2018年03月18日

No567:第三者委員会というもの

 みなさん“第三者の委員会”という言葉聞いたことがありますよね。
 あれです、あれ。何か問題が起こり、責任のある人が謝罪会見をされるときに、『問題点を把握するために第三者委員会を立ち上げ、真相究明にために関係者が一つになって検証していきます。』というやつです。
 今まで、政治の世界、経済界。そして教育現場でも事件や不祥事が起こるたびに何度となく聞かされているが、我々一般人には何か釈然としない思いが残る言葉である。
 一応、当事者以外の第三者が委員を務め、公平な立場から検証し、判断を下すというのが本来の、いや、表向きの意味合いであるのはよくわかっているが、果たしてこのメンバーが本当に第三者的に立場で判断を下しているのかを確認する機会は少ない。
 というのも この第三者委員会を立ち上げることによって前にある問題から目を背け、時間稼ぎとしてうまく使われているとしか思われないケースがあるからであろう。
 本当であれば事件や不祥事を起こした当事者間でよくよく話し合って解決策を見出すのが一番のようにも思えるが、今の時代 全ての人が性善説の下で正直に発言しているとは思えないことも多いし、こういった状況下においては問題が発覚した後、結論を導き出すのは無理なように思う。それだけ一人一人の主義主張が異なるという現代社会が背景にあるからやむ得ない部分もあろうかと思うが。

 みなさん今後注意して、見たり聞いたりしてみてください。
 この1年、いや数ヶ月の間にこの“第三者委員会”という言葉が何度出てくるかを。 そして、それが問題の早期解決、かつ、真相究明にどれほど役に立っているのかを。
 私は立ち上げることの意味合いを否定しているわけではないが、第三者委員会の意見がまとめ上げられた時にどれだけの人がその問題に関心を持ち続けているかわからないという現実がある。

 事件を起こした当事者が、全てではないにしろ ある意味 都合のいいように利用されている“第三者委員会”という言葉について私なりの意見を綴らせてもらったが、少なくとも私が学生や社会人になりたての頃にはほとんど耳にする機会のなかったこの言葉がいつから世に出てきたのかを興味半分調べてみた。
 ただ、いくらどこを調べてみてもこの言葉が今や日常的に使われているので、いつからなんていう記録はどこを探しても記載はないが、何とか手掛かりでもと調べていくと1997年山一證券が突然破綻し、従業員が解雇されたときに社内の関係者や弁護士が原因を究明するために調査委員会を立ち上げたのが始まりかも? という記事にたどり着いた。

 ということで、この言葉が世に出てからまだ20年近くしかた経っていなかったようだ。
 やはり結構新しい言葉だったんですね。真相の一部が究明され少し落ち着いた気持ちになれたので今日はこれでを終わることにします。
posted by ヒロイ at 22:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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