2019年03月31日

No622:少しだけ 平成回顧

 明日から4月で行政機関や学校では新しい年度の始まりの日でもあるし、日本の大企業の多くが決算期末である今日3月31日は、期末在庫の確認の日でもあり、何気なく過ごしている休日も実は大きな節目の日である。
 また、明日は平成に次ぐ新元号の発表の日でもある。
 午前11時半に発表とのことなので明日の午後はこの話で持ちきりだろうし、特にマスコミはこの話で数日は番組がもつだろというくらいの騒ぎようである。
 世界共通の西暦があるのに なぜ、いつまでも日本はこの元号にこだわるのかという考えの人もいるし、特に事務処理やパソコンを扱う上では西暦の方が便利なことも多いが、まだまだ元号尊重派がいるのも事実である。
 今回の元号が変わることに先立って、金融機関でも通帳の日付印字を数か月前から西暦に変えているところもある。
 顧問先で預かった通帳のコピーに 
= 以下、日付については西暦にて表示いたします =(← 私の記憶の範囲内での表現)
 と記載されていたのを見た記憶があり、いよいよだなと感じたのを思い出した。

 今の時代、新入社員採用時の履歴書も若い人の多くは生年月日欄が西暦で書かれているが、私はまだまだ自分の生年月日は「昭和37年・・・・」という方である。 
 私が子供の頃、祖父に「明治と大正と昭和の3つの時代を生きるなんて、おじいちゃんってすごいな。」といった記憶があるが、この私も5月からは3つの時代を生きる人になってしまう。
 ここしばらくは、”平成はこんな時代だった” というような特集がいろいろなところで組まれていて、「またか」といささかうんざり気味であるが、私にとっては社会人になったのが昭和60年だったので、やはり企業の格差が今まで以上にくっきりと表に出てきて、経営破綻や自主廃業、それに再建と日本経済も大きく変化した時代であった。
 こんな中で破綻した企業で頭に浮かぶには下記の3つである。

@ 野村、日興、大和と並んで4大証券の一角を担っていた山一証券の自主廃業
A プロ野球球団までも持っていて、特に関西地区では知らない者はいなかったスーパー王国 ダイエーの自主再建不可能によるイオンへの吸収(完全子会社)
B ほぼ国有企業と思っていた日本航空の経営破綻・・現在は再建されている

 この3つに共通しているのは、企業が衰退するときは思いのほか早く進んでいくし、今日のソフトバンクや楽天を見ていると、まさしく現代版 ”栄枯盛衰”を表しているいえるだろう。
 余談だか、この2社とDNAがプロ野球球団をも持つことになるなんて、昭和の時代では考えられなかったことであろう。
 
 「平成から次へ」ということよりも、世の中が動くスピードは年々早まり、取り残されずについていけるよう 何とか頭をクリアにしておかないといけないな とそんなことを考える 平成の最後である。
 そういえば、元号が変わるのは5月1日で、明日ではないんだ と再確認して 今日の話は終わりにします。
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2019年03月24日

No621:こんなところでも感じた東京一極集中

 大学の陸上競技部のOBとして卒業生の名簿を整理する係をしているが、実を言うと私の2つ先輩で東京在住の方が、まるで情報の集中基地のように全国のOBから 引っ越しや亡くなった方等の情報も集めて、常に最新版という住所録を管理されている。
 とはいっても今の時代、就職してから一つの所でずっと住み続けることはごく稀で、特に一定規模の会社の就職した者にとって転勤はつきものである。
 こんな状況なのでいくら情報の集中基地とは言っても、800人近いOBできちんとした住所が分かっているのは8割くらいだと思うが、これってすごい高い比率だと思う。
 ただ、昭和の30、20年卒と遡って進んでいくにしたがって、(物故者)という表示が目につくのも名簿ならではのことである。
 この東京の先輩がここまで熱心に管理されるのは、OB会費の振込用紙を一人でも多くのOBの手元に届けることによって、会費の徴収率や徴収額を少しでも引き上げ、現役部員の合宿や遠征の費用として補助しようという、親心以上の熱い想いである。
 昨今、個人情報の保護・管理の厳しさや漏えい等を心配して、中には住所を公表したくない人もいるようだが、そういう人には決して無理強いせずに、何とか問題のない形で運営されているようである。

 私は4年に1回、オリンピックのある年に全51クラブで共同発行される名簿名鑑をまとめるための委員をしている。
 そんな中で私と同じ年度の卒業生、つまり同学年の18人の住所に目をやると、6人が東京をはじめとして首都圏に住んでおり、他には地元(宮崎、静岡)の戻って仕事をしている者もいるが、残りの者は関西在住で意外と多くが大阪近辺に残っている。ただ 京都市内在住は私一人で、こういった役を引き受けざるを得ない理由もこんなところにある。
 私は昭和60年に大学を卒業したが、私より下の学年の平成グループは、同学年の半分以上が関東圏の住所になっているし、その人たちの多くが実家が京都や大阪であるにもかかわらずということに多少なりとも驚いた。
 こういった就職して東京に行って、地元には戻ってこず、そこで結婚したり、子供ができたりし、そして家を買っている者も少なくない。
 この現象を決して悪いこととして言っているわけでもないが、こうして後輩たちの住所を見ていると、まさに東京への一極集中という現象がうなづけるということである。
 近所でも20代のお嬢さんが仕事の関係で東京に行ったかと思うと、その妹さんも自分で転職先を見つけて東京に行かれ、家に残るのは50代のご夫婦2人である。

 東京一極集中を一方的に批判するつもりもないし、大阪をはじめとし、他の地域の魅力がなさすぎることも問題なのだろうが、やはり東京以外の都市や地域の頑張りに期待するほかない。
 そのためにはまずは大学進学のために東京に行かなくてもいいだけの大学が各地にできることが一番重要であろうし、そしてそこを卒業した学生がそのままその地域に残れる就職先を作り上げることが重要であろう。

 いずれにしても全国くまなくとまではいわないが、これだけの国土の中で大きな都市や産業の活発な地域があちこちに散らばって存在する方が日本全体の発展につながるのであろう。
 こんな中で私も京都に残っている一人のOBとして、京都も頑張ってるで と元気を発信する そんな役割を示すためにもこんな役を引き受けているのかもしれない。
 それにしても今の時代(以前も同様かも?)会費の徴収って、こんなに難しいものなんだなとつくづく感じながら名簿を整理していた。
 OBのみなさん 現役のために払ってや! みんなも恩恵は受けてたはずなんやし。
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2019年03月17日

No620:毎年 春を感じるのはこんな時

 我々の業界にとっても我が事務所にとっても1年の最大のイベント?でもある所得税の確定申告が先週 3月13(水)に全件の電子申告を終え、翌日に所内全員(私は役目免除)での書類整理、倉庫の格納をもって 確定申告の全業務が完了した。
 14日(土)は確定申告期間中、どうしても時間がとれず面談ができなかった人との面談はあったが、今日(日)は、我が家の大事な大事なワンちゃんの散歩は昼前と夜の雨の止んでいる時間を選んでブラブラしてきたが、それ以外は久しぶりにどこにも出かけず一日中 家で過ごした。

 家にいたからといってあまりゴロゴロするのは好きではないので、この2ヶ月ほとんど寝るためだけで整理もしなかった自分の部屋の片付けをしたり、いつかは見たいと思っていた軽めの雑誌に目を通したりしていた。
 18日(月)からは、スケジュールを見ると事務所の外勤部隊のほとんどが、かなりの外出予定を組み込んでおり、実は3月末までは結構バタバタする日が続きそうである。とはいってもこの仕事をしていると、確定申告が終わる頃には日も段々と長くなり、服装も冬物から春物へのチェンジを考え出すという、毎年恒例のこととはいえ心のどこかに春の訪れにワクワク時期でもある。
 
 事務所が同志社大学の近くにあるのでこの時期になると卒業生や新入生の動きが否応なしにも目に留まる。
 2月の入試に頃は少し賑わうが、最近は以前ほど受験生が押し寄せてくる感じがしないなと思って大学入試のページを検索してみると、それもそのはず、京都の本拠地を含めると全国で17ヶ所も受験会場があり、ちょっとびっくりした。
 北は札幌から南は鹿児島まで受験地が用意されているのは受験生と親にとっては、移動距離の少なさと費用の軽減という点で非常に助かる措置であろう。
 国公立大学は本校での受験に限られていると思うので、私立大学は学生集めという経営努力も今の時代、不可欠なんだなと感じさせられた。今週は卒業式が組み込まれているはずだし、4月になるといよいよ入学式で、今出川駅周辺が人でごったがえす時期でもある。
 引越しもこの時期ならではの多さで、こういった人の動きからも春を感じる時期でもある。
 ここで、こんなことを言うのもどうかと思うが、私どもの顧問先の方の子供さんも多くの受験生がいらっしゃるが、全ての人が思い通りに進学ができているかというとそうでもなく、浪人される子供さんを抱えておられる親御さんの胸の内を思うと、「春は楽しいシーズン」なんて浮かれているのもどうかと思ってしまうこともある。

 そういう意味ではいろいろな思いを持つ人が入り混じる季節でもあるが、春がそこまで近づいていることには違いない そんなことを感じる3月の後半である。

posted by ヒロイ at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月10日

No619:今では懐かしい “おせっかいな人”

【おせっかい】 出しゃばって、いらぬ世話をやくこと。また、そういう人やそのさま。
  ◆類語:口出し、手出し、ちょっかい、干渉
  ◇関連後:干渉、容喙(ようかい)

 上からも分かるように“おせっかい”という言葉は、辞書によると何ひとついいことが書かれていないが、それほど悪一色なのだろうか?
 こんなことを言っている時点で自分のおせっかいの性格を一部肯定したがっているのかなと自分自身少しいやな気持ちにもなるが、子供たちが小学生くらいまではちょっと口出しをした時なんかは、「大きなお世話」、「放っといて」という態度をとられたこともあったが、3人とも成人した今では、口をはさむ場面さえないし、東京にいる2人の息子にいたっては、年に1、2回しか会わないので、口をきくのも限られたことだけである。
 
 子供が小さい頃住んでいた向かいのおじさん(当時70代)は、私が仕事から帰ってくると家の前で水やりをしながら、「今日は奥さん、6時頃 買物から帰ってきはったで」とか、「今日はお姉ちゃん(長女)の友達が来て賑やかだったわ」等、私がバイクを置いて家の中に入る前に別に教えて欲しいわけでもないのにその日の廣井家の様子を誰よりも早く知らせてくれた。今から思えば一種のおせっかいだったのかもしれないし、人によっては、「そんな解説 わざわざして欲しないわ」と思う人もいるだろうが、これって一種の近所とのコミュニケーションであって、こういった何気ないやりとりで距離が縮まったりすることだってある。
 私が社会人になって働き出した頃は、隣に座っていた女性の上司からは、どこにも書かれていない職場の“暗黙のルール”を教えてもらったり、カミさんの体の調子が悪かったときは、近くに住むパートの人が まだ幼かった私の子供を仕事が終わるまで預かってくれたりとおせっかいどころか、どれだけ助けてもらったことか。
 ただ、こういったやり取りをしていた時から既に25年近くが過ぎ、時代は大きく変わってきたような気がする。親切かなと思って思ってしたことを迷惑がられたり、街中では前を歩く人が手袋を落とされたので拾って渡した時、睨まれたことだってある。
 今の時代、一歩間違えば嫌がらせをされたり、場合によっては殺人事件にもなりかねないような世の中になってきた。
 まだ、私が若かった頃に親から口出しされたようなことは、今の時代では“おせっかい”なのだろうが、親の方は何一つ悪気もなかっただろうし、うまくいくようにと思っていろいろと言っていたんだなと今になって思うことはいくつもある。

 もう、“おせっかい”が世間でいいようにとられる社会はこないのかもしれないが、“おせっかい”を受けたものとしては、最初の辞書にこんなことも付け加えて欲しい気持ちにもなった。
 “おせっかい”は悪いように言われているが、後でハッと気づいて助かったこともある という意見を持つ人もいる。
 ただ、私自身 他人へのおせっかいは禁物であることは肝に銘じておかなければならない。
posted by ヒロイ at 20:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

No618:ブームに乗らない経営、ブームが去っても続けられる経営

 経営者の方と話をしていると自分の会社の柱となる本業についてとことんまで掘り下げ、何があろうとも本業で勝負しようとしている人もいれば、いつも自分自身がアンテナを張りながらいい話があればちょっと乗ってみようかなと思っていて、たまに会うと「なんかええ話ないですかね」が口癖のような人、 どちらがいいかどうかは別にして第三者的にはどちらも魅力的であり、かつ、どちらもリスクを抱えておられるなと思って見ている。
 この仕事をしだして間もない頃、つまり今から30年近く前になるが、30代半ばの若い二代目さんが、ある程度の資金をお持ちになられている親から「なんか新しいことをやってみたら」と後押しをされ、本業以外の商売に手を出され、自分自身ではきっとうまくいくはずだ と私にそのビジネスモデルについて熱く語られたこともあったが、やることなすこと何一つうまくいかず、最後はある駅前の一等地も手放され、確か丹波の方へ家族ごと行かれたと後で聞いた。
 新しい事業に手を出すことが決まった方の中には、こういった事業の開拓は運にも左右されると思っている人もいるかもしれないが、私は事業、特に新しい分野への進出は決して運に左右されるような軽々しいものではないと考えている。
 その分野を深く知ること、そしてその事業に入り込む前に外からもその分野の研究を重ね、過去、現在、そして未来がどう動くのか、周りの人間がどう反応するまで自分なりに組み立てられてこそ初めて、新しい事業がスタートラインに立てるものと考えている。
 
 過去において(もちろん顧問先以外も含めて)カラオケスピーカー、ペットの葬儀、ドッグカフェ、健康借品、レンタサイクル、民芸家具、それに食べ物では百円ケーキなどいろいろなものを見てきたが、私が思い浮かべたところ、今も続いているところはほとんどない。
 1年くらい前、 事務所の近くで立ち飲み屋ができ、私自身は立ってまでお酒を飲もうとは思わないので行ったことはないが、日のよっては結構賑わっており、2年後、3年後、ビジネスとしてどうなっているのかちょっと注目しているスポットである。
 事業というのは単一商品や単一分野だけで勝負することのリスクはあるが、まずは“これ”とよべるもので客や得意先を引き付けられないようでは、第二、第三のものでも勝負はできないであろうし、長続きはしないであろう。
 私が学生時代の頃からあった今出川界隈の“童夢”というケーキ屋さんは今でも残っているし、これまた学生時代にケーキとスパゲティーを食べに行ったセカンドハウスという店は今ではいくつも店を出し、北山店はうちの娘のお気に入りの店でもある。

 少し話が別の方向に行ってしまったので元に戻すが、事業はまずは揺るぎない本業があって初めて、次なる分野へ手を出せるというものであろう。
 それには、世間でブームと言われているからとか、儲かった人の話を聞いたからとかではなく、まずは自分がその分野に惚れ込むほど大好きで、誰にも負けないくらい知識を身に着け、そして、自分以外の第三者から(厳しめに)みても問題なくGOサインが出てはじめて、スタートが切れるということであろう。
 最近、私の知っている若い経営者の方が、「〇〇が今ブームでいいらしい」と言ってその分野に手を出そうとされているが、そんなに研究不足のまま手を出していいの?  と傍では見ているが、このブームというものにいったん入り込んだ人というのは人に耳を貸さないような状態に陥ってしまう。
 決してブームを否定するわけではないが、そのブームや当初の珍しさによる賑わいが去った後も 「あいつは違う」、「あの店は違う」と思ってもらえればそれは実力になってきているのであろう。

 客や得意先、そして一般の人たちは、今や経営者以上に本物を見極める力を持っているということを肝に銘じて新しい分野に取り組んでほしいものである
posted by ヒロイ at 21:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする