2019年05月19日

No629:理想とする親子の事業承継の形

 “事業承継”という言葉は多くの方が今まで何度か耳にされたことはあると思うが、この中身について掘り下げて考えたことのある人は、引き継がれる側と引き継ぐ側の当事者以外ではごく限られた方かと思う。
 私自身も親から引き継いだ事業ではないので、当事者としてこの“事業承継”の手順やその大変さが分かっているかというと、分かっていない部分が多いとしか言いようがない。
 ただ、日々 中小企業の経営者や個人開業医の院長と接していると、この問題は避けて通れない 重要、かつ、切実な問題であるというのも十分に認識している。
 子供が違う道へ進んだために早い段階から親子承継はないという経営者や院長はある意味、心の中で割り切りができていて、「うちは私の代で終わり」と言い切られる方もいらっしゃるが、多くの方が「何とか引き継いでもらえないか」と思っておられるのも現実であろう。

 ある企業の経営者は自分一代で世間からもしっかりと評価される会社を作り上げられたが、子供(30〜40歳代)を見ているといつになっても自分の子供に対しては「まだまだ」という評価しか下されず、そのうち子供の方もいっしょにやっていくより外でやる方が気分的に楽 という判断のもと、親とは違った形で歩む人(子)も少なくない。
 そんな中で傍から見ていてうまくいっているなと思えるケースが出てきているのでここで少しだけ紹介することにする。

 ある医療法人(一人医師)を運営されているが理事長(父)が、資格のある実の娘さんだけでなく、そのご主人と若い夫婦二人で協力しながら運営する分院を立ち上げられ(立ち上げさせて)、診療科目こそ本院とは違うが、現在とてもスムーズな形で運営されているところがある。
 ここは娘さんのご主人を院長(A先生)とし、実の娘さんは副院長(B先生)として補佐する形をとっておられ、実質的な医院の運営はA先生がなされている。
 また、医療法人から二人に対する報酬(給与)は、理事長が「まだ、儲かるかどうかも分からない者にむやみやたらの報酬を出すわけにはいかない。」という方針のもと、非常に抑えた報酬の額となっている。私から見ても実の娘夫婦が経営に参画し、将来の後継者になられるのであればもう少し出してあげてもいいのではと思っているが、理事長は、「人並みに支給するのはまだまだ。」となかなか手厳しい。
 ただ、こういった理事長(親)の考えにA先生とB先生は反発するわけではなく、しっかり患者を増やし、経営的にも安定させて、「もう少し、報酬を上げてやってもいい」と言われるようになりたいという思いが強く、そのためのには苦労をいとわないというか、しっかりとした診療をされており、その結果、患者の評判もよく、来院患者の数は増加の一途である。
 この事例でうまくいっている要因は、よくある 甘すぎる親 でもなく、また、一方的にいろいろなことを押しつけるような厳しすぎる親 でもなく、「給料上げて欲しいのなら自分たちが頑張るしかないやろ」という子供側に責任を持たせるやり方をされている点、そして、子側も今まで何度か耳にしたことがある、「今の医療はお父さんの時代とは違うんであんまり口出しせんといてな」というような、若い世代の考え方を親に押しつけることもなく、まずは医療界で十分な実績を積んできた親に追いつこうという姿勢を持たれている点、そんなところであろうかと思う。
 親(理事長)は娘夫婦に、「開業時に時期尚早と購入を見送った医療機器をそろそろ買ったら」おっしゃったが、このA院長は、「まだまだ早すぎます」と断られたと聞いて、A院長の男の意地のようなものを感じ、私は、「A院長とB副院長なかなかやるな、もう さほど心配ない」と思ったのも事実である。
 
 今回の事例のポイントは、まず親側が厳しすぎたり、甘すぎたりせず、また子の方も親の懐ををあてにし、お金は頼めば出てくると思い込むような姿勢でない という点であろう。
 ここで取り上げた親子承継はまだまだ日も浅いので、今後どうなるか分からない部分もあるが、私にとって非常に注目し、かつ、楽しみな事例である。
 「親を追い抜こう」とする子側の気概と、「いつまでもと思わず、どこかでバトンを渡そう」と思う親側の一歩引いた姿勢、この2つがうまくかみ合ってこそ親子承継がスムーズいくように思う。

 今日は長い話になってすみません。
 それにしても完成形は本当に少ないですよ、この親子承継って。
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2019年05月12日

No628:最近よく言われます 「還暦くらいですか」って

 最近、初対面の人から実際の年齢以上にみられることが多く、段々と慣れてはきたものの、「なんでやろ?」とか、半分あきらめ気味で「またか」と思うこともある。
 今まで何年かお付き合いのある方からは、私が老けていようがいまいが、既に私の年齢が頭にインプットされているので、そんな”愚問”を投げかけられることはないが、昨日参加したパーティーでも 同じテーブルになった初対面の人からは、その相手の方の反応や話しぶりから推測すると私は軽く還暦は過ぎていると思われていた感じである。 今日、このコーナーではこの後も歳の話が続くので、念のために私の歳を申し上げておきます。56歳です、56歳、いいですね。

 昨日はある顧問先(医院)の10周年記念パーティーが催され、その出席者は現在の従業員だけでなく、元従業員(パートも含む)も来られていたし、それに薬品関連の業者の方々、あと先生の趣味である音楽仲間である開業医の先生2名、そして私と事務所の担当者もお招きいただき参加してきた。
 居酒屋の宴会ホールを貸し切っての形でそれほど堅苦しいものではなく、主催者の先生が2人の開業医の先生といっしょにされたギター演奏もあり、本当にざっくばらんな形でのパーティーであった。実はこの演奏応援の2人の開業医の先生のうち1人は当事務所の顧問先の方であり、当日までも参加されることは知らなかったし、業務上の守秘義務もあり、どこが顧問先であるかを他の人には絶対に言わないので、その場に私がいたことにびっくりされていた。今回の主催者の先生(医院)の顧問していることはこの日でわかってしまったが・・。
 最初の話(場面)をもう少し詳しく話すと、この日は各テーブル7、8人ずつの中に従業員(女性)の方も配置され、私のテーブルでも従業員の方と業者の方がそれぞれの家族のことを話されていて、「そろそろ主人が定年で」、「年金もらいだしてからの生活スタイルはどんなんになるんでしょうかね」、「娘は2人とも30過ぎてますが結婚する気がなくて困ってますわ」というような話で盛り上がっていて、何かの拍子で私の方に話が飛んできて、「私は年金となると随分先の話ですし、還暦までにもあと4年近くありますしね」と話していると、一人の50代の女性(看護師)の方が、「えっ」と言いながら私の方を見てこられた。私は最近このパターンには少し慣れてきているので、「還暦は数年前に済んで、2、3人の孫がいると思ってたんでしょう、私のこと・・・。」と言いながら、さらにその場の話の中に入っていくと、「いや〜、お仕事柄もあるでしょうし、貫禄もおありなので63歳のうちの主人より少し上と思っておりました。正直に言ってすみませんね。」と私の方を見ながら苦笑いされていた。隣にいらした61歳の業者のも、「男は少し上にみられるくらいがいいんですよ。」と妙なフォローを入れられ、私の歳と見栄えのことでその場はある意味非常に盛り上がった。私も「薄いうえに白くなってしまってダブルなんでね。こればっかしはどうしようもないですしね。」と頭をなでながら切り返しておいた。

 まあ、歳のことだけでなく、口に出しては失礼かなと思えるようなこと(決定的に失礼なことは除いて)でも、今回のようにちょっとした雑談を通して本人に伝わることって、決してマイナス面ばかりではなく、他人を通して 本人が知らず知らずのうちに自覚できるチャンスを与えてくれているという点においては決して無意味なものではないような気がする。何もかも包み込んでお上手ばかり言う人もいるが、周りの者は気づいていることでも言われている本人だけが気づかず、見ていてちょっとかわいそうになる時さえある。
 頭(毛)が薄いとか、太ってるとか、色が黒いとか本人が気にされているような身体的なことは口にしてはならないのは当然のことであるが、人間 言ってもらわないと気づかないことも多く、誰も言ってくれないがために後で恥ずかしい思いをすることだってある。
 家族の誰もが私には何も関心を示さなくなって久しいが、以前は、休日に出かける時の服装を「若作りすぎるわ」とか、「その服、サイズが体に会ってへんやん」と 何かと“ケチ”をいやいや“アドバイス”をしてくれることもあったが、言われて初めて気づくこともいくつもあったのも事実である。
 
 言われるうちが花とまでは言わないが、自分では気づかない「ここはちょっと変」というのをさりげなく言ってもらえるそんな人間関係が理想のようにも思う。
 年配の男女の若作りほど見ていてしんどいものはないが、自分もその対象になっているのかもしれない。気づかないことって本当に怖いことですね
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2019年05月06日

No627:初めて経験する10連休から学んだこと

 “超”大型 の10連休も残りあと1日となったが、みなさんはどんな休日でしたか?
 例年、お正月やお盆を含む夏季休暇の時にはあれもしたい、これもしたい といういろいろな思いを抱きながらその休暇が始まるのを心待ちにするのだが、今回のような大型の長期休暇は初めてだったのでいろいろな期待や願望と同時に、連休明けってどうなるのだろうかという多少の不安があったのも事実である。そういった思いもあって、一応 最低限はこれだけは済ませておきたいということを休み前にメモに書き留めて連休のスタートをきったが、完全実行にはほど遠く、いつものように予定の半分くらいしか用件を済ませることができなかった。
 4月の気温が例年よりも低かったこともあり、この連休が衣替えにちょうどいい時期だったのでコートやセーター、それにかさ張っていた犬の散歩用の防寒ダウンも片付けることができたり、いつかは目を通すぞと多少なりとも学習意欲のかけらと勝手に思い込むように山積みとなっていた本や冊子も今年になって初めて落ち着いて選別・整理することができた。
 私なんかまだまだ長期休日の過ごし方が分かっていないが、バカンスとよばれる休暇が当たり前になっている欧米の人たちはもっと有意義な休日の過ごし方ができるのだろうなと自問自答したりもしていた。
 そういったなかで、国から与えられた休暇(休日)とは言え、今回の連休の過ごし方は日々の生活を見直したり、今後訪れる老後の生活を考えるいい機会になったことは事実である。
我々の世代は、休日となると 「明日への活力になる休日」なんて馬鹿げた発想で、「しっかり休んでおかないと休日明けがしんどいぞ」と ついつい休日の過ごし方をセイブしてしまうが、そんなこと考えること自体、休日を本当に満喫していない証拠なんだろうということも気付かされた。
 今回のように4月27日から連休が始まって、次の営業日が5月7日になっているなんて今までの常識から考えると大丈夫かなと思っていたし、今年の2月頃までは何連休にしようかな、間はどこを出勤日にしようかなと考えたりしていたが、連休が終わろうとしている今になると10連休にしてよかったと心から思っている。
 今回は本当にいろいろなことを見直す機会にもなった“まあまあ”いい連休だったのではと自分で勝手に納得しながら、結論づけようとしている。

東京在住で一般企業の営業の仕事をしている学生時代の友人は、旅行好きなのになかなか行けない私に旅先からきれいな景色やおいしいものを食べてる写真を年に何度かメールで送ってきてくれ、私はこれを本当に楽しみしている。
 今回もとびっきりの写真をスイスのアルプスから送ってきてくれ、なかなか遠出ができない私の目を楽しませてくれた。この友人はひとり娘さんが、昨年結婚されたので夫婦で余暇を楽しんでいるという ある意味、模範的な50代の一人である。
まだまだ私にはそんな余裕が時間的にも経済的にもないが、目標にしたい生き方でもある。
 彼の勤務先は上場企業ではあるが、役員になったりするような出世街道ではないと自分で言っていたし、別会社へ出ている(出向?)ようなことも言っていたが、休日にはヨガをしたり、いつだったか江戸川区民のフェスティバルで着飾って踊っている写真を送ってきてくれたこともあり、本当に周りの者を楽しませてくれる友人である。
 京都に本社がある会社に就職したにもかかわらず京都には一度も住んだことがなく、生まれ育った神奈川県に近い東京に居を構え、そんなにガツガツしていない姿はこちらの心も和ませてくれるが、我々には見えない部分で大変な苦労もしているとは思うし、なんといっても彼の素晴らしいことは、学生時代から今に至るまで彼の口から人の悪口や嫌な話を聞いたことがないということである。
 話が大型連休から全然違う方向へいってしまったが、こんな友人のことに端を発して50代半ばのおっさんの生き方についても立ち止まって考えることができた。こんなことができた連休もまた別の意味で意義があったのかもしれない。

 今朝は朝から まずは溜まりに溜まったごみ出しから始まる連休最終日である。
 今回は普段会えない次男にも そして長男夫婦にも会えたことも含め、連続休暇にしていてよかったと思える10連休であった。
 ではみなさん、今日一日 それぞれ ゆっくりと? バタバタと? お過ごしください。
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2019年04月29日

No626:相続の仕事から教えられる親子 そして兄弟の関係

 大型連休に入っているとはいうものの こんな時にしか時間がとれない方もあり、27日(土)は相続の仕事のために3時間ばかしではあるが出勤となった。
 この日は相続税の申告業務の最終段階として、署名捺印のために3人の相続人の方に事務所に来てもらったが、事前に何度か相続人の方の意向確認をしていたので、特に揉めることもなく、“相続”が”争族”にならずにスムーズにことが進んだ案件のひとつである。
 相続の仕事をしていると配偶者や子供さんと面談をする機会も多いが、そんななかで相続人から亡くなった方(被相続人)の生き様や子供の育て方を聞いていると亡くなった方に会ったことがなくても生前の様子が頭に浮かぶこともある。
 27日に来られた相続人の方は40代から50代の3人で、お母さんが昨年の10月に亡くなり、相続税の申告が必要であったので今回、私共に申告業務を依頼してこられた。この方々のお母さんと10年前に亡くなられたお父さんとは、”裸一貫”とは言わないまでも、2人でいっしょに西陣織の仕事を長年続けながら、3人の子供を育てられ上げられ、その上、今回 相続税の申告対象となった財産を残されたということである。

 今回の相続人である3人は、それぞれ仕事や家庭(独身の方もいらっしゃるが)もあり、今 置かれている環境もさまざまであるが、本当に仲のいい兄妹であった。長男、長女、次女という並びで、女性二人が長男であるお兄さんのことを「お兄(おにい)」と呼ばれていたのが印象的でもあり、ちょっと言葉使いが荒いなとも思わないわけではなかったが、嫌な感じなど全くなく いい関係を保たれているなというのが私の方にも伝わってきた。
 決して資産家でもなく ごく普通の家庭をお持ちの人にまで100万円近くの相続税がかかる今の相続税の仕組みについては疑問を感じないわけではないが、3人からは、「お父さんはそうでもなかったけど、お母さんはしっかりしていてコツコツとお金を貯めていたと思うわ。だからというわけではないが、3人それぞれが自宅と工場の跡地(現在ガレージ)は守らんとあかんし、残してもらったお金も親が苦労して貯めたお金なんで大事に使わんとな。」という話もあり、一連の言葉がとてもいい感じで私の心に響いた。

 自分が亡くなった後、子供たちが揉めることなく仲良くやっていってくれることの意義なんてあまり深く考えたこともなかったが、自分が親になってみて、子供たちが仲良くいてくれることって親にとって一番うれしいことなのかもしれないと思えるようになってきた。だた、自分は死んでしまった後のこのなので確認のしようがないのだが・・・。
 5年前に亡くなった私の父が生前に 「親はな、お前ら3人の子がいつまでも仲良くやっていってくれることが一番うれしいことなんやで」と正月やお盆にみんなが集まったときによく言っていたが、3人の子供を持つ親となって、言っていた意味というか親としての気持ちがよく理解できるようになった。
 
 連休のさなかということもあり、今一つ頭が働いていなくて 文章もまとまりがないが(えっ、「いつもまとまっていないですよ」と言っているのは誰だ)、だいたい言いたいことや今思っていることは書き綴れたのでそろそろ終わりにしようかなと思っている。

 今 連休で次男が帰ってきているし、4日には長男夫婦が帰ってくるが、こんなことも親にとっては楽しみのひとつである。
   連休も10日間のうち3日目がスタートしているが、ここまではしようと思っていたことが予定どおりできているので、このまま無理なく、無駄なく、でも 息抜きは怠らずに残りの休日を過ごしたいと思っている。

 前回も言ったが、それにしても長い、長い休暇であることには違いない。みなさんはどのようにして今回の休みを過ごされていますか。
また、連休明けにこんな休みだったというのを聞かせて下さい。
では、今日はこのへんで・・・。
posted by ヒロイ at 00:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

No625:さてどうする10連休

 こんな心配をすること自体 時代錯誤で今の時代にマッチしていない証拠なのかもしれないが、私が社会人になって最長の連続休暇であることには間違いない。
 休みの話に入る前に顧問先と我が事務所の休日の状況はというと、顧問先は中小企業やクリニックがほとんどなので大企業並みには休んでいられない会社や患者様のことを考えると10日間も診療しないなんて無理という方もあり、間に出勤(診察)日を組まれている会社(クリニック)もあるが、我が事務所はカレンダーどおり というか世間に合わせてというか とりあえず10連休とすることは随分前から決定している。
 手帳を開いて月曜日[4/22]からの予定を見てみると金曜日[4/26]までの5日間(実は土曜までの6日間)はすごいスケジュールとなっている。
 27日(土)は基本的に休みであるが、相続税申告の最終的な書類に署名捺印をもらう日が(私は平日でもよかったのであるが)、相続人3人が揃う日が27日しかないので何とかお願いできないかと依頼があり、この日に実印をもって集まってもらうことになった。まあ、この案件は私が直接関わっていたものなので事務所の社員の同席も必要がなく、社員に休日出勤をお願いせずに済んでよかったと思っている。
 ちなみにほとんどのクリニックは4月27日(土)は通常の午前診療はされるようだ。

 来週の今頃は連休に突入していて さあ何をしているのかなと考えてみたが、連休中の予定は前半に次男が、後半には長男と奥さんがそれぞれ東京から帰ってくるので、晩ごはんを食べに行く日は1日ずつ決まっているが、それ以外は連休中にしようと思っていることはたくさんあっても現時点でのスケジュールは決まっていない。
 施設に入っている母に会いに行くこと、恐ろしい(ヤバい)状態の自分の部屋の掃除、溜まっている資料や本に目を通すこと、連休明けに顧問先に渡す資料の作成、どこか近場でぶらっと+食べ歩き などこれだけのことをカレンダーに割り振っていくと意外とボーっとしている日はないのかもしれない。
 顧問先の方は最初に述べたように仕事をする方もいるが、普段は十分なことができない親の介護をこの休日中はしっかりとしようという人、子供の塾の勉強にしっかりと付き合おうとしている人、あと近場の温泉に1泊旅行に行くという人もいた。そして ここぞとばかり普段の2倍近い大金をはたいて海外旅行やクルージングに出かけるという豪華バージョンの休日を過ごす人も何人かいらっしゃる。

 休日診療の当番にあたっているという顧問先の先生方もいるし、補習授業やクラブ活動で忙しい人という学校関係の人もいるが、役所も金融機関もそして多くの公的病院もほぼ完全に休みとなる。こんな状況の中で一番怖いのは、日本以外の国は普通に動いている株の取引でないのだろうか。例えばこの10日間のどこかの日にアメリカの株が大暴落しても、日本の証券取引所は10日間連続の休みとなっており、この期間 日本株の取引は一切できないので、こんな場合 取引再開日である5月7日の株の売買はどんな形になるのか そんなことも想像するだけで少し怖くなってしまうというのが正直なところである。

 私は個人的には10日間もあれば3kg痩せられるとか、通常は土日しかできない愛犬ぽぽたんとの散歩が10日間×朝、夕で20回できるなんてたわいもないことを考えているが、連休が終わってみると この散歩の回数が多いほど私の連休は充実したものであったということになるのかもしれない。
 明日から6日間はとりあえずこなすことはきっちりこなした上で連休に入り、あとは少し恐ろしい気もするが5月7日をどんな状態で迎えることになるのか 何もかもが初めての実験を迎える気分である。

 最後に年始から使っているカレンダーや手帳では10連休となっていないが、パソコンのスケジュール管理表ではきちんと休日が記されていたのでそれぞれの休日が“何の日”かを並べて連休前最後の綴りとします。
*10日間ともきちんと言えた人だけ休めることにする なんてことにすればほとんどの人が10連休がとれないのでは・・。 実は私もいえなかった者の一人です。

・4月27日(土)・・通常の土曜日
・4月28日(日)・・通常の日曜日
・4月29日(月)・・昭和の日
・4月30日(火)・・国民の休日
・5月1日(水)・・即位の日
・5月2日(木)・・国民の休日
・5月3日(金)・・憲法記念日
・5月4日(土)・・みどりの日
・5月5日(日)・・こどもの日
・5月6日(月)・・振替休日
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2019年04月15日

No624:時には必要な“すき“もある

 税理士の仕事ではもちろんのこと、社会人として生きていく上でもすきのない人間になりたいな思ったことがあるし、すきのない人に接すると、自分と比較して「すごい奴だな」ついつい後ずさりした経験も幾度とある。
 自分自身すきだらけなのは分かっているので、こういった完璧に近い人に接すると若い頃は「俺も少しは近づいてみせるぞ」と思って、その日の夜の寝る前には、「明日から自分は変わるんだ」とばかげたことを考えたこともあったが、所詮、凡人廣井増生がそんなことで変わるはずも変われるはずもないのは自分が一番よくわかっている。

 ただ、この仕事をしていていろいろな経営者の方や医院の院長と話をしていると、すきのない人間って おもしろくもなんともないし、すきこそ魅力かもと思えることもある。
 すきがあることを決して褒めているわけではないが、すきがある人には思い切ってこんなことを相談してみようとか、相談しても決してバカにはされないだろうとか 心のどこかに安易に近づける空気がそこには漂っている。
 これは自分が完璧でないことが分かっている人間なので、人の意見に耳を傾けることも容易にできるし、自分に対して鋭い意見、あるいは、嫌な意見を言われた時でも最初は腹が立っていても、しばらくすると、 「確かにそれもそうやな」と素直に聞き入れることができる。
 来院患者の多い ある開業医の先生に、「先生の所は患者が多いですが何か秘訣は?」と質問すると、その先生は、「特に自分が優れているとも思っていないので、まずは患者の悩みや患者が何を考えているのかを丁寧に聞いてあげるようにしています。実際の診療はそれからでしょう。」とおっしり、その後に「もちろん、誰にも負けない医療技術と知識の習得には時間を割いて、医者として自分ができる最高のことを提供してあげることがまず優先すべきことですよね。そうでないと患者にとって不幸ですから。」とも続けられた。
 確かに悩み事や何か相談を持ちかけようとするとき、いち早く的確な回答を必要とするときもあるが、内容によってはいっしょになって考えてもらう方が安心でき、いい答えを導き出せることだって十分ありうる。

 私がまだ30代だった頃、すごい学歴と経歴をお持ちの方から質問(相談)を受け、その時 自分のありったけの知識に自分の考えても交えて答えると、その方は血相を変えて、「なんて廣井さん、もう一回言ってみ!」と大声で怒なってこられた。
 最初は怒なられている意味さえもわからなかったが、どうもその方は私から賞賛と励ましの言葉を期待していたのに、私の言葉(回答)がその期待を大きく裏切るような回答だったことがお気にめさなかったようである。
 私自身、その時の雰囲気から「やばい」と思ったが、それは後の祭りで、こういった経営者には喜ばせるような言葉を発しないといけなかったなと反省したのを覚えている。
 今になって思うがこの経営者には他人の言葉や考え方に耳を傾ける余裕がなかったのであろうし、私に対しても1mmものすきさえなっかったのであろう。
    その後 この方に対しては 近づく勇気さえもなかなか生まれてこず、この溝はずっと埋めることができなかった。

 仕事の性格上、人から完璧と思われるのも大事かもしれないが、すきというか完璧でないとことも人間である以上、決して無意味ではないようにも思える。
 私自身、なかなか完璧な人間にはなれないが、もう少し完璧な人間を目指すことも必要なことであるのはよくよくわかっている。
    すきだらけではいけないが、人から近づいてもらえる存在になることも税理士業をする上で意外と必要なことなのかもしれない。
 こんなこと偉そうに語っているが、自分に課せられているのはもう少しすきをなくすことだということは自分自身が一番よく分かっている。

 こうして考えると"すき"って決してマイナス要素だけではないのかもしれないとも思った。
    すきだらけの人間が偉そうなことを言ってすみません。これ以上続けると言い訳っぽくなるので今日はこの辺で。

posted by ヒロイ at 00:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月07日

No623:これだけは譲れない

 我々の仕事は事務所に中で毎月の定例的な処理をしたり、決算期には決算書や申告書の作成をする以外に、顧問先を訪問して帳簿書類の確認や必要書類の収集を行う ということもほとんどの顧問先でほぼ毎月実施している。
 そんな中で顧問先の社長や医療機関の院長と面談し経営内容について報告したり、相談を受けることも非常に重要な仕事のひとつである。
 我々もできるだけ時間を効率的に使うためには訪問時間を指定することもあるが、先日 あるクリニックの院長から、『いつも2時前後の時間を指定されるが、もう少し後にずらしてほしい。』と要望があった。理由を尋ねると、『午前の診療後、簡単な食事をとって休憩(昼寝を含む)することが、60を過ぎた自分にとっては必要なことで、この時間を確保できないと午後の診療で最高パフォーマンスが発揮できない。』と話された。
 当然のことながら、ここではこのクリニックの細かな事情について触れることはできないが、開業後、数か月で軌道に乗って後、今やどのようにしどうして節税を図ったり、今後 このクリニックがいい状況での経営を継続するには何が必要かを提案するのが当事務所へ課せられた宿題となっている。

 今までいろいろな方に接してきて、「休憩時間は削れない」と言われたのは初めてであったが、確かに誰しもこれだけは譲れない何かはあるのだろうし、この譲れないもの(こと)を確保することが、診療や経営をする上で一本のぶれない筋を作り上げているともいえるのだろう。
 この先生の奥様の話では、いつでもカルテや検査内容を事細かく検証し、また時間ができれば研究会での発表のための資料作りをされているとのことで、根っからの医療人といえる先生なのかもしれない。

 私自身、「自分にとって譲れないもの」と聞かれて すぐさま答えを導き出せないということは、基本となる一本の筋ができていなかったり、まだまだ“自信”を持てるものが自分の中にないことの証拠なのだろう。
 「自分にとって譲れないもの」というのは、決して仕事でなくてはならないということではなく、自分が生きていくため一番重要視をし、何よりも優先すべきものと言えるものなのだろう。
 「一年に一回は見知らぬ土地へ旅行して、美味しいものを食べたり、何か初めての体験をすること」 というのは私にとって譲れないことかもしれないが、仕事の上でも自分しかできないような“何か”を身につけている そんな税理士、そして経営者になりたいなと思っている。
 ただ、今回のような話を綴っていると まだまだ足りないとこだらけの自分に対して自己嫌悪に陥ってしまうこともあるが、毎日いろいろな人に会うことこそが自分に刺激を与え、成長もさせてくれるんだなとあらためて感じた。
 それは仕事上の人に限ったことではなく、老若男女どんな人であっても、その局面や分野ごとに感心することはいくつでもあるはず、 とそんなことを感じながら今日の締めにすることにします。

 京都は今日どこへ行っても桜は満開で、私も川沿いにぶらっと散歩をしてきたところです。
 今からでも夜桜は間に合いますよ。
 では・・・。
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2019年03月31日

No622:少しだけ 平成回顧

 明日から4月で行政機関や学校では新しい年度の始まりの日でもあるし、日本の大企業の多くが決算期末である今日3月31日は、期末在庫の確認の日でもあり、何気なく過ごしている休日も実は大きな節目の日である。
 また、明日は平成に次ぐ新元号の発表の日でもある。
 午前11時半に発表とのことなので明日の午後はこの話で持ちきりだろうし、特にマスコミはこの話で数日は番組がもつだろというくらいの騒ぎようである。
 世界共通の西暦があるのに なぜ、いつまでも日本はこの元号にこだわるのかという考えの人もいるし、特に事務処理やパソコンを扱う上では西暦の方が便利なことも多いが、まだまだ元号尊重派がいるのも事実である。
 今回の元号が変わることに先立って、金融機関でも通帳の日付印字を数か月前から西暦に変えているところもある。
 顧問先で預かった通帳のコピーに 
= 以下、日付については西暦にて表示いたします =(← 私の記憶の範囲内での表現)
 と記載されていたのを見た記憶があり、いよいよだなと感じたのを思い出した。

 今の時代、新入社員採用時の履歴書も若い人の多くは生年月日欄が西暦で書かれているが、私はまだまだ自分の生年月日は「昭和37年・・・・」という方である。 
 私が子供の頃、祖父に「明治と大正と昭和の3つの時代を生きるなんて、おじいちゃんってすごいな。」といった記憶があるが、この私も5月からは3つの時代を生きる人になってしまう。
 ここしばらくは、”平成はこんな時代だった” というような特集がいろいろなところで組まれていて、「またか」といささかうんざり気味であるが、私にとっては社会人になったのが昭和60年だったので、やはり企業の格差が今まで以上にくっきりと表に出てきて、経営破綻や自主廃業、それに再建と日本経済も大きく変化した時代であった。
 こんな中で破綻した企業で頭に浮かぶには下記の3つである。

@ 野村、日興、大和と並んで4大証券の一角を担っていた山一証券の自主廃業
A プロ野球球団までも持っていて、特に関西地区では知らない者はいなかったスーパー王国 ダイエーの自主再建不可能によるイオンへの吸収(完全子会社)
B ほぼ国有企業と思っていた日本航空の経営破綻・・現在は再建されている

 この3つに共通しているのは、企業が衰退するときは思いのほか早く進んでいくし、今日のソフトバンクや楽天を見ていると、まさしく現代版 ”栄枯盛衰”を表しているいえるだろう。
 余談だか、この2社とDNAがプロ野球球団をも持つことになるなんて、昭和の時代では考えられなかったことであろう。
 
 「平成から次へ」ということよりも、世の中が動くスピードは年々早まり、取り残されずについていけるよう 何とか頭をクリアにしておかないといけないな とそんなことを考える 平成の最後である。
 そういえば、元号が変わるのは5月1日で、明日ではないんだ と再確認して 今日の話は終わりにします。
posted by ヒロイ at 21:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

No621:こんなところでも感じた東京一極集中

 大学の陸上競技部のOBとして卒業生の名簿を整理する係をしているが、実を言うと私の2つ先輩で東京在住の方が、まるで情報の集中基地のように全国のOBから 引っ越しや亡くなった方等の情報も集めて、常に最新版という住所録を管理されている。
 とはいっても今の時代、就職してから一つの所でずっと住み続けることはごく稀で、特に一定規模の会社の就職した者にとって転勤はつきものである。
 こんな状況なのでいくら情報の集中基地とは言っても、800人近いOBできちんとした住所が分かっているのは8割くらいだと思うが、これってすごい高い比率だと思う。
 ただ、昭和の30、20年卒と遡って進んでいくにしたがって、(物故者)という表示が目につくのも名簿ならではのことである。
 この東京の先輩がここまで熱心に管理されるのは、OB会費の振込用紙を一人でも多くのOBの手元に届けることによって、会費の徴収率や徴収額を少しでも引き上げ、現役部員の合宿や遠征の費用として補助しようという、親心以上の熱い想いである。
 昨今、個人情報の保護・管理の厳しさや漏えい等を心配して、中には住所を公表したくない人もいるようだが、そういう人には決して無理強いせずに、何とか問題のない形で運営されているようである。

 私は4年に1回、オリンピックのある年に全51クラブで共同発行される名簿名鑑をまとめるための委員をしている。
 そんな中で私と同じ年度の卒業生、つまり同学年の18人の住所に目をやると、6人が東京をはじめとして首都圏に住んでおり、他には地元(宮崎、静岡)の戻って仕事をしている者もいるが、残りの者は関西在住で意外と多くが大阪近辺に残っている。ただ 京都市内在住は私一人で、こういった役を引き受けざるを得ない理由もこんなところにある。
 私は昭和60年に大学を卒業したが、私より下の学年の平成グループは、同学年の半分以上が関東圏の住所になっているし、その人たちの多くが実家が京都や大阪であるにもかかわらずということに多少なりとも驚いた。
 こういった就職して東京に行って、地元には戻ってこず、そこで結婚したり、子供ができたりし、そして家を買っている者も少なくない。
 この現象を決して悪いこととして言っているわけでもないが、こうして後輩たちの住所を見ていると、まさに東京への一極集中という現象がうなづけるということである。
 近所でも20代のお嬢さんが仕事の関係で東京に行ったかと思うと、その妹さんも自分で転職先を見つけて東京に行かれ、家に残るのは50代のご夫婦2人である。

 東京一極集中を一方的に批判するつもりもないし、大阪をはじめとし、他の地域の魅力がなさすぎることも問題なのだろうが、やはり東京以外の都市や地域の頑張りに期待するほかない。
 そのためにはまずは大学進学のために東京に行かなくてもいいだけの大学が各地にできることが一番重要であろうし、そしてそこを卒業した学生がそのままその地域に残れる就職先を作り上げることが重要であろう。

 いずれにしても全国くまなくとまではいわないが、これだけの国土の中で大きな都市や産業の活発な地域があちこちに散らばって存在する方が日本全体の発展につながるのであろう。
 こんな中で私も京都に残っている一人のOBとして、京都も頑張ってるで と元気を発信する そんな役割を示すためにもこんな役を引き受けているのかもしれない。
 それにしても今の時代(以前も同様かも?)会費の徴収って、こんなに難しいものなんだなとつくづく感じながら名簿を整理していた。
 OBのみなさん 現役のために払ってや! みんなも恩恵は受けてたはずなんやし。
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2019年03月17日

No620:毎年 春を感じるのはこんな時

 我々の業界にとっても我が事務所にとっても1年の最大のイベント?でもある所得税の確定申告が先週 3月13(水)に全件の電子申告を終え、翌日に所内全員(私は役目免除)での書類整理、倉庫の格納をもって 確定申告の全業務が完了した。
 14日(土)は確定申告期間中、どうしても時間がとれず面談ができなかった人との面談はあったが、今日(日)は、我が家の大事な大事なワンちゃんの散歩は昼前と夜の雨の止んでいる時間を選んでブラブラしてきたが、それ以外は久しぶりにどこにも出かけず一日中 家で過ごした。

 家にいたからといってあまりゴロゴロするのは好きではないので、この2ヶ月ほとんど寝るためだけで整理もしなかった自分の部屋の片付けをしたり、いつかは見たいと思っていた軽めの雑誌に目を通したりしていた。
 18日(月)からは、スケジュールを見ると事務所の外勤部隊のほとんどが、かなりの外出予定を組み込んでおり、実は3月末までは結構バタバタする日が続きそうである。とはいってもこの仕事をしていると、確定申告が終わる頃には日も段々と長くなり、服装も冬物から春物へのチェンジを考え出すという、毎年恒例のこととはいえ心のどこかに春の訪れにワクワク時期でもある。
 
 事務所が同志社大学の近くにあるのでこの時期になると卒業生や新入生の動きが否応なしにも目に留まる。
 2月の入試に頃は少し賑わうが、最近は以前ほど受験生が押し寄せてくる感じがしないなと思って大学入試のページを検索してみると、それもそのはず、京都の本拠地を含めると全国で17ヶ所も受験会場があり、ちょっとびっくりした。
 北は札幌から南は鹿児島まで受験地が用意されているのは受験生と親にとっては、移動距離の少なさと費用の軽減という点で非常に助かる措置であろう。
 国公立大学は本校での受験に限られていると思うので、私立大学は学生集めという経営努力も今の時代、不可欠なんだなと感じさせられた。今週は卒業式が組み込まれているはずだし、4月になるといよいよ入学式で、今出川駅周辺が人でごったがえす時期でもある。
 引越しもこの時期ならではの多さで、こういった人の動きからも春を感じる時期でもある。
 ここで、こんなことを言うのもどうかと思うが、私どもの顧問先の方の子供さんも多くの受験生がいらっしゃるが、全ての人が思い通りに進学ができているかというとそうでもなく、浪人される子供さんを抱えておられる親御さんの胸の内を思うと、「春は楽しいシーズン」なんて浮かれているのもどうかと思ってしまうこともある。

 そういう意味ではいろいろな思いを持つ人が入り混じる季節でもあるが、春がそこまで近づいていることには違いない そんなことを感じる3月の後半である。

posted by ヒロイ at 20:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする