2025年10月13日

No.952:北陸新幹線は京都まで繋がらないかも?

 国の一大事業に期待をしつつも、もはや諦めに近い気持ちになっているのでこんな否定的なタイトルになってしまっている。
 北陸新幹線の東京からの現時点での終着点である敦賀から、その先の京都、大阪までいつになれば繋がるのかメドすら立たないような状況になってしまっているが、そのルート決定については混迷し、選挙の大きな焦点にまではならないにしろ、政争の具と化してしまっている部分もある。
 というのも国会議員をはじめとし、沿線の府県や市町村の首長の意見がこれだけ食い違っている国家事業が今まであったのだろうかと考えたとき、この今の状況を危惧しているのは私だけではないはずであろう。
 過去においては、成田空港開港や湖、河川の開発灌漑事業では国家事業に対して一定の地元住民が反対闘争するというのが決まった構図であったが、この北陸新幹線は一部の政党や地域住民の反対はあるものの 多くの賛成派もいる中、ルートをどこにするかでこれだけいくつもの案が出てくるとは思いもよらなかった。
 というの京都府のど真ん中の山中から京都市まで地下トンネルを掘るという現在の政府案の他に、琵琶湖の東側を通る米原経由ルート、それに琵琶湖の西側を通る現在の湖西線と並行するルートとここまで政府が検討していた3つのルートがあるが、これ以外にも京都府北部(日本海側)の舞鶴を通るルートも検討すべきという声が京都選出の自民党の国会議員からあがった。
 地下水問題で京都市仏教界も「あってはならない」とまで言われている京都市の下を深く掘って京都市内を通過するルートの雲行きが怪しくなってきた矢先、つい数日前に今度は亀岡市長が北陸新幹線の新大阪延伸について「京都駅を通す前提が崩れるならば『亀岡ルート』も一つの候補になり得る」との考えを 示したが、これは私にとっては全くの新案で敦賀・亀岡・(北摂?)・大阪 なんていう今まで俎上にあがったことのない新たなルートを提案してきて驚いた。
 
 それぞれの地域の利害がこれだけ絡んでくると、前に進めることすらできない状況に陥っていると思わざるを得ないし、傍で見ていて、「こりゃ通らんわ(繋がらんわ)」という私のこの気持ちを理解してもらえる人もいるように思う。
 リニアの静岡県での、そして今回の京都での地下水問題も いったん(工事を)やってしまえば、後で水系に大きな支障を及ぼしても後戻りができないという点では ある意味自然との闘いである。
 こういったことは計画段階では予測できなかったのか、調査不足なのかは分からないが、私の心の中ではもはや諦めムードで、少なくとも私が生きているうちには無理だな なんていう気にもなってしまっている。
 現時点での政府が示している京都駅付近を通る案ではそのトンネルは京都市内では地下40〜50m、トンネルの長さは京都府の山間から40qと もはや人間になせる業ではないようにも思えてくる。
 今までいくつもの不可能を可能にしてきたという我が国の凄まじい工事技術の進歩はあったにせよ、今回はそこで住む人間の生活を守るという新たな問題が出てきている。
 さらに政党や各政治家の思惑も絡みあっていることも実現は不可能かという思いを強める要因にもなってきている。何年あるいは何十年もの期間を要する事業が選挙のたびに新案が出てくる時点で事業の不確実性というか達成可能性はどんどん下がってきているように思う。
 今日は何が言いたかったの分かりづらい内容になってしまっているが、これだけ人間の思いが多様化してしまった現代社会ではもはや多くの国民が満足できる国家プロジェクトなんて成し遂げられない時代に入ってきているのかなとさえ思えてくる。

 最後に褒める人だけでなく批判も多かった政治家であった田中角栄の力で建設が進められたとまで言われた上越新幹線や、あまり知られていないが古くは岐阜県選出の国会議員である大野伴睦の力で、もしかすると当時は“鶴の一声”だったかもしれない 名古屋駅から10分のところにできた岐阜羽島という新駅の建設などは今では考えられないような一政治家の力で事業が決まったという歴史上の事例ではあるが、良いか悪いかは別にして これも今 危惧されている“決められない政治”で歯がゆい思い抱いている人にとっては、こんな時代もあったんだと時代を遡るのも 日本の今後を考える上での参考になるこのもあるかもしれない。
 この“決められない”ことの根底にあるのは、少し飛躍しすぎかもしれないが、候補者が選挙に通るために目の前の有権者が喜びそうな主義主張に明け暮れていて、遠い先を見据えていない という今の政治家自身の責任が大きいと言わざるを得ない。
 確かに目の前の生活が大事 と言ってしまえば、今の状況も納得がいくが、目の前で繰り広げられている総理大臣選びにしても目の前の事しか考えていないような各党、各政治家の行動のあらわれであろう。
 日本人、あるいは日本に住む人多くの人が、日本の将来になかなか明るさが見いだせない原因はこの辺りにあるのかもしれない。 残念なことではあるが・・。
 でもこれって我々国民にも責任があるんですがね。
posted by ヒロイ at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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