2022年01月16日

No764:昭和に引き続き、平成も徐々に消えていく・・大丸のファミリー食堂が閉店

 新聞記事等で目にされた方もあるかと思うが、大丸京都店のファミリー食堂がこの2月末で閉店になる。
 私はこのファミリー食堂にはたくさんの思い出が詰まっていて、小学生の頃、父母や祖父母に連れられて田舎から京都の遊びに来ると、帰る前に大丸に連れて行ってもらい、まずはおもちゃ売り場でゲームを買い、その後 ここでご飯を食べたことが何度かあった。
 それほど頻繁ではなく 1、2年に一度で計3、4回だったと思うが、大丸に来たときは、ガラス張りのメニューの所で何を食べようかと顔を摺り寄せて中を覗き込んでいた記憶が残っている。
 また、平成元年に最初の子供が生まれ、平成6年生まれの3人目まで、3人の子供たちが小学生の頃も、何度か行った記憶があるし、今にして思えば まさに子育て真っ盛りの頃であったように思う。
 この時もまずは6階のおもちゃ売り場で何か(何を買っていたかあまり記憶にない)を買って、最後はこのファミリー食堂で早めの夕食を食べて帰るのが定番であった。
 今から20年少し前のことであるが、この頃は食事時であれば大変混雑していて、食券を買った後、ロープに沿って並びながら、中にいる店員さんから、「次の方」と手招きしてもらえるのをじっと待っていた。
 その後、子供が大きくなってからも、年に1回くらいであるが、カミさんと贈答品等を買うために訪れた時も子育て時代の頃の懐かしさが残っていたのか、2人で夕食を済ませて帰ったことも何度かあった。
 ただ、こうして2人で行くようになってからは、確かに満席ということは一度もなく、食券を買ったら、 「お好きなお席へどうぞ」 と並ぶことなく すぐに席に着くことができた。
 ある意味、私というか、廣井家の歴史(ちょっと大げさかな?)と共に歩んできた部分もある大丸のファミリー食堂がなくなるのは何とも言えない寂しさがあるが、まさに歴史の転換点というか、昭和、平成としっかり役割を終えてきた感がないでもない。

 ここまでは私の思い出話を中心に綴ってみたが、よく「昭和の頃」と一昔前のことのように言われてきた後、ここへきて「平成の頃はな〜」と平成も過去になりつつあるのかなと時代の移り変わりの早さを感じていた。
 特にコロナに世の中が侵されてからは、今までの2、3年分が1年で置き換わっていくような、世の中の移り替わりの早さを感じずにはいられないし、2年前までは京都市内でも外国人で溢れかえったり、学生を中心とした若い人たちが夜遅くまでお酒を飲んだり騒いだりしていたが、そういった光景はほとんど見られなくなった。

 これからどうなるんでしょうね?
 少なくとも多くの人が期待しているような前の形、つまり以前のような世の中には戻らないだろうし、この2年間の経験で 騒がしい、あるいは 賑やかな状況を望まない人も多くなってきているように思う。
 人間なら誰しも楽しみたいという欲望はあるので、家から一歩も出ない禁欲で仙人のような生活にはならないであろうが、「自分が楽しむには」という“個”の重視というのがより一層強まってくるように思う。
 これはビジネスにおいてもいろいろな局面で出てくるであろうし、仕事に限らず旅行や趣味も含めた遊びも、そして家族関係や人間関係もお決まりの形というものがなくなってくるのであろう。
 そういう意味ではいったい自分は何がしたいのかを考える機会が今まで以上に増えてくるだろうし、今まであった世の中の流れに身を任すというような大きな“流れ”そのものがなくなっていくようにも思うし、今から40年、50年と生きていかないといけない若い人にとっては、本当に大変な世の中になっていくように思えてくる。
 年のせいかどうかは分からないが、1年が、3年が、そして10年が 目まぐるしく過ぎていくし、目の前の1日も、1週間も、そして1ヵ月も本当にあっという間だと感じてしまう。
 あ〜、それだけ年をとっていっているんですよね。 あ〜 恐ろし。
posted by ヒロイ at 18:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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