事の合間ではあるが、コーヒーを飲みながらこんなつまらぬことを考えるのも、短時間であれば、気分転換になったり、疲れを癒してくれたりするものである。

 今日は確定申告の折り返し地点でふと考えたことを綴ってみた。
 月曜日からはここまでに仕上がった決算書・申告書の報告のために事務所の多く者が外出する予定となっているが、何とかここまでこぎつけられているのは、事務所のスタッフの慣れたスケジューリングと無駄のない要領のよさのお陰であるのは言うまでもない。
 あと2週間、何とか問題なく、最後までこぎつけられることを願いながら、いったんこのコーナーを閉じて、本業に戻ります。
  では・・・。
posted by ヒロイ at 18:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

No616:ぽぽたんのお父さんなんですね

 この時期になると平日はもちろんこと、休日でも我が家のワンちゃんを散歩に連れて行くことができず もっぱらカミさんの日課になっていたが、昨日(土曜)の午前中 少し時間がとれたので私自身の運動不足解消も兼ねて、ぽぽたん(ワンちゃんの名前)を連れて宝が池まで1時間半程 散歩に行ってきた。
 普段、夜 遅く帰ると近づいてきて飛びかかってくることもあれば、お決まりの場所で気持ちよさそうに眠っていて、ちょっとした私の物音に、「こっちは寝てるのに、静かにしてくれる・・・。」 と言わんばかりに身体は動かさず薄目で私の顏を一瞬チラッと見て、また、目を閉じて眠ってしまうこともある。

 以前、このコーナーでも触れたが、私自身は今まで50数年間、金魚と亀くらいしか生き物を飼ったことがなかったので、動物を飼う人の気持ちがあまり分からないままこの歳まできてしまったが、こんなに癒してくれるんだ と今さらながら自分の気持ちの変化に驚いている部分がある。
 カミさんがあちこち連れまわしているので、宝が池、植物園周辺、加茂川、北山通、そして家の周りと それぞれの場所ごとにワンちゃん友達がいるようだ。
 昨日も宝が池の周りを連れて歩いていると、「ぽぽたん 久しぶり」、「ぽぽたん、女の子らしいおべべ(服)を着せてもろて」と何人かの人に声をかけられ、「今日はお父さんとまわってるんか」と 顔は何度か見たことがある人だが、人間同士はお互い名前も知らずに(聞こうともされないが)、もっぱら私のことは“ぽぽたんのお父さん”という呼び方で接してもらっている。
 私は思わずしゃがみこんで、「ぽぽ お前はどこへ行っても いっぱい知り合いがいて有名人(犬)なんやな」とワンちゃんに話しかけた。
 こんな経験 今までしたこともなかったし、私がランニングをしていた頃 いつも会う人にはお互い横眼であいさつしたり、走りながら軽く手を挙げたりはしていたが、このペット(ワンちゃん)を飼う人同士の気持ちの繋がりというのは、近所や知人そして仕事や親戚等 今まで経験してきた人の繋がりとは全く違うもので、まさにしがらみにとらわれない “素”の自分を出せるなかなか貴重な世界である。

 私は疲れている時、真っ白なぽぽたん(犬種はビションフリーゼ)の横に寝転がって無理やり鼻をつまんで、「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」とまるで幼い子供が聞くようなことを口にしているが、ぽぽたんはさぞ迷惑そうな顔で私の顔とじっと見ている。
 ワンちゃんにとっては、いやなのかもしれないが、言葉で「いや」とも言えないし、また 他のやりとりで人間から見るとすごく喜んでいると思っていても、「あんたらが考えているほど、うれしいことではないんやで」と思われていることだってあるのかもしれない。
 ある程度 ワンちゃんの態度で分かるとはいうものの、人間と違って本心が100%分からないところにワンちゃんをはじめとしペットを飼う魅力があるのかもしれない。
 日頃の私からは想像もつかない態度かもしれないが、それくらい損得や見返りの期待なしでいっしょにいられるのがペットであると この歳になってやっと気がついた。

 ワンちゃんにとっては迷惑な話かもしれないが、今晩も家に帰ったら鼻をつまんで、「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」と話しかけ、疲れを癒してもらおうと思っている。
 いいでしょ、このフレーズ(何度も言いますが)「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」
posted by ヒロイ at 14:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

No615:いつも同じ人がいる安心感

 日々の仕事の中でいろいろな分野の人と関わる機会があるが、「担当が変わります」と、新旧の担当者がそろって事務所に来られ、名刺を差し出されることがある。
 一番多いのが金融機関の方で支店長が交代される時もあれば、当事務所の担当者が変更になる時もある。それ以外では保守契約を結んでいるコピー機の会社、リース会社、生命保険会社など担当者変更についてすぐにでもいくつかの分野や会社が頭に浮かんでくる。
 こんな時、担当者とどうもウマが合わないときは変更になってホッとすることもたまにはあるが、どちらかいうと、「今までの人とは波長が合ってよかったのに」と、がっかりしたり、また新たな関係を築いていかなければならない煩わしさに気乗りしないことの方が多い。
 今回は、この“人(担当)が変わる”ことについて考えてみることにする。

 大きな会社や組織であれば、支店や部署も変わらずに同じところでずっと働くということはほとんどなく、2、3年に一度は転勤や配置転換などがあるが、これは会社の営業戦略やトップの方針の変更によって 必要不可欠であると思うし、人心一新による効果、つまり、働く者にとって新たな気分で物事に取り組むということの意義も当然のことながらあるといわざるを得ない。
 同じ会社内での異動やグループ会社へ転籍にとどまらず、勤め人が自ら会社そのものを辞めて他の会社や他の仕事に転職することもある。

 今回、私が話題にしたいのは大きな会社や組織ではなく、クリニックの受付や小さなお店の店員さんなどもっと身近なところの例である。
 年に何度か通院するクリニックで受付の人が変わらず、いつもにこやかな同じ人がいることの安心感というのは そのクリニックの院長が思っている以上に患者さんは感じていることであろう。
 患者という立場ではないが、私が仕事で訪問する先も よくもこれだけ人の入れ替わりがあるなと感じるクリニックもあり、「あれっ、又 変更? 退職?」と心のどこかに不安な気持ちがよぎるが、これが患者さんであれば、私の何倍もの不満や不安が頭をよぎるであろう。

 もう一つ別の例であるが、もっと身近なところ、実は事務所の隣にあるコンビニでも同じようなことを考えることがある。
 もちろん、曜日や時間帯によって学生をはじめいろいろな方が働いているが、そのうち店長以外ではずっと変わらず働いて、レジを打たれている2名の女性スタッフがいる。
 私の場合、このコンビニを利用するのは週に2、3回であるがこの2人がいるときにあたるとなぜか得した気分になる。非常に慣れた手つきで要領よくレジを打ち、商品の温めなども素早くこなし、多少レジを並ぶ人が多くてもあっという間に待つ人はさばけてくるので見ていても何とも気持ちのいい。
 慣れた人が長く働いていることは、辞められた時の穴埋めができるのかとか、給与(時給)の引き上げはどこまで必要なのかなど、別の観点から考えると経営上の検討課題がないわけではないが、顧客に与える満足度には大きな差が出てくる。
 これは転勤や転籍を伴わない中小企業であれば非常に重要なことで、少し大げさかもしれないが、最後はこういった患者や顧客の心をつかんだところが生き残ってくるのではなかろうかと思ってしまう。
 今の時代、働く人の考え方も人さまざまで、従業員の労働環境を整えるのは非常に難しいことかもしれないが、人の使い方、人の気持ちの読み取り方を考えるという点で、経営や人事において少しは参考にしていただければと思っている。

 先述の事務所の隣のコンビニの話でも、地下鉄の駅から事務所まで2、3のコンビニがあるが、ついつい慣れたところで慣れた人に対応してもらう方が気持ちがいいので、どこにも立ち寄らずにいつも隣のコンビニに入ってしまう。

 みなさん 今回の話 どう思われます?
posted by ヒロイ at 14:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

No614:開業当時のことを思い出させてくれた古い通帳

 先日、仕事を終えて家に帰ると、食卓の片隅に輪ゴムで止めた古い通帳が20冊近く置かれていた。
日頃通帳を手にしない私でも、その通帳を見るなり それが廣井事務所のメイン口座の通帳であることはすぐにわかった。
 現金や預金の入出金の管理は、開業以来 素人ながらも一応経理を預かるカミさんの仕事であり、私は取引が会計データとして入力されたものを入金はもとより、大きな出金や残高の確認のためにパソコンの画面で目を通し、資金の動きを把握している。
 実は、この通帳以外にも前の勤務先から給料が振り込まれ、今でも住宅ローンが引き落とされている いわゆるプライベート口座で、今では見かけないような古い図柄の通帳も何冊か置かれていた。
 私が夕食を食べ終わってホッと一息ついていると、同じ部屋にいたカミさんが、『通帳の数が増えてくると置場もなくなってくるので、もし、保管せずに処分していいのだったら教えて? どれくらい古いものまで置いとかんとあかんのやろ。』とこちらを向いて、通帳が食卓に積まれている理由を説明してくれた。
 平日は仕事が終わって家に帰ってから古い通帳を見る気にもなれず、事務所の休みの日に通帳の中を確認し、残すものと廃棄するものに区分していった。
 この中には事務所開業当時の平成19年(2007年)夏に開設した事務所のメイン口座の通帳があったので、懐かしい思いでこの通帳を開けると、何ともヒヤヒヤ・ドキドキするような数字がたくさん並んでおり、思わず食い入るようにその通帳の数字を目で追っていた。
 通帳には、「〇○さん給与」、「〇○医院(最初は顧問料を個別に振り込んでもらっていた)」、「アスクル ロッカー代」、「コピー機リース料」、「封筒・名刺代」、「HP作成料」、「借入」、「家より補填」等、カミさんが鉛筆で書きこんだものがそのまま残っており、その後のページを見ると、年末には給与と賞与が払えず、また「借入」が必要となった11年前の開業当時のことがいろいろと思い出された。
 社員も2人であとは私とカミさんの計4人で全業務をこなしていた、というよりまだまだ仕事が少なく余力があったのを覚えている。
 初めてパートを採用する時には、給与払っていけるのかなと、今も在籍しているO君と時間をかけて検討したのも ついこの間のように思い出された。

 その後、少しずつではあるがいろいろな方からの紹介で顧問先が増えていったが、当時は毎晩寝るときに目を閉じて、新しく顧問先になっていただいた方の名前を呪文のように唱えながら眠りにつくという妙な習慣ができていた。新顧問先1件目からはじまって、その後 20件目くらいまでは、顧問契約を締結した順にその院長や経営者の顔を毎晩思い浮かべながら、この呪文を繰り返しながら眠りについていた。
 昨日、たまたま郵便物に切手を貼るために事務所の切手BOXの中を見ると、大きさの揃った切手がきれいに保管されていたが、開業当初は、カミさんが金券ショップで1円でも安い切手を買ってくるので、どちらかというと大きさが不揃いな記念切手ばかりで、今から思えば何とも格好の悪い 切手だらけの郵便物をだしていたなと思わず頭に手をやって当時のことを懐かしんだ。

 決して 今心配がなくなっているわけではないが、11年前のこの気持ちを段々忘れかけてきているのも事実であったので、カミさんから頼まれた古い通帳の整理は、私にとっては結構 意味のある、心にずしんとくる作業であった。
 整理が終わって、積まれた通帳を眺めていると古い通帳が私に向かって、「初心忘れべからず」、「ええ気になるなよ」とつぶやいているような気にもなった。
 そんなことで、古い通帳の置場として場所の確保は必要であるが、決して置いておく所が全くないわけではないのでもう少し置いておくことにした。

 今回は人からのアドバイスではなく、通帳からアドバイスと叱咤激励を受けたという貴重な体験であった。
posted by ヒロイ at 16:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月27日

No613:学生と話をすると気分が若返る

 昨日は出身大学 体育会OB会の総会と この1年間で活躍した選手の表彰式を兼ねたパーティーがあり、一応 陸上競技部OB会の役員もしているので例年のこととはいえ参加してきた。
 50近い全クラブのOBと表彰を受ける選手 計780人が集う大掛かりなものであったが、クラブごとに席が配置されていたので、OBだけでなく この日に表彰を受ける現役の陸上部の部員5名ともいろいろな話をすることができた。
 日々は“ビジネス”というくくりの中での顧問先や税理士同志と話す機会が多く、それ以外では家でのたわいもない会話をするくらいであるが、パーティーとはいえこういった機会に現役学生と1対1で話をしていると自分まで若返ってくるようなそんな気持ちにもなった。 事務所が今出川にあるので、毎日のように学生の姿は多く見かけてはいるが・・・。
 この日、私の隣にすわった3回生の砲丸投げの選手が兵庫県豊岡高校卒だったので、日本海側の出身者同志 高校まで過ごした丹後、但馬地方の話で盛り上がった。 
 『今日は朝から雪が降ってましたが、こんなの雪のうちに入りませんよね。』、『豊岡が兵庫県であることを知らない人って結構いるんですよ』と地元のことを交えた話に花が咲き、私も新入生の頃、関東出身の友人に、『京都府が日本海に面してたなんて、廣井の話を聞くまで知らんかったわ。』と言われたことを思い出した。
 こんな話をしたり、他の現役学生とも大学生活のいろんな話を聞いているうちに2時間があっという間に過ぎたが、こういう日頃接する機会の少ない年代の人たちと話をするのって本当に楽しいものである。
 私の子供も3人とも20代ではあるが、東京にいる2人の息子は年に1、2回しか京都に帰ってこないので話をする機会さえ少なく、この日の会話がその代わりのようにも思えて余計に楽しく感じたのかもしれない。。   
 また、陸上部OBの中には80歳を超えた大先輩も出席されていた。自分の親と同年代なのに誰かに連れてきてもらうわけでもなく、30分以上かけ電車を乗り継いで一人で来れるなんてすごい と思わず感心したりしていた。
 この先輩は京田辺に学生マンションを所有されているが、『まだ自分で帳簿付けて、税理士さんへ渡してるで。もうちょっと(あと数年)できそうやわ。』とその健在ぶりに耳を傾けていた。
 こうして私の子供や親と同年代の人たちとテーブルを囲み、食事をしながら話をするのはそうそう機会のある話ではないし、1年に1回とはいえ貴重な時間のように思えた。
 1月も残り少なくなり、いよいよ我々の業界で超繁忙期となる2月に突入しようとしているが、その前の気分展開と活力の充電にはもってこいのパーティーであった。

 昨日に引き続き、今朝も目をさましカーテンを開けると妙法の山が真っ白で何とも寒い朝であったが、冬は寒くならないと身体もピリッとしないし、やはり冬は冬らしい方が頭も冴えるような気がする。
 これから約1ヶ月半、30代や40代の時と同じことはできないぞ と自分に言い聞かせ、しっかりと自覚しながら病気やけがをせずに乗り切っていきたいものである。

posted by ヒロイ at 17:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする