2020年05月05日

No678:悩んで結論が出ない時は優先順位をつけるよう・・・。

  もともと肝が据わってないというか、方針が定まりにくいというか、そんな自分が嫌になることもたびたびあるが、今回のコロナ騒ぎの中に身を置くとますます誰の言うことを信じてどっちに向かって進んでいけばいいのか、ここへきて何かにつけ物事が決まらず悩む機会が増えてきている。
 5月6日までは全国一斉に緊急事態宣言が出ていたので、ある意味 ”全国一律”ということでわかりやすかったが、どうやら5月7日からは都道府県によって規制に強弱がつくようで、いくつかの府県にまたがりながら仕事をしている私にとっては、今日の相手先はどこ方面だったかな? と考えながら行動を起こさないといけなくなりそうである。
 国や自治体のトップもこういった非常事態には何らかの方針を発する必要があるが、その方針に100人中100人が賛同してくれることはまずありえないしが、何に重点を置くかをはっきりするということが、一人でも多くの賛同を得るためのポイントのように思う。
 感染拡大防止が第一優先であるのは誰しもわかるし、次が経済のようにいわれている。残念ながら教育はやはり3番手以下の扱いである?
 コロナが教育現場で拡大や蔓延しては取り返しがつかないが、議論されているのはどちらかというとその子供の面倒をみる親の方の話が議論の中心となっているように思う。ある意味当然なのかもしれないが、乳幼児から大学生までの子供たちの教育そのものについての議論ももう少ししてほしいところである。
 先日から話題となっている9月入学の話も、大人の都合優先の議論が多くて、聞く気にならないというのが本音のところである。
 今日の前半部分では、”全国一律”でなくなると不便といっておきながら、ある意味真逆なことかもしれないが、コロナの感染拡大がほとんどみられず、そろそろ学校を再開してもいいと思われる地域は ”全国一律”の縛りを外して、家の中にとじ込まれている子供たちを早く学校に通わすことはできないものかと思ってしまう。
 リスクが0でない以上、素人の私が安易なことは言えないが、もう少し子供にも焦点を合わせて欲しいと願うばかりである。
 お金(経済)の議論は活発に行われているが、将来を担う、そして年代的にも多感である子供たち(教育)の議論にもう少し時間を割いて欲しいものである。我が家にはもう学校で教育を受けている者はいないが、学校に通う子供がいる人たちにとっても子供たち本人にとっても、切実な問題のように思うのだが・・。

 事務所も7日以降、仕事をする上で何らかの方針を掲げて進んでいかないといけないが、まずは”健康”ということ一番に掲げたら、これを阻害するものはどんな場合でも勇気をもって断る、そんな風に思いながら今後の対応を考えるとさほど悩まずに進むから不思議なものである。
 私はがんを患ったことはないが、以前 がんと戦っている人と話した時に、「体に悪いことはどんなことがあっても断ち切る、それは人に迷惑がかかったとしても。また、体にいいことは他のどんなことを犠牲にしてでも率先して取りを組んでいく」という話を聞いたことを思い出した。
 今回のコロナ騒ぎとがんの病気をいっしょにしてはがん患者の方に叱られるかもしれないが、今回の騒ぎはそういった「何を優先すべきか」を考えると意外と結論を導きやすいということが分かってきた。
 まだ、連休中ではあるが、これほど心の弾まない休日なんて、今まで経験したこともない。
   出口が見えてきているのかどうかもわからないが、油断だけはせずにもう一度、感染の拡大防止に向けてできることはやっていこうと思っている。

 今回の”事件”は、神が人類に与えた試練と思うしかないのかもしれないが、あまりにも重い試練であることは世界中の人が感じているであろう。
 本当に明日のことが読めないそんな毎日である。
 まさしく、誰しもが経験したことのないような・・・。
 人類が、日本が、会社が、そして自分が 試されているような・・・。
posted by ヒロイ at 23:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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