2017年08月27日

No539:そう簡単に心が折れるんですか?

 最近よく耳にする言葉の一つとして「心が折れそう」という言葉がある。
 スポーツ選手が、「心が折れそうになったけど、ここまで支えてくれた人のことを頭に浮かべながらなんとか厳しい局面を乗り切りました。」という風にインタビューで答えているのを聞かれた方もいらっしゃると思うが、この「心が折れそう」という言葉を私自身は今まで使ったことがない。
 50代以上の中年と呼ばれる方は同意見の方もいらっしゃると思うし、もし同年代の人が使っていたら、「なにっ、若者ぶって」と思ってしまうかもしれない。我々が若い頃はこんなかっこいい言葉を使うことはなかった。
 別にこの言葉が悪いということではないが、私自身がもし今後 使う機会があるとすれば、一生に一度あるかないかの重大な局面で思うようにことが進まなかった場合の時であろう。
 地下鉄の中で学生たちが、「今日のテスト、昨日やったことが半分くらいしか出えへんかったし、途中で心が折れそうになったわ」と話していたり、他の場面でも一つの話題の中でこの「心が折れる」を連発しているのを傍で聞いていた私は口にこそ出さないが、「そんなちっぽけなことで 心を折るなよ」とムカッときてしまうこともあるし、「この子ら、一日に何度 心折れてんのやろ。」と嫌みな感想を持ってしまう。
 まあ、こんなことに言っている自分もヤバいおっさんかなと思ってしまうが、私の心の中では やはり「心が折れる」 あるいは、「心が折れそうなのを何とか踏みとどまった」という風にここぞというときに使う重みのある言葉であってほしい。 

 以前ここでも綴ったこともあるが、「自分へのご褒美」という言葉も、最近は若者だけでなく、中高年までもがよく使っているが、私自身はこの言葉も今まで一度たりとも使ったことがない。
 よく似た言葉で バルセロナオリンピック女子マラソンで有森裕子選手が銀メダルを獲った後、足の故障や手術を乗り越えてアトランタオリンピックで銅メダルを獲得した時に目に涙を浮かべながら口にした言葉を私は今でも忘れることができない。
 「メダルの色は、銅かもしれませんけれども……、終わってから、なんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし、今回はそう思っていないし……、初めて自分で自分をほめたいと思います。」
 私自身、この有森選手の言葉がいまだに強烈に頭に刻み込まれているので、「自分をほめたい」とか、「自分へのご褒美」という言葉を口にするのはなんだか憚(はばか)れるような気がして、使うことさえ恐れ多いと思っている。
 私のような中途半端な人間は、まだまだ使ってはならない言葉だと思っているし、本当に“心が折れそう“になるのを何とかこらえて、やっとの思いで目標を達成できたときに”自分をほめて”、”自分へのご褒美”に欲しかったもの手にしたり、やりたかったことをやってみようと思っている。

 その目標とは・・・内緒ですが、まだまだ達成できそうにない、ひょっとすると死ぬまでに達成できないかもしれない目標である。

 お疲れの日曜日の夜に中年オヤジのたわいもないブツブツにお付き合いいただきありがとうございました。
posted by ヒロイ at 21:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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