2020年10月25日

No703:数字は口ほどにものを言う

 先日、ANA(全日空)の次期決算予測が 5,000億円の赤字と発表された。
 5,000億円という数字が大きすぎて、この数字の中身までは真剣に考えることもできないが、この“億”という単位は、その上の単位である“兆”よりもなぜか大きく感じてしまうことがある。
 というのも日々の生活の中で兆なんていう単位を使うこともないし、我々が扱う決算書においても兆のつく決算書なんてもちろん見たこともない。
 それが億となると、5億円の売上とか、2億円の土地を買ったとか、そう多くはないにしても仕事の中で億という単位は比較的 目にする機会がある。
 変な例えであるが8,000億円が2つあるのと1兆6,000億円とではどちらが大きく感じてしまうのか? 人によってさまざまであろうが私はこれも8,000億 2つのほうが大きく感じてしまう。これも自分の中で扱う一番大きな単位が億だからであろうか。

 私のように毎日 数字を扱う仕事をしているとこういった金銭感覚というかその金額がその人にとって果たして多額なのか、それともそうでないのか見極めないといけないなと思うことが度々ある。
 例えば、500万円の改修工事といえばかなりの金額という感じがするし、決して無駄にしてはいけない金額であるが、この改修工事によってどれだけの売上増や利益増につながるのかを見極めなければならないという点が重要である。
 もう少し具体的にいうと3億円の売上のある事業がこの改修工事によって客足が伸び、3%の売上増になるとすれば900万円売上がアップするが、これが5,000万円の売上の事業なら150万円の売上増にとどまる。
 消費税に目を向けると、導入当初の3%から5%、8%、そして10%と段階的に引き上げられたが、先日 建築費1億円の工事明細を見る機会があり、消費税額の欄に目をやると当然のことながら その欄は1,000万円と表示されており、あらためて消費税の重さを目の当たりにした。これが、もし本体1,000万円で消費税率が3%であったなら30万円であり、上の1,000万円ほどの重税感はないであろう。

 今日の話で私は何が言いたいのであろうかとちょっと立ち止まって考えてみると、時と場合、つまり自分が今 置かれている立場によってお金の単位や大小をしっかり把握することが大事で、特に経営者であれば一つのことに一喜一憂せずに、最後で得するには、最終的に儲かるにはという観点でお金のことを考えないといけないということである。
 変な話、コンビニで弁当を買う時はその人の財布の中身によって100円にこだわる人もいれば、10円でも安いものを探す人もいるだろう。
 そういう意味ではケチる(倹約する)時と、多少無理してでも気前よく出す時をうまく使い分けられることも事業の発展と無関係でないような気もする。こんなことを言っているが我々の本業である税務や会計においては当然のことながら1円でも数字が合わないと終わることができないし、そこには妥協はあり得ないことである。

 最後に金銭感覚に関するつまらない話をもう一つ。
 「大体」とか「ざっくり」という言葉の使い方は非常に難しいなと思うことがある。
 どういうことかというと、円単位というか細かな数字まできちんと押さえておきたい人に対して、「ざっくり〇百万円」というように「ざっくり」を連発すると、「こいついつも大体で話をする奴だな」と思われるし、逆に細かな数字よりも大枠を知りたい人や場面で、円単位まできちんと、「〇〇〇円になると思います。まだはっきりしたことは言えませんが・・。」なんていうと、「大体の数字でええし、大枠を教えてな」と言われることもある。
 最初のANAの話もそうであるが、数字の意味や本質をしっかりと捉え、数字の持つ意味や大小を理解することが、数字を扱うものにとっては一番大切なことであろう。
 それにしても5000億円を365で割ると一日当たり13億円、半年で割ると27億円というとこれまたとてつもない数字であることが、こんな割り算であぶり出されてしまう。

 やはり、数字は口ほどにものを言ってくれますね。
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2020年10月18日

No702:相続の仕事から学ぶこと

 税理士という仕事をしていると個人事業主 や企業経営者と接することが多いし、我が事務所の場合、開業医の顧問先が多いので医師(院長)と会う機会も他の人よりも必然的に多くなる。
 タイトルにあるような相続の仕事と言えば、一般的には資産家を相手にした仕事というイメージを抱かれる方が多いと思うが、最近の相続の相談は親から土地や資産を引き継いだ いわゆる一般の方からの相談もかなり増えてきている。
 高額な資産をお持ちであった方が亡くなった場合の相続税の申告のお手伝いをすることもあるが、上に掲げるような方、つまり一般の方々が相談にお越しになることもある。
 ただ一般の方と言っても 資産総額〇億円というような資産家と呼ばれる部類に入る方ではないが、一定以上の資産はお持ちであり、その分け方に関することと、「うちの場合、相続税ってかかるの?」というのがおもな相談である。

 会社経営者や医院の院長ではなく、当事務所の顧問先企業の経理担当者であったり、あるクリニックの開業をいっしょに支援していた薬品会社の方であったり、あるいは 知人からの紹介であったりときっかけはさまざまである。こういった方の多くはサラリーマン、あるいは元サラリーマン(現在は年金生活者)である。
 先週も勤務先を定年退職された方で、実家に一人住まいであったその方のお母様が亡くなられ、その不動産と幾ばくかの預金を兄弟間でどのように分けたらいいのかという相談があった。
 また、一昨日の70歳の方(男性)からの相談は、重い持病のある奥様が実家から引き継いだ財産をどのように子供たちに引き継ぐのがベストか? などという内容であった。
 もちろん税理士という仕事をしているので、相続税が抑えられる節税手法を駆使し、いわゆる相続税対策を練り、実行することが重要なことは分かっているが、その前段階で財産をどのように分けるのかを悩んでいる方が思いのほか多いことに気付かされる。
 これは旧民法下における家督相続や家父長制度の場合には、財産の引き継ぎ先のはほとんど長男や跡取りということで決まっていたが、これからの時代というか、現在の社会において、こういった財産の行き先(引き継ぎ先)はそれぞれの家族や親子関係により、いくつものパターンが考えられる。
 長男は家業を継がずに遠くに住んでいるが嫁に行った(姓が変わった)娘とは同居しているとか、子供たちが決して仲が悪いわけではないが経済的な格差がある場合とか、また 今70代以上の方の場合には比較的少ないが、それより若い層(60代以下?)には離婚した後 再婚され、前妻の間にも現在の奥様の間にもそれぞれ子供がいらしゃる場合等、家族を取り巻く状況はさまざまであり、そういったことが相続の話をまとまりにくくしている要因のひとつにもなっている。
 ここでは申し上げられないが、今までにはなかった家族関係や財産の引き継ぎの方法といった、「えっ?」と思うような相続をいくつも目の当たりにしてきた。

 では、こんな時にどうするのか?
 私は答えを持ち合わせているわけでないが、この長寿時代にいつまで生きて、将来 誰と暮らし、誰の世話にならないといけないのかが以前のようには予測ができない世の中になってきているので、相続での財産の行き先を早くから決め過ぎないことであろう。
 実はある資産家の方は、相続対策で子や孫に数年にわたって多額の生前贈与されていたが、90歳になってもご存命で、今はご自身の財産は心細いくらいのものになってしまっている。
 この方のお子さんたちはよくできた方なので、以前 引き継がれた資金で親の介護や施設の費用を賄っておられるが、もし、子供たちが財産を使い切っていたらご本人の老後はお先真っ暗であったであろう。たとえ、過去において大資産家であった方であっても。

 目の前で起こっている例を綴ったので、話としてはまとまらなくなってしまったが、要は自分自身にどんな老後が待ち受けているのかを考えることが何よりの相続対策になるであろう。
 ただ、不幸にも50代、60代で亡くなられる方もあるので、人生って本当に先の読めない物語のようなものだなと思うこともある。
 こんなことを考えていると私自身もなんだか気が重くなってきたが、この仕事をしていてよかったなと思うことは、一般の人以上にいろいろな事例に出会う機会があるということであろう。
「これしかだめ」なんて 答えが一つに絞られるわけではないので、いろいろな話を聞き、よりよい方法を模索していくことこそ、我々の年代(50歳を超えた人)が取り組むべきテーマであろう。
 まず、現実から逃げない、逆に言えば空想の世界に入って期待しすぎない、これが一番の相続対策であることをみなさまにお伝えして 今日の話はおしまいといます。
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2020年10月11日

No701:共通の趣味を持たない夫婦

 ご結婚されている方で夫婦それぞれの趣味が共通な方とそうでない方、当然のことながら両方あろうかと思う。
 私の周りにもいくつになっても仲のいい夫婦(ごくわずか?)もいれば、ひびが入って夫婦の話はご法度の方も何人かいらっしゃるが、今日はこんなテーマで久しぶりに夫婦のことを論じることにする。

 「興味があることが一致していて」とか、「老後、同じ趣味を持っていつまでも仲良く」なんて 夫婦のあり方を考える時、よく語られるテーマであるが、若い頃 共通の趣味を通じて付き合ったり、結婚された方なら、よほど“趣味変更”なんていうことでもなければ、二人揃ってずっと同じ趣味を持ち続けていらっしゃるであろう。
 私のところはというと、全くと言っていいほど、双方興味のあるものが違うという夫婦である。
 でも、これって揉めずに夫婦が続けられたらどっちでもいいようなことなのだろう。

 私はどちらかいうとアウトドア派で、旅行で見知らぬ土地を訪ねることやスポーツを生で見て、そして感動の余韻に浸りながら帰路につく、こんなことをしている時が一番楽しいし、仕事のことを忘れるだけでなく、時間そのものを忘れられるひと時でもある。
 ただ、今年はアウトドア派にとっては動くこと自体がしづらい、このようなご時世なのでほとんど行動に移せていない。
 一方、カミさんは花いじりとか美術館巡り、それに音楽鑑賞が好きで、どちらかというと、“静”、“動”の私とは対照的であるが、カミさんも美術と音楽の方はここ1、2年はどこかに足を延ばした形跡はない。また、花いじりと言ってもガーデニングと言われるような大それたことではなく、坪庭のような狭いところで気に入った花を育てることがたまらなく好きなようである。
 ホームセンターで植木鉢や土を買ってきて、その入れ替えをしている時の様子は、それはそれは、どんな時よりも生き生きして、機嫌もすこぶるいい。

 我が家の夫婦の様子を述べるつもりなど毛頭なかったのだが、気が付いてみるとつまらぬことをつらつらと書き綴ってしまっていた。
 話を少しだけ戻すが、別の趣味を持つことは、それぞれが自分の世界に入って没頭している時には誰からも邪魔をされないし、自分のペースで物事を進めることができるので、この“別々”って案外いいことのように思うし、もめない秘訣でもある。
 子供のいる家庭、しかも小さなお子様のいる家庭では、子育てのことや子供の行事のことなどの共通の話題があったり、行動を共にするきっかけにもなるが、子供が大きくなるとこういったこともなくなるので、夫婦は一定の距離を置いてお互い好きなことをするというのが一番心地のよいことである。
 なんで急にこんなことを思ったのかというと、娘夫婦は共働きでお互い週休2日であるが、日曜日だけは共通の休日で、あとの一日はお互い違う曜日なので、週に一日はそれぞれが自由に使えるな日になっているようである。
 まだ子供のいない夫婦は、こういった形の別々の曜日の休日がお互いにとって大事な日なのだろう。

 仕事、結婚、教育を含む子育て、介護、老後 どれをとっても時代とともに変化していくものであるが、今回のコロナはこういった時代の流れを1年もしない期間で、2、3年分くらい 次のステージまで持っていった感がある。
 今までの常識は通用しないことがたくさん出てきているし、頭の切り替えが必要な時代に入っていっていることを早く自覚できる者とそうでない者の差が随所に出てくるのだろう。夫婦のあり方にしても今や見本なんて存在せず、100組あれば、100パターンの形があるのだろう。

 最後にコロナの感染リスクはあるのは分かっているが、ひとまず 今出川通に少しずつ大学生が戻ってきているのを見てホッとしている。
 秋から対面授業という変則的なスケジュールの中で、先日、今になって引越してくる大学生らしき姿を見かけたが、これも異例の光景のひとつであり、何もかもが初めてづくし という世の中となっている。
posted by ヒロイ at 18:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月04日

No700:誰かがどこかで守っていてくれる

 今回は一応 700回の節目なので、少しくらいは感慨にでもふけり、軌跡をたどるようなこともしたかったのだか、今日は日曜日であるにも関わらず いつになく慌ただしくバタバタしていたので、そんな過去を思い起こすような時間もほとんどないまま一日が終わってしまった。

 午前中は相続税の申告に関する相談があり、7月に80代後半でお亡くなりになった方(元女医)のご自宅を訪問した。
 1ヶ月程前に相続税申告業務の正式依頼と同時に、申告までのスケジュールや今後の対応について説明してほしいとの連絡があり、納骨のため3人の子供さんが集まられる今日をその打ち合わせ日として指定されていた。3人のうち1人は東京から日帰りで駆けつけられ、法要前の1時間という限られた時間ではあったが、相続人全員が揃う貴重な機会を与えていただき、今後の業務について説明をすることができた。

 午後は京都の顧問先が同業の大阪の事業所を引き受ける形で大阪に進出することになり、その最終打ち合わせのため 関係者が日曜日を利用して一堂に会することになった。こちらも大阪の会社の顧問税理士が東京から出向いてこられることも含め、代替の日の調整がつかず本日の打ち合わせとなった。
 自分でも仕事は嫌いな方ではないとは思うのだが、さすがに休日のダブルヘッダーは体に応えた。しかし、どちらも今日を逃すと次の面談の機会がかなり先になりそうなのと、どちらも重要な案件であったので日が重なったことはやむを得なかったと思っている。

 昨日(土)は天候に恵まれていたので、愛犬ぽぽたんと久しぶりに加茂川に出て散歩し、自分でもいつになくリフレッシュできるいい時間を過ごすことができていたので、今日一日は気持ちの上ではまだ昨日の癒された気分が残っており、案外苦にならずに過ごすことができた。
 結構いい歳なのに こうして元気でいられるのは誰のお陰? なんて ふとたわいもないことを考えてしまったが、これは私のこの体を生み、育てくれた父母によるところが大きいなとあらためて思った。
 私が毎月訪問している与謝野町(京都府北部)の顧問先から200mのところに今や空き家となった私の実家があり、また、そこから車で10分ほどのところの介護施設に現在88歳となった母が入所している。   
 先日、近くを通った時、決して時間的に余裕があったわけではなかったが、お盆の墓参りもできていなかったので一人で実家に立ち寄り、誰もいない仏壇の前で手を合わせてきた。父の位牌と遺影だけでなく、祖先のものがいくつも並べられているので、薄暗い家の中は日中であるにも関わらずなんだか気味が悪く、さすがの私も足早に出てきたものの家の中にいた4、5分の間に「チンチン」と仏壇の前に置かれている鐘を鳴らし、「がんばるけど、困った時は助けてな。それと家族はもちろんのこと、私の周りにいる全ての人が健康でいられるように見守っていてや。頼むで。」と呟きながら手を合わせた。
 そういえば、神社やお寺にお参りした時は、子供の受験の時以外はほとんど、「みんなが元気でいられますように」とだけ言って手を合わせているなとあらためて思った・・・。
 その後、帰る途中に母が入所している施設にも立ち寄ったが、このご時世なので母に近づくことはできず、遠目で手を振る程度であった。母は認知症が進んでいるので、息子の私(増生)が来ていることはわからなかったであろうが、誰かが自分に手を振っていることには気付いたみたいで ニコッとしながら頷いていた。
「これで十分」なんて、勝手に自己満足して、面談時間が厳しく制限されている施設を後にした。

 700回の話がこんな方向へと進んでいったのは、今日午前中に訪れた先の被相続人であるお母様が母と同い年であったことも頭の片隅に残っていたからであろうか。
 実は13年前に事務所を開設し、このブログを始めたときには父はまだ生きていたが、パソコンを使うことができなかったので私が実家を訪れる時にこのブログをまとめて出力し渡していた。
 父は喉頭がんで声を失ってから私との会話も思うようにできなかったこともあってか、余計に私の文章を楽しみにしていてくれたようだ。
 父が亡くなった後、生前に寝ていたベッドの近くから「増生の日記」と書いたファイルが残っていて、分量が多くてパンパンになるくらい私が渡したものを挟み込んでいたのを目にして、胸が熱くなったのを覚えている。父が7年前に亡くなった時、このブログの読者が一人減り寂しくなったなと考えたことも思い出した。
 実は、母もこのブログに関しては思い出がある。最初の頃は父に代わってよく感想を口にしていたし、父の亡くなった後、母に父と同じように出力したものを渡していた。しかし、今から5、6年前に施設に入所する少し前からは、このブログについての感想を何も言わなくなり、実家ではいつも前回置いた所にそのまま置いてあるようになっていた。後から思うと、この頃 既に認知も進み、読む気力さえなくなっていたのであろう。

 700回を迎え、特段何か変わったことが起こるわけでもないが、身近で私の開業を応援していてくれた2人の読者が途中からいなくなったことにあらためて気付かされた。

 こんな2人の支えも過去にはあったからこそ、ここまで続けられているのかもしれない。
 日常の生活に追われていて なかなか親のことなど考える機会も少なくなってきていたが、今日の700回は親を思い起こすいい機会になり、よかったなと思っている。
 こうして思うと、親はどんな状態になっても自分にとっては大きな支えであり、いつも見守っていてくれているような気がする。
 これって普段相談できるわけでもないが、結構力強い何かを感じてしまう。
 親っていくつになっても、たとえ亡くなっていても本当にありがたい存在であり、歳に関係なく、感謝し続けたいものである。
 
 今日はいつも以上に長文になってしまったが、一応 記念号ということでお許しいただきお終いとします。
posted by ヒロイ at 20:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月27日

No699:何事も拡大より縮小の方がずっと難しい

 コロナ前までのここ数年のインバウンド(外国人観光客)の増加の勢いはすごいもので政府の思惑どおりに事が進んでいた。
 初めて1,000万人を超えたのが2013年であるが、その後、2018年には3,000万人、2019年は3180万人という数字になり、イケイケの日本政府は2020年には4,000万人、2030年には6,000万人というすごい目標も掲げていた。
 外国人を呼び込むため空港だけでなく、大型客船が接岸できるように港湾の整備、そして民間ではホテルをはじめとするサービス業の異常なまでの急拡大、それはそれは凄まじいものであった。
 京都市内でも地下鉄や市バスの車内も百貨店もドラッグストアもそして京料理のお店から抹茶アイスの店までもが外国人でごった返していた。
 それが今や外国人の姿を見るのも1週間に1組か2組(どこから来たのか?)。先日の4連休も京都は賑わってはいたものの 見かけるのは日本人ばかりで、わずか半年でまるで別の所ではと錯覚してしまいそうなほど街の様子もガラッと変わってしまった。

 さあ、ここまで広げた観光ビジネス、いや観光だけでなくすべての分野のビジネスやマーケットを現状に合わすのにはどれだけ縮小しないといけないのか、ここ数年、拡大するだけに躍起になっていた多くの日本企業や日本人にとって、縮小し、今の身の丈に合った形に戻すのは至難の業であろう。借金をして事業を急拡大したところも多いので、ここからの方向転換は果たしてでき得るのか 見ていて不安だけでなく痛々しささえ感じることもある。
 これは民間だけではなく自治体、特に都市圏の自治体にとっては、「○○プロジェクト」と称してあちこちで開発ののろしが挙げられているが、果たしてこのまま突っ走るのか、あるいは縮小も含めて方向転換するのか難しい判断を迫られるところもでてくるであろう。
 先日、確かJRが終電の時間を早めることを発表していたが、これも「24時間動いている街を目指そう」なんて言われれていたことからすると、逆方向の取り組みである。
 景気の拡大期や事業の発展期には次から次へ新しい計画を打ち出し、それに必要な資金も金融機関から容易に調達でき あまり苦労もなく進められてきたが、今のこういった停滞期になると、立ち止まったり、場合によっては撤退(後退)していかないといけないが、こういったことの方がイケイケガンガンで物事を進めるよりもずっと難しいであろう。
 店舗の閉鎖に始まり、最後の最後には人員整理まで、少しきつい言い方かもしれないが、人を切るのか、自社が潰れるのかという そんな状況が迫り来る企業も今後でてくるであろう。
 今回のコロナ禍では、ここ数年あまり経験することのなかった 事業を縮小するということの難しさを身に染みて感じている経営者も多いと思う。
 ただ この“縮小”という事象だけ捉えるとただ単に後ろ向きのようなことにしか見ないが、この縮小や事業の見直しにも経営者のセンスや能力が問われるのは当然のことである。

 若い世代の人には分からだろうが、我々が幼少期の頃 流行った「365歩のマーチ」という歌の中に「3歩進んで2歩下がる」という歌詞があったが、日本はここ数年、この「2歩下がる」ことを忘れていて、「3歩進んで、(また)2歩進む」ということを続けてきたというのが実情であろう。
 この歌詞のように敢えて「2歩下がる」ことができ得るのは、ある意味、健全で強固な財務体質を持つ企業ならではのことであろうし、こういう企業こそが2年後、3年後、そしてその後も残っていくんだろうなと考えてしまう。
 
 離婚した人や離婚しようとしていた人から、「離婚は結婚より難しい」という話を聞いたことがある。
 前に向かって進むときは簡単で楽しいけど、立ち止まったり後退するときは人生でも同じなのかなと つい妙なこととだぶらせて考えてしまった。
 これからは押すだけでなく引くことも経営能力の一つであることを肝に命じながら、顧問先の方々といっしょになってアフターコロナに取り組んでいく必要があると考えている。
 ということで、税理士事務所が行う経営指導も今まで以上に難しくなるなと感じている今日この頃である。
posted by ヒロイ at 15:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月22日

No698:“対コロナ”のキーワードは、「過去を捨てる」、「前例にとらわれない」

 まず最初にお断りです。今日は少し長いですよ。

 私が前の勤務先を退職し、事務所を立ち上げたのが2007年9月21日なので、一昨日で13年を終え、21日からは14年目に入ったことになる。
 私はこの場でも自分の〇周年ということをことあるごとに掲げているので、「節目の好きな廣井さん」となんて思っている方もいるでしょう。
 この毎年必ず訪れる節目は本人以外はどおってことはないでしょうし、私自身も関係している会社や医療機関が〇周年目であろうと正直 「ああ、そうですか」というくらいのものである。
 ただ、私にとっては毎年パーティーをするわけではないが、この節目はまあまあ気にかけている節目の一つである。
 家族の誕生日も何とか忘れずにはいるが、私から何かをするわけでもないし、結婚記念日に至っては何かをした記憶はないというのが実情である。
 また自分の誕生日も祝ってもらったこともないし、声もかけてもらうこともほとんどないので、手帳やカレンダーを見て、「あっ、今日か」とか「そういえば昨日だった」なんて言うことも何度もあるが、50代半ばを過ぎると一応 自分の年齢を自覚しないと、ついつい歳を忘れた恥ずかしい行動をとったり、周りの人に迷惑をかけることがあってはならないので たとえ気付くのが遅れても自覚しておく必要はあるなと感じている。

 休日の最終日に少し真面目な話になるが、事業の立ち上げから現在に至るまでの道のりを1年に1回くらいは振り返えらないと 自分にとって都合のいい方へ、何とか楽する、悪く言えば手抜きする方向へ自分自身を導きがちになる。また、何年か経つと当初の緊張感も段々なくなり、顧問先の方や事務所の従業員からそっぽを向かれたりしていないのか、つまり“裸の王様”になってはいないのかと少し心配になるときもある。
 それと年齢が上がってくると人から注意や忠告を受けることもだんだん減ってくるので、ちょっとくらい立ち止まって振り返る日として、年に一回のこの節目の日は、自分にとっては意味のある日である。

 今年は開業以来というか、私が生まれてから最も世界中が激動した年と言っても過言ではないであろう。これはもちろん新型コロナウイルス感染症の影響によるものであるのは誰しも知るところである。
 少し横道に逸れるが、元アスリートの私にとってはインターハイ、国体、そして春、夏の甲子園が開催されなかったことはもちろん人生で初めてのことであるし、スポーツにあまり興味のない方にとっては関心の順位はそれほど高くないかとは思うが、実は私の中では今年の出来事ランキングのかなり上位になるものばかりである。

 話をもう一度元に戻しますが、
 13年前、私が開業した時、一番に目指したのは人の辞めない税理士事務所であった。
 今の時代、転職なんて当たり前かもしれないし、今 勤めている職場に大きな不満がなくともさらに上、あるいは違う方向を目指したい人は当然のことながら次の職場を探すであろう。
 こういったステップアップしたい人は引き留めようがないかもしれないが、もし 何かの不満があって辞めようという人がいれば、その不満の原因を追求することだけは欠かしてはならないし、少し大げさに言えばそれが経営者の責務であろう。
 顧問先の経営者の方から、「やめたいもんは放っとかんとしゃあないで」という言葉を聞くこともあるが、こんな時、「雇われる側だけでなく雇う側にも何かしら原因があるんと違うの」とか「現実から逃げてない?」(これは口にはしませんよ)と思う時もある。
 大企業ならともかく、中小企業の場合、成長と安定のカギはやっぱり“人”であろう。
 このことは 実は経営者の健康状態にも影響を及ぼしていなと思えることもある。人が安定している会社の経営者はいつも健康そうだし、逆に退職者が多く、常に人の募集をしている会社の経営者は体調も今一つで、気持ちの乗りもこちらに伝わってこないことが多い。

 〇周年の話から、経営や人の話にまで飛んでしまったが、これからはこういったこと以外に、コロナの影響をどれだけ食い止められるかということも各経営者の悩みどころであり、腕の見せ所であろう。この全く先の読めない、また経験したことのない状況下での“対コロナ”のキーワードは、「過去を捨てる」、「前例にとらわれない」 ということに行く着くであろう。
 このようなことは、私のような50代以上の人間が一番苦手なことで、口では言ってもなかなか行動に移せないのも事実であろうが、この一年は、「昔は」、「以前は」、「去年は」という言葉をどれだけ口にせずにいられるかが、ある意味 今後を占う意味でも大事なことである。
 そりゃ、前例が通用しない世の中に変わりつつあるのだから・・・。

 今回は日曜日の更新を少しサボって、この連休最終日になってしまいました。
 では、みなさん 明日からまたがんばりましょう。
posted by ヒロイ at 18:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月13日

No697:結婚式も葬式も 何もかもがなくなっていく

 自宅近くの地下鉄松ケ崎駅周辺から北山駅にかけて教会と一体となった結婚式場がいくつも並んでいて、一応 “北山ウェディングストリート” と呼ばれ休日になると駅周辺は結婚式に招かれた多くの若者や親族の方々で賑わうのが通例であった。特に春、6月、秋の休日はそれはもう結構華やかなものであり、近所に居ながらにして関係のない者までも結構ウキウキさせてくれていた。それがこのコロナが身近な所まで迫って来てからは そういった光景はほとんど見られなくなってしまった。
 知り合いのお嬢さんも春の結婚式を秋に延期されたらしいが、果たして秋にできるのかどうか? 3月の初めにこの近くの式場に人が集まっていると 「大丈夫かこんな時期に大勢集まって?」と思いながら眺めていたし、つい先日は10数名の人が式場から出てこられるのを目にし、「これ以上 延ばせないし、身近な親族だけで何とか済まされたのかな?」 なんて考えながら荷物を抱えてタクシーに乗り込む人を眺めていた。
 着飾った多くの人が集う華やかな光景は半年近く見ていないが、今朝 散歩していると家から一番近いパーティー会場であったレストラン(ビルの1F部分)の撤退工事が完了したかのような状態で今までウェディングドレスが中に見えていたウィンドガラスはなくなり、なんと板が張られていた。
 思わず、「えっ?」と目を疑いたくなるような光景であったが、こんなに長い間ほとんど何もなかったら そりゃ結婚式場も持たんわな と妙に納得してしまわざるを得ないこの半年のブライダル事情である。
 式当日の人だけでなく、これから結婚式をする予定のカップルも休日には何組も出くわし、幸せのお裾分けをもらいつつ、私とは全く関係のない二人を見て「今は結婚した人の3割以上は離婚するので、なんとか7割の方に入りや? 」と勝手に妙なエールを送ったりしていた。

 こんなつまらぬ話は別にして、とにかくイベントというイベントは総崩れで、私とて年に数回あった業界や関連団体のパーティーや研修会付の懇親会も全く開催されない状態が続いている。
 また、この間2人ほど知人やその親御さんが亡くなったが、葬式も結婚式同様、親族以外は参列できず、後になって「故人の遺志により〇月〇日 近親者のみで相い済ませました」というお知らせをいただいた。
 コロナとは関係なくとも 最近ではこういった身内だけで済ませる葬式、いわゆる家族葬も多く、これは生前には社会的にも著名であったり、あるいは会社の経営者であったりしてもこのような簡易な身内だけで済ませる葬式をよく目にするようになっていた。
 そしてこのコロナで更に拍車がかかり、もう多くの人が参列する葬式ってなくなるのではなんて思ってしまうし、街中 あちこちにある葬儀屋さんって、経営的に大丈夫なんだろうかとつい余計な心配までせざるを得ない世の中になってきた。
 結婚式は結婚式で幸せそうな新郎新婦やご家族の様子を見ることでこちらまで幸せな気分に浸ることができるし、葬式は葬式で、その亡くなった方の遺影を見ながら手を合わせると、生前の姿を思い浮かべ 感謝したり、反省したり、至らなかって点を心の中で詫びたり、葬式に参列する意味もそれなりにあるものだと常日頃から思っていた。
 ただでさえ時代的にこういった他の人の人生のイベントに巡り合う機会も徐々に少なくなってきていたが、このコロナ禍で益々 拍車がかかってきているというのが実態である。

 こういった冠婚葬祭だけでなく、音楽、演劇、そしてスポーツ等は今や鑑賞や観戦の機会さえもなくなりつつある。
 こんなことを考えていると今までのようないろいろなことが当たり前のように行われていた世の中に果たして戻るのだろうか、あるいは、これからは今のような 自粛と抑制の世の中が続いていくのだろうか? と考えていると何だか落ち込んでいってしまう。

 こういった結婚式場、葬儀屋さん、芸能・文化芸術関係、スポーツ関係の仕事をしている会社も個人はどこまで持ちこたえられるのかなと、今まで考えたこともないことを考えないといけない世の中になってしまっている。
 1、2年後には、「あの時はほんまに大変やったな」と言える日が来るのことを願いながらも全く先が見通せない日々である。
 とにかく みんなが何の心配もせず集える日が来るのを楽しみに毎日を送って行くしかない。
 そうそう あと5日仕事をすれば4連休。休みが多くて何が何だか分からなくなってるけど・・・。
posted by ヒロイ at 21:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月05日

No696:子育てにほとんど参加しなかった代わりに・・

 私には3人の子供がいるが、今から思えば子育てに関してはカミさん任せでほとんど関わることなく3人とも社会人になってしまった。
 この夏には長女も結婚し、家を出たので、今では家にはカミさんと愛犬ぽぽたんの3人での生活である。
 ここでも何度か触れたことがあったが、子育てがほぼ終わったカミさんの関心はもっぱらぽぽたんで朝の散歩から始まり、就寝までべったりである。
 私から見ていると、ぽぽたんの方からべったりなのか、カミさんの方からべったりなのか判断しづらいが、ぽぽたんは長い昼寝とカミさんが事務所にきて仕事をしているとき以外は家の中でもまるで赤ん坊のように後を付け回している。
 朝も夏の間は、私が6時半頃に自分の部屋からリビングに行くと、2人(カミさんとぽぽたん)の姿はなく、既に朝の散歩に出かけてしまっている。
 夜は夜で暑い日が続いているので散歩の時間がずれ込み、遅い日だと6時半くらいから8時過ぎまで散歩に出ており、当然 夕食の用意はその後であるし、私が8時頃に帰宅した時でも家の鍵がかかっていることもある。
 こんな愛犬とカミさんの関係であるが、私も土日で家にいる時は散歩に出かけることもあり、実は週末の楽しみの一つになっている。
 手入れが大変な犬種(ビションフリーゼ)なので基本的には水遊びはさせないようにしているが、先週の土曜日には定番の宝が池での散歩中にすぐ近くを流れている高野川のそばまで行くと 自分から川の方へ走っていき、まるで「入ってええか?」と言わんばかりに何度かこちらを振り向きながら、一目散で川につかりに行った。
 20分近く水遊びをさせた後、カミさんが家でぐちゃぐちゃになった毛の手入れをし、ご飯を食べた後は、なんと今までにないような高いびきで眠り込んでいた。
 今年最初で最後の水遊びで、体もくたくたになるくらい楽しかったのであろう。
 私からはその寝顔が何とも満足げに見え、これって小さい子供といっしょやな とあらためて思った。

 子供が小さかった勤務時代、仕事からの帰りが遅かったこともあり私が帰った時、テレビドラマのシーンであるような子供が玄関まで飛んでくるような経験は一度たりともなかったが、今度は愛犬には出迎えてもらおうと妙な期待を持っていたがそれもなかなか実現できていない。
 カミさんなんか15分程近所に買い物に行って帰ってきただけで飛び跳ねてくっついてこられているが、私の場合、部屋に入ってきても体さえも起こさない。顔をこちらに向ければまだいい方で、目だけでこちらを追っていることもあるし、時には全く無反応の時もある。
 「これって3人の子供たちといっしょやん」と思いながらも、「明日こそは振り向かせるぞ」と妙に意地になったりしている自分に気づくこともある。

 今日は愛犬との何気ない日常を綴ったが、もしカミさんと2人だけだったらもっとギスギスしていただろうし、夫婦間で何かおかしな雰囲気になっているときは、まるで「あんたらいつも言い合いばかりしてたらあかんで」と言わんばかりにじっーとこちらを見ているときがある。
 50代半ばになって初めて犬を飼ったが、近所の飼い主と話していて、ワンちゃんのことを必ず「うち犬は」ではなく、「うちの子は」と話をされるし、「家族4人で」という中にワンちゃんも入っているときもある。
 今まで年賀状の家族欄に愛犬の名前が書いてあるのを何とも不思議に眺めていたが、ここに名前を連ねたくなる飼い主の気持ちも少しではあるが分かってきた。
 いずれにしても人間の心を豊かにしてくれていることには違いない。

 今日は朝に続いて夜もいっしょに行けそうなのでそろそろ準備でもしようかな。
 では、日曜日から月曜日にかけて台風が大変らしいですが、気をつけてお過ごしください。ただ、今日の京都は真夏と変わらないような暑さでしたが・・。
posted by ヒロイ at 17:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月30日

No695:大学生がいなくなった学生の街

 今から7年前の2013年に事務所を丸太町から現在の今出川に移転した。
 どちらも地下鉄の駅から数分の所にあり、駅も一駅違いであるが、今出川に移って丸太町とは随分 街の様子が違うなと思ったのを覚えている。
 丸太町は京都府庁、京都府警それに日赤病院など多くの公的機関があり いわゆる勤め人が多かったが、今出川は駅を上がった所に同志社大学があり、まずはその学生の多さに驚いた。
 大学があるので当然といえば当然のことであるが、何十年も前から大学は同じ場所にあるのに自分が通っていた40年近く前とは別の場所のような気がして妙に新鮮に感じたものである。
 お店も学生の胃袋を満たす牛丼やラーメンの店、おしゃべりするためのカフェ、それに学生にマンションを斡旋する不動産屋など学生街ならではの街の風景がそこにはあった。2013年には法学部や経済学部などの文系学部が京田辺キャンパスから今出川キャンパスへ移転となり、学生も8,000人が移ってきたので特に不動産屋が増えたという印象がある。
 その後、溢れんばかりの外国人観光客はホテルだけでなく近く民泊の利用者も多く、ただでさえ狭い今出川通の歩道部分はキャリーバッグを引きながら外国人が学生の合間を縫って歩くという凄まじい密度の濃い一角となっていた 。
 昨年の秋まではこれにレンタサイクル軍団、特にイスラム系の人が多かったのも記憶に新しい。
 ここに今から7、8ヶ月前の今出川の光景を紹介したが、今では外国人だけでなく学生の姿もほとんど消えてしまったのが今の今出川界隈である。
 コロナの緊急事態宣言の時はほとんどの店が休業状態であったし、解除後に開いた店もあるが なお閉まったままの店もある。
事務所の近くにあり、たまに利用していた定食屋(夜は居酒屋)も店が持ちこたえられないということで9月末で閉店されるようである。

 さてこんな状況ではあるが、いよいよ9月から大学は再開 というのが春先から夏までの大学側の見解であったようだが、現時点ではWebでの授業もかなり残しながらの再開で完全な再開には程遠いような感じである。
 同志社以上に学生数の多い立命館大学では学生のアルバイト先の減少で生活苦に陥り、学生の約1割が退学を考えているというニュースを目にしたが、受験を終え、念願かなって晴れて大学生になったにもかかわらず、大学には春以降一度も行くこともできず去らないといけないなんて、むごい、かわいそうというだけでなく日本の将来にも暗雲が立ち込めるような感じもするこの事態である。
 また、4回生も仮に1年間ほとんど大学に行かずして社会に放り出されることになれば、学生たちは果たして社会人としてやっていけるのだろうかとか、大学生になったばかりの新入生は友達と接することなく5ケ月近くが過ぎているが、まだ大学での友人は一人もできていないなんていう子もいるのかもしれない。特に地方から出てきた人は大学の授業やクラブに行って初めて新しい友達ができるものなのに・・・。私もそうだったし。
 我が家にはもう学生はいないが、もし自分の子供が大学に通っていたら、通常の授業も受けさせてもらえないのに高い授業料を払う側も何ともやりきれない気持ちになってしまうだろうなと 親の方の大学に対する想いも今までとは大きき違ってくるように思う。
 このコロナに関しては、まだまだ先が見通せないし、誰のせいでもないのであたる所がないが、一日も早く日常が戻ることを願わずにはいられない。
今では、「今出川、人が多過ぎるやん。」と不満を言っていたのが懐かしいというか、まるで1年以上も前のことのように思えてくるのも、今の状況に慣れてしまっているからなのかもしれない。
こんな学生街の光景が全国のいたるところで見受けられるのであろうが、非日常=異常が日常になりつつある日本、いや全世界はどうなっていくのであろうか。
全く想像すらできない今の世の中である。
posted by ヒロイ at 11:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月23日

No694:悩まない経営者に明るい光は絶対に見えてこない

 今日も結構刺激の強いタイトルをつけてしまったが、このコロナ禍で多くの経営者が悩み苦しんでいる中、経営に対する姿勢や洞察力(今後を見据えた考え)、それに従業員に対する思いなどは平時より今のような厳しい環境の時の方がかえって経営者としての差が顕著にあらわれるように思う。

 コロナという問題で世間が騒ぎだしてから半年近くが経過していく中で、新型コロナウイルスの感染状況や世の中の動きが好転するのをじっと待っている人もいるし、今回は誰が悪いわけでもなく全世界がコロナに襲われたわけであるから、これを“運”で片付ける人もいる。
 こういった考えも決して間違ったり、歪んでいると言えるものではないが、「何とかならないものなのか」とか「何とか打てる手はないのか、少しでも可能性があれば。」と悩み抜いたうえでいろいろな対応を模索されている経営者もいる。
 最終的に解決に至らなくともこの“悩む”ことが非常に大事で、こんな時 “悩む”ことも経営者としての義務のひとつであろうし、それは決して無駄にはならず、悩んだ分だけ必ず何らかの形で報われるというか、悩んだ分だけ物事が前に進んでいっているように思う。
 この悩んだ人とそうでない人というのは、その差は1年も経てばこれまでの1年以上に大きな差になってくるであろうし、悩みなくして成長なんてあり得ない。
 こういう難しい局面では経営者は次の3つのことに注力することが、難局から這い上がれるポイントのように思う。

@専門的な技術を高めること
・商品のレベルアップ、医療技術の向上、料理の腕前等、自分属する分野の本道にもう一度磨きをかける。最終的には自分が誰よりも優先して選んでもらえるくらい。

A労務管理がきちんとできている
・従業員の協力なくしては何も成し遂げられないと思う。不満や不安がある従業員の意見も顔を背けずに真正面から向き合う。どんな重い話でも逃げては何の解決にもならない。

B事業に関連するあらゆることに関心を持つこと。
・これは好き嫌いを超えてまさにすべてのことに対して、面倒くさがらずにあらゆる情報に目を通し、吸収することである。この中に一つでも二つでも自分の経営に役に立つ話が潜んでいるはずである。

 一人の経営者が@ABの全て成し得るのはなかなか難しいが、できるかどうかということよりもこういったことから逃げない姿勢が大事であるということである。
 中にはこんながっかりするような発言をする経営者もいるので、自分自身の反省も含め掲げておくと(これを読んで気を悪くしている方もいるでしょう、私が実際に耳にした言葉ですから。もし気を悪くされた方がいらしたらお許しください。ごめんなさい)。

・「どうせうちなんかこんなもんでこれ以上伸びないよ。」
・「今の状況は何したっていっしょやし、動くだけ無駄だと思う。」
・「従業員なんていずれ辞めるんやし、必死に守っても仕方ない。」
・「しんどいのは経営者だけや。雇われている身は気楽でええな」

 物事をこのように決めつけてしまえば、開けられる道も開くはずがないが、本来 経営者は従業員が1人でも10人でも100人でもそして1万人であっても常に光のある方へ向かって模索することが求められている。

 経営者自身が自分の非や実力不足を感じたら、こんな時こそ それを素直に認め、次への道を見つけ、絶対に現実逃避をせずに向かっていくことが必要である。
 今、悩んでいない経営者なんてどこを探してもいないはず。悩まない人間には絶対に光は差しませんから。
 最後に経営者は絶対に人のせいにしてはならない。これはすべてにおける鉄則です。
 
 重い話ですが、これくらい真剣に考えないと目の前の難局はそう簡単に乗り越えられないと思います。
 もう一度言います、どんなことも絶対に避けてはなりません。
posted by ヒロイ at 23:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする