2022年12月04日

No.808:自分がボーっとできる時間

 毎年のことであるが、気がつけばあっという間に12月になってしまっている。
 「あれもこれも」としたいことやしなければならないことはまだまだ残っているが、どんなに慌てたところで今年もあと1ヵ月で終わってしまう。
 今 最も旬な話題はサッカーワールドカップであるが、時差の関係も吹き飛ばしてまで日本の試合を見て、寝不足あるいは徹夜に近い状態で朝を迎えるような勇気はないので、特に無理せずに起きていればテレビをつけて見るというスタンスで今回のワールドカップに接している。
 先日のスペイン戦も4時過ぎには目が覚めるかなと思ってアラームのセットもしなかったが、やはり体はいつもどおりの反応で試合開始から1時間以上も経った5時15分頃に目が覚めた。
 テレビのスイッチを入れると試合は後半に入っていて、大方の予想に反してなんと日本がリードしていたのには驚いたし、思わぬ試合展開に脳が刺激を受けたからなのか 起きてから5分後には頭の中は観戦モードに入ってしまい、そのまま試合終了まで見て その後 身支度を整えて家を出た。

 平日はスケジュール表と時計を見ながらの生活が続いているので、たまの休日といってもなかなか外出、特に遠出するほどの元気は残っていない。
 そんな中でふと気づけば結構楽しみにしていることがあることに気がついた。
 仕事、特に税や経営に関する書物や書類を読むときは、頭をクリアにして読まないと細かな規定や難しい文言がきちっと頭に入ってこないので、一定の緊張感をもって文章に接しているが、仕事に関係のない本(雑誌を含む)に目を通す時にはストレスから解き放たれ結構 気分転換にもなっている。
 見る、というより眺めるように読みたい箇所だけ目を通すという たわいもない行為であるが、寝る前や休日の空き時間がそれに充てられて、今では結構楽しみな時間になっている。
 そういった読み物の中の一つに 日経新聞が1ヵ月に1回くらいの割合で掲載する「日経脳活クイズ・・超ムズ間違いさがし」というものがある。
 左右に並んでいる絵から毎回9つの間違いを捜すのであるが、これがものすごく難しくここ4ヵ月、9つ捜しきれたことはなく、まだ道半ばなのでこのコーナーが載っていて捨てられずに溜まった新聞が4つになった。
 何かの問題を解くというものではないにしても かなりの集中力をもってしてもなかなか9つに行き着かないが、休日の朝コーヒーを飲みながら、そして夜はお酒を飲みながらこんな”遊び”をするのも一種の息抜きになっている。
 でもよくよく考えてみるとこのクイズはお酒を飲みながらでは無理なんでしょうがね、かなりのハイレベルですから。
 
 今日はある意味 インパクトのなさすぎる話だったかもしれないが、自分がボーっとできる時間について綴ってみた。
 でも、本当はこういった時間こそ必要なんでしょうね。大事な局面でしっかりと頭を働かせるためにも・・。
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2022年11月27日

No.807:油断大敵

 かつてはスポーツで汗を流すのが楽しみであったし、息抜きという点でも私には適していたが、自分の体が思うように動かなくなってからはスポーツの観戦が趣味の一つになってきた。
 自分が経験したことのある野球と陸上競技以外では、サッカーやラグビーの試合も見に行くことがある。

 サッカーワールドカップに出場している日本が第一戦で強豪のドイツを破ったということで世間の盛り上がりはすごいものがあるが、私は性格が曲がっているせいか、世間が騒げば騒ぐほど 一歩引いて物事を見てしまうところがある。
 もちろん第一戦の勝利はものすごくうれしかったが、マスコミの騒ぎ方は異常とも思えるし、「たった1回勝っただけでそこまで騒ぐもんじゃない」というのが私の本音である。
 先の野球の日本シリーズだって、3戦を終わって2勝1分のヤクルトがその後、4連敗し、オリックスが優勝したし、勝負事なんて本当に終わってみないとわからい。
 今夜の第二戦の相手のコスタリカだって、第一戦のようなみじめな試合はしないだろうし、各地区の厳しい予選を勝ち上がってきたのだから侮っていい相手ではないはずである。
 スポーツでホッとしていいのは全てが終わってからのはずなのに、まだ始まったばかりでこの騒ぎ、これには日本で古くからいわれている「勝手兜の緒を締めよ」のかけらもないくらいの浮かれようである。
 同じグループの他の試合結果次第ではあるが、今日 勝ったとしても最終のスペイン戦に負ければ1次リーグ敗退だってあり得る。
 ただ、監督や選手たちは決して浮かれていないだろうから、どこまで「たった一戦 終わっただけ」と冷静に考えて第二戦を迎えているのか今日の出来をじっくりと見てみたい。

 スポーツの中で実力の差が結果に出てくる、つまり番狂わせの少ないスポーツで代表的なのはラグビーとバスケットボールと言われているが、得点の入りにくいスポーツであるサッカーはその逆で、仮に3対7の割合で攻め込まれていても得点を与えず、こちらが放ったたった1本のシュートが決まると勝つことだってある。
 そういう意味においては、たとえ番狂わせであっても相手より1点でも多く得点すれば勝者になれるし、相手がボール支配率やシュートの数で優っていても結果がすべてという点では他のスポーツと何ら変わりはない。
 私自身 厳しい話もしているが、今日の戦い次第では第一戦のドイツ戦がまぐれでなかったことを証明するチャンスでもある。
 スポーツは最終戦が終わるまで気を抜いてはいけないし、気を抜いたり、緩めた者(チーム)の負けである。

 少しサッカーから離れるが、本当の強さという点では、今年の夏の甲子園では優勝こそできなかったが、あの最強と言われる高校野球の大阪桐蔭は10対0になっても絶対に手を緩めないし、これでもかこれでもかというくらい襲い掛かってくる 怖くて憎らしいほどの強さがある。あそこまでいって初めて本当の実力と言えるのであろう。大阪桐蔭は油断とは無縁であるように思う。
 日本のサッカーが本当に強くなったのかどうかは今晩 一つの結果が出る。そんな目で今晩のコスタリカ戦を観ると結構 冷静に見ることができるように思うし、これも私なりのスポーツの楽しみ方である。
 勝ってほしいですけどね、「日本ってほんまに強いやん」って言われるように。
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2022年11月20日

No.806:私はまだまだ新聞“紙”に頼ってます

 新聞の購読率(自宅で月ぎめで新聞を購読している)が60%を割り込み、58.3%になったというニュースが目に留まった。
 これだけSNSと共存し、個人的にもスマホやパソコンに囲まれながら生活している状態では、情報源はもはや新聞ではないという人がどんどん増えていっているのであろう。
 調査が開始された14年前 2008年の88.6%と比較すると大幅に減少しており、新聞を紙で読む世代の高齢化に伴って50%を切るのは時間の問題と思われる。
 我々の世代は子供の頃、新聞が読めるようになるとなんだか大人の仲間入りをしたような気分にもなり、その後 生活する上ではテレビと同じようになくてはならないものであった。
 私の家ではダメと言われた「毎日小学生新聞」をとっていた友達がうらやましくて仕方がなかったことや大学受験の国語は朝日新聞の天声人語からよく引用されると言われた頃は、新聞が闊歩していたような時代であった。
 あと 新聞の思い出というと、実家のすぐ近所に新聞屋さん(新聞販売所)があり、私の実家もそこの新聞をとっていたが、父は新聞が配達される6時過ぎまで待つことができず、毎日のように5時半にはその新聞屋さんへ新聞を取りに行っていた。まさに新聞はテレビ、ラジオに匹敵するくらいの情報源で、早く読みたいものであったのであろう。
 今の時代、情報はスマホからと言わんばかりにみんなが四六時中スマホをいじっているし、大きな事件が起きると 瞬時にその情報が飛び込んでくるので、新聞と違って時差はほとんど感じられない

  こういった波は中小企業の求人活動にも大きな影響を及ぼしていて、以前は人を雇い入れる場合、ハローワークと新聞の折込広告が主流であったが、購読率が6割、もしかすると若年層では5割は割り込んでいるであろう新聞の折込広告への期待はどんどん下がってきているであろう。
 私が社会人になった頃、いや10年近く前までは、朝電車に乗ると新聞(ほとんどが日経新聞)を折りたたみながら読んでいる多くのサラリーマンの姿が目の前にあったが、今や新聞紙を広げている人は1車両に数名で、1、2名の時も珍しくない。
 こんな状態であっても私はまだまだ紙の新聞から離れられなくて、朝6時過ぎに自宅のポストに入っている2紙(京都新聞と日本経済新聞)をとりに行くところから私の一日は始まり、毎朝 1時間近くかけて目を通した後、出勤の身支度を始めるのが日課になっている。
 新聞の本欄以外に結構楽しみにしているのが広告の内容である。飲食店、旅行ツアー、セミナーの案内、それに新聞の紙面広告以外にも折込広告も目を通していて、こういった新聞の本来にニュース記事以外でも貴重な情報源となっている。
 
 実は今回この内容を書き出していくうちに一つ謎が解けたことがある。
 2、3年前までは 10月1日の新聞折込には(私立)幼稚園の入園案内が10枚近く入っていたのが 最近は数枚しか入らなくなっていたので経費削減かなと思っていた。
 しかし、若年層の購読率がここまで下がってくると20〜30代をターゲットとした広告の効果は著しく低下していっているから効果少なし 判断しているように思われる。
 学習塾の冬期講習等の案内は相変わらず多いが、最近は老人ホームや老人向け宅配弁当(宅食)の折り込みが目立つのも新聞の購読を支えているのが高齢者であることと無関係ではないということも想像できる。
 消費税が10%に引き上げられた時、自宅配達の新聞代だけは新聞業界の後押しもあり8%のままに据え置かれたが、考えてみればこういった恩恵を受けているのは限られた層ということになってくる。

 新聞のことで思い出話も含めいろいろと取り上げたが、数十年後には「以前は新聞は紙で、家に配られていたらしいよ」なんて言う時代が来るのかもしれない。
 過去において50年間での変化が、今や10年、ものによっては5年で様変わりするが、よくよく考えてみると生きていきやすくなったのか、生きづらくなったのかわからない時代である。
 前回も少し昭和について触れたが、数年先には「昭和の人たちはこんなことしてたんよ。」と言われるのでしょうか。大変な時代に突入していっているなと思うこと自体、遅れているのかな?
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2022年11月13日

No.805:今やレトロって “大正”ではなく “昭和”?

 先日、仕事で60代の女性の方と面談する機会があり、その折にご主人の相続のことや3人のお嬢様の現況と将来について、ご自身が考えていることをいろいろと話された。
 メインの話が終わった後、1週間前に飼っておられた14才のワンちゃんが亡くなりとても悲しいということやこれまでのワンちゃんとの充実した生活についての話の後には、ご主人の実家が何代も続くお蕎麦の製造販売をされているのでお蕎麦の食べ方に関する話等、仕事の後の雑談の方も多岐にわたるいろいろな話があった。
 そんな中でテレビや歌の話にもなり、ご主人との年の差が10歳あるので、歌える歌や好みの歌が違うし、テレビ番組や歌、特に歌謡曲とよばれるものは時代(年代)を物語っているということも話されていた。
 最近、テレビでも平成を飛び越して、昭和をテーマにした番組が流れていることがあるが、昭和生まれの私にとって 「昭和ってそんなに昔?」と思うこともある。ただ、私の周りいる平成生まれの人にとっては、昭和というのは少し前の時代で今とは違う時代 という感覚なのであろう。
 我々が子供の頃、「あそこのじいさんは明治生まれの頑固じじいやし」と言って、近所の怖〜い爺さんをみんなで恐れていたこともあったが、よく考えてみると明治時代の人なんて今生きていたら110歳以上ということになる。

 先日、仕事で大阪の箕面に行ったとき、そのマンションの廊下から山の中腹に大きなホテルが見えたので、「あれって箕面温泉スパーガーデンですかね?」とその日訪ねたそこにお住いの方(60代)に言うと、その方から 「我々の時はそうだったんですが、今は頭に大江戸温泉物語って付くんですよ」と教えてもらった。
 私たちの時は歌手が歌う歌だけでなく、テレビのコマーシャルソングも結構耳に残っていて、この温泉のコマーシャルソングは子供の頃 関西に住んでいた55歳位以上の人なら大体歌えると思います 「箕面温泉スパー〜ガーデン♪」って。
 段々と話が妙な方へ行ってしまっているが、ついでに温泉に関することで、テレビや雑誌であるホテルが取り上げられていてとても懐かしかったという話をもう一つ。
 それは東京から1時間半ほどで行ける伊豆の伊東温泉にあるホテルで、昭和の雰囲気が漂っているということで関東圏に住む若い女性から、「昭和レトロ感 満載」と言われ人気があるとのこと。
 そのホテルは「ハトヤホテル」といって、我々が子供の頃、毎日のようにテレビでコマーシャルが流れていたし、その歌は今でも耳に残っている。
  「伊東にゆくならハトヤ、電話は4126(よいふろ)〜
    ・・・・4126、4126やっぱり決めたハトヤに決めた・・・」

 今日の話は何が何だか分からなくなって、収拾がつかなくなってしまったが、知っている歌で歳がわかるということから始まって、歌は時代を物語るっていうこと。
 それにしても我々の年代ではレトロやロマンと言えば大正の後に付けて「大正レトロ」、「大正ロマン」と言っていたが、最近はレトロやロマンと言えば昭和を指すようで、若い人たちから見て我々はまさにレトロ、つまり懐かしい年代ということなのだろうか。
*「レトロ」・・古き良きものを懐かしみ愛好する

 今日は歌やコマーシャルから時代の違いを知るという話でしたが、仕事の上でも相手の年代を知り、それに合わせて仕事をすることも重要なことのように思うし、こういったこと、つまり相手の年代に対する感覚についていかないと昭和の人たちも世の中から取り残されてしまうのかも。
 今の時代に伊東温泉のハトヤがブームになっている。つまりハトヤは過去のものではなく まさに今の、旬のものなのであった。
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2022年11月06日

No.804:毎月 顧問先のことを探る楽しみ

 顧問先の月次の損益計算書をはじめとする何種類かの経営指標は、事務所で作成する先が大部分を占めるが、顧問先の経理担当者が作成されたものをメール等で送ってこられるケースもある。
 そういったものが各担当者を経由して毎月100件以上私のところに回ってくるが、すべての先について細かくチェックできているわけではない。 ただ、顧問先ごとの一定の情報が私の頭の中にインプットされていれば、各先ごとに見るべきポイントが浮かび上がってくるのも事実である。
 いくつか例を挙げると

・コロナの影響を受け 大幅な減収となった先がここへきて回復基調にあるが、これから始まるコロナ時に受けた融資の返済にまで資金が回せるのか。
・本店の移転を計画中であるが、自己資金だけでは賄えない分をいくら融資を受ければいいのか。
・季節変動の大きな業種の場合、落ち込む月はともあれ、通常月の2倍近い売り上げが見込める月が今年もそれくらいの数字を確保できているか。
・「人に手厚く」という方針のもと例年以上の昇給をしたが、それがどこまで収益に反映されているのか
・同じ診療圏内に同一診療科のクリニックが開業したが、その影響はどれほどあるのか。
 等々。

 こういった状況は各顧問先 一件ごとに異なっているし、各担当者から毎月、報告を受けている内容と照らしてどうなのか、またその担当者は前回の提案事項を実行に移すためにどんな働きかけをしているのかを、顧問先の経営者の顔を思い浮かべながら経営数値を眺めていると最終 所長の決裁印を押す前に考えることは結構ある。

 毎月の面談は直接顧問先と関わる いわゆる巡回監査担当者9名で対応しているが、上記のような思いを頭の中で想定しながら数字に接していると、私自身 顧問先と面談していなくても身近に感じられるようになる。
 業種的には開業医、いわゆるクリニックの顧問先が多いが、逆にクリニック以外の業種の話に興味が湧いてくることも多い。
 建築業、自動車部品の製造、Tシャツのプリント販売、動物病院、それに居酒屋等、いろいろな業種の経営状況を知ることで多少なりとも世の中の流れというものを感じ取ることができる。
 こういったいろいろな角度から数字を見ていくと、単なる数字の羅列ではなく、各顧問先が向かう方向(道)が見えたり、経営者の努力の跡が読み取れたりする。
 また、今の物価高はどんな業種がどういう影響を受けているのか? 政府が躍起になっている給与水準の引き上げは現実として実行されているのか、果たして賃上げができる環境下にあるのか・・・。
 考えはいくらでも広がっていくので、私の方も毎月 頭が整理されたり、リセットされたりして 刺激的な中で日々の業務をこなしている。

 私が全ての顧問先の中に入る込めないという現状の中で、私の役割としては顧問先の方々に、「廣井事務所でよかったわ」と思ってもらえる指導体制を作り上げることが役目なのかなと思っている。
 我が事務所の運営方針のような少し硬い話しになってしまったが、通常していることを整理してみれば今日のような内容にまとまってしまった。
 事務所のメンバーも指導型、伴走型、御用聞き型 と様々なタイプがいるが、最終的には顧客満足度がどうしたら高まっていくのかが一番重要なところである。

 私も事務所も顧問先の方々に対して、まだまだフォローしないといけないことがたくさん残っているなと感じながら、休日にこんなことを考えていること自体 果たしていいのか なんて妙なことも考えてしまっている、こんな言葉も頭の片隅に置きながら・・。
 「無駄な時間を過ごすことこそ贅沢であり、これを浪費と思ってはいけない。人間には誰からも入り込めない時間が必要である。日常とは切り離された。」
 なかなか難しいわ、ほんまに。
posted by ヒロイ at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月30日

No.803:野村克也を生んだ “うらにし”

 先週 定期的な顧問先への訪問のため京都府北部へ行く機会があった。
 私が住んでいた子供の頃は片道3時間以上の時間を要し、京都府の中心地である京都市とは同じ京都府といっても別の地域といってもいいほどいろいろな面において大きな違いがあった。
 今では道路も整備され、約2時間で行けるようになったので思わず近くなったような気になる時もあるが、地図上の距離が縮まったわけではないのは誰しも理解できるところではある。
 京都府に限らず、地域の違いによって経済(所得)格差や教育格差以外にもいろいろな差がある都道府県はいくつも見受けられる。
 大阪府のような比較的面積が小さければその差もまだ小さいのであろうが、近畿内でも兵庫県や和歌山県のように南北に長い県は北と南では大きな違いがある。
 和歌山県でも県庁所在地にの和歌山市と南の果ての潮岬や那智勝浦では、その生活の状況は同じ県内とは思えないくらい違うであろうし、兵庫県なんかは神戸市と北の但馬地方の城崎温泉や豊岡市、それに南の淡路島とでは風土も住んでいる人の気質も違って当然と言えば当然のことであろう。
 話を私の住んでいる京都府のことに話を移すが、南と北とでは都会と過疎地という違いはあるが、実は一番大きなのは気候の違いのようにも思う。
 まあ、根本的にはこの気候の違い、それに地形の違いがこの格差を生み出す原因になっているのではあろうが。
 冒頭でも言っていた先週のある日、朝 冷え込んではいたものの9時以降は日も差し始め、穏やかで結構いい天気の中で事務所のある京都市を出発したが、1時間後の丹波(京都府の真ん中あたり)辺りで曇り空に変わり、そして2時間後、日本海も近い丹後方面に差し掛かると天候は小雨混じりに変わっていった。
 確かに朝の天気予報では京都府南部は晴れ、京都府北部は雨と言っていたが、まさにその通りの天候であった。
 私はこれぞ”うらにし”と空を見上げながら妙に納得してしまっった。

*「うらにし」
・京都府北部の丹後地方周辺に特有の気象。10月から11月末にかけて瞬間的に丹後半島の近海を通る風と、この影響で生じる不安定な気候のことを指す。
 一日の気象の変化が激しく、朝は晴れているかと思えば突然暗雲が垂れ込め、雨や雪を交えた湿度の高い風が吹き荒れたかと思えば、束の間の晴天に恵まれたりする。

 この地方に住んでいたり、私のように過去に住んだ経験のある者にはすんなり受け入れられるが、知らない人からすると「なんだこの天気?」と思ってしまうこともあるでしょう。
 私が小学生だった頃、朝 家を出る時 晴れていてもおじいさんから「傘 持ったか」と言われたことを覚えているが、その後「“うらにし”は、弁当忘れても傘忘れな ということだし」とこの地方で古くから言い伝えられている言葉を最後に付け加えていた。
 こんなことが今の歳なっても身についているからなのか、どこかに出かける時、折りたたみ傘を持たずに出ることはまずない。
 
 この丹後地方出身の野球人 野村克也の本は何冊も読んだが、その中で「“うらにし”のようなうっとおしい気候が人格や性格の形成にも影響し、陰気臭い性格にもなった反面、予期せぬことにも対応できたり、我慢強い人間にもなった」と語っていたことを思い出した。まさしくノムさんそのものでないか。

 秋のある日の天気のことを捉えて今日もダラダラと思ったことを書き綴ったが、久しぶりに野村のことだけでなく、故郷のことも思い出した休日であった。
 実はこの“うらにし”の後、初雪、そして寒波で豪雪地帯の冬が始まるのである。
 あ〜、恐ろしや。
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2022年10月23日

No.802:近所づきあいって

 今どきの人にとって近所づきあいというのは、プラスの面よりマイナスの面の方が目につくと思っている人の方が多いような気がする。
 私は朝 家を出て、夜帰ってくるまで近所の人に会うことはほとんどないが、先週の日曜日に玄関先で単身赴任中の隣のご主人と会ったのであいさつすると、「行ったり来たりで大変です。今月は京都でも用事があるのでほぼ毎週のように戻ってきています」と話されていた。
 また、向かいの家の野球をしている小学生と中学生の男の子は夜になるとバットを持って素振りをしていて、帰ってきた私が車から降りると元気よくあいさつをしてくれるし、私もたまに「甲子園行くときは、応援行くし声かけてな」 なんて声をかけることもある。
 もちろん誰にでも声をかけるのがいいかというとそうではないのは分かっているが、こういったコミュニケーションをとることって、気持ちがほぐれるというか ちょっとほっとすることがある。
 また、近所の人がどんな人かということがわかっているという点でも安心感がある。
 休日の朝 たまにカミさんといっしょにワンちゃんの散歩に行くと、犬仲間の多いカミさんは何人もの人に声をかけられるので、「お前 ほんまにいろんな人知ってるな」というと、「お互いワンちゃん繋がりなんで、中には名前も知らん人もいるんやで」と言っていたこともあったが、そんなことどうであれ、それだけ知っている人がいるというのは、ぽぽたん(うちもワンちゃん)さまさまだなと思ってそのやり取りを横で見ている。
 中にはコミュニケーションをとるのが苦手な人であったり、決してとりたがらない人もいし、こういった行動をすべてよし とするわけにはいかないが、社会生活するうえではこれも何らかの意味をなしているように思う。
 学校、特に大学では長い間オンライン授業が主流となっていたし、会社もリモートワークやテレワーク形式の在宅勤務を導入し、なお現在も継続している企業は、事務系の仕事を中心に決して少なくないように思う。
 この形式の良し悪しは別として、私なんかはこれまで育った環境とあまりにも違うので多少戸惑うこともあったが、我が事務所でもコロナの流行期には導入していたので知らない世界ではなくなってきているのも事実である。
 ただ、この1、2年の間に進学したり就職した人の中には、在宅での授業や仕事が主流で 出向いて対面でということをあまり経験していない人も結構いるだろうし、こういった人たちの社会への出方って本当に難しいし、大変なだと思う。そうそう、先日 「最近の人って対面の経験が少なく」と一人の人が言うと、別の人は「画面でしっかり対面していますから・・」という発言があったのには驚いたし、「感覚違う」と思わず自分に言い聞かせていた。
 日本が世界から大幅な遅れをとっている IT化を進める上では、これはこれでなかなかいい環境ともいえるし、またとないチャンスなのかもしれないが、一定の年齢以上の者にとっては正直まだまだついていけない部分もある。

 近所づきあいの話から始まり、途中でとんだ方向へ行ってしまったが、そういえば うちの子供たち3人もマンション住まいなので近所づきあいなんていうのは皆無であろうし、もしかするといつの時代かには“ご近所づきあい”なんていう言葉は死語になっているかもしれない。
 それにしても何もかもが過去の経験が通用しづらくなってきているし、中年や老人には段々 住みにくい世の中になっているように思う。
 そんな中、朝から結構大きな声で「おはようございます」の声が聞こえる職場って、私にとってはなんだかホッとする場所なのかもしれない。
 あ〜、言っていることが古すぎる、本当に困ったもんだ。
posted by ヒロイ at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年10月16日

No.801:コロナのない生活って

 これだけの長い期間 コロナ コロナで追いまくられていると、コロナのなかった頃のことで忘れかかっていることもあるが、最近では もう第8波が来ないかのように “アフターコロナ”とが“脱コロナ”とか言って世間が騒ぎ出している。
 つまらないことであるが、“アフターコロナ”と“脱コロナ”の違いはわからないが・・?
 
 京都にいるとコロナへの対応が緩められていることに気づかされる場面にいくつか遭遇することがある。
 まずは日本人観光客に修学旅行生がいっきに増えたし、そして1週間ほど前からは外国人観光客の姿もちらほら目にするようになった。
 そうそう、コロナの最盛期以外は細々と運航していた二階建オープンデッキの赤い観光バスも少し前までは数人しか乗っていなくて、よく運営できているなと心配していたが、今日御所の近くで前を走っていたバスは7割近く乗っていて、2年以上見かけなかった光景で驚きながら上を見上げていた。
 仕事で移動中に二条城の前をよく通るが、ここでは4、5日前 駐車場が満車で観光バスが二条城の周りで待機していたのには驚いた。
 当事務所のすぐそばに同志社大学があり、コロナが広がりだしてからは長らくひっそりとしていたが、この春からは学生も徐々に増えだしていた。そしてこの秋からは多くの講義が対面授業に戻ったからなのだろうか、今出川通を歩く学生の数は急に増え、静かだったのに慣れてしまったせいもあるのか多少うんざりする。
 あと 一番びっくりしたのが先日ファミレスでトイレを利用し、手を洗った後、「ウ〜〜ン」と音がして風の出る、ハンドドライヤーが使えたことである。
 これってどこでも使用禁止の張り紙がしてあり、この設備を製造している会社っていくつ潰れたんだろうと想像したりしていたが、久々の「ウ〜〜ン」には驚いた。
 政府も観光業を活気づかせるのに躍起になっているが、旅行が活発に行われるようになれば日常が戻るかのようなピンポイントと言われても仕方のない取り組み姿勢である。

 以前のようにマスクのない生活に戻ればいいが、国全体でそんな風になるのはもう少し時間はかかりそうである。
 政府は
・屋外ではマスクの着用は不要です。
・屋内では距離が確保でき、会話をほとんど行わない場合をのぞき、マスクの着用を。
と言っているが、これって相手のあることだし、朝散歩していても知っている人がいると無言で通り過ぎるわけにはいかないので結局マスクは手放せない ということになってしまう。
 日本人の気質からして外国の一部の国のようにマスクなしの生活にはなかなか戻らないのではないのだろうし、仕事中も一人でいるとき以外はまずマスクを外すことはない。やはりこちらもマスクあっての社会となっている。
 インフルエンザの流行期が終わって春になれば、次のステップの何らかの方向性が示されるであろうから、それを待つしかないのでは。

 今日は少しずつ変わってほしいのと、そんなに早く変わっていいのかという交錯した気持ちの中で近頃の世の中の変化や気づいたことをまとめてみた。
 
 今日は冷房も暖房もいらない本当にちょうど“いいあんばい”の一日のようです。
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2022年10月10日

No.800:800回ですが

 今日は10月の第2月曜でスポーツの日という祝日であるが、以前は10月10日は体育の日であった。
 1964年に行われた前回の東京オリンピックの開会式の日にちなんで祝日としたなんて古いことを言っていたら、「何それ?」と言われそうなくらい時代は進んでしまっている。

 このコーナーは15年前に私が開業して以来 ほぼ週一回のペースで綴ってきたが、今回 800回ということでちょっとした区切りの回となるようである。
 このブログは開業した日(2007年9月21日)の翌日、「あまり形にこだわらず、自己紹介も兼ねて思っていることを綴ってみようか」と軽い気持ちで始めたのを覚えている。
 本業である税に関することはそれぞれの依頼者の方と直接やり取りするので、ここでは本当の意味での日記、つまり行動記録のような内容でという趣旨でここまで続けている。
 特にルールもないが、あえて気に掛けていることとしては、画面に向かう時は、画面の向こう側では誰が読んでくれているのかわからないので、あまり特定の人、つまり向こう側の読者を気にせずに書き込むようにしている。
 会った人から「読ませてもらってます」なんて言われると意識せずとも顔が頭に浮かぶこともあるので。


 いつやめようか、何回目でストップしようかと思ったこともあったが、自分自身の一週間を振り返ったり、次の週はこんな週にしようかなと頭を整理する意味もあったのでここまで続けてこれたのであろう。
 この15年の期間を振り返るために日本の総理大臣が何人変わったのか 調べてみると 現在の岸田総理まで9人変わっていた。
 「総理っいいな、代われるんだもの」なんて不謹慎なことを言ってはいけないんだろうけど、経営者って そう簡単に変われないし、特に自分も含め中小企業の場合はなおさらで 業績に浮き沈みのある顧問先のトップの方の何人かの顔を思い浮かべていた。
 実は8年前に亡くなった父も生前はここの読者の一人であったが、パソコンなんて使えないので私が月に一、二回 実家に帰る時に紙に出力して持っていっていたし、母も読んだ感想を言ったり、内容についての質問をよくしていた。
 ただ、その母も今では介護施設に入っていて、認知症も進んできているので読める状態ではない。
 父が亡くなった後、母はしばらく一人暮らしをしていたが、今になって思えば施設に入所する一年くらい前からは私の印刷したブログがそのまま積んであることが多かったし、ある時から母は感想も何も言わなくなったが、あの頃から認知が進んでいたのかもしれない。 これって随分 後になってわかったことなんですが・・・。

 始めた頃は家の方も5人で暮らしていたが、今では2人になってしまったし、こうして思えば 結構長いことやっているんだな とあらためて思った。
 いつまでも続くかわからないし、何かの理由で突然やめてしまうかもしれないが まあ無理することなく続けられるとこまでやってみようかなと思っている。ぼけ防止とは言わないまでも一応 頭の中を整理するのには役立っていると思うし。

 今日は月曜日ですが、祝日で事務所は休みです。
 秋って祝日や連休が多いのはうれしいが、決して仕事量が減ってるわけではないので、それはそれで結構きついものでもある。

 今朝は雨が降ったりやんだりだったのでワンちゃんの散歩も遅めで、先ほど帰ってきたら雨はあがったみたいです。
 今日 1日ずれの月曜日なので朝に書きあがりました。
 散歩の途中で買ったパンを食べるのでここまでということで。
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2022年10月02日

No.799:相続の仕事のときに 親との思い出話が聞けるって・・。

 この仕事に就いた20代の頃、人が亡くなって真っ先に浮かんでくる仕事といえば葬儀屋さんであったが、相続税の仕事という面では税理士もそうなんだ なんて少し不思議な感覚を持ったのを覚えている。
 ただ その頃は相続税の基礎控除額が今よりもずっと大きかったので、相続税がかかるのは一部の資産家とよばれる方のみであったが、その後2015年(平成27年)に相続税法が改正され課税最低限が引き下げられてからは 「ちょっとした豊かな人=小金持ち」にも相続税が課されたり、申告の必要な人が出てきている。
 2010年(平成22年)は課税割合(死亡者数に対する相続税の課税件数の割合)は4.2%だったのが、10年後の2020年(令和2年)にはなんと8.8%に上昇し、亡くなった100人のうち9人が相続税が課される人ということになってきており、10人に1人 ということになるのは時間の問題のように思われる。
 ただ これも地価の高い大都市圏と地方とでは大きな開きがあるが、先日 仕事で関わったのは大阪の方だったので、ここでいう大都市圏にお住まいの方ということになる。
 今回 ここで税金の細かな話をするつもりはないが、この大阪の方の遺産の分け方とその打ち合わせ時のやり取りについて少しだけ触れさせていただくことにする。

 今回の相続税の依頼は事務所の職員が以前勤務していた会社の上司からの紹介ということで、元々 事務所の顧問先の方に関する相続案件ではなかったので、事前に相談を受けていたというわけではなく、お亡くなりになった後、税理士を探しておられる中で相続税の申告業務についてご紹介・ご依頼を受けたという関係である。
 まずは昨年(令和3年)1月に90代前半で亡くなられたお父様の相続税の申告ということで依頼されたお嬢さんと(娘さん)と相続人であられるお母様、それに依頼された方の妹さんと話を詰めていき、遺産分割、そして相続税の申告を期限内に無事終えた。
 そしてそれからわずか1年後の今年2月にお父様の時に依頼のあった上の娘さんから 今度はお母様が亡くなられたと連絡が入り、こちらの方もお父様の時に引き続き 相続の相談と申告をお願いしたいとのこのであった。
 一年前のお父様の相続の話をしていた時はお母様はお元気で一人暮らしをされてたので、正直びっくりし、「えっ?この間お元気でしたのに・・。」と思わず言ったくらいである。
 それから初回の面談の後、メールや電話でのやり取りを経て、姉妹間での財産の分け方が決まったということで連絡を受け、その後の申告に向けての準備もほぼ終えていたので、現時点で計算できている税額の報告とあと残された作業の確認のために昨日 ご自宅を訪問した。

 遺産の分割はほとんどもめることなく、お二人で話しをして決められたので、こういった財産の中身や申告内容についてはここでには触れない(仕事上、触れるわけにはいかない)が、その面談時のほとんどの時間 先に亡くなったお父様も含めてご両親の人柄やいっしょにに過ごしていた日のこと等の思い出話をお聞かせいただいた。
 その内容は相続の話に伺っているにも関わらず、本当にほのぼのとした雰囲気に包まれるいい空間、いい時間であった。
 テレビのお葬式のコマーシャルで、「おじいちゃん、孫の野球の応援で必死だったよね・・。」なんというシーンを見て、こんな和やかな雰囲気の葬式ってないよね と思っていたが、まるでこれに近い形の話が多く、「お母さんが若い頃、秋のお祭りで踊っていたよね」とか、「お父さんは会社勤務だった若い頃より70代以降の方が服装が派手になってたよね」という本当に心の温まる話をいくつも聞くことができた。
 昨日の面談はもちろん相続税申告に向けての最終段階の打ち合わせであったので、申告に向けての準備も後は遺産分割協議書と相続税申告書の作成、それに納付書の準備を残すだけとなった。
 相続というとなんだかどろどろとしたことを思い浮かべてしまうことも多いが、今回のような形は仕事をしていてもスッキリ感があり、非常に後味のいい終わり方であった。

 相続となると相続人 それぞれの方の思いもあり、当然のことながらすべてが問題なく終了するかといえばそうでないケースもいくつかあるが、こんな時 口にはしないが、ふと「亡くなった人はどう思っているんだろう」と考えてしまうこともある。
 今回の相続はお母様はどちらかというと急な亡くなり方ではあったが、亡くなったご両親は、残された者(子)が感謝の念を抱くという意味では、とてもいい人生だったような気がする。
 相続の仕事は 事前対策や節税等いくつも検討する項目はあるが、仕事とは少し離れた観点から見てみると 自分と親との関係、そして自分と子供との関係を考える上で、いい勉強になるなと思うことが幾度となくある。
 こういった局面に出会うと人生の数だけ死があり、そしてその数だけ家族があるなと思うし、ある意味、まだまだ人生になかで学ぶことは山ほどあり、悪いことは排除し、いいことは取り入れる そんなことで仕事を通して人生プラスなるようになれば相続の仕事もまた意義深いものになるように思う。
 日常に追われてる中では“人生”についてなんて考えないですからね。
posted by ヒロイ at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする