2020年09月27日

No699:何事も拡大より縮小の方がずっと難しい

 コロナ前までのここ数年のインバウンド(外国人観光客)の増加の勢いはすごいもので政府の思惑どおりに事が進んでいた。
 初めて1,000万人を超えたのが2013年であるが、その後、2018年には3,000万人、2019年は3180万人という数字になり、イケイケの日本政府は2020年には4,000万人、2030年には6,000万人というすごい目標も掲げていた。
 外国人を呼び込むため空港だけでなく、大型客船が接岸できるように港湾の整備、そして民間ではホテルをはじめとするサービス業の異常なまでの急拡大、それはそれは凄まじいものであった。
 京都市内でも地下鉄や市バスの車内も百貨店もドラッグストアもそして京料理のお店から抹茶アイスの店までもが外国人でごった返していた。
 それが今や外国人の姿を見るのも1週間に1組か2組(どこから来たのか?)。先日の4連休も京都は賑わってはいたものの 見かけるのは日本人ばかりで、わずか半年でまるで別の所ではと錯覚してしまいそうなほど街の様子もガラッと変わってしまった。

 さあ、ここまで広げた観光ビジネス、いや観光だけでなくすべての分野のビジネスやマーケットを現状に合わすのにはどれだけ縮小しないといけないのか、ここ数年、拡大するだけに躍起になっていた多くの日本企業や日本人にとって、縮小し、今の身の丈に合った形に戻すのは至難の業であろう。借金をして事業を急拡大したところも多いので、ここからの方向転換は果たしてでき得るのか 見ていて不安だけでなく痛々しささえ感じることもある。
 これは民間だけではなく自治体、特に都市圏の自治体にとっては、「○○プロジェクト」と称してあちこちで開発ののろしが挙げられているが、果たしてこのまま突っ走るのか、あるいは縮小も含めて方向転換するのか難しい判断を迫られるところもでてくるであろう。
 先日、確かJRが終電の時間を早めることを発表していたが、これも「24時間動いている街を目指そう」なんて言われれていたことからすると、逆方向の取り組みである。
 景気の拡大期や事業の発展期には次から次へ新しい計画を打ち出し、それに必要な資金も金融機関から容易に調達でき あまり苦労もなく進められてきたが、今のこういった停滞期になると、立ち止まったり、場合によっては撤退(後退)していかないといけないが、こういったことの方がイケイケガンガンで物事を進めるよりもずっと難しいであろう。
 店舗の閉鎖に始まり、最後の最後には人員整理まで、少しきつい言い方かもしれないが、人を切るのか、自社が潰れるのかという そんな状況が迫り来る企業も今後でてくるであろう。
 今回のコロナ禍では、ここ数年あまり経験することのなかった 事業を縮小するということの難しさを身に染みて感じている経営者も多いと思う。
 ただ この“縮小”という事象だけ捉えるとただ単に後ろ向きのようなことにしか見ないが、この縮小や事業の見直しにも経営者のセンスや能力が問われるのは当然のことである。

 若い世代の人には分からだろうが、我々が幼少期の頃 流行った「365歩のマーチ」という歌の中に「3歩進んで2歩下がる」という歌詞があったが、日本はここ数年、この「2歩下がる」ことを忘れていて、「3歩進んで、(また)2歩進む」ということを続けてきたというのが実情であろう。
 この歌詞のように敢えて「2歩下がる」ことができ得るのは、ある意味、健全で強固な財務体質を持つ企業ならではのことであろうし、こういう企業こそが2年後、3年後、そしてその後も残っていくんだろうなと考えてしまう。
 
 離婚した人や離婚しようとしていた人から、「離婚は結婚より難しい」という話を聞いたことがある。
 前に向かって進むときは簡単で楽しいけど、立ち止まったり後退するときは人生でも同じなのかなと つい妙なこととだぶらせて考えてしまった。
 これからは押すだけでなく引くことも経営能力の一つであることを肝に命じながら、顧問先の方々といっしょになってアフターコロナに取り組んでいく必要があると考えている。
 ということで、税理士事務所が行う経営指導も今まで以上に難しくなるなと感じている今日この頃である。
posted by ヒロイ at 15:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月22日

No698:“対コロナ”のキーワードは、「過去を捨てる」、「前例にとらわれない」

 まず最初にお断りです。今日は少し長いですよ。

 私が前の勤務先を退職し、事務所を立ち上げたのが2007年9月21日なので、一昨日で13年を終え、21日からは14年目に入ったことになる。
 私はこの場でも自分の〇周年ということをことあるごとに掲げているので、「節目の好きな廣井さん」となんて思っている方もいるでしょう。
 この毎年必ず訪れる節目は本人以外はどおってことはないでしょうし、私自身も関係している会社や医療機関が〇周年目であろうと正直 「ああ、そうですか」というくらいのものである。
 ただ、私にとっては毎年パーティーをするわけではないが、この節目はまあまあ気にかけている節目の一つである。
 家族の誕生日も何とか忘れずにはいるが、私から何かをするわけでもないし、結婚記念日に至っては何かをした記憶はないというのが実情である。
 また自分の誕生日も祝ってもらったこともないし、声もかけてもらうこともほとんどないので、手帳やカレンダーを見て、「あっ、今日か」とか「そういえば昨日だった」なんて言うことも何度もあるが、50代半ばを過ぎると一応 自分の年齢を自覚しないと、ついつい歳を忘れた恥ずかしい行動をとったり、周りの人に迷惑をかけることがあってはならないので たとえ気付くのが遅れても自覚しておく必要はあるなと感じている。

 休日の最終日に少し真面目な話になるが、事業の立ち上げから現在に至るまでの道のりを1年に1回くらいは振り返えらないと 自分にとって都合のいい方へ、何とか楽する、悪く言えば手抜きする方向へ自分自身を導きがちになる。また、何年か経つと当初の緊張感も段々なくなり、顧問先の方や事務所の従業員からそっぽを向かれたりしていないのか、つまり“裸の王様”になってはいないのかと少し心配になるときもある。
 それと年齢が上がってくると人から注意や忠告を受けることもだんだん減ってくるので、ちょっとくらい立ち止まって振り返る日として、年に一回のこの節目の日は、自分にとっては意味のある日である。

 今年は開業以来というか、私が生まれてから最も世界中が激動した年と言っても過言ではないであろう。これはもちろん新型コロナウイルス感染症の影響によるものであるのは誰しも知るところである。
 少し横道に逸れるが、元アスリートの私にとってはインターハイ、国体、そして春、夏の甲子園が開催されなかったことはもちろん人生で初めてのことであるし、スポーツにあまり興味のない方にとっては関心の順位はそれほど高くないかとは思うが、実は私の中では今年の出来事ランキングのかなり上位になるものばかりである。

 話をもう一度元に戻しますが、
 13年前、私が開業した時、一番に目指したのは人の辞めない税理士事務所であった。
 今の時代、転職なんて当たり前かもしれないし、今 勤めている職場に大きな不満がなくともさらに上、あるいは違う方向を目指したい人は当然のことながら次の職場を探すであろう。
 こういったステップアップしたい人は引き留めようがないかもしれないが、もし 何かの不満があって辞めようという人がいれば、その不満の原因を追求することだけは欠かしてはならないし、少し大げさに言えばそれが経営者の責務であろう。
 顧問先の経営者の方から、「やめたいもんは放っとかんとしゃあないで」という言葉を聞くこともあるが、こんな時、「雇われる側だけでなく雇う側にも何かしら原因があるんと違うの」とか「現実から逃げてない?」(これは口にはしませんよ)と思う時もある。
 大企業ならともかく、中小企業の場合、成長と安定のカギはやっぱり“人”であろう。
 このことは 実は経営者の健康状態にも影響を及ぼしていなと思えることもある。人が安定している会社の経営者はいつも健康そうだし、逆に退職者が多く、常に人の募集をしている会社の経営者は体調も今一つで、気持ちの乗りもこちらに伝わってこないことが多い。

 〇周年の話から、経営や人の話にまで飛んでしまったが、これからはこういったこと以外に、コロナの影響をどれだけ食い止められるかということも各経営者の悩みどころであり、腕の見せ所であろう。この全く先の読めない、また経験したことのない状況下での“対コロナ”のキーワードは、「過去を捨てる」、「前例にとらわれない」 ということに行く着くであろう。
 このようなことは、私のような50代以上の人間が一番苦手なことで、口では言ってもなかなか行動に移せないのも事実であろうが、この一年は、「昔は」、「以前は」、「去年は」という言葉をどれだけ口にせずにいられるかが、ある意味 今後を占う意味でも大事なことである。
 そりゃ、前例が通用しない世の中に変わりつつあるのだから・・・。

 今回は日曜日の更新を少しサボって、この連休最終日になってしまいました。
 では、みなさん 明日からまたがんばりましょう。
posted by ヒロイ at 18:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

No697:結婚式も葬式も 何もかもがなくなっていく

 自宅近くの地下鉄松ケ崎駅周辺から北山駅にかけて教会と一体となった結婚式場がいくつも並んでいて、一応 “北山ウェディングストリート” と呼ばれ休日になると駅周辺は結婚式に招かれた多くの若者や親族の方々で賑わうのが通例であった。特に春、6月、秋の休日はそれはもう結構華やかなものであり、近所に居ながらにして関係のない者までも結構ウキウキさせてくれていた。それがこのコロナが身近な所まで迫って来てからは そういった光景はほとんど見られなくなってしまった。
 知り合いのお嬢さんも春の結婚式を秋に延期されたらしいが、果たして秋にできるのかどうか? 3月の初めにこの近くの式場に人が集まっていると 「大丈夫かこんな時期に大勢集まって?」と思いながら眺めていたし、つい先日は10数名の人が式場から出てこられるのを目にし、「これ以上 延ばせないし、身近な親族だけで何とか済まされたのかな?」 なんて考えながら荷物を抱えてタクシーに乗り込む人を眺めていた。
 着飾った多くの人が集う華やかな光景は半年近く見ていないが、今朝 散歩していると家から一番近いパーティー会場であったレストラン(ビルの1F部分)の撤退工事が完了したかのような状態で今までウェディングドレスが中に見えていたウィンドガラスはなくなり、なんと板が張られていた。
 思わず、「えっ?」と目を疑いたくなるような光景であったが、こんなに長い間ほとんど何もなかったら そりゃ結婚式場も持たんわな と妙に納得してしまわざるを得ないこの半年のブライダル事情である。
 式当日の人だけでなく、これから結婚式をする予定のカップルも休日には何組も出くわし、幸せのお裾分けをもらいつつ、私とは全く関係のない二人を見て「今は結婚した人の3割以上は離婚するので、なんとか7割の方に入りや? 」と勝手に妙なエールを送ったりしていた。

 こんなつまらぬ話は別にして、とにかくイベントというイベントは総崩れで、私とて年に数回あった業界や関連団体のパーティーや研修会付の懇親会も全く開催されない状態が続いている。
 また、この間2人ほど知人やその親御さんが亡くなったが、葬式も結婚式同様、親族以外は参列できず、後になって「故人の遺志により〇月〇日 近親者のみで相い済ませました」というお知らせをいただいた。
 コロナとは関係なくとも 最近ではこういった身内だけで済ませる葬式、いわゆる家族葬も多く、これは生前には社会的にも著名であったり、あるいは会社の経営者であったりしてもこのような簡易な身内だけで済ませる葬式をよく目にするようになっていた。
 そしてこのコロナで更に拍車がかかり、もう多くの人が参列する葬式ってなくなるのではなんて思ってしまうし、街中 あちこちにある葬儀屋さんって、経営的に大丈夫なんだろうかとつい余計な心配までせざるを得ない世の中になってきた。
 結婚式は結婚式で幸せそうな新郎新婦やご家族の様子を見ることでこちらまで幸せな気分に浸ることができるし、葬式は葬式で、その亡くなった方の遺影を見ながら手を合わせると、生前の姿を思い浮かべ 感謝したり、反省したり、至らなかって点を心の中で詫びたり、葬式に参列する意味もそれなりにあるものだと常日頃から思っていた。
 ただでさえ時代的にこういった他の人の人生のイベントに巡り合う機会も徐々に少なくなってきていたが、このコロナ禍で益々 拍車がかかってきているというのが実態である。

 こういった冠婚葬祭だけでなく、音楽、演劇、そしてスポーツ等は今や鑑賞や観戦の機会さえもなくなりつつある。
 こんなことを考えていると今までのようないろいろなことが当たり前のように行われていた世の中に果たして戻るのだろうか、あるいは、これからは今のような 自粛と抑制の世の中が続いていくのだろうか? と考えていると何だか落ち込んでいってしまう。

 こういった結婚式場、葬儀屋さん、芸能・文化芸術関係、スポーツ関係の仕事をしている会社も個人はどこまで持ちこたえられるのかなと、今まで考えたこともないことを考えないといけない世の中になってしまっている。
 1、2年後には、「あの時はほんまに大変やったな」と言える日が来るのことを願いながらも全く先が見通せない日々である。
 とにかく みんなが何の心配もせず集える日が来るのを楽しみに毎日を送って行くしかない。
 そうそう あと5日仕事をすれば4連休。休みが多くて何が何だか分からなくなってるけど・・・。
posted by ヒロイ at 21:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月05日

No696:子育てにほとんど参加しなかった代わりに・・

 私には3人の子供がいるが、今から思えば子育てに関してはカミさん任せでほとんど関わることなく3人とも社会人になってしまった。
 この夏には長女も結婚し、家を出たので、今では家にはカミさんと愛犬ぽぽたんの3人での生活である。
 ここでも何度か触れたことがあったが、子育てがほぼ終わったカミさんの関心はもっぱらぽぽたんで朝の散歩から始まり、就寝までべったりである。
 私から見ていると、ぽぽたんの方からべったりなのか、カミさんの方からべったりなのか判断しづらいが、ぽぽたんは長い昼寝とカミさんが事務所にきて仕事をしているとき以外は家の中でもまるで赤ん坊のように後を付け回している。
 朝も夏の間は、私が6時半頃に自分の部屋からリビングに行くと、2人(カミさんとぽぽたん)の姿はなく、既に朝の散歩に出かけてしまっている。
 夜は夜で暑い日が続いているので散歩の時間がずれ込み、遅い日だと6時半くらいから8時過ぎまで散歩に出ており、当然 夕食の用意はその後であるし、私が8時頃に帰宅した時でも家の鍵がかかっていることもある。
 こんな愛犬とカミさんの関係であるが、私も土日で家にいる時は散歩に出かけることもあり、実は週末の楽しみの一つになっている。
 手入れが大変な犬種(ビションフリーゼ)なので基本的には水遊びはさせないようにしているが、先週の土曜日には定番の宝が池での散歩中にすぐ近くを流れている高野川のそばまで行くと 自分から川の方へ走っていき、まるで「入ってええか?」と言わんばかりに何度かこちらを振り向きながら、一目散で川につかりに行った。
 20分近く水遊びをさせた後、カミさんが家でぐちゃぐちゃになった毛の手入れをし、ご飯を食べた後は、なんと今までにないような高いびきで眠り込んでいた。
 今年最初で最後の水遊びで、体もくたくたになるくらい楽しかったのであろう。
 私からはその寝顔が何とも満足げに見え、これって小さい子供といっしょやな とあらためて思った。

 子供が小さかった勤務時代、仕事からの帰りが遅かったこともあり私が帰った時、テレビドラマのシーンであるような子供が玄関まで飛んでくるような経験は一度たりともなかったが、今度は愛犬には出迎えてもらおうと妙な期待を持っていたがそれもなかなか実現できていない。
 カミさんなんか15分程近所に買い物に行って帰ってきただけで飛び跳ねてくっついてこられているが、私の場合、部屋に入ってきても体さえも起こさない。顔をこちらに向ければまだいい方で、目だけでこちらを追っていることもあるし、時には全く無反応の時もある。
 「これって3人の子供たちといっしょやん」と思いながらも、「明日こそは振り向かせるぞ」と妙に意地になったりしている自分に気づくこともある。

 今日は愛犬との何気ない日常を綴ったが、もしカミさんと2人だけだったらもっとギスギスしていただろうし、夫婦間で何かおかしな雰囲気になっているときは、まるで「あんたらいつも言い合いばかりしてたらあかんで」と言わんばかりにじっーとこちらを見ているときがある。
 50代半ばになって初めて犬を飼ったが、近所の飼い主と話していて、ワンちゃんのことを必ず「うち犬は」ではなく、「うちの子は」と話をされるし、「家族4人で」という中にワンちゃんも入っているときもある。
 今まで年賀状の家族欄に愛犬の名前が書いてあるのを何とも不思議に眺めていたが、ここに名前を連ねたくなる飼い主の気持ちも少しではあるが分かってきた。
 いずれにしても人間の心を豊かにしてくれていることには違いない。

 今日は朝に続いて夜もいっしょに行けそうなのでそろそろ準備でもしようかな。
 では、日曜日から月曜日にかけて台風が大変らしいですが、気をつけてお過ごしください。ただ、今日の京都は真夏と変わらないような暑さでしたが・・。
posted by ヒロイ at 17:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする