2018年08月19日

No589:ガッツポーズを叱られた高校球児

 この件は今や話題となっているのでご存知の方も多いと思うが、今 行われている高校野球で創志学園(岡山)のエースが相手の打者から三振をとった時にガッツポーズをして雄たけびを上げたことを球審から「必要以上にガッツポーズをしないように」と注意を受けていたという一件である。
 この球審の言動に賛否両論 いろいろと騒がれているが、私はこの球審を問題視するのではなく、バックにある高野連(日本高等学校野球連盟)の考え方がここまで浸透しているのかという 嫌みを含めて「さすが高野連」という感想を持った。
 高野連は文武両道の学校と強くて名の通った学校や選手が好きだから仕方ないのかもしれないが、もし、同じことを大阪桐蔭の選手がしていたら多分何も言われなかったのではと思ってしまう。
 高野連は今や野球という一つの側面だけでなく、いろいろな面において学校教育全般に影響を及ぼす組織になってきているが、今一度 スポーツの原点という側面から物事を捉えてほしいものである。
 趣味でするスポーツならいざ知らず、競技としてするスポーツは試合後には勝者と敗者が存在し、誰しもが勝者になりたくて日々の厳しい練習に打ち込んでいるといっても過言ではない。だから、ガッツボーズなんてやろうと思ってやるものではなく、自分の体の中から自然と湧き出してくる感情のひとつを表現したものに他ならない。
 私が野球をしていた頃はなかったが、今や優勝すると勝った方のチーム全員がマウンドに駆け寄り、指を1本差し出し勝利の喜びを爆発させているが、あれだって負けた相手に配慮しないといけないのであれば、禁止しないといけない行為にも思えてしまう。

 今の時代、大人も子供も自分の気持ちを表に出さない人間が多くなってきているように思うが、今回のように自己表現できるということは、逆に貴重な存在なのかもしれない。今回は、大げさなポーズで相手を傷つけたり、挑発したりすることがよくないということのようであるが・・・。
 時代が違うので一概に比べられないが、私が野球をやっていた時(小学、中学)は、守っていたショートから空振りしたバッターに対して、「前に転がさんかい」、「打てるもんならこっちに打ってこい」と大きな声で言っていたし、当時のキャッチャーは打者に向かって、「このバッター内角投げといたらかすりもせんしな」と平気で言っていた。自分が打席に立った時には逆のことを何度も言われたし。
 こんな中で守備についている時には、「三遊間のゴロなら全部とってやる」とか、バッターの時は、「何が何でも打ってやるからな、勝手に言いたいこと言っとけ。」と体の中から熱いものが込み上げてきて、これが思わぬ力を引き出すのに一役買っていたのは否定できない。
 今、事務所での仕事中でも独り言の多い者もいるし、一つの仕事がうまく片づけられると「よっしゃ!」、「これでOKや!」と小さな”雄たけび”をあげている者もいる。
 今の時代、ある意味 静かな時代になったし、電車に乗ると日本人の多くは、何ひとつ物音を立てずに耳にイヤホンさしながら、黙ってスマホの画面をいじっているし、京都の地下鉄に乗っていると日本語でない言葉ばかりが聞こえてくる時だってある。

 話は少し本題からずれてきたかもしれないが、今の日本人は自己表現力がなさすぎることの方が問題視されるべきではないのかと思ってしまう。
 先日のサッカーのワールドカップのゴールの後やオリンピックで勝った時は陸上でも、水泳でも柔道でもみんな”雄たけび”をあげてるではないか。
 私は”雄たけび”禁止のようなスポーツなんて見たくないし、感情を抑えてスポーツをするという離れ業はできそうにないなと思った一人である。

 みなさん どう思われますか? 
posted by ヒロイ at 14:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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