2020年01月26日

No665:24時間営業の店が減っていく世の中って・・?

 先日ファミリーレストランのすかいらーくが「24時間営業を廃止する」という記事を見て、驚きよりも、「当然では」 と妙に納得してしまった。
 家から車で5分程の所にもロイヤルホストとフォルクスがあるが、ロイヤルホストは24:00、フォルクスは24:30 が終了時間との表示があり、今は夜中はやっていないんだと思ってみていたが、確かに平日は夜10時以降になると停まっている車も少なく、ガラス越しに見える店内のお客さんもまばらというか、1、2組だけではいう日も結構ある。
 何かのデータに基づいて言うわけではないが、この状況は時代とともに変わってきているように思う。
 というのは今から20〜30年前はいろいろな業種において深夜営業は当たり前であったし、そもそも京都の街自体に今以上に活気があり、今のように外国人でごった返すのではなく、どこへ行っても若い人、特に学生がもっと街中に溢れていたように思う。
 当時も今と同様 学生バイトは盛んであったし、生活のためにバイトする学生もいたが、中には遊びのお金欲しさにバイトする人も結構いて、パチンコ、麻雀、ビリヤード、そしてボウリングに映画という遊ぶ所には多くの若い人の姿があった。
 左京区の高野(現在の洛北カナート・・年末から洛北阪急スクエアに変更)にはスケート場もあり、大学時代には日曜日に岩倉グランドで練習が終わった後、「ちょっと滑りに行こか」といって下手なスケートをしに行ったこともあったし、横でボウリングをして帰ったことであった。
 その当時と違って、今は若年人口が減ったこと、つまり少子化の影響もあって当然のことであるが、私の若い頃と違って“暇があれば遊んでいる”若い人たちは確実に減ってきているように思う。みんな部屋にこもってゲームしているからなのかな?
 そういう流れの中で夏の一時期を除いては、夜 特に夜中まで遊ぶ若者の姿はほとんど見かけなくなり、それ以外の季節は10数年以上も前から“引き(帰り)”が早いなと感じていた。
 コンビニの年中無休と24時間営業への問題提議に端を発した、サービス業の営業時間の見直しはますます拍車がかかるのは当然の帰結であろう。
 学生時代は遊び疲れてお腹がすくと夜中にコンビニや牛丼屋に数人で真夜中の腹ごしらえに行ったことが今や遠い過去のことであり、今の時代には受け入れられにくい行動なんだろうなと思う。
 ただ、よく考えてみると人出(労働者)不足や採算面で悪化傾向にある店も多くなってきており、今や店が客に合わすだけの体力は店側にはなく、客が店に合わせて行動する時代に入ってきているように思う。
 家の近くに人気のそば屋(よしむら北山楼)があり、休日の夜たまに食べに行くが、ここは21時で店が閉まるので、これに合わせて行動せざるおえないし、遅くまで開いてる店でないので、客である我々が店の営業時間に合わせることで より計画的に行動するようになり、今まで以上に時間も効率的に使うようになる。

 今の時代の人からは想像できないかもしれないが、我々が社会に出て数年後、平成が始まった頃は、栄養ドリンクのコマーシャルも過酷なものが多く、「5時から男のグロンサン」とか「24時間戦えますか(リゲイン)」なんていう、今の時代なら、一発で アウト! になってしまいそうなキャッチコピーが受けた時代でもあった。

 働き方改革の波が時代を引っ張っていっているような現代社会においては、ある意味 「早寝早起きで時間を有意義に使う」というのが一番ぴったしのようにも思う。
 これからは我々も経験したことのないような少子化、そして、人口減少へと向かっており、客だけでなく労働者(働き手)の不足も予測される中、事業を継続するにはこの両方の確保が不可欠という、非常に難しい時代に突入している。
 経営者はこのことを認識し、素早くそれに対応できた企業・事業所だけが残っていくことができるような気がする。
 本当に厳しい時代に生きなければならない中で、高度成長期に生きてきた親世代を羨ましく思うと同時に、我々の子供たちの時代にはいったい日本はどうなっているのか想像さえもできないほど、時代の流れは速く、世の中を取り囲む状況がどう変わっていくのかもわからない。
 私自身、少し大げさかもしれないが、これからは「先手必勝」が打って出れる事業所だけが残れるのではと思い始めている。

 何気なく書き出したが、休日の真昼間にしては結構重い話になってしまいました。
 では、いい休日の午後をお過ごしください。
posted by ヒロイ at 15:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

No664: 締まりのない冬

 今年は超がつくくらい暖冬で非常に暮らしやすい冬である。
 私は何とも“締まりのない冬”だなと思っているが、この“締まりのない”というの言葉からは、まず“締まりのない体(からだ)”というぶよぶよな体形を想像してしまう。
 つまり、引き締まるところが引き締まっていなくて、全体的にだら〜とした感じで、太り気味っていう そういう体型である。
 今年の暖冬とぶよぶよな体形を結びつける私もどうかと思うが、要は寒くならないといけない時期にはやはり寒くならないと人間に緊張感がなくなりピリッとしないということである。
 私自身 決して寝不足ではないはずだが、例年以上にあくびの回数が多く、昨日も夕方にカミさんと犬の散歩をしている途中に私が何度もあくびをするので、「そんな眠いんやったら、わざわざ散歩にこんでもいいのに。家に帰って寝といたら。も〜、あくびばっかしして。」と言われる始末である。

 冬の寒さは雪国育ちの私にとっては人以上に敏感であるし、子供の頃は今ほど十分な暖房設備が整っていなかったので、冬は早めのお風呂に入った後は、掘りごたつに体ごとすっぽり入り、寝るまでの間に体を冷やさないようにし、寝る時間になるとそのまま あんか(こたつ)の入った布団に潜り込むようにして眠ったものである。
そんな寒い夜の翌朝は必ずと言っていいほど外が銀世界で、父が早くから起きて通学路の確保のために雪かきをしてくれたものである。
*ちなみに私の実家の方では「雪かき」とは言わずに、「雪すかし」と言っていた。


 話が横道にそれた感はあるが、この凍てつくような寒さの中でいかに生きていくのか、どのようにして寒さを乗り切るのか それは大人だけでなく子供にも年齢に応じた冬対策、雪対策というのがあり、いろいろと頭をひねったものである。
*思い出話:雪の中で遊んで中まで濡れた靴を掘りごたつの中に入れておくと数時間後にはパリパリになるくらい乾いていた。これって雪国の人、しかも50歳以上?の人以外は何のことやらって思うだろうけど。すみません、余談でした。
 その後、高校卒業後に京都市内に出てきてからは大雪にあうこともほとんどなくなったが、それでも、冬になると寒さ対策を毎年いろいろと考えながら生活している。
 厚手の下着やコートなど防寒用の服装をはじめ、雪の多い方面に仕事で出向く日の前日には、いつもより入念に天気予報や高速道路の状態をチェックするなど、冬ならではの準備というものがある。
 それが今年はほんとに冬なのかと思う日が続き、今日も午前中に気分転換を兼ねて事務所の近くにある京都御所を散歩していると、まるで秋のようでコートこそ手放せないが、昼前まで1時間以上歩いているとマフラーが邪魔に感じてしまうほどの天気であった。
 冬は冬らしく、夏は夏らしいのは人間にとっては一種の苦痛かもしれないし、それが極寒であったり、猛暑であったりすればなおさらであるのだろうが、そういった時期があるからこそ、穏やかな春や秋が待ち遠しく、春と秋がより一層いい季節であると実感できるのだと思う。
 私は決して寒い冬を望んでいるわけではないが、今年のように異常ともいえる暖冬では、ついついもう少しピリッとするような冬であってもいいのではと思ってしまうし、もしかするとその方が緊張感が高まり日々何かとことが進むのかもしれない。
 ただ、本当に寒くなると「何とかしてこの寒さ」と思うのあろうが・・。
 
 今日は暖冬に関してもよもやま話につき合っていただきありがとうございました。
 *1月23日(木)の予想最高気温はなんと15℃です。
posted by ヒロイ at 21:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月12日

No663:人を助けることもしづらい世の中

 私自身が人に対して優しくしたり、親切にしたりする気持ちを他の人以上に強く持っているかと問われると、正直、首をかしげざるを得ないというか、まあ人並みというのが正直なところであろう。
 これからする話はこんな私が偉そうなことを言えた立場ではないのはわかっているが、普段、考えていることやなぜ?と思っていることを綴ってみる。

   先日、2018年 新幹線の車内で刺されるのを止めに入った人が刺殺された事件の初公判があり、犯人に無期懲役が言い渡されたのを新聞で読んで、何で赤の他人が殺されなければならないのか、さらに軽傷だったとはいえ、その場で刺された2人の女性が刺されないといけない何かがあったのか? もちろん何もあろうはずがない。
  人のためにとった行動ということをあらためて考えてみると、これほど痛ましい事件に至らなくとも、電車で足を組んでいる人に注意したら後をつけられたとか、道いっぱいに広がって歩いている学生に「道 あけて」と声をかけると睨みつけられたとか、日常的に怖くてやばい話はいくらでもある。
  先日もタバコを吸いながら歩いている人が赤信号で立ち止まった時に タバコを手でつまんで側溝に捨てていたので、「それはないやろ」と思ったが、ややこしそうな雰囲気のおっさんだったので見て見ぬふりをしてしまった。
  ちょっと睨まれるくらいならまだしも、追いかけられたり、あげくの果てには刺されるようなことがあってはと 注意したり、止めに入ったりすることすらできないのが今の世の中である。

 いつからこんな世の中になったのか、私が子供の頃なんかはちょっとしたいたずらしようものなら、他人のこどもであっても怒鳴りつけるおじいさんが近所にいたが、別にそのおじいさんのことを懲らしめようとか思ったことは一度もなかった。学校の帰り道に塀によじ登って、他人様の柿をとって食べようとして怒鳴られたのだが、このおじいさんは考えてみるともう40年程前に亡くなっているが、今でも「こらっ」と怒鳴りつけている時の顔が頭に浮かんでくる。別に憎んでもいないし。

 上で述べたこととは少し種類の異なる話であるが、先日 名城大学の学生が准教授を刺した事件も、レポートの提出が期限に間に合わないことを謝罪しに准教授を訪ねたが、単位をあげないと言われ腹が立って刺したらしい。逮捕後に「単位がもらえないなら刺そうと考えた」と言っているのを見て、物事には最低限のルールがあり、そのルールを守らなければだめな事だって当然あるし、その後の処罰(この場合には留年?)が嫌なので何とか期日内に提出するように徹夜してでもするというのが世の道理というものであろう。ただ、この“世の道理”というのが通用しないのが現代社会でもある。
 学生時代に“明日が期限”というのを何度乗り越えてきたことか。自慢できる話ではないが・・。
 大学に限らず、中学、高校の先生もこんなことが日常的に起こるようになれば、まさに命がけの職業と言わざるを得ない。
  本当に今の世の中、いつからこんな風になったのか、憂いても仕方ないのか?私の考え方が古いのか?

 休日にこんな重苦しい話で終わるのもどうかと思うので、最後に身近で起こったちょっとうれしくなる話を一つ。
 先週、事務所の者がタクシーから降りるときに料金を支払った後、急いで降りたので座席に財布を落としたが、そのタクシーが個人タクシーで領収証ももらわなかったので、会社名もわからずお手上げ状態であった。しかし、届け出ていた警察から2日後に見つかったと連絡があった。免許証も保険証も鍵もそのままの状態で。
 私も今回だけは出てこないのではと思って見聞きしていたが、きちっと本人のところへ戻ってきたのを見ていると、人間ってまだまだ捨てたもんじゃないな とちょっとだけ明るい気持ちになった。
 私の事務所の者で財布を落としたのは、ここ2、3年で今回も含め3人目であるが、3人とも無傷で本人の所へ戻ってきている。
 これって運がいいのか、世間の人がいいのか? 
 ただ、どちらにしても落としすぎやけどね、うちのメンバーは。
posted by ヒロイ at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

No662:東京からやってきた3人と過ごしたお正月

 お正月も終わり いよいよ新しい年も始動というところかと思いますが、みなさまのお正月はいかがでしたか。
 私共の顧問先はクリニックが多く 1月4日の土曜日から診療を開始されているところも結構あると聞いているいるので、既に新年最初の業務のスタートを切られている方もあるでしょう。
 毎年、なぜ、年末年始にこれだけ人が移動するのか? と思いながらテレビに映るUターンラッシュを見ているが、その映像は「大変そう」と思わずにはいられないような混雑ぶをりで、こういった中を実は我が家の長男夫婦と次男が東京から来て、そして東京へと帰っていった。
 長男は年末には奥さんのお母さんの実家がある新潟へ、そして年始は京都へ そして仕事が始まるからと昨日に東京へ帰って行ったが、実家が遠くにあるというのは、そうでない人にとっては「楽しそう」と見えたり、中には「羨ましい」という声を聞いたこともあるが、帰省する側も若いうちはいいが年々歳をとってくると この年中行事も大変になってくるのだろうなと帰省を強制されない自分自身の身軽さに今となってはホッとしているというのが正直なところである。
 ただ、自分が親となり迎える側になってみると年に1、2度しか会う機会がないので、会いたいという気持ちが出てくるのも正直なところである。
 私は独身の頃はそれほど実家には帰らなかったが、結婚した後は 親が「いつ帰ってくるんだ?」と12月の半ばになるとよく電話をかけてきていたが、今となっては子供の帰りを待つ親の気持ちが分かってきたような気もする。
 私自身の年末年始は宝くじに当たることもなく(買ってもいないのにあたるはずもないが)、例年どうり年賀状に目を通したり、家から歩いて行ける松ヶ崎大黒天に初詣に行ったくらいで東京から来た3人とのゆっくりとした時間を過ごした。

 不思議なものでなぜか3人とも京都で必ず行きたがるのがラーメン屋さんで、長男夫婦は2泊した滞在中には行く機会がなかったようだが、最後の締めとして新幹線に乗る前に腹ごしらえということで京都駅付近でラーメンを食べて、大混雑の新幹線の自由席に乗り込んで行ったらしい。
 あと、長男夫婦は奥さんが京都での正月は初めてのようで、八坂神社への初詣の後、奥さんが登ったことのない京都タワーに行こうということになったらしく、八坂神社から京都タワーまでフラブラ歩いて行ったことを聞いて少したまげていた。
 次男も年末に京都に戻ってきたときから、「ラーメン食べとかんと」と言っていたので京都で滞在している間に2回も私がつき合って食べに行った。その内 1回は二人とも大好きな「しもがも担々麺」であった。
 子供たちは3人とも仕事をしているのでなかなかいっしょに会う機会もないし、今回もそれぞれいろいろと予定があって、京都の自宅にいる3人を含め6人揃って食事に行く機会は一度もなかったし、次男は4日と5日は東京の友達との予定があると言って、長男と入れ替わるように1月3日の朝早く帰って行った。

 こんなお正月であったが、東京から3人が我が家にやってきて、「お久しぶり」とぽぽたん(我が家のワンちゃん)の相手をするのはいいが、実は人間に愛想をふりまくぽぽたんが一番疲れたようで、東京組が帰った後は時間構わず気がつけば眠っていた。
 
 ある意味 平凡なお正月であったが、年末に温泉に行った以外はバタバタせずにほとんどの時間を自宅で過ごせたお正月は英気を養うのにはちょうどよかったのかもしれない。

 我々の業界はこれから2ヶ月半ほど超繁忙期を迎えるが、体調を整え過ごしていきたいと思っている。
 あらためて 残りの稼働日数が少ない1月のスケジュールに目をやると 例年のことではあるが厳しそうな現実が迫ってきていることをじわじわと感じてしまう休暇最終日の夜である。
 明日の朝は起きるのつらいやろな。
posted by ヒロイ at 20:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月01日

No661:謹賀新年

 あけましておめでとうございます

 新たな年を迎え みなさまはどんなお正月をお過ごしでしょうか。
 今年も事務所の年賀状で新年のスタートを切らせていただきます。
 以下、事務所の年賀状より
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
謹賀新年  
 旧年中は格別のお引き立てに預かり誠にありがとうございます
 今や人生100年時代と言われつつある中、自分自身が現在 人生の中でどの時点に立っていて、人生はあと何年残されているのかというのは誰しも予測がつくものではありません。
 そんな状況で自分が今何歳であったとしても「もう〇〇歳だから・・」と考えるのは自ら前進することを妨げ、成長の芽を摘んでいるようなものです。
 逆に「まだ五合目だから・・」とか「まだ いける」のように「まだ」という言葉には未来に向けての可能性を含んでいます。
 そんなことを考えている時に目に飛び込んできたのが、84歳の現役プログラマーである若宮正子さんの次の言葉です。

『人生にもう遅いはない』

 この言葉は自分がいくつであろうとも まだ何かができるのでは と期待を抱かせてくれます。
 私自身はもとより事務所のメンバーもこの一年間 「もう・・」ではなく、「まだ・・」という気概を持って何事にもチャレンジし、皆様とともに歩んでいきたいと思っておりますので何卒よろしくお願いいたします。

 令和2年 元旦 

〒602-0941  京都市上京区今出川通小川東入南兼康町334
       廣井増生
URL:http://www.tax-hiroi.com  Tel:075-406-7020 Fax:075-406-7025
posted by ヒロイ at 10:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする