2019年12月23日

No660:社員の正当な評価ができる経営者

賞与の時期になると顧問先の社長や院長から、「この冬、他のところはどれくらい賞与を払っておられますか? 例年と比べてどうです?」、「よく 世間相場っていう言葉が使われるけど、世間相場って基本給や毎月の給与の何ヶ月分?」、「今期、過去最高の利益になりそうだだけど、例年と比べてどれくらいアップすればいいんだろう?」、逆に「業績がここ数年低迷してるけど、賞与って削れるの」と 他の会社やクリニックという周りの同業者と比較しての結果を教えて欲しと という相談が非常に多い。
 他と比較するのは自分のところは出し過ぎなのか あるいは 見劣りするのか等 経営者は常に他と比較するという手法で、賞与や昇給の額を模索・検討したいという気持ちの表れであろう。

 ここまではよくある話で質問があっても気にならないないが、聞いていてそれちょっと問題あるで?とか その判断や決定って大丈夫? と思うような相談もたびたびある。
 もう少し具体的にいうと、「〇〇君、最近がんばってくれてるんで今度のボーナス うんとはずもうと思うんだけど いいかな?」とか、「〇〇さん、最近ミスしたんで賞与をカットするつもりだけど・・。」というような個別・個人的な評価についての相談もある。しかし、これって実際いっしょに仕事をしているわけではないので評価のしようがないというのが本当のところである。
 上記の二つの事例で問題だと思うのは、“最近”という何とも気になるキーワードが使われているという点である。
 賞与や昇給というのは、“最近”がんばったから上がるのではなく、恒常的、安定的に能力があアップしたという点に着目して決定すべきものである。
 歩合給とか出来高制であれば数字で結果が表れるのでその数字のまま評価をすればいいのだが、こういった数的根拠もなく、目の前に事だけで評価するということは、決して正当な評価とはいえず、かなり偏った評価になっている事例を目にすることもあり、経営者としては問題ありと言わざるを得ない。
 ただ、半年とか一年という一定の期間の評価ではなく、目の前のここ数ヶ月間だけのことだけで評価してしまう経営者や院長は現実としては結構ある。  
 経営者がこんな評価姿勢であれば、“最近”いい事をした人は賞与が増え、“最近”経営者の気に障ることの原因をつくった人は賞与が下がるという とんでもなくいびつな、“最近”の動きだけでの評価が決まることになる。賞与や昇給の評価というのはもう少し長いスパンで人物を評価し、それを金額に反映させるものであると思うのだが。つまり、賞与や昇給の直前だけでの評価は正当な評価とはいえない場合が多いであろう。
 たまに聞くが、賞与の前や昇給の時期になると急に張りきりだしたり、今までしなかった仕事を急にやりだしたり、目前に迫った賞与を獲得するために経営者(院長)のお気に入りになろうとする、そういった はたで見ていてなんとも不思議と思う光景はいく度となく見たり聞いたりしたことがある。みなさまもお分かりであろうがこんなのはまさに最悪のパターンである。

 決して私も人のことを偉そうに言える経営者でないが、経営者である以上はこういった悪い事例も頭に入れながら、社員を正当に評価する能力を磨きたいものである。
 時には自分にとって心地よくない気持ちにさせることがあっても、それが顧問先のためであったり、自社を成長させるために不可欠のことであればそういった意見にも耳を傾けるだけの度量が必要である。
 経営者の中でも小規模の会社やクリニックの経営者は“自分にとって”という観点だけでなく、得意先(患者様)や従業員のためにという視点に立って物事を考えられるかどうかがいい経営者とそうでない経営者の差であるように思う。
 私は職業的にいろいろな経営者を見ることができるという点で、こういったことを自分のところに当てはめながら事務所の運営ができる非常にいいポジションンに立ちながら仕事ができている。
 「決して自分にとって心地の良いことだけで判断しないように・・・。」ということを肝に銘じながら。
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2019年12月15日

No659:箱根駅伝に出れない山梨学院には特別の思いがある

 箱根駅伝がお正月の風物詩となって久しいが、年明けの1月2、3日に行われる今回の箱根駅伝で少し寂しいことがある。
 とはいっても今回の話題は箱根駅伝だけでなく、古くからの陸上競技関係者しか興味を引く話ではないので、関心のある方のみお付き合いいただければと思っている。

 40年程前は箱根駅伝がまだテレビで放映されておらず、早稲田の瀬古利彦の快走を当時高校生(大学生?)だった私は自分の部屋のラジオで聞いていたという 長きにわたる箱根ファンであるが、その私が今年はぽかんと穴の開いた気持ちになってしまっている。今日はそのことについて綴ってみることにするが、今の時点ではいったい何の話? と思われている方もあるだろう。

 それは33回連続出場を続けていた山梨学院大が予選会で17位(10位までが本戦に出場)となり、お正月の本番に出場できなくなったということである。
 この山梨学院大というのは、今や多くの大学が受け入れている外国人ランナーを早くから(もしかすると第1号かも?)受け入れ、無名であった大学が箱根で戦えるチームとなり、一躍有名になったことでも知られている。
 実はこの山梨学院駅伝チームを強くした最大の功労者は今なお指揮をとり続けている上田誠仁監督である(今年、駅伝監督のみ交代されたが、現在もなお総監督である)。
 上田監督は、私より4つ上で、高校の時は尽誠学園(香川県)でインターハイ、国体、そして高校駅伝に出場して活躍したが、身長が低かったために当時 大学での活躍に疑問視する声もあった。ただ、順天堂大学へ入学した後は並々ならぬ努力の結果、学生陸上界を引っ張るまでの選手になり、そして当時、箱根駅伝でも華々しい活躍を見せたのである。
 この上田選手は大学卒業後は、確か地元 香川県の高校教師をしていたが、20代半ばでこの山梨学院大の陸上部の監督に就任している。
 就任の経緯は知らないが、山梨学院といえば、当時は「聞いたこともない大学」であり、当時大学で陸上をしていた私も 「一体、上田は何がしたいんやろ、わけわからん、あれだけ有名な奴が」と思ったのを記憶している。
 その後、情熱あふれる指導のもと、就任3年目で山梨学院大を箱根駅伝初出場へ導き、後には3回の優勝も成し遂げている。
 しかし、ここ数年は早稲田をはじめ東京の名の通った青山学院、明治や強豪と呼ばれる東洋、駒澤、東海などに選手が流れ、10位以内のシード権を獲得することすらできず、やっとの思いで予選会を勝ち抜き、33回連続で本選出場を果たしてきていた。
 それが今回予選会が突破できず、お正月の箱根駅伝へ出場することができなくなった。
 これはかなりの陸上通しかわからないであろうが、伴走車から聞こえる選手を励ます上田監督の声は熱血漢そのものの厳しい大きな声であるが、かける言葉は本当に選手思いで、山梨学院大学陸上チームを作り上げてきた暖かい人間性というか、懐の大きさを感じるような励まし方であった。
 これが今年の箱根駅伝で見れない、聞けないというのは40年来の箱根ファンとしてはとても寂しいことである。
 以前は早稲田の瀬古監督、最近では青山学院の原監督を知る人は多いと思うが、今の箱根駅伝の盛り上がりの基礎を作ってきたのは、私はこの上田監督でないかと思うくらいほれ込んでいた監督である。
 この上田監督、そしてあのブルーの山梨学院が出場しないのは残念で仕方がないが、またこの上田監督の人柄と指導方法に惹かれる選手が集まり、山梨学院が箱根に戻ってくることを願っている。

 こうなると今年の箱根駅伝は何にスポットを当ててみようかなと現在思案中である。
 こんなことを考えているとスポーツは陽のあたる本番だけでなく、そこまでの道のりにも数々のドラマがあるんだなとあらためて思った。

 今日はかなりマニアックな話になってしまったが、上田監督のファンであったので触れずにはいられませんでした。ちょっと熱くなってしまいましたが・・・。
 最後に上田監督が言った好きな言葉を掲げて今日は終わりにします。

 『何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ』
posted by ヒロイ at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

No658:趣味のないのも趣味?

 現在、税理士会の支部(上京)で広報委員という役をやっていて、その役の中で一番の仕事といえば年に2回 会報を発行することである。
 カラーで24ページ仕立てのものを記事の企画、原稿依頼、原稿回収とそのチェック、印刷会社とのやり取り等 それぞれポイントごとに期日を決めて進めていき、完成、そして発行にこぎつけるのだが、毎号 約2が月半から3ヶ月という長丁場である。ちなみにこの作業はもちろん私単独の作業ではなく委員13名での共同作業となっている。
 現在取り組んでいるのが年末に発行(発送)される新年号であるが、10月の初回打ち合わせから始まり、今は記事の2回目のチェックの段階まで進みいよいよ終盤にさしかかっている。
 その記事の中で新入・転入会員の紹介のコーナーがあり、そこで趣味を書いてもらう欄への回答に、「これといった趣味がないため現在模索中です。」というのがあった。
 これってこのままを載せるのが本人の真意なのか、現在検討中なので少し時間が欲しいという意味なのか分からず、本人に確認したところ、「そのまま載せてもらうのでいいんです」と言われたので今回、上記のとおり趣味欄に載せることになった。
 このやり取りをする中で、みんな趣味ってさっと言えるほど好きなこと、やりたいこと それに熱中していることってあるのだろうかとふと考えてしまった。
 カメラ(写真撮影)、囲碁、バイク、釣り、登山なんていう人はなんとなくはまってしまっているんだなと想像がつくが、読書、食べ歩き、スポーツ観戦というような人はちょっとだけ好きなんです という人も多いはずである。
 私なんか何ごとにも興味津々な方だから、好きなことと聞かれると旅行に始まり、スポーツ(すること)、スポーツ観戦、柄に似合わず読書や音楽鑑賞なども興味があり、自分でも趣味を一つ二つに絞るなんていうのは至難の業である。
 旅行といっても、元々が田舎者なので温泉秘境めぐりというよりも地方の都会が結構好きで、文化や歴史、そしてそこに住む人柄の違いを感じるのも楽しみの一つである。地方の都会っていうのは分かりやすく言えば地方都市、例えば長崎、宮崎に始まり、松山、松江、金沢、松本、そして先週行ってきた静岡など。こうして考えてみると東日本、北日本はまだまだという感じである。
 スポーツ観戦もおなじみの高校野球は甲子園だけでなく地方予選を見に行くこともあるし、今年はプロ野球、サッカー(Jリーグ)、ラグビー(大学)、陸上競技(全般)、そしてマラソンと駅伝 ほんとにいろんなところに繰り出したものである。話が少しそれるが今 見てみたいスポーツは東京オリンピックに向けて注目を集めている卓球とバドミントンの2つである。
 こんなことを考えているといくら時間があっても足りないのが分かるし、いったい自分が何をしたいのかわからくなる時がある。
 よく趣味に車っていう人があるが、私は仕事で車に乗る機会も多く月間2000q程運転するのに車には全く興味がなく、周り人の車の話は申し訳ないが興味すら感じない。
 こうしていろいろなことを考えていると要は時間をかけて楽しむことだけが趣味ではなく、たとえ短時間でも 「いいなあ〜、この時間」と思えるのものが趣味なのかなと思ってしまう。
 紅葉や桜の中をワンちゃんを連れて散歩する休日の朝とか先週、静岡で富士山を眺めながらコーヒーを飲んでいた1時間、あと日曜日の朝に“大好きな”新聞を時間を気にせず読み比べするのも趣味とは言えないかもしれないが自分にとっては楽しいひと時である。
 そうそう、こんなこともあったという話のひとつとして、鉄道ファンでもある私が学生時代に東京から各駅停車で帰ってきたこと(夜行ではなく昼間に)や一昨年実現した博多までのこだまの乗車(帰りはのぞみで日帰り)など今でもいい時間だったなと思い出すとうれしくなってくる。

 他人と楽しむのもいいが、私は普段 人と接している時間が長いのでどちらかというと一人で楽しむ方が好きである。
 こうして考えると、時間をつくって、あるいは時間をかけてのめり込むようなものも趣味であろうが、私にとっての趣味は長時間であろうが短時間であろうが、そのキーワードは“非日常”ということである。

 明日から年末までは“日常”にたっぷり浸ることにあるだろうが、次なる“非日常”のためにも何とか乗り切っていきたいと思っている。
 今年もあと3週間。本当に時間の経つ早さに驚きながらもたくさんの期限付きの仕事を抱えているので、ここはとにかく年末まで行くしかないなと考えながら日曜日の夜を過ごしている。
 仕事に限ったことではないが、まさに今やっている “今後の作戦を練る”というのも 内容によっては焦りながらも結構好きな時間のひとつである。
 時間がないのに今日も長くなってしまいました。ではこの辺で。
posted by ヒロイ at 22:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月02日

No657:器の大きい経営者

 税理士業というのは顧問先の企業や医療機関と顧問契約を結び、その契約に基づき依頼業務を遂行し、顧問報酬をいただくという 契約と信頼関係の上に成り立っている。
 最近、「税理士に顧問先を紹介します」という顧客紹介サービスの会社から電話があるが、今のところ こういった紹介会社から顧問先になったケースは一度もない。
 このようなサービスを真っ向から否定しているわけではないが、お互いどういった者同士か分からない中での顧問契約はなかなか勇気のいるものである。
 我が事務所も年に数件 新しい顧問先が増えるがその多くが現在 顧問契約を結んでいる方や何らかの関係のある方からの紹介である。
 こんな話をすると「紹介があっていいですね」と思う人もいると思うが、これってかなりのプレッシャーであり、ミスや行き違いは許されないという重いものを背負って顧問契約がスタートする。
 こんな時、私が一番気をつけているのは、その経営者が何を望んでいるのかということをいち早く察知し、それに沿った対応をすることである。
 希望(ニーズ)はさまざまであり、よく似たタイプの二人の経営者のニーズが全く違っていたことも何度もあった。

 そんな中で私も経営者の一人として、「こんな経営者になりたい」とか「この人はすごい」と思えるような人も何人かいる。
 経営者はある意味、経営を安定させるために稼がないといけないが、その稼ぎ方であったり、経営方針が私利私欲に走らず、とはいうものの自分の稼ぎはきちんと確保したうえで 従業員やその他 周りの人にきちっと還元できることが大切である。
 ただ”還元”というきれいごとを実現するには分配できる利益をしっかりと確保するということであろう。 というのも理想はなかなか崇高であり、私もその考え方は素晴らしいと思える経営者は何人もいるが、なかなかこの“還元”というは資金が必要となるので容易ではなく、実際に従業員が満足するくらいきちんと還元できる経営者はかなり限られてくる。
 その限られた数名の経営者の顔を今思い浮かべてみると、やはり、「うちの従業員がいるからこそ今の経営状態が確保できている」という考えを常に抱かれている。口先だけでなく。
 もちろん一定以上の給与水準であったり、いろいろな福利厚生面での充実ということは表に見える部分としてはあるが、やはり従業員に対する細やかな配慮というのは一朝一夕でなしえることができるものではなく、その経営者(院長)の人間性というか、一般的には“器の大きい人”とか“懐の深い人”と表現される人のことを指すのであろう。
 
 この仕事をしていてお金(報酬)をいただきながらもこういった経営者と接することができるのはありがたいし、ある意味 得したというか、この人といっしょに仕事ができてよかったと思える瞬間である。
 自分自身決して器の大きな人間になろうとも思わないし、細かなことを気にかけるという点においては、今の自分ではこういった人の足元にも及びそうにない。
 器の大きいと思える経営者を思い浮かべてみるとそこにはいくつかの共通点があるように思う。
 それはまずは経営が安定している。そして私利私欲に走らない。そして常に周りに配慮し、今の自分、今の会社(医院)があるのはみんなのお蔭というのが口先だけでなく、心から伝わってくる人である。当然のことながらこういったところの従業員はほとんど辞めることもなく安定したスタッフ構成が長い間続いている。

 見よう見まねでもこういったいい形を取り入れて見習っていき、“器の大きい”経営者のまねごとでもできればいいなと思いながらその姿や経営手法を見ている。

 この“器”ってまねをして作り上げられるものではないのはよくわかっているが、自分にない者はまずはまねることから始めるのが一番であろうとも思う。
 こうしてあらためて考えてみると本当にすごい経営者(院長)っているな と、今一度 顔を思い浮かべながらこうして綴っている。
 もう一度言いますが、自分にないものはまずはまねる、これでいいんですよね。
posted by ヒロイ at 00:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする