2018年08月26日

No590:経営判断が早いか遅いかで企業の今後が決まる

 非常に忙しい現代社会においては、誰しもがやらないといけないことをいくつか抱えていると思う。
 忙しさの度合いや内容は人によってさまざまであろうが、年配や高齢者の方でも、『年寄りは暇やと思ってるだろうけど、毎日結構することがあって忙しいんよ。』と言われることがある。
 我が家には小さな子供はいないが、小学生の子供を持つ当事務所の社員やパートの方の話を聞いても、塾や習い事で毎日忙しそうである。
 また大人は大人で日々の仕事だけでなく、いつかはやらないといけない “家の用事”もいくつも放ったままの人も多いであろう。
 私自身もやらないといけないことをたくさん抱えているが、どんなことでも最初のうちはまだまだ残された時間は十分あると思って、余裕を持ちながら悩んだり、検討したりしているが、そうこうしているうちに時間ばかりが過ぎていって、気がつけば期限までに残された時間が少なくなっていることも度々ある。

 顧問先の経営者の方が経営上の判断を求められたとき、判断の早い人とそうでない人がいらっしゃるが、全てではないにしても相対的に判断や結論を出すのが早い人の方が事業内容がいい方向に向かっているケースが多いように思う。
 事務所の担当者の面談報告書に問題点や検討項目が記載されており、私も全顧問先の面談記録に目を通しているが、同じ問題が何ヶ月にもわたって持ち越されている顧問先はやはりスピーディさに欠け、取り残されている感じがすることがある。
 雑誌にある上場企業の経営者が最も重要視することとして「早い判断、早い結論の導き」を掲げていた。早ければ何がいいのかというと、「誰もしていないこと、どこの会社も取り組んでいないことを誰よりも早く取り組める」ことと、「上に立つ者(経営者)が仕事をいったん横に置いておくことは、組織全体を停滞させる要因となる」と書かれていた。まさにその通りとうなづける。

 私自身も決してすぐ結論が出せる速攻タイプではないが、私がぐずぐずしているということは組織が活性化せずに停滞する元凶になりかねないので、できるだけというか、多少無理してでも物事を早く進めるようにしている。
 正直言って、自分自身、物事をため込まず、すぐ取り掛かるという行動は「きついな」と思うことも度々あるが、「うちの所長は口ばっかしで、全然動けへん」と思われないようにし、何とか推進力のある組織を作りたいと思っている。
 私が見本になるような行動を率先してとれたらいいのだが、そこまではなかなかできないので、活力ある経営をされている顧問先をまねながらなんとかいい形をつくっていきたいし、「結論を出すことが遅くなればなるほど残された道は少なくなる、つまり選択肢は狭まる」ということなので、限られた時間の中でしっかりと考え抜いたうえで、行動に移す時はスパッと実行する、まさに“熟慮断行”をの言葉に近づけるような姿勢を持ちたいものである。
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2018年08月19日

No589:ガッツポーズを叱られた高校球児

 この件は今や話題となっているのでご存知の方も多いと思うが、今 行われている高校野球で創志学園(岡山)のエースが相手の打者から三振をとった時にガッツポーズをして雄たけびを上げたことを球審から「必要以上にガッツポーズをしないように」と注意を受けていたという一件である。
 この球審の言動に賛否両論 いろいろと騒がれているが、私はこの球審を問題視するのではなく、バックにある高野連(日本高等学校野球連盟)の考え方がここまで浸透しているのかという 嫌みを含めて「さすが高野連」という感想を持った。
 高野連は文武両道の学校と強くて名の通った学校や選手が好きだから仕方ないのかもしれないが、もし、同じことを大阪桐蔭の選手がしていたら多分何も言われなかったのではと思ってしまう。
 高野連は今や野球という一つの側面だけでなく、いろいろな面において学校教育全般に影響を及ぼす組織になってきているが、今一度 スポーツの原点という側面から物事を捉えてほしいものである。
 趣味でするスポーツならいざ知らず、競技としてするスポーツは試合後には勝者と敗者が存在し、誰しもが勝者になりたくて日々の厳しい練習に打ち込んでいるといっても過言ではない。だから、ガッツボーズなんてやろうと思ってやるものではなく、自分の体の中から自然と湧き出してくる感情のひとつを表現したものに他ならない。
 私が野球をしていた頃はなかったが、今や優勝すると勝った方のチーム全員がマウンドに駆け寄り、指を1本差し出し勝利の喜びを爆発させているが、あれだって負けた相手に配慮しないといけないのであれば、禁止しないといけない行為にも思えてしまう。

 今の時代、大人も子供も自分の気持ちを表に出さない人間が多くなってきているように思うが、今回のように自己表現できるということは、逆に貴重な存在なのかもしれない。今回は、大げさなポーズで相手を傷つけたり、挑発したりすることがよくないということのようであるが・・・。
 時代が違うので一概に比べられないが、私が野球をやっていた時(小学、中学)は、守っていたショートから空振りしたバッターに対して、「前に転がさんかい」、「打てるもんならこっちに打ってこい」と大きな声で言っていたし、当時のキャッチャーは打者に向かって、「このバッター内角投げといたらかすりもせんしな」と平気で言っていた。自分が打席に立った時には逆のことを何度も言われたし。
 こんな中で守備についている時には、「三遊間のゴロなら全部とってやる」とか、バッターの時は、「何が何でも打ってやるからな、勝手に言いたいこと言っとけ。」と体の中から熱いものが込み上げてきて、これが思わぬ力を引き出すのに一役買っていたのは否定できない。
 今、事務所での仕事中でも独り言の多い者もいるし、一つの仕事がうまく片づけられると「よっしゃ!」、「これでOKや!」と小さな”雄たけび”をあげている者もいる。
 今の時代、ある意味 静かな時代になったし、電車に乗ると日本人の多くは、何ひとつ物音を立てずに耳にイヤホンさしながら、黙ってスマホの画面をいじっているし、京都の地下鉄に乗っていると日本語でない言葉ばかりが聞こえてくる時だってある。

 話は少し本題からずれてきたかもしれないが、今の日本人は自己表現力がなさすぎることの方が問題視されるべきではないのかと思ってしまう。
 先日のサッカーのワールドカップのゴールの後やオリンピックで勝った時は陸上でも、水泳でも柔道でもみんな”雄たけび”をあげてるではないか。
 私は”雄たけび”禁止のようなスポーツなんて見たくないし、感情を抑えてスポーツをするという離れ業はできそうにないなと思った一人である。

 みなさん どう思われますか? 
posted by ヒロイ at 14:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

No588:お盆の昔と今

 昨日、お盆休暇に入った初日の8月11日に実家に行き、結構伸びていた庭の草引きを少しだけした後、お墓参りをして日帰りで京都に戻ってきた。
 お盆の間、3日間を実家で過ごすという兄夫婦とは少しの時間であったが話をすることができたし、車で10分くらいのところにある姉の嫁ぎ先もお母さんの初盆だったので線香だけあげに行ってきたが、こんな些細なことでも日頃なかなか時間がとれない者にとってはお盆休暇があるからこそ実現できることである。
 父や母が健在だった頃はお盆やお正月になると多くの者が集まり賑やかな実家であったが、今や実家は誰も住んでいない状態で、こういったまとまった休暇になると私の兄弟3人がそれぞれが自分のスケジュールに合わせて実家に立ち寄り、特にお盆は墓参りをするという以前とは違う実家との関わり方である。
 少し時間があったので実家の近所の家も回ってみたが人の気配のある家は半分くらいで、私が子供の頃の地域としての賑わいはどこにもない。
 我が国は人口の都市部への集中と過疎化の進行が問題となっているが、今回、自分の実家に帰って目の当たりにしたのがまさしく過疎化に直面している我が故郷の状況である。
 以前の賑わいを知っているので寂しさを感じないわけではないが、どんな状態であっても実家に足を踏み入れると私自身の気持ちが落ち着くのは18年間も住んでいたからなのであろうか。

 今日(12日)は京都の自宅で朝からワンちゃんの散歩、テレビで高校野球の観戦、あとは読みたかった本を読むという、普段からは考えられないくらい時間にとらわれない一日を過ごした。
 夕方 次男が東京から帰ってきて、日頃の東京での生活ぶりを聞きながら夕食をとるという何気ないことではあるが、親としては楽しみな時間である。今になって思うと、私が20代の頃、年に1、2回実家に帰ると両親が何とも言えないくらい嬉しそうな表情で出迎えてくれていたが、今になってその時の親の気持ちがよくわかる。
 明後日はカミさんの両親の墓参りがあるが、これも日頃は空き家となっている家でお坊さんを迎えるという、年に一度の行事である。
 お盆というのは恒例の夏季休暇ではあるが、この時期の自分の行動を確認するとやはりお盆はお正月と並んで、日本にはなくてはならない休暇なんだなと思ってしまう。
 あと、休みは4日間あるが、こんな時こそ普段できないことができればなと考えているところである。
 今日はお正月以降初めて次男が帰ってきたので ついつい飲み過ぎてしまい段々と睡魔が襲ってきたので、突然ですがこの辺で終わりにします。
 では、おやすみ。
posted by ヒロイ at 23:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

No587:辞めずにいられる職場

 今日は今秋開業予定のクリニックの採用面接に立ち会った。
 最近は人が集まりにくいと言われているが、折込広告を使って募集したところ51人からの応募があり、そのうち書類選考を通過した人17人と面接を行った。
 細かな面接の内容や選考基準をここで述べるわけにはいかないが、一つだけ私も含め、人を雇う経営者側としてとても参考になることがあった。

 現在、ある医療機関にパートで勤務されている方で、そこでの勤務時間だけでは他の人とのシフトの関係で自分が入りたいだけの勤務時間が確保できないので、もう少し多く働ける職場を探しているとのことであった。
 今回、私がここで話がしたかったのはこういった個別の事情ではなく、この人が従来からの勤務先で思いどうりの勤務形態でないにもかかわらず10年間 辞めずにいらっしゃる理由についてである。
 私は面接の中で、『パートとはいえ10年間続けてこれた要因はなんですか?』と質問したところ、『雰囲気がいいというか、チーワークが抜群なんです。』とおっしゃった。   
 「働きやすいのは職場の雰囲気がいいから」というのは度々 耳にするが、「チームワークが抜群なので」と言われた方は初めてだったので少し驚いた。
 ただ、この雰囲気とチームワークの違いってなんだろうと立ち止まって考えてみると、雰囲気というのは、居心地が良いか悪いかの判断材料にすぎないが、チームワークというのはただ漫然と時間を過ごすのではなく、一つの取り組みに積極的に関わり、何かを作ったり、仕上げたりするという行動を起こすうえで重要なことであるように思う。この人はそれほど意識せずに発言されたのであろうが、ほとんどの仕事が単独でするのでなく、何人かが組んでするということを考えれば、このチームワークというのは職場にとって欠かせないものであり、経営的な観点からみても物事が前進する原動力にもなるし、働く人も辞めずに続けられる職場なんだと気付かされた。

今日はあるクリニックの面接であったが、会社、クリニック、そして税理士事務所においても、ただの仲良しグループになるだけでなく「チームワークがいい」と働く人が感じる職場にすることが大切なことなんだ ということを教えてもらった貴重な一日であった。
posted by ヒロイ at 20:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする