2021年09月26日

No748:忘れもしない 生まれて初めて“都会”を感じた時のことを

 今日は少し思い出話を(仕事には全く関係ありません)。
 田舎のお年寄りは「都会って怖い所やで」と言ってたこともあったし、「田舎もんと都会の人」 、「田舎暮らしにあこがれて」等、都会とか田舎とかという言葉を使っていろいろなことが語られる。
 私は18歳までいわゆる田舎で生活していたので、都会へのあこがれや興味、それに心のどこかで前述のお年寄りの話ではないが、都会に対する恐怖心のようなものも持っていたように思う。
 こんな私も家族旅行や修学旅行で京都や大阪、それに東京など都会を訪れる機会は何度となくあったが、今になって思い返せば、初めて「これが都会か」と思った時のことは鮮明に覚えている。
 それは私が小学校6年の時、学年で7つ離れていた兄が神戸の大学に進学し、私が一人でその下宿に遊びに行った時のことである。
 兄ももちろん田舎育ちであったが、私に対して誇らしげに都会のあちこちを見せて回ってくれた。
 確かこの時、一度は行ってみたかった甲子園球場にも連れて行ってもらい野球を見たが、実はこんなことよりも兄の下宿の近くの国鉄(今はJR)垂水駅の飲食店街で生まれて初めて明石焼きなるものを食べさせてもらったことの方がよく覚えている。。
 駅の脇の狭い通り沿いにあったその店の前はすごい人込みで、「何これ? 人ばっかしやん?」と都会のパワーに圧倒されながら その明石焼きを口にしたが、口にした瞬間「この食べ物何? たこ焼きのできそこないみたい? また、なんでおつゆにつけて食べるの?」と最初から最後まで不思議な気持ちを抱きながら食べていた。
 その後、近くにあったスーパー ダイエーに買い物に立ち寄ったが、ここも人人人で、それまでに何回か行ったことのあった京都にあるデパートの大丸や丸物(今のヨドバシカメラの所にあった)とは全然違う人の多さや人の動きで、「これが都会か、これが神戸か、すごいな」とその強烈な都会の印象が頭に突き刺さってきたのを今でもはっきりと覚えている。
 私も京都市内で生活しだしてから既に40年以上になるので、今は東京に行けば多少なりとも 「都会だな」と思うことはあっても、体や頭が多少なりとも都会慣れしていっているのは間違いないし、またそうでないとこんなに長く京都で生活できていないであろう。
 実はうちのカミさんも18歳まで田舎育ち(京都府宮津市)で、入試で京都に来た時に、既に下宿生活を始められていたお姉さんにマクドナルドでシェイクを食べさせてもらったらしいが、当時、宮津にはちろんマクドナルドはなく、このシェイクの味や食感を「都会にはこんなおいしいものがあるんだ」と感じたということを話していたのを思い出した。。

 昨今、東京一極集中なんて言われているが、コロナの影響で会社への出勤は減り、仕事の内容によっては、テレワークという仕事のスタイルで“脱都会”を実現している人もいるが、これは数少ないコロナによる恩恵の一つともいえるかもしれない。
 私は中学や高校でクラブ活動をしていたが、「勝ち上がれば西京極で走れるし、京都の旅館にも泊まれる」 なんて言うことも、当時、京都市まで3時間もかかる所に住んでいた者にとっては、間接的ではあったかもしれないが、クラブに熱が入る一つの要因だったようにも思う。
 このようにクラブでの遠征だけでなく、進学して都会で下宿生活が送れるなんて、兄が大学に進学した時のことを思い出せば、それはそれは新しい生活への大きな憧れだったのかもしれない。

 今日はただの思い出話に終始した感はあるが、田舎から出てきて今 都会で生活している人の何割かは、これに近い思いを抱く人もいるのではないかと思う。

 今日は田舎もんが都会で暮らし始めて、そしてそのまま住み続けているという たわいもない話を書き綴りましたががいかがでしたか。
 すみません、今日は本当にただの思い出話につき合っていただいて。
posted by ヒロイ at 16:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月20日

No747:今 気付きました、明日は事務所の創業記念日だということに

 朝、新聞を読んでいてもパソコンをいじっていても 今日の日付を全く見ることなくこの時間まで過ごしていたが、今 日付表示のある目の前の時計を見て、「あっ、明日 創業(独立)した日だ」ということに気付いた。
 実は毎年 事務所の全スタッフにささやかなお礼の品を送るので、9月21日が近づいてくると、「そろそろだな」と準備を始めるのが私の中での恒例行事となっていた。
 今年はある果物を“産直”で取り寄せたため、その農園から食べ頃 間近のものが収穫でき次第 順次送られてきた。
 9月に入って早々3回に分けて送られてきたものを到着した分から すぐさまみんなの机の上に置いていき、9月10日には全て完了していたので、この9月21日という本当の記念日のことはもうすっかり頭から飛んで行ってしまっていた。
 多分このコーナーでもこの節目の日のことについては過去に何度か触れたことがあるが、以前にどんなことを綴っていたかは読み返していないので、これから言おうとしていることが、「また、いつものやつ」と思われる内容かもしれないが、創業記念日くらいは何年か前の創業当時の気持ちを思い出してみるのも決して意味のないものではないように思う。
 14年経って、そりゃ開業当初と比べるといろいろな意味で“ドキドキ”、“ヒヤヒヤ”という経営ではなくなったが、14年前に給与支給日が近づいてくると通帳の残高を食い入るように眺めていた時の気持ちは今思い出すと“ゾッと”するような心境である。

 「経営は細く長くが難しい」とはよく言ったもので、過去最高益と喜んでいた数年後に会社が傾きそうになったということを今まで何度か目にしてきた。
 もちろん業種によっては顧客の嗜好の変化だけでなく、世の中の状況の大きな変化によって売上が激減することも往々にしてある。会社や経営者がどんな努力をしようとも・・・。
 今回のコロナの流行・蔓延はその最たるもので、個人の力ではどうしようもない現実が目の前にある。
 ただ、ここへきて堅調とまではいかなくとも、会社そのものの底が堅いと感じとれる経営者も数名いらっしゃる。
 こういった方の共通点は、「良いときに調子に乗らない」、「常に最悪の場合を想定して行動する」 という理念を持ち続けているところにある。
 経済的に見るとこういった行動や思いは、消費したり、お金を流すという景気浮揚策には相反するかもしれないが、こういった経営者はお金を出すときには出すという気前の良い部分もどこかに持ち備えている感じもする。
 この仕事をしていて得した感があるのは、こういった実例を目の前で見たり聞いたりできることである。
 たまにはあまりよろしくない例も目にすることもあるが、それはそれで反面教師としてこちらも頭の中に叩き込んでおくこともできる。

 話が少し変な方向へ行ってしまったが、記念日というのは決して祝うだけではなく、こうして反省したり、思い返すのには またとないいい機会である。
 こんなことが毎月あるとやってられないであろうが、年一回くらいであれば反省したり、次なることを考えるにはちょうどいいタイミングである。
 とはいってもこういった過去を思い起こした時には満足できるものは何一つなく、どちらかと言えば「ああしとけばよかった」というような反省や後悔の方が頭に浮かぶものである。

 まあ、何はともあれ事務所が14年間続いているということに素直に感謝し、明日の9月21日を迎えようと思っている。
 これも顧問先のみなさまの支援は当然のことながら、事務所のメンバー18人が同じ方向に向かって行動しているからこそ成し遂げられているのであろう。
 ある経営者はコロナ禍になって、「1年1年が勝負です」と言われるが、これは決して先のことを読んでいないということではなく、正に今の経営環境下ではそれくらいの気持ちで日々の経営にあたらないと取り残されそうになるという危機感の表れであると思う。
 本当に大変な世の中になったものである とつくづくそう思う9月20日であった。
posted by ヒロイ at 21:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月12日

No746:マスクの下は?

 コロナの感染が日本でも市中に広まりだしたのは、都市部では昨年の2月後半からだったと記憶しているが、当初は街中でも職場でもマスク着用が必須という状況ではなく、あくまで“任意”で(いまでも一応、法的には強制されていない)、市街地を離れて周辺部やさらに離れて過疎地に行けば行くほど、マスクの着けない人もちらほらする時期もあった。

 今となってはマスクなしで出歩くことはないし、当然のことながら職場を含む家庭内以外の場所での着用率は100%である。
 ただ、先日 マスクの下は、「それあり?」という人に遭遇した。
 今までは髭を伸ばしたことがない人が髭を伸ばしていて、もしかして これを機会に多少おしゃれの意味も込めて変身を試みられているのかな? と思ったが、よくよく見るとちょっと見苦しいくらい手入れができたおらず、いわゆる"ボーボー"の状態であった。
 そして出されたお茶を飲むときだけ少しマスクを下にずらされていたが、飲み終わった後 マスクを定位置に戻されると、そこにはまたびっくりすることがあった。
 マスクで隠れる所だけ手入れができておらず、マスクを着けるとその髭の剃り残しの部分がすっぽりマスクの中に収まるという完成度の高い技であった。
 こんなこと本人様の自由なんだろうが、捉え方によっては、「見えないところはどうでもいい」というふうにもとられかねない危ない技のような気がした。
 まあ、こんなふうに考えること自体 古いというか 大きなお世話なんでしょうけどね。
 そもそも これもお茶を飲む機会がなければわからなかったことですし。

 コロナ禍ならではの話をもう一つ。
 ある会社で新入社員(中途)の採用時に履歴書での書類選考の後、パソコンの画面越しにWeb面接をされ、その時の印象をもとに採用して、失敗したという話を聞いた。
 非常に好印象で問題ないと判断の上 採用されたらしいが、入社後、「あれっ」と思えるようなことが度々重なり、数ヶ月後には 「あの人だけは堪忍して。担当を代えてもらえますか。」と数社のお客様から申し出があったとのこと。
 それらのお客様が上記のようにおっしゃった担当者交代の理由は、「いろいろな面において横着で信頼できない」というものであったようだ。
 この採用した側の方の人にもう少し突っ込んで話を聞くと、「Zoozではわからんかったわ。靴の脱ぎ方、かばんや書類の置き方、それに人と話をする時の姿勢。姿勢といっても画面では首から上しか映らんし。足もとから頭の上まで、そして指先まで見ておかんとな・・。」とおっしゃった。
 ちなみに書類選考の後、Web面接だけで採用されたので、本人と直で初めて会ったのは入社の当日だったようである。


 このことを聞いて私が思ったのは、もちろん全ての場合に該当するわけではないが、「画面だけでは、全容、つまりしぐさの隅々まで見切れないものな」ということであった。
 決して騙されたというわけではないが、ものごとは見えるところだけではいい判断がしづらいということなのであろう。
 最初のマスクの髭の話もそうであるが、コロナだからと言って、そして後の話のように画面だからと言って気を抜かないように対処したいものである。

 それにしても何事においても難しくことが多く、古い人間は本当についていくのが大変な世の中になってきていることには違いない。
 そんなことを考えさせられた コロナ禍での話でした。
posted by ヒロイ at 22:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月05日

No745:開業が不安な奥様の顔

 来年に開業を予定されているドクターの開業支援に何件か関わっているが、その中で勤務先の病院でも要職に就かれていて、勤務医として年収は平均をかなり上回っているという方がいらしゃる。
 働き盛りとはいえ住宅ローンも残っているし、大学生を筆頭に3人のお子様があり、教育費もまだまだこれからという年代なので多額の資金を金融機関で借りての開業は不安がないわけではない。
 
 こういった生活環境あるいは経済状況での開業はよくあるケースであり、開業されるご本人は「不安がないわけではないが、決めたからにはやるしかない」と強い思いを抱いておられるし、また、生半可な気持ちで開業されてもうまくいくはずもないので当然と言えば当然のことであろう。
 ただ 奥様方はそれぞれ開業に関して思い入れの違いや温度差があり、それが私の方にも伝わってくることもある。。

 今 進めている開業案件で、ここまでの打ち合わせで奥様が3回 同席されているが、初めての面談の時はまだ開業を検討されている段階であり、この医療モールに関わる建設業者や医療機器業者の説明を先生といっしょに聞かれていた。
 その時は不安げな顔つきで、にこやかな表情は最初から最後まで見せられることはなく、その隣で終始落ち着いた表情の先生と対象的だったのを覚えている。
 全ての説明が終わって、先生と奥様、それに私の3人になってから、奥様は開口一番、「ほんとに先程の説明のようにうまくいくんでしょうかね? 各業者さんっていいことしか言いませんよね。それが逆に不安をあおるんですよ。」とおっしゃった。
 確かにいろいろな開業事例をご存知でない奥様がそう思われるのも決して不思議なことではなかった。
 私はこの後、開業されることが決まった場合、当方でできる支援内容の他、新規開業のリスクについてもあえて説明したが、リスクは一方的に襲ってくるばかりではなく、回避する方法もあることを話した。
 先生と奥様、そしてクリニックちに関わる人たちの力で、事業を早く軌道に乗せることは可能であることや今まで多くの開業医の先生方が実現されていることも・・・。

 この日から2週間後、先生から「家内とよく相談した結果、いっしょにがんばろう ということになりました。家内の不安が100%消えたわけではありませんが。」 と連絡があり、当方への開業支援の正式な依頼もあった。

 それから数日後、先生からは開業に関わる費用、そして奥様からは教育費を含む 家計としての必要額などの聞き取りを終え、現在 私の方で作成した[事業計画書]を銀行へ持ち込み、融資の審査にかけてもらっているところである。

 先週までにこの先生ご夫妻とは3回面談したが、奥様の顔から不安な表情が徐々に和らいでいっているのがこちらにも伝わってくると同時に、「ここまで来たら やるしかないな」という奥様の気持ちが前に座っている私にも伝わってきた。

 まだまだ先は長いが、この奥様が「開業してよかった」と心から喜んでもらえるようにしっかりと支援していかねば と思った。

 ある顧問先の先生からは、「廣井先生が開業支援の仕事を続けられる限り 我々の競合先が増えるということですね。」と厳しいことを言われたことも何度となくあるが、開業を決意された先生とその家族の生活をバックアップするということに喜びややりがいを感じるのも事実である。

 今回のような まだ不安の消えない奥様であれば、意地でも不安を解消してやるぞ と。
 これも開業支援の仕事のやり甲斐のひとつなんでしょうかね。
posted by ヒロイ at 20:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする