2021年04月25日

No727:甘くはない田舎暮らし

 コロナ禍において会社へ出社せずに自宅で仕事をしたり、自宅以外の場所で仕事をする いわゆるテレワークを政府の後押しに乗って、何とか推進していこうという企業が出てきている。
 自宅が手狭だったり、家庭内でのコロナ感染のリスクを回避するためにホテルで何日も連泊し、そこで業務をこなすという形も取り上げられおり、ホテル暮らしをしながら仕事なんてなんだか羨ましいような話であるが、果たしてこれって本当にうまく機能しているのだろうかと考えるのは自分が実行できない妬み心からそう思うのであろうか。
 たまのホテル暮らしなら気分転換もでき、多少ウキウキ感もあるが、これが何日も続くとこれはこれで効率が保てるのか、また自分のモチベーションも維持できるのか疑問の残るところであるが、通勤や社内での密を避け、コロナの感染防止という観点から見れば一定の効果はあるだろう。
 ただ、現実にはその費用はだれが負担するのか、仮に会社が負担するにしても何十人もの分を会社が払うとすれば、その負担とて容易なことではない。しかも この時期に業績が低迷しているような会社であればなおさらであろう。

 また、このコロナ禍では都市部から離れて地方への移住も話題になっているが、移り住んだ後、「よかった、もっと早く実行に移せばよかった」という肯定派の意見以外に、「自然が多いことを楽しみにしていたが、それだけでは決して充実した生活は送れない」とか、「移住先のいい面だけを見て移ってきたが、困る点、デメリットももっと想定しておけばよかった」と後悔している話も耳にすることがある。
 これはこのコロナ禍だけでなく都会で会社勤めをしていた人が、老後を自然の豊かな地で過ごすという定年後の移住の場合も多少似た面があるように思う。
 私も山や海が近くにあり、食材も豊富な土地に生まれ育ったが、都会の人が思うほどいい面ばかりではないように思う。
 今まで住んだことのない所、特に都会の人が田舎暮らしを始める時に、経済的なこと(収入面)や子育て世代であれば教育環境について大きな変化があることは、ある程度は事前に情報や知識として得られているであろうが、一番大変なのは日々の生活と密接に関係する医療と介護の状況、それと後になって分かるものととして気候が挙げられる。
大体、今まで生活をしたことのない場所を調べると一番いい気候の時の情報が発信されていることが多いように思う。
 年中温暖な南九州や沖縄、夏も20度台で過ごしやすい北海道、そして自然に囲まれて食べ物の美味しい丹後地方(私の出身地)をはじめとする日本海側 等。
 気候はいい時ばかりでなく、暑くて台風の多い沖縄、1日の最高気温が氷点下の日が続く北海道の内陸部、そして冬は雪が降り続く日本海側等、今までその地で生活をしたことのなかった人にとっては耐えられないくらい厳しいものかもしれない。
 私は田舎暮らしや移住がダメと言っているわけではなく、こういったことも想定したうえで実行に移すべきであると言いたいのである。
 この移住や引っ越しというものが、親の介護で実家に戻るとか、結婚相手が田舎の出身でその地についていくとか一定の理由がある場合には覚悟を決めて、その地でより一層充実した生活を送ることで、納得もでき、満足感も得られるであろう。
 ただ、新聞や雑誌にはいい事だけを取り上げている広告が目について仕方がない。特に移住や老後の生活の場としての広告に。

 今日も言いたいことをいろいろと言ってきたが、何をするにも思いどおりにいかない場合も想定したうえで実行に移すべきであろうということである。

 私は交通の便も程よく、一定の自然もある今の場所での生活は一応満足しているが、自宅で過ごす時間があまりにも少ないことについては満足できないところではある。
 まあ、これは仕事と仕事外のバランスをうまくとることができない私に責任があることはよく分かっている。
 今朝は久しぶりにぽぽたん(うちのワンちゃん)の散歩で宝が池に行くと、目の前のに鹿が現れ 「これぞ自然動物園」と、一瞬とはいえ、時間に追われる日々を忘れられた瞬間でもあった。
 コロナは大変な状況が続いているが、もうしばらくの間、焦らず、無理せず 乗り切って行ければと思っている。
posted by ヒロイ at 23:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月18日

No726:名物・名産なんてなくなるかも?

 先日、新聞で京都の寺町から一定規模以上の電器屋さんがなくなったという記事を見て、時代は大きく変わっていってるなと感じた。
 私も元々京都(市)で生まれ育った人間ではないので、「電化製品を買うなら寺町で」ということは、20歳前後の頃、京都に住んだことのあった兄や姉、それに大学時代の友人から聞いて初めて知ったが、学生時代にウォークマン、そして社会人になって部屋にエアコンを取り付ける時にこの寺町通に軒をを連ねる電器屋さんで安くていいものを探しに行ったものである。
(注)当時の賃貸物件は、全室エアコン完備のものばかりではなく、エアコンを自分で取り付ける物件もあった。
 今でも買い物しているとたまに見かける言葉であるが、当時の寺町の電器店街あった大型店の前には、「当店より安い商品のチラシをお持ちいただければ、その金額にて販売いたします」という張り紙がしてあったのを覚えている。
 私も寺町の電器屋さんになんてほとんど行くこともなかったが、例のウォークマンを買いに行ったとき 3、4軒の電器屋さんを回り、まずは一番気に入った商品を探し、そして買うものが決まれば、次はその商品が一番安い店を探しに回ったのを覚えている。
 京都の寺町=電器屋さん と頭の中で結びつくのは、今や一定の年齢以上の人なのだろうし、今、京都で電化製品を買うなら京都駅周辺に足を運び、ヨドバシかビックカメラを訪れる人が一番多いであろう。
 「○○買うなら○○へ」とか、 「□□のお店がたくさんある街(通り)」なんて言うのが今後はなくなっていくのであろうか? いや、もう既にその多くがなくなっているのでは・・。

 話は電器屋さんの話題から少し変わるが、先日 京都の有名な八ッ橋の店の前を通ると、日中にもかかわらずシャッターが下りていた。
 確かに八ッ橋なんて地元のものがおやつ代わりに食べるものでもないし、観光客、特に修学旅行生や外国人観光客が来なくなり、売上は80%近く減少したの記事を目にしたことがある。
 今 八ッ橋店が店を開いても客は来ないし、開けておくだけ人件費や光熱費等の維持費も掛かり赤字が膨らむだけなのかもしれない。
 今日の本題からはちょっと話が横道に逸れるが、普段はほとんど口にしないゆば(湯葉)の話を少し。
 私の長男の嫁さんが神奈川県出身なので、いつも京都に来ることを大層楽しみにしていてくれて、来る時には必ず 「おいしいものを食べに連れて行ってくださいね」と言われる。
 料理の中でも「ゆば料理」をリクエストされたことがあり、食べに連れて行って、食事中に「京都の人っていつでもこんなものが食べられていいですね」と言われたことがあるが、京都人が日常でゆば料理を食べる機会なんてまずないし、私なんて田舎から大学進学のために京都に出てくるまで、湯葉という食べ物さえ知らなかった。多分初めて口にしたのは、20代の半ばであったように思う。

 そして、又 突然 本題でに戻りますが・・。
 最初の電器屋さんの話は、電化製品だけに限らず あらゆる商品において、大型店の進出により、街中にある個人商店は閉店に追い込まれ、かつては賑わった商店街もわずかの店だけがかろうじて残っている いわゆる歯抜け状態になってきている。
 また、地方特有の料理をはじめとする名物、名産は観光客が訪れて初めて、売れたり、それを扱うお店が商売として成り立つものであるが、このコロナ禍においては移動の制限もあり、観光地にあるどこのお店も閑散としているし、商売自体が継続できない状態に陥っているようである。
 何年か経つと、「ここでは昔○○そばが有名だったらしいよ」とか、「ここの○○餅は、5年程前までは人気があって、並ばないと買えなかったらしいよ」なんて言う何とも寂しい会話があちこちから聞こえてくるのかもしれない。

 新幹線や高速道路の伸張、そして大型店の進出というこれまでになかった新しい生活スタイルに、このコロナが追い打ちをかけ、とどめを刺された感がある。

 コロナ感染防止のため、人の往来に制限をする「○○宣言」が頻発・頻出しているが、そのせいもあって東京に住む長男夫婦はお正月に続き、この5月の連休も帰って来なくなった(来れなくなった)。
 不安を抱えたまま、あと10日ほどでGWに入ってしまうが、本当にこれからどうなっていくのか、いろいろ考えてもなかなか答えの見いだせない春である。
 こんな時は耐えるしかないのでしょうかねえ? でも、我慢しても光が見えてこないからね。ほんとに・・・。
posted by ヒロイ at 20:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月11日

No725:別れ際、いや”帰り際”の一言

 なんか妙なタイトルで彼や彼女と別れる時の最後の言葉のことかなと思っておられる方もいるかもしれないが、残念ながら今回は仕事で出向いた先で帰る時の掛けられる一言が、帰って行く者にとって、随分 気持ちに差が出るなという話である。

 コロナの影響は業種、あるいは開業医の診療科目よって差はあるものの ほとんどの顧問先は経営状況が悪化している。
 顧問先の訪問時には月次の定例業務の他に、最近はこの厳しい状況をどのようにして乗り切っていくのか、資金繰りは大丈夫か、それに支援金や補助金の申請方法など相談内容は今までになく多岐にわたっている。
 いろいろな話が終わった後、帰り際には一言 声を掛けられるが、ある経営者は最近 業績が低迷気味である中、「本当にいろいろな方策を示していただきありがとうございます。今日は力をもらいました、明日から何とか前向きに頑張ります。下を向いていても何一つ解決しませんから。」と 最後にこちらが励まされるような言葉を口にして見送ってくださる。
 また、あるクリニックの院長夫人は、「厳しい状況が続いて、なかなか出口が見えませんが、地道にコツコツとがんばっていきます。まだ、ぜいたくしなければやっていけます、今の世の中もっともっと大変な方もたくさんいらっしゃるでしょうし。これからもバックアップお願いいたしますね。」と、この方の場合にもどちらが励まされているんやろと思わず胸が熱くなる帰り際であった。
 又、中には寒い日でも外で私の車が見えなくなるまで見送ってくださる奥様もある。
 こんな帰り際のことだけで顧問先のことを判断するわけではないが、やはりそこには熱い想いがあり、こちらも思わず「なんとしてでも」とか、「何とか救うぞ」なんて想いになってくるものである。
 訪問した時にある経営者は、私への質問をいくつもメモに書き留めておられ、1から順番に聞いてこられるが、これはこれで嫌な話ではなく、私の面談を心待ちにされていたという想いが伝わってきて、ある意味 訪問のし甲斐があるということである。

 ただ、逆に?が付く顧問先がないわけではない。
 訪問した時、いつでも機嫌が悪く、従業員の不満から始まって、お客(患者)への不満、そして最後には税理士(事務所)への一言(褒められたことはほとんどない)で締められる。
 この顧問先については、今まで当事務所としては手を抜いたことなど一度もなく、どちらかというと他の方よりも気を使いながら、細やかな対応しているつもりなんだが、なぜか当事務所への満足度は低く 感謝の言葉など一度も聞いたことがない。別に感謝の言葉を期待しているわけではないのだが・・。単に波長が合わないのかな? と思う時もあるが、この経営者の心のどこかで税理士に頼っているという気持ちがこちらにも伝わってくるので何とか関係は続けられている (この場でこんなことを書いてはいけないのかも、これを読んでおられたらアウトかも?。でも、こちらには嫌な感情など一つもないし)。
 私もこの顧問先を毎月訪問するわけではないが、こんなことがあると次に行く時にはきっと満足させたり、喜ばせるぞと思って訪問するのだが、なかなか満足の得られる結果にはならず歯がゆい思いが続いている。
 顧問先の方が税理士にどんな思いをぶつけられかは自由だが、お互い気持ちよく仕事をすることって非常に大事なことのように思う。


 私も時と場合によっては当然のことながら顧問先に対して厳しい言葉を発しないといけないこともあるが、そこは双方の“想い”によって その言葉の受けとめ方も随分変わってくるものである。
 気持ちだけで仕事が進められるものでもないことは重々に承知しているが、心穏やかに そしてよい気持ちを持ちながら顧問先の対応や応援ができる そんな税理士でありたいなと思っている。

 最後に話はゴロっと変わるが、今日は12月以降で自分の時間が一番とれた休日であった。
 愛犬ぽぽたんと朝夕各2時間ずつ散歩、読むべき 溜め込んでいた資料に目を通す、簡易な衣替え(第一弾)、そして行きたかった蕎麦屋にも行き(今のご時世 外食がダメだったのかも?)、何と5ヶ月ぶりに念願の休日の昼寝もできた。
 こんな休日こそ、本当にリフレッシュできたと言い切れるし、毎週、こんな休日がとれようになれなと思いながら一日を終えようとしている。
 では、おやすみなさい。
posted by ヒロイ at 23:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月04日

No724:自己統制に苦労する

 今日は少し難しい言葉ではスタートするが、
 「自己統制」とは、複雑または困難な状況に直面したときに、自分の感情、行動、身体の動きを管理する能力のことをいう。
 今までこの「自己統制」なんていう言葉はほとんど使ったことがなかったし、言葉の意味自体、あまり深く考えたこともなかったが、あるきっかけで“自己統制”という言葉に触れる機会があったので、コロナ禍にこそ、まさに自分をコントロールする“自己統制”が大事である感じたので今回 取り上げるてみることにした。
 
 新年やお盆に親族が集ったり、成人式、卒業式、入学式・入社式その他 学校や社会において、一年のうちにいくつもの行事があるが、こういったものが縮小されたり、中には開催そのものができなっくなっているものもあるという状況下では、節目というものが非常に分かりづらくなってきている。
 目の前の確定申告にしても、今年は法定申告期限が1カ月延長されたので、現場としては時間的にも体力的にも例年より少しは余裕があったが、いざ 取り掛かりだすと いつになっても確定申告が終わらず、我が事務所でも 今の時点で95%以上は完了したものの、あと数件残っているおり、いつになっても 「確定申告完了」という、例年待ち望んでいるすっきりした気持ちになれず今日に至っている。
 我々の業務もこの仕事だけであれば、「気持ちにゆとりができてよかったな」と言えるのかもしれないが、通常の業務は暦どおり動いているので、そういうわけにはいかない。
 どこでも4月1日は新しい年度が始まり、例年 気持ちも一新し、否応にも引き締まるものであったが、こういったピリッとしたところもなく4月1日を迎えた。まるでただの通過点かのように。

 幸いにも日本には四季があるので、桜の花が咲いたり、必然的に衣替えも必要となるが、これとてこれまでのような一つの区切りというにはほど遠い、暦どおりに訪れる季節の移り変わりに過ぎない。
 こんな中では最初に掲げたように、自分で自分のことをコントロールするということが今まで以上に必要となってくる。
 何かにつけ放っておけば、気が付いた時には 時 既に遅しということになりかねない。緊張感を持続するなんてことは限界があるが、こういった中ではまさに自己統制の能力が問われるし、スケジュールを確認したり、管理することことへのエネルギーは今まで以上に必要になってくる。
 これは、今までのように月単位や季節ごとに行われるいくつものことが行われなくなっているのでやむを得ないことである。

 こういった中で最も自分を活性化してくれるのは、やはり従来からの顧問先様であったり、初めて会う新しいお客様との面談である。
 誰しも過度な刺激は望んでいないが、一定の刺激こそが今の自分には必要なのであろう。ただ、これもコロナの影響でかなり制限されるなかでやりくりしないといけないという難しさがある。
 コロナ禍においては、「何気なく」というのが通用せず、今まで以上に自分で考えて行動する必要があると思うし、なかなか 厳しく、難しい世の中になってきたなと感じてしまう。
 当事務所では4月7日(水)には確定申告を完了させ、やっと通常の体制に戻すので、ある意味、ここからが事務所の新年度といえるかもしれない。 あと3日。長かったな、今年の確定申告は。、

 自己統制が必須とまでもいわないが、ボーっとしてると流されてしまいそうな世の中になってきていることには違いない。
 何かしら落ち着かず、気が付けば4月も終わってしまいそう毎日である。
 明日はそろそろ自分の確定申告のメドをたてないといけないなと考えている日曜日の夜である。
 では、今日はこのへんで。
posted by ヒロイ at 22:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする