2018年03月25日

No568:区切りは重要、春もその一つ

 また、大好きな季節がやってきた。
 今日のようにいい天気だと気候的にも申し分ないが、やはり4月というのは新しい年度がスタートするという意味においてもスイッチが切り替わる時でもある。
 学生なら新学期のスタートということで周りの仲間も入れ替わるし、社会人も一定の規模以上の会社なら配属が変わったり、転勤があったりで仕事の環境が変わる時期でもある。ただ、私が長く身を置く税理士業界はよほど大きな事務所でない限り、毎年新入社員が入ってきたりするわけでもないので、メンバー的にはほとんど変わらないが、税理士事務所の一番の繁忙期である確定申告が終わり一区切りのつくのが3月後半のこの時期である。
 春から何しよう、あれもやってみたいなと期待が膨らむだけでなく、やり残していた仕事を少しでも早く追いついて仕上げにかからないといけない時期でもあり、いろいろな面において新しいことが始まる季節である。
 希望に胸を膨らませる若い人も多いかと思うが、仕事の関係先だけで大学を受験された子供さんが10人近くいらっしゃる。その中には思うような学校にパスしなかった方や再度浪人生活という方もあり、子供さん本人にとっても親にとっても何とも頭の痛い、すっきりしない状態のまま春を迎えておられるケースもある。
 そういう意味では決して明るい話題だけではないが、いずれにしても何らかの形でスタート(再スタートも含め)を切るのがこの4月という時期である。

 我が事務所も昨年の12月からこの3月中旬までは例年のこととはいえ、大変忙しい状況が続いていたので、事務所のみんなへの慰労と全員が集う久々の交流という意味合いも込めて今週末の30日に食事会を開催することになっている。
 緊迫した事務所内の雰囲気とはまた違った中で、普段はそれほど話をしないような人とも交流ができる楽しみの時間でもある。

 今日 京都市内を車で走っていると、いくつかのマンションの前で引越し業者のトラックが停まっていたり、大きなスーツケースを引きながら歩く人の姿が何度となく目に飛び込んできた。
 こういった区切りの季節に卒業と入学、転勤や転職、そして引っ越し等は気持ちを入れ替えるまたとないチャンスでもある。他にもお正月や誕生日なんかも気分を一新できる節目と言えるだろう。
 ただ、自分の経験からいっても新たな計画を立て、気分一新となるのは実は一時で、1ヶ月もすればそういった気持はほとんど忘れ去られ、いつものぐうたらな自分に戻っていってしまっているのがほとんでである。これは私だけでなく多くの方が経験されていることであろう。
 「さあ、やろう」ということができていなかったり、「これはよくないことだからやめるぞ」と強い決意のはずだったことが少ししか守れなかったとしてもそれはそれでいいように思う。
 区切りの季節や時期ががなければ、そういったことを考える機会さえもないが、こういったチャレンジする気持ちを持たせてくれるだけでもこの季節に感謝したいというのが偽らざる心境である。

 事務所が大学のすぐ近くなので4月になると、多くの新入生で溢れかえるキャンパスを見るだけでもおじさんにとってはウキウキする季節である。
  今週は入学には少し早いが、桜も満開という絶好のロケーションの1週間となりそうである。
posted by ヒロイ at 21:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

No567:第三者委員会というもの

 みなさん“第三者の委員会”という言葉聞いたことがありますよね。
 あれです、あれ。何か問題が起こり、責任のある人が謝罪会見をされるときに、『問題点を把握するために第三者委員会を立ち上げ、真相究明にために関係者が一つになって検証していきます。』というやつです。
 今まで、政治の世界、経済界。そして教育現場でも事件や不祥事が起こるたびに何度となく聞かされているが、我々一般人には何か釈然としない思いが残る言葉である。
 一応、当事者以外の第三者が委員を務め、公平な立場から検証し、判断を下すというのが本来の、いや、表向きの意味合いであるのはよくわかっているが、果たしてこのメンバーが本当に第三者的に立場で判断を下しているのかを確認する機会は少ない。
 というのも この第三者委員会を立ち上げることによって前にある問題から目を背け、時間稼ぎとしてうまく使われているとしか思われないケースがあるからであろう。
 本当であれば事件や不祥事を起こした当事者間でよくよく話し合って解決策を見出すのが一番のようにも思えるが、今の時代 全ての人が性善説の下で正直に発言しているとは思えないことも多いし、こういった状況下においては問題が発覚した後、結論を導き出すのは無理なように思う。それだけ一人一人の主義主張が異なるという現代社会が背景にあるからやむ得ない部分もあろうかと思うが。

 みなさん今後注意して、見たり聞いたりしてみてください。
 この1年、いや数ヶ月の間にこの“第三者委員会”という言葉が何度出てくるかを。 そして、それが問題の早期解決、かつ、真相究明にどれほど役に立っているのかを。
 私は立ち上げることの意味合いを否定しているわけではないが、第三者委員会の意見がまとめ上げられた時にどれだけの人がその問題に関心を持ち続けているかわからないという現実がある。

 事件を起こした当事者が、全てではないにしろ ある意味 都合のいいように利用されている“第三者委員会”という言葉について私なりの意見を綴らせてもらったが、少なくとも私が学生や社会人になりたての頃にはほとんど耳にする機会のなかったこの言葉がいつから世に出てきたのかを興味半分調べてみた。
 ただ、いくらどこを調べてみてもこの言葉が今や日常的に使われているので、いつからなんていう記録はどこを探しても記載はないが、何とか手掛かりでもと調べていくと1997年山一證券が突然破綻し、従業員が解雇されたときに社内の関係者や弁護士が原因を究明するために調査委員会を立ち上げたのが始まりかも? という記事にたどり着いた。

 ということで、この言葉が世に出てからまだ20年近くしかた経っていなかったようだ。
 やはり結構新しい言葉だったんですね。真相の一部が究明され少し落ち着いた気持ちになれたので今日はこれでを終わることにします。
posted by ヒロイ at 22:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

No566:言い切れる自信がつくまで理解することは難しいが・・。

 確定申告も終盤を迎え、事務所内としての期日である3月13日まで残すところあと2日となっている(法定期限は3月15日)。
 1月の後半からここまでの約1ヶ月半は、事務所のメンバーはほとんどの時間を確定申告業務に費やす日々であったが、ここへきてやっとゴールが見えてきたという感じで、2月中旬のひっ迫した雰囲気からは少しは解放され、ホッとした感じが漂っている。
 とはいうものの各自 最終まで仕上げられてない申告書を数人分抱えているので、まだ気を緩めることなく最後までやり遂げることが必要である。

 この仕事をしていて、税法や会計の知識を必要とされるのは当然のことであるが、税に関するすべてのことが頭の中に詰まっているわけではないので、分からないことや初めての事例が出てきた場合には、きちんと調べたうえで回答したり、適正な方向へ導いていかないといけない。
 そういった中で、中途半端な知識ほど危ないものはない。「こんなもんでいけるかな?」とか「だいたいこんなもんでええやろ」なんていうのはあってはならないことで何の役にも立たないし、「よし、これで間違いなくいける」という確証が得られるまで調べ上げないといけない。
 実はこのこと、つまり確証を得ることが一番重要であるし、税理士業というのは、ある意味 こういった専門的な知識に対して報酬をいただいている部分もあるので当然と言えば当然のことかもしれない。

 そういう意味で廻り道をして、時には一つの項目に1、2時間以上(中には半日近く)も時間をかけて調べる必要が出てくるが、こうして手間をかけて理解したものは自分のものとなり、その後また同じ事例が出てきた時に使えたり、応用を利かすことができる。
 さっとうわべだけの理解やその場しのぎの対処をしていた場合には、1、2年後に同じことが起こっても、また最初から理解していかないといけない。
 年々 歳をとるので記憶力は劣ってきていることを否定はできないが、この仕事をしている以上、こういった身につけたり、頭に叩き込むことはいくつになっても必要なことなのだろう。
 事務所の者が作成した申告書をチェックしていて、昨年もこのミスをしてたなと思うことがあるが、これは最初の理解が いわゆる“だいたいこんなもん”という理解で終わっていたからであろう。

 確定申告の時期は新しいことに触れることも多いし、新たな発見もあるので いくつになっても4月以降 業務をする上で知識の充電期間にはもってこいの確定申告である。
 サッと理解したものよりも、忙しい中で時間をかけて身に着けたものの方が、後々 役に立つことが多いことは誰しもが経験したことであろう。

 歳をとればとるほど、若い時以上に “着実に一つずつ”進んでいくことが必要であろう。
 まだまだ急ぐ必要はないのである。
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2018年03月04日

No565:中田英寿と三浦知良の生き方、あなたはどっち派?

 先日、元サッカー選手の中田英寿がテレビの画面に映し出されていた。
 私はサッカーというスポーツは中学、高校の体育の授業で少しやったくらいで選手としてプレーした経験はないが、2人の息子が小学生の頃、少年サッカーチームに所属していたこともあり、それ以降は結構関心のあるスポーツの一つになっている。
 息子たちがサッカーをしていたちょうどその頃、ワールドカップが日韓共催で開かれたことや、今と違って地元の京都パープルサンガ(現 京都サンガFC)が当時はJ1のなかでもまあまあ強かったので、自然にサッカーに引かれていった。

 そんな中で、当時(日韓共催の前後数年間)の日本のサッカー界でまず名前にあがるのは間違いなく中田英寿であった。
 彼については日本でのプレーよりもイタリアでの活躍が記憶に残っているが、ドイツでのワールドカップの後、突然引退した。まあ、本人にとってはワールドカップに3回も出場したし、突然でなく、計画的であったであろうが・・。
 余談であるが、その時に放ったのがあの有名な 『新たな自分探しの旅に出たい』という言葉である。
 この言葉はあれだけの功績を残した彼が使って初めてかっこよく、印象に残るのだが、それ以降、何度となくこれに近い言葉をそこらの人(特に若者)が使っているのが気になるし、個人的には今一つ気に入らない。
 就職して数ヶ月も経たない者が、『自分に合った仕事でなかったので、本当に自分に合った仕事を見つけるために、いったんフリーになって自分を見つめ直す』というのを何度か耳にしたことがある。
 もう少し、せめて1年くらいは今の仕事をやってみてから判断してもいいのではとこの転職の理由を聞くたびに思うし、いくらなんでも数ヶ月で判断するなんて早すぎるのではと思うのは、私がええ歳したおっさんである証拠なのかもしれない。

 話があちこちに飛んでしまったが、今回何が言いたいのかというと、こんな偉大であった中田英寿であっても、子供達には段々と忘れ去られる存在になりつつあるような気がする。
 それはなぜか? ズバリ 早く現役を引退したということと、海外での活動が多いからなのかと思っている。
 それと比較して、三浦知良(カズ)は、50歳になってもまだ現役であり、我々より上の世代(60〜70代)から、今、現役の少年から20代の世代までほぼ2世代、あるいは3世代にわたって、記憶にとどめられる選手になっている。
 三浦知良が今もなお現役を続けるのは、日本が初めてワールドカップに出場したフランス大会で直前の現地キャンプで、メンバーから外されたことに起因しているように思う。
 あの最終で北澤と市川とともにカズを外すという決断をした当時の岡田監督を恨んだし、本人にとっては人生最大の屈辱であり、日本サッカー界でも5本の指に入る“事件”であったと個人的には思っている。ただ、この屈辱があったからこそ、カズ自身 辞めずにここまで続けていられるのであろう。

 中田ヒデと三浦カズ どっちがすごいか比較のしようがないが、この両極端のサッカー人生はサッカー界に身を置かない我々 一般人にとっても生きていく上で考えさせられ、ある意味、指針にもなりうるものであるように思う。

 あなたはヒデ派? それとも カズ派?
posted by ヒロイ at 22:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする