2022年08月28日

No.794:京都市が危ない

 今日の地元紙(京都新聞)の朝刊の一面を見て驚いた。
 【京都市の人口 日本一減った・・・1万2千人減】

 私が京都市で暮らすようになったのは18歳からなので、京都で生まれ育ったとはいえないが、私の周りにたくさんいる京都生まれ京都育ちの根っからの京都人と呼ばれる人は、「東京や大阪ほどではないが そこそこの都会で、しかも世界に誇れる歴史にあふれる観光都市なのでどこにも負けない。本当に魅力的な都市。」なんて思っている人も多いと思う。
 根っからの京都人ではない私でさえもこれに近い思いを抱いているところもあるので、私自身 40年以上住み続けて少しは京都人に近づいていっているのかもしれない。
 
 人口の話に戻るが、それにしても私が子供だった頃は日本の人口は増加の一途で、多くの学校は児童、生徒のために教室を増やし、学校を建てていったし、今では過疎になってしまった私の故郷のような地方でも当時はまだまだ活気が残っていた。

 今日 新聞にとりあげられていた1万2千人というのは現在1万3000人(完成時には2万2500人)が住んでいる向島ニュータウンに匹敵するし、現在2万人(最も多かった頃は4万人)が住んでいる洛西ニュータウンの6割くらいである。

 
 ここからは私見で思いのまま 今考えていることを述べるが、結論的には京都の人口減少はそう簡単に止まらないように思う。
 なぜって?
 今の京都市の市政(方針)は、観光にも力を入れたい、外国人留学生も多く受け入れたい、地価の下落も避けたい、近代化の波にも乗りたいが古いものも残したい、若い夫婦をはじめとする若年層も増やしたいが外国人や首都圏の資産家には街中の1億以上のマンションも買ってもらいたい等々。
 つまり、何から何まで希望をかなえたい、これが今の京都市が考えていることのように思うが、こんなに欲張ったらだめだと思うし、そんなことしてたら何一つ実現できないかも。
 やはり、世界の観光地No1というのにあぐらをかいている部分もあるし、ほっといても人は来るし、今までだったら修学旅行一つとってもどこからでも京都に来てくれたが、今やそういった意識も大きく変わろうとしている。
「京都はどこにも負けない」という意識がまだまだ京都の人たちの心の片隅にあるように思う。
 逆に発想を変えて、世界一の観光都市になることを最優先させるので、「人口は増えなくてもいい、但し 観光客は世界一 」というような発想もあってもおかしくないのだが・・。
 京都人が京都の中心部を田の字と言って、「田の字に中に住みたい」言ったり、少し年配の人になると中心部を洛中という人もいまだにいる。これでいくと私の住んでいるところは洛外だが。
 つまり本気で人口を増やそうとするのなら行政だけでなく、住んでいる者の意識改革も必要なように思う。


 神戸が大阪をライバル視しすぎたため、神戸らしさを失い、しかも大阪に大きく水をあけられたという 厳しい例も目の前にある。
 あるところでは「近畿のおまけ県」なんて言われている和歌山県を修学旅行先に選んだ学校は2018年は63校だったのが、2021年は575校と大幅に増加している。世界遺産の熊野古道、捕鯨の歴史、梅ジュースづくりの体験 と和歌山ならではのことで目下売り出し中である。

 チャンスはどこにあるか分からないし、チャンスはいつ逃すか分からない。
 選挙の時だけニコニコして頭を下げるだけでなく、市民の生活、市の将来を本当に考える市政運営者であってほしい、市長や議員さんには。

 厳しいなこれからの京都は、当分の間。
 財政ワーストランキングでいつも1ケタですよ。いつだったかは夕張市に次いで全国ワースト第2位の年もありましたし。
 見栄を張ってる場合とちゃーうで、ほんまに。
posted by ヒロイ at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月21日

No.793:「嫌いになった人の数だけ 人から煙たがられ(嫌われ)、好きになったなった人の数だけ人から好かれる」

 創業4年目のある経営者の話です。
 経営者であるAさんは会社を立ち上げた後、予測を上回る売上で経営は順調に推移し、パートを含め7名近くの従業員を抱えるまでに発展した。
 固定客もつき、またいろいろな方面から情報を得たとか評判を聞きつけてと言って 新たな顧客も付き、事業としては稀にみる急成長を遂げた。
 ただ、問題が全くなかったわけではなく、事業が大きくなるにつれ いくつかの問題点もあらわになってきた。
 その中でも一番の問題点は従業員の退職者が比較的多いという点である。
 この会社のトップは俗にいう金儲け主義ではなく、自社の製品をいかに喜んで使ってもらえるのかという点を常に念頭において、一番強い(社長曰く「どこにも負けない」)部分を徹底的の売り込み、そんな中でも商品のレパートリーを増やし、また販売手法も変化を加えながら どんどん事業を拡大されている。
 事業の規模が少しは大きくなったとはいえ、まだまだこの社長の魅力、つまりこの社長の豊富な知識と人柄でこの会社は成り立っているのは誰が見てもわかるところである。
 ここまでの話だけでは順風満帆に見えるのだが、唯一 人(従業員)の使い方でまずいなと思える点が気になっていた。
 端で見ていれば経営者と働く者との関係は良好のように見えるし、事業をしていれば ある程度の退職者が出るのはやむを得ないが、実は今まで4年の間に数こそ覚えていないが、それなりの数の退職者が出てきている。 ここの場合、従業員との関係で次の2つが非常に気になる点である。
 一つはある意味ワンマン社長なので、会社の問題点や従業員の意向が社長の耳に届かない点である。言い方を変えれば風通しの悪い会社なのかもしれない。
 この春先にも 社内規定の範囲内とはいえ結構突然 退職の申し出があり、後任探しにかなりの苦労を要した。私から見てもこの社長は社内の空気を読んでないなと思うことは往々にあり、最後の最後になって初めて社長の耳に入ることが何度かあった。

 二つ目は、最初の話の続きのような内容であるが、その会社にとって結構キーマンと呼ばれるような方の退職が度々ではないが2、3回あった点である 。
 この社長が信頼し、私にも「○○君は、思っていたより何倍も仕事ができ、言うことないわ」と話されていた社員が先日 退職された。
 私はこの特定の人に期待し過ぎたり、仕事を任せ過ぎるのは何かがあった時に逆に弱点にもなりかねないと 何度か指摘していたが、この方から退職の申し出があった時はこの社長はさすがに焦りに焦って、今後の会社の運営方針を変更せざるを得ない状況にまで陥った。
 その後、何度かにわたって求人を重ね、何とか混乱は最小限に抑えられる形で現在に至っているが、この間 他の部署で別の退職者がでたり、新入社員がすぐ辞めたりで本当に“人事”が大変であり、いっときは規模の縮小まで考えざるを得ないくらいの混乱ぶりであった。
 事業は順調とは言え、人のことでつまずくと事業まで影響をしかねないのでここの部分は会社経営の根幹ですよと 何度か言ってはいたが まさに人(従業員)のことを少し甘く見過ぎていた経営者の事例である。  

 最後にこの社長は常日頃から、「○○さんはよく仕事ができて最高や。まああの分野では彼女の右に出る者はいないしな」と最高の賞賛の言葉を口にされることがあったが、思いもかけず この人から退職願が提出されると、「○○さんには裏切られてしもた。過大な評価をして買い過ぎてたわ。」というようなことも何度か口にされていた。こんな場で言うのもなんだが、経営者が絶対してはならないことは「根に持つ」ことかもしれないがこの社長は結構 根に持つタイプのようにも思える。
 確かに期待を裏切られ場合、裏切られた側の気持ちも分からないでもないが、この気持ちが強いと経営って絶対にうまくいかないと思うし、こういう経営者の言動って、残っている従業員はよく見ていることだと思う。
 私自身でも今までこういった思いを抱いたことがないわけではないが、30代の頃 ある先輩から言われたのは、「人間関係で嫌なことがあっても裏切られたといって根に持っては絶対にいけない。嫌なこと、嫌な人のことは根に持つのではなく、しっかりと記憶にとどめておけばいい。その出来事を絶対に忘れないように そして同じ過ちを繰り返さないためにも。」ということである。
 これって人間ってなかなかできないことかもしれないし、私も実行できている自信はないが、経営者である以上 心のどこかに刻んでおきたい言葉である。 自分一人ではどうしようもない、みんながいて会社は成り立っているのだから・・。
 そうそうこんなことを言っている人もいたな、「嫌いになった人の数だけ 人から煙たがられ(嫌われ)、好きになったなった人の数だけ人から好かれる」
 あ〜、難し。
(今日は随分長くなってしまいました)
posted by ヒロイ at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月15日

No.792:こんなお盆休暇でした

 このブログは掲げる日(曜日)が決まったいるわけではないが、どんな一週間だったかなと振り返って、うれしかったことを思いだしたり、しまったなと思うことがあれば反省する機会と捉えている面もあるので ついつい日曜日になることが多い。
 ただ 事務所は16日までお盆休暇中ということもあって、昨日はバタバタしていたので 今日 月曜日のアップとなった。

 社会人になると学生のように入学や卒業という節目はないし、夏休み等の長期休暇もないが、お正月を挟む年末年始の休暇、4月末から5月に掛けての連休(一般的にはGWと呼ばれている)、それにお盆も含む夏季休暇と仕事をしている人は一年のうちに3つの長期休暇がある人が多いように思う。
 コロナ禍においては、コロナ前とは休暇の過ごし方も一変し、海外旅行へ出かける人はほぼ皆無となり、国内旅行に出かける人も近場が中心となっている。
 小さい子供さんのいる事務所の男性社員も 今回のお盆は久方ぶりにじいちゃん、ばあちゃんが待つ四国へ行っている。ただ 無条件というわけではなく、確か家族4人ともPCR検査で陰性であることの確認は必要だったようである。

 事務所は13日(土)から16日(火)まで4連休であるが、お盆恒例のかみさんの実家への墓参り(約半日)、それに今年は娘夫婦と昼食に行くこと以外は、気になっていた溜まった仕事を片付けるのに少しだけ時間を費やし、最後は休養にあてようと思っていた。
 そんな中、日頃から懇意にしている仕事の関係先の方から 突然「取れないと思っていた甲子園(高校野球)のチケットが1枚だけ手に入りそうなんですが行きますか? 15日の3塁側内野指定席ですが。」と連絡があった。
 確か娘たちが来るのは13日の昼やし、墓参りは14日の午前中なんでと頭の中でスケジュールを思い浮かべていたが、重なる用事がないとわかると「行きます。いいんてすか、本当に。」と二つ返事でOKであることを伝えた。
 その方に 昨日 事務所のポストに入れていただいていたので、今日はそれを持って甲子園に馳せ参じてきた。
 コロナがこんな状態なので 観戦に行っていいのか少しは考えたのも事実てあるが、一応 世の中て認められたイベントであるし、一定のルールを守った上での開催、そして観戦なのでいいかなと思い実行に移した。
 夏の甲子園は一昨年は中止、昨年は無観客だったので、観客を入れての開催は3年ぶりであったが、私も甲子園に足を運ぶのは3年ぶりで、今日は3年前の101回大会の記念タオルを首から掛けての観戦であった。
 1試合目の途中の朝10時に甲子園球場に入り 第4試合の夕方6時までいたが、頭の中にあったいろんなことを忘れて白球だけを追い続けた8時間であった。
 これだけで、私がどれだけ満足したかはお分かりいただいけるでしょう。屋根がなかったので灼熱の時間帯がめちゃ長かったし、マスク付けっぱなしだったので途中でちょっとだけめげそうになりましたが・・・。でも、いい1日でした。

 そうそう甲子園に行くときはその年の出場校ガイドブックを持って行くのですが、現地でその日に登場する学校のページを見ながら観戦するとさら楽しさが増すというのもいつものことである。今日登場したチームであれば、地域別では東北地方だけが優勝していないが仙台育英が初めての優勝校になれるのか? 高松商業は52年ぶりのベスト8なるか? 愛工大名電には元中日のリリーフエース岩瀬の子供がいる、さすがにOBのイチローは来ていないだろうけど。長崎の海星高校はオランダ坂の上に学校があるのか、なかなか風情があっていいな 等々。

 今日は本当にリフレッシュができたので、休暇明けまでには1日早いですが、することもたくさんあるので 明日は事務所に出向くことにします。
posted by ヒロイ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月07日

No.791:久しぶりに体育会の面々を目の前にして

 今朝10時から同志社大学の陸上競技部の新入部員の歓迎会があり参加してきた。
 コロナ以降、いつもやる やらないとバタバタしていたが今年はこんな状況下ではあったが、万全の対策をとったうえで、3年ぶりに開催された。
 ただ、このような時期なのでマスク着用はもちろんのこと、1〜4回生の現役全部員と一部のOB 計100人程が、蜜を避けて300人近く入れる大きな会場で行った。
 こんな時期なので飲食禁止はもちろんのこと、必要以上の会話はご法度、しかも1時間以内という いくつかの制約のある中での開催であった。
 以前は京都市内のホテルで飲食や飲酒(20歳以上の者に限る)も伴い、多くのOBOGの参加のもと結構盛大に行われていたが、もうそういったことをしていた時の部員も今の4回生のみで、ここでもコロナにかき回された跡形が残っている。
 今回も過去においてはよくお顔を拝見していた65代以上の方の出席がなかったのと、東京在住の方もわざわざ京都まで出向かれることはなかったので、数日前に数少ない京都在住組である私に「できれば当日出席して歓迎のあいさつを」と東京の先輩から連絡が入っていた。

 私はトップバッターでの挨拶であったが、「とにかく今までのことにとらわれることなく、これまでの慣例も捨て、ただ 熱い思いだけは抱きながら自由に活動してほしい。」と話した。
 「一応、100年以上続くクラブであるが、今や歴史や伝統は全く通用しない世の中になったので、そういったことにも一切とらわれることなく、自分のため、自分たちのためにクラブく取り組んでほしい」 と口火を切った。
 ただ、その後 現役部員数名のからは、私が予想していなかった言葉が次から次へと出てきて驚いた。
 「陸上部員であることの責任と誇りをもって」、「名に恥じないように」、「学生アスリートであることを片時も忘れることなく規律を守り」、「キャプテンの僕を信じて付いてきてほしい」、「チームとして少しでも役に立てる選手に、そして部員になれるように」というような最近 あまり聞かなかった言葉のオンパレードで、私の方が少し面食らった感があった。これって知らない人が聞いたら怖い世界と思うだろうな・・・。
 私のころは体育会といえば一種独特の雰囲気はあったものの、片方では競技を離れたらもっとちゃらんぽらんで、今の学生のように将来の人生設計もなく、多くの部員が漫然と過ごしていたように思う。
 近くにいた40代のOBも、「今の学生はある意味偉いわ。俺らちょっとクラブして、後は遊ぶことしか考えてなかったもんな。勉強にいたっては試験前にちょろっとしただけやし。」と言っていた。

 まあ、こちらが「肩の力を抜いて」と言ったつもりであったが、現役学生の熱に圧倒された1時間であった。
 ただ、本音は強くなって次のオリンピックには誰か出てくれたらなと思うが、そんなことを期待するのはさておき、久しぶりに現役学生に会って 今の学生の凄さというか ひたむきさ見せつけられた感があった。

 暑かったし、コロナのこともあったので、1時間で解散となったが、質素ではあったが中身の濃い 歓迎会であった。
 日曜日わざわざ出向いていったが、日頃のビジネスの世界とはまた違ったこういった世界に触れたことによって、いろいろな意味で刺激を受けた朝の1時間であった。
posted by ヒロイ at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする