2018年09月23日

No594:故郷で初めてする研修会の講師

 先週は顧問先の先生に講師を依頼され与謝医師会の学術研修会で講師を務めた。
 ちなみに “知っておくと助かる医師を取りまく税金”というテーマでした。

 数年前から、『研修内容は医療に関する学術的なことがほとんどですが、たまには医療そのものではないテーマも新鮮味があっていいかなと考えているのでその節にはお願いしますね。』と言われていたものの、なかなか時間がとりづらくて という言い訳のもと、正式なオファーは今までなかったが、今年の春に 『いよいよ、お願いしたいんですが・・。』と言われたので、なかなか断ることもできず引き受けすることになった。
 お医者さん(開業医+一部 勤務医)相手なので、税についてあまり掘り下げても内容が難しくなるので、比較的 簡易な内容で一般的にも興味を引く内容を と考えてはいたが、レジュメの作成もお盆頃まではまだ日があるな とのんびり構えていた。いよいよ 9月に入り開催日も段々迫ってきたので 焦りながらも何とか数日前に仕上がり、メールで最終版のレジュメを依頼された先生に送って、あとは本番を待つのみとなった。

 与謝医師会というのは京都府北部の宮津市、与謝野町、伊根町が対象となる小さな医師会であるが、私が生まれ育ったところなので、数件の顧問先の開業医の方以外でも医院の前を通りかかったり、看板を見たり、親族が患者として診てもらっていたりと 初めてお目にかかる先生が多いなか、名前はほとんど知っている先生ばかりであり、やはり地元開催だからなのか研修会の中盤で 「自分のテンション、確実にいつもより高いな、熱いな。」と感じながら話していた。

 各先生方の夜診が終わってからということで、7時半スタート、9時までという 夜遅くなってからの研修会でみなさんお疲れ気味の様子だったので、最初に『税制って基本的には全国共通ですが、どうしても都市部の考え方が入ってきてますよね。こんな田舎では、土地の評価も低いので(1坪5万円?)、相続税の申告の中で土地の評価を下げる 小規模宅地の特例ってあまり効果がないし、通勤手当の非課税限度額10万円も首都圏への新幹線通勤も視野に入れた規定と思うんですが。今日はこの地域にあった、ここで開業、あるいは生活されている先生方に役に立つ話をします。』と切り出したので、参加された先生方はまさに新鮮だったのか、この税理士いったい何しゃべるんやろ と興味を持っていただいたのか、一人も居眠りされずに最後まで聞き入って下さった。

 確かに税金でも医療でも、いくつかの特例を除き基本的なことは全国共通だが、地域によって受け止め方や恩恵を受ける層には違いがある。
 この日の研修会だけではなく、税務や経営の指導をする上で、こういった地域性を十分に理解して話したり、相談に乗ることがいかに重要であるかをこの日の研修会を聞いてくださった先生方の顔つきであらためて実感した。

 帰るときにはお土産としてご当地では有名な“オイルサーディン”の詰め合わせをいただいた。
 毎年、事務所で創立記念日に事務所の人たちに私の地元産のものとして同じものを配っているが、実はこの日は創立日である9月21日の前日だったので、昼過ぎ 出発する前に事務所のみんなに渡してきた。同じ日に同じものをいただくなんて・・。これも偶然なのか、何か結びつきなのか 不思議な気持ちになった。
*事務所のみなさんへは1人2缶ずつしか渡していません。詰め合わせではありません。
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2018年09月16日

No593:日本人を大事にしないと・・・。

 9月4日、台風21号が近畿地方も縦断ルートの真ん中にすっぽり入り、関西空港の滑走路やターミナル、それにあの連絡橋が大きな被害を受けたことはみなさんもご存じであろう。
 中でもタンカーが衝突した連絡橋のあの痛ましい姿を見た人は、「こりゃ、しばらくあかんわ。」と思われたことと思うが、あれから2週間後の18日に鉄道は復旧、開通の予定だと聞いて思わず耳を疑った。
 なんであの状態から2週間で通行可能になるのかと日本の技術力には驚かずにはいられないが、さすがに横にずれている道路についてはもう少し時間がかかりそうとのこと。
 利用者の多い所の復旧はさすがに早いとあらためて思ったのは、比較するのも失礼かもしれないが、私が毎月2、3度利用している京都縦貫道の宮津天橋立IC付近のがけ崩れによる追い越し車線の封鎖は一年以上たっても通行可能となっていない。
 確かに車の通行量から言ってもさほど不便でないが、工事現場には数名の作業員と1、2台のトラックが目に留まるだけで、一向に進行している状況にない。
 今回の関西空港の被害は、関西、あるいは日本の経済にも大きな影響を与えかねないし、京都にも大きな影響を及ぼしている。
 あの日以来、間違いなく京都の道を行きかう外国人が減ってきているし、民泊の多い事務所付近もあの大きなカバンをゴロゴロと音を立てながら数名で歩く外国人の姿はめっきり減ったように思う。
 実は京都に住んでいて今までに経験したことのないような(← この言葉は、最近の報道番組でよく使われている。但し、あまりいい意味で使われることはないが)外国人の多さに圧倒され、その影響もあって確かに京都の経済は潤っているのかもしれないが、日本人が片隅に追いやられている感がないわけではない。
 まだ、京都に住んでいる我々はさほど不便を感じるわけではないが、日本の各地から訪れる日本人観光客のここしばらくの評判はすこぶる悪いというのは何ヶ月か前の報道で目にしたことがある。
 今回の被害の後、「もう少し日本人観光客に目を向けないと・・。」とあるホテルの関係者が言っていたが、何を今さら、ここまで日本人を蚊帳の外きながら、と悔しさまぎれに思わざるを得ない。
 関西空港の復旧、全面再開は、当初の予定より大幅に早まることは関西経済にとっては朗報であるが、ホテルやレストランの予約が再び取りづらくなり、修学旅行をはじめとする日本人観光客がまた行きづらい京都になることの寂しさを感じているのはおかしな発想なのであろうか。
 それにしても、国が”本腰”を入れて進めていく復旧工事のすごさと、一つのことでここまで大きな影響を受けるもろさの両面を垣間見た今回の台風に伴う関西空港の閉鎖であった。
 遠い所に空港を造って評判が芳しくなかった開港初期の関西空港を知っている者としては、関西空港の果たしている役割を大きさをこんな形で見せつけられたが、ある意味、無駄ではない貢献度の大きい公共事業であったと感じずにはいられない今回の台風による被害であった。
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2018年09月09日

No592:“老後”って何歳からはじまるの?

 9月6日の日経新聞に次のような記事が載っていた。 
◆「70歳雇用 努力目標に」
・政府は高齢者が希望すれば原則70歳まで働けるよう環境整備を始める。現在は原則65歳まで働けるよう企業に義務付けており、年齢引き上げの検討に入る。

 現在は定年60歳の企業がまだまだ多く、本人が希望すれば65歳まで働くことは可能という状況であるし、公務員の定年を段階的に65歳に引き上げようとする案は出ているが、65歳の話を一気に通り越して、70歳という話が出てきたことには正直驚かされた。
 ただ、この70歳という話は定年延長というのではなく、働きたい人にとっては70歳まで働けるような環境を整えよう という話である。
 もちろん、こうった話の背景には長寿化に伴う長い老後、少子化による年金原資の不足という問題があるのは理解できるが、逆に捉えるとある程度 余裕のある生活をするには早くから年金暮らしするのではなく、元気なら70歳くらいまでは働くように と促されているともとれる話である。
 確かに止まらない出生率の低下と高齢者の増加は今や我が国の最大の問題で、数年かけても解決するようなものではない
 実は、この少子化の問題は日本だけでなく、中国でも深刻な問題となってきているようである。
 中国はもともと人口が多過ぎ、食糧問題も根底にはあるところから、1979年に「一人っ子政策」が導入されたが、中国政府はその政策を撤廃すると 2016年に発表して世界を驚かせた。「一人っ子政策」という極端な政策によって人口構造に偏りが生じ、近い将来日本のように高齢化社会になることに国が懸念を示していることの表れであろう。

 私は現在56歳なので、65、あるいは、70歳まではもう少しあるが、自分の老後の生活なんて絵が描けないような状況である。この仕事をしていると幸か不幸か定年がないので頭と体が通常に機能している間は仕事をしているんだろうなと想像してしまうが、それはそれで、自分の老後っていつから始まり、ストレスにさいなまれない生活っていつかは来るのだろうかと 考えてしまう。
 先週の日曜日に施設に入所している86歳の母を訪ねたが、私自身が86歳の時にはどうしているんだろうと考えてしまったり、また、こうしてあちこちで災害があると、私も予期せぬ災害で突然 命を落とすかもしれないし、それ以外の病気やけがのリスクだってあるだろうから、先のことを考え出したらきりがない状況に陥ってしまう。
 今日の話は何が言いたいのか自分でもわからなくなってきたが、あまり先々のことを考え過ぎずに、今を一生懸命生きるしかないな という結論に達してしまう。
 ただ、今の日本、いや これからの日本は、「働ける間は働くように、そして、働けなくなって、お金もなくなったら最低限のことだけは面倒見てやる」というようなむごい国に向かってどんどん突き進んでいるなと感じてしまう。
 でも、これは今の政府だけの問題ではなく、少子化対策に長年取り掛かろうとせず放置されていた今までの我が国の対応の結果であると思うし、最後は死ぬまで自分の身は自分で守らないといけないという 悲しい思いに駆られる そんな日本になってしまったと思わざるを得ない。

 自分の“老後”って一体何歳からはじまるの? と妙なことを考えざるを得ない雨の降る休日の午後であった。
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2018年09月02日

No591:母の笑顔

 今日は実家のある与謝野町の福祉施設に行ってきた。
 私が医療機関や福祉施設といえば仕事かなと思う方もあるかもしれないが、今日は近くに何件かある顧問先には立ち寄らず母に会いに行ってきた。
 母が入所している福祉施設の「家族会&夏まつり」が開催されるということで、一昨年は姉、昨年は兄が参加していたので、今回は私が行ってみようと思い参加してきた。
 施設の職員の方が総出で模擬店を出されており、チケットを買ってうどん、山菜おこわ、たこ焼き、クレープ等を食べながら、生演奏と地元出身の女子大学生の歌を聞き、最後には福引まで用意されていた。ちなみに模擬店のたこ焼きはこの医療法人の理事長が焼いておられたので、私が 「先生が焼かれたたこ焼きは高そうで、1個100円くらいしそうですね」と話しかけると、苦笑いしながら焼きあがったたこ焼きをトレイに載せておられた。
 生演奏をバックに女子大生が歌う歌もさすが老人の喜びそうな曲のオンパレードであった。 「瀬戸の花嫁」、「高校三年生」、「見上げてごらん夜の星を」、「上を向いて歩こう」、「ふるさと」等々・・・。

 我々の世代にとって親の老後のことは避けて通れない問題で、私の実家の母も一人暮らしだったのでいつまで自分のことを自分でできるのかということを考えた結果、限界が近づいていたのでこの施設にお世話になった。
 この施設に入って確か3年近くになるが、体調は比較的安定しており、手を引きながらであれば杖なしで歩くこともできるし、施設の方の話によると食事もほとんど残すことなく食べきるようだ。
 私自身が若かった頃は当然 親も若かったので親の死や介護なんて考えたこともなかったが、今から15年程前から父が病気をして入退院を繰り返し、それを母が世話をしているのを見ていて、「これは大変なことだな」と思った。しかし、本当に大変なのは今から7、8年近く前、世話をする側の母が70代後半になってからであった。
 その後 父が5年前に亡くなり、その後しばらくは母が一人で暮らしていたが、日常の自分の身の回りのことがままならなくなり、施設への入所となった。

 今では私との意思疎通が問題なくできるという状況ではないが、手を引いたり、背中をさすったりすると時折 ニコッして私の顔を覗き込むのように見ていた。そのしぐさを見て、来た側の私の一人よがりかもしれないが、来てよかったと とてもきうれしい気持ちになった 。
 帰り際に施設の方から、『廣井さん(母)は、普段はそれほど表情を表に出されないけど、今日はいつになくうれしそうで、終始にこやかでしたね。』と、私に対しての気遣いの意味が込められていたにせよ そうおっしゃっていただいて、なんだか胸が熱くなった。

 『増生、元気にしてるか? 仕事ばっかりしとったらあかんで。体壊すで・・・。』とよく電話をしてきていた頃の母には戻れそうにはないが、こうして顔を見ることは母を看に行ってあげるという一種の上からのものの見方だけでなく、私自身の心が洗われる妙な気持ちになってしまう。
 正直、今日はしておきたい仕事を後回しにして母の所に行ってきたが、こういうことは損得勘定ぬきで私の空っぽの心の中に母だけが飛び込んできて、ここしばらく味わったことのない充実感で心の中が満たされた一日であった。
 こんなわけで帰りの車の運転2時間は全く苦にならず、今日の母の表情を思い浮かべながら家に帰ってきた。
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2018年08月26日

No590:経営判断が早いか遅いかで企業の今後が決まる

 非常に忙しい現代社会においては、誰しもがやらないといけないことをいくつか抱えていると思う。
 忙しさの度合いや内容は人によってさまざまであろうが、年配や高齢者の方でも、『年寄りは暇やと思ってるだろうけど、毎日結構することがあって忙しいんよ。』と言われることがある。
 我が家には小さな子供はいないが、小学生の子供を持つ当事務所の社員やパートの方の話を聞いても、塾や習い事で毎日忙しそうである。
 また大人は大人で日々の仕事だけでなく、いつかはやらないといけない “家の用事”もいくつも放ったままの人も多いであろう。
 私自身もやらないといけないことをたくさん抱えているが、どんなことでも最初のうちはまだまだ残された時間は十分あると思って、余裕を持ちながら悩んだり、検討したりしているが、そうこうしているうちに時間ばかりが過ぎていって、気がつけば期限までに残された時間が少なくなっていることも度々ある。

 顧問先の経営者の方が経営上の判断を求められたとき、判断の早い人とそうでない人がいらっしゃるが、全てではないにしても相対的に判断や結論を出すのが早い人の方が事業内容がいい方向に向かっているケースが多いように思う。
 事務所の担当者の面談報告書に問題点や検討項目が記載されており、私も全顧問先の面談記録に目を通しているが、同じ問題が何ヶ月にもわたって持ち越されている顧問先はやはりスピーディさに欠け、取り残されている感じがすることがある。
 雑誌にある上場企業の経営者が最も重要視することとして「早い判断、早い結論の導き」を掲げていた。早ければ何がいいのかというと、「誰もしていないこと、どこの会社も取り組んでいないことを誰よりも早く取り組める」ことと、「上に立つ者(経営者)が仕事をいったん横に置いておくことは、組織全体を停滞させる要因となる」と書かれていた。まさにその通りとうなづける。

 私自身も決してすぐ結論が出せる速攻タイプではないが、私がぐずぐずしているということは組織が活性化せずに停滞する元凶になりかねないので、できるだけというか、多少無理してでも物事を早く進めるようにしている。
 正直言って、自分自身、物事をため込まず、すぐ取り掛かるという行動は「きついな」と思うことも度々あるが、「うちの所長は口ばっかしで、全然動けへん」と思われないようにし、何とか推進力のある組織を作りたいと思っている。
 私が見本になるような行動を率先してとれたらいいのだが、そこまではなかなかできないので、活力ある経営をされている顧問先をまねながらなんとかいい形をつくっていきたいし、「結論を出すことが遅くなればなるほど残された道は少なくなる、つまり選択肢は狭まる」ということなので、限られた時間の中でしっかりと考え抜いたうえで、行動に移す時はスパッと実行する、まさに“熟慮断行”をの言葉に近づけるような姿勢を持ちたいものである。
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2018年08月19日

No589:ガッツポーズを叱られた高校球児

 この件は今や話題となっているのでご存知の方も多いと思うが、今 行われている高校野球で創志学園(岡山)のエースが相手の打者から三振をとった時にガッツポーズをして雄たけびを上げたことを球審から「必要以上にガッツポーズをしないように」と注意を受けていたという一件である。
 この球審の言動に賛否両論 いろいろと騒がれているが、私はこの球審を問題視するのではなく、バックにある高野連(日本高等学校野球連盟)の考え方がここまで浸透しているのかという 嫌みを含めて「さすが高野連」という感想を持った。
 高野連は文武両道の学校と強くて名の通った学校や選手が好きだから仕方ないのかもしれないが、もし、同じことを大阪桐蔭の選手がしていたら多分何も言われなかったのではと思ってしまう。
 高野連は今や野球という一つの側面だけでなく、いろいろな面において学校教育全般に影響を及ぼす組織になってきているが、今一度 スポーツの原点という側面から物事を捉えてほしいものである。
 趣味でするスポーツならいざ知らず、競技としてするスポーツは試合後には勝者と敗者が存在し、誰しもが勝者になりたくて日々の厳しい練習に打ち込んでいるといっても過言ではない。だから、ガッツボーズなんてやろうと思ってやるものではなく、自分の体の中から自然と湧き出してくる感情のひとつを表現したものに他ならない。
 私が野球をしていた頃はなかったが、今や優勝すると勝った方のチーム全員がマウンドに駆け寄り、指を1本差し出し勝利の喜びを爆発させているが、あれだって負けた相手に配慮しないといけないのであれば、禁止しないといけない行為にも思えてしまう。

 今の時代、大人も子供も自分の気持ちを表に出さない人間が多くなってきているように思うが、今回のように自己表現できるということは、逆に貴重な存在なのかもしれない。今回は、大げさなポーズで相手を傷つけたり、挑発したりすることがよくないということのようであるが・・・。
 時代が違うので一概に比べられないが、私が野球をやっていた時(小学、中学)は、守っていたショートから空振りしたバッターに対して、「前に転がさんかい」、「打てるもんならこっちに打ってこい」と大きな声で言っていたし、当時のキャッチャーは打者に向かって、「このバッター内角投げといたらかすりもせんしな」と平気で言っていた。自分が打席に立った時には逆のことを何度も言われたし。
 こんな中で守備についている時には、「三遊間のゴロなら全部とってやる」とか、バッターの時は、「何が何でも打ってやるからな、勝手に言いたいこと言っとけ。」と体の中から熱いものが込み上げてきて、これが思わぬ力を引き出すのに一役買っていたのは否定できない。
 今、事務所での仕事中でも独り言の多い者もいるし、一つの仕事がうまく片づけられると「よっしゃ!」、「これでOKや!」と小さな”雄たけび”をあげている者もいる。
 今の時代、ある意味 静かな時代になったし、電車に乗ると日本人の多くは、何ひとつ物音を立てずに耳にイヤホンさしながら、黙ってスマホの画面をいじっているし、京都の地下鉄に乗っていると日本語でない言葉ばかりが聞こえてくる時だってある。

 話は少し本題からずれてきたかもしれないが、今の日本人は自己表現力がなさすぎることの方が問題視されるべきではないのかと思ってしまう。
 先日のサッカーのワールドカップのゴールの後やオリンピックで勝った時は陸上でも、水泳でも柔道でもみんな”雄たけび”をあげてるではないか。
 私は”雄たけび”禁止のようなスポーツなんて見たくないし、感情を抑えてスポーツをするという離れ業はできそうにないなと思った一人である。

 みなさん どう思われますか? 
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2018年08月12日

No588:お盆の昔と今

 昨日、お盆休暇に入った初日の8月11日に実家に行き、結構伸びていた庭の草引きを少しだけした後、お墓参りをして日帰りで京都に戻ってきた。
 お盆の間、3日間を実家で過ごすという兄夫婦とは少しの時間であったが話をすることができたし、車で10分くらいのところにある姉の嫁ぎ先もお母さんの初盆だったので線香だけあげに行ってきたが、こんな些細なことでも日頃なかなか時間がとれない者にとってはお盆休暇があるからこそ実現できることである。
 父や母が健在だった頃はお盆やお正月になると多くの者が集まり賑やかな実家であったが、今や実家は誰も住んでいない状態で、こういったまとまった休暇になると私の兄弟3人がそれぞれが自分のスケジュールに合わせて実家に立ち寄り、特にお盆は墓参りをするという以前とは違う実家との関わり方である。
 少し時間があったので実家の近所の家も回ってみたが人の気配のある家は半分くらいで、私が子供の頃の地域としての賑わいはどこにもない。
 我が国は人口の都市部への集中と過疎化の進行が問題となっているが、今回、自分の実家に帰って目の当たりにしたのがまさしく過疎化に直面している我が故郷の状況である。
 以前の賑わいを知っているので寂しさを感じないわけではないが、どんな状態であっても実家に足を踏み入れると私自身の気持ちが落ち着くのは18年間も住んでいたからなのであろうか。

 今日(12日)は京都の自宅で朝からワンちゃんの散歩、テレビで高校野球の観戦、あとは読みたかった本を読むという、普段からは考えられないくらい時間にとらわれない一日を過ごした。
 夕方 次男が東京から帰ってきて、日頃の東京での生活ぶりを聞きながら夕食をとるという何気ないことではあるが、親としては楽しみな時間である。今になって思うと、私が20代の頃、年に1、2回実家に帰ると両親が何とも言えないくらい嬉しそうな表情で出迎えてくれていたが、今になってその時の親の気持ちがよくわかる。
 明後日はカミさんの両親の墓参りがあるが、これも日頃は空き家となっている家でお坊さんを迎えるという、年に一度の行事である。
 お盆というのは恒例の夏季休暇ではあるが、この時期の自分の行動を確認するとやはりお盆はお正月と並んで、日本にはなくてはならない休暇なんだなと思ってしまう。
 あと、休みは4日間あるが、こんな時こそ普段できないことができればなと考えているところである。
 今日はお正月以降初めて次男が帰ってきたので ついつい飲み過ぎてしまい段々と睡魔が襲ってきたので、突然ですがこの辺で終わりにします。
 では、おやすみ。
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2018年08月05日

No587:辞めずにいられる職場

 今日は今秋開業予定のクリニックの採用面接に立ち会った。
 最近は人が集まりにくいと言われているが、折込広告を使って募集したところ51人からの応募があり、そのうち書類選考を通過した人17人と面接を行った。
 細かな面接の内容や選考基準をここで述べるわけにはいかないが、一つだけ私も含め、人を雇う経営者側としてとても参考になることがあった。

 現在、ある医療機関にパートで勤務されている方で、そこでの勤務時間だけでは他の人とのシフトの関係で自分が入りたいだけの勤務時間が確保できないので、もう少し多く働ける職場を探しているとのことであった。
 今回、私がここで話がしたかったのはこういった個別の事情ではなく、この人が従来からの勤務先で思いどうりの勤務形態でないにもかかわらず10年間 辞めずにいらっしゃる理由についてである。
 私は面接の中で、『パートとはいえ10年間続けてこれた要因はなんですか?』と質問したところ、『雰囲気がいいというか、チーワークが抜群なんです。』とおっしゃった。   
 「働きやすいのは職場の雰囲気がいいから」というのは度々 耳にするが、「チームワークが抜群なので」と言われた方は初めてだったので少し驚いた。
 ただ、この雰囲気とチームワークの違いってなんだろうと立ち止まって考えてみると、雰囲気というのは、居心地が良いか悪いかの判断材料にすぎないが、チームワークというのはただ漫然と時間を過ごすのではなく、一つの取り組みに積極的に関わり、何かを作ったり、仕上げたりするという行動を起こすうえで重要なことであるように思う。
 この人はそれほど意識せずに発言されたのであろうが、ほとんどの仕事が単独でするのでなく、何人かが組んでするということを考えれば、このチームワークというのは職場にとって欠かせないものであり、経営的な観点からみても物事が前進する原動力にもなるし、働く人も辞めずに続けられる職場なんだと気付かされた。

   今日はあるクリニックの面接であったが、会社、クリニック、そして税理士事務所においても、ただの仲良しグループになるだけでなく「チームワークがいい」と働く人が感じる職場にすることが大切なことなんだ ということを教えてもらった貴重な一日であった。
posted by ヒロイ at 20:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月29日

No586:今からわくわく・・100回目の夏の甲子園

 今年は夏の甲子園が100回目で記念大会となるが、これぞ甲子園という学校が名乗りを上げており、今から楽しみで仕方がない。
 私は高校と大学は陸上競技一色であったが、小学生の時の少年野球から3年間野球部にいた中学まではいわゆる野球少年であったということもあり、夏のこの時期になると甲子園だけでなく各都道府県の予選からお目当てのチームが勝ち上がってこないかなと毎日 新聞やネットに目を通している。
 通常は47都道府県のうち、北海道と東京だけは北北海道と南北海道、東東京と西東京の2校が出場できるのが、この10年ごとの記念大会はこの2つだけでなく、学校数の多い埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡は東西や南北に分けて2校が出場でき、何とも賑やかな甲子園となる。

 ここからは高校野球に関心を持っている人だけしか盛り上がらないような話かもしれないが、私がわくわく感を抑えることができないので、甲子園について思いのまま語らせてもらうことにする。(興味のある人だけ続けて読んでください)

 今回は、「この都道府県にはこの学校」と言われるような みなさんにもなじみのある学校が結構そろったなという感じがする。
 あの大谷昇翔平の母校である花巻東(岩手)、東北の常連 仙台育英(宮城)、県内では絶対に負けない12年連続出場の聖光学院(福島)、怪物江川の作新学園(栃木)、昨年ぶっちぎり優勝を飾った花咲徳栄(北埼玉)、ゴジラ松井の星陵(石川)、イチローの愛工大名電、34回目の出場となる平安(京都)、あと 報徳学園(東兵庫)、智辯和歌山(和歌山)、準決勝で名門広島商を破った広陵(広島)、昨年まで8年連続出場をしていた明徳義塾に勝った高知商(高知)、あと 誰もが知っている鹿児島実業(鹿児島)、興南(沖縄)・・等。

 今の時点でまだ決まっていないが、明日 決勝を控えている大阪桐蔭(北大阪)もこの中に加わってくるだろう。実はこの北大阪の準決勝は大阪桐蔭対履正社という昨年の選抜(春)の決勝戦という豪華カードであった。
 ただ、個人的に期待していた出場が叶わなかった学校も何校かある。
 

 38回出場している北海(南北海道)、巨人の元選手・監督であった川上哲治の母校で過去20回出場の熊本工(熊本)と過去28回の出場を誇る天理(奈良)は残念ながらどちらも決勝で敗れたし、名門・常連の帝京(東東京)と東海大相模(北神奈川)は準決勝で敗退した。
 また、東京の都立高校としては2003年の雪谷高校以来の出場かと思わせた小山台は東東京の決勝で二松学舎大付属に6対3で敗れ、惜しくも出場を逃したのは残念であった。

 今回は私が昨年まで20回近く足を運んだ甲子園で実際に試合を観たことのある いわゆる野球名門校や常連校ばかり取り上げたが、今は新興校とよばれている学校や今回初出場した学校にも、前述の学校に引けを取らない学校もいがいくつもあり、まさに今回の甲子園で新たな歴史をつくる第一歩になることも考えられる。
*現時点で未確定の3つの代表を残し、56の代表のうち初出場は6校

 今回は高校野球に関心のない人は、つまらない内容だったと思うが、私自身はこの一ヶ月近く繰り広げられていた地区予選の追っかけも終わり、あとは本番である甲子園を待つのみとなったところでいい感じでまとめができた(← 私が勝手に思っているだけだが)7月最終のブログであった。
 お盆休暇には例年のごとく1、2度 甲子園に足を運び、夏の総決算のような気持ちで高校野球を満喫してきたいと思っている。
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2018年07月22日

No585:私が朝礼で伝えたかったこと

 我が事務所の朝は8時30分始業、その後 15分程度の掃除を経て、キリのついた人から順次 自分の席について本来の業務へ入っていくという朝のお決まりの流れである。
 私が以前 勤務していた税理士事務所では、掃除の後 毎朝8時45分から朝礼があったが、私が今の事務所を開業した頃は総勢4名だったので、わざわざ朝礼する必要もなく、重要な伝達事項は席についたまま少し大きめ声で話せばそれで済んでいた。 また、一人一人が何役もの役割を担いながら毎日の業務をこなしていたので、朝礼する時間さえもったいないという考えや朝早くから遠方の顧問先へ直行することも多く、毎朝、全員が必ず揃うという状況でもなかったということも朝礼をしなかった理由の一つである。
 その慣行は11年経った今でも残っているので、基本的には朝礼は実施していないが、重要な伝達事項や何かの節目の時には必要に応じて朝礼を行うようにしている。
 また、ビルの3階だけでは机が入りきらなくなったので、それまでロッカーを並べて書庫(倉庫)代わりに使っていた4階にも今年の1月から5人の人に上がってもらい、社員が3階と4階に分かれた形で仕事をしていることも、全体での朝礼を必要とする一つの要因となってきている。
 7月17日から新しい社員を迎えることになったので、この日も朝礼を実施し、私から新入社員の紹介と本人から挨拶をしてもらった。

 現在、事務所は総勢18名であるが、事務所の人数が増えてくるたびに私自身 気になっていたことがあったので朝礼の締めとして全員に伝えた。
 その気になっていたことというのは、組織としては小さいながらもピラミッド型となっているので、各社員が仕事の仕方や顧問先との対応について自分の上司に相談し、その後、内容によっては私の意見も求められることもあるが、一同が机を並べて仕事をしていると、ついつい上司の評価や事務所内の他の者の目を気する傾向が出たり、また私自身がどう評価するのかということを気にしているなと感じることもある。これは人数が増えてくればくるほど私自身にも各人のこういった思いを感じることが以前よりも多くなってきている。
 私はこの傾向は決して悪いことばかりではないとは思うが、会社(職場)が担う役割という点においては、きちんと整理し、全員に徹底しておく必要があると思ったので、この日の朝礼では下記の3つの点について全員に私の思いを伝えた。

@仕事は上司や所長(廣井)の方に目を向けながら進めても意味がない。どんな場合であっても顧問先様の方に目を向けて進めていくべきである。このことは、顧問先の経営者に直接対応する担当者だけでなく、内勤で事務処理をする人も、電話をとったり、接客をする人も全員がこのことを心に留めて毎日の仕事をすることが大切である。
A事務所の社員数が増えてきて、さまざまな人がいっしょになって仕事をしているが、この“さまざまな”というのは、年齢は20代から50代、男性と女性、あと この業界での経験が長い人と初めてこの税理士事務所で仕事をする人(この日に新入社員)等、いろいろな想いの人がこの廣井事務所で働いてもらっているが、ベクトルは“顧問先 第一優先”という同じ方を向いて仕事をしてほしい。 
B経験豊富な人は経験の浅い人や新人さんには面倒なことがあっても丁寧に仕事を教え、また、教えてもらう側はいつまでも甘えるのではなく、必死に仕事に取り組んでいろいろなことが一日でも早く自己で処理し、自己で解決できるように努力をしてほしい。

 こんなことを朝の9時前から話していた。
 朝から私一人熱くなっても仕方がないので、自分では抑え気味で話をしたつもりであるが、事務所のメンバー全員が“顧問先のために”という同じ方向に向かって仕事をしていけば、何とか事務所も衰退せずに進んでいけるのではないだろうか と考えながらこの日の朝礼を終了した。

 事務所のみなさん、朝から重い話を聞かされ、ご苦労様でした。
posted by ヒロイ at 16:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする