2018年04月08日

No570:仕事を忘れさせてくれる時間、そして相手

 今の時代、仕事が終わって会社から一歩外へ出ると頭を切り替え、仕事のことを忘れるということが重要、というか “できる人間”はONとOFFの切り替えができる人 なんていうことがいわれているが、我々の年代 なかなかそれができない人もいるのでは。
 私もできるだけそうするようにがんばってはみるものの、昨日のやり残しがあったり、来週以降の打ち合わせの内容がまとまっていなかったりすると気が気でない夜や週末を過ごすこともある。
 そんな中で本当にわずかの時間であるが仕事やそれ以外の悩みごとを忘れさせてくれる時、そして相手が2つ(1人+1匹)ある。

 一つは母との対面の時間。
 現在、施設に入っているし、85歳にもなると少し認知症の傾向もでてきて私が誰かわからないときもあるが、60代、70代の時のようにいろいろと質問してきたり、私への要望を言ったりすることはなく、いつも機嫌よく思ったことを独り言のように口にしている。
 母は京都市内で生活しているわけではないので、月に1、2度しか顔を見に行けないが、この母のそばにいるほんのわずかな時間は私にとっては貴重な時間である。
 その短い時間の中で日によっては会話が繋がらない時もあるが、そんなことは全く気にもならず、自ら手を差し出してきて私と握手しながら話している母の表情は何ともかわいく思えることがある。
 年老いた自分の親に対してかわいいなんていうのも変な話であるが、会っている30分足らずの時間と施設を出た後 車の運転をしだしてしばらくの間は、まさに心のが“無”になるくらい日常を忘れさせてくれる時でもある。実は車を運転いているとなんだか胸が熱くなる時もある。

 もう一つ 頭の中をガラッと切り替えさせてくれるものがある。
 それは年末から我が家の一員となっている愛犬“ポポタン”である。
 日頃、帰りが遅い日は寝入っているし、朝は朝でわずかな時間しか接触できないが、たまに土日で時間がとれる時は少しの時間であってもいっしょに散歩に出かけるようにしている。
 普段はポポタンの世話はカミさんに任せっきりであるが、今日は久しぶりに時間がとれたので家の近くを朝夕1時間ずつブラっと出かけることができた。
 この間、なかなか思うように歩いてくれないし、私なんか通常の散歩のパターンが頭に入っていないので、意気投合には程遠い状態であるが、これもまた頭の中が“無”になる時間と言えなくもない。
 母と犬とをいっしょにするのはどうかと思うが、共通するのは人と犬どちらも心のある生き物であるということである。双方とも私と意思疎通がどこまでできているのかはわからない部分もあるが、一つだけ言えるのはこちらが手を抜いたり、いい加減に接しているとどこかで気付かれたり、こちらの心の内を見抜かれたりするということである。

 今日こそは軽い話のつもりが、いつも間にやらまたまた重い話になってしまった。
 こちらが真正面で向き合うかどうかによって、相手の満足度が変わるのは大変なときもあるが、真摯に接していると喜んでくれ、損得勘定抜きで素(す)で向き合うことのできる素晴らしい存在である。
 ここでまた母とポポタンをいっしょにしてしまうのは、人間である母に失礼かもしれないが、母との時間もポポタンとの時間もどちらも大事にしたい時間であることに変わりはないというのが偽らざる心境である。
posted by ヒロイ at 22:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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