2019年05月26日

No630:「国が副業を推進」・・受け入れられないのは私が古い人間だから?

 “副業”という言葉はかなり前から使われているが、可能な限り本業に打ち込むべきと教えられてきた我々の世代にとっては、“副業”というのは何かマイナスのイメージが先行し、なかなかすんなりとは受け入れられにくいというのが本音であるが、こんな考え方はもはや時代遅れのようである。

「政府は副業・兼業を推進するための環境整備を積極化させる」
「副業推進へ政策総動員」
「首相は副業・兼業の推進は世論に好意的に受け止められるとみる」

 最近の日経新聞の記事の抜粋であるが、ここまで国が後押しする背景には何があるのかと考えてしまう。
 また 記事の中では、「少子化の影響で今後 生産年齢人口が年々減少し、多くの企業が人手不足に陥るといわれているなか、こういった副業・兼業の推進は働き方の多様化に並行して、企業側に人材の有効活用を促す狙いがある。」なんて書かれているが、ここまでくるとこれまでの人口政策の過ちの責任を取らずに、こんな形にして国民、そして働く人たちの生き方にまで入り込んできて、挙句の果てには“推進”なんていう耳触りのいい言葉を使って指図しようとしているとしか思えない。

 現在、我が事務所では私が知る限りでは兼業している人はいないようだが、以前、個人の経済的な事情で事務所が休みの土日に他の仕事もしたいと申し出があり、「事務所の仕事に影響を及ぼさないのであれば」という条件のもと許可したことがあるが、1ヶ月もしないうちに体が続かないという理由でその方は退職された。
 中小企業、そして 同じような地域で働くことは、他にも“守秘義務の堅持”という点においても不安の残るところである。
 現在 働き方改革の旗印のもと、仕事以外に趣味や娯楽はもとより、将来役立つように自己研さんにも時間を有効的に使おうと言われているが、前述の副業の話は、政府が言っているようなきれいごとだけではなく、「掛け持ちすることでより生活が安定しますよ」とより働くことを推進しているようにもとれてしまうが、国は「新たな可能性を求める人たちがその道に進んでいくことができるようにするものだ」ととことんきれいごとを並べ、国民の収入が伸びていないといわれている中で、「一ヶ所だけではきついでしょ」というマイナスイメージとなるようなことは絶対に言わない。
 このことって企業や経営者側にも 「うちの給与だけで食べていけなかったら、少し他で補って」というような甘えが生じ、古い経営者が 持っていた「従業員の生活が安定するよう会社の業績も堅く、確実なものにしないといけない」というような考え方はもはや必要でなくなってくるのかもしれないし、今日まで経営者である誰しもが持っていた重い責任も少し横に置いておくことが許される そんな土壌を知らず知らずのうちに作り上げていってしまっているような気もしないわけではない。

 私自身、最近いろいろなところから「その考え少し古いですよ」と言われることがあり、なかなか本音を言うことが怖くなってきている自分に気づくことがあるが、今日は批判を浴びてもいいので本音を述べさせてもらった。
 「副業することってそんなに前向きな生き方、働き方なん?」
 今の時代から、段々と取り残されそうな中年オヤジの遠吠えに聞こえるかもしれないが、少しは同調してくれる人もいるでしょう。

 こんな好き勝手なことを言っているうちに暑かった休日も終わろうとしている。
 明日は少しはましな気温になるのを願って明日に備えます。
 では今日はこのへんで・・・。
posted by ヒロイ at 19:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月19日

No629:理想とする親子の事業承継の形

 “事業承継”という言葉は多くの方が今まで何度か耳にされたことはあると思うが、この中身について掘り下げて考えたことのある人は、引き継がれる側と引き継ぐ側の当事者以外ではごく限られた方かと思う。
 私自身も親から引き継いだ事業ではないので、当事者としてこの“事業承継”の手順やその大変さが分かっているかというと、分かっていない部分が多いとしか言いようがない。
 ただ、日々 中小企業の経営者や個人開業医の院長と接していると、この問題は避けて通れない 重要、かつ、切実な問題であるというのも十分に認識している。
 子供が違う道へ進んだために早い段階から親子承継はないという経営者や院長はある意味、心の中で割り切りができていて、「うちは私の代で終わり」と言い切られる方もいらっしゃるが、多くの方が「何とか引き継いでもらえないか」と思っておられるのも現実であろう。

 ある企業の経営者は自分一代で世間からもしっかりと評価される会社を作り上げられたが、子供(30〜40歳代)を見ているといつになっても自分の子供に対しては「まだまだ」という評価しか下されず、そのうち子供の方もいっしょにやっていくより外でやる方が気分的に楽 という判断のもと、親とは違った形で歩む人(子)も少なくない。
 そんな中で傍から見ていてうまくいっているなと思えるケースが出てきているのでここで少しだけ紹介することにする。

 ある医療法人(一人医師)を運営されているが理事長(父)が、資格のある実の娘さんだけでなく、そのご主人と若い夫婦二人で協力しながら運営する分院を立ち上げられ(立ち上げさせて)、診療科目こそ本院とは違うが、現在とてもスムーズな形で運営されているところがある。
 ここは娘さんのご主人を院長(A先生)とし、実の娘さんは副院長(B先生)として補佐する形をとっておられ、実質的な医院の運営はA先生がなされている。
 また、医療法人から二人に対する報酬(給与)は、理事長が「まだ、儲かるかどうかも分からない者にむやみやたらの報酬を出すわけにはいかない。」という方針のもと、非常に抑えた報酬の額となっている。私から見ても実の娘夫婦が経営に参画し、将来の後継者になられるのであればもう少し出してあげてもいいのではと思っているが、理事長は、「人並みに支給するのはまだまだ。」となかなか手厳しい。
 ただ、こういった理事長(親)の考えにA先生とB先生は反発するわけではなく、しっかり患者を増やし、経営的にも安定させて、「もう少し、報酬を上げてやってもいい」と言われるようになりたいという思いが強く、そのためのには苦労をいとわないというか、しっかりとした診療をされており、その結果、患者の評判もよく、来院患者の数は増加の一途である。
 この事例でうまくいっている要因は、よくある 甘すぎる親 でもなく、また、一方的にいろいろなことを押しつけるような厳しすぎる親 でもなく、「給料上げて欲しいのなら自分たちが頑張るしかないやろ」という子供側に責任を持たせるやり方をされている点、そして、子側も今まで何度か耳にしたことがある、「今の医療はお父さんの時代とは違うんであんまり口出しせんといてな」というような、若い世代の考え方を親に押しつけることもなく、まずは医療界で十分な実績を積んできた親に追いつこうという姿勢を持たれている点、そんなところであろうかと思う。
 親(理事長)は娘夫婦に、「開業時に時期尚早と購入を見送った医療機器をそろそろ買ったら」おっしゃったが、このA院長は、「まだまだ早すぎます」と断られたと聞いて、A院長の男の意地のようなものを感じ、私は、「A院長とB副院長なかなかやるな、もう さほど心配ない」と思ったのも事実である。
 
 今回の事例のポイントは、まず親側が厳しすぎたり、甘すぎたりせず、また子の方も親の懐ををあてにし、お金は頼めば出てくると思い込むような姿勢でない という点であろう。
 ここで取り上げた親子承継はまだまだ日も浅いので、今後どうなるか分からない部分もあるが、私にとって非常に注目し、かつ、楽しみな事例である。
 「親を追い抜こう」とする子側の気概と、「いつまでもと思わず、どこかでバトンを渡そう」と思う親側の一歩引いた姿勢、この2つがうまくかみ合ってこそ親子承継がスムーズいくように思う。

 今日は長い話になってすみません。
 それにしても完成形は本当に少ないですよ、この親子承継って。
posted by ヒロイ at 19:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月12日

No628:最近よく言われます 「還暦くらいですか」って

 最近、初対面の人から実際の年齢以上にみられることが多く、段々と慣れてはきたものの、「なんでやろ?」とか、半分あきらめ気味で「またか」と思うこともある。
 今まで何年かお付き合いのある方からは、私が老けていようがいまいが、既に私の年齢が頭にインプットされているので、そんな”愚問”を投げかけられることはないが、昨日参加したパーティーでも 同じテーブルになった初対面の人からは、その相手の方の反応や話しぶりから推測すると私は軽く還暦は過ぎていると思われていた感じである。 今日、このコーナーではこの後も歳の話が続くので、念のために私の歳を申し上げておきます。56歳です、56歳、いいですね。

 昨日はある顧問先(医院)の10周年記念パーティーが催され、その出席者は現在の従業員だけでなく、元従業員(パートも含む)も来られていたし、それに薬品関連の業者の方々、あと先生の趣味である音楽仲間である開業医の先生2名、そして私と事務所の担当者もお招きいただき参加してきた。
 居酒屋の宴会ホールを貸し切っての形でそれほど堅苦しいものではなく、主催者の先生が2人の開業医の先生といっしょにされたギター演奏もあり、本当にざっくばらんな形でのパーティーであった。実はこの演奏応援の2人の開業医の先生のうち1人は当事務所の顧問先の方であり、当日までも参加されることは知らなかったし、業務上の守秘義務もあり、どこが顧問先であるかを他の人には絶対に言わないので、その場に私がいたことにびっくりされていた。今回の主催者の先生(医院)の顧問していることはこの日でわかってしまったが・・。
 最初の話(場面)をもう少し詳しく話すと、この日は各テーブル7、8人ずつの中に従業員(女性)の方も配置され、私のテーブルでも従業員の方と業者の方がそれぞれの家族のことを話されていて、「そろそろ主人が定年で」、「年金もらいだしてからの生活スタイルはどんなんになるんでしょうかね」、「娘は2人とも30過ぎてますが結婚する気がなくて困ってますわ」というような話で盛り上がっていて、何かの拍子で私の方に話が飛んできて、「私は年金となると随分先の話ですし、還暦までにもあと4年近くありますしね」と話していると、一人の50代の女性(看護師)の方が、「えっ」と言いながら私の方を見てこられた。私は最近このパターンには少し慣れてきているので、「還暦は数年前に済んで、2、3人の孫がいると思ってたんでしょう、私のこと・・・。」と言いながら、さらにその場の話の中に入っていくと、「いや〜、お仕事柄もあるでしょうし、貫禄もおありなので63歳のうちの主人より少し上と思っておりました。正直に言ってすみませんね。」と私の方を見ながら苦笑いされていた。隣にいらした61歳の業者のも、「男は少し上にみられるくらいがいいんですよ。」と妙なフォローを入れられ、私の歳と見栄えのことでその場はある意味非常に盛り上がった。私も「薄いうえに白くなってしまってダブルなんでね。こればっかしはどうしようもないですしね。」と頭をなでながら切り返しておいた。

 まあ、歳のことだけでなく、口に出しては失礼かなと思えるようなこと(決定的に失礼なことは除いて)でも、今回のようにちょっとした雑談を通して本人に伝わることって、決してマイナス面ばかりではなく、他人を通して 本人が知らず知らずのうちに自覚できるチャンスを与えてくれているという点においては決して無意味なものではないような気がする。何もかも包み込んでお上手ばかり言う人もいるが、周りの者は気づいていることでも言われている本人だけが気づかず、見ていてちょっとかわいそうになる時さえある。
 頭(毛)が薄いとか、太ってるとか、色が黒いとか本人が気にされているような身体的なことは口にしてはならないのは当然のことであるが、人間 言ってもらわないと気づかないことも多く、誰も言ってくれないがために後で恥ずかしい思いをすることだってある。
 家族の誰もが私には何も関心を示さなくなって久しいが、以前は、休日に出かける時の服装を「若作りすぎるわ」とか、「その服、サイズが体に会ってへんやん」と 何かと“ケチ”をいやいや“アドバイス”をしてくれることもあったが、言われて初めて気づくこともいくつもあったのも事実である。
 
 言われるうちが花とまでは言わないが、自分では気づかない「ここはちょっと変」というのをさりげなく言ってもらえるそんな人間関係が理想のようにも思う。
 年配の男女の若作りほど見ていてしんどいものはないが、自分もその対象になっているのかもしれない。気づかないことって本当に怖いことですね
posted by ヒロイ at 22:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月06日

No627:初めて経験する10連休から学んだこと

 “超”大型 の10連休も残りあと1日となったが、みなさんはどんな休日でしたか?
 例年、お正月やお盆を含む夏季休暇の時にはあれもしたい、これもしたい といういろいろな思いを抱きながらその休暇が始まるのを心待ちにするのだが、今回のような大型の長期休暇は初めてだったのでいろいろな期待や願望と同時に、連休明けってどうなるのだろうかという多少の不安があったのも事実である。そういった思いもあって、一応 最低限はこれだけは済ませておきたいということを休み前にメモに書き留めて連休のスタートをきったが、完全実行にはほど遠く、いつものように予定の半分くらいしか用件を済ませることができなかった。
 4月の気温が例年よりも低かったこともあり、この連休が衣替えにちょうどいい時期だったのでコートやセーター、それにかさ張っていた犬の散歩用の防寒ダウンも片付けることができたり、いつかは目を通すぞと多少なりとも学習意欲のかけらと勝手に思い込むように山積みとなっていた本や冊子も今年になって初めて落ち着いて選別・整理することができた。
 私なんかまだまだ長期休日の過ごし方が分かっていないが、バカンスとよばれる休暇が当たり前になっている欧米の人たちはもっと有意義な休日の過ごし方ができるのだろうなと自問自答したりもしていた。
 そういったなかで、国から与えられた休暇(休日)とは言え、今回の連休の過ごし方は日々の生活を見直したり、今後訪れる老後の生活を考えるいい機会になったことは事実である。
我々の世代は、休日となると 「明日への活力になる休日」なんて馬鹿げた発想で、「しっかり休んでおかないと休日明けがしんどいぞ」と ついつい休日の過ごし方をセイブしてしまうが、そんなこと考えること自体、休日を本当に満喫していない証拠なんだろうということも気付かされた。
 今回のように4月27日から連休が始まって、次の営業日が5月7日になっているなんて今までの常識から考えると大丈夫かなと思っていたし、今年の2月頃までは何連休にしようかな、間はどこを出勤日にしようかなと考えたりしていたが、連休が終わろうとしている今になると10連休にしてよかったと心から思っている。
 今回は本当にいろいろなことを見直す機会にもなった“まあまあ”いい連休だったのではと自分で勝手に納得しながら、結論づけようとしている。

東京在住で一般企業の営業の仕事をしている学生時代の友人は、旅行好きなのになかなか行けない私に旅先からきれいな景色やおいしいものを食べてる写真を年に何度かメールで送ってきてくれ、私はこれを本当に楽しみしている。
 今回もとびっきりの写真をスイスのアルプスから送ってきてくれ、なかなか遠出ができない私の目を楽しませてくれた。この友人はひとり娘さんが、昨年結婚されたので夫婦で余暇を楽しんでいるという ある意味、模範的な50代の一人である。
まだまだ私にはそんな余裕が時間的にも経済的にもないが、目標にしたい生き方でもある。
 彼の勤務先は上場企業ではあるが、役員になったりするような出世街道ではないと自分で言っていたし、別会社へ出ている(出向?)ようなことも言っていたが、休日にはヨガをしたり、いつだったか江戸川区民のフェスティバルで着飾って踊っている写真を送ってきてくれたこともあり、本当に周りの者を楽しませてくれる友人である。
 京都に本社がある会社に就職したにもかかわらず京都には一度も住んだことがなく、生まれ育った神奈川県に近い東京に居を構え、そんなにガツガツしていない姿はこちらの心も和ませてくれるが、我々には見えない部分で大変な苦労もしているとは思うし、なんといっても彼の素晴らしいことは、学生時代から今に至るまで彼の口から人の悪口や嫌な話を聞いたことがないということである。
 話が大型連休から全然違う方向へいってしまったが、こんな友人のことに端を発して50代半ばのおっさんの生き方についても立ち止まって考えることができた。こんなことができた連休もまた別の意味で意義があったのかもしれない。

 今朝は朝から まずは溜まりに溜まったごみ出しから始まる連休最終日である。
 今回は普段会えない次男にも そして長男夫婦にも会えたことも含め、連続休暇にしていてよかったと思える10連休であった。
 ではみなさん、今日一日 それぞれ ゆっくりと? バタバタと? お過ごしください。
posted by ヒロイ at 07:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする