2020年11月23日

No707:前例のない中で生きていくには

 新型コロナウイルスの感染が再び拡大する方向へと進む中、世界中の国々が拡大防止への対応に追われている。
 我が国でも死亡者の数こそ欧米諸国と比べると少ない数字ではあるが、収まるところが見えないという点では、本当に我慢比べのような状態が続いている。
 そんな中、家族との外食や旅行を控えることはあっても、家に帰ると食事をとり、睡眠をとるという基本的な日常生活は大きな変化がないが、家から一歩出ると、乗物に乗ったり、買物に行ったり、仕事で出かける場合、そして休日の過ごし方などは、今までとは違ってあらゆる面で規制がかかり、もはや規制の中で生きていると言っても過言でない状況が続いている。

 今まで生きてきた中で自分自身で何かを考え、行動する場合でも多くの場合が前例に従って進めていけば大きな間違いは起こらなかったし、「あれっ?今までのやり方ではおかしいぞ」と思う部分だけ、自分なりに考え、新しい方法を取り入れていけばよかったのが、今やほとんど前例のない中で日常生活を送らないといけない状態になってきている。
 些細なことであるが、先日地下鉄に乗ると少し込み合っていたので、車両の中ほどの立っていた時、カーブや減速時に車両が揺れたが、今までなら周りの人に寄りかかるようなことがあってはならないと必死でつり革を握っていたが、今や誰が触ったか分からない そのつり革に触ること自体がよくないと言われていたことを思い出したので、足を仁王立ちにして踏ん張ったがやはり左側に体が傾き、隣に立っている人を押す形になってしまった。つり革さえ握っていたら全く問題はなかったはずだが。
 税理士同志のある会でも顔みしりの人も含め、メンバーの親睦を深めようと懇親会(実質食事会)、特にこの時期なら忘年会が実施されるが、今年はこういったことは一切ないので、新入りの人で顔を知らない方は知らないままで、名簿の中だけでの新メンバーの確認である。
 それ以外でも一年前では想像もつかなかったことが目の前にまるで当然のように広がっていっている。
 海外旅行には行けないし外国人も見かけない まるで鎖国のような状態、学生の少ない大学、そして身内の者が入院や入所していても顔も見にも行けない病院、介護施設。そんな中で都会暮らしの若い人が帰省しずらい状態はまさに田舎で暮らす老親にとっては体だけでなく、心までもが病んでいく状態になりかねない。
 今まで子や孫に「お正月は帰ってきて、おいしいものでも食べてゆっくりしいや。」なんて言っていたのが、今や「今度のお正月は帰ってこんでもいいしな」なんていうようなやり取りがあちことでなされているのであろう。私から見れば、本当に世の中“終わってる”状態になっている昨今である。
 こんな中では、今までどおり というのは通用ないし、今 自分は誰に対して何を どういう方法でするべきなのか 行動を起こす前に疲れるくらい念には念を入れて考えて動かないといけない。
 コロナが蔓延しだしてから春、夏、秋と3シーズンを経験してきたが、いよいよ初めて迎える冬である。
 本業の方でも確定申告期の税務相談への税理士の派遣は今回からなくなったが、申告をしなくてよくなったわけではないので、自力で申告書の作成が困難な方にとっては大変な状況である(一応、税務署員は対応する形になりそうです)。
 
 とにかくしばらくの間、前例のない中で生きていかなければならなが、今後数年後には今の生活が前例になっているのだろうか。
 入学式、卒業式、修学旅行、成人式、同窓会、結婚式、葬式、法事、親睦会(納涼会、忘年会、歓迎会、送別会含む)、研修会、スポーツ観戦にコンサート・・考え出したらきりがないが、何もかもが私の周りからなくなってしまっている。
 永遠にというわけではないだろうが、次に復活というか始まりだした時には、従来のものとは形を変えて戻ってくるのであろう。

 この歳になって適応するだけでも大変であるが、この変化は自分だけではないので と慰めながら生きていくしかないのでしょう。
 本当に何カ月間もの間、ぱっと視界が開けたことがないな とあらためて思い入った秋の夜でした。
 そろそろ寒くなってきそうです。こんな時です、体調管理だけは万全に。
 では、今日はこの辺で・・。
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2020年11月15日

No706:”育児”と同様、避けて通れない“介護”

*「職場において労働者が関わる、会社の設備や体制、勤務時間、上司や同僚などの人間関係なども含めて様々な事柄を表す用語」
 実はこの説明文は、“職場環境”の定義(意味)である。
 一般的に「いい職場環境」とか、「職場環境が悪すぎる」なんていう言い方をするが、「いい職場環境」とは、一言でいえば「仕事のしやすい、仕事を続けやすい状況」のことを言うのであろう。
 会社や職場を選ぶ基準として、比較的若い年代にとっては出産や育児に支障のないということは重要なことであろうし、出産に関しても当然のことながら女性だけでなく、男性の方もどのように関わることができるのかも非常に関心の高いところであろう。
 また、転勤や配置転換の有無等、働く場所についても職場を選ぶ基準になるし、いくら給与が他の会社と比べて高かったとしても、こういった職場の環境が整っていないと働く人からは敬遠されることもあるだろう。逆に企業や事業主側もこういったことが他と比べて見劣りしているようではいい人材の確保は厳しくなってくるのは当然予測される。
 もちろん労働法規や就業規則ではこういった権利は当然のことのように守られてきているが、実態はどうかということが問題である。休みたい時、必要な時に休めるかどうかとか・・。

 我が事務所で働く人のお子さんも0歳から上は大学院生まで年齢も幅広いが、子供の年代ごとに必要とされる親の関り方はさまざまである。
 30代の男性社員は毎日子供さんを保育園に送ってから事務所に出社するようだし、病気の時には子供さんを病院に連れていくこともあると聞いている。
 また別に受験の後 大きな費用を掛けて進学されるお子さんを抱える方もいるが、こちらはこちらで子供へ愛情や労力をつぎ込むだけでなく、経済的な負担がドカッとか掛かってくるので、まさしく 「子供を学校にやるために働く」ということになるのだろう。
 今の時代 あまりプライベートなことは本人が口にしない限り、こちらから問いかけることはほとんどないが、今後はこの子育て以外にも親の介護(世話)ということも大きな問題になってくると思うし、当事者だけでなく職場としても避けては通れない問題になってくる、というか なってきているように思う。

 我が事務所には40代から50代の人も多く在籍しており、この年代に者にとっては 当然のことながら親の介護やお世話は日々直面している問題であろう。
 実際、70〜80代の親を抱える40代の男性社員2人の親御さんがこの2週間の間にどちらも病気のため入院されたと聞き、これからは仕事とこの“介護”との両立も非常に大変なことになってくるのだろうなと思った。
 このうちの一人は年明けに子供さんの中学入試も控えており、本当に体がいくつあっても足りないという毎日であろうし、まさに”子育て”と”介護”をダブルで抱え、当面の間、そういう毎日を送ることになるのであろう。
 私は施設に入っている母のことは気にはなるが、周りの人から比べると手を差し伸べないといけないという状況ではないし、施設とのやり取りは兄が仕切っていてくれているので、負担感はさほどないというのが現状である。
 共働きの若い世代の夫婦が子育てしながらも続けられる職場というのがよく話題になっているが、これからの時代、介護をしながら仕事も続けられる職場というのが魅力ある職場になってくるのかもしれない。
 法的には介護休暇は保障されてはいるが、私の周りではこの制度を使った人をほとんど見たことがない。しかし、これから職場選びをする上ではこの介護休暇の取得のしやすさも重要なポイントになってくるのかもしれない。
 当然 休暇を取得する権利があるが、こういった規則に掲げられているだけでなく、本当に必要な人が利用した実績が積み上げられることが重要である。

 これからの時代、誰しもが取り得る当たり前の休暇になるような時代になることが、日本の長寿社会を支えることにつながっていくように思うし、私もいつかは介護をしてもらわないといけなくなる日がくるので、他人事ではないのである。
 よく「子供や親族の世話にはならない」とみなさん口にされるが、そうはいかないのが今の日本の現状であることは誰しもが実感していることであろう。最後は施設に入って、そこで世話になったとしても・・。 
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2020年11月08日

No705:久しぶりに高校野球で熱くなりました

 こんなコロナ禍でスポーツの話題をとり上げること自体 ?が付きそうなご時世であるが、毎年 野球、サッカー、ラグビー、陸上(マラソン、駅伝を含む)を観に行ったり、高校野球やマラソン・駅伝をテレビで観戦したりするのを楽しみにしていた私も 今年は生(ライブ)での観戦は一度もない。
 テレビでもスポーツ番組は時々 中継されてはいるがなぜか気持ちの盛り上がりがなく、ほとんど見ていないというのが実情である。
 今年は高校野球は春・夏ともに甲子園での全国大会は中止で、高校野球ファンの私にとっては何とも寂しい年であったし、来年(2021年)も開催されるのかどうかは分からないが、プロ野球も観客数に制限を加えて開催されていることから考えると、同じような形で実施されるのではというのが今の時点で予測されることであろう。
 一応、来春の選抜が開催されることを想定し、高校野球も来春の選抜の出場をかけた各地区での秋季大会がほぼ終わろうとしているが、その中で久しぶりに目を引く話題が飛び込んできた。
 それは 九州大会でなんと離島の公立高校が各県の私立の強豪校を撃破し、優勝したという何とも信じがたいニュースである。
 この高校は長崎県西海市の大島にある大崎高校という長崎県立の高校である。
 この大島という島は人口4900人余の島で、この大崎高校も全校生徒数118人という高校では“ミニ”の分類に入る少ない生徒数である。
 こんな話題性のある高校であれば、長崎県内で3、4番手に入れば、選抜では「21世紀枠」での出場の可能性もあったと思うが、九州8県の頂点に輝いたということで、選抜出場は確実で、正に実力で勝ち取った誇れる話である。
 昨今の高校野球と言えば、大阪桐蔭、履正社、智辯和歌山、花巻東、東邦等 頭に浮かぶのが私学ばかりで、公立と言えば昨年の金足農業(秋田県)くらいのもの。いわゆる私立強豪校のオンパレードである。
 高野連やマスコミは、「公立」、「地方」、「文武両道」が大好きなので、これから春にかけてこの大崎高校はいろいろなところで取り上げられると思われる。
 ところでなぜ、こんな離島の高校が強くなったのかといろいろ調べてみると、どうやら指導者(監督)が長崎県の中でも有名な優勝、甲子園請負人的な人物であり、この監督を慕って、野球で実績のある生徒が集まってきたようである。
 この監督についてさらに調べていくと、過去には謹慎処分を受けたことも記されていたが、ここではネタ探しに躍起のなっているどこかのマスコミのようなことはせずに心から祝福することにしよう。

 私自身、分野を問わずあらゆるスポーツが好きであるが、自分自身が選手時代もそうであったように、練習のプロセスと結果のどちらにもドラマ性があり、いい結果がでればこの上ない喜びとなるが、仮にいい結果が出なかったとしてもスポーツをしたことのある人は、「やったこと」に満足し、「やらなかったらよかった」と思う人はまずいないと思う。
 冒頭でも述べたが、コロナが感染しだしてからはなかなかスポーツに触れる機会がないが、こういう状況下になればなるほど、スポーツの意義をあらためて感じてしまうというのは何とも歯がゆい限りである。
 スポーツのことになるとついついのめり込んでしまうが、ここでスポーツの話題をとり上げるのも久しぶりであり、少し血が騒いでしまった。

 最後にお正月の風物詩となった箱根駅伝の話題を少しだけ・・。
昨年12月8日に ここのNo659で山梨学院と上田誠仁監督に対する私の想いを綴ったが、その山梨学院が予選会を何とか通過し、2年ぶりにお正月の本選出場できることになった。
 スポーツは人それぞれに楽しみ方があると思うが、目の前のプレーだけでなく、こういった選手や監督、そしてチームの軌跡を押さえながら観ることで より一層深い感動を与えてくれる。

来年の東京オリンピックの開催は個人的には厳しいと思うし、無理して開催することは避けなければならないと思っているが、これまた最終結論が出るまでにいろいろな駆け引きがあると思うし、この綱引きのような過程をしっかりと見ておくこともスポーツマン(一応自負している)にとっては大切なことであると思っている。

 この歳になってスポーツに惹かれる理由、それは感動することだけではなく、単純に「仕事を忘れられる時間」であるからであろう。
 これって純粋でないかもしれないけど、大事な理由ですよね。
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2020年11月01日

No704:リニアは本当に開通できるのか

 JR東海はリニア中央新幹線(東京・品川〜名古屋)の2027年開通を目指して工事を進めているが、ここへきてその予定に暗雲が垂れ込めだしてきている。
 というのもみなさんもマスコミの報道で耳にされていることかと思うが、静岡県内の工事区間での水(水系)問題の浮上である。
 これは静岡県北部の南アルプスを貫通するリニアトンネル工事によって、大井川の水量が減少し、静岡県内の地域住民の生活に大きな影響を及ぼすというものである。
 こういった自然環境への影響は工事が完了し、使用が始まると 後では元に戻れない大きな問題なので避けては通れないし、早急に結論を出したり、妥協する問題ではないことはよくわかる。

 この水問題の重要性は十分認識した上で、鉄道マニアである私としては不謹慎を承知で、鉄道網と利便性、それに鉄道による地域経済へ及ぼす影響という、今 問題となっている自然環境と違う論点から、このリニア問題を捉えてみたい。
 まず、この東京・名古屋間全行程285qのうち静岡県は8.9qしか通らない、というか、かすらないというルートである点と、リニアの予定駅は東京・名古屋の間では神奈川県、山梨県、岐阜県に駅が設置され、通過県では唯一 静岡県には駅ができる予定がないということである。
 つまり、静岡県にとっては何らメリットがないというか、トンネルだけが通って、恩恵を受けるものは何一つないというのが現段階での話であり、川勝知事の本心のように受けとることもできる。
 ただ、計画といっても今後検討していくものではなく、既に工事も始まっているので決定事項であり、これが最終的なリニアと静岡県の関わりの終着点である。
 大井川の水問題が重要であることはあらためて認識した上ではあるが、本当に静岡県はいろいろな意味において置き去りにされていると言ってもいいような状況がいくつも見てとれる。特に鉄道を含む交通に関しては。
 実は私は小さい頃から静岡県がお気に入りの県で、一定の都会的な要素もあり、かつ、自然も豊かで、富士山、浜名湖、静岡の日本平、熱海温泉など観光地も多く、旅行でも何度も訪れたことのある所である。
 それになんといっても雪国育ちの私にとっては温暖な気候は憧れであり、小さい頃は近畿の和歌山とともに一度住んでみたいと思っていた県でもある。
 ただ、鉄道という観点から捉えると東海道新幹線が通過する県としては一番長い距離を走っているし、駅も17駅のうち6駅も占めているのに“のぞみ”の停まらない県でもある。新幹線に乗って東京に行くのも、新大阪に行くのも“ひかり”か“こだま”に乗らないといけない。
 また、飛行機の方に目を向けても静岡空港が2010年に開港したが、私の周りには静岡空港を利用したことのある人は一人もいない。
 こういったことからも静岡県は東京と名古屋・大阪に挟まれていながらも交通網 不遇の県といってもおかしくないような、冷遇扱いをされている県であることには間違いない。
 静岡県 あるいは 川勝知事にとっては冒頭の水問題が重要課題であるが、心のどこかにこのような交通冷遇県の扱いを受けてきたことへの仕打ちをここぞとばかり、反抗という形で打って出てきているという見方も一部のマスコミでは取り上げられている。

 いずれにしても9兆円という規模のとてつもなく大きなプロジェクトで、ここまでもかなりの多額の資金がつぎ込まれていると思うので、計画の途中挫折(中断)はあっては困るし今度どうなるか注視していきたいものである。
*前回(No703)の数字の捉え方をすると 9兆円=1,000億円×90 ということになる。

 余談であるがこのリニアの名古屋・新大阪間のルートでは京都市は通らず京田辺市の松井山手周辺に駅の設置が予定されているらしいし、北陸新幹線 敦賀・大阪間も今の京都駅付近は通らないという計画もあるが、その時、京都市や京都府がどのような対応に出るのかも見ておきたいものである。
 ただ、リニアの名古屋・新大阪間は2037年、北陸新幹線の敦賀・大阪間は2046年の開通予定とのことなので、果たしてその時、この世にいるのか? はたまた、乗れる体なのか そんなことを考えながら今日の話をおしまいにします。
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2020年10月25日

No703:数字は口ほどにものを言う

 先日、ANA(全日空)の次期決算予測が 5,000億円の赤字と発表された。
 5,000億円という数字が大きすぎて、この数字の中身までは真剣に考えることもできないが、この“億”という単位は、その上の単位である“兆”よりもなぜか大きく感じてしまうことがある。
 というのも日々の生活の中で兆なんていう単位を使うこともないし、我々が扱う決算書においても兆のつく決算書なんてもちろん見たこともない。
 それが億となると、5億円の売上とか、2億円の土地を買ったとか、そう多くはないにしても仕事の中で億という単位は比較的 目にする機会がある。
 変な例えであるが8,000億円が2つあるのと1兆6,000億円とではどちらが大きく感じてしまうのか? 人によってさまざまであろうが私はこれも8,000億 2つのほうが大きく感じてしまう。これも自分の中で扱う一番大きな単位が億だからであろうか。

 私のように毎日 数字を扱う仕事をしているとこういった金銭感覚というかその金額がその人にとって果たして多額なのか、それともそうでないのか見極めないといけないなと思うことが度々ある。
 例えば、500万円の社屋改修工事といえばかなりの金額という感じがするし、決して無駄にしてはいけない金額であるが、この改修工事によってどれだけの売上増や利益増につながるのかを見極めて資金投下をする必要があるということである。
 もう少し具体的にいうと3億円の売上のある事業がこの改修工事によって客足が伸び、3%の売上増になるとすれば900万円売上がアップするが、これが5,000万円の売上の事業なら150万円の売上増にとどまる。
 消費税に目を向けると、導入当初の3%から5%、8%、そして10%と段階的に引き上げられたが、先日 建築費1億円の工事明細を見る機会があり、消費税額の欄に目をやると当然のことながら その欄は1,000万円と表示されており、あらためて消費税の重さを目の当たりにした。これが、もし本体1,000万円で消費税率が3%であったなら30万円であり、上の1,000万円ほどの重税感はないであろう。

 今日の話で私は何が言いたいのであろうかとちょっと立ち止まって考えてみると、時と場合、つまり自分が今 置かれている状況によってお金の単位や大小をしっかり把握することが大事で、特に経営者であれば一つのことだけに一喜一憂せずに、最後で得するには、最終的に儲かるにはという観点でお金の使い方を考えないといけないということである。
 変な話、コンビニで弁当を買う時はその人の財布の中身によって100円にこだわる人もいれば、10円でも安いものを探す人もいるだろう。
 そういう意味ではケチる(倹約する)時と、多少無理してでも気前よく出す時をうまく使い分けられることも事業の発展と無関係でないような気もする。こんなことを言っているが我々の本業である税務や会計においては当然のことながら1円でも数字が合わないと終わることができないし、そこには妥協はあり得ないことである。

 最後に金銭感覚に関するつまらない話をもう一つ。
 「大体」とか「ざっくり」という言葉の使い方は非常に難しいなと思うことがある。
 どういうことかというと、円単位というか細かな数字まできちんと押さえておきたい人に対して、「ざっくり〇百万円」というように「ざっくり」を連発すると、「こいついつも大体で話をする奴だな」と思われるし、逆に細かな数字よりも大枠を知りたい人や場面で円単位まできちんと、「〇円になると思います。まだはっきりしたことは言えませんが・・。」なんていうと、「大体の数字でええし、大枠を教えてな」と言われることもある。
 最初のANAの話もそうであるが、数字の意味や本質をしっかりと捉え、数字の持つ意味や大小を理解することが、数字を扱うものにとっては一番大切なことであろう。
 それにしても5000億円を365で割ると一日当たり13億円、半年で割ると27億円というとこれまたとてつもない数字であることが、こんな割り算であぶり出されてしまう。
  数字は捉え方によって意味合いも変わってくるのだなとつくづく思った数字、そしてお金に関する話でした。

posted by ヒロイ at 23:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月18日

No702:相続の仕事から学ぶこと

 税理士という仕事をしていると個人事業主 や企業経営者と接することが多いし、我が事務所の場合、開業医の顧問先が多いので医師(院長)と会う機会も他の人よりも必然的に多くなる。
 タイトルにあるような相続の仕事と言えば、一般的には資産家を相手にした仕事というイメージを抱かれる方が多いと思うが、最近の相続の相談は親から土地や資産を引き継いだ いわゆる一般の方からの相談もかなり増えてきている。
 高額な資産をお持ちであった方が亡くなった場合の相続税の申告のお手伝いをすることもあるが、上に掲げるような方、つまり一般の方々が相談にお越しになることもある。
 ただ一般の方と言っても 資産総額〇億円というような資産家と呼ばれる部類に入る方ではないが、一定以上の資産はお持ちであり、その分け方に関することと、「うちの場合、相続税ってかかるの?」というのがおもな相談である。

 会社経営者や医院の院長ではなく、当事務所の顧問先企業の経理担当者であったり、あるクリニックの開業をいっしょに支援していた薬品会社の方であったり、あるいは 知人からの紹介であったりときっかけはさまざまである。こういった方の多くはサラリーマン、あるいは元サラリーマン(現在は年金生活者)である。
 先週も勤務先を定年退職された方で、実家に一人住まいであったその方のお母様が亡くなられ、その不動産と幾ばくかの預金を兄弟間でどのように分けたらいいのかという相談があった。
 また、一昨日の70歳の方(男性)からの相談は、重い持病のある奥様が実家から引き継いだ財産をどのように子供たちに引き継ぐのがベストか? などという内容であった。
 もちろん税理士という仕事をしているので、相続税が抑えられる節税手法を駆使し、いわゆる相続税対策を練り、実行することが重要なことは分かっているが、その前段階で財産をどのように分けるのかを悩んでいる方が思いのほか多いことに気付かされる。
 これは旧民法下における家督相続や家父長制度の場合には、財産の引き継ぎ先のはほとんど長男や跡取りということで決まっていたが、これからの時代というか、現在の社会において、こういった財産の行き先(引き継ぎ先)はそれぞれの家族や親子関係により、いくつものパターンが考えられる。
 長男は家業を継がずに遠くに住んでいるが嫁に行った(姓が変わった)娘とは同居しているとか、子供たちが決して仲が悪いわけではないが経済的な格差がある場合とか、また 今70代以上の方の場合には比較的少ないが、それより若い層(60代以下?)には離婚した後 再婚され、前妻の間にも現在の奥様の間にもそれぞれ子供がいらしゃる場合等、家族を取り巻く状況はさまざまであり、そういったことが相続の話をまとまりにくくしている要因のひとつにもなっている。
 ここでは申し上げられないが、今までにはなかった家族関係や財産の引き継ぎの方法といった、「えっ?」と思うような相続をいくつも目の当たりにしてきた。

 では、こんな時にどうするのか?
 私は答えを持ち合わせているわけでないが、この長寿時代にいつまで生きて、将来 誰と暮らし、誰の世話にならないといけないのかが以前のようには予測ができない世の中になってきているので、相続での財産の行き先を早くから決め過ぎないことであろう。
 実はある資産家の方は、相続対策で子や孫に数年にわたって多額の生前贈与されていたが、90歳になってもご存命で、今はご自身の財産は心細いくらいのものになってしまっている。
 この方のお子さんたちはよくできた方なので、以前 引き継がれた資金で親の介護や施設の費用を賄っておられるが、もし、子供たちが財産を使い切っていたらご本人の老後はお先真っ暗であったであろう。たとえ、過去において大資産家であった方であっても。

 目の前で起こっている例を綴ったので、話としてはまとまらなくなってしまったが、要は自分自身にどんな老後が待ち受けているのかを考えることが何よりの相続対策になるであろう。
 ただ、不幸にも50代、60代で亡くなられる方もあるので、人生って本当に先の読めない物語のようなものだなと思うこともある。
 こんなことを考えていると私自身もなんだか気が重くなってきたが、この仕事をしていてよかったなと思うことは、一般の人以上にいろいろな事例に出会う機会があるということであろう。
「これしかだめ」なんて 答えが一つに絞られるわけではないので、いろいろな話を聞き、よりよい方法を模索していくことこそ、我々の年代(50歳を超えた人)が取り組むべきテーマであろう。
 まず、現実から逃げない、逆に言えば空想の世界に入って期待しすぎない、これが一番の相続対策であることをみなさまにお伝えして 今日の話はおしまいといます。
posted by ヒロイ at 23:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月11日

No701:共通の趣味を持たない夫婦

 ご結婚されている方で夫婦それぞれの趣味が共通な方とそうでない方、当然のことながら両方あろうかと思う。
 私の周りにもいくつになっても仲のいい夫婦(ごくわずか?)もいれば、ひびが入って夫婦の話はご法度の方も何人かいらっしゃるが、今日はこんなテーマで久しぶりに夫婦のことを論じることにする。

 「興味があることが一致していて」とか、「老後、同じ趣味を持っていつまでも仲良く」なんて 夫婦のあり方を考える時、よく語られるテーマであるが、若い頃 共通の趣味を通じて付き合ったり、結婚された方なら、よほど“趣味変更”なんていうことでもなければ、二人揃ってずっと同じ趣味を持ち続けていらっしゃるであろう。
 私のところはというと、全くと言っていいほど、双方興味のあるものが違うという夫婦である。
 でも、これって揉めずに夫婦が続けられたらどっちでもいいようなことなのだろう。

 私はどちらかいうとアウトドア派で、旅行で見知らぬ土地を訪ねることやスポーツを生で見て、そして感動の余韻に浸りながら帰路につく、こんなことをしている時が一番楽しいし、仕事のことを忘れるだけでなく、時間そのものを忘れられるひと時でもある。
 ただ、今年はアウトドア派にとっては動くこと自体がしづらい、このようなご時世なのでほとんど行動に移せていない。
 一方、カミさんは花いじりとか美術館巡り、それに音楽鑑賞が好きで、どちらかというと、“静”、“動”の私とは対照的であるが、カミさんも美術と音楽の方はここ1、2年はどこかに足を延ばした形跡はない。また、花いじりと言ってもガーデニングと言われるような大それたことではなく、坪庭のような狭いところで気に入った花を育てることがたまらなく好きなようである。
 ホームセンターで植木鉢や土を買ってきて、その入れ替えをしている時の様子は、それはそれは、どんな時よりも生き生きして、機嫌もすこぶるいい。

 我が家の夫婦の様子を述べるつもりなど毛頭なかったのだが、気が付いてみるとつまらぬことをつらつらと書き綴ってしまっていた。
 話を少しだけ戻すが、別の趣味を持つことは、それぞれが自分の世界に入って没頭している時には誰からも邪魔をされないし、自分のペースで物事を進めることができるので、この“別々”って案外いいことのように思うし、もめない秘訣でもある。
 子供のいる家庭、しかも小さなお子様のいる家庭では、子育てのことや子供の行事のことなどの共通の話題があったり、行動を共にするきっかけにもなるが、子供が大きくなるとこういったこともなくなるので、夫婦は一定の距離を置いてお互い好きなことをするというのが一番心地のよいことである。
 なんで急にこんなことを思ったのかというと、娘夫婦は共働きでお互い週休2日であるが、日曜日だけは共通の休日で、あとの一日はお互い違う曜日なので、週に一日はそれぞれが自由に使えるな日になっているようである。
 まだ子供のいない夫婦は、こういった形の別々の曜日の休日がお互いにとって大事な日なのだろう。

 仕事、結婚、教育を含む子育て、介護、老後 どれをとっても時代とともに変化していくものであるが、今回のコロナはこういった時代の流れを1年もしない期間で、2、3年分くらい 次のステージまで持っていった感がある。
 今までの常識は通用しないことがたくさん出てきているし、頭の切り替えが必要な時代に入っていっていることを早く自覚できる者とそうでない者の差が随所に出てくるのだろう。夫婦のあり方にしても今や見本なんて存在せず、100組あれば、100パターンの形があるのだろう。

 最後にコロナの感染リスクはあるのは分かっているが、ひとまず 今出川通に少しずつ大学生が戻ってきているのを見てホッとしている。
 秋から対面授業という変則的なスケジュールの中で、先日、今になって引越してくる大学生らしき姿を見かけたが、これも異例の光景のひとつであり、何もかもが初めてづくし という世の中となっている。
posted by ヒロイ at 18:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月04日

No700:誰かがどこかで守っていてくれる

 今回は一応 700回の節目なので、少しくらいは感慨にでもふけり、軌跡をたどるようなこともしたかったのだか、今日は日曜日であるにも関わらず いつになく慌ただしくバタバタしていたので、そんな過去を思い起こすような時間もほとんどないまま一日が終わってしまった。

 午前中は相続税の申告に関する相談があり、7月に80代後半でお亡くなりになった方(元女医)のご自宅を訪問した。
 1ヶ月程前に相続税申告業務の正式依頼と同時に、申告までのスケジュールや今後の対応について説明してほしいとの連絡があり、納骨のため3人の子供さんが集まられる今日をその打ち合わせ日として指定されていた。3人のうち1人は東京から日帰りで駆けつけられ、法要前の1時間という限られた時間ではあったが、相続人全員が揃う貴重な機会を与えていただき、今後の業務について説明をすることができた。

 午後は京都の顧問先が同業の大阪の事業所を引き受ける形で大阪に進出することになり、その最終打ち合わせのため 関係者が日曜日を利用して一堂に会することになった。こちらも大阪の会社の顧問税理士が東京から出向いてこられることも含め、代替の日の調整がつかず本日の打ち合わせとなった。
 自分でも仕事は嫌いな方ではないとは思うのだが、さすがに休日のダブルヘッダーは体に応えた。しかし、どちらも今日を逃すと次の面談の機会がかなり先になりそうなのと、どちらも重要な案件であったので日が重なったことはやむを得なかったと思っている。

 昨日(土)は天候に恵まれていたので、愛犬ぽぽたんと久しぶりに加茂川に出て散歩し、自分でもいつになくリフレッシュできるいい時間を過ごすことができていたので、今日一日は気持ちの上ではまだ昨日の癒された気分が残っており、案外苦にならずに過ごすことができた。
 結構いい歳なのに こうして元気でいられるのは誰のお陰? なんて ふとたわいもないことを考えてしまったが、これは私のこの体を生み、育てくれた父母によるところが大きいなとあらためて思った。
 私が毎月訪問している与謝野町(京都府北部)の顧問先から200mのところに今や空き家となった私の実家があり、また、そこから車で10分ほどのところの介護施設に現在88歳となった母が入所している。   
 先日、近くを通った時、決して時間的に余裕があったわけではなかったが、お盆の墓参りもできていなかったので一人で実家に立ち寄り、誰もいない仏壇の前で手を合わせてきた。父の位牌と遺影だけでなく、祖先のものがいくつも並べられているので、薄暗い家の中は日中であるにも関わらずなんだか気味が悪く、さすがの私も足早に出てきたものの家の中にいた4、5分の間に「チンチン」と仏壇の前に置かれている鐘を鳴らし、「がんばるけど、困った時は助けてな。それと家族はもちろんのこと、私の周りにいる全ての人が健康でいられるように見守っていてや。頼むで。」と呟きながら手を合わせた。
 そういえば、神社やお寺にお参りした時は、子供の受験の時以外はほとんど、「みんなが元気でいられますように」とだけ言って手を合わせているなとあらためて思った・・・。
 その後、帰る途中に母が入所している施設にも立ち寄ったが、このご時世なので母に近づくことはできず、遠目で手を振る程度であった。母は認知症が進んでいるので、息子の私(増生)が来ていることはわからなかったであろうが、誰かが自分に手を振っていることには気付いたみたいで ニコッとしながら頷いていた。
「これで十分」なんて、勝手に自己満足して、面談時間が厳しく制限されている施設を後にした。

 700回の話がこんな方向へと進んでいったのは、今日午前中に訪れた先の被相続人であるお母様が母と同い年であったことも頭の片隅に残っていたからであろうか。
 実は13年前に事務所を開設し、このブログを始めたときには父はまだ生きていたが、パソコンを使うことができなかったので私が実家を訪れる時にこのブログをまとめて出力し渡していた。
 父は喉頭がんで声を失ってから私との会話も思うようにできなかったこともあってか、余計に私の文章を楽しみにしていてくれたようだ。
 父が亡くなった後、生前に寝ていたベッドの近くから「増生の日記」と書いたファイルが残っていて、分量が多くてパンパンになるくらい私が渡したものを挟み込んでいたのを目にして、胸が熱くなったのを覚えている。父が7年前に亡くなった時、このブログの読者が一人減り寂しくなったなと考えたことも思い出した。
 実は、母もこのブログに関しては思い出がある。最初の頃は父に代わってよく感想を口にしていたし、父の亡くなった後、母に父と同じように出力したものを渡していた。しかし、今から5、6年前に施設に入所する少し前からは、このブログについての感想を何も言わなくなり、実家ではいつも前回置いた所にそのまま置いてあるようになっていた。後から思うと、この頃 既に認知も進み、読む気力さえなくなっていたのであろう。

 700回を迎え、特段何か変わったことが起こるわけでもないが、身近で私の開業を応援していてくれた2人の読者が途中からいなくなったことにあらためて気付かされた。

 こんな2人の支えも過去にはあったからこそ、ここまで続けられているのかもしれない。
 日常の生活に追われていて なかなか親のことなど考える機会も少なくなってきていたが、今日の700回は親を思い起こすいい機会になり、よかったなと思っている。
 こうして思うと、親はどんな状態になっても自分にとっては大きな支えであり、いつも見守っていてくれているような気がする。
 これって普段相談できるわけでもないが、結構力強い何かを感じてしまう。
 親っていくつになっても、たとえ亡くなっていても本当にありがたい存在であり、歳に関係なく、感謝し続けたいものである。
 
 今日はいつも以上に長文になってしまったが、一応 記念号ということでお許しいただきお終いとします。
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2020年09月27日

No699:何事も拡大より縮小の方がずっと難しい

 コロナ前までのここ数年のインバウンド(外国人観光客)の増加の勢いはすごいもので政府の思惑どおりに事が進んでいた。
 初めて1,000万人を超えたのが2013年であるが、その後、2018年には3,000万人、2019年は3180万人という数字になり、イケイケの日本政府は2020年には4,000万人、2030年には6,000万人というすごい目標も掲げていた。
 外国人を呼び込むため空港だけでなく、大型客船が接岸できるように港湾の整備、そして民間ではホテルをはじめとするサービス業の異常なまでの急拡大、それはそれは凄まじいものであった。
 京都市内でも地下鉄や市バスの車内も百貨店もドラッグストアもそして京料理のお店から抹茶アイスの店までもが外国人でごった返していた。
 それが今や外国人の姿を見るのも1週間に1組か2組(どこから来たのか?)。先日の4連休も京都は賑わってはいたものの 見かけるのは日本人ばかりで、わずか半年でまるで別の所ではと錯覚してしまいそうなほど街の様子もガラッと変わってしまった。

 さあ、ここまで広げた観光ビジネス、いや観光だけでなくすべての分野のビジネスやマーケットを現状に合わすのにはどれだけ縮小しないといけないのか、ここ数年、拡大するだけに躍起になっていた多くの日本企業や日本人にとって、縮小し、今の身の丈に合った形に戻すのは至難の業であろう。借金をして事業を急拡大したところも多いので、ここからの方向転換は果たしてでき得るのか 見ていて不安だけでなく痛々しささえ感じることもある。
 これは民間だけではなく自治体、特に都市圏の自治体にとっては、「○○プロジェクト」と称してあちこちで開発ののろしが挙げられているが、果たしてこのまま突っ走るのか、あるいは縮小も含めて方向転換するのか難しい判断を迫られるところもでてくるであろう。
 先日、確かJRが終電の時間を早めることを発表していたが、これも「24時間動いている街を目指そう」なんて言われれていたことからすると、逆方向の取り組みである。
 景気の拡大期や事業の発展期には次から次へ新しい計画を打ち出し、それに必要な資金も金融機関から容易に調達でき あまり苦労もなく進められてきたが、今のこういった停滞期になると、立ち止まったり、場合によっては撤退(後退)していかないといけないが、こういったことの方がイケイケガンガンで物事を進めるよりもずっと難しいであろう。
 店舗の閉鎖に始まり、最後の最後には人員整理まで、少しきつい言い方かもしれないが、人を切るのか、自社が潰れるのかという そんな状況が迫り来る企業も今後でてくるであろう。
 今回のコロナ禍では、ここ数年あまり経験することのなかった 事業を縮小するということの難しさを身に染みて感じている経営者も多いと思う。
 ただ この“縮小”という事象だけ捉えるとただ単に後ろ向きのようなことにしか見ないが、この縮小や事業の見直しにも経営者のセンスや能力が問われるのは当然のことである。

 若い世代の人には分からだろうが、我々が幼少期の頃 流行った「365歩のマーチ」という歌の中に「3歩進んで2歩下がる」という歌詞があったが、日本はここ数年、この「2歩下がる」ことを忘れていて、「3歩進んで、(また)2歩進む」ということを続けてきたというのが実情であろう。
 この歌詞のように敢えて「2歩下がる」ことができ得るのは、ある意味、健全で強固な財務体質を持つ企業ならではのことであろうし、こういう企業こそが2年後、3年後、そしてその後も残っていくんだろうなと考えてしまう。
 
 離婚した人や離婚しようとしていた人から、「離婚は結婚より難しい」という話を聞いたことがある。
 前に向かって進むときは簡単で楽しいけど、立ち止まったり後退するときは人生でも同じなのかなと つい妙なこととだぶらせて考えてしまった。
 これからは押すだけでなく引くことも経営能力の一つであることを肝に命じながら、顧問先の方々といっしょになってアフターコロナに取り組んでいく必要があると考えている。
 ということで、税理士事務所が行う経営指導も今まで以上に難しくなるなと感じている今日この頃である。
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2020年09月22日

No698:“対コロナ”のキーワードは、「過去を捨てる」、「前例にとらわれない」

 まず最初にお断りです。今日は少し長いですよ。

 私が前の勤務先を退職し、事務所を立ち上げたのが2007年9月21日なので、一昨日で13年を終え、21日からは14年目に入ったことになる。
 私はこの場でも自分の〇周年ということをことあるごとに掲げているので、「節目の好きな廣井さん」となんて思っている方もいるでしょう。
 この毎年必ず訪れる節目は本人以外はどおってことはないでしょうし、私自身も関係している会社や医療機関が〇周年目であろうと正直 「ああ、そうですか」というくらいのものである。
 ただ、私にとっては毎年パーティーをするわけではないが、この節目はまあまあ気にかけている節目の一つである。
 家族の誕生日も何とか忘れずにはいるが、私から何かをするわけでもないし、結婚記念日に至っては何かをした記憶はないというのが実情である。
 また自分の誕生日も祝ってもらったこともないし、声もかけてもらうこともほとんどないので、手帳やカレンダーを見て、「あっ、今日か」とか「そういえば昨日だった」なんて言うことも何度もあるが、50代半ばを過ぎると一応 自分の年齢を自覚しないと、ついつい歳を忘れた恥ずかしい行動をとったり、周りの人に迷惑をかけることがあってはならないので たとえ気付くのが遅れても自覚しておく必要はあるなと感じている。

 休日の最終日に少し真面目な話になるが、事業の立ち上げから現在に至るまでの道のりを1年に1回くらいは振り返えらないと 自分にとって都合のいい方へ、何とか楽する、悪く言えば手抜きする方向へ自分自身を導きがちになる。また、何年か経つと当初の緊張感も段々なくなり、顧問先の方や事務所の従業員からそっぽを向かれたりしていないのか、つまり“裸の王様”になってはいないのかと少し心配になるときもある。
 それと年齢が上がってくると人から注意や忠告を受けることもだんだん減ってくるので、ちょっとくらい立ち止まって振り返る日として、年に一回のこの節目の日は、自分にとっては意味のある日である。

 今年は開業以来というか、私が生まれてから最も世界中が激動した年と言っても過言ではないであろう。これはもちろん新型コロナウイルス感染症の影響によるものであるのは誰しも知るところである。
 少し横道に逸れるが、元アスリートの私にとってはインターハイ、国体、そして春、夏の甲子園が開催されなかったことはもちろん人生で初めてのことであるし、スポーツにあまり興味のない方にとっては関心の順位はそれほど高くないかとは思うが、実は私の中では今年の出来事ランキングのかなり上位になるものばかりである。

 話をもう一度元に戻しますが、
 13年前、私が開業した時、一番に目指したのは人の辞めない税理士事務所であった。
 今の時代、転職なんて当たり前かもしれないし、今 勤めている職場に大きな不満がなくともさらに上、あるいは違う方向を目指したい人は当然のことながら次の職場を探すであろう。
 こういったステップアップしたい人は引き留めようがないかもしれないが、もし 何かの不満があって辞めようという人がいれば、その不満の原因を追求することだけは欠かしてはならないし、少し大げさに言えばそれが経営者の責務であろう。
 顧問先の経営者の方から、「やめたいもんは放っとかんとしゃあないで」という言葉を聞くこともあるが、こんな時、「雇われる側だけでなく雇う側にも何かしら原因があるんと違うの」とか「現実から逃げてない?」(これは口にはしませんよ)と思う時もある。
 大企業ならともかく、中小企業の場合、成長と安定のカギはやっぱり“人”であろう。
 このことは 実は経営者の健康状態にも影響を及ぼしていなと思えることもある。人が安定している会社の経営者はいつも健康そうだし、逆に退職者が多く、常に人の募集をしている会社の経営者は体調も今一つで、気持ちの乗りもこちらに伝わってこないことが多い。

 〇周年の話から、経営や人の話にまで飛んでしまったが、これからはこういったこと以外に、コロナの影響をどれだけ食い止められるかということも各経営者の悩みどころであり、腕の見せ所であろう。この全く先の読めない、また経験したことのない状況下での“対コロナ”のキーワードは、「過去を捨てる」、「前例にとらわれない」 ということに行く着くであろう。
 このようなことは、私のような50代以上の人間が一番苦手なことで、口では言ってもなかなか行動に移せないのも事実であろうが、この一年は、「昔は」、「以前は」、「去年は」という言葉をどれだけ口にせずにいられるかが、ある意味 今後を占う意味でも大事なことである。
 そりゃ、前例が通用しない世の中に変わりつつあるのだから・・・。

 今回は日曜日の更新を少しサボって、この連休最終日になってしまいました。
 では、みなさん 明日からまたがんばりましょう。
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2020年09月13日

No697:結婚式も葬式も 何もかもがなくなっていく

 自宅近くの地下鉄松ケ崎駅周辺から北山駅にかけて教会と一体となった結婚式場がいくつも並んでいて、一応 “北山ウェディングストリート” と呼ばれ休日になると駅周辺は結婚式に招かれた多くの若者や親族の方々で賑わうのが通例であった。特に春、6月、秋の休日はそれはもう結構華やかなものであり、近所に居ながらにして関係のない者までも結構ウキウキさせてくれていた。それがこのコロナが身近な所まで迫って来てからは そういった光景はほとんど見られなくなってしまった。
 知り合いのお嬢さんも春の結婚式を秋に延期されたらしいが、果たして秋にできるのかどうか? 3月の初めにこの近くの式場に人が集まっていると 「大丈夫かこんな時期に大勢集まって?」と思いながら眺めていたし、つい先日は10数名の人が式場から出てこられるのを目にし、「これ以上 延ばせないし、身近な親族だけで何とか済まされたのかな?」 なんて考えながら荷物を抱えてタクシーに乗り込む人を眺めていた。
 着飾った多くの人が集う華やかな光景は半年近く見ていないが、今朝 散歩していると家から一番近いパーティー会場であったレストラン(ビルの1F部分)の撤退工事が完了したかのような状態で今までウェディングドレスが中に見えていたウィンドガラスはなくなり、なんと板が張られていた。
 思わず、「えっ?」と目を疑いたくなるような光景であったが、こんなに長い間ほとんど何もなかったら そりゃ結婚式場も持たんわな と妙に納得してしまわざるを得ないこの半年のブライダル事情である。
 式当日の人だけでなく、これから結婚式をする予定のカップルも休日には何組も出くわし、幸せのお裾分けをもらいつつ、私とは全く関係のない二人を見て「今は結婚した人の3割以上は離婚するので、なんとか7割の方に入りや? 」と勝手に妙なエールを送ったりしていた。

 こんなつまらぬ話は別にして、とにかくイベントというイベントは総崩れで、私とて年に数回あった業界や関連団体のパーティーや研修会付の懇親会も全く開催されない状態が続いている。
 また、この間2人ほど知人やその親御さんが亡くなったが、葬式も結婚式同様、親族以外は参列できず、後になって「故人の遺志により〇月〇日 近親者のみで相い済ませました」というお知らせをいただいた。
 コロナとは関係なくとも 最近ではこういった身内だけで済ませる葬式、いわゆる家族葬も多く、これは生前には社会的にも著名であったり、あるいは会社の経営者であったりしてもこのような簡易な身内だけで済ませる葬式をよく目にするようになっていた。
 そしてこのコロナで更に拍車がかかり、もう多くの人が参列する葬式ってなくなるのではなんて思ってしまうし、街中 あちこちにある葬儀屋さんって、経営的に大丈夫なんだろうかとつい余計な心配までせざるを得ない世の中になってきた。
 結婚式は結婚式で幸せそうな新郎新婦やご家族の様子を見ることでこちらまで幸せな気分に浸ることができるし、葬式は葬式で、その亡くなった方の遺影を見ながら手を合わせると、生前の姿を思い浮かべ 感謝したり、反省したり、至らなかって点を心の中で詫びたり、葬式に参列する意味もそれなりにあるものだと常日頃から思っていた。
 ただでさえ時代的にこういった他の人の人生のイベントに巡り合う機会も徐々に少なくなってきていたが、このコロナ禍で益々 拍車がかかってきているというのが実態である。

 こういった冠婚葬祭だけでなく、音楽、演劇、そしてスポーツ等は今や鑑賞や観戦の機会さえもなくなりつつある。
 こんなことを考えていると今までのようないろいろなことが当たり前のように行われていた世の中に果たして戻るのだろうか、あるいは、これからは今のような 自粛と抑制の世の中が続いていくのだろうか? と考えていると何だか落ち込んでいってしまう。

 こういった結婚式場、葬儀屋さん、芸能・文化芸術関係、スポーツ関係の仕事をしている会社も個人はどこまで持ちこたえられるのかなと、今まで考えたこともないことを考えないといけない世の中になってしまっている。
 1、2年後には、「あの時はほんまに大変やったな」と言える日が来るのことを願いながらも全く先が見通せない日々である。
 とにかく みんなが何の心配もせず集える日が来るのを楽しみに毎日を送って行くしかない。
 そうそう あと5日仕事をすれば4連休。休みが多くて何が何だか分からなくなってるけど・・・。
posted by ヒロイ at 21:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月05日

No696:子育てにほとんど参加しなかった代わりに・・

 私には3人の子供がいるが、今から思えば子育てに関してはカミさん任せでほとんど関わることなく3人とも社会人になってしまった。
 この夏には長女も結婚し、家を出たので、今では家にはカミさんと愛犬ぽぽたんの3人での生活である。
 ここでも何度か触れたことがあったが、子育てがほぼ終わったカミさんの関心はもっぱらぽぽたんで朝の散歩から始まり、就寝までべったりである。
 私から見ていると、ぽぽたんの方からべったりなのか、カミさんの方からべったりなのか判断しづらいが、ぽぽたんは長い昼寝とカミさんが事務所にきて仕事をしているとき以外は家の中でもまるで赤ん坊のように後を付け回している。
 朝も夏の間は、私が6時半頃に自分の部屋からリビングに行くと、2人(カミさんとぽぽたん)の姿はなく、既に朝の散歩に出かけてしまっている。
 夜は夜で暑い日が続いているので散歩の時間がずれ込み、遅い日だと6時半くらいから8時過ぎまで散歩に出ており、当然 夕食の用意はその後であるし、私が8時頃に帰宅した時でも家の鍵がかかっていることもある。
 こんな愛犬とカミさんの関係であるが、私も土日で家にいる時は散歩に出かけることもあり、実は週末の楽しみの一つになっている。
 手入れが大変な犬種(ビションフリーゼ)なので基本的には水遊びはさせないようにしているが、先週の土曜日には定番の宝が池での散歩中にすぐ近くを流れている高野川のそばまで行くと 自分から川の方へ走っていき、まるで「入ってええか?」と言わんばかりに何度かこちらを振り向きながら、一目散で川につかりに行った。
 20分近く水遊びをさせた後、カミさんが家でぐちゃぐちゃになった毛の手入れをし、ご飯を食べた後は、なんと今までにないような高いびきで眠り込んでいた。
 今年最初で最後の水遊びで、体もくたくたになるくらい楽しかったのであろう。
 私からはその寝顔が何とも満足げに見え、これって小さい子供といっしょやな とあらためて思った。

 子供が小さかった勤務時代、仕事からの帰りが遅かったこともあり私が帰った時、テレビドラマのシーンであるような子供が玄関まで飛んでくるような経験は一度たりともなかったが、今度は愛犬には出迎えてもらおうと妙な期待を持っていたがそれもなかなか実現できていない。
 カミさんなんか15分程近所に買い物に行って帰ってきただけで飛び跳ねてくっついてこられているが、私の場合、部屋に入ってきても体さえも起こさない。顔をこちらに向ければまだいい方で、目だけでこちらを追っていることもあるし、時には全く無反応の時もある。
 「これって3人の子供たちといっしょやん」と思いながらも、「明日こそは振り向かせるぞ」と妙に意地になったりしている自分に気づくこともある。

 今日は愛犬との何気ない日常を綴ったが、もしカミさんと2人だけだったらもっとギスギスしていただろうし、夫婦間で何かおかしな雰囲気になっているときは、まるで「あんたらいつも言い合いばかりしてたらあかんで」と言わんばかりにじっーとこちらを見ているときがある。
 50代半ばになって初めて犬を飼ったが、近所の飼い主と話していて、ワンちゃんのことを必ず「うち犬は」ではなく、「うちの子は」と話をされるし、「家族4人で」という中にワンちゃんも入っているときもある。
 今まで年賀状の家族欄に愛犬の名前が書いてあるのを何とも不思議に眺めていたが、ここに名前を連ねたくなる飼い主の気持ちも少しではあるが分かってきた。
 いずれにしても人間の心を豊かにしてくれていることには違いない。

 今日は朝に続いて夜もいっしょに行けそうなのでそろそろ準備でもしようかな。
 では、日曜日から月曜日にかけて台風が大変らしいですが、気をつけてお過ごしください。ただ、今日の京都は真夏と変わらないような暑さでしたが・・。
posted by ヒロイ at 17:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月30日

No695:大学生がいなくなった学生の街

 今から7年前の2013年に事務所を丸太町から現在の今出川に移転した。
 どちらも地下鉄の駅から数分の所にあり、駅も一駅違いであるが、今出川に移って丸太町とは随分 街の様子が違うなと思ったのを覚えている。
 丸太町は京都府庁、京都府警それに日赤病院など多くの公的機関があり いわゆる勤め人が多かったが、今出川は駅を上がった所に同志社大学があり、まずはその学生の多さに驚いた。
 大学があるので当然といえば当然のことであるが、何十年も前から大学は同じ場所にあるのに自分が通っていた40年近く前とは別の場所のような気がして妙に新鮮に感じたものである。
 お店も学生の胃袋を満たす牛丼やラーメンの店、おしゃべりするためのカフェ、それに学生にマンションを斡旋する不動産屋など学生街ならではの街の風景がそこにはあった。2013年には法学部や経済学部などの文系学部が京田辺キャンパスから今出川キャンパスへ移転となり、学生も8,000人が移ってきたので特に不動産屋が増えたという印象がある。
 その後、溢れんばかりの外国人観光客はホテルだけでなく近く民泊の利用者も多く、ただでさえ狭い今出川通の歩道部分はキャリーバッグを引きながら外国人が学生の合間を縫って歩くという凄まじい密度の濃い一角となっていた 。
 昨年の秋まではこれにレンタサイクル軍団、特にイスラム系の人が多かったのも記憶に新しい。
 ここに今から7、8ヶ月前の今出川の光景を紹介したが、今では外国人だけでなく学生の姿もほとんど消えてしまったのが今の今出川界隈である。
 コロナの緊急事態宣言の時はほとんどの店が休業状態であったし、解除後に開いた店もあるが なお閉まったままの店もある。
事務所の近くにあり、たまに利用していた定食屋(夜は居酒屋)も店が持ちこたえられないということで9月末で閉店されるようである。

 さてこんな状況ではあるが、いよいよ9月から大学は再開 というのが春先から夏までの大学側の見解であったようだが、現時点ではWebでの授業もかなり残しながらの再開で完全な再開には程遠いような感じである。
 同志社以上に学生数の多い立命館大学では学生のアルバイト先の減少で生活苦に陥り、学生の約1割が退学を考えているというニュースを目にしたが、受験を終え、念願かなって晴れて大学生になったにもかかわらず、大学には春以降一度も行くこともできず去らないといけないなんて、むごい、かわいそうというだけでなく日本の将来にも暗雲が立ち込めるような感じもするこの事態である。
 また、4回生も仮に1年間ほとんど大学に行かずして社会に放り出されることになれば、学生たちは果たして社会人としてやっていけるのだろうかとか、大学生になったばかりの新入生は友達と接することなく5ケ月近くが過ぎているが、まだ大学での友人は一人もできていないなんていう子もいるのかもしれない。特に地方から出てきた人は大学の授業やクラブに行って初めて新しい友達ができるものなのに・・・。私もそうだったし。
 我が家にはもう学生はいないが、もし自分の子供が大学に通っていたら、通常の授業も受けさせてもらえないのに高い授業料を払う側も何ともやりきれない気持ちになってしまうだろうなと 親の方の大学に対する想いも今までとは大きき違ってくるように思う。
 このコロナに関しては、まだまだ先が見通せないし、誰のせいでもないのであたる所がないが、一日も早く日常が戻ることを願わずにはいられない。
今では、「今出川、人が多過ぎるやん。」と不満を言っていたのが懐かしいというか、まるで1年以上も前のことのように思えてくるのも、今の状況に慣れてしまっているからなのかもしれない。
こんな学生街の光景が全国のいたるところで見受けられるのであろうが、非日常=異常が日常になりつつある日本、いや全世界はどうなっていくのであろうか。
全く想像すらできない今の世の中である。
posted by ヒロイ at 11:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月23日

No694:悩まない経営者に明るい光は絶対に見えてこない

 今日も結構刺激の強いタイトルをつけてしまったが、このコロナ禍で多くの経営者が悩み苦しんでいる中、経営に対する姿勢や洞察力(今後を見据えた考え)、それに従業員に対する思いなどは平時より今のような厳しい環境の時の方がかえって経営者としての差が顕著にあらわれるように思う。

 コロナという問題で世間が騒ぎだしてから半年近くが経過していく中で、新型コロナウイルスの感染状況や世の中の動きが好転するのをじっと待っている人もいるし、今回は誰が悪いわけでもなく全世界がコロナに襲われたわけであるから、これを“運”で片付ける人もいる。
 こういった考えも決して間違ったり、歪んでいると言えるものではないが、「何とかならないものなのか」とか「何とか打てる手はないのか、少しでも可能性があれば。」と悩み抜いたうえでいろいろな対応を模索されている経営者もいる。
 最終的に解決に至らなくともこの“悩む”ことが非常に大事で、こんな時 “悩む”ことも経営者としての義務のひとつであろうし、それは決して無駄にはならず、悩んだ分だけ必ず何らかの形で報われるというか、悩んだ分だけ物事が前に進んでいっているように思う。
 この悩んだ人とそうでない人というのは、その差は1年も経てばこれまでの1年以上に大きな差になってくるであろうし、悩みなくして成長なんてあり得ない。
 こういう難しい局面では経営者は次の3つのことに注力することが、難局から這い上がれるポイントのように思う。

@専門的な技術を高めること
・商品のレベルアップ、医療技術の向上、料理の腕前等、自分属する分野の本道にもう一度磨きをかける。最終的には自分が誰よりも優先して選んでもらえるくらい。

A労務管理がきちんとできている
・従業員の協力なくしては何も成し遂げられないと思う。不満や不安がある従業員の意見も顔を背けずに真正面から向き合う。どんな重い話でも逃げては何の解決にもならない。

B事業に関連するあらゆることに関心を持つこと。
・これは好き嫌いを超えてまさにすべてのことに対して、面倒くさがらずにあらゆる情報に目を通し、吸収することである。この中に一つでも二つでも自分の経営に役に立つ話が潜んでいるはずである。

 一人の経営者が@ABの全て成し得るのはなかなか難しいが、できるかどうかということよりもこういったことから逃げない姿勢が大事であるということである。
 中にはこんながっかりするような発言をする経営者もいるので、自分自身の反省も含め掲げておくと(これを読んで気を悪くしている方もいるでしょう、私が実際に耳にした言葉ですから。もし気を悪くされた方がいらしたらお許しください。ごめんなさい)。

・「どうせうちなんかこんなもんでこれ以上伸びないよ。」
・「今の状況は何したっていっしょやし、動くだけ無駄だと思う。」
・「従業員なんていずれ辞めるんやし、必死に守っても仕方ない。」
・「しんどいのは経営者だけや。雇われている身は気楽でええな」

 物事をこのように決めつけてしまえば、開けられる道も開くはずがないが、本来 経営者は従業員が1人でも10人でも100人でもそして1万人であっても常に光のある方へ向かって模索することが求められている。

 経営者自身が自分の非や実力不足を感じたら、こんな時こそ それを素直に認め、次への道を見つけ、絶対に現実逃避をせずに向かっていくことが必要である。
 今、悩んでいない経営者なんてどこを探してもいないはず。悩まない人間には絶対に光は差しませんから。
 最後に経営者は絶対に人のせいにしてはならない。これはすべてにおける鉄則です。
 
 重い話ですが、これくらい真剣に考えないと目の前の難局はそう簡単に乗り越えられないと思います。
 もう一度言います、どんなことも絶対に避けてはなりません。
posted by ヒロイ at 23:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月16日

No693:私は受け入れられない この2つのこと

 7月下旬に吉村大阪府知事が、新型コロナウイルスが再び拡大しているので、5人以上での宴会や飲み会を控えるよう大阪府民へ要請した。
 それに前後して何でも二番煎じで自主性のない、いや各方面と協議を重ねた上で慎重に物事を進める京都府でも飲み会は2時間以内という時間の制限を設けたし、他の自治体でも騒がずに静かに食事をするよう求めるところがでてきた。
 今のご時世 仕方のない措置であるが、こういった制限を受けてまで食事やお酒を飲みに行かなければならないのかそこの辺りが私にはどうも理解できない。
 それと最近“オンライン(Web)飲み会”というのを耳にするのでどんなものかを確認してみると、自分のパソコンやスマホを通して遠く離れた友人たちと飲食や飲酒を楽しむことらしいが、正直何それ?と思えてくる。
 オンラインを使ってのWeb会議なら必要なことを電話よりもう少し臨場感をもって進められるというメリットは感じられるし、今では結婚式や葬式でもこういった形のものが出回りつつあるらしいが、これらは遠く離れていてもカメラの向こうの式典がLIVE(生)で見ることができるので、考え方によってはその中に入り込むというか遠目で眺めることはできるので、決して無意味なものではないように思う。
 また、最近では三密を避けるという観点から従業員の採用面接がWeb上で行われるケースもあるらしいが、これも移動や面談でのリスクを避けるという点ではやむを得ないような気もする。
 ただ、さすが飲み会は???と ?が3つ、?????と?が5つもいてしまうくらい頭に中でイメージができないし、本当に楽しいのかなと思ってしまう。
 先日、学生時代のクラブ仲間が大阪に集まり、当日大阪に行けない者(私もこの中の一人)はWebで参加という話がきていたが、私は全く気がのらなかったので「Webでの参加もできない」と事前に幹事に連絡しておいた。なんでわざわざ京都の自宅から大阪梅田の飲み会にパソコン上で参加しないといけないのか 訳が分からんしそんな無駄な時間を費やす気にもなれなかった(幹事さんごめんなさい)。気心の知れた仲間との飲み会というのは目の前の者とつまらぬ話も交えながらワイワイガヤガヤとすることに参加した意味があるようにも思うのだが・・「こいつ髪の毛薄くなったな」と意味のないことも考えながら・・。 みなさんこういった私の考えって古いでしょうか?
 こんな考えだから、最近は夜になるとゆっくりと一人で飲む酒にはまってしまっていて、ついつい規定以上に酒量が増え、飲んでいる延長線上でそのままベッドに入り、いつ寝たかもわからないという日が週のうち何日かある。ただ、これって酒飲みにとっては究極に贅沢な酒の飲み方なのかもしれまいが、体にはよくないのでしょうかね。

 話は全然変わるが、あともう一つ不思議というか、何これって? と思うことがある。
 同業者(税理士)が新聞や雑誌などの広告に登場したり、インタビュー受けた後、掲載用写真のポーズが腕を組んで仁王立ちしているのが目立つことである。特に若い税理士に。 
 「資産税に強い税理士〇〇〇〇」とか、「税務調査に強く安心できる税理士」とかという見出しで税理士を紹介していて、写真の多くがなぜか腕を組んだものであるが、これってわざわざ腕を組まないといけないのか といつも疑問に思うし、中にはこの税理士って本当に実績があってすごい奴(丁寧にいうとここは「人」というべきか)なんだろうかと真の実力をついつい疑ってしまう。
 というのも私の知っている尊敬できる数名の税理士は誰もがその人のことを実力があると認めているが、何かの機会に雑誌に紹介されるときは腕や手はごく自然に体の横に沿わしているだけである。
 こういった優れた税理士の格好(ポーズ)を見ているので、腕を組む税理士っていったいなんぼのもんなんと思ってしまう。中には本当に実力のある人もいるのですべてを否定しているわけではないですよ。
 ちなみに腕を組む人というのは一般的に威圧的に感じるし、勝ち気で頑固者というイメージがある反面、自分自身の内側は相手を警戒し、悪く言えば必要以上に自分を大きく見せたい人、あるいは見せなければならない人 という風にとらえられると思う。
 だから、何事も普通で自然なのが一番であるし、それが一番安心できると思っている。
 こんなことを言っている私もある方から「最近 偉そう」と言われ少しショックを受けたが、こうして口に出して言ってくれるうちならまだ軌道修正が可能だし、何とかなるのかなと勝手に思っている。
 裏を返せば、「あの税理士、偉そうにしとるし、何言っても無駄だし、口をきくのもいや」と言われた時には、この職業を続ける意味がなくなっているんだろうなとも思う。

 思っていることを好き勝手に綴ってしまいましが、今日はこの辺でお終いにしておきます。
 突然のような終了の仕方ですが、そろそろ体を休めることにします。明日は久しぶりの出勤ですので。
posted by ヒロイ at 23:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月10日

No692:いつ死んでもいい覚悟と100歳まで生きる覚悟

 今回も妙なタイトルをつけてしまったが、タイトルは書きたいことを綴り終わった後に内容を読みかえしてつける場合もあれば、内容についての細かなことは決まっていないが今日はこんなことを書いてみよう、あるいは書いてみたいなと思いをめぐらしながら まずタイトルを先に決めて そのタイトルに沿ったことをまとめ上げていく場合とタイトルをつけるタイミングは大きく分けてこの2つのパターンがある。
 ちなみに今回は後者で、まだ内容についてはまとめられてはいないが、このタイトルに関して今考えていることを綴ってみようと思ったので先にタイトルを決めた。
 今回のコロナ騒ぎの中、何名かの著名人がコロナの感染で亡くなったが、私がまず著名人として頭に浮かんだのだ、志村けん、岡江久美子、オムロンの立石社長の3人である。この人たちご本人はまさか自分がコロナで死ぬとは思ってもいなかっただろうし、周りの人も全く予期していなかったことであろう。
 亡くなる前にしておきたかったこと、言っておきたかったことを何も行動に移せなかったのが今回のコロナによる死であるが、今回のコロナによる死 以外にも、突然の事故や災害により亡くなった場合にも死の準備なんて、亡くなる本人も残された者も全くできていないのがほとんどであろう。
 こういった人たちの死を目の当たりにし、人生について考えてみると 少し大げさかもしれないがいつ死んでもいいという覚悟をもって生きていくことも我々 現在生きている者にも求められることなのであろう。
 とはいっても今生きている人間の多くが、余命○○年、あるいは○○ヶ月と宣告を受けていないであろうし、こんな場合、人生を終う準備なんて到底出来っこないことである。
 ただ、できるのは(少し現実的な話になるが)まだ子供が小さい場合にはこの子供たちが成人に達するまで親として何をしておくのかとか、歳をとった自分の親が健在な場合には、将来 誰がどこで面倒を見てくれるのか、また事業をしている方は自分の亡き後、会社はどうなり、そこで働く従業員はどうなるのかということも考えておかなければならないが、ここまで用意周到で亡くなった方は今までほとんど例がないというのが実態であろう。
 よく、「生命保険に入っているので、死んだら借金はチャラ(なしになり)」という人がいるが、確かに借金はチャラになるが、残された人の生活は更なる保険での保障がない限り、大きな意味でチャラとはいえないであろう。

 次に100歳まで生きる覚悟というのは、病気になったり、認知症になったりしても生がある限り生き続けなければならないということである。
 若いうち(主に50歳くらいまでか)は、「80歳まで生きたら十分」なんて言うことを多くの人が口にするが、これも思うように死にたい年齢で死ぬことができるなんてまず無理であろうし、元気な状態で80歳を迎えられたら あと5年くらいは生きていたいと思うのは人間として当然のことであろう。まして、配偶者、親、それにまだ未成年の子供がいるような場合であれば、少しでも長く生きていたいというか 長く生きていなければならないことだってあるかもしれない。
 先日、安楽死のことが新聞紙上を賑わしていたが、生きることも死ぬこともそう簡単にできることではないということである。
 今日のタイトルのように思いどおりには生きられないが、毎日の生活を悔いなく生きることこそ大事なのだろうなと思った次第である。

 今年の夏は多くの行事がなくなっているし、秋以降も同じ傾向は続くであろう。
 いつから始まったか分からない夏休み、帰省も墓参もままらなない盆休み、20年近く通い続けていた夏の甲子園、“大”の火が点かない大文字の送り火、そして秋の修学旅行も多くが中止か大幅な予定変更となりそうで滋賀県のある小学校は奈良までバスで行って、宿泊は滋賀県に戻って地元でお泊りらしい(県外泊なし)・・ただ これも取りやめになるかも。そして我が家でも東京にいる長男は仕事で動けないが、嫁だけがお盆に京都に行きたいと言っていたので、来る予定であったがこれも“東京の人”なので移動自粛のため取りやめになった。
 何かにつけ異例ずくめの夏であるが、実はもっと恐ろしいのがこれが異例でなく定例・慣例になってしまったときであろう
 お盆の帰省も墓参もなし。修学旅行も運動会もましてや入学式、卒業式、そして成人式もなし。最近ではお葬式も結婚式もなしと何もかもないないずくしであるが、果たしてこれらのことは今後 復活するのであろうか。
 今回の収束の見えないコロナ騒ぎでは予測すら立たない。

 話が本題からは横道にそれたが要はいつ何が起こるか分からないので、今をしっかり生きようということ。
 今日はお盆前の3連休中であったので遅くなってしまったし、いつも以上に長くなってしまったが、例年と違う夏、そしてお盆中に少しだけ人生そのものについて考えるのもいいのかもしれない。
 だって、いつもいろいろなことに追われながら、惰性で生きているというとこもあるでしょ。 私自身がそうなんですから・・・。
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2020年08月02日

No691:経営に好みを持ち込まない

 経営者、中でも中小企業のトップはいろいろなことを自分ひとりの判断で決めることができる場面が多く、当事務所の顧問先もほとんどが中小企業であるので上記のような形態が当てはまる。
 夫婦や親子だけの親族経営であればそれほど気を使う必要はないが、親族以外の人を雇用している場合に独断で物事を決めると思わぬ問題に発展することもある。
 特に人の採用や評価について少しおかしいのではと思った人事を何度か目にしたことがある。
 もう少し掘り下げていうとトップの“お好み人事”が問題を引き起こすことが多いが、一体 この“お好み人事”の問題点はどこにあるか分かりますか?
 それは好き嫌いで人事評価をしたり、給与を決めるので、基本的には正当な評価ができていないと思われることがあるし、中には経営者の“好み”が露骨にあらわれていて「この評価なに?」と感じるケースもある。
 “好み”で判断することを全て否定するつもりはないが、この“好み”というのは優しい言葉を掛けてくれるというような自分にとって都合のいい態度で、経営者のとってだけの心地のよさを醸し出してくれることに他ならない。
 つまりここが問題で かつ 経営者が陥りやすいところである。
 そりゃ心地よく経営(運営)したいのは誰しもが望んでいるところではあるが、心地のよさだけで前の進められるほど経営は甘くないし、事業の対象は自分自身でなく、相手、つまりお客様であるので、経営者だけが心地よくなったところで何のプラスにもならないことは誰にでも分かることである。
 こんなことあたりまえのことであるが、なぜか多くの経営者はこの居心地のよさにぐらっとくるのである。裏を返せば経営者って結構 孤独だからついつい心地よさを求めてしまうものである。
 でも、どこを探しても完璧な人間なんていないわけであるから、自分の弱点を補ってくれたり、間違った方向へ行きそうな時に、「それって、ちょっとおかしいですよ」と指摘してくれることは非常に大切なことである。
 そういう意味において、経営者にとって自分のことを客観的に見てくれる人がそばにいるかどうかが企業が成長するか、一定のところで足踏みするのかの分かれ目のような気がする。

 人事評価に話を戻すが、本当に会社全体のことや会社の将来を考えて行動しているかどうかが査定のポイントであり、それは単純にお気に入りや心地よさを評価基準にするのとは大きく異なってくる。
 時には冷酷に、時には優しくするという硬軟織り交ぜてする評価こそが、正当な評価、つまり評価の神髄であり、それが会社経営のポイントといってもいいのであろう。
 このようなことを実行に移すことはなかなか難しいことではあるが、私の周りには成功事例だけでなく、まずいなと思えるもいくつもあるので、何とかいい事例をまねながら事務所経営をいい方向へ導いていきたいと思っている。
 当事務所にはいないが、経営者に甘くて優しい言葉を投げかけてきて、経営者の心地よくすることだけに長けている従業員、これを見抜き、厳しい評価を下せる経営者こそ成功する経営者ともいえるであろう。
 経営者はこういった目や心を持ち合わせないといけないのであろうが、逆に経営者自身がそこまで達しないところに経営を続けていく意味合いがあるようにも思うし、完成した経営、揺るがない経営なんて存在しないので、そこをいつまでも追及し続けることも経営の醍醐味でもある。
 偉そうなこと言っているが、要はまだまだすべきことは山ほどある、というのが今日の結論である。
 ということで、明日からもがんばります。
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2020年07月26日

No690:多い休日、何して過ごす

 事務所は7月23日(木)から今日まで4連休である。
 コロナさえなければ、今頃 東京オリンピックの開会式も終わり、さあいよいよ各競技スタートということで日本中が熱狂の渦に包まれていたかと思うと、元アスリートとしては何ともやるせないというかこの状況が悔しくて仕方ないというのが今の心境である。
 この連休も本来であればオリンピック休暇であったはずが、梅雨のさなかの何のあてもないただ単に休みが4日間続いただけというものであった。

 私自身は溜まりに溜まっていた仕事を少しでも前に押し進めたかったので1日半は事務所でいくつかの確認作業を行っていた。
 また、今日は相続案件の最終段階の親族間での打ち合わせの日であったので、朝から親族が集まられるご自宅へ訪問した。
 細かな内容についてはここで触れるわけにはいかないが、亡くなられた方の奥様(80代後半)とその娘さん2人 計3人による遺産分割の話であったが、比較的和やかに揉めることもなく1時間ばかりで終了した。
 3人とも、『お父さんがしっか働いて育ててくれて、財産まで残してくれたなんて、本当にいいお父さんやったね。』と感謝の気持ちを口にされていた。
 相続税申告の業務を請け負った場合、当然のことながら 節税策を練り納税額が抑えることも重要であるが、親族間で揉めることなく遺産の分割が決まるということも非常に大事なことのように思う。
 そういう意味では今日はいい家族の形を見ることができ、なんだかすがすがしい気持ちになって帰ってきた。

 話を休日の過ごし方に戻すが、私が社会人になった頃は土曜日が隔週で休みだったし、今ほど休日もなかったので連休にでもなると必ず遊びの予定を入れていたし、3連休ともなるとどこかへ遠出したり、旅行の計画を立てたものである。
 そうそう当時は土曜日は午前中だけ仕事で、午後から休みという“半ドン”なんていう制度もあったが、今やこの“半ドン”なんていう言葉を知っている人は一定の年齢以上の限られた層なのであろう。
 現在のような休みが多いのを否定するつもりもないし、自分自身の体も週休二日に馴染んでしまっているが、実はこの非常に多い休日の過ごし方がいろいろな意味において重要なんだろうなと思えてくる。
 休養と趣味のような自分のやりたいこと、それに少しは仕事の役に立ち 自分を高めるための時間、この3つをバランスよく保てたらいいのだが、なかなか理想どうりにいかないのが私の休日の過ごし方である。
 ついつい休日明けにどっと押し寄せる仕事が気になってそのことに時間を費やしてしまうことが多いが、これから充実した人生に送るには仕事以外のことにも時間を費やすことが必要なのだろうし、現実には思いどおりにはいかなくてもこういう理想を持っているかどうかで人生の中身は随分違ってくるように思う。そういう意味では子供に時間をとられることがなくなった今こそ、自由に時間を使いたいものである。
 いくらあっても足りないのが時間であるが、もし暇で暇で仕方がないような毎日であれば それはある意味つまらない人生なんだろうし、多少イライラ、ドキドキしながら過ごす方が中身の濃い人生なのかもしれない。
 明日からは7月最終の週で、やり残したことを片付ける週になりそうなので、何とかいい形でキリをつけて8月を迎えられるようひとまずは目の前にあるスケジュールをこなしていきたいと思っている。
posted by ヒロイ at 21:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月20日

No689:「引退」とい言葉の重み

 「引退」という言葉を聞いてみなさんは何を考え、誰を想像しますか?
 スポーツ選手の引退は年齢からくる体力の衰えによるものがほとんであるが、中にはまだプレーできるのにと惜しまれながら引退した選手もある。
 前者はほぼ限界までプレーを続けたイチローや野村克也などが思い浮かぶし、後者では野球の江川投手やサッカーの中田英寿選手、それに最近ではレスリングの吉田沙保里や卓球の福原愛などが頭に浮かぶ。
 後の4選手なんかは周りから見ればまだできるのではと思えたが、本人にとっては体力だけでなく気力も含めて限界に達していたのだと思う。

 経営者の場合は、まずは自分が退くと思わない限り、なかなか他人から引導を渡され引退するというのは経営不振の元凶であったり、何か社会的に大きな問題を起こさない限りなかなかないというのが今の日本社会であろう。
 我々のような中小企業の経営者も引き際を考えないわけではないが、今まで「〇〇歳で引退するのが夢」とか、「〇〇歳以降は気ままな自由な生活を送りたい」と言ってきた人で宣言どおりに辞めた人はほとんどといっていいほどない。
 一度は代表取締役社長を他の人に譲りながらも再び社長に返り咲いたユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井社長や社長の座は譲ったもののいつまでも自ら創業した会社の経営に君臨し続ける日本電産の永守会長の姿はすごさや鋭さだけでなく、どこか悲哀なものを感じるのは、どちらも70代にして自分が育て上げた会社を任せられる真の後継者が見つかっていないこともそう思える要因のひとつであろう。
 こんな姿を見ていると、後継者選びと引退ということの難しさをひしひしと感じてしまう。

 よく使う言葉で「まだ」と「もう」という言葉があるが、この両方の言葉を場面に応じてうまく使い分けられる人間がいい形での継承や引退を迎えることができるのではないかと考える。
 企業そのものの置かれている状況や社長の立ち位置によっては、「まだ、○○歳なのでもうひとがんばりしないと・・」と思うと同時に、曲面や状況が変われば、「もう、○○歳だから後進に道を譲らねば・・」と潔い退き方も必要となってくるであろう。

 私は「もう58歳」だが、「まだ58歳」でもある。 年齢からくる衰えもないわけではないが、価値を見出してもらえる年輪と言われる部分とをうまく絡ませながら日々生きていってこそ、必要な人間になれるのであろう。
 まだ、仕事は続ける以上は「〇〇歳で辞める」なんという言葉は、「何が何でも辞めるぞ」という気持ちが固まるまでは口にすべきでないと思っているし、すぐに「辞める」と口にする者ほど信頼できないように思ってしまう。

 実は以前 「辞める(引退する)」言ったはずのあの小室哲哉が芸能界に復帰するというニュースを先ほど耳にしたが、“ああいう人” もっと悪い言葉で言えば“あいつら”にとっては「引退宣言」って何の意味を持っていたのであろうかと思ってしまう。
 こんなのを見ていると辞める時は、「もう復帰はなし」と言い切れる時になってはじめて引退(退任)宣言をしたいものである。
 私は日本にはまだまだ“引き際の美学”があると思っている古い人間の一人かもしれないが、いつかやってくる“退く時”には、やはりいい退き方をしたいと思っている一経営者である。
 「引退」。これこそ人間性が一番表に出る、人生の集大成であるのではなかろか。
posted by ヒロイ at 00:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月12日

No688:コロナ後が見えない

 コロナ、コロナと騒いでいるが、ここにきてコロナによる異変に段々慣れてきた感じがする。
 集団での研修会、一定の以上の人数で行う食事会、無観客あるいは観客のほとんどいないスポーツイベント、バスや電車そして飛行機を利用しての団体旅行・・・など 今まで何の疑問もなく普通に行われてきたことが、今や常識的な行動ではなく、誰もがとらない行動となってきている。
 私の自宅から10分ほどのところにある京都コンサートホールも昨日ワンちゃんの散歩で前を通りかかったが人気もなく、ホール1Fの事務局だけ電気がついているし、松ヶ崎の自宅のそばにあるいくつかのチャペル付の結婚式場もここ数ヶ月人気はなくひっそりとしている。
 あと事務所の近くの同志社大学も門を閉ざし、一般の人は入構さえできなくなっているし、通常であれば2万人近くが通うはずだが、春以降 学生の姿をほとんど見かけない。
 他にも本来なら考えられない光景(風景)が今や当たり前になりつつあるし、何が日常なのか、今までどうだったのかということさえも忘れそうになってしまうくらいコロナ後の状態が段々 日常になりつつある。

 ここまで コロナに関しては、「夏には」とか、「秋には」なんて淡い期待を抱かなかったわけではないが、ここへきてもうそんな期待さえもしなくなった自分、そして世の中が目の前にある。
 こんな中で自分や家族そして事務所の将来や今後の生活や仕事のスタイルなど 先のことを考え出したらキリがないが、こうなったら自分なりに何らかの見通しを立て生き延びていくしかないのではと思うようになってきている。
 そのためにはいろいろな情報を漏らさずにインプットし、日々 いろいろなことに乗り遅れずに過ごしていくことが今まで以上に必要となってくるし、「今までは」とか「過去においては」なんていう概念も無意味なもののなってきつつある。
 今までは会社も自分も一定の幅の中に納まっていれば大きな失敗はなかったが、これからはこの一定の幅が今までの半分か3割くらいのものになり、人並みに生きていくのも一苦労である。
 ここへきて、まさかまさかの50代終盤からの残りの人生である。

 今日は抽象的な話が多く、何が言いたいか分かりにくい面もあったかもしれないが、何気なく生きているとひどい目に合うんじゃないかなという、非常に大きな恐怖心を抱かざるを得ない ということが言いたかったということである。

 本業の税務面においても税務署が行う日常業務の税務調査も長時間、面と向かっては行えないかもしれないし、確定申告時期の個別相談も今後 不可能になってくるかもしれない。
 本当に行政も今まで経験したことのない状況に立ち向かっていかなければならないが、果たして立ち向かって処理していけるのであろうか。
 今や何を考えても頭がくらくらするくらい、解決できないことばかりである。
 ちょっと立ち止まってゆっくり考えてみると、怖〜い世の中に向かっているとしか思えない今の状況である。
 「まずは目の前にあることから」 そんな当たり前のことを考えている自分である。
 では、明日からまた世の中が動き出します。どっちを向いてかはわかりませんが、何とかやっていきましょう 前を向いて。
posted by ヒロイ at 22:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする