2021年01月31日

No716:コロナで変わった家族観、仕事観

 例年ならお正月になると都会で生活する若者や若い夫婦とその子供が親の住む故郷へ帰省していたが、今回は新型コロナウイルスへの感染を恐れて、帰省は不安と思った多くの親の方が、「今度の正月は帰ってこなくていいよ」と言って 実質的に帰省を断った。
 年に1、2回、子供や孫の顔を見るのを楽しみにして日々の生活を送っているお年寄りは少なくないと思うが、コロナにその楽しみまで奪い取られた形になってしまった。
 もし、年老いた親に持病があり、本来 定期的に会えるはずの家族に会えないまま、病状が悪化して不幸にも亡くなるようなことがあれば、その無念な気持ちは親も子も計り知れないものがあるだろう。
 「また来てね」、「今度はお盆に遊びに来てな」なんていう当たり前のことを口にできないところにこのコロナ対応への苦悩がある。
 「結婚して初めて、主人の実家に行かず、自宅でゆっくり過ごせたお正月でした」ということを少しほっこりした感じで話された奥様もあった。
 どちらにせよ、コロナは会わない家族、会えない家族を自然と作り出す結果となった。
 我が国には、今まで「会ってこそ家族」という考え方もまだまだ残っていたが、この考え自体も大きく変わってくるだろうし、「会えなくても家族」ということを今後どこまですんなりと受け入れることができるようになるのか、これもコロナが課した宿題であろう。

 今日のもう一つのテーマである仕事観も大きく変わろうとしている。
 在宅というテレワークの手法を多くの会社が導入してきているが、これは机を並べて仕事をすることも、“痛勤”とまで言われていた会社までの通勤も必要でなくなった。
 飲食をはじめとする接客業や診療をする医師などは、基本的には対面が必須であるので 上に掲げた勤務形態は当てはまらないが、コロナの感染防止に端を発し、多くに仕事においてそのスタイルが大きく変わろとしているのはご存じのとおりである。
 ただ、いろいろな面において便利になったのも事実であるが、ONとOFFの切り替えが非常に難しくなってくるように思う。
 我が事務所でも、全体の業務把握と決裁事務がある私以外は、ほとんどの者に事務所への出社は週2回程度と制限を加えているが、家で業務をする上での気持ちの切替は結構大変であろうし、逆に時間の制限をかけにくい分、労働時間は長くなっていることもあるような気もする。
 古くは、「仕事を家に持ち込まない」のが仕事と家庭を両立する”できる男”のように言われた時代もあったが、これからの時代、この「仕事を家に持ち込まない」なんていう言葉さえもなくなってしまうのであろう。
 最後にもう一つ、最近 労働(ワーク)と休暇(バケーション)を組み合わせた造語である“ワーケーション”ということが話題に上がってきているが、この「働きながら休暇を取る」という神業のようなことは私にはできそうにないし、何か合点がいかない部分が頭の片隅に残ってしまう。
 休暇前にはとことん仕事をしておいて、休暇中は仕事のことは忘れたいというのが私の休暇に対する思いであったが、この考えとて今や「古い」と言われてしまう世の中になってしまいつつある。このワーケーションもホテルや観光地の旅館の生き残りのためには必要かもしれないが 個人的にはどこまでいっても違和感を拭い去ることはできない。

 今日も多少 愚痴っぽくなってしまったが、別に今の社会を批判しているわけでもなく、何かしら今まで生きてきた世界と違う部分をこうして書き綴ることによって、何とか目の前の現実と融合していこうとしている年取ったおっさんの独り言として聞いてもらえれば十分です。
 今、一番必要なのが柔軟性のある考え方、柔らかい頭なんだろうなと悟らされた今日の内容であった。
posted by ヒロイ at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。