2021年02月28日

No720:情報に溺れないようにするために

 いつからなのだろうか 我々の周りにこんなに多くの情報が溢れるようになったのは・・。
 今やインターネットを通じて いつでも、どこでも、どこからでも情報が入手できるだけでなく、情報が入ってくる方も半端な量ではなく、この情報の整理というか、自分にとって必要か否かを選別するのがなかなか難しい、しかも瞬時には。
 情報の中にはどちらかというと必要でないものも多くあると思うが、今は必要でなくても知っておくと後で便利なものもあるので情報の切り捨てには勇気がいる面もある。
 こうなってくると情報を入手する方法はもちろんのこと、情報を選別する力も今まで以上に重要視され、この選別する力の差がそれぞれの人間の実力の差となって表れることもある。
 私自身も入ってくる情報を整理し、必要に応じて使いたいときに取り出せるようにしておきたいのだが、情報の整理方法が下手なのか、思ったときになかなか取り出せなくてイライラすることもある。
 ひと昔前なら、朝と夜のニュースと新聞くらいが情報源で、その時だけ集中して視たり、読んだりすればよかったのが、今やパソコンの前で仕事をしたり、スマホを持ち歩いていると、パソコンやスマホを覗き込まない時間が1時間以上空くことはほとんどといっていいほどない。
 逆にこういう状態が続いていると集中力に欠けたり、効率が上がらないこともあり、まさにそこには情報に食い物にされ、情報に溺れかかっている自分がある。
 ただ、いろいろな人と話していると、情報は多いがうわべだけの人と情報の本質まで捉えている人の差もはっきりと分かることもある。
 私も顧問先の方と話していると、「いや〜、何でもよく知っている人だな」とか、「よくそこまで深読みできるな」と 関心してしまうような人が何人か頭に浮かんでくる。
 こういった人の共通点は、情報を自分の都合のいいように解釈することなく、第三者の立場から捉えられる人であり、たまたまかどうかは分からないが どの人にも共通しているのが読書量が多く、時間がとれると常に本を読んでいる人である。
 こんな経営者の部屋(社長室や院長室)の机の上は 読み終えた本とこれから読みたい本がところ狭しと積まれており、その分野も偏ったものでなく非常に多岐にわたっている。
 今まで、院長を含む経営者の机の上にある本で、旅行や車 それに音楽の本などは仕事の合間の息抜きに目を通されるのかなと 納得するしながら見ていたこともあったが、ある経営者の机の上に漫画の本が置いてあるのを見た時には(しかも数冊)、口にさえしなかったが、「これはないやろ」と思ったこともあった。

 これほど情報が溢れる時代であるからこそ、自分を高めるため、あるいは、自分を和ませたり、気持ちを落ち着かせることができる情報を得て毎日の生活を充実したものにしたいものである。

 最後に溢れる情報の整理を実行するには、時間だけでなく勇気も必要とされるが、まずは自分の周りにある情報で必要でないものをもったいぶらずにばっさりと切り捨ててしまうことであろう。

 何ごとにおいてもため込むことが善ではなく、ため込みは悪である という感覚こそがこういったことを実現する早道であるように思う。
 「いらんもんは捨てる」、そうすると きっと新しいものが得られのだろう。
 さあ、今から少しずつでも実行してみるか・・・。
posted by ヒロイ at 22:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月23日

No719:いつからこんな あら探しをする社会になったのか

 過去において何かミスを犯したり、問題となる発言をしていたという いわゆる“あら”が見つかった場合 、ここぞとばかりその部分に攻め入り、その当事者にとっては当然 触れて欲しくない点についてもお構いなしに集中放火を浴びせるというやり方が最近やたらと目につく。
 対象となる人が政治家や芸能人の場合、こういったことをされるのはある程度 宿命と言わざるを得ない部分もあるが、最近のマスコミの報道を見ていると雑誌の発行部数を増やしたり、視聴率を稼ぐためにやっているとさえ思えようなところもある。またSNSでは発言者が誰か定められないという点を利用して、責任の問われない発信・発言がし放題の状態になっている。
 日本人はいつから こんなあら探しを好むようになったのであろうか。私は昨今のこの状態を「嫌な感じ」と思いながら見ているひとりである。
 確かに問題となる言動をし、言われる側が悪い場合も往々にしてあるが、私自身はこのような状況には、正直辟易している。
 もちろん“あら”の 中には先日の東京五輪組織委員会の森 前委員長の発言や菅首相の長男の総務省接待疑惑など誰が聞いても呆れたり、擁護のしようのない言動もあるが、些細なことで「もうちょっとそっとしといてやれや」と思うようなこともある。
 確かに間違っていることへの指摘があると、指摘された方は間違っていたことについて二度と同じ過ちを繰り返すことのないよう反省するという一定の効果がないわけではない。
 そういった 意味ある正当な指摘は世の中を変えていく上でも決して無駄ではないが、中には他人に対して暴く必要のないようなことまで公表し、ただ単にうけや腹いせのためだけにやっている例も数多く見受けられる。
 最近ではマスコミだけでなく、政治家同士でただ単に相手を蹴落とす、角度を変えて見てみると、自分が這い上がる手段として、あらを探し、それを公表し、世論を味方につけるという手法をとる人もいるが、その発言の中身は正当な論戦には程遠い場合もある。
 当然 悪は許されるものではないが、ちょっとしたミスや思い違いのようなことは、成長する過程では誰にでも起こりうることであるし、こういった時に指摘の仕方が下手であったり、そのタイミングがまずかったりすると、若い人や経験の浅い人の成長を阻害することにもなりかねない。内容にもよるが、もうちょっと長い目で見て 盛り立ててやればなと思うこともあるし、そういった広い心で接することがその対象となった人を予想以上に飛躍させることだってある。

 私も決して小難しい本ばかりでなく、いろいろな分野の月刊誌や週刊誌に目を通す機会もあるが、とにかく褒めることより、けなしたり、あらを探すような記事が多いことにうんざりする。
 そりゃ輝かしいことよりも、汚点とよばれることの方が記事にしやすいし、読者受けして発行部数も増えるのであろう。
 少し前、といっても20年、30年程前はもう少し、褒めるような話を読んだり聞いたりして、自分の目標にしたりすることもあったが、今や雑誌に中身は けなしや揚げ足取りのオンパレードである。
 どこの社会においても完璧な人はほとんどいないであろうし、企業の経営者や人の上に立つ立場の人なら、入社時 「アイツ困ったやっちゃ」と思っていた新入社員が、教えたり、いっしょの時間を過ごすことによって大きく成長し、5年もすれば なくてはならない存在になっていたということは誰もが経験していることであろう。

 こんなことを言っている自分がそんな対応ができているかというと、なかなか「はい」とは言いづらいが、このようにいやだなと思うことにも目を向け、自分なりに考えることによって 少しでも自己反省の材料になればと思って今日も偉そうなことを書き綴ってしまった。
 みなさんはどう思います、最近の世の中・・。
 こんなこと言うこと自体、もう誰からも相手にされないおっさんなのでしょうか?
posted by ヒロイ at 18:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月14日

No718:いつもと見る点が違う今回の確定申告

 私の周りで「コロナ、コロナ」と騒がしくなってから約1年が過ぎようとしている。
 最初の頃は今のようにマスクは必須でなかったし、学校や会社もまだ 従来のスタイルが残っていたが、(昨年の)2月の後半になると京都でも生活する上でさまざまことに影響が出始めた。
 例年この時期は確定申告の真っただ中であるが、申告後の打ち上げ(慰労会)をどこのお店でしようかと考えるのがこの時期の楽しみの一つであった。
 昨年も1月末に和食のお店を予約し、2月の終わり頃  「3月の後半のことはまだ読めないのでひとまずキャンセルをせずにこのままで」といったん保留にしていたが、それから数日後には、「こりゃ無理だわ」とキャンセルの電話をしたのを思い出した。

 昨年は2月の下旬になってから確定申告期限の延期が発表されたが、今年は2月に入ってすぐ、1ヶ月の延長が発表され、所得税、消費税、贈与税ともに4月15日が期限となった。
 緊急事態宣言で指定された都府県では当然と言えば当然の措置であろうが、やはりここは国税における措置なので全国一律での対応となった。
 こんな状況の中、各顧問先や事務所のスタッフへの対応も検討した結果、事務所内での最終の締日を多少ずらす形に決定し、現在 それに向けて確定申告の作業に取り掛かっている。

 ただ、事務所のスタッフも在宅での勤務も交え、今までとは違う慣れない形で申告業務を進めてもらっているが、申告期限が延長になったからといって、決して間延びしたり、余裕のあるムードなどどこにもなく、いつも以上に緊迫しながら仕事を進めているというのが現在の我が事務所の状況である。

 過去においては3月15日というお決まりの日があったので、とにかく一心不乱にその日に向かって確定申告書を作成していたが、今年はこういったコロナ禍で、しかも緊急事態の延長及び解除も含め、3月末までの間には何らかの変化もありそうな情勢下での取り組みである。
 ただ、何かにつけこういった不安定な状況の中では 各事務所やそのトップの判断により対応に差がでるので、様々なことへの対応について どうするのが一番いいのか悩みながらこの確定申告時期を過ごしている。
 いずれにしても まだもう少し考えてながら事を進める日々が続きそうな今年の確定申告である。

 税務申告の依頼を受けている以上、各納税者に合った可能な節税方法を探り、最大限の節税効果を導くということが重要であるが、今回 対象となっている令和2年分の個人事業者の所得は軒並み前年を下回り、中にはこれからの資金繰りを考えないといけないくらい厳しい事業者もいつも以上の数にのぼっている。
 そういう意味で、今回は決算書の売上と利益(所得)に目を向けるだけでなく、売上の波(変動)、借入金の増加、それに資金(預金)の残額を注視し、これからの1年間の資金繰りや経営方針の相談に乗らなければならない先が数多くある。
 例年、確定申告は経営者の通知表のようなものと言ってきているが、今回はいっしょになって対策を練らないといけない通知表(決算書、申告書)の報告となっているし、こういった大変な時こそ 顧問税理士の腕の見せ所かなとも自分自身に言い聞かせながら、確定申告を乗り切っていきたいと思っている。
 所得税法では確定申告書の提出は2月16日から3月15日と記されているが、コロナに振り回され、本来の申告期限を忘れてしまいそうになる昨今の申告事情である。
 何はともあれ、事務所が総力戦で臨むことはいつの時代になっても変わらない、それが正に1年に1回の確定申告である。
posted by ヒロイ at 22:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月07日

No717:時代錯誤にならないように

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会 森会長の女性を巡る発言が問題となり、コロナ問題以外で本大会の開催の是非にまで発展しかねない“事件”になっている。
 この場で森会長が継続されることについての意見を述べるつもりはないが、あえて言うなれば、「どんなことでも 時代の変化についていけない人がトップに立ってやっていけるほど、世の中は甘くない」ということなのだろう。
 政治の世界であれば、年齢、当選回数、派閥等のしがらみ以外にもまだ目に見えぬ男女差はあるように思うし、マスコミにしてもすぐに「女性初の・・・」のということを見出しにしたがる風潮がまだまだ残っている。
 ただ今回は年齢、地域、そして性別なんて関係のない全世界の人が注目すべきイベントであるにも関わらず、政治家気質というか、古い感覚を持ったままの人がトップに立っていたことに問題であったように思う。
 今の時代、どこからでも話が漏れるので 「ここだけの話」なんていうことにはなりにくいし、SNSという恐ろしい拡散手段があるのであっという間に全世界に広まってしまう。ということで、発言の真意は別にして、誰もがそういった状況の中に身を置いているということを自覚しておかないといけないのに この森会長はこの自覚が足りなかったということも問題を大きくしている要因の一つとしてあげられるであろう。
 不祥事や男女の怪しげな話でも以前であれば、「ほとぼりが冷めるまで」といって、時が解決してくれる部分もあったが、今は全く逆で時間を追うごとに広がっていく状況にある。
 そういう点を特に政治家や企業経営者たるものは、常に頭の片隅に置きながら行動しなければならないし、一歩 というか 一言 間違うと、一瞬でアウトになってしまう。
 そのアウトも頭を下げて謝罪で済むうちは軽傷であろうが、内容によっては即刻退場ということも今の時代大いにあり得ることである。
 では こういったことを防止できるかどうかというのは、手っ取り早いところでは同僚や部下、友人、そして家族の中に、問題点を指摘してくれる人がいるかどうかである。本当に独りよがりほど怖いものはないので・・。
 ただ これがなかなか難しいことで、人間誰しも自分の周りは自分にとって心地よい人で固めたいと思うので、当然のことながら 子供から大人に至るまで心地の良い人間関係は自然と築かれていっているものである。
 私自身も目の覚めている間は言動に気を付けなければいけない中に身を置いているが、ふと考えると一人でいる車の中とお風呂が何とも心地がいいのはこういったことと結びついているのかもしれない。

 「目は口ほどにものを言う」と言われているが、仮に目の表情でいろいろな思惑が表に出ても、言葉にしなければ問題視されることはまずないと思う。やはり口から出た言葉は形の上では撤回ができたとしても、元には戻らないし、取り消すことだってできないものである。
 言葉という観点で捉えた場合、最近の国会中継で、「○○さん、あなた先日・・・・って言ったでしょ」ととにかく言葉尻だけを捉えて論戦に持ち込んでいるの目にするが、こちらの方は言葉だけでなく もう少し問題の本質を議論してほしいなと思ってしまうこともある。

 いずれにしても「口は災い元」ということは、いつの時代でも、どんな人でも共通して言えることなので、私自身も失言のないように心して毎日を過ごしていかねばと思っている。
 最後に 今回の一件をみて自分に言い聞かせる意味で もう一つ誰でも耳にしたことのあることわざを掲げておきます。
   「人の振り見て我が振り直せ」

 では、今日はこれでおしまい。
posted by ヒロイ at 15:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする