2019年09月29日

No648:時差のない世界大会を見ることの意味

 昨日 ラグビーワールドカップで日本がアイルランドから勝利をおさめたが、この“勝ち”こそ、願ってはいたものの ほとんどの人がまさか勝つは思っていなかった勝利であった。
 このラグビーのワールドカップに続き、来年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されるが、世界的な大会がアジア諸国、しかも比較的近い国で開催されることは限られているので、テレビで見る側も時差を考えながら観戦しなければならない場合が多い。
 オリンピックやサッカーワールドカップも今まで何度となく深夜から朝方にかけて競技や試合があったが、朝の5時ならまだしも、夜中の2時ごろキックオフの試合を見た次の日はほとんど使い物にならない体のまま仕事をしていたということもあった。
 現在開催中の世界陸上はアジアでの開催であるが、開催地であるカタールのドーハは日本からは離れており、時差が6時間もあるので、すべてを生で見るには体調を考えるとかなり無理がある。
 そういう意味で日中から夜にかけて時差のない同じ時間で見ることのできる日本で開催されるスポーツの世界大会は自ずと力が入ってしまう。
 スタジアムに行っていなくとも、日本の中で同じ時間を共有しているという点で一体感があり、これを来年のオリンピックでも味わうことができると思うと更に楽しみが増してくる。
 先日のマラソンの代表選考レースも見ていてまさに手に汗を握る熱い戦いでしたよね。
 昨日、ラグビーの日本戦があった静岡、それに来年のオリンピックがある東京まではなかなか行くことができないし、また、観戦しようにもそう簡単にチケットが手に入るわけでもない。しかし、テレビ観戦であってもやはり日本国内で行われているというのは国外での大会とは見る側の気持ちにも大きな違いがある
 私は根っからのスポーツ好きなので、夏の甲子園、高校や大学のラグビー、サッカーJリーグ、それに冬の高校駅伝など年に数回は“生”で観戦するが、これはまさにその場に身を置くことによって、日頃のストレスを吹っ飛ばすという効果も知らず知らずのうちに期待してのことなのかもしれない。
 そういう意味でも、スポーツは時間があれば現地に駆けつけて、選手や監督の声、それに選手の息づかいも耳に入れながら観戦すると何倍も楽しいものになる。

 ここからはあまりにも急な展開であり、話が少しずれることになるが、最近 この“生”や“臨場感”ということを仕事上で考える必要性に遭遇したので、そのことを少しだけ触れさせてもらうことにする。
 仕事上の連絡はメールでのやり取りが多くなってきているし、相手の時間を気にせず連絡できる点では非常に便利であり、お互い助かることも多いが、相手の真意やその話への傾注度合いを知る上では、メールでなく面談あるいは電話の方がいい場合もある。
 喜び、納得、怒り、不満、疑問 その度合いがメールではわかりにくい場合もあるが、電話であれば声のトーンや間の置き方で直接 言葉にされなくとも、相手の思いが読み取れることも多々ある。
 若い人には申し訳ないが、最近読んだ雑誌に、「若い人は何事もメールやラインで済ますので、直接面談したり電話で話したりする大事なビジネスシーンでの事の進め方に問題がある場合もある」 と書かれていたが、古い世代の私なんかもまさに同じようなことを感じることがある。
 ただ、こんなことを言ってしまうこと自体、時代から取り残されていっているのかもしれないし、自分の子供たちにこんな話をすると、「みんなは口には出さないけど、うっとしがられてるんと違うか?」と言われそうな話である。
 スポーツ観戦における時差の話からとんだ話にまでいってしまったが、“臨場感”を味わいたいおっさんの独り言と思って聞いていただければ結構です。

 9月も今日と明日を残すのみとなりました。早いですね、日が経つのは。
 大した話でもないにも関わらず 長くなってしまいました。
 では、今日はこのへんで。
posted by ヒロイ at 15:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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