2019年02月24日

No617:今、確定申告が“旬”です

 税理士事務所は今、個人の確定申告が“旬”の時期であるが、我が事務所も1月後半から3月の初旬まで約1ヶ月半の間 確定申告業務にどっぷり浸かっている。こんな中で ちょっと手と頭を休めて、確定申告について思い出話も含めて綴ってみることにする。

 今から30年以上前、私がこの業界に入った頃は、最後の集計はパソコンでも電卓でもなくそろばんを使う年配の上司の人がいたし、パソコンは一人に一台ではなく、入力作業の時だけパソコン室(当時は確か“コンピューター室”と読んでいたと思うが・・)にこもって入力作業をするという、今から思えば信じられないような作業工程であった。
 決算書や申告書も最初の2、3年は手書きで作成していたので、出来上がったら税務署提出用の用紙に清書(浄書)をしてくれる字のきれいな女性の人(近所のおばさん)もこの時期だけ手伝いに来られていた。
 こんな時代から思えば、一人に一台のパソコンは当然で、計算は会計・税務のソフトを使って行われるし、申告も税務署へ出向くことなく、私のパソコンから電子申告を行うことによって、全国どこの税務署にでも瞬時に申告が可能である。また、ありがたいことにこの時期の電子申告は曜日に関係なく24時間受付可能となっているので、曜日や時間を気にすることすら必要でなくなってきている。
 なのに、この時期 残業なしでは乗り切れないし、なかなか落ち着いて体を休めたり、食事をとったりする時間はないというのが現状である。

 現時点では今年の確定申告業務が終わったわけではなく、今真っ盛りという状況であるが、今年は、よくよく考えてみると昨年、一昨年とは大きく違うことがある。それは天気に恵まれていて、ほとんど雪が降らずにこのまま冬が終わるかもしれないということである。
 京都府や滋賀県の北部、それに福井県と雪のよく降る地域に多くの顧問先を抱える我が事務所としては、この時期には常に天気予報を気にかけながらスケジュールを立てたり、出かけたりしなければならないが、今年は今のところそういった心配をせずにこの2月の後半までやってきた。
 これから先一週間の天気予報でも気温が14〜15℃と比較的過ごしやすい日が続きそうで、天気のことはあまり気にかけずにここまできたが、実は目に見えない大きな援護射撃になっているような気もする。
 車での外出はもちろんのこと、電車で出かけるときも雪の舞い散る中を出かけるのと、コートを着ていて多少暑くなる今日のような日とでは、気分だけでなく事務所の帰ってきたときの疲労度に大きな差がある。
 今、仕事の合間ではあるが、コーヒーを飲みながらこんなつまらぬことを考えるのも、短時間であれば、気分転換になったり、疲れを癒してくれたりするものである。

 今日は確定申告の折り返し地点でふと考えたことを綴ってみた。
 月曜日からはここまでに仕上がった決算書・申告書の報告のために事務所の多く者が外出する予定となっているが、何とかここまでこぎつけられているのは、事務所のスタッフの慣れたスケジューリングと無駄のない要領のよさのお陰であるのは言うまでもない。
 あと2週間、何とか問題なく、最後までこぎつけられることを願いながら、いったんこのコーナーを閉じて、本業に戻ります。
  では・・・。
posted by ヒロイ at 18:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

No616:ぽぽたんのお父さんなんですね

 この時期になると平日はもちろんこと、休日でも我が家のワンちゃんを散歩に連れて行くことができず もっぱらカミさんの日課になっていたが、昨日(土曜)の午前中 少し時間がとれたので私自身の運動不足解消も兼ねて、ぽぽたん(ワンちゃんの名前)を連れて宝が池まで1時間半程 散歩に行ってきた。
 普段、夜 遅く帰ると近づいてきて飛びかかってくることもあれば、お決まりの場所で気持ちよさそうに眠っていて、ちょっとした私の物音に、「こっちは寝てるのに、静かにしてくれる・・・。」 と言わんばかりに身体は動かさず薄目で私の顏を一瞬チラッと見て、また、目を閉じて眠ってしまうこともある。

 以前、このコーナーでも触れたが、私自身は今まで50数年間、金魚と亀くらいしか生き物を飼ったことがなかったので、動物を飼う人の気持ちがあまり分からないままこの歳まできてしまったが、こんなに癒してくれるんだ と今さらながら自分の気持ちの変化に驚いている部分がある。
 カミさんがあちこち連れまわしているので、宝が池、植物園周辺、加茂川、北山通、そして家の周りと それぞれの場所ごとにワンちゃん友達がいるようだ。
 昨日も宝が池の周りを連れて歩いていると、「ぽぽたん 久しぶり」、「ぽぽたん、女の子らしいおべべ(服)を着せてもろて」と何人かの人に声をかけられ、「今日はお父さんとまわってるんか」と 顔は何度か見たことがある人だが、人間同士はお互い名前も知らずに(聞こうともされないが)、もっぱら私のことは“ぽぽたんのお父さん”という呼び方で接してもらっている。
 私は思わずしゃがみこんで、「ぽぽ お前はどこへ行っても いっぱい知り合いがいて有名人(犬)なんやな」とワンちゃんに話しかけた。
 こんな経験 今までしたこともなかったし、私がランニングをしていた頃 いつも会う人にはお互い横眼であいさつしたり、走りながら軽く手を挙げたりはしていたが、このペット(ワンちゃん)を飼う人同士の気持ちの繋がりというのは、近所や知人そして仕事や親戚等 今まで経験してきた人の繋がりとは全く違うもので、まさにしがらみにとらわれない “素”の自分を出せるなかなか貴重な世界である。

 私は疲れている時、真っ白なぽぽたん(犬種はビションフリーゼ)の横に寝転がって無理やり鼻をつまんで、「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」とまるで幼い子供が聞くようなことを口にしているが、ぽぽたんはさぞ迷惑そうな顔で私の顔とじっと見ている。
 ワンちゃんにとっては、いやなのかもしれないが、言葉で「いや」とも言えないし、また 他のやりとりで人間から見るとすごく喜んでいると思っていても、「あんたらが考えているほど、うれしいことではないんやで」と思われていることだってあるのかもしれない。
 ある程度 ワンちゃんの態度で分かるとはいうものの、人間と違って本心が100%分からないところにワンちゃんをはじめとしペットを飼う魅力があるのかもしれない。
 日頃の私からは想像もつかない態度かもしれないが、それくらい損得や見返りの期待なしでいっしょにいられるのがペットであると この歳になってやっと気がついた。

 ワンちゃんにとっては迷惑な話かもしれないが、今晩も家に帰ったら鼻をつまんで、「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」と話しかけ、疲れを癒してもらおうと思っている。
 いいでしょ、このフレーズ(何度も言いますが)「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」
posted by ヒロイ at 14:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

No615:いつも同じ人がいる安心感

 日々の仕事の中でいろいろな分野の人と関わる機会があるが、「担当が変わります」と、新旧の担当者がそろって事務所に来られ、名刺を差し出されることがある。
 一番多いのが金融機関の方で支店長が交代される時もあれば、当事務所の担当者が変更になる時もある。それ以外では保守契約を結んでいるコピー機の会社、リース会社、生命保険会社など担当者変更についてすぐにでもいくつかの分野や会社が頭に浮かんでくる。
 こんな時、担当者とどうもウマが合わないときは変更になってホッとすることもたまにはあるが、どちらかいうと、「今までの人とは波長が合ってよかったのに」と、がっかりしたり、また新たな関係を築いていかなければならない煩わしさに気乗りしないことの方が多い。
 今回は、この“人(担当)が変わる”ことについて考えてみることにする。

 大きな会社や組織であれば、支店や部署も変わらずに同じところでずっと働くということはほとんどなく、2、3年に一度は転勤や配置転換などがあるが、これは会社の営業戦略やトップの方針の変更によって 必要不可欠であると思うし、人心一新による効果、つまり、働く者にとって新たな気分で物事に取り組むということの意義も当然のことながらあるといわざるを得ない。
 同じ会社内での異動やグループ会社へ転籍にとどまらず、勤め人が自ら会社そのものを辞めて他の会社や他の仕事に転職することもある。

 今回、私が話題にしたいのは大きな会社や組織ではなく、クリニックの受付や小さなお店の店員さんなどもっと身近なところの例である。
 年に何度か通院するクリニックで受付の人が変わらず、いつもにこやかな同じ人がいることの安心感というのは そのクリニックの院長が思っている以上に患者さんは感じていることであろう。
 患者という立場ではないが、私が仕事で訪問する先も よくもこれだけ人の入れ替わりがあるなと感じるクリニックもあり、「あれっ、又 変更? 退職?」と心のどこかに不安な気持ちがよぎるが、これが患者さんであれば、私の何倍もの不満や不安が頭をよぎるであろう。

 もう一つ別の例であるが、もっと身近なところ、実は事務所の隣にあるコンビニでも同じようなことを考えることがある。
 もちろん、曜日や時間帯によって学生をはじめいろいろな方が働いているが、そのうち店長以外ではずっと変わらず働いて、レジを打たれている2名の女性スタッフがいる。
 私の場合、このコンビニを利用するのは週に2、3回であるがこの2人がいるときにあたるとなぜか得した気分になる。非常に慣れた手つきで要領よくレジを打ち、商品の温めなども素早くこなし、多少レジを並ぶ人が多くてもあっという間に待つ人はさばけてくるので見ていても何とも気持ちのいい。
 慣れた人が長く働いていることは、辞められた時の穴埋めができるのかとか、給与(時給)の引き上げはどこまで必要なのかなど、別の観点から考えると経営上の検討課題がないわけではないが、顧客に与える満足度には大きな差が出てくる。
 これは転勤や転籍を伴わない中小企業であれば非常に重要なことで、少し大げさかもしれないが、最後はこういった患者や顧客の心をつかんだところが生き残ってくるのではなかろうかと思ってしまう。
 今の時代、働く人の考え方も人さまざまで、従業員の労働環境を整えるのは非常に難しいことかもしれないが、人の使い方、人の気持ちの読み取り方を考えるという点で、経営や人事において少しは参考にしていただければと思っている。

 先述の事務所の隣のコンビニの話でも、地下鉄の駅から事務所まで2、3のコンビニがあるが、ついつい慣れたところで慣れた人に対応してもらう方が気持ちがいいので、どこにも立ち寄らずにいつも隣のコンビニに入ってしまう。

 みなさん 今回の話 どう思われます?
posted by ヒロイ at 14:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

No614:開業当時のことを思い出させてくれた古い通帳

 先日、仕事を終えて家に帰ると、食卓の片隅に輪ゴムで止めた古い通帳が20冊近く置かれていた。
日頃通帳を手にしない私でも、その通帳を見るなり それが廣井事務所のメイン口座の通帳であることはすぐにわかった。
 現金や預金の入出金の管理は、開業以来 素人ながらも一応経理を預かるカミさんの仕事であり、私は取引が会計データとして入力されたものを入金はもとより、大きな出金や残高の確認のためにパソコンの画面で目を通し、資金の動きを把握している。
 実は、この通帳以外にも前の勤務先から給料が振り込まれ、今でも住宅ローンが引き落とされている いわゆるプライベート口座で、今では見かけないような古い図柄の通帳も何冊か置かれていた。
 私が夕食を食べ終わってホッと一息ついていると、同じ部屋にいたカミさんが、『通帳の数が増えてくると置場もなくなってくるので、もし、保管せずに処分していいのだったら教えて? どれくらい古いものまで置いとかんとあかんのやろ。』とこちらを向いて、通帳が食卓に積まれている理由を説明してくれた。
 平日は仕事が終わって家に帰ってから古い通帳を見る気にもなれず、事務所の休みの日に通帳の中を確認し、残すものと廃棄するものに区分していった。
 この中には事務所開業当時の平成19年(2007年)夏に開設した事務所のメイン口座の通帳があったので、懐かしい思いでこの通帳を開けると、何ともヒヤヒヤ・ドキドキするような数字がたくさん並んでおり、思わず食い入るようにその通帳の数字を目で追っていた。
 通帳には、「〇○さん給与」、「〇○医院(最初は顧問料を個別に振り込んでもらっていた)」、「アスクル ロッカー代」、「コピー機リース料」、「封筒・名刺代」、「HP作成料」、「借入」、「家より補填」等、カミさんが鉛筆で書きこんだものがそのまま残っており、その後のページを見ると、年末には給与と賞与が払えず、また「借入」が必要となった11年前の開業当時のことがいろいろと思い出された。
 社員も2人であとは私とカミさんの計4人で全業務をこなしていた、というよりまだまだ仕事が少なく余力があったのを覚えている。
 初めてパートを採用する時には、給与払っていけるのかなと、今も在籍しているO君と時間をかけて検討したのも ついこの間のように思い出された。

 その後、少しずつではあるがいろいろな方からの紹介で顧問先が増えていったが、当時は毎晩寝るときに目を閉じて、新しく顧問先になっていただいた方の名前を呪文のように唱えながら眠りにつくという妙な習慣ができていた。新顧問先1件目からはじまって、その後 20件目くらいまでは、顧問契約を締結した順にその院長や経営者の顔を毎晩思い浮かべながら、この呪文を繰り返しながら眠りについていた。
 昨日、たまたま郵便物に切手を貼るために事務所の切手BOXの中を見ると、大きさの揃った切手がきれいに保管されていたが、開業当初は、カミさんが金券ショップで1円でも安い切手を買ってくるので、どちらかというと大きさが不揃いな記念切手ばかりで、今から思えば何とも格好の悪い 切手だらけの郵便物をだしていたなと思わず頭に手をやって当時のことを懐かしんだ。

 決して 今心配がなくなっているわけではないが、11年前のこの気持ちを段々忘れかけてきているのも事実であったので、カミさんから頼まれた古い通帳の整理は、私にとっては結構 意味のある、心にずしんとくる作業であった。
 整理が終わって、積まれた通帳を眺めていると古い通帳が私に向かって、「初心忘れべからず」、「ええ気になるなよ」とつぶやいているような気にもなった。
 そんなことで、古い通帳の置場として場所の確保は必要であるが、決して置いておく所が全くないわけではないのでもう少し置いておくことにした。

 今回は人からのアドバイスではなく、通帳からアドバイスと叱咤激励を受けたという貴重な体験であった。
posted by ヒロイ at 16:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする