2020年10月25日

No703:数字は口ほどにものを言う

 先日、ANA(全日空)の次期決算予測が 5,000億円の赤字と発表された。
 5,000億円という数字が大きすぎて、この数字の中身までは真剣に考えることもできないが、この“億”という単位は、その上の単位である“兆”よりもなぜか大きく感じてしまうことがある。
 というのも日々の生活の中で兆なんていう単位を使うこともないし、我々が扱う決算書においても兆のつく決算書なんてもちろん見たこともない。
 それが億となると、5億円の売上とか、2億円の土地を買ったとか、そう多くはないにしても仕事の中で億という単位は比較的 目にする機会がある。
 変な例えであるが8,000億円が2つあるのと1兆6,000億円とではどちらが大きく感じてしまうのか? 人によってさまざまであろうが私はこれも8,000億 2つのほうが大きく感じてしまう。これも自分の中で扱う一番大きな単位が億だからであろうか。

 私のように毎日 数字を扱う仕事をしているとこういった金銭感覚というかその金額がその人にとって果たして多額なのか、それともそうでないのか見極めないといけないなと思うことが度々ある。
 例えば、500万円の社屋改修工事といえばかなりの金額という感じがするし、決して無駄にしてはいけない金額であるが、この改修工事によってどれだけの売上増や利益増につながるのかを見極めて資金投下をする必要があるということである。
 もう少し具体的にいうと3億円の売上のある事業がこの改修工事によって客足が伸び、3%の売上増になるとすれば900万円売上がアップするが、これが5,000万円の売上の事業なら150万円の売上増にとどまる。
 消費税に目を向けると、導入当初の3%から5%、8%、そして10%と段階的に引き上げられたが、先日 建築費1億円の工事明細を見る機会があり、消費税額の欄に目をやると当然のことながら その欄は1,000万円と表示されており、あらためて消費税の重さを目の当たりにした。これが、もし本体1,000万円で消費税率が3%であったなら30万円であり、上の1,000万円ほどの重税感はないであろう。

 今日の話で私は何が言いたいのであろうかとちょっと立ち止まって考えてみると、時と場合、つまり自分が今 置かれている状況によってお金の単位や大小をしっかり把握することが大事で、特に経営者であれば一つのことだけに一喜一憂せずに、最後で得するには、最終的に儲かるにはという観点でお金の使い方を考えないといけないということである。
 変な話、コンビニで弁当を買う時はその人の財布の中身によって100円にこだわる人もいれば、10円でも安いものを探す人もいるだろう。
 そういう意味ではケチる(倹約する)時と、多少無理してでも気前よく出す時をうまく使い分けられることも事業の発展と無関係でないような気もする。こんなことを言っているが我々の本業である税務や会計においては当然のことながら1円でも数字が合わないと終わることができないし、そこには妥協はあり得ないことである。

 最後に金銭感覚に関するつまらない話をもう一つ。
 「大体」とか「ざっくり」という言葉の使い方は非常に難しいなと思うことがある。
 どういうことかというと、円単位というか細かな数字まできちんと押さえておきたい人に対して、「ざっくり〇百万円」というように「ざっくり」を連発すると、「こいついつも大体で話をする奴だな」と思われるし、逆に細かな数字よりも大枠を知りたい人や場面で円単位まできちんと、「〇円になると思います。まだはっきりしたことは言えませんが・・。」なんていうと、「大体の数字でええし、大枠を教えてな」と言われることもある。
 最初のANAの話もそうであるが、数字の意味や本質をしっかりと捉え、数字の持つ意味や大小を理解することが、数字を扱うものにとっては一番大切なことであろう。
 それにしても5000億円を365で割ると一日当たり13億円、半年で割ると27億円というとこれまたとてつもない数字であることが、こんな割り算であぶり出されてしまう。
  数字は捉え方によって意味合いも変わってくるのだなとつくづく思った数字、そしてお金に関する話でした。

posted by ヒロイ at 23:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月18日

No702:相続の仕事から学ぶこと

 税理士という仕事をしていると個人事業主 や企業経営者と接することが多いし、我が事務所の場合、開業医の顧問先が多いので医師(院長)と会う機会も他の人よりも必然的に多くなる。
 タイトルにあるような相続の仕事と言えば、一般的には資産家を相手にした仕事というイメージを抱かれる方が多いと思うが、最近の相続の相談は親から土地や資産を引き継いだ いわゆる一般の方からの相談もかなり増えてきている。
 高額な資産をお持ちであった方が亡くなった場合の相続税の申告のお手伝いをすることもあるが、上に掲げるような方、つまり一般の方々が相談にお越しになることもある。
 ただ一般の方と言っても 資産総額〇億円というような資産家と呼ばれる部類に入る方ではないが、一定以上の資産はお持ちであり、その分け方に関することと、「うちの場合、相続税ってかかるの?」というのがおもな相談である。

 会社経営者や医院の院長ではなく、当事務所の顧問先企業の経理担当者であったり、あるクリニックの開業をいっしょに支援していた薬品会社の方であったり、あるいは 知人からの紹介であったりときっかけはさまざまである。こういった方の多くはサラリーマン、あるいは元サラリーマン(現在は年金生活者)である。
 先週も勤務先を定年退職された方で、実家に一人住まいであったその方のお母様が亡くなられ、その不動産と幾ばくかの預金を兄弟間でどのように分けたらいいのかという相談があった。
 また、一昨日の70歳の方(男性)からの相談は、重い持病のある奥様が実家から引き継いだ財産をどのように子供たちに引き継ぐのがベストか? などという内容であった。
 もちろん税理士という仕事をしているので、相続税が抑えられる節税手法を駆使し、いわゆる相続税対策を練り、実行することが重要なことは分かっているが、その前段階で財産をどのように分けるのかを悩んでいる方が思いのほか多いことに気付かされる。
 これは旧民法下における家督相続や家父長制度の場合には、財産の引き継ぎ先のはほとんど長男や跡取りということで決まっていたが、これからの時代というか、現在の社会において、こういった財産の行き先(引き継ぎ先)はそれぞれの家族や親子関係により、いくつものパターンが考えられる。
 長男は家業を継がずに遠くに住んでいるが嫁に行った(姓が変わった)娘とは同居しているとか、子供たちが決して仲が悪いわけではないが経済的な格差がある場合とか、また 今70代以上の方の場合には比較的少ないが、それより若い層(60代以下?)には離婚した後 再婚され、前妻の間にも現在の奥様の間にもそれぞれ子供がいらしゃる場合等、家族を取り巻く状況はさまざまであり、そういったことが相続の話をまとまりにくくしている要因のひとつにもなっている。
 ここでは申し上げられないが、今までにはなかった家族関係や財産の引き継ぎの方法といった、「えっ?」と思うような相続をいくつも目の当たりにしてきた。

 では、こんな時にどうするのか?
 私は答えを持ち合わせているわけでないが、この長寿時代にいつまで生きて、将来 誰と暮らし、誰の世話にならないといけないのかが以前のようには予測ができない世の中になってきているので、相続での財産の行き先を早くから決め過ぎないことであろう。
 実はある資産家の方は、相続対策で子や孫に数年にわたって多額の生前贈与されていたが、90歳になってもご存命で、今はご自身の財産は心細いくらいのものになってしまっている。
 この方のお子さんたちはよくできた方なので、以前 引き継がれた資金で親の介護や施設の費用を賄っておられるが、もし、子供たちが財産を使い切っていたらご本人の老後はお先真っ暗であったであろう。たとえ、過去において大資産家であった方であっても。

 目の前で起こっている例を綴ったので、話としてはまとまらなくなってしまったが、要は自分自身にどんな老後が待ち受けているのかを考えることが何よりの相続対策になるであろう。
 ただ、不幸にも50代、60代で亡くなられる方もあるので、人生って本当に先の読めない物語のようなものだなと思うこともある。
 こんなことを考えていると私自身もなんだか気が重くなってきたが、この仕事をしていてよかったなと思うことは、一般の人以上にいろいろな事例に出会う機会があるということであろう。
「これしかだめ」なんて 答えが一つに絞られるわけではないので、いろいろな話を聞き、よりよい方法を模索していくことこそ、我々の年代(50歳を超えた人)が取り組むべきテーマであろう。
 まず、現実から逃げない、逆に言えば空想の世界に入って期待しすぎない、これが一番の相続対策であることをみなさまにお伝えして 今日の話はおしまいといます。
posted by ヒロイ at 23:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月11日

No701:共通の趣味を持たない夫婦

 ご結婚されている方で夫婦それぞれの趣味が共通な方とそうでない方、当然のことながら両方あろうかと思う。
 私の周りにもいくつになっても仲のいい夫婦(ごくわずか?)もいれば、ひびが入って夫婦の話はご法度の方も何人かいらっしゃるが、今日はこんなテーマで久しぶりに夫婦のことを論じることにする。

 「興味があることが一致していて」とか、「老後、同じ趣味を持っていつまでも仲良く」なんて 夫婦のあり方を考える時、よく語られるテーマであるが、若い頃 共通の趣味を通じて付き合ったり、結婚された方なら、よほど“趣味変更”なんていうことでもなければ、二人揃ってずっと同じ趣味を持ち続けていらっしゃるであろう。
 私のところはというと、全くと言っていいほど、双方興味のあるものが違うという夫婦である。
 でも、これって揉めずに夫婦が続けられたらどっちでもいいようなことなのだろう。

 私はどちらかいうとアウトドア派で、旅行で見知らぬ土地を訪ねることやスポーツを生で見て、そして感動の余韻に浸りながら帰路につく、こんなことをしている時が一番楽しいし、仕事のことを忘れるだけでなく、時間そのものを忘れられるひと時でもある。
 ただ、今年はアウトドア派にとっては動くこと自体がしづらい、このようなご時世なのでほとんど行動に移せていない。
 一方、カミさんは花いじりとか美術館巡り、それに音楽鑑賞が好きで、どちらかというと、“静”、“動”の私とは対照的であるが、カミさんも美術と音楽の方はここ1、2年はどこかに足を延ばした形跡はない。また、花いじりと言ってもガーデニングと言われるような大それたことではなく、坪庭のような狭いところで気に入った花を育てることがたまらなく好きなようである。
 ホームセンターで植木鉢や土を買ってきて、その入れ替えをしている時の様子は、それはそれは、どんな時よりも生き生きして、機嫌もすこぶるいい。

 我が家の夫婦の様子を述べるつもりなど毛頭なかったのだが、気が付いてみるとつまらぬことをつらつらと書き綴ってしまっていた。
 話を少しだけ戻すが、別の趣味を持つことは、それぞれが自分の世界に入って没頭している時には誰からも邪魔をされないし、自分のペースで物事を進めることができるので、この“別々”って案外いいことのように思うし、もめない秘訣でもある。
 子供のいる家庭、しかも小さなお子様のいる家庭では、子育てのことや子供の行事のことなどの共通の話題があったり、行動を共にするきっかけにもなるが、子供が大きくなるとこういったこともなくなるので、夫婦は一定の距離を置いてお互い好きなことをするというのが一番心地のよいことである。
 なんで急にこんなことを思ったのかというと、娘夫婦は共働きでお互い週休2日であるが、日曜日だけは共通の休日で、あとの一日はお互い違う曜日なので、週に一日はそれぞれが自由に使えるな日になっているようである。
 まだ子供のいない夫婦は、こういった形の別々の曜日の休日がお互いにとって大事な日なのだろう。

 仕事、結婚、教育を含む子育て、介護、老後 どれをとっても時代とともに変化していくものであるが、今回のコロナはこういった時代の流れを1年もしない期間で、2、3年分くらい 次のステージまで持っていった感がある。
 今までの常識は通用しないことがたくさん出てきているし、頭の切り替えが必要な時代に入っていっていることを早く自覚できる者とそうでない者の差が随所に出てくるのだろう。夫婦のあり方にしても今や見本なんて存在せず、100組あれば、100パターンの形があるのだろう。

 最後にコロナの感染リスクはあるのは分かっているが、ひとまず 今出川通に少しずつ大学生が戻ってきているのを見てホッとしている。
 秋から対面授業という変則的なスケジュールの中で、先日、今になって引越してくる大学生らしき姿を見かけたが、これも異例の光景のひとつであり、何もかもが初めてづくし という世の中となっている。
posted by ヒロイ at 18:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月04日

No700:誰かがどこかで守っていてくれる

 今回は一応 700回の節目なので、少しくらいは感慨にでもふけり、軌跡をたどるようなこともしたかったのだか、今日は日曜日であるにも関わらず いつになく慌ただしくバタバタしていたので、そんな過去を思い起こすような時間もほとんどないまま一日が終わってしまった。

 午前中は相続税の申告に関する相談があり、7月に80代後半でお亡くなりになった方(元女医)のご自宅を訪問した。
 1ヶ月程前に相続税申告業務の正式依頼と同時に、申告までのスケジュールや今後の対応について説明してほしいとの連絡があり、納骨のため3人の子供さんが集まられる今日をその打ち合わせ日として指定されていた。3人のうち1人は東京から日帰りで駆けつけられ、法要前の1時間という限られた時間ではあったが、相続人全員が揃う貴重な機会を与えていただき、今後の業務について説明をすることができた。

 午後は京都の顧問先が同業の大阪の事業所を引き受ける形で大阪に進出することになり、その最終打ち合わせのため 関係者が日曜日を利用して一堂に会することになった。こちらも大阪の会社の顧問税理士が東京から出向いてこられることも含め、代替の日の調整がつかず本日の打ち合わせとなった。
 自分でも仕事は嫌いな方ではないとは思うのだが、さすがに休日のダブルヘッダーは体に応えた。しかし、どちらも今日を逃すと次の面談の機会がかなり先になりそうなのと、どちらも重要な案件であったので日が重なったことはやむを得なかったと思っている。

 昨日(土)は天候に恵まれていたので、愛犬ぽぽたんと久しぶりに加茂川に出て散歩し、自分でもいつになくリフレッシュできるいい時間を過ごすことができていたので、今日一日は気持ちの上ではまだ昨日の癒された気分が残っており、案外苦にならずに過ごすことができた。
 結構いい歳なのに こうして元気でいられるのは誰のお陰? なんて ふとたわいもないことを考えてしまったが、これは私のこの体を生み、育てくれた父母によるところが大きいなとあらためて思った。
 私が毎月訪問している与謝野町(京都府北部)の顧問先から200mのところに今や空き家となった私の実家があり、また、そこから車で10分ほどのところの介護施設に現在88歳となった母が入所している。   
 先日、近くを通った時、決して時間的に余裕があったわけではなかったが、お盆の墓参りもできていなかったので一人で実家に立ち寄り、誰もいない仏壇の前で手を合わせてきた。父の位牌と遺影だけでなく、祖先のものがいくつも並べられているので、薄暗い家の中は日中であるにも関わらずなんだか気味が悪く、さすがの私も足早に出てきたものの家の中にいた4、5分の間に「チンチン」と仏壇の前に置かれている鐘を鳴らし、「がんばるけど、困った時は助けてな。それと家族はもちろんのこと、私の周りにいる全ての人が健康でいられるように見守っていてや。頼むで。」と呟きながら手を合わせた。
 そういえば、神社やお寺にお参りした時は、子供の受験の時以外はほとんど、「みんなが元気でいられますように」とだけ言って手を合わせているなとあらためて思った・・・。
 その後、帰る途中に母が入所している施設にも立ち寄ったが、このご時世なので母に近づくことはできず、遠目で手を振る程度であった。母は認知症が進んでいるので、息子の私(増生)が来ていることはわからなかったであろうが、誰かが自分に手を振っていることには気付いたみたいで ニコッとしながら頷いていた。
「これで十分」なんて、勝手に自己満足して、面談時間が厳しく制限されている施設を後にした。

 700回の話がこんな方向へと進んでいったのは、今日午前中に訪れた先の被相続人であるお母様が母と同い年であったことも頭の片隅に残っていたからであろうか。
 実は13年前に事務所を開設し、このブログを始めたときには父はまだ生きていたが、パソコンを使うことができなかったので私が実家を訪れる時にこのブログをまとめて出力し渡していた。
 父は喉頭がんで声を失ってから私との会話も思うようにできなかったこともあってか、余計に私の文章を楽しみにしていてくれたようだ。
 父が亡くなった後、生前に寝ていたベッドの近くから「増生の日記」と書いたファイルが残っていて、分量が多くてパンパンになるくらい私が渡したものを挟み込んでいたのを目にして、胸が熱くなったのを覚えている。父が7年前に亡くなった時、このブログの読者が一人減り寂しくなったなと考えたことも思い出した。
 実は、母もこのブログに関しては思い出がある。最初の頃は父に代わってよく感想を口にしていたし、父の亡くなった後、母に父と同じように出力したものを渡していた。しかし、今から5、6年前に施設に入所する少し前からは、このブログについての感想を何も言わなくなり、実家ではいつも前回置いた所にそのまま置いてあるようになっていた。後から思うと、この頃 既に認知も進み、読む気力さえなくなっていたのであろう。

 700回を迎え、特段何か変わったことが起こるわけでもないが、身近で私の開業を応援していてくれた2人の読者が途中からいなくなったことにあらためて気付かされた。

 こんな2人の支えも過去にはあったからこそ、ここまで続けられているのかもしれない。
 日常の生活に追われていて なかなか親のことなど考える機会も少なくなってきていたが、今日の700回は親を思い起こすいい機会になり、よかったなと思っている。
 こうして思うと、親はどんな状態になっても自分にとっては大きな支えであり、いつも見守っていてくれているような気がする。
 これって普段相談できるわけでもないが、結構力強い何かを感じてしまう。
 親っていくつになっても、たとえ亡くなっていても本当にありがたい存在であり、歳に関係なく、感謝し続けたいものである。
 
 今日はいつも以上に長文になってしまったが、一応 記念号ということでお許しいただきお終いとします。
posted by ヒロイ at 20:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする