2020年10月04日

No700:誰かがどこかで守っていてくれる

 今回は一応 700回の節目なので、少しくらいは感慨にでもふけり、軌跡をたどるようなこともしたかったのだか、今日は日曜日であるにも関わらず いつになく慌ただしくバタバタしていたので、そんな過去を思い起こすような時間もほとんどないまま一日が終わってしまった。

 午前中は相続税の申告に関する相談があり、7月に80代後半でお亡くなりになった方(元女医)のご自宅を訪問した。
 1ヶ月程前に相続税申告業務の正式依頼と同時に、申告までのスケジュールや今後の対応について説明してほしいとの連絡があり、納骨のため3人の子供さんが集まられる今日をその打ち合わせ日として指定されていた。3人のうち1人は東京から日帰りで駆けつけられ、法要前の1時間という限られた時間ではあったが、相続人全員が揃う貴重な機会を与えていただき、今後の業務について説明をすることができた。

 午後は京都の顧問先が同業の大阪の事業所を引き受ける形で大阪に進出することになり、その最終打ち合わせのため 関係者が日曜日を利用して一堂に会することになった。こちらも大阪の会社の顧問税理士が東京から出向いてこられることも含め、代替の日の調整がつかず本日の打ち合わせとなった。
 自分でも仕事は嫌いな方ではないとは思うのだが、さすがに休日のダブルヘッダーは体に応えた。しかし、どちらも今日を逃すと次の面談の機会がかなり先になりそうなのと、どちらも重要な案件であったので日が重なったことはやむを得なかったと思っている。

 昨日(土)は天候に恵まれていたので、愛犬ぽぽたんと久しぶりに加茂川に出て散歩し、自分でもいつになくリフレッシュできるいい時間を過ごすことができていたので、今日一日は気持ちの上ではまだ昨日の癒された気分が残っており、案外苦にならずに過ごすことができた。
 結構いい歳なのに こうして元気でいられるのは誰のお陰? なんて ふとたわいもないことを考えてしまったが、これは私のこの体を生み、育てくれた父母によるところが大きいなとあらためて思った。
 私が毎月訪問している与謝野町(京都府北部)の顧問先から200mのところに今や空き家となった私の実家があり、また、そこから車で10分ほどのところの介護施設に現在88歳となった母が入所している。   
 先日、近くを通った時、決して時間的に余裕があったわけではなかったが、お盆の墓参りもできていなかったので一人で実家に立ち寄り、誰もいない仏壇の前で手を合わせてきた。父の位牌と遺影だけでなく、祖先のものがいくつも並べられているので、薄暗い家の中は日中であるにも関わらずなんだか気味が悪く、さすがの私も足早に出てきたものの家の中にいた4、5分の間に「チンチン」と仏壇の前に置かれている鐘を鳴らし、「がんばるけど、困った時は助けてな。それと家族はもちろんのこと、私の周りにいる全ての人が健康でいられるように見守っていてや。頼むで。」と呟きながら手を合わせた。
 そういえば、神社やお寺にお参りした時は、子供の受験の時以外はほとんど、「みんなが元気でいられますように」とだけ言って手を合わせているなとあらためて思った・・・。
 その後、帰る途中に母が入所している施設にも立ち寄ったが、このご時世なので母に近づくことはできず、遠目で手を振る程度であった。母は認知症が進んでいるので、息子の私(増生)が来ていることはわからなかったであろうが、誰かが自分に手を振っていることには気付いたみたいで ニコッとしながら頷いていた。
「これで十分」なんて、勝手に自己満足して、面談時間が厳しく制限されている施設を後にした。

 700回の話がこんな方向へと進んでいったのは、今日午前中に訪れた先の被相続人であるお母様が母と同い年であったことも頭の片隅に残っていたからであろうか。
 実は13年前に事務所を開設し、このブログを始めたときには父はまだ生きていたが、パソコンを使うことができなかったので私が実家を訪れる時にこのブログをまとめて出力し渡していた。
 父は喉頭がんで声を失ってから私との会話も思うようにできなかったこともあってか、余計に私の文章を楽しみにしていてくれたようだ。
 父が亡くなった後、生前に寝ていたベッドの近くから「増生の日記」と書いたファイルが残っていて、分量が多くてパンパンになるくらい私が渡したものを挟み込んでいたのを目にして、胸が熱くなったのを覚えている。父が7年前に亡くなった時、このブログの読者が一人減り寂しくなったなと考えたことも思い出した。
 実は、母もこのブログに関しては思い出がある。最初の頃は父に代わってよく感想を口にしていたし、父の亡くなった後、母に父と同じように出力したものを渡していた。しかし、今から5、6年前に施設に入所する少し前からは、このブログについての感想を何も言わなくなり、実家ではいつも前回置いた所にそのまま置いてあるようになっていた。後から思うと、この頃 既に認知も進み、読む気力さえなくなっていたのであろう。

 700回を迎え、特段何か変わったことが起こるわけでもないが、身近で私の開業を応援していてくれた2人の読者が途中からいなくなったことにあらためて気付かされた。

 こんな2人の支えも過去にはあったからこそ、ここまで続けられているのかもしれない。
 日常の生活に追われていて なかなか親のことなど考える機会も少なくなってきていたが、今日の700回は親を思い起こすいい機会になり、よかったなと思っている。
 こうして思うと、親はどんな状態になっても自分にとっては大きな支えであり、いつも見守っていてくれているような気がする。
 これって普段相談できるわけでもないが、結構力強い何かを感じてしまう。
 親っていくつになっても、たとえ亡くなっていても本当にありがたい存在であり、歳に関係なく、感謝し続けたいものである。
 
 今日はいつも以上に長文になってしまったが、一応 記念号ということでお許しいただきお終いとします。
posted by ヒロイ at 20:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする