2020年06月28日

No686:失敗しない経営者

 コロナ感染症拡大防止のために4月は顧問先との面談を控えていたし、中には4月に続き5月も対面でのやり取りをしていなかった先もあり、6月は久しぶりに面談する先が多く、スケジュールもかなり立て込んだ1ヶ月となっている。
 やはりコロナの影響のない先はないし、残念ながら日用品や食料品を扱いこの時期に売り上げを伸ばすような業種の顧問先は我が事務所にはない。
 こういった中で昨年5月に開業し、初めて迎える冬場の患者増に期待を寄せていた顧問先(クリニック)は、2月の前半までは予測に近い伸びを示していたが、コロナが猛威を振るいだした2月後半からは患者の伸びはピタリと止まり、苦戦を強いられている。
 そんな新米クリニックであるが、6月に入ってからは初めて来院される患者、いわゆる新患もちらほら増えだし、最悪の事態は避けられそうな状況までこぎつけてこられている。まだまだ安心できる状況ではないが何とか前を向いて進んでいることが感じとれるまでになってきた。
 実はここのクリニックは前回会ったのが3月上旬で、その後コロナ禍にどっぷりつかってしまったが、当方の担当者とは頻繁に連絡を取り合い、あれやこれやといくつかの対応策を模索したり、この2ヶ月の間に実際に実行に移されたものもあった。
 先週久しぶりに会った時も 「こんなことを始めましたが効果があると思いますか?」とか、「今度、こんな手を打とうと思うんですが、もうこれ以上費用をかけるのはよくないですかね?」と矢継ぎ早に質問をしてこられた。
 50代後半での開業なのでどちらかというと遅い方かもしれないが、40代以下の方よりも発想は豊かであり、頭も非常に柔軟性がある。
 片道1時間以上かかる顧問先なので、先日も帰りの電車の中ではこの先生のことをいろいろと考えながら帰ってきた。
 年末にやっと採算ベースに乗ってきたとこであったのに今回の騒動でガクンと落ち込んだが、あまり心配はいらないのでは、上昇のペース(回復)は他のクリニックよりも早いかも、という気がする。
 それはなぜかというと、この仕事を長くしてきて経営を上向きにさせられる経営者や内的あるいは外的な様々な要因で経営が思うようにいかなくなった時、難局を乗り切れる経営者はいくつかの共通点があり、それは経営そのものを大きな観点から見直すような大掛かりなものだけでなく、日々の運営の中でのちょっとした工夫やいろいろな発想をお持ちの方である。
 この先生のことを頭に思い浮かべながら、いくつか例を挙げてみると

@他人に聞く前にまず自分で調べて、その効果や影響を自分で考えてみる。この逆のタイプの人は私に「どうしたらうまくいくんでしょうかね」と案さえも持ち合わせずただ聞いてこられるだけの人である。

A考えた後はリスクの少ないものから まずは実行に移してみる。先述の対策のうちのひとつは私と面談した時には既に実行中であった。この方法を聞いてこれはうまくいくのではと思ったが、この先生が練りに練られた秘策なので、今ここでは具体的な話まではできないことはお許し願いたい。効果を確認したうえで機会があれば早い段階でお話しします。
B我が事務所の担当者(私も同行)との面談時には、必ずいくつかの質問事項を準備されており、即答できないような内容については質問項目が事前にメールで送られてくる。

C今の時点では10年後のことまでは頭にはないが、常に2年後、3年後、そして5年後くらいまでは構想をお持ちである。

D決してネアカではないかもしれないが、俗にいうネクラではないし、比較的親しみやすいタイプである。また物事を常にいい方に考えられるし、決して人の悪口は言わない方である。またお金遣いは荒い方の部類には絶対に入らないし、かといっていわゆるケチではない(変な表現ですみません)。傍から見ていて非常に金銭感覚は優れているように感じる。

いざ必要と思ったら、ためらわずにお金を出されるが、開業1年目なので日常の生活費を除いて、クリニックに関係のない出費はほとんどない。頭もお金も全てクリニックのためを地でいく感じである。

 こうして書いていると私自身なかなか当てはまらないなと思いつつ、こういった経営者になりたいなと思えるうちの一人である。
 経営自体はまだまだ厳しい状況が続くが、今後どんな数字になっていくのか楽しみな開業2年目のクリニックである。
  そうそう いっしょに話をしていて、「そうですよね。」、「なるほど!」とこちらがうなづく回数が多いのもこの先生との面談時の特徴であることも付け加えておく。
  今日も長くなりましたが この辺で。
posted by ヒロイ at 21:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

No685:言葉を勝手に縮めることは好きではない

 日常の生活や仕事をしていて言葉を短縮したり、簡略化していう“短縮形”や“簡略語”にたびたび出くわすが、私はこの短縮形があまり好きではないし、できるだけ使わないように心掛けている。
 コンビニ、エアコン、ファミコンなどは今や短縮形が日本語になってしまっている感があり、誰しも「コンビニエンスストアに飲み物を買いに行ってくる」なんて言わないのでこれはよしにして。
 また、日頃一般人が使う機会の少ない「外為(ガイタメ)・外国為替」や、「公取(コウトリ)・公正取引委員会」などは、一種のビジネス用語になっているので あまり気にならないが、比較的、日常の生活の中で使う言葉を短縮していうのは気になって仕方がない。
 我々の仕事でも確定申告のことを「確申」、年末調整は「年調」というのは業界内では何の違和感もないし、事務所の中での会話で使うのはいいが、顧問先の方に対して、「年調の書類、そろそろ送ってもらえますか」なんて電話しているのを端で聞いていると、果たして電話の向こうの顧問先の奥様は、「年調」って分かっておられるのかな? と思うこともある。
 私は税務関連の経験の浅い方に対しては、「従業員の方々の年間の税金を年末に精算する“年末調整”の書類ですが・・・」というようにしているし、そうすることによって、今 依頼を受けている書類の重要度と緊急度がどれくらいのものなのかを理解されるので、資料収集も非常に手際よく、早く進めてもらえるという利点がある。
 私は決して頭の回転が速い方ではないので、逆の立場の場合 理解するのに困らないようにすることも仕事のひとつかなと思いながら対応するようにしている(つもりである)。

 最近でこそ一般的な言葉になってきた感のある「取説(トリセツ)・取扱説明書」も今から10年程前にクリニックの開業準備に携わっていた時、医療機器のメーカーの方が、「明日の開業前スタッフ研修は何点かの医療機器のトリセツに2間くらい充てる予定をしています」といわれた時、「トリセツ」の意味が分からなかった。ただ周りにいた人はさぞ当たり前のように頷かれていたので、「トリセツって?」と質問をすることもできず帰ってきたことを覚えている。
 こちらも15年程の話になるが、ある会社で特許権の話をしていた時にその場にいた弁護士さんが、「そのチザイの権利としての認識と評価が問題で・・」といわれた時、「チザイ」の意味が分からず知ったふりをして帰ってきてから、その意味を調べて やっとそれが「知的財産権」と分かり、あの場で聞かなくてよかったと胸をなでおろしたことがあった。
 税理士会の役員をするまでは、「監事」のことを「皿(サラ)カンジ」、「幹事」のことを「ミキカンジ」なんて呼ぶことも知らなかった。
   各方面においてこの短縮形が当たり前のように使われているし、我々業界でもこういった専門用語を知らず知らずのうちに連発していることもある。「簡易(消費税の簡易課税)」、「納特(源泉所得税の納期の特例)」などもその代表的なものであろう。
 私のような小規模な会社や個人事業者の方々を顧問先に持つ者としては、こういった分かりやすい説明をすることも、仕事をスムーズに進めるうえで大切なことであるなと実感することもたびたびある。

 明日の午後からは相続に関しての親族会議に立ち会い、財産の分割や相続税額について説明することになっているが、こちらも相続人4名の方がすべて いわゆる素人さんなので一から丁寧に説明することが必要であろう。
 相続人の一人であるご長男はこのためにわざわざ東京から(丹後まで)帰ってこられての打ち合わせであるので、うまく説明をして相続人のみなさんが納得できるような結論を導き出せるようなお手伝いができればと思っている。
   そういう意味において、結論はすぐには出ないかもしれないが、明日は私にとっては結構 重くて、重要な日になりそうである。
 こんな大事な場面で説明できることもある意味 税理士冥利に尽きるな と勝手に考えながら明日を迎えることにする。

 では、明日は泊まりで荷物の準備もあるので今日はこの辺で。
posted by ヒロイ at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月14日

No684:憧れます、人の話を聞くことができる人のことを

 会社で上に立ったり、あるいは 統括する立場になれば 当然のことながら組織をまとめていかなければならない。
 時にはまとめるだけでなく、引っぱっていかなければならないときもあるが、ここでいう「まとめる」と「引っぱっていく」というのは意味も違うし、一人の人間がこの両方とも備えるのは至難の業である。
 高校野球の部員がキャプテンのこと聞かれた時、 「本当にみんなの気持ちも汲みながらよくまとめてくれたと思います。個性派ぞろいの集団で大変だったと思いますよ。」と話すこともあれば、「〇〇(キャプテンのこと)は本当に、グイグイと力ずくででもみんなを引っぱっていってくれました。アイツの言うことを聞いていれば間違いないですから。」というような話をする者もいる。
 これはスポーツの世界だけでなく、会社でも自分が属するいろいろな団体でも同じようなことがいえる。
 多少なりとも上下関係がはっきりしている組織やグループの中でリーダーになった場合には、こういったやり方のうち 自分に合う方法を選んでまとめていけばいいのであろう。
 話が少し横道にそれるが、夫婦の間でうまくまとめたり、あるいはグイグイ引っぱっていくことができる人もいるかもしれないが、私は結婚して30年以上もの間 一度たりとも引っぱっていった経験もないし、うまくまとめるなんていう神業のようなことをしたこともない。夫婦の関係だけは上下関係がない分 かえって難しいように思う。
 今どき、夫婦に上下関係ってあるんですかね? たまに女性の方が強い夫婦は見かけますが。

 話を元に戻しますが、
 リーダーとよばれる立場の中でも誰もが一目おくリーダーというのは、優れた実力や実績だけでなく、相手の立場に立って物事を考えられる人のように思う。
 相手の立場に立つということはなかなか難しいことのように思えるが、私はまず人の言うことに耳を傾けるというのが大事なことのように思う。
 「みんなの意見を聞いたうえで」なんて言っている政治家や経営者ほど、自分が一番正しいと思っていて、こういった人たちに限って自分の考えていることが通らないなんてありえないと思っているであろう。
 ここでこんな偉そうなことを書いてはいるものの私自身も既にこの部類に入っている “扱いにくい人間”になっているのかもしれない。気づかないのは自分だけだったりして・・。

 ある雑誌で企業の経営者が、「経営者の多くはしゃべり過ぎで、なかなか聞き上手になれない。信頼される経営者は必ず聞き上手という面を持ち合わせている。特に相手の得意なことをうまく聞き出せば、話している本人もさらに上に向かっていくだろうし、そうして前向きな話を聞くことは、経営者にとっても結果的に自分の利益になることも多いはず。」と語っていたのが印象に残っている。
 いろいろな局面において、ついつい一方的にしゃべってしまっているし、まさに相手が聞き上手の人なら なおさら一方的にしゃべりまくっていることもある。
 雑誌の中のたったの数行であったが、いろいろと考えさせられた対談の一コマであった。
 こちら側はうなずきながら、相手からじっくり話を聞き出すなんていう芸当がができたらすばらしい経営者や顧問先のよきパートナーになるのだろうが、まだまだ私にはそこまでたどり着けそうにない。そろそろ じっくりと人の声に耳を傾けてもいい歳であろうし、そういう人に憧れるようになってきた。
 人の話を聞くのって本当に難しいし、人間の器の大小を表す物差しなんでしょうね。
 今日の話、偉そうなことを綴っているけど、結論としては自分はまだまだ器が小さすぎるっていうこと。
 生きるってなかなか思った所には行きつけませんね。
posted by ヒロイ at 22:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

No683:テレビ会議を終えて思ったこと

 先週、仕事で大阪の会社へ出向き、重要な案件について打ち合わせがあった。
 ただ、その案件について一番の責任者といわれる人が、現在 東京支店に配属になっているとのことで、大阪本社と東京支店でテレビを使っての打ち合わせを行った。
 大阪は私を含めて2名、東京は1名という合計3人によるものであったが、過去の状況、現況、そして将来の見込みについて、データを見たり、画面に目をやったりしながらみっちり2時間 休憩時間もとることなく、結構 根を詰めた打ち合わせを行った。
 内容については当然ここで話すことはできないが、結構 秘密裏に進めないといけない案件だったので、途中でお互いの腹の探り合いをするような場面もあり、終わってみればどっと汗をかいており、通常の仕事の何倍もの疲れを感じた。
 実はその後、京都の事務所へ戻ってきたが、10〜12時の大阪での2時間の打ち合わせでその日のエネルギーの大部分を使ってしまい、午後からしばらくは頭の方が使いものにならなかった。
 打ち合わせや連絡をするのに以前は電話や直接会って面談しながらするのが主流であったが、ここ数年はメールでのやり取りが多くなってきている。また、今回のようなテレビ会議やウェブ会議というスタイルが増えてくることも十分考えられるであろう。
 今回 初めて体験してみて、相手の顔や表情が見えない電話よりずっと意思疎通がはかれた感がある。というのもいろいろな発言ややり取りの中で相手の表情がつぶさにわかり、喜んだり、納得しているのか、あるいは 腹を立てたり、腑に落ちないことがあるのかというのが離れてはいても画面を通してその場で判断ができた。
 その点、メールというのは多少腹の探り合いというか、文面ではこのように記しているけど本心はどうなんだろうと思うこともあるし、こちらから何かを伝えたいときは 結構 納得や了解をしているのに文面がうまくまとめられなかったら、相手からはお気に召さないの と思われたりすることもある。
 今後はさらにいろいろな伝達手段が出てくるだろうが、手法が多岐に渡れば渡るほど難しいものになってくる。本当に我々オヤジ族にとっては、ある意味 受難な時代の到来なのかもしれないが、これからも仕事を続けていく以上は避けては通れないものなのだろう。
  テレビ会議の話はこれくらいにして、話題はごろっと変わるが、
   今日はいい天気であったが、2回のワンちゃんの散歩以外は久しぶりに家で過ごした休日であった。

 自宅のすぐ裏がスポーツ広場があるが、ここ2ヶ月余りも間は誰の声も、何の音も聞こえずシーンとしていた。今日は 家にいるとキャッチボールをして ピシッとグラブにボールの収まる音や、別のグランドからはポコーンとサッカーボールを蹴る音が耳に心地よく飛び込んできた。
 ただ、声を出してはいけないことになっているのか、元気な声が聞こえたのは最初のランニングと体操の時の「イチニイサンシ、ゴウロクシチハチ」という掛け声くらいであった。
 通常の年ならこの時期、高校や大学のサッカーやラグビーの試合があり、宝ヶ池球技場のスタンドから、選手紹介のアナウンスや「ウォー!」という地響きのような歓声が聞こえるのだが、まだそういった声は聞こえてこない。
 今まで日常だったことが懐かしく思えると同時に、今日は久しぶりに野球やサッカーをしている音や声が聞こえたのでホッとし、うれしい気分になった。
 日常が戻るにはまだまだ時間がかかるのであろうが、本当に多くのことに気づかせてくれているこのコロナ騒動である。
 経営的に苦境に立たされておられる事業者の方にとっては、まだまだ全く気が抜けないし、不安な気持ちはほとんど払拭できていないというのが本当のところであろう。
 何かにつけ いたたまれない今回のコロナ騒ぎであるが、誰に文句を言っていいのやら腹を立てる先もない 何とも 厳しくやるせない今年の夏である。
posted by ヒロイ at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする