2022年09月11日

No.796:「了解」、「納得」、そして「満足」してもらうまでには

 このブログは私の独立開業を機に確か開業日[2007(平成19)年9月21日]の前日に第1回を掲げたので もう少しで丸15年を迎えることになる。
 その間、自分自身はもちろんのこと、事務所、それに各顧問先の状況も大きく変化したなとあらためて感じる。
 元々 自分が国語力、文章力が劣っているはわかっていたので、この日記を綴ることで少しは自己鍛練の機会にでもなればという思いもあり、スタートを切ったのを覚えている。
 ただ、若い頃に基盤が作り上げられる才能とか能力はそう簡単に築いたり、アップできるものではなく、いつになってもなかなか満足のいく文章が書けないので、自分でも嫌になることもある。
 これは恥ずかしながら 本気で国語の勉強に取り組んだことがないことと あまり(ほとんど?)本を読まなかったことに起因していることは重々わかっているが、自分の語彙力のなさにはついつい情けなくなることもある。
 また、語彙が豊富な人の話や文章に触れるとただただその人のことが羨ましくなったりもする。

 こんなことを考えている私であるが、よく似た言葉で使い方やニュアンスが微妙に違う言葉に遭遇し、考えさせられることがあったので 今日はそのことについて少しだけ触れることにする。
 それは「了解」、「納得」、「満足」という3つの言葉であるが、あらためて確認してみると、これらの言葉の意味は下記のとおりである。
*了解:物事の内容や事情を理解して承認すること。
*納得:他人の考えや行動などを十分に理解して得心すること。
*満足:希望が満ち足りて不平がなくなること。十分であると感じること。

 人と話をしていたり、メールでやりとりをして、相手の方から「了解しました」とか「承諾しました」という返事をもらってホッとすることは誰しも経験のあることであろう。
 ただ、その文章を深く読んでみると 「了解」はされているとはいうものの、気持ちのうえでは「納得」されていないのではと思うこともある。
 この「了解」と「納得」の間には大きな差があり、似てはいるもののこの差を埋めるのには相当なエネルギーを要することもある。
 上の言葉の説明にあるように「了解」は理解し、承諾することであるが、「納得」は理解したうえでさらに得心しなくてはならない。
 仕事をしていて「納得」までたどり着ければ、一応 及第点であろうが、この「納得」の上にはさらに「満足」という言葉がある。
 「満足しました」ということは、とてもうれしかったという意味合いも含まれていると思うし、仕事をしていてここまで至ることができれば、当然のことながらこちらも「とても満足できる仕事ができた」と次なる仕事へのファイトも出てくるものである。
 すべてのこと関して相手様に満足を与えられるかというとそれはそれでなかなか難しいことであるが、仕事をする者にとっては目標としたいものである。

 お客様が「納得」止まりなのか、「満足」されているのかわかりやすい目安がある。
 それは「納得」の場合にはその気持ちは自分だけで留まるが、「満足」された場合には、その満足したことを他の人に話されるし、仕事の場合、他の人を紹介してくださったりするということである。
 この「満足」をどれだけの人に与えられるか それがすべての仕事での共通の目標のようにも思う。
 ただ、そう簡単には「満足してもらう」までには到達しませんがね。
posted by ヒロイ at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする