自分自身すきだらけなのは分かっているので、こういった完璧に近い人に接すると若い頃は「俺も少しは近づいてみせるぞ」と思って、その日の夜の寝る前には、「明日から自分は変わるんだ」とばかげたことを考えたこともあったが、所詮、凡人廣井増生がそんなことで変わるはずも変われるはずもないのは自分が一番よくわかっている。
ただ、この仕事をしていていろいろな経営者の方や医院の院長と話をしていると、すきのない人間って おもしろくもなんともないし、すきこそ魅力かもと思えることもある。
すきがあることを決して褒めているわけではないが、すきがある人には思い切ってこんなことを相談してみようとか、相談しても決してバカにはされないだろうとか 心のどこかに安易に近づける空気がそこには漂っている。
これは自分が完璧でないことが分かっている人間なので、人の意見に耳を傾けることも容易にできるし、自分に対して鋭い意見、あるいは、嫌な意見を言われた時でも最初は腹が立っていても、しばらくすると、 「確かにそれもそうやな」と素直に聞き入れることができる。
来院患者の多い ある開業医の先生に、「先生の所は患者が多いですが何か秘訣は?」と質問すると、その先生は、「特に自分が優れているとも思っていないので、まずは患者の悩みや患者が何を考えているのかを丁寧に聞いてあげるようにしています。実際の診療はそれからでしょう。」とおっしり、その後に「もちろん、誰にも負けない医療技術と知識の習得には時間を割いて、医者として自分ができる最高のことを提供してあげることがまず優先すべきことですよね。そうでないと患者にとって不幸ですから。」とも続けられた。
確かに悩み事や何か相談を持ちかけようとするとき、いち早く的確な回答を必要とするときもあるが、内容によってはいっしょになって考えてもらう方が安心でき、いい答えを導き出せることだって十分ありうる。
私がまだ30代だった頃、すごい学歴と経歴をお持ちの方から質問(相談)を受け、その時 自分のありったけの知識に自分の考えても交えて答えると、その方は血相を変えて、「なんて廣井さん、もう一回言ってみ!」と大声で怒なってこられた。
最初は怒なられている意味さえもわからなかったが、どうもその方は私から賞賛と励ましの言葉を期待していたのに、私の言葉(回答)がその期待を大きく裏切るような回答だったことがお気にめさなかったようである。
私自身、その時の雰囲気から「やばい」と思ったが、それは後の祭りで、こういった経営者には喜ばせるような言葉を発しないといけなかったなと反省したのを覚えている。
今になって思うがこの経営者には他人の言葉や考え方に耳を傾ける余裕がなかったのであろうし、私に対しても1mmものすきさえなっかったのであろう。
その後 この方に対しては 近づく勇気さえもなかなか生まれてこず、この溝はずっと埋めることができなかった。
仕事の性格上、人から完璧と思われるのも大事かもしれないが、すきというか完璧でないとことも人間である以上、決して無意味ではないようにも思える。
私自身、なかなか完璧な人間にはなれないが、もう少し完璧な人間を目指すことも必要なことであるのはよくよくわかっている。
すきだらけではいけないが、人から近づいてもらえる存在になることも税理士業をする上で意外と必要なことなのかもしれない。
こんなこと偉そうに語っているが、自分に課せられているのはもう少しすきをなくすことだということは自分自身が一番よく分かっている。こうして考えると"すき"って決してマイナス要素だけではないのかもしれないとも思った。
すきだらけの人間が偉そうなことを言ってすみません。これ以上続けると言い訳っぽくなるので今日はこの辺で。