今ここで記憶力をよくする方法なんていうことを論じるつもりはないが、記憶力がいいか悪いは仕事をする上で非常に重要な要素であるなと思うことがある。
自分の仕事の分野に関して記憶していたことと自分が過去において経験、あるいは実践したことが一体化することによってとても大きな力となり、物事を前に進めていくための推進力になることは誰しもが経験したことである。
記憶が曖昧であれば過去に聞いたことでもまるで初めてのことにように対応してしまい、その時点で過去の経験を生かすことができず 一歩遅れてスタートラインに立つことになる。
随分前にこのコーナーで有名なクラブのママが久しぶりに来店されるお客様の顔を見るなり、以前あった時の会話の内容を思い出す というような話を綴ったことがあり、あえてここで過去の分を確認したりはしないが、確か【3年前の話も覚えています】というような書き出しだったように思う。
こういった過去のこと、それは話をした内容だけでなく、仕事での体験も含めて次へ活かしきれているかどうかは仕事の出来栄えを左右する非常に重要なことである。
自分の経験を照らし合わせてみると、記憶って興味のあることであれば覚えておこうなんて思わなくとも結構 頭に残っているが、それほど興味のない分野のことはたとえ重要なことであっても頭に残っていないこともあり、仕事をしていてヒヤッとすることもある。
久しぶりに会った顧問先の方に、「前回(2、3年前)お目にかかった時は非常にいいお話をお聞かせいただいて・・」なんて言われても、その話の内容をかすかには覚えているが全容が思い出せないこともあり焦ったこともある。
仕事関係の人にしてみれば、「覚えておいてほしいな」という気持ちがあるのは分かっているので、最近は恥ずかしながら自分で”記憶ノート”のようなものを作って、忘れそうだな思うことを箇条書きにし、最後に相手の名前と日付をパソコンの中に残すようにしている。
それほど頻繁に見るものではないが、時々開いてみることによって過去の出来事がまるで最近のことのように蘇ってくるので、この記録は記憶力が衰えてきている自分にとっては非常に有用なメモとなっている。
今日 なぜこんな話を急にしだしたかと言うと、こういった些細なことで相手様との距離が縮まり、後々話を進めるうえで非常にやりやすくなるということを最近経験したからである。
仕事の本質までいかなくとも ちょっとしたきっかけって重要なものであるということは誰しも経験していることであろう。
最後に少し話を変えるが、経営者が従業員の私生活まで入り込むことって今の時代にはご法度であるのはよくわかっているし、最も気をつけていることではある。
ただ、子供さんの入学式で休暇、お父さんの調子が急に悪くなって早退、 なんていうことを言ってこられた方が、数日後 廊下やエレベーターで会った時に、「入学式 主人もいっしょに行ってくれてよかったです」とか「お蔭さんで父も落ち着いてきて大事にならずに良かったです」なんて私に声を掛けてもらえると 当然のことながら一定のプライバシーへの配慮は必要とはいうものの非常に距離感も縮まり仕事をする上ではお互いやりやすい形が自然にできるものである。
この辺りのことは立場上、相手が望まない部分に入り込んではならないし入り込む必要は全くないが、こうしたちょっとしたことで仕事をする上での気持ちって随分違ってくるものだなって思ったやり取りであった。
最初の記憶力という話から少し違う方向にいってしまったが、この辺はやはり会話、つまり話をすることの重要性を感じることである。
でも対面することをそれほど重要視しない風潮からすると、こんなやり取りは無駄と思う人もいるでしょう。今日の話ももしかすると単なる私の自己満足なのかもしれませんね。
難しい世の中になってきましたね・・。

