2018年02月25日

No564:昔のごちそう、今のごちそう

 先日、新聞といっしょ配られている冊子(たぶん、1ヶ月に1回折込)を見ていると、京都府と滋賀県のいくつかの地域ごとの特色のあるお寿司が載っていた。
 京都市なら鯖寿司であったり、鱧寿司、そして、滋賀県では鰻のお寿司など見ていてお腹が空いてくるような内容であった。
 私の出身地である京都府北部の丹後地方も2つのお寿司が載っていたが、2つとも“ばら寿司”とよばれる ちらし寿司のようなものである。
 私の中ではお寿司と言えば、まず握り寿司が頭に浮かび、海も近かったこともあり、はまち、ぶり、えび、いか、たこ、それになんといってもおいしいのが名産の鳥貝などワクワクする素材ばかりである。
 私が小さい頃(幼稚園の頃だったかな?)、お誕生会と称して近所のガキ大将仲間をよんで食事会をした記憶があるが、その時に決まって出てきたのが、カレーライスとばら寿司であった。
 どちらも祖母と母が作ってくれて、私はカレーライスは大好きだったが、大きな桶で作ったばら寿司というのは今一つであまり好んで食べなかった。そんな私の気持ちも知らず、いつも祖母が、『今日のはいつも以上に気張って作ったんで、ものすごいうみゃあ(おいしい)はずだで。』と自慢げに言っていたのを覚えている。
 当時のばら寿司に対する思いは、取り立てておいしい魚や貝が入っているでもなく、かまぼこや椎茸、錦糸たまご、それに少しばかりのデンブがのっていて子供には何ともはっきりしない食べ物であった。
 ということで、ばら寿司は実家では祭りや何かのお祝い事、法事など集まりがあると決まって出てくるが、私自身のばら寿司に対する思い出や印象は決していいものではなかった。

 あれから、50年近くが経ったいま、変われば変わるものでこのばら寿司のおいしさが分かるようになり、実家に立ち寄り、京都に戻ってくる時には京都縦貫道 道の駅[京丹波 味夢の里]で休憩の折にこのばら寿司を買って帰るのがお決まりになっている。私は隣に置いてある焼鯖寿司を選ぶことも多いが、カミさんはこのばら寿司の大ファンである。
 この道の駅には2種類のばら寿司が並んでおり、京丹後市「とり松」のものと私の地元「加悦」のものがある。とり松のものが多少高級感があるがこちらは売り切れのことが多く、加悦のばら寿司を買って帰る機会が多い。
 子供の頃、あまりいい思い出のなかったばら寿司が、この歳になっておいしいと思うというのは何ともおもしろいもので、私が子供の頃は祖母や母はおいしく感じていたのであろうし、あの地方のお祝いでしか食べられない豪華な食事の一つであったのだろう。

 こうして考えると、歳とともに味覚(舌)も変わってきているというのがうなずける。
 今や飽食の時代とも言われ、食べたいものはお金さえ出せばいつでもどこでも口に入る時代になったが、こうして考えると、当時は学校の給食も楽しみの一つであったし、まだまだ“食”について満たされていない時代であったのかもしれない。

 そういえば、その誕生会になぜか薄く切られた生のハムが決まって出てきたが(廣井家だけ?)、当時、まだハムは珍しかったのか、それにマヨネーズをたっぷりかけて食べた味は今でも思い出しそうなくらい楽しみ一品であった。

 実は今、超繁忙期であるが、こんな時こそ少しでも仕事のことを忘れるためにこんな思い出話を綴らしてもらった。
 我が事務所では、確定申告はいよいよ最終コーナー曲がりかけの最後の山場を迎えようとしている。
 さあ、もうひとがんばり するか!
posted by ヒロイ at 19:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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