2019年10月20日

No651:ぽぽたん(ワンちゃん)と過ごした土日

 昨日の土曜日は午後からある医療関連グループの会議があったが、それ以外 この土日には特に時間の拘束を受けるものはなかったので日頃 時間をかけて読むことのできない冊子に目を通したり、ちょっと頭をひねらないといけない案件についてじっくりと検討する時間をとることができ、予定がびっしりと詰まった週末より充実した2日間を過ごすことができた。
 そんなスケジュールの中で木曜日あたりから、次の土日はとことん ぽぽたん(我が家の愛犬)につき合おうという勝手な計画も立てていたので、この2日間は雨の降る時間帯もあったが朝と夕方の散歩は全て私が受け持った。
 宝が池、北山、鴨川と毎回 バリエーションを変えて自分自身の気分転換も兼ねてあちこちへ連れまわした。

 今から思えば、自分の子供が幼少期の頃はなかなか時間がとれなかったので、あまり(ほとんど?)子供の面倒を見たことがなかったが、今となっては誰も私を頼りにする家族はいないので、自分の思いのまま ぽぽたんとの時間を過ごすことができる。
 ただ、昨日は夕方の散歩の後、(ぽぽたんが)夜ご飯を終えて休憩し終わった後、帰りの遅いカミさんを玄関のドアの前でまだかまだかと座って待っていたが、その眼はまるでドナドナの子牛のような目つきであった。
 やっぱりカミさんか こんなにかわいがったのに とはいうものの よく考えてみれば日頃はほとんど接する機会がないので私の存在感なんてほんとわずかなものなのだろう。
 子育てを終えたカミさんの日頃からのかわいがりようとその時間の掛け方は半端でなく、夜も1時間半ほど散歩をしたり、ワンちゃんの体にいい食事を準備したりでその入れ込みようは私の倍どころか10倍程の愛情の掛け方である。
 こうなると私に勝ち目はない。子供が2、3歳の頃はほんとに私のそばには近づかず、ファミレスのテーブルで1(私)対4(カミさん+子供3人)で夕食を食べた苦い思い出もある。

 それと比較すると今のポポタンの方がまだ私に馴染んでいるかもしれないし、私も子育て真っただ中で今では問題視されるくらいの労働時間であった当時よりも今の方が少なからず心に余裕があるかもしれない。
 たわいもない話をいろいろと書き綴ったが、今の私には何の損得勘定や思惑もなく意のまま行動を共にできる唯一の存在がぽぽたんなのかもしれない。
 こんな2日間を過ごした日曜日の夜は何とも充実感があり、すがすがしい気持ちで月曜を迎えられる。
 今 横で私の顔を眺めているが、その顔つきはなんとも不思議な力を持っているように思う。
 すみません、親(飼い主)ばかで。たまにはこんな話でもいいでしょ。
posted by ヒロイ at 21:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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