2019年06月30日

No635:こんなの初めて 待ち遠しかった梅雨

 毎年6月になると、「梅雨入りはいつかな?」とか、「いやな季節がやってきたな」と なんとなく暗いイメージのある梅雨、そして6月(今日で終わりですが)である。
 実をいうと私は6月生まれですが、会話の中で誕生月の話になって6月生まれであることを相手に伝えると、6月という月があまり印象に残ることが頭に浮かばないのか、「雨の降る時期ですが紫陽花(アジサイ)がきれいな時ですね」と言われたり、私が子供を産んだわけでもないのに、「本格的に暑くなる前でよかったですね」なんて訳の分からない 6月の印象を聞かされたことがある。
 確かに4月なら、「桜のきれいな時期ですね」とか、10月なら「気候の穏やかな時でよかったですね」とすぐにでも言葉が思いつくのだが、6月はねえ〜。
 今ではジューンブライドといって6月の結婚式や花嫁がもてはやされるようになったが、これとて私の若い頃はほとんど聞かなかった。ただ今日は私の家の近くの松ヶ崎北山通り沿いにあるいくつかの結婚式場は朝から結構賑わっていたし、カレンダーをみると6月の最終日である今日は友引でもあり、「今日までだよね、6月は。」と今日の賑わいが自分でもうなずけた。
 紫陽花の花も小さい頃は、雨に濡れ、葉にかたつむりがのっている印象でしかなかったが、50近くになってからは、大きな花のわりにはしっとりと咲いていて、なかなかきれいな花だなと思うようにもなってきた。
 仕事での移動中に地下鉄から近鉄への乗り換えで竹田駅のホームに立っていると、 ”あじさいを見に奈良 長谷寺へ” というような看板を目にする、これを見るたびに一度行ってみたいと思っているがいまだに実現はしていない。

 今年の京都は6月になっても梅雨の気配さえも感じられず。いつになったら梅雨入りするのかと気をもませるくらい梅雨入りが遅かった。近畿の気象台は6月26日になってやっと「近畿地方が梅雨入りしたとみられる」と発表したが、これは平年より19日遅く、昭和26年の発表開始以来一番遅い梅雨入りだったとのこと。
 仕事での外出や通勤、通学には当然のことながら雨が降らない方がいいのに決まってはいるが、やはり降る時には降らないと逆に体の感覚が鈍ってしまうような気にさえもなった今年の6月であった。
 梅雨の話でまず一番にこんなことを思い出した。長男と次男が子供の頃 少年サッカーをしていて、よく親が試合当番として何人かの選手を車に乗せてあちこちの競技場へ連れて行ったことがあった。サッカーは野球と違って雨天中止がないので、この梅雨の時期は泥んこの中で試合を終え、「えっ、それで乗るのか?」と思わず言ってしまいそうな選手たちを車に乗せて帰ってきたこともあったが今となってはこんなこともいい思い出のひとつである。

 梅雨があるからこそ、春の穏やかな気候がよりうれしく感じられるし、この梅雨が明けたあとの灼熱のような太陽の日差しがまさしく夏本番と感じられ、暑いのはどちらかというと苦手な方であるが、暑い時は暑く、寒い時には寒いという、やはり季節にもメリハリがあってこそ日常生活も引き締まるという感じがする。
 今年は冬の気候も異常だったようで、雪深いとされる私の出身地である京都府北部の丹後地方でも暖冬の影響でほとんど降雪がなく、京都地方気象台によると、降雪は平年の2〜3%しかなく、除雪費が大幅に減少した一方で、京都府北部唯一のスイス村スキー場(京丹後市弥栄町)は開業できないまま今季の営業終了を決めたという異常な冬でもあった。

 最後に天気予報でいつの頃からか「梅雨入りした(梅雨入り宣言)」とか「梅雨が明けた(梅雨明け宣言)」という言い方をせずに、「梅雨に入ったとみられる」とか「梅雨が明けたとみられる」なんて自信のない中途半端な言い方をするように変わった。
 随分前 「梅雨入り宣言」した後、雨がほとんど降らずに ウソのような梅雨入り宣言 だったと言われたからその言い方を変えたという節もあるが、こんな中途半端な言い方は気象の専門家としてどうかと思う。
 例えば、受験をした人が「受かったように思われる」とか、仕事で質問をされたときに「それは正しいように思われる」なんて言っても誰も納得しないと思う。
 この気象台が「〇〇のように思われる」というのを聞いて多少なりともイラっときているのは私だけなのでしょうか。
 最後につまらないことを愚痴ってすみません。
 いよいよ明日から梅雨本番ですよ。万全の雨対策でお出かけください。梅雨明けを心待ちしながら・・・。
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2019年06月23日

No634:従業員を平等に扱うことの難しさ

 大企業ならともかく、中小企業 あるいは数名の事業所の場合、従業員の要望に応えるというのは、従業全員の要望というよりと特定の人の希望をかなえるための措置という場合が往々にしてある。
 我が事務所の顧問先も総従業員数10人未満である事業所が多いが、経営者からの話を聞いていると各従業員からの個別の要望は多岐にわたるものがある。
 例えば、特定の人だけ出勤時間を遅らせてもらえないかとか、逆に週2回は早く帰れないかとかという勤務時間に関するものや 小規模の個人事業所の場合、一定の基準以下であれば、事業所として厚生年金の加入義務はないが、従業員の一人から将来のために何とか入ってもらえないかと嘆願されたり、早く帰らないといけないのでどうしても自家用車で通勤させてほしいとか、個別に挙げればきりがないほどいろいろな要望が出てくる。
 こんな時、優しい経営者は、辞められても困るし何とか継続してもらうためには、今回の特例措置はやむを得ないかと、特定の人のための特別な救済措置をとられることもある。
 決してこの特例措置をダメだというつもりはないが、ある経営者はいろいろな要望を聞き入れるあまり、特例措置だらけで何が原則か分からなくなってきているようなところもあるし、ある人の救済のつもりでとられた措置が、別の人にとっては非常に不平等に感じることだってある。
   こういった時にしっかりと経営者の考え方をまとめておかないと、あとで収拾がつかなくなり、それで人事面の混乱を招き、経営的にも命取りになってしまうことだってある。
 そういう意味で、経営者は「あなただけですよ今回の措置は」というような例はできるだけ作らないことが、後々、事業所全体としてのよい雇用関係が築けることにもつながってくるようにも思う。
 もし、やむを得ず特例をつくる場合でも、その人と個別、あるいは内緒のようなものにせずにできれば公表できるようなものにしておき、場合によってはその特例措置は同じような境遇の人が出てくれば 次の人にも使えるようなものにしておく必要がある。
 「あなただけですよ今回の措置は」というのは、詳細な事情を知らない他の人からは、「なぜあの人だけ許されるの」ということになってしまい、最終的には他のスタッフの勤労意欲をそぐことにもなりかねない。

 顧問先の経営者との会話の中で、「よくやってくれる〇〇さんには特別に手厚くしていたのに裏切られてしまった」と口にされる経営者を今まで何人も見てきた。
 従業員を思う熱い想いや優しい気持ちは経営者にとってなくてはならないものだとは思うし、自分自身も今までいろんなケースに遭遇してきたが、自分の事務所での出来事の方が、ある物事や特定の人からの要望があったとしてもそれほどのめり込まずに、逆に一歩引いて物事を見つめるようにしている部分がある。これは顧問先の方々がいろいろな面で苦労されてきた事例を数多く見てきた副産物ともいえるかもしれない。
 私自身、やむにやまれず特例措置を決める必要が出てきた場合に、家庭の事情等による期間限定の事項でなければ、いつまでも つまり5年後、10年後であってもその特例措置が続けられるかどうか自問するようにしている。たとえ自分の気持ちや感情に変化があったとしても。
 こういったことを頭の片隅においていろいろことを判断していくと、偏った考え方に陥らず、意外とスムーズのことが進んでいくことがある。
 ただ、私のことを「あなただけよ」ということをなかなか受け入れない経営者として見られ、思いやりに欠ける経営者と思われるかもしれないが、こういった気持ちを持って対処しないと自分自身の身が持たないというのが現実である。
 いろいろな取り決めをするとき、「一時の感情に流されず」、「臨時的な措置でなく長く続けられることかどうか」、「同じ境遇の他の人の場合でも適用できるか」 、こんな気持ちを持ちながら物事を決定することが、ある意味 労使間の一定の関係を長く持たせる秘訣かもしれない。

 一歩引いて物事を考える、ちょっと冷めた目で・・、こんなことこそ中小企業の経営者には重要なことのように思う。
 実はこんなことを言っている私にも一番難しいことなんだけどね。
posted by ヒロイ at 19:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月16日

No633:“超”建設ラッシュの京都のホテルは大丈夫?

 今日の京都新聞で「暮らしと京都観光」という特集記事のシリーズ1回目が載っていたが、内容は観光客が増加しすぎて市民生活に影響が出ているという話であった。
 具体的には市バスの混雑、観光地でのマナー違反等が掲げられているようだが、私はこういったこと以外にも日本人観光客の減少や過剰なまでのホテルの建設ラッシュが今後の京都に負の影響を及ぼさないかと懸念している。

 京都市内で生活(仕事も含む)をしている私は、市内を歩いていたり、車で走っていると、「ここもまたホテルか」というくらいあちこちで建築中のホテルが目に入る。
 特に交通の便のよい四条から京都駅の地下鉄沿線と、八条口を含む京都駅周辺はすさまじいばかりの建築ラッシュである。
 新聞記事によると京都駅北側の下京区だけでこの1年間にホテルの新規オープンは34件、それに簡易宿泊所(民泊含む)が142件と半端な数ではないし、ホテルの客室総数はこの2年間で3,000室の増加というとんでもない増え方となっています。
 京都駅の南ではJA(JRではないですよ)までもが260室のホテルを建築中で2020年オープンの予定である。
 四条通より北でも元々商業施設であった新風館跡地には190室、丸太町駅すぐ南の京都商工会議所跡地にも200室のホテルが建設されている。
 一体これから京都はどうなるのか? 観光客の増加は見込めても、ビジネスの街としての発展は見込めず、今後若い人にとっての職場は観光関連以外に残るのだろうかという不安も出てくる。
 観光客が増えるのは収入確保ということではメリットもあり、行政面でも財政安定化という道筋ができるのかもしれないが、(観光)ビジネスとして京都を狙っているのは企業だけでなく、京都市までもが金稼ぎに走っていることにどうも納得がいかないが、この1、2年で妙な動きが出てきているのも事実である。

 一つの例を挙げると、児童数減少により小学校が統廃合された結果、廃校となった小学校の跡地をホテルにするという何とも軽はずみな計画である。
 私が知っているだけでも 元立誠小学校(中京区)、元清水小学校(東山区)、元植柳小学校(下京区)と3例あるが、観光客を増やすことに血眼になっている京都市のことだから、まだまだこういったホテル候補の小学校があるのかもしれない。
 確かに廃校の跡地、しかも一等地とよばれる地域では利用方法が難しい問題となっているが、どこの国でもどこの町でも教育文化ゾーンとよばれる地域はビジネスとは一線を画す必要があるように思うし、ある意味 聖域であるように思うのだが。たとえそれがお金を生まないものであっても・・・。

 さあ みなさん、これから5年後、10年後 これらのホテルがどうなっているのかじっくり観察してみましょう。
 決して失敗を望んであるわけではありませんので誤解のないようにしてもらいたいのですが、昨今の異常なまでともいえる人手不足の状況下において、増えすぎるホテルで働く人の確保は可能なのだろうかという疑問も私に中では消えない。
 最悪の場合、客室は足りてもスタッフの不足しているホテルだらけになって、「京都のホテル最悪。だって、ホテルのスタッフ いなんだもん」なんて言われることのないように・・・。
 最近は求人広告を見ていてもホテルのベッドメイキングのパートが時給1,100〜1,200円で出ているという異常なまでの賃金の上昇。こういった影響は京都の一般企業や私共の顧問先に医療機関にも及んできており、人手不足や求人・募集への反響の少なさで悩んでいる経営者も多いように思う。

 さあ、これから京都のこれらの“供給過剰”のホテルはどうなっていくのか、一歩引いて冷めた目で見ているとなかなかおもしろく、スリリングな展開も予測される。
 どうして日本人って、いや人間って、いいと思うとまっしぐらで歯止めがかからないんでしょうね。

 「京都のホテル 半額」、「京都のホテル 食事無料」 、「京都駅からのタクシー代はホテルの負担でOK」 というような広告が出るのかも? なんて馬鹿げたことを考えながら今後をホテル建設ラッシュを見守っていくことにしましょう。
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2019年06月09日

No632:散髪屋さんから学ぶ商売上のちょっとした工夫

 大げさなタイトルになってしまっているが、実は今回は私が定期的に通っている理容室(散髪屋さん)のちょっとした工夫について述べることにする。
 人間生きている限り、年齢、性別、髪の毛の量に関わらず、家族の誰かにカットしてもらっている人以外は、美容院か理容室に通っていると思うが、これって誰しも行きつけの所があってそうそうお店を変える人はあまりないと思う。
 私も京都へ出て来て40年近くになるが、その間 通った散髪屋は3件だけである。
 1件目は大学時代の下宿のすぐ近くにあった所で、4年間この1件に通い続け、陸上部に所属していたこともあり、あまり長いと邪魔になるので比較的短めのお決まりの髪型で4年間通した。
 そして、次は社会人になって一人暮らしを始めて、これまた住んでいたマンション(どちらか言うと2階建てだったのでハイツというのが正しいかも?)のすぐ近くにあった40代のおっちゃんが夫婦でされていた小さな散髪屋に通っていた。大学を出てから今日に至るまでずっと京都市内で過ごしているので、家族が増えて2、3度引っ越したものの50歳過ぎまで30年近く通っていた。
 自宅からはそれなりに距離があったが、今まで仕事をした3ヵ所の職場からは程よい距離であったことも長年通い続けた理由のひとつかもしれないが、このおっちゃんとの話が、私が結婚して子供ができ、その子供たちも少しずつ大きくなっていく過程での出来事や仕事の愚痴や悩み事を聞いてくれ、ここに行くとホッとするというのがここまで続いた一番大きな要因だったように思う。
 この散髪屋のおっちゃんが5年程前 病気で入院され、突然お店を閉められて途方に暮れていた時、お試しで勇気を出して飛び込んだのが事務所の3軒隣の今も通い続けている散髪屋さんである。

*ここまでの話は【No351(2014.1.26)「散髪屋のおっちゃんが倒れた」】にも掲載

 とてもとても前置きが長くなったが、実は今日 紹介するのは事務所の3軒隣にあるこの散髪屋さんの話である。
 40前後の姉弟の二人で経営されていて、私はもっぱら弟さんの方にしてもらっているがこの方がまた話題が豊富で、釣りや旅行の話、そしてご自身の2歳の子供さんの話、そして私が非常に関心を寄せるワンちゃんの話と、髪を切ってもらっている間 本当に話は尽きない。ただ、私もかなり眠い状態でお店に入った時は、私の「今日は寝るしな」の一言で、ほぼ最後まで話しかけもされずに黙々と髪の毛を切ったり、洗ったり、顔を剃ったりされている。
 私がここに通い続けている理由はこの話題豊富なこと以外にもいくつかある。
 完全予約なので飛び込みはないので、私も当然のことなが急な飛び込みはできない代わりに予約の時間に行くと待たされることも一切ない。これって店に待ちスペースの必要もなく、かなり狭い場所ではあるが椅子を3台並べて順次こなしていかれる。
 以前に一度だけ飛び込みでいった別の散髪屋さんは、最初に「こんな感じで」と私が簡単な説明をした後は、切り始めから最後まで、一切 髪の切り具合の確認はなく、「終わりました」の一言の後、預けていた眼鏡を渡され、かけてみると、「えっ、なにこれ? これはひどいわ」と思ったがそれも後の祭り、自信ありげな店主を前に何も言わずにお金を払って出ていった。もちろんそれ一回きりで、その後その散髪屋に行くことはなかった。
 それが今 通っている所は私が寝ていない限り、途中で1、2回 「いつもより短めってこんな感じでいいですか」とわざわざ眼鏡をかけさせて確認してくれるし、後ろから鏡を当てての確認もあり、安心しながら仕上がっていく。まあ、私の残り少ない髪なんかどうでもいいかもしれないが、一応自分なりのいい仕上がりはこの歳になっても期待している。
 あと、このお店はお昼の12時に予約を入れておいて、事務所から駆け込むと、「1時前には事務所に戻っていたい」という希望もなんなく叶えてくれるので忙しい時期には何ともありがたいお店である。
 また、金曜の夜は10時まで営業されていて、仕事が一段落した後の時間で予約がとれていると金曜日に散髪を済ますことができ、翌日の土曜日が有効に使えるが、実は最近、この金曜日の夜はほとんど予約がとれない状態である。
 あと、スタンプポイントでの500円割引や毎回、予約の電話代と言って10円もらえるのも何か得した気分になる。

 今日は私の散髪の歴史(ちょっと大げさか?)と店を変えずに通う理由について触れたが、街中の小さな散髪屋さんでも人気店になれる要素はいくらでもあるということである。
 その引き付けられる要素は人によって違うだろうが、「もう一度行ってみたい」と思わせるのが大切であり、どんな商売でもそこには頭を使ってこそ勝ち組になれるという現実があるということでる。
 こんな些細なことの中にいろいろなビジネスモデルやビジネスチャンスが潜んでいることになんだかワクワクしてしまう。

 最後にこの散髪屋さんで最近困ったことが起こっている。それは予約がなかなか取りづらくなってきていることである。だた、何でも流行っているとこに行っている自分がうれしくなるという好循環を客に対して放っているように思うし、それがまた勝ち組になれる重要なことのように思う。
これは散髪屋さんだけでなく、レストラン、ホテル、スーパーも、工務店や設計士も、そして開業医や弁護士も。ひょっとして税理士も? 同じことが言えるような気もする。

 いろいろ考えると自分自身にもはね返りがあり、しんどくなりそうなので今日はこのへんで・・・。
posted by ヒロイ at 22:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月02日

No631:羨ましい休暇の過ごし方

 顧問先の会社経営者やクリニックの院長の方々との面談時には事業の現況や今後の展開等 事業運営についての話をするのが基本であるが、事業以外の話をすることもその経営者の考え方を知るうえで重要なことである。
 親や子供 そして夫婦など家族のこと、ご自身の将来、もろにお金の話、今の悩み事、そして仕事以外の自由時間の使い方・余暇の過ごし方 などいろいろな話を聞く機会があるが、その方の将来の目標や大げさに言うと人生の到達点に向かって、私共が何らかのお力添えができないものかと考えながら接していくことは、この仕事をしていて必要不可欠なことのように思う。
 そんな中で今日は堅い話ではなく、どんな休日を過ごされているのかを聞いたことを基に私なりに考えたことをまとめてみることにする。

 今回の大型連休の過ごし方で一番羨ましかったのは 9連休にされ、一人で四国一周 自転車の旅をされたとあるクリニックの院長の話である。
 この間 宿泊先だけ決めておいて、がんばれるところは自転車をこぎ、無理な部分は 自転車を折りたたんでJR四国の在来線や路線バスで繋ぎ四国4県を制覇された。
 交通の便が悪く、次の電車やバスまで1時間以上の待ち時間の所もあったようだが、そんな時間は待合でスマホの映画を見ていて全く苦にならなかったそうで、日頃はかなりの患者数で夜診の終了も10時をまわることも度々ある超多忙な先生の日頃の姿とは全く違った休日を過ごされた自転車の旅の話を聞き 少々驚いたりもした。ただ、今回の自転車の旅がどれほど満足のいくものだったかはこの時に口にされた、「今後も毎年 どこかで長期休暇をつくって今回のような旅がしたい。いや、絶対するぞ。」という言葉から今回の旅の充実度がうかがい知れた。 その時、横にいらっしゃった奥様は、「連休中 ずっといなくて本当に楽でした。」と これからもどうぞと言わんばかりにおっしゃったので、前にすわっていた私もどんな反応をしたらいいか少し戸惑ったが、夫婦ともども満足のいく連休だったようである。

 前述の先生以外にも、それほど混み合わずゆっくり観れる京セラドームのオリックス戦年間シートを購入され、ご夫婦で(時には他の人やお一人で)フリードリンク・食事付の席での観戦に行かれる、そんな非日常を楽しむという余暇の過ごし方をされている方もある。私も1、2度 誘われているがなかなか日程が合わず、ご一緒に観戦することはまだ実現していない。

 先週は大の犬好きの先生とその奥様から、北区の山の中でのドッグランに我が家の愛犬ぽぽたんも誘われ いっしょに行ってきた。
 特に何か催物があるわけでもなく、ただ 10匹近い犬と戯れたり、遊ばせ、人間の方は暑くて疲れると日陰に入ってお茶を飲みながら話をする そんな集まりであったが、この時間が何とも楽しく、時間の経つのを忘れてしまうようなひとときであった。
 また、ここがゴルフ場のさらに奥で家も建てられないような地域であったので、時折通る軽トラ以外には物音ひとつしなかったこともなおさら心を休ませてくれる空間であったのかもしれない。

 休日の過ごし方をいくつか掲げたが、今回紹介した経営者や院長は仕事はもちろんのこと、それ以外の時間の使い方や楽しみ方を十分に心得ている人であり、こういった方こそいい仕事をされるんだろうなと 目の前のよき見本をみて考えさせられた。
 休日だからと言って何かをする必要があるわけでもなく、何もせず時間を気にせずボーっと一日過ごすのも決して無意味ではなく、これはこれで意味があるなとも思う。

 周りにいるいろいろな人の休日の過ごし方、時間の使い方を参考にしたり、教えてもらいながら、休みの過ごし方が下手な自分を少しでも変えていけたらなとも思っている。
 休暇っていうのはとる前も楽しみで、中には1カ月以上も前から楽しみなこともあるし、休暇の後も体は結構疲れていても 決して休もうとは思わない充実感が残るのでやはり休暇こそ人生を豊かにするものだなと、周りの人たちをみてあらためて思った。

 ただ、時間があれば 今自分が一番したいこと、それがたくさんあり過ぎて困っている私です。
posted by ヒロイ at 19:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする