2022年05月22日

No.780:何カ月ぶりだろうか? 母の顔を見たのは

 母が入所している施設に久しぶりに行くことができた。
 行くことができたというのも新型コロナの感染拡大が常態化し、家族であっても面会できない状態が続いていたが、先日 他の用事でその施設の近くまで行っていて、1時間半ほど空き時間があったので、ダメもとで面会が可能かどうか施設に電話を入れてみた。
 施設の顔馴染みのスタッフの方から、「ほんの少しの時間 顔を見るだけくらいならいいですよ、ほんの少しだけですよ。でも、今 お昼寝中なんですけどね。」と言われた。ただ、またいつ面会できなくなるか分からないし、少しだけでも可能ということだったのでの立ち寄ることにした。
 午後4時過ぎだったが、まだ昼寝から目が覚めていないので、車いすに乗せて面談のロビーまで連れて来れないということで こっそり身をひそめるようにして母の部屋(個室)まで案内していただいた。
 話を聞いていたとおり眠っていたが、施設の方が「息子さんですよ。増生さんですよ。」と肩に手をやりながら声を掛けられると、少しだけ目を開け、口をもごもごと動かし、声にはなっていなかったが私の目には何かを言おうとしているように見えた。
 認知も相当進んでいるので、目が覚めていたとしても私のことは分からないし、食事の時には何とか車いすで食堂までは連れて行ってもらうようだが、手で箸やスプーンを持って自分の力で食事をすることはできないらしい。
 こうして私が面会に行っても母にとっては普段と何も変わらないのかもしれないが、私は面会できた時はいつも来てよかったなと思いながら施設を後にする。
 それにしても何カ月ぶりなんだろう? 9カ月近く顔を見てなかったかな? いつも「面会はできませんよ」と言われ続けていたので。
 よくよく考えてみると、こういった面会も私の自己満足にすぎないのかもしれないが、顔を見るといつもなんだか知らない力を与えてくれるし、自分が日々仕事をしたり、日常生活を送っていることの意味を考えるいい機会にもなる。
 我々の同級生や友人も親が亡くなったり、施設に入っている話をよく聞くし、これがある意味 日本の縮図かもしれないが、いつかは自分も通る道なのかな なんていうことも考えてしまう。
 このブログはこれから事業を始めようとする人や今後どのように事業を発展・成長させていこうかと考えているような人も見ていただいていると思うので、できるだけ事業に結びつき、先が開けるような話題を提供するように心がけているのだが、たまにはこういった自分の親、それに自分の将来や老後など、なかなかじっくり考える機会もなく、どちらかというとあまり考えたくないような話題をこうして書き綴るのも、人生や人間の命を考えるきっかけにでもなればと思っている。

 GWは長男と長女が前半と後半に分かれて、それぞれ夫婦で京都に来ていたが、こういったお決まりのようなことが、将来「若い頃、よう京都に行ったな。あの頃は親も元気だったし。」と思いだしたりすることになるのだろう。私も母の顔を見て思い出したのは若かった時のことが多かったし、目を閉じると、母はまだこうしてがんばっているのに目頭が熱くなってしまう。
 今日の話、頭に浮かんでいることをただ単に文章にしているだけなので、あまり役に立つような話ではないかもしれないが、たまにはこんな話にも加わってください。
 親と同居しているともう少し親のことも頻繁に考える機会があるのでしょうが、私のような離れて暮らす親不孝者にとっては、こういう機会こそ、大事にしないといけないと思い今日はこうして綴っている。
 まあ、一瞬かもしれないが「おかあはん ありがとな。」という気持ちが心をよぎっただけでも今回の面談は意味があったのかも。
 なかなか忙しくて次はいつ会えるか分からないけど・・。
posted by ヒロイ at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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