2019年01月13日

No611:くたばれ 読売ジャイアンツ

 まず、書き出しに際してジャイアンツ(巨人)ファンの人ごめんなさいと言っておく。こんな場で自分の意向だけで一球団を攻め立てることを。

 久しぶりに私の大好きなスポーツの話題を、しかも、ここしばらくマスコミでもとり上げられている巨人から西武へ移籍する内海哲也投手と同じく巨人から広島への移籍が決まった長野久義選手 この2選手と巨人という球団について私の思いを述べさせてもらう。
 まず、この話は勝たないといけない巨人という球団だからこそ起こった話であるかもしれないし、スポーツの世界、勝負の世界に人情というものがあってはならないのは分からないでもないが、選手たちは誰のためにプレーするのかを考えてみることも球団を預かる上層部(球団経営者)にとって重要なことではないのかなと思ってしまう。
 巨人を出ていくこの2人のことを調べてみると3つの共通点がある。
 一つ目は、プロ野球のドラフトで巨人入りを熱望していながら、他球団から指名されたために入団を拒否してプロ入りせずに、次の年のドラフトで巨人が指名してくれるまで待った選手である。しかも、長野にいたっては2回もドラフトのくじで外され2年も待って念願の巨人入りを果たした選手である。
 二つ目は、数年前までは成績面では巨人の核となる選手で、いわゆる花形選手であったが、ここ数年、往年の成績には遠く及ばない成績しか残していないという点。
 三つ目は、熱いハートを持っている選手ということであろう。長野は巨人の多くの若手選手から人望があったと伝えられているし、長岡京市出身の内海は自分の稼ぎから母子家庭で育ててもらった母親に一軒の家を買ったという話が残っている。
 こういった選手をよくもまあサッと出せるな巨人軍 と言いたくなってしまう。

 プロ野球選手といえども一人の大人として あるいは一社会人として誰のためのプレーするのかを考えてみたときに、まずはファンのため、家族のため、そして自分の所属するチーム(球団)のため、この三つが基本となるであろう。
 プロ野球選手でなく一般の社会人の場合を考えてみても、顧客のため、家族のため、そして会社のため ということと置き換えられるであろう。
 このファンと顧客が何よりも優先されるというのは、やはり顧客やファンに支えられているからこそ今の自分があるからということがわかっているからであろうし、誰しもが一番やりがいを感じる部分あろう。
 ちょっと話が横道に逸れるが、今の日本の政治家はこの三つのどれにも属さない”自分のために”というある意味 自己顕示欲と名誉のためだけに議員をやっている人がかなりの割合でいるように思う。だから日本の国や政治はよくならないのであろう。
 
すみません 話をプロ野球の方に戻すが、
 これは巨人だからこそできること、かつ、巨人しかできないことであろう。
 どういうことかというと、数の上でも過去の栄光の歴史の上でも圧倒されるようなファン層に恵まれている巨人は何をしてもファンが離れないという自信があると同時に、絶対に勝たなくてはならないという宿命的なもの  この両方を持ち合わせている それが巨人という球団である。

 実は私はもともと阪神タイガースのファンであったが、10年近く前から毎年繰り広げられる人事のバタバタ劇に嫌気がさし、本気で応援する気にもならなくなっているし、アンチ巨人だけは子供の頃から現在に至るまでずっと続いている。こんな私が今年のプロ野球で期待している筋書きはこの2つのどちらかである。
@ 巨人から広島へ移った長野が大活躍して広島が優勝し、巨人が補強(獲得)した丸、炭谷、岩隈、中島の4選手が全く振るわず、Bクラス、できれば最下位になり、原監督が1年で退任(クビ)となる。
A 一応、巨人が日本シリーズに進出し、西武と対戦するも、巨人から移籍した(放り出された)内海が巨人をきりきり舞いさせて、ヒーローインタビューで「巨人さん、私を西武に出してくれてありがとう」というコメントをする(内海も大人なのでこんなことは言わないだろうが)。

 こんなバカげたようなことを考えながら、今年のプロ野球を追っていくのもまた別の意味で楽しみのひとつであろう。
 私にとっては何年かぶりに開幕が待ち遠しい今年のプロ野球となった。
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2019年01月06日

No610:年相応の こんな1年にしたい

 2007年(平成19年)9月に事務所を立ち上げてから11年になるが、ここまでの事務所の運営は決して平坦なものではなかったし、開業当初の思い(ある意味“癖”なのかも?)がいまだに残っていて、「思いたったら即行動」、「悩むのだったら、まず手を付けよう」と 手さぐりしながらもここまでは立ち止まったり、振り向いたりせずに前だけを向いて進んできた。
 しかし、昨年あたりから段々と体がいうことをきかなくなり 無理はできないなと思うことが多くなってきた。決してどこかが悪いわけではないが、食べ過ぎや飲み過ぎの後や寝不足の生活が続くとたちまち体に黄信号がともり、体の方から「無理するなよ」と訴えてくるのがよく分かる。現在56歳であるが、当然 11年前の45歳当時とは体力というか、体そのものが変わってきていると感じることがある。
 身体の変化に合わせて、心の方も年相応の少し落ち着いた人間にならないといけないのに心の成長はずっと遅れているというのが今の自分である。これは私だけでなく、40代、50代の人なら誰しもが感じることであろうし、特に男性は女性に比べて心の成長は遅いと一般的にも言われている。
 「もう少し、周りの人にも配慮して生きていかんとあかんで」と自分に対して警鐘を鳴らされているな と思うことが年に何度かあるが、「前へ前へ」だけでなく、「一歩引いて」物事を考えていかなければならない年代に差しかかってきているようにも思う。

 自分自身のこんな気持ちもあってか1月4日 事務所の仕事始めの日のあいさつではこんなことを話した。

@まず、自分にとって大事なものを見つけて、この1年間 それを何よりも大切にしていきましょう。家族、友人、会社の人、顧問先(お客様)、そして仕事や日常生活に中での自分だけのとっておきのものを。それは人によってさまざまであろうから、あくまで 自分だけのものでいいので一年間思い続けましょう。

A「誠意なきところに仕事はこない」とあるビジネス誌に書いていたが、まさにそのとおりで、こういった気持ち忘れずに 日々仕事に取り組んでいきましょう。顧問先を増やしたり、事務所を成長させるのが最終目的ではないし、必要にされるような存在になれるよう しっかりとした気持ちで仕事に取り組みましょう。

 あまり、硬くなることも必死になることも必要ではなく、あくまで自然体で、年相応の、そして実力相応の仕事をしていきたいものである。
 今日[1月6日(日)]まで休みの会社もあり、7日からいよいよ日本全体が動きだすが、無理せず、無茶せず、顧問先の要望を一つでもたくさん実現できるような そんな一年にしていきたいと考えている。

 年末年始の休暇は、普段 接する時間の少ない我が家の愛犬 ぽぽたん との時間がいつもよりたくさんとれ、ワンちゃん効果で体も心も多少たりとも”和み”を感じられたことが私にとっては一番の収穫だった。
 みなさんはどんな休暇でしたか? 次の長期休暇(4月末から5月初旬の10連休?)を楽しみのこの冬を乗り切っていきましょう。
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2019年01月01日

No609:謹賀新年

 新たな年を迎え みなさまはどんなお正月をお過ごしでしょうか。
 今年も事務所の年賀状で新年のスタートを切らせていただきます。

 以下、事務所の年賀状より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
   謹賀新年  
 皆様方におかれましてはこの一年が希望に満ちあふれることを願って、新たな年をお迎えになられていることと思います。
 日本国内においても、世界に目を向けても 世の移り変わりのスピードが年々早くなってきているように思えてなりません。
 ただ、一足飛びに2歩も3歩も先に進められるかというとそんなに甘いものではなく、一歩ずつ踏みしめながら前に進んではじめて、それまでの過程の全てが自らの力になっていくものと思われます。
 人間だれしも知らず知らずのうちに「ああいう人になりたい」と自分の周りにいる誰かに憧れ、また目標としながら日々の生活を送っています。
 誰かに近づきたい、今までできなかったことができるようになりたい、こんなことを考えている時に出会ったのが中村勘九郎の次の言葉です。
   『型をしっかり覚えた後に、“型破り”になれる。』

 何事もいきなりできるということはありえませんが、そのことを身につけた後は 誰にもまねのできない能力や技術が自分のものになるということです。
 我が事務所のメンバーもこんな気概を持って、この一年間 皆様方とともに歩んでいきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いいたします。

   平成31年 元旦 

 〒602-0941  京都市上京区今出川通小川東入南兼康町334
 URL:http://www.tax-hiroi.com  Tel:075-406-7020 Fax:075-406-7025
   廣井増生税理士事務所
     所長  廣井増生
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2018年12月31日

No608:年末を病院で過ごす母を見舞って考えたこと

 平成30年(2018年)も残すところあと1日となった。
 事務所は恒例となっている28日の忘年会を最後に新年1月3日までの6日間の休暇に入った。
 忘年会はいろいろと悩んだ末、意外と食べる機会のないイタリアンで今年を終えようと企画し、みんなでいろいろな話をしながらしっかりと食べて飲んで今年の事務所の行事を無事終了した。

 実は忘年会の最中に兄嫁から、母が入所している施設で転んで足を骨折したとの連絡が入った。長岡京の住んでいる兄もこの日 忘年会だったらしく、私と同様 お酒も入っているのですぐさま駆けつけることもできない状態であった。
 施設の方からは、今のところ大きな痛みもないようなので、翌日(12月29日)に地元の総合病院に連れていき、再度検査をして、その後の対応を決めるとのことであったので、私は29日に行くことを決め、母には申し訳ないがこの日の忘年会は途中で席を外すこともせず、最後までみんなと過ごした。
 
 今回の年末年始は兄夫婦が年末から現在空き家となっている実家に出向き、年始まで3、4日過ごすということであったので、私は帰省せずに京都の自宅で東京から帰ってくる息子も含め、ゆっくりと過ごそうと思っていた。
 ただ、こういった事態が発生するとそういうわけにもいかず、29、30日の両日 特段重要な予定もなかった私がひとまず29日に病院に行き、その後、帰省する兄とバトンタッチしようと考えた。
 病院に行くと、母が入所している施設の職員方からここまでの経緯を聞き、次に診察・検査をしていただいた整形外科の先生から病状を聞いたが、『このまま入院していただき、明日(30日)の朝10時から手術をします。お年寄りなので、一日も早く手術をし、無理のない範囲であるが、長い入院生活とならないように日常となる施設へ戻って、その施設に併設されている医療機関でリハビリしてもらうのが、本人様にとっても一番と考えています。』との説明であった。
 私は一応、一泊できる用意はしていたが、明日(30日)手術とは? と多少驚いたが、ひとまず29日は泊まって、30日の手術に備えた。
 
 手術といっても2時間程で無事終了したが、その間、病院の食堂でコーヒーを飲みながら雪化粧された天橋立を眺めていろいろなことを考えていた。
 母は認知が進み、私のことはほとんどわからないにしろ、私が正月に顔を見せないのでこんな形で私を呼び寄せたのかな とか、20年程前は父も健在で、我々3人の兄弟も子供を連れて実家に集まって賑やかだったな とか・・・。
 地元を離れて38年になるが、その間に起こったことを思い返してみると、自分の周りの環境も大きく変わったことや子供も大きくなった分だけ、自分も親も歳をとったことなど、普段は日常生活に追われ考えることさえもしないことが、この日は窓から見えるのがあまりにも “地元 丹後”にぴったしの景色だったのでこんな風に感じたのかもしれない。

 母のことは、この後 兄夫婦にバトンタッチすることになったが、まずは一日も早い母の回復を願うと同時に、年越しを病院でする母に対してなんだか申し訳ない気持ちになった年の瀬であった。
 今年もあと一日となったが、何とか無事に年末まで過ごせたことに感謝するとともに、新しい年も平穏な年となることを願って今年最後の綴りを終えることにする。
 
 みなさま この1年間 本当にありがとうございました。
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2018年12月23日

No607:もし、区切りがなかったら

 今年の仕事もあと一週間でお終いという時期になってきたが、この時期いつも今年やり残したことはないのか、今年中に完了しておかないといけないことが済んでいるのかと 「今年中」というキーワードで身の回りにあるいろいろなことを確認して回っている。 
 「もう、何もないよ」と言いたいところだが、実は、まだもう少し「今年中」に終えておかないといけないことが残っているというのが実情である。
 この「今年中」という縛りは、ある意味、すごく重圧がかかってきて気が重くなることも今まで何度もあったが、もし この「今年中」という縛りがなかったら、いろんなことがもっとズルズルと長引いていたのかもしれない。

 今年は、税務調査の当たり年であったのかどうかは知らないが、秋以降、税務調査が5件もあり、11月と12月に納税者(顧問先)や税務署とその解決に向けていろいろなやり取りをしたり、手を尽くした結果、そのうち2件は完了(うち、1件は追徴税額なし)、あと2件は何とか年内にキリがつく形で進んでいる。残りのあと1件は今年唯一の相続税の調査で、税務署側からの返答が遅く何かあるのかなと思って待っていたところ、つい数日前になってやっと税務署からの回答があり、大きな指摘項目もなく何とか終了できるメドがたった。ただ、残念ながら年内に完結というわけにはいかず、全てが終わるのは年明けの1月中旬頃になる予定である。
 上記のどの税務調査も納税者、税務署、そして税理士の3者に「今年中になんとか」という気持ちがなかったら、急がずダラダラと日数ばかりを費やしていたように思う。そういう意味で「今年中」にいう区切りは何事においても実はなくてはならないもののような気がする。
 我々の業界で一番忙しいのは個人の確定申告業務であるが、毎年その期限の3月15日が近づいてくると、「期限が3月末だったらいいのに」と思いながら仕事をしているが、もし、期限が3月末だったとしたら、その時は必ず、「期限が4月末だったらいいのに」と思ってしまうのだろう。
 まあ、人間というのはそれだけ自分に甘く、急ぎでなければ少しでも先延ばしになるというのが目に見えている。
 普段の仕事でも週の初めに「今週中に」という期限の仕事を月、火に済ませておけば楽になるのに、「今週中」というのは「金曜日が期限」と自分で勝手に決めてしまい、ついつい週の後半の仕事にしてしまっている。
 この区切りというのは、他にも、「今日帰るまでに」というのから始まり、「今週中」や「今月中」、中には仕事ではないが自分の人生の目標として、「○○代(私なら50代)のうちに」とか、いろいろな区切りによるプレッシャーを知らず知らずのうちにかけている
 ただ、人間誰しも ホッとしたり、楽しい時間というのはこの縛りのない時間を指すのであろうし、そういった時間にとらわれずに寝ていられる休日の朝やもうすぐやってくる正月を待ち遠しく感じるのは、やはり日頃 時間に縛られた生活を送っているからなのであろう。
 実はこういう時に頭を使うことがあっても日頃仕事をしている時とは違う部分を使っているような気がするし、だからこそ今までにない発想でいろいろなことが考えられる大切な時間ともいえるであろう。
 何とかこういう時間を大切にし、かつ、楽しむようにしたいなと思っている。
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2018年12月16日

No606:「あの人の力になってあげたい」と思わせる社長

 今から2年程前のことだが、非常に業績のよい京都府外の会社の経営者で私共の顧問先であるKさんから、京都市内に不動産を持ちたいのでいろいろと相談したり、物件を探してくれる仲介業者を紹介してほしいと依頼があった。
 私は今まで顧問先の方から、家を建てる土地を探してほしいとか、今住んでいるマンションを売りたい というような相談があった時に紹介していた□□社(大手ではない不動産業者)のT社長のことが真っ先に頭に浮かんだので冒頭で取り上げたKさんに紹介した。
 Kさんは仕事の関係上、日曜日しか京都に来れないが、この不動産屋のT社長は事前に物件情報を細かく調べ上げ、Kさんが京都に来られた日は、何ヶ所かの別件を丁寧に説明しながらいっしょに回ってくれたとのことであった。
 最終的には、このKさんは他の情報源から手に入れた物件情報をもとにマンション(京都の別宅)を購入されたので、親切に対応して下さったT社長の不動産屋の収益には何ら貢献せずに、京都の別邸購入という目的は達せられた形になった。
 ただ、その後もKさんは賃貸用マンションやハイツの購入など何度かT社長に個別で相談され、情報交換される関係は今なお続いているようであるが、KさんはこのT社長を通しての不動産の売り買いはいまだに一度も成立していないようである。

 先日、このKさんと本業の業績や決算について話をしているなかで、現在、所有している不動産物件の一つを1年以内に売却したいので、今の相場を調べて欲しいと依頼があった。
 私は、『今まで なかなか仲介成立には至ってないが、例のT社長に声をかけてみますね。』と言ったところ、Kさんは『是非とも、不動産屋のTさんにお願いしてみてください。何とかしてあの人を通して売りたいんですよ。あの人、本当に親切でめっちゃいい人でしょ。ああいう人と仕事ができ、何とか力になれたらとずっと思っているんですよ。』と、私に訴えてこられ、私は、『分かりました。』とだけ口にしてうなずいた。
 売れる人とそうでない人の違い、できる営業マンとそうでない人の違い、「あっ、これか!」 と私はこの時、“商売のコツ”のようなものを瞬時に感じとることができた。
 この話、Kさんとの些細な会話ではあるが、『めちゃいい人でしょ。・・・・何とか力になれたらと・・』 と この思い抱かせることこそ大切であり、この見えない力こそ、仕事をする上で最も必要とされるものなんだなと妙に納得してしまった。

 以前に、住宅メーカーでかなり上まで昇りつめていった大学時代の同級生と何年かぶりに食事をした時、これと同じような気持ちになったのを思い出した。
 確かに学生時代はいっしょにやんちゃなこともたくさんしたが、この久しぶりにあった時の食事の仕方や注文の仕方、そして支払いが終わって帰る時までの対応について、同級生ながらも最後まですごくいい印象を持ったまま別れたのを思い出した。
 できる奴(人)とは、また会いたくなり、そして いっしょに仕事をして、力になってあげたくなる人なんだな勝手に“できる奴”像を描いたりもしてみた。

 Kさんが社長に対して抱いた「あの人のために」 と思わせるまでになって初めて、その道の達人といえるのであろう。
 自分に何が足りなくて、どういったことが出過ぎているのかを考えさせられたというだけでも、意味のあった今回のKさんとの打合せであった。
posted by ヒロイ at 14:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月09日

No605:経営者に逃げ道はない

 今回は大そうなタイトルをつけてしまったが、タイトルのとおり経営者は全ての決断について自分で責任を負わなければならない ということが今回 伝えたい内容である。

 私共の顧問先である会社の経営者やクリニックの院長からは日々、相談を受け、それに対していろいろな角度からこちらでまとめ上げたものを提案をしているが、最後の最後は、経営者自身が一番いい方法を探りだし、そして前に進めていかなければならないと考えている。
 新型の機器を導入することも、新製品の開発に着手するかどうかも、売りに出た隣の土地を購入するかどうかも、また人員(従業員)を増やすことも減らすことも、過去の経験と目の前にあるデータ(資料)をもとに最終的に結論を出すのは、経営者以外 誰でもない。
 それは別の角度から捉えると、全責任は経営者にあるし、もし、経営判断を誤ってしまうと従業員や家族、それに取引先にも多大な迷惑や損害を与えてしまう。場合によっては多くの関係者を路頭に迷わせたりすることだってある。

 当方に持ちかけられる話で「コンサル会社を入れて経営の立て直しを図りたい」とか、「○○についてコンサルティングをしてもらって会社をいい方向へ導きたい」というような話を聞くことがあるし、我々 税理士からの話も参考にしながら判断を下されることもある。
 こういった時にうまくいっているケースとそうでないケースと明暗がはっきり分かれているように思う。
 その要因はそれを進めていく経営者の意思や姿勢であるが、「コンサルや税理士の意見も十二分に理解したし、自分で検証してみてもこれが正しいを思うので。」と思うのか、「コンサルや税理士が言っていたので、まあ間違いないやろ、とりあえずやってみよか。」と思うのかの違いであろう。
   そして、うまくいかなかった経営者の多くは、原因は自分にはなく、コンサルや税理士にあると言われる。

 今から10年以上前、ある勤務医の先生がクリニックを開業される時に融資を受ける予定の銀行の担当者から開業の動機を聞かれた時、その先生は「教授にも勧められたし、そろそろかなと思って」と返答されたが、その時の銀行の担当者は驚きながら「先生の強いご意志ではないんですか?」と聞き直していた。当時、私もこの銀行員と同様のことを思ったのを今でも覚えている。 二転三転した後、何とか融資は下りたが、この先生がいまだに安定経営に域まで達しないのは、やはり開業時のこの甘さ、気概のなさにも起因しているのではなかろうかと思ってしまう。

 コンサルや我々税理士の意見を参考にされながらも、自分でアレンジしたり、次なる展開まで模索されている経営者やドクターの会社やクリニックはみんないい方向に向かって進んでいる。
 そういった方を見ていると、経営とは考えて考えて、悩み抜いて、そして決まったらまっしぐらに突き進んでいく、まさしく“熟慮断行”が実践できるかどうかにかかっているように思う。
 よく、「経営者は孤独」という言葉を耳にすることもあるが、周りに助けてくれる従業員も家族もたくさんいるし、実は誰よりも多くの人に守られているのが経営者である。孤独と思わないことこそが いい方向へ進む秘訣では と個人的にはそんな勝手な捉え方もしている。
 
 今年もあと3週間。12月28日の事務所の忘年会でおいしいお酒が飲めることを楽しみにしながら、体調を崩さずに年末まで何とか乗り切っていきたいと思っている。
 寒くなってきましたが、皆様もくれぐれも体調には気を遣いながら年末を乗り切っていってください。
 では、今日はこの辺で。今から年賀状の準備に取り掛からないといけないので・・。
posted by ヒロイ at 16:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

No604:人生の終わり方

 妙なタイトルで申し訳ありません。
 なぜ、急にこんなことを書こうかと思ったのかというと、ここしばらく相続関連の仕事をする機会が多く、所得税や法人税とはまた違った仕事の関わり方の中で、自分自身も人生についていろいろと考えさせられることもあり、最近思っていることを綴ってみることにした。
 
 最近、人生の終い方を考えましょう とか言って「エンディングノート」や「自分ノート」という自分が最期を迎えた時や子供に伝えたいことをまとめ上げる、そんなものが出回ったり、こういったものの書き方のセミナーまで開かれている。
 確かに、自分の老後や認知症になった後のこと、そして死に際について語れるのはある程度元気で判断能力のある60〜70代の人であろうし、最近、よく話題になっている“終活”というのも同年代の人が主流のようである。
 たまに50台後半から“終活”を始めていると自慢げに言っている人をテレビや雑誌で見かけるが、がんや白血病で余命〇年と言われている人ならいざ知らず、まだまだ元気盛りの人が“終活”なんて、私の個人的な意見では、「おたく、まだまだ早すぎますよ、その前に子育てや親の介護も含め、自分の日々の生活をもっと充実させる方が大事ですよ。そんなことを考えている場合じゃないでしょ。」とお節介を焼きたくなってしまう。

 実際、60代、70代、いや80代の人が、エンディングノートを書いたってなかなか思いどおりにはなりませんよね、というのが私の本音である。

 実際、私の父は86歳まで生きてたけど、ある日、昼ごはんと共に大好きなお酒を少し飲んだ後、自分の部屋で昼寝をしていて、母が午後3時頃、「お茶にしようか」と起こしに行ったところ息をしていなかったというそんな最期だったし、母は母でその後独り暮らしになってから、私が月に1、2回訪ねて行ったときは機嫌よくしていたが、いつからか認知が進み、段々 私とまともな会話ができなくなっていってしまった。
 こんなことを考えると、歳をとった本人は当然のことながら、その周りにいる家族、特に子供は親が元気なうちにどれだけのことをしてあげられるかを考えて接したり、寄り添うことが親孝行なのであろう。
 自分自身は、子育てや仕事で忙しい時期ではあったが、もっと親と話をしとけばよかったと思ったし、親の方こそもう少し息子との時間を持ちたかったのだろうなと思ってしまう。

 今、目の前にある見本でいただいた「自分ノート」を開いてみると、そこに掲げてある質問事項は、

@ 思い出の歌や好きな歌手
A 得意な料理や思い出の一品
B 若い時のあなた(自分)を振り返って書きましょう・・幼い頃のこと、学校のこと、懐かしい旅行 など

 こんなことを書くことは後生に受け継ぐためではなく、自分自身が人生を振り返るためのノートであり、自分の人生を納得できるものであったと思うために書くノートなのであろう。
 相続の仕事をしていると、ついつい残された人の意見でいろいろなことが決まったり、財産についても揉めたりして、亡くなった人の意向が尊重されないケースも多々あり、むなしく思えることだってある。
 良い死に方に誰しも憧れるが、そのためには今をしっかり生きることこそが、それに近づくのかなと何だか宗教家のような考えに行き着いてしまう。
 人間、生まれてくることは本人で選択できないと言われているが、死ぬ時も思うどおりにならない。そういう意味において、人生って誰が決めるんだろう なんて考えて 答えを見つけ出せないまま今日の話を終わりとする。

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2018年11月25日

No603:歴史を重んじる気持ちもプライドもない市の名称変更

 今回の話は(元)地図マニアの廣井が普段から不思議に思ったり、あきれかえっていることをただ単にぶちまけるだけの内容なので、地図や地名に興味のない人にとってはつまらない話だと思うので、興味のある人だけこの後も続けて読んでください。

 先日、兵庫県の篠山市が住民投票の結果「丹波篠山市」に変わることになったことはご存じだと思うが、篠山だけでは知名度が上がらず、やはり「丹波」とつけることによって、栗や黒豆の売上も伸びるだろうし、多くの人にいち早く認知してもらえるようにというのが変更の理由のようである。
 
 今回の件もそうであるが、私のような地図マニアの気持ちを一気に醒めさせたのが、2005年前後に全国各地で起こった平成の大合併である。この時はどこでもここでも市町村が合併し、新しい市、しかも縁もゆかりもない市の名前がついた あの騒動のことである。
 社会科、特に地理が好きだった小学生の頃から必死になって覚えた地名はたくさん変わっていき、県庁所在地の浦和市までもさいたま市なんていう味気ない名前になってしまった。随分前、ここでも取り上げた記憶があるが、清水の次郎長やサッカーJ1の清水エスパルス、そして先日亡くなった ちびまるこの原作者 さくらももこさんの出身地としても有名な清水市まで静岡市に飲み込まれなくなってしまった。
 昭和の時代の合併はそれなりに意味もあり、名称も納得いくものが多かった。
 例えば3つの広島市の話。かつて広島から北海道へ移住してきた人たちが住み着いた札幌の隣町が発展していき北にある広島として北広島市と名付けられたが、今や札幌のベットタウンとなり、北海道日本ハムファイターズも2023年に本拠地を札幌市から北広島市に建設中の球場に移すことが決定している。また、東広島市は名前のとおり広島市の東隣の存在するがこちらは今回の合併劇とは違い、1974年(昭和49年)に広島市の近くで、本家の広島市に何とか負けないようにとできた市である。

 平成の合併時の“名づけ”はここまで深く考えずにつけているようにも思える。2006年に名古屋市の北に位置する市町村が合併してできた市が北名古屋市で何とも味気ないが、名古屋の近くということだけはアピールできるという思いだろうか。私はどう考えても名古屋のおまけとしか思えないが・・・(北名古屋市の人 すみません)。

 冒頭の篠山市から丹波篠山市への市の名称変更もそこまでにして有名になりたいのか、名を売りたいのか と思ってしまう。この住民投票、私なら変更反対の1票を投じただろうな。だって、“篠山(ささやま)”の方が味があると思いませんか?  
 
 その他にも、個人的にセンスなさすぎと思える市を掲げてみると、
 群馬県にあるみどり市や栃木県のさくら市。合併騒動の中で誕生したさくら市であるが、さくら市の名前の由来を調べてみると「桜の花のように美しい市になって欲しい」と何とも単純。重みや歴史のひとかけらもない感じがする。
 それ以外でセンスがないと思っていたのが、四国の真ん中の市町村が合併してできた四国中央市(愛媛県)。この市は、四国の他の3県(香川県、徳島県、高知県)と接しており、四国の真ん中に位置しているらしい。
 九州の南にある市として「南九州市(鹿児島県)」なんていうのもできていてびっくりしたが、この市の人口はなんと3万人台。以前から門司、小倉、八幡を要する北九州市の人口は90万人以上。この北九州市と南九州市のアンバランスさが何とも滑稽に思えてくる。
 元々の市町村の名前には全く関係なくとも、聞いてあの辺りかと分かることを狙ったと思える 伊豆の国市、南アルプス市、そして和歌山県の紀の川市くらいまでなら個人的には許せるかなという感じである。
 
 今回は篠山の名称変更に端を発し、いろいろと勉強させてもらった。篠山市さん ありがとう。
 たわいもない話に最後までお付き合いしてくださった人が何人いるかはわからないが、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。

posted by ヒロイ at 17:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月18日

No602:ズバッとものを言ってくれる人

 先日、ある金融機関と税理士との懇談会があった。
 この会は私が所属する近畿税理士会上京支部だけのもので、しかも、任意加入の懇談会なので、人数も全会員で50名超、当日の出席者も30〜40名前後と少人数の集まりであった。
 私は、この会の役員になっているので この日は研修会の後の懇親会では司会を仰せつかっていた。
 実は前日はかなり遅くまで仕事をしていたし、当日も夕方のこの研修会の前までは、とある医療法人の税務調査に立ち合っていたので、懇親会が始まるころには連日の疲れが一気に出てきて、今一つすぐれない体調のまま司会としての任務を果たそうとしていた。

 こんな中で、私は司会として犯してはならないミスを短い時間の間で2回もしてしまった。それは来賓の方の名前の読み方を間違ったのと、途中で楽器演奏する方を紹介をしないといけないのに時間が少し過ぎるまでうっかりしていて、ホテルの方に「そろそろですね」と声を掛けていただいてやっと行動に移したという失態である。この時、もし声をかけていただかなかったら、どうなっていたんだろうと後から考えるとまずかったなという思いでいっぱいだった。

 一応、テーブルには自分の席が確保されていたので、司会としての役割が何もないときにはその席で料理をいただいたり、つがれたビールで喉を潤していたが、同じテーブルだった知り合いの税理士や銀行の支店長の方は、『司会って大変ですね、ちょっと一杯飲んで一息ついてください。』とか、決して慣れているわけでもない私に対して『慣れておられるので緊張されることもないでしょう。』とか、私に気をつかっていろいろと話しかけられてきた。
 そうこうしているうちに、懇親会はお開きとなりホッとしながら会場から玄関の方へ歩いていると、同年代でよく知っている女性のM税理士から、『廣井先生、今日はズタズタでしたね、結構ね。今日の司会はちょっとね・・。』と私に本音でズバッと今日の司会の出来がいまいちだったことを口にしながら私を追い抜いて足早に帰っていかれた。
 今日の司会は自分でも今一つの出来だなと思っていたが、それを口にしていってくれたのはM税理士だけであった。
 確かに自己採点してみても、60点を下回るようなできであったにもかかわらず、誰もそのことには触れられなかったが、出席者の多くが同じような感想を持っていたんだろうなと思った。
 本当にこの忠告(感想)を言ってくれなかったら自分でも反省する機会さえ失っていたかもしれない。
 この日は重い気分で家路についたが、ある大役をこなすときは、最低限の体調管理と事前準備は必要だなと思ったし、それができないようであれば社会人として失格だな と本当に情けない気分になった。
 こういう気付きを与えてくれたM税理士に今度会った時は、『M先生だけや、先日のまずい司会について本音でいってくれたのは』とお礼を言っておこうと思った。
 褒めてもらえるのもうれしいが、こうして本音で話をしてくれる人が自分の周りに何人いるかで自分の成長も変わってくるんだろうなと そんなことも考えさせられた日でもあった。
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2018年11月11日

No601:身近にいる目標とする経営者

 事務所の顧問先の決算作業は原案を作成する者、その後それをチェックする者(当事務所では検算担当者とよんでいる)と最低2人が書類に目を通すことになっている。もちろん私もこの検算担当者になることもあるし、作成(担当)者とその上司の2人で仕上げたものが私のところにまわってくる場合もある。 いずれにしても私は外部に出る書類は全て目を通す仕組みになっている。
 数多くある書類の中で、個人事業の確定申告や法人の決算の書類を見ていると、各会社の経営者や開業医の院長の考えがその決算の数字の中に潜んでいると感じることがある。
 経費をとことん抑え節約する人、結構派手に経費の使う人、従業員に手厚くする人、必要なものとそうでないものをよく吟味してから資金を投入する人、自分が欲しいものを手に入れるために仕事をしてる人、目先のことだけ考えて行動する人、5年先10年先のことを見据えて行動する人、例をあげたらきりがないが、決算書の数字や中身はそれくらい経営者の頭の中にある考え方を反映している。
 実は何年もこの仕事をしていると、会社名や個人名を隠しておいてもその決算書がどこのものか分かるくらい・・というのは少々大げさかもしれないが、決算というのはある意味、経営者の顔といっても過言ではないのかもしれない。

 今日、ここで言いたいのはここまでのことではなく、これだけ経営者の方と接して、しかも経営方針やお金の使い方を見ていると、こんな経営者になりたいなと思えるような人がいるということである。つまり、見本となる経営者をすぐ探せるというのは、税理士の特権なのかもしれない。
 週末にある医療法人の決算書をチェックしていると、その医療法人は医療機器や人など、いわゆる お金を稼ぎだすものにはしっかりと資金を投入し、見栄を張ったり、無駄と言えるような支出はどこを探して見当たらない。そして役員報酬はしっかり確保して、個人の貯えも残しておられる。
 では、この院長は何が違うのかということであるが、自分はまずは医療人で患者の病気を治すのが自分の使命であると常に思って診療されている。スタッフ数も総勢20人近い人を雇っておられるが、誰がどんな仕事をしているのかを全て把握されていて、どんな仕事でも代わってできるそうである。実際、自宅が併設されているので休日に急患があると奥様と二人だけで診察から会計まで何なくこなされるとのこと。
 こんな先生なので、患者は一日〇〇人と平均的な開業医の2〜3倍の患者数である。 週一回の休診日には開業前に勤務されていた病院で働かれているが、これは自分の腕の衰えを防いだり、医療技術の進歩から後れを取らないようにするためらしい。
 あと、事務所がお願いしたことに対する回答や書類準備もピカ一に早いし、決算時の棚卸や未収金チェック、そして毎月の給与計算もこちらから催促することなく、すぐに送ってこられる。
 じっくり考えることは考えた上で、決まったことには迷わずまっしぐら、つまり“熟慮断行”を地でいくような先生である。
 私自身、この先生のようなまねはできないが、この先生を見ていると自分はまだまだ足りないとこだらけだなと反省させられると同時に、少しでもこの目標に近づきたいと駆り立てられものがある。

 人間、刺激を受けることは大事だなと思うということで、今日の話を締めさせていただくことにする。
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2018年11月04日

No600:600回も続いた訳は?

 今から11年前、開業当初はまだまだ今よりずっと小さな事務所であったので、食べていけるのかな? 給料払っていけるのかな? という不安の中でスタートを切り、税理士事務所にとっての“顧客”である顧問先を1件でも増やしたい という一心からこのブログを始めた。
 当時、ある人から大型の税理士事務所は業務範囲(レパートリー)の幅広さや組織力そのもので事務所が評価されるけど、小さな事務所は所長がどんな人物かによって評価されると思うので是非ともこのコーナーを使って廣井増生を売りこんだら と言われたのを今でも鮮明に覚えている。
 確かにこの話を医療機関に例えると、大きな病院に行くときにはその病院のドクターはもちろんであるが、それ以外にも設備や他の診療科との連携等 確かに知らず知らずのうちに病院という組織そのものを評価のターゲットとしているが、町医者、いわゆる開業医で受診するときにはそのドクターがどんな人で、どんな治療をしてくれるのか、そして通院した人の評判は? 等、あくまで院長という個人がどんな人かで判断することが多い。
 こんな話に乗せられて始めたこのコーナーであるが、今となってはそういった経営戦略上の狙いなどほとんどなく、自分自身の記憶を記録にとどめておくという本来の日記としての意味合いの方が強くなってきているように思う。

 今年で開業して11年目になるが、たまに過去のものを読み返してみると、「そうそう。あの時にはこんな気持ちで顧問先に接していたな」とか、「あの社長にはいつも無理難題を言われたな」というような仕事上の話題や「あの時、まだ子供も中学、高校、大学で毎日大変だったな」といった日常生活での出来事もその当時のことがいくつも思い出される。
 決して仕事が好きなわけでないが、あの頃のじっとしていては何も始まらないという固定観念というか、一種の強迫観念が今でも体に染みついているので、休日になってもボーっとして優雅な一日を過ごすことがなかなかできない そんな人間になってしまっている。
 ただ、人間ちょっと気が緩むとズルズルいってしまう 怠け者の生き物というのは分かっているし、自分自身それほど強い人間じゃないので、ここにいろいろな思いを綴ることによって、自己反省したり、次なる方向性を探るうえでは役に立っている。
 
 当初は、気が向いたら書いてみようとか、時間があればとか思っていたこともあったが、1週間に一度こうしてパソコンの前にすわると、1週間の出来事や仕事の内容がそれなりに整理ができ、次の一週間の自分の動きも事前にイメージできる。
 これは月曜日の朝、初めてその一週間の計画を立てるのとは違って、月曜の朝が2歩目、3歩目からスタートできるという、わずかとはいえ 心に余裕をもって月曜日の朝を迎えることができる。
 こういった自分自身へのこだわりもあって、何とか11年目にして、600回という回数を重ねることができた。

 これをどんな人が読んでくださっているのかはほとんどわからないが、たまに顧問先の方や知人からこのブログのことに話が及ぶことがあると、話題の提供には事欠かないし、また初めて会う人が事前に読んでいただいているような時には、「先週、○○へ行かれたんですね」ということから話に入ることができ、初めての面談でないような錯覚に陥ることもある。
 どこまで続けられるかどうかは分からないけれど、あまり 根を詰めずに思ったままを綴っていければと思っている。
 始めてから11年ということは、歳も11 重ねていったということで、青年45歳で始めてから、もう56歳になって見栄えはすっかり老け込んでしまってきているが、何とか「初心忘れべからず」という思いを持ち続けるためにももう少し続けていこうと思っている。

 読書のみなさま、これからもよろしくお願いいたします。
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2018年10月28日

No599:会って初めてわかるもの

 最近は仕事上でも会わずに電話やメールでことが終わってしまうことがある。
 すぐ近くなら、出向いてもそれほど時間をとられることはないが、当事務所は片道1時間や1時間半かかる顧問先も多く、2時間以上かかる顧問先も10件近くはあるだろう。
 1ヶ月のスケジュールを立てる段階で、自分自身の身体への負担のことも考えて出来るだけ万遍なく日程が散らばるように予定を立てるのだが、長期休暇や祝日の多い月はどうしても厳しめのスケジュールを立てざるを得ない状況になってくる。
 10月は祝日も1日だけであったにもかかわらず、先週[10月23日(月)〜10月27日(土)]は相手様の都合や自分の日程調整の兼ね合いもあり、かなり集中し、終わってみれば18人の方と面談をしていた。それに伴ってもちろん車の走行距離も伸び、昨日 車のメーターを見てみると6日間で800q近くにもなっていた。
 こんなことを言ってしまうと 廣井がたくさん働いていることを分かって欲しいのか と思ってしまう人もあるかもしれないが、そんな意図は全くなく、この週は毎月定例的に会う人以外の臨時的な人もたまたま集中したそんな1週間であった。
 年1回の決算打合せであっても数字の報告だけでなくどうしても確認しておきたい事項のある経営者、医院を開業して1ヶ月も経っていない段階での現状を確認しておきたいドクター、相続の仕事で男性の相続人が他の相続人(2人の姉)と意見が合わないという相談、11月に予定されている税務調査の事前準備を兼ねた打合せ、事務所側のある不手際により社長に迷惑をかけたことに対するお詫び、そして ある研究会への出席等、本当に多くに案件で多くの人にあった週であった。

 今、手帳を開いてあらためて一人一人の顔を思い浮かべてみると、この18件の面談は電話やメールで済ませられるものはほとんどなく、会って初めて相手様の思いや状況を把握できたり、当方の考えや思いも伝えられるような内容ばかりであった。
 私も日頃は電話やメールで済ませられることはできるだけ、出向かずに短時間で解決するようにしているが、やはり内容によっては相手様の反応や顔色、そして生の声による意向を聞くことこそが重要な時もある。
 電話では、『依頼していた資料はこれでいいですよ。』とおっしゃっていても、実は相手様は心の中では全く納得されていないことだってあるし、そんなことは今まで何度となく経験したことである。
 細かな話だが、質問事項に対する検討資料として1つの資料をコピーしてもらう時でも、ホイホイと進んでしてくれる時もあれば、明らかに面倒だなと思いながらコピーをして下さることだってないわけではない。
 こういった一つ一つのことをどこまで納得されているのか、苦情を言われた後 怒りが収まっているのか、あるいはお礼を言われても心から喜んでいただいているのかは、会ってみて初めてわかることのような気がする。
 実はここしばらく会ってない顧問先の社長や院長も何人もいらっしゃるが、やはり可能な限り、面談できるよう時間を作ることも 私の重要な役目なのかもしれない。

 これからは仕事のやり方も大きく変わり、仕事によっては会わずして 事が解決したり、物事が進んでいくことは今まで以上に増えてくるだろうが、ここぞ という時だけは、時間をとって向き合いながら話をするということが、今まで以上に重要度を増すようにも思えてくる。

 今日は本当に天気のいい休日である。午前中は2時間近く、ワンちゃんを連れて宝ヶ池に散歩に行ってきたが、この時期 秋真っ盛りの自然の中でワンちゃんとだけ触れ合うという、自分にとって何もかもが忘れられる 楽しい時間であった。
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2018年10月21日

No598:お金を払ってくれる人から「ありがとう」って言ってもらえる仕事

 先日、ある女医先生と面談していて、税務・会計の定例業務が終わって少し雑談めいた話をしているなかで、「何のために仕事しているのか」という話になり、その先生は、『間接的にはお金のためであったり、家族のためかもしれないけど、最終的には患者様のためなんですよね。』とおしゃった。
 いくら稼ぎがよくても感謝されないような仕事なら、やりがいを感じないし、たぶん仕事を続けていくことさえできないだろうともおっしゃっていたが、まさに同感である。
 ここでは診療科目は伏せておくが、このクリニックの患者様の中にはかなり重度の方もいらっしゃるようで、何とかいい治療や診断をしてほしくて かなり遠方からも来院されるとのことであった。
 この話を聞いて税理士も同じようなことがいえるなと自分の仕事内容に思いをめぐらせていた。
 税理士事務所を運営していく上では、家賃や給与をはじめとし、いろいろな経費の支払いもあるので、あらゆることに“奉仕”し過ぎるわけにはいかないが、適正な顧問料とそれに見合ったサービスを常に心がけていかないと選ばれる税理士にはなりえないなと思ったし、顧問先の方から心より感謝されるにはまだまだだなと、この女医先生の話を聞いていろいろな面で刺激を受けた。

 仕事をしていると当然のことながら、相手(依頼者)の顔を思い浮かべながら進めていくこともあるが、仕事に熱中していけばいくほど、むしろ相手のことよりもその仕事そのものに入り込み、何とか有利にならないかなとか、この規定を使えないものかな と最後は仕事そのものと格闘し、引きずり込まれていくこともある。
 何年か前にこのコーナーで亡くなった父の仕事場(丹後ちりめんを織っていた)の汚れた柱に貼られていた言葉のことを取り上げたことがあったが、今回 その言葉をふと思い出した。その言葉とは

 【親切は人にも、物にも、仕事にも】

 この言葉の捉え方は人によって様々であろうが “人”という生き物だけでなく、形のある“物”であったり、物体としては存在しない“仕事”という行為にまで親切心を忘れるなということであろう。
 ということは、人に喜んでもらえたり、納得してもらうには、何よりもその仕事そのものに没頭し、自分の能力を最大限 発揮することこそが仕事の依頼者に対して一番いいものを提供できるということなのであろう。
 
 実はこの先生と話をしていてもう一つ印象に残った言葉がある。それは、『夜、家のパソコンの前で医療(治療)に関することを調べていると、「お母さん、よく勉強するな」と、隣でテレビを見ている中学生の息子から言われるんですよ。勉強しないといけないのは、息子の方なんですけどね・・。』と、少し笑いながらおっしゃった。
 いや、50歳になってもみんなまだまだ勉強してるんだ と更に大きな刺激を受けた。
 そしてこの先生は最後に、『税理士さんもそうだと思うけど、医者って お金を払ってくれる人から「ありがとう」って言ってもらえるんですよ。こんな職業そうそうないですよ。本当に患者様のためにしっかり仕事をしていかないと。』何とも重い言葉を口にされた。

 その先生の言葉が何度も頭の中を巡り、気合を入れ直しながら事務所まで帰ってきた。
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2018年10月14日

No597:久しぶりの横浜は刺激的!!

 仕事ではなく家の用事で昨日から1泊2日で横浜に行っていたが、久しぶりの首都圏の雰囲気を肌で感じ、「関西との違いは想像以上やな」と思って帰ってきた。
 別に関西圏や京都のことをどうこう言うつもりはないが、5、6年ぶりに横浜の街を歩いているとその様変わりしている様子に驚いた。
 横浜の海側のみなとみらい一体にいたのだが、何年か前に行った時は神戸の街に似ているなという思いを抱きながら歩いていたように思うが、今回のこの横浜 みなとみらいの町並みは関西と比べると異次元と思えるくらいの速さで街がどんどん進化しており、京都から出向いて行った私にはすごく刺激的であった。

 30階以上のホテルやマンションはいくつも建っているし、上を見るとまだまだ同じような建設中のビルが数棟 建ち並んでいた。
 街並みもどんどん整備され、レジャーとビジネスと住居の一体感がたまに行った私にも伝ってきた。
 2日間のわずかな時間であったが、こうしてたまには違う土地の空気を吸って、違いを肌で感じることはとても刺激的で、明日からのエネルギー源になるには十分のものであった。
 今回は仕事ではなかったが、変化していく街とそうでない地域の違いを見て、いろんな場所やそこの暮らしぶりを肌で感じることは、私の日々の仕事にも何らかのプラスになるのでやはりいろいろなところに出向いていかないといけないなと 感じたこの2日間であった。

 今日は新幹線で帰ってきて、もう眠いのでこへんで寝ることにします。
 すみません、たわいもない話で・・・。

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2018年10月07日

No596:最近 不思議に思うこと・・2つ

 妙なタイトルですみませんが早速 本題へ

 【その1】
 「トイレをきれいに使っていただきありがとうございます」 こんな張り紙 みなさんも見たことありますよね。 一番よく目にするのはコンビニのトイレですが、先日、高速道路の料金所を出たとこの事務所棟の入口にあった一人用の小さなトイレにも同じ内容の張り紙がしてあった。
 私は公園や駅のトイレは一般市民や電車の利用客が「使う」ものと考えているが、コンビニのトイレはその店のものであり、あくまで「借りる」ものという意識がいまだにある。だから、何も買わずにトイレだけ借りることはなかなかできないし、トイレの所有者であるコンビニの店長がここまでへりくだってお願いしないといけないものなのかと、私はこの張り紙を見るたびに違和感があって仕方がない。 ただ、これもコンビニ同士の過当競争の中で、客に選ばれる店、足を運んでもらえる店になるための戦略と考えられているのであれば、何かむなしさだけが残ってしまう。
 ビジネスでは「お客様は神様です」とよく言われるが、客側にも最低限のマナーと、店との距離感というものがあっていいように思う。つまり、どんな時でも客が上でいいのかなという疑問が残ったままの状態である。

【その2】
 先日、あるニュースで女性キャスターが、「今回の○○側のトップである△△本部長が謝罪会見で12秒間 深々と頭を下げました。」と言っ ていたが、そんなに頭を下げていた時間が大事なのか私にはさっぱり理解できない。
もし、これが8秒間だったら 謝罪の気持ちが薄いのか。20秒だったら深く反省しているのか。こんな頭を下げた時間をわざわざ取り上げている報道番組とニュースキャスターのバカさにはほとほとあきれてしまう。
 謝罪というものは謝る者の気持ちがどうなのかが最も重要視されるはずで、逆に頭を下げている時間が短くても、逆に1分近く頭を下げ続けている者がいたとしても、本人がどれだけ”謝る気持ち”、”申し訳ないと思う気持ち”があるのかどうかを判断するのが我々 大人の人間としての洞察力の見せどころではないのだろうか。
 また、深く反省していることを表すために、「引退する」とか「現場復帰は考えにない」と口にしておきながら、わずか1.2年後に表に出てきている者がいるが、いくら周りから復帰を熱望されようとも、あるいは経済的な事情があったにせよ、謝罪会見で言ったことを忘れたかのような者がいる。こんな光景を見るとあの謝罪会見は大して反省していなかったんだな と思ってしまう。

 今回の内容【その1】も【その2】も最近、モヤモヤしていたことだったので、ここで言いたいこと言ったので少しすっきりした気分になった。
 私自身このコーナーでは、ある人を、ある出来事を、そして世の中を批判することが多いが、まあ、これは単なる批判ではなく、こうしていろいろなことを疑問に思うことが自分自身のエネルギーになっているように思うので、文句言いの廣井を許してください。
 では、明日もう一日休みがありますので、有意義にお過ごしください。
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2018年09月30日

No595:日本のプロ野球をつまらなくしている元凶

*今回はプロ野球に興味のない方はおもしろくないかも?

 私はもともと野球少年だったので小学生の頃は、お小遣いをためてプロ野球選手名鑑なるものを買って、選手の名前と顔、それに成績を見て楽しんでいた。
 小学校の頃は少年野球、その後 中学3年まで野球を続けていたが、中学生になると毎週ではないが、月に1、2回「週刊ベースボール」という雑誌を買って、野球の知識を深めていった。
 中学の友人であったHS君は毎週この雑誌を買っており、たまに彼の家まで遊びに行くと、本棚にこの「週刊ベースボール」が途切れることなくきれいに並んでいて、当時 大変羨ましく思った記憶がある。
 野球のことを考え出すと止まらなくなってしまい、本題に入る前についつい昔話に時間を費やしてしまったが、これもご愛嬌とお許し願いたい。
 
 さて、プロ野球が面白くなくなったのは、(ここからはあくまで私見ですので)例の”クライマックスシリーズ”という訳の分からない制度ができたからだと個人的には思っている。
 少しだけ、復習を兼ねて簡単に説明すると、セパ両リーグとも優勝チーム以外に2、3位でもリーグ代表として日本シリーズに進出できる妙な制度である。
興行的には「一粒で二度おいしい」じゃないけど、通常のシーズンの試合意外に敗者復活戦が組まれていて、このクライマックスシリーズでうまく勝ち上がれば日本一にだってなれるという野球通の人からみると訳の分からない制度である。
 セ・リーグは先日 広島が2位に10ゲーム差をつけてぶっちぎりで優勝したが、もしかすると3位のチームに負けてしまえば日本シリーズに出場できないということだってありえる。
 確かに、1勝のアドバンテージがあるようだが、シーズン中に10ゲーム差があっても、このクライマックスシリーズではたったの1勝分しかご褒美がもらえない。
 ましてや現時点の状況から判断すると優勝した広島が勝ちすぎたために3位のチームは勝率が5割にも満たない。こう考えると、この制度になってからの日本シリーズは真の日本一を争うものではなくなってきているというのが本当のところである。
 
 そりゃ、一定の敗者復活はあってもいいが、プロの世界でこれはないだろうと思ってしまうのは私だけなのだろうか?
 確かオリンピックの柔道でも敗者復活戦というのがあるが、これで勝ち上がっても最高第3位(銅メダル)までで、決勝戦は一度も負けていない者同士の対決となっている。
 私の大好きな高校野球でも夏の大会は地方大会から1度負けたらお終いという厳しいものだからこそ気が抜けないし、負けた者の悔しさも勝った者の喜びも最高潮に達するのではなかろうか。
 こんなことを考えていると年間143試合も戦って、1位のチーム同志が真の日本一を賭けて戦う、醍醐味がある日本シリーズを見たいものである。
 何事も金儲け優先、興行優先の日本シリーズにはほとんど興味がないが、今年 セパ両リーグぶっちぎりで優勝する広島と西武が進出して戦う場合だけ日本シリーズを堪能したいと思っている。
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2018年09月23日

No594:故郷で初めてする研修会の講師

 先週は顧問先の先生に講師を依頼され与謝医師会の学術研修会で講師を務めた。
 ちなみに “知っておくと助かる医師を取りまく税金”というテーマでした。

 数年前から、『研修内容は医療に関する学術的なことがほとんどですが、たまには医療そのものではないテーマも新鮮味があっていいかなと考えているのでその節にはお願いしますね。』と言われていたものの、なかなか時間がとりづらくて という言い訳のもと、正式なオファーは今までなかったが、今年の春に 『いよいよ、お願いしたいんですが・・。』と言われたので、なかなか断ることもできず引き受けすることになった。
 お医者さん(開業医+一部 勤務医)相手なので、税についてあまり掘り下げても内容が難しくなるので、比較的 簡易な内容で一般的にも興味を引く内容を と考えてはいたが、レジュメの作成もお盆頃まではまだ日があるな とのんびり構えていた。いよいよ 9月に入り開催日も段々迫ってきたので 焦りながらも何とか数日前に仕上がり、メールで最終版のレジュメを依頼された先生に送って、あとは本番を待つのみとなった。

 与謝医師会というのは京都府北部の宮津市、与謝野町、伊根町が対象となる小さな医師会であるが、私が生まれ育ったところなので、数件の顧問先の開業医の方以外でも医院の前を通りかかったり、看板を見たり、親族が患者として診てもらっていたりと 初めてお目にかかる先生が多いなか、名前はほとんど知っている先生ばかりであり、やはり地元開催だからなのか研修会の中盤で 「自分のテンション、確実にいつもより高いな、熱いな。」と感じながら話していた。

 各先生方の夜診が終わってからということで、7時半スタート、9時までという 夜遅くなってからの研修会でみなさんお疲れ気味の様子だったので、最初に『税制って基本的には全国共通ですが、どうしても都市部の考え方が入ってきてますよね。こんな田舎では、土地の評価も低いので(1坪5万円?)、相続税の申告の中で土地の評価を下げる 小規模宅地の特例ってあまり効果がないし、通勤手当の非課税限度額10万円も首都圏への新幹線通勤も視野に入れた規定と思うんですが。今日はこの地域にあった、ここで開業、あるいは生活されている先生方に役に立つ話をします。』と切り出したので、参加された先生方はまさに新鮮だったのか、この税理士いったい何しゃべるんやろ と興味を持っていただいたのか、一人も居眠りされずに最後まで聞き入って下さった。

 確かに税金でも医療でも、いくつかの特例を除き基本的なことは全国共通だが、地域によって受け止め方や恩恵を受ける層には違いがある。
 この日の研修会だけではなく、税務や経営の指導をする上で、こういった地域性を十分に理解して話したり、相談に乗ることがいかに重要であるかをこの日の研修会を聞いてくださった先生方の顔つきであらためて実感した。

 帰るときにはお土産としてご当地では有名な“オイルサーディン”の詰め合わせをいただいた。
 毎年、事務所で創立記念日に事務所の人たちに私の地元産のものとして同じものを配っているが、実はこの日は創立日である9月21日の前日だったので、昼過ぎ 出発する前に事務所のみんなに渡してきた。同じ日に同じものをいただくなんて・・。これも偶然なのか、何か結びつきなのか 不思議な気持ちになった。
*事務所のみなさんへは1人2缶ずつしか渡していません。詰め合わせではありません。
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2018年09月16日

No593:日本人を大事にしないと・・・。

 9月4日、台風21号が近畿地方も縦断ルートの真ん中にすっぽり入り、関西空港の滑走路やターミナル、それにあの連絡橋が大きな被害を受けたことはみなさんもご存じであろう。
 中でもタンカーが衝突した連絡橋のあの痛ましい姿を見た人は、「こりゃ、しばらくあかんわ。」と思われたことと思うが、あれから2週間後の18日に鉄道は復旧、開通の予定だと聞いて思わず耳を疑った。
 なんであの状態から2週間で通行可能になるのかと日本の技術力には驚かずにはいられないが、さすがに横にずれている道路についてはもう少し時間がかかりそうとのこと。
 利用者の多い所の復旧はさすがに早いとあらためて思ったのは、比較するのも失礼かもしれないが、私が毎月2、3度利用している京都縦貫道の宮津天橋立IC付近のがけ崩れによる追い越し車線の封鎖は一年以上たっても通行可能となっていない。
 確かに車の通行量から言ってもさほど不便でないが、工事現場には数名の作業員と1、2台のトラックが目に留まるだけで、一向に進行している状況にない。
 今回の関西空港の被害は、関西、あるいは日本の経済にも大きな影響を与えかねないし、京都にも大きな影響を及ぼしている。
 あの日以来、間違いなく京都の道を行きかう外国人が減ってきているし、民泊の多い事務所付近もあの大きなカバンをゴロゴロと音を立てながら数名で歩く外国人の姿はめっきり減ったように思う。
 実は京都に住んでいて今までに経験したことのないような(← この言葉は、最近の報道番組でよく使われている。但し、あまりいい意味で使われることはないが)外国人の多さに圧倒され、その影響もあって確かに京都の経済は潤っているのかもしれないが、日本人が片隅に追いやられている感がないわけではない。
 まだ、京都に住んでいる我々はさほど不便を感じるわけではないが、日本の各地から訪れる日本人観光客のここしばらくの評判はすこぶる悪いというのは何ヶ月か前の報道で目にしたことがある。
 今回の被害の後、「もう少し日本人観光客に目を向けないと・・。」とあるホテルの関係者が言っていたが、何を今さら、ここまで日本人を蚊帳の外きながら、と悔しさまぎれに思わざるを得ない。
 関西空港の復旧、全面再開は、当初の予定より大幅に早まることは関西経済にとっては朗報であるが、ホテルやレストランの予約が再び取りづらくなり、修学旅行をはじめとする日本人観光客がまた行きづらい京都になることの寂しさを感じているのはおかしな発想なのであろうか。
 それにしても、国が”本腰”を入れて進めていく復旧工事のすごさと、一つのことでここまで大きな影響を受けるもろさの両面を垣間見た今回の台風に伴う関西空港の閉鎖であった。
 遠い所に空港を造って評判が芳しくなかった開港初期の関西空港を知っている者としては、関西空港の果たしている役割を大きさをこんな形で見せつけられたが、ある意味、無駄ではない貢献度の大きい公共事業であったと感じずにはいられない今回の台風による被害であった。
posted by ヒロイ at 23:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

No592:“老後”って何歳からはじまるの?

 9月6日の日経新聞に次のような記事が載っていた。 
◆「70歳雇用 努力目標に」
・政府は高齢者が希望すれば原則70歳まで働けるよう環境整備を始める。現在は原則65歳まで働けるよう企業に義務付けており、年齢引き上げの検討に入る。

 現在は定年60歳の企業がまだまだ多く、本人が希望すれば65歳まで働くことは可能という状況であるし、公務員の定年を段階的に65歳に引き上げようとする案は出ているが、65歳の話を一気に通り越して、70歳という話が出てきたことには正直驚かされた。
 ただ、この70歳という話は定年延長というのではなく、働きたい人にとっては70歳まで働けるような環境を整えよう という話である。
 もちろん、こうった話の背景には長寿化に伴う長い老後、少子化による年金原資の不足という問題があるのは理解できるが、逆に捉えるとある程度 余裕のある生活をするには早くから年金暮らしするのではなく、元気なら70歳くらいまでは働くように と促されているともとれる話である。
 確かに止まらない出生率の低下と高齢者の増加は今や我が国の最大の問題で、数年かけても解決するようなものではない
 実は、この少子化の問題は日本だけでなく、中国でも深刻な問題となってきているようである。
 中国はもともと人口が多過ぎ、食糧問題も根底にはあるところから、1979年に「一人っ子政策」が導入されたが、中国政府はその政策を撤廃すると 2016年に発表して世界を驚かせた。「一人っ子政策」という極端な政策によって人口構造に偏りが生じ、近い将来日本のように高齢化社会になることに国が懸念を示していることの表れであろう。

 私は現在56歳なので、65、あるいは、70歳まではもう少しあるが、自分の老後の生活なんて絵が描けないような状況である。この仕事をしていると幸か不幸か定年がないので頭と体が通常に機能している間は仕事をしているんだろうなと想像してしまうが、それはそれで、自分の老後っていつから始まり、ストレスにさいなまれない生活っていつかは来るのだろうかと 考えてしまう。
 先週の日曜日に施設に入所している86歳の母を訪ねたが、私自身が86歳の時にはどうしているんだろうと考えてしまったり、また、こうしてあちこちで災害があると、私も予期せぬ災害で突然 命を落とすかもしれないし、それ以外の病気やけがのリスクだってあるだろうから、先のことを考え出したらきりがない状況に陥ってしまう。
 今日の話は何が言いたいのか自分でもわからなくなってきたが、あまり先々のことを考え過ぎずに、今を一生懸命生きるしかないな という結論に達してしまう。
 ただ、今の日本、いや これからの日本は、「働ける間は働くように、そして、働けなくなって、お金もなくなったら最低限のことだけは面倒見てやる」というようなむごい国に向かってどんどん突き進んでいるなと感じてしまう。
 でも、これは今の政府だけの問題ではなく、少子化対策に長年取り掛かろうとせず放置されていた今までの我が国の対応の結果であると思うし、最後は死ぬまで自分の身は自分で守らないといけないという 悲しい思いに駆られる そんな日本になってしまったと思わざるを得ない。

 自分の“老後”って一体何歳からはじまるの? と妙なことを考えざるを得ない雨の降る休日の午後であった。
posted by ヒロイ at 16:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする