2020年02月24日

No669:誰にでもある 見ると落ち着く景色

 先週の火曜日(2月18日)は、朝 目を覚ましてカーテンを開けると近くの山は雪で白く、そのあと車で出勤しようと外に出ると、車にも3pくらい積もっていたので、フロントガラスの雪を手でよけてからエンジンをかけ出発した。
 冬になると屋根付きの車庫のある家が羨ましくなるが、「これはこれで風情があっていいか」なんて、妙な形で自分を納得させている。

 今年は暖冬で雪らしい雪はほとんど降っていないが、確定申告のさなかで私が丹後方面(京都府の北部)に出張する日に合わしたように雪が降るとは何ともいえない巡りあわせを感じてしまう。ただ、決してドカ雪でもないし、高速道路の通行も支障はないようなので特に問題なく出かけることができた。
 2時間近く運転し、宮津(天橋立)のあたりまでくると山は真っ白であるし、京都市内とは違って道端にも雪が残っていた。
 冬のこんな光景は見慣れているはずだが、今年は 暖冬が故に「やっと雪か」といつもの年以上に雪に対して特別の思いを抱いてしまった。

 というのも雪国育ちの私にとっては雪景色を目にすると何ともいえないすがすがしい気持ちになり、ついつい若い頃のことを思い浮かべてしまったり、妙に落ち着いた気持ちになる。
 交通に支障がきたすような大雪ならこんな悠長なことは言ってられないのであろうが、雪景色を見ながら運転できる程度の雪であれば、ちょっとだけ“純な気持ち”を取り戻せる大切な時間でもある。
 先日、相続関係の仕事をしている方にこのような話をしていると、神戸の出身のその方は「海が見えたり潮の香りがすると、何時もほっとするような優しい穏やかな気持ちになります。」とおっしゃっていたが、まさに人それぞれに心が落ち着く景色というのがある。
 それは決して田舎である必要はないし、東京タワーの見える高層マンションであっても、見慣れた風景であれば心を落ち着かせてくれるであろうし、京都出身の人で京都以外で生活されている方が京都タワーを見るとやっと京都に帰ってきたなという気持ちになる と話されるのもうなづける。
 この時期はスケジュールに追われ、時計とにらめっこの日が続くが、こんな時こそ1日に少しだけとは言わないが、せめて1週間に少しの時間だけでもホッとする時があると忙しいのも乗り切れるので何とも不思議なものである。

 2月11日に郷里の偉大な野球人である野村克也が亡くなった。
 事務所を開業した頃、知らず知らずのうちに本屋に行っては野村の本を選んで たて続けに何冊か読んだが、これも「高校出るまで同じ地域で過ごした」という共通点に惹かれたからであろうし、何か心のよりどころを探していたのかもしれない。
 野村についてはあれだけマスコミで取り上げられているので この場であえて野村の話をする必要はないが、これらの本の中に出てくる一つの言い伝えを見るたびに、「あ〜、同じ地方で育ったんだ」と思うものがある。
 それは私自身も晩秋になると、朝 学校に行くとき、祖父や祖母から決まって言われた『弁当忘れても傘忘れるな』という言葉である。
 幼少期の頃は「もう、何べんも言(ゆ)わんでええし」と腹が立つくらい繰り返し言われた記憶があるが、今となってはこの言葉が分かるだけでも、何とも落ち着くというか“望郷”という単語がぴったしあてはまる、そんな言葉でもある。
 今 読まれている方で、もし『弁当忘れても傘忘れるな』という言葉ってどういうこと? という人がいればここでは意味の説明までしませんので 時間のある時に調べてみてください。
 つまらぬことですが、丹後の人は野村克也のことを「野村選手」、「野村監督」、「野村さん」、「ノムさん」なんて言う人はいません。「野村克也」なんてフルネームで呼ぶ人もほとんどいないでしょう。誰と話をしていても 呼び捨てで「野村」としか口にしません。どんなに有名で偉い人になっていても。

 世間は新型コロナウイルス一色のこんな時期にこんなことを書いていていいのかとも思ってしまったが、こんな時期だからこそ多少 他のことにも思いを巡らせてみるのもいかがかなと思っている。
 今は新型コロナウイルスの病気自体の撃退が最重要課題であるが、この後、迫ってくるであろう “日本大不況”がどれほどのものかは今の時点では想像もつかない。ただ、我が国も予想以上の状況に陥ってしまうだろうなと思ってしまう。
 かろうじて東京オリンピックは開催されるのであろうが、その頃の日本、そしてその後の日本はどうなっていくのであろうか・・・・・。

 確定申告の真っただ中にいる税理士がこんなブログに時間を割いていて いいのかと思われれる方もいるかもしれないが、これも大事な息抜きの時間であるのでご勘弁を・・。
 では、そろそろ仕事に戻ります。
posted by ヒロイ at 17:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

No668:一大イベントがやっと終わった

 少し大げさな言い方になってしまっているが、実は昨日 大学の陸上競技部 創立100周年の記念式典があった。
 私もOBOG会の役員であるので、約10名で構成される今回の記念式典の実行委員として2年以上前から関わってきた。特にこの半年近くは個別打ち合わせを含めると10回近く会議を重ねてきた。
 来賓、OBOG、現役部員 総勢で550名という出席者の多い式典であったので、正直 今まで携わったいくつかの催しものの中では最もといっていいほどエネルギーを費やした。
 この実行委員のメンバーの他の人は年明け少し過ぎて比較的 時間のとりやすい時期であったかもしれないが、私は一年で最も忙しい時期と重なり、正直 体力的にかなり厳しかったが、そこは元体育会所属の先輩方の下での運営であったので、「私 この時期 忙しいので」なんて言えるものではなかった。
 ここでこんな愚痴っぽいことを言っても始まらないし、何はともあれ 昨日この一大イベントが無事終了したので、あと1ヶ月はまさに本業の確定申告に専念できる身になった というのが今の心境である。

 でも、考えてみれば100周年の節目に居合わせたのも何かの縁というか、こういったことも大変で忙しい役目をさせられたという風に捉えるのではなく、自分たちの企画で500人以上の人を集めて運営するという、またとない機会であったと捉える方が 疲れも残らないというのは本当のところであろう。

 上は90歳近い方から、そして70代となると本当に多くの先輩方に集まっていただけたし、中には車椅子の方、それに杖をついて参加してくださった方も3、4名 見かけた。
 我がクラブが輩出したオリンピック選手6名のうち5名は健在で、この日も5名とも参加で 1964年ヘルシンキ大会に出場された80代の的場先輩はわざわざ和歌山から家族に連れられて京都まで来られた。
 この5名のオリンピアンの中でも 唯一のメダリストである朝原君(北京 4×400mリレー)が壇上で司会者のインタビューに応えていた時は、やはり会場のざわつきも収まり、我々単なる一OBOGもこんな時だけは勝手に“同志”になったようないい気分になれた瞬間でもあった。

 仕事柄、研修会や祝賀会などいろいろな会に出席することもあるが、一つの会を催すのに規模の大小はともあれ、ほんとに準備することがたくさんあるんだなと、今回 裏方にまわって実感した。
 昨日は北海道から沖縄に至るまで全国のあちこちからOB・OGの方々に集まっていただいたが、このパーティーの後は各年代ごとに何十年ぶりかのミニ同窓会があちこちで開かれ、私も自分が4回生の時の1〜4までの4学年で二次会を開催した。
 30年ぶりに会う先輩や後輩もいて、顔を見るだけでは誰かわからない人も何人かいたが、名札の見るなり、『お―、分からんかったわ 久しぶり』といやり取りがあちこちでなされていた。

 正直、やっと終わって一息といきたいところであるが、目の前にある仕事はそんなゆっくりする暇も与えてくれそうにないというのが現実である。
 月曜日からのスケジュールに目をやると、いよいよ確定申告も佳境に入ってきたなというところであり、一服する暇もなく3月中旬まで走っていくしかないなというのが今 自分が置かれている状況である。
 世の中は、“○○ウイルス”一色の様相を帯びてきているが、油断はしないにしてもできる予防はしっかりとして、何とか健康でいられるよう願っている。
 まあ、忙しいさなかではあるが、今回の内容を書くことで100周年から確定申告にチェンジする機会にしたいし、しなければならないそんな区切りの夜である。
 では・・・。
posted by ヒロイ at 21:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月10日

No667:予期せぬこと


 今、どこへ行ってもコロナウイルスの話題ばかりであるが、このことって発生原因は1ヶ月前にはあったのかもしれないが、少なくとも日本では正月頃には誰しも予期もしていなかったことである。
 それが今や我が国でも中国人の入国制限の他に日本からの渡航制限や空路の減便などあらゆるところで大きな影響が出ている。
 今後のことは予測できないが、夏の東京オリンピック・パラリンピックはどうなるのかという不安の声まで出だしている。
 全く予期しなかったことということで言えば、次元が違うかもしれないがスポーツの世界でいくつか想定外のことが起こっている。
 少し前のことであるが昨年の2月に水泳の池江里璃花子選手が白血病と診断されたのも衝撃的であった。
 明るくて天真爛漫でありながらとにかく強い選手でもある池江選手はリレーを含め16種目の日本記録を持ち、東京オリンピックでの活躍を本人はもとより我々日本国民も楽しみにしていたがそれはお預けとなってしまった。
 そしてもう一つ、東京オリンピックで金メダルの有力候補にあがっていたバドミントン世界ランキング1位の桃田選手の交通事故の一件。その車の運転手は死亡したにも関わらず桃田選手は一命をとりとめたとはいえ日本に帰国後、数日たってから右目の眼窩底骨折が判明したというニュースが昨日になって飛び込んできた。
 他にも予期せぬことはもっとあるのだろうが、今回 例を挙げたこれらのことは当事者はもちろんのこと、周りの者も報道で知るまでは全く予期していなかったことである。

 予期せぬことであっても楽しいことやおめでたいことなら心もウキウキするが、逆であれば不安になったり暗い気持ちになるものである。
 仕事の中でも、人生の中でもこの予期せぬことにどのように対応できるか、いかにして潜り抜けるかが人間の強さを示すバロメーターともいえるであろう。
 何かあると落ち込んだりヘナッとなってしまう自分と、これをなんとか乗り越えないと思う自分があることも、一歩引いて自分を見つめてみると両面を持ち備えているなと思ってしまう。

 今日も何が言いたいのか分からなくなってきているが、何事にも対応できる人間こそが “大きな人“なんだろうなと思ってしまう。
 毎日の生活にしたって予期せぬことの連続で朝に描いていたとおりに一日が終わることなんてほとんどないというのが現実であるが、これって逆にとらえれば“予期せぬこと”があることが日常であると思えば気が楽にあるのかもしれない。

 日曜は朝から雪が降っていたが明日の朝はどうなんだろう。やっと冬らしくなってきたとはいうものの・・。
posted by ヒロイ at 00:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月02日

No666:憧れる“私鉄の社長兼税理士”

 税理士業、税理士業界にとって一番忙しいといわれる確定申告期が直前に迫ってきた。
 我々税理士も毎年2月上旬から3月初旬にかけて税理士会の各支部単位で開催される確定申告の地区相談会に応援に行くことになっており、私も2月12日に当番が当たっている。実は今年からは5支部合同開催となった。
 忙しいさなかのことで、正直 時間的にはかなり厳しいが、ここでは自分の事務所の顧問先ではなく、一般市民というか、一般の納税者の方々からのいろいろな相談に応じたり、申告書の作成方法を説明することになるが、これはこれでいつもと違って新鮮な気持ちになる。
 基本的には税理士と顧問契約をされていない いわゆる素人さんばかりなので、たまに「えっ?」と思うような質問をされることもあるが、顧問先の方とのやり取りと違って、ある意味 自分も世の中の役に立っているのかもと感じることができる日でもある。
 当番の日はほぼ1日張り付きになるので、行くまでは結構気が重いが 当日その場に立つと結構必死になって質問に答えているのには自分でも不思議に思えてくることもある。ただ、夕方 終わった時にはそれはもう かなり疲れきって、ぐったりしている。
 税理士は通常は顧問先の方のために仕事をし、こういった時期には一般納税者のために本業の税務・会計に関わる仕事をしているが、先日ある雑誌で見たのは千葉県の税理士が税理士業以外にユニークな仕事をされていることが紹介されていた。ユニークといってもその仕事は非常に責任のある仕事で、それはあるローカル私鉄の社長業である。 
 旅行、鉄道、地図という言葉には目がない私にとっては何とも羨ましいが、赤字の銚子電鉄(千葉県)をなんとか存続させるために経営改善をするという非常に責任の大きな役割を担っての就任である。
 歳は私と同じ57歳であるが、税理士としては500社もの税務申告も行っているというから私なんか足元にも及ばない。
 そしてなんといってもすごいのが、2016年に電車の運転免許を取得し、自ら電車の運転もできるという 税理士、社長、そして電車の運転士という何でもござれという人物である。
 私も小さい時から鉄道大好き少年で、子供が小さい頃は子供そっちのけでプラレールにはまり、次は子供が持っていた“電車でGO”というテレビゲームにもまった時期があった。
 怪しげなおっさんと思われるのであまり大きな声では言えないが、電車の先頭車両から二本のレールを見るとぞくぞくするし、今でも私鉄では先頭車両に乗って横目で前を見ていることもある。決して、運転手の後ろに立って前方を見たりはしていませんが・・・。

 今日はこうして税理士業の傍ら(この場合税理士業が副業かも?)、やってみたい仕事をしている同年代の人の生き方が羨ましくもなったのでとり上げてみた。
 ただ、こういった赤字ローカル線の社長業はそう楽しいことばかりではないというか、楽しいことなんてほとんどないのかもしれない。
 我々は“税理士”という資格というか冠を被っているが、税理士という資格に関係なく一経営者になった場合(普通の社長はほとんどそうであろうが)、果たして経営は傾かずにやっていけるのか、経営手腕はどんなものなのか自分でも疑問符の付くところではある。
 そういう意味で税理士でなくても会社の経営できるような人物こそが、顧問先の経営相談にのれる頼りがいのある税理士なのだろう。
 税理士は税の専門家でいいと思うが、税理士“業”は税の知識以外に企業家をより良い方向へ導く能力が必要であるように思う。

 まだまだ、学ばないといけないことは山ほどある、そんなことを感じた銚子電鉄社長兼税理士の話であり、自分でも少し憧れる同年代の生き方を記したものであった。
posted by ヒロイ at 21:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする