今やインターネットを通じて いつでも、どこでも、どこからでも情報が入手できるだけでなく、情報が入ってくる方も半端な量ではなく、この情報の整理というか、自分にとって必要か否かを選別するのがなかなか難しい、しかも瞬時には。
情報の中にはどちらかというと必要でないものも多くあると思うが、今は必要でなくても知っておくと後で便利なものもあるので情報の切り捨てには勇気がいる面もある。
こうなってくると情報を入手する方法はもちろんのこと、情報を選別する力も今まで以上に重要視され、この選別する力の差がそれぞれの人間の実力の差となって表れることもある。
私自身も入ってくる情報を整理し、必要に応じて使いたいときに取り出せるようにしておきたいのだが、情報の整理方法が下手なのか、思ったときになかなか取り出せなくてイライラすることもある。
ひと昔前なら、朝と夜のニュースと新聞くらいが情報源で、その時だけ集中して視たり、読んだりすればよかったのが、今やパソコンの前で仕事をしたり、スマホを持ち歩いていると、パソコンやスマホを覗き込まない時間が1時間以上空くことはほとんどといっていいほどない。
逆にこういう状態が続いていると集中力に欠けたり、効率が上がらないこともあり、まさにそこには情報に食い物にされ、情報に溺れかかっている自分がある。
ただ、いろいろな人と話していると、情報は多いがうわべだけの人と情報の本質まで捉えている人の差もはっきりと分かることもある。
私も顧問先の方と話していると、「いや〜、何でもよく知っている人だな」とか、「よくそこまで深読みできるな」と 関心してしまうような人が何人か頭に浮かんでくる。
こういった人の共通点は、情報を自分の都合のいいように解釈することなく、第三者の立場から捉えられる人であり、たまたまかどうかは分からないが どの人にも共通しているのが読書量が多く、時間がとれると常に本を読んでいる人である。
こんな経営者の部屋(社長室や院長室)の机の上は 読み終えた本とこれから読みたい本がところ狭しと積まれており、その分野も偏ったものでなく非常に多岐にわたっている。
今まで、院長を含む経営者の机の上にある本で、旅行や車 それに音楽の本などは仕事の合間の息抜きに目を通されるのかなと 納得するしながら見ていたこともあったが、ある経営者の机の上に漫画の本が置いてあるのを見た時には(しかも数冊)、口にさえしなかったが、「これはないやろ」と思ったこともあった。
これほど情報が溢れる時代であるからこそ、自分を高めるため、あるいは、自分を和ませたり、気持ちを落ち着かせることができる情報を得て毎日の生活を充実したものにしたいものである。
最後に溢れる情報の整理を実行するには、時間だけでなく勇気も必要とされるが、まずは自分の周りにある情報で必要でないものをもったいぶらずにばっさりと切り捨ててしまうことであろう。
何ごとにおいてもため込むことが善ではなく、ため込みは悪である という感覚こそがこういったことを実現する早道であるように思う。
「いらんもんは捨てる」、そうすると きっと新しいものが得られのだろう。
さあ、今から少しずつでも実行してみるか・・・。