疑問ならまだしも、今や不信と言っていいような状況であるのは多くの人が感じていることであろう。
今日 ここでは目の前の論争は少し横に置いて、私が選挙のたびに“1票の格差”についていろいろと考えていることについて“私見”を述べさせてもらう。
有権者の1票の重みに格差があってはならないというのは民主主義の根幹部分であるし、各地の裁判でもいくつも取り上げられ、合憲 あるいは 違憲と国民から見て関心のある話題でもある。
ただ、国が音頭をとって「地方」、「地方」と叫んでみても当然のことながら地方は人口も少ないがためにそれに比例して割り当てられる国会議員数も少なく、都道府県別にみても10年20年前と比べて大きく定数減となっている地域もたくさんある。
法的にはどこまで行っても議員の数は人間の頭数に比例するので、今から私が言うことは問題があると思うし、まさに違憲状態のことを言うことにもなるので、あくまで私見というか、ちょっとした個人的な思いという程度で捉えていただきたい。そうでないとこれから述べることは社会人、あるいは日本国民として×と言わざるを得ない意見なので・・。
前置きが長くなってしまったが、
衆院選全289小選挙区の中で「日本一広い選挙区」は北海道12区で総面積約1万5300kuは岩手県と同程度で、東京都と埼玉、千葉、神奈川各県の合計より広い。南北に長く、世界自然遺産の知床半島がある斜里町から礼文島までの直線距離約350qは、東京から滋賀県までとほぼ同じであり、網走市や稚内市など計28自治体で構成されている。
逆に「日本で一番狭い選挙区」は東京都台東区と中央区にまたがる東京2区で面積は約20Ku。
この2つの選挙区は面積だけで捉えると765倍もの差があり、定数は当然のことながらどちらも1人である。
何度も言うが、これは国が認めている平等、つまり同じ一票の重さであるので仕方ないが、この面積の広い選挙区は人口は少ないとはいえ、この広大な土地の中には自然、資源、産業等はいろいろなものが存在するのは明らかである。
ここには国民の食卓を支える農業、中でも酪農が盛んであり、沿岸部ではホタテ漁も多く行われており、こういった人間の数だけで判断しづらいものが日本の国土の中には数多く散らばっている。
人口の首都圏、特に東京への一極集中が進めば進むほど東京の定数は増え続け、逆に地方の定数は減り続け、衆議院の小選挙区は東京都は20区、片や県内に2つの選挙区(当然 定数は各1人)しかないのは近畿では和歌山県をはじめとし、全国にいくつもある。
こうなると日本の政治は定数(定員)の多い東京が牛耳ると言っても過言ではなという状態になる。もちろん人が多く住んでいるので当たり前のことではあるが・・。
私は一体何が言いたいのかいうと、こういう形が続けばますます地方は浮かばれなくなる ということが言いたいのである。
2024年の選挙前は「10増10減」であったが、将来は選挙での定数見直しは「30増30減」なんて言うことも起こってくるだろうと予測している。
今日の話はこれ以上 取り上げても法律で決まっていることなので抵抗のしようもないが、田舎に愛着のある私としてはやり切れない部分が残るのは確かである。
今日は目の前で繰り広げられている若者に目を向けた政治に何かしっくりこない感じがしているおっさんの独り言なのかもしれませんがどうかお許しを・・・。