2021年05月16日

No730:贈答品の金額が分かることの功罪

 世の中は新型コロナの感染状況とワクチン接種、それと東京オリンピック・パラリンピックの開催についても話題で持ちきりである。
 こられのことは非常に重要であることは分かっているが、私はここではできるだけ あえてこういったあふれている情報とは違うことをとり上げるようにしている。その方が新鮮味があると思うので。

 今日は便利になったネット検索についてであるが、何でもかんでもネットで検索ができるようになり、いろいろな面で便利になってきていることは誰しもが認めるところであるが、知り合いから贈り物が届いた時にワクワクしながらも、ネット検索することによって その贈り物の金額がすぐわかってしまうので味気ないというか、趣がなくなっていっているなと感じることがある。
 娘が家にいた時なんかは、お歳暮やお中元、それに何かのお返しの品が届いた時にすぐさま 「これ○○円やわ」と金額を教えてくれていて、それはそれで「あっそうか」といち早く情報が頭に入ってくることで助かることもあるが、私自身は実はこういった行動は必要に迫られない限り、今まで一度たりともしたことがない。
 また、最近でこそ機会がなくなってきている会食の場合でも、何かの食事会に招待いただいた時、料理の値段をすぐに検索したり、食事会の後、先程食べたのは「□□御膳で○○円」と店を出るなり金額の検索をしている人の姿も幾度となく見かけし、事務所で食事会をしていた時も、「今日の料理は○○円」って分かっていたんだろうな なんて考えたりしていたこともあった。

 以前はどうだったのかなと思い返してみると、百貨店から届いたお菓子には箱の横に[30]と記載されていれば3,000円かと確認したことはあったが、いただいた品物は金額が分からないところにそれを想像する楽しみがあったような気もする。
 私のような行動を「値段を確認しないなんて さすが違うわ」なんて言う人もいるかもしれないが、食べたいものやもらってうれしいものが届けば金額なんて二の次という思いがある。
 先日も長男の嫁から東京の地ビールが届いたが、値段がいくらであろうと東京のビールということと、送られてきたものというだけで格別の味がするような気がする。何種類かあったがもちろん金額の確認なんてしていない。
 実はこのビール、昨日から冷やしているので今晩じっくりと味わうのが今から楽しみでならない。

 贈答に限らず結婚式や葬式も場所と規模が分かればおおよその金額が分かってしまうので、逆にいうと主催する側も金額がガラス張りに中で催し物が行われていることはある程度 覚悟しておかなければならない。
 そんな思いもあるので、私がいただいて結構うれしいものとしては、“花”や“観葉植物”が挙げられる。 とはいってもそうそうもらう機会はないのだが・・。
 送る側が「この辺の花3種類を1万円になるように」 なんて花屋さんに依頼して、価格表にはないような形で贈答の品が出来上がるので、もらった方は少しくらいは「いくらぐらいのものかな」とは考えるが、金額がいくらかは分からなくとも 単純にきれいな花として評価し、素直にうれしくなるものである。

 最後に先述の話とは関係ないが、花についてちょっとおもしろい話を一つ。
 先日、娘が友人から、「主人が仕事帰りにサプライズでお花を買ってきてくれてうれしかったんだけど、その花がどう見ても仏花のセットなんだけど、これって本人に言うべき?」と相談を受けたらしい。
 更に聞くと、閉店間際の時間でこの花しか残っていなかったらしい。
 娘の友人は、ご主人に感謝の気持ちは伝えた上で、一般常識を知ってもらううためにもこれは仏花であるということは伝えようかなと言っていたらしい。
 この結末は聞いていないが、私も常識知らずのとこがたくさんあるので、この話 人ごととではないなと思いながら聞いていた。
 いくつのなっても「常識とは」ということを学んでいかないといけないなと思った話でした。

 今日の天気からすると梅雨入りは間近かな?
posted by ヒロイ at 16:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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