家のすぐそことはいえ北山通は渋滞しており、歩道も結構 多くの人通りがあり、人出の多さからも春の訪れを感じられた。
これから春になると近畿近郊だけでなく、全国各地から、あるいは外国からも京都を訪れる人が増え、以前のように観光客で賑わうとなると、コロナで一服したとはいえ、今後 京都 あるいは他の観光地はどんな感じになるのか想像しづらい部分がある。
先日、遠方の方と話していると、「また京都のホテルの宿泊料金がびっくりするほど上がってますね。土曜宿泊で直前の予約なら1人3〜5万円なんてざらですから。」と嘆いておられた。
私の周りの人はまだまだ出控えというか、コロナ前ような行動をする人がほとんどいないが、新聞を開けると国内、海外問わず 旅行の広告が非常に多くなっている。
京都もコロナ前は外国人も含め 旅行客が激増したために地元住民の生活や自然環境に悪影響を及ぼすオーバーツーリズムが問題となったのは記憶に新しいが、コロナ禍にコロナ明けには以前と同じ問題を起こさないようにと行政を中心にいろいろと対策とらねばと問題定義されていたが、果たして打開策は見いだせているのか正直気になるところである。
コロナで寂しくなった街に活気が取り戻されるということで、どちらかというと観光地やサービス業においては歓迎一色の感があるが、今からでも遅くないので、受け入れるべきことと、そうでないものとをある程度区分し、住民の生活と共存できるように変わっていかないといけないように思う。
「人間はコロナで何を学んだか」という問いかけに まともな答えを持ち合わせていないようであれば、これほどの災難に遭っていながら何の成長も見られないということになってしまう。
物価の高騰、賃金の引き上げも今までとは比較できないような状況になってきているが、まずは”無理せず、無茶せず”毎日を過ごすことこそ重要なことのような気がする。
今日は久しぶりに朝も夕方も犬の散歩に出かけ、夕方は高野川の近くまで行き、途中でワンちゃん仲間にも何人も会い、立ち止まって話をしていた時間も含めると2時間近く行っていたことになる。
世の中がどうであれ自分の道を進むという点では、ワンちゃんの純粋さには心打たれるものがあるし、「私はいつもマイペース。毎日 楽しく過ごさないと」と私を見る目がそう教えているようである。
火曜日は祝日なので、ひとまずは明日一日を乗り切ることにしよう。
明日は昼から奈良、そしてそのまま 夕方から大阪と電車での移動の日であるが、ウトウトするんだろうなと今から電車の中の自分を想像している。
では、今日はこのへんで。