2019年03月17日

No620:毎年 春を感じるのはこんな時

 我々の業界にとっても我が事務所にとっても1年の最大のイベント?でもある所得税の確定申告が先週 3月13(水)に全件の電子申告を終え、翌日に所内全員(私は役目免除)での書類整理、倉庫の格納をもって 確定申告の全業務が完了した。
 14日(土)は確定申告期間中、どうしても時間がとれず面談ができなかった人との面談はあったが、今日(日)は、我が家の大事な大事なワンちゃんの散歩は昼前と夜の雨の止んでいる時間を選んでブラブラしてきたが、それ以外は久しぶりにどこにも出かけず一日中 家で過ごした。

 家にいたからといってあまりゴロゴロするのは好きではないので、この2ヶ月ほとんど寝るためだけで整理もしなかった自分の部屋の片付けをしたり、いつかは見たいと思っていた軽めの雑誌に目を通したりしていた。
 18日(月)からは、スケジュールを見ると事務所の外勤部隊のほとんどが、かなりの外出予定を組み込んでおり、実は3月末までは結構バタバタする日が続きそうである。とはいってもこの仕事をしていると、確定申告が終わる頃には日も段々と長くなり、服装も冬物から春物へのチェンジを考え出すという、毎年恒例のこととはいえ心のどこかに春の訪れにワクワク時期でもある。
 
 事務所が同志社大学の近くにあるのでこの時期になると卒業生や新入生の動きが否応なしにも目に留まる。
 2月の入試に頃は少し賑わうが、最近は以前ほど受験生が押し寄せてくる感じがしないなと思って大学入試のページを検索してみると、それもそのはず、京都の本拠地を含めると全国で17ヶ所も受験会場があり、ちょっとびっくりした。
 北は札幌から南は鹿児島まで受験地が用意されているのは受験生と親にとっては、移動距離の少なさと費用の軽減という点で非常に助かる措置であろう。
 国公立大学は本校での受験に限られていると思うので、私立大学は学生集めという経営努力も今の時代、不可欠なんだなと感じさせられた。今週は卒業式が組み込まれているはずだし、4月になるといよいよ入学式で、今出川駅周辺が人でごったがえす時期でもある。
 引越しもこの時期ならではの多さで、こういった人の動きからも春を感じる時期でもある。
 ここで、こんなことを言うのもどうかと思うが、私どもの顧問先の方の子供さんも多くの受験生がいらっしゃるが、全ての人が思い通りに進学ができているかというとそうでもなく、浪人される子供さんを抱えておられる親御さんの胸の内を思うと、「春は楽しいシーズン」なんて浮かれているのもどうかと思ってしまうこともある。

 そういう意味ではいろいろな思いを持つ人が入り混じる季節でもあるが、春がそこまで近づいていることには違いない そんなことを感じる3月の後半である。

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2019年03月10日

No619:今では懐かしい “おせっかいな人”

【おせっかい】 出しゃばって、いらぬ世話をやくこと。また、そういう人やそのさま。
  ◆類語:口出し、手出し、ちょっかい、干渉
  ◇関連後:干渉、容喙(ようかい)

 上からも分かるように“おせっかい”という言葉は、辞書によると何ひとついいことが書かれていないが、それほど悪一色なのだろうか?
 こんなことを言っている時点で自分のおせっかいの性格を一部肯定したがっているのかなと自分自身少しいやな気持ちにもなるが、子供たちが小学生くらいまではちょっと口出しをした時なんかは、「大きなお世話」、「放っといて」という態度をとられたこともあったが、3人とも成人した今では、口をはさむ場面さえないし、東京にいる2人の息子にいたっては、年に1、2回しか会わないので、口をきくのも限られたことだけである。
 
 子供が小さい頃住んでいた向かいのおじさん(当時70代)は、私が仕事から帰ってくると家の前で水やりをしながら、「今日は奥さん、6時頃 買物から帰ってきはったで」とか、「今日はお姉ちゃん(長女)の友達が来て賑やかだったわ」等、私がバイクを置いて家の中に入る前に別に教えて欲しいわけでもないのにその日の廣井家の様子を誰よりも早く知らせてくれた。今から思えば一種のおせっかいだったのかもしれないし、人によっては、「そんな解説 わざわざして欲しないわ」と思う人もいるだろうが、これって一種の近所とのコミュニケーションであって、こういった何気ないやりとりで距離が縮まったりすることだってある。
 私が社会人になって働き出した頃は、隣に座っていた女性の上司からは、どこにも書かれていない職場の“暗黙のルール”を教えてもらったり、カミさんの体の調子が悪かったときは、近くに住むパートの人が まだ幼かった私の子供を仕事が終わるまで預かってくれたりとおせっかいどころか、どれだけ助けてもらったことか。
 ただ、こういったやり取りをしていた時から既に25年近くが過ぎ、時代は大きく変わってきたような気がする。親切かなと思って思ってしたことを迷惑がられたり、街中では前を歩く人が手袋を落とされたので拾って渡した時、睨まれたことだってある。
 今の時代、一歩間違えば嫌がらせをされたり、場合によっては殺人事件にもなりかねないような世の中になってきた。
 まだ、私が若かった頃に親から口出しされたようなことは、今の時代では“おせっかい”なのだろうが、親の方は何一つ悪気もなかっただろうし、うまくいくようにと思っていろいろと言っていたんだなと今になって思うことはいくつもある。

 もう、“おせっかい”が世間でいいようにとられる社会はこないのかもしれないが、“おせっかい”を受けたものとしては、最初の辞書にこんなことも付け加えて欲しい気持ちにもなった。
 “おせっかい”は悪いように言われているが、後でハッと気づいて助かったこともある という意見を持つ人もいる。
 ただ、私自身 他人へのおせっかいは禁物であることは肝に銘じておかなければならない。
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2019年03月03日

No618:ブームに乗らない経営、ブームが去っても続けられる経営

 経営者の方と話をしていると自分の会社の柱となる本業についてとことんまで掘り下げ、何があろうとも本業で勝負しようとしている人もいれば、いつも自分自身がアンテナを張りながらいい話があればちょっと乗ってみようかなと思っていて、たまに会うと「なんかええ話ないですかね」が口癖のような人、 どちらがいいかどうかは別にして第三者的にはどちらも魅力的であり、かつ、どちらもリスクを抱えておられるなと思って見ている。
 この仕事をしだして間もない頃、つまり今から30年近く前になるが、30代半ばの若い二代目さんが、ある程度の資金をお持ちになられている親から「なんか新しいことをやってみたら」と後押しをされ、本業以外の商売に手を出され、自分自身ではきっとうまくいくはずだ と私にそのビジネスモデルについて熱く語られたこともあったが、やることなすこと何一つうまくいかず、最後はある駅前の一等地も手放され、確か丹波の方へ家族ごと行かれたと後で聞いた。
 新しい事業に手を出すことが決まった方の中には、こういった事業の開拓は運にも左右されると思っている人もいるかもしれないが、私は事業、特に新しい分野への進出は決して運に左右されるような軽々しいものではないと考えている。
 その分野を深く知ること、そしてその事業に入り込む前に外からもその分野の研究を重ね、過去、現在、そして未来がどう動くのか、周りの人間がどう反応するまで自分なりに組み立てられてこそ初めて、新しい事業がスタートラインに立てるものと考えている。
 
 過去において(もちろん顧問先以外も含めて)カラオケスピーカー、ペットの葬儀、ドッグカフェ、健康借品、レンタサイクル、民芸家具、それに食べ物では百円ケーキなどいろいろなものを見てきたが、私が思い浮かべたところ、今も続いているところはほとんどない。
 1年くらい前、 事務所の近くで立ち飲み屋ができ、私自身は立ってまでお酒を飲もうとは思わないので行ったことはないが、日のよっては結構賑わっており、2年後、3年後、ビジネスとしてどうなっているのかちょっと注目しているスポットである。
 事業というのは単一商品や単一分野だけで勝負することのリスクはあるが、まずは“これ”とよべるもので客や得意先を引き付けられないようでは、第二、第三のものでも勝負はできないであろうし、長続きはしないであろう。
 私が学生時代の頃からあった今出川界隈の“童夢”というケーキ屋さんは今でも残っているし、これまた学生時代にケーキとスパゲティーを食べに行ったセカンドハウスという店は今ではいくつも店を出し、北山店はうちの娘のお気に入りの店でもある。

 少し話が別の方向に行ってしまったので元に戻すが、事業はまずは揺るぎない本業があって初めて、次なる分野へ手を出せるというものであろう。
 それには、世間でブームと言われているからとか、儲かった人の話を聞いたからとかではなく、まずは自分がその分野に惚れ込むほど大好きで、誰にも負けないくらい知識を身に着け、そして、自分以外の第三者から(厳しめに)みても問題なくGOサインが出てはじめて、スタートが切れるということであろう。
 最近、私の知っている若い経営者の方が、「〇〇が今ブームでいいらしい」と言ってその分野に手を出そうとされているが、そんなに研究不足のまま手を出していいの?  と傍では見ているが、このブームというものにいったん入り込んだ人というのは人に耳を貸さないような状態に陥ってしまう。
 決してブームを否定するわけではないが、そのブームや当初の珍しさによる賑わいが去った後も 「あいつは違う」、「あの店は違う」と思ってもらえればそれは実力になってきているのであろう。

 客や得意先、そして一般の人たちは、今や経営者以上に本物を見極める力を持っているということを肝に銘じて新しい分野に取り組んでほしいものである
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2019年02月24日

No617:今、確定申告が“旬”です

 税理士事務所は今、個人の確定申告が“旬”の時期であるが、我が事務所も1月後半から3月の初旬まで約1ヶ月半の間 確定申告業務にどっぷり浸かっている。こんな中で ちょっと手と頭を休めて、確定申告について思い出話も含めて綴ってみることにする。

 今から30年以上前、私がこの業界に入った頃は、最後の集計はパソコンでも電卓でもなくそろばんを使う年配の上司の人がいたし、パソコンは一人に一台ではなく、入力作業の時だけパソコン室(当時は確か“コンピューター室”と読んでいたと思うが・・)にこもって入力作業をするという、今から思えば信じられないような作業工程であった。
 決算書や申告書も最初の2、3年は手書きで作成していたので、出来上がったら税務署提出用の用紙に清書(浄書)をしてくれる字のきれいな女性の人(近所のおばさん)もこの時期だけ手伝いに来られていた。
 こんな時代から思えば、一人に一台のパソコンは当然で、計算は会計・税務のソフトを使って行われるし、申告も税務署へ出向くことなく、私のパソコンから電子申告を行うことによって、全国どこの税務署にでも瞬時に申告が可能である。また、ありがたいことにこの時期の電子申告は曜日に関係なく24時間受付可能となっているので、曜日や時間を気にすることすら必要でなくなってきている。
 なのに、この時期 残業なしでは乗り切れないし、なかなか落ち着いて体を休めたり、食事をとったりする時間はないというのが現状である。

 現時点では今年の確定申告業務が終わったわけではなく、今真っ盛りという状況であるが、今年は、よくよく考えてみると昨年、一昨年とは大きく違うことがある。それは天気に恵まれていて、ほとんど雪が降らずにこのまま冬が終わるかもしれないということである。
 京都府や滋賀県の北部、それに福井県と雪のよく降る地域に多くの顧問先を抱える我が事務所としては、この時期には常に天気予報を気にかけながらスケジュールを立てたり、出かけたりしなければならないが、今年は今のところそういった心配をせずにこの2月の後半までやってきた。
 これから先一週間の天気予報でも気温が14〜15℃と比較的過ごしやすい日が続きそうで、天気のことはあまり気にかけずにここまできたが、実は目に見えない大きな援護射撃になっているような気もする。
 車での外出はもちろんのこと、電車で出かけるときも雪の舞い散る中を出かけるのと、コートを着ていて多少暑くなる今日のような日とでは、気分だけでなく事務所の帰ってきたときの疲労度に大きな差がある。
 今、仕事の合間ではあるが、コーヒーを飲みながらこんなつまらぬことを考えるのも、短時間であれば、気分転換になったり、疲れを癒してくれたりするものである。

 今日は確定申告の折り返し地点でふと考えたことを綴ってみた。
 月曜日からはここまでに仕上がった決算書・申告書の報告のために事務所の多く者が外出する予定となっているが、何とかここまでこぎつけられているのは、事務所のスタッフの慣れたスケジューリングと無駄のない要領のよさのお陰であるのは言うまでもない。
 あと2週間、何とか問題なく、最後までこぎつけられることを願いながら、いったんこのコーナーを閉じて、本業に戻ります。
  では・・・。
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2019年02月17日

No616:ぽぽたんのお父さんなんですね

 この時期になると平日はもちろんこと、休日でも我が家のワンちゃんを散歩に連れて行くことができず もっぱらカミさんの日課になっていたが、昨日(土曜)の午前中 少し時間がとれたので私自身の運動不足解消も兼ねて、ぽぽたん(ワンちゃんの名前)を連れて宝が池まで1時間半程 散歩に行ってきた。
 普段、夜 遅く帰ると近づいてきて飛びかかってくることもあれば、お決まりの場所で気持ちよさそうに眠っていて、ちょっとした私の物音に、「こっちは寝てるのに、静かにしてくれる・・・。」 と言わんばかりに身体は動かさず薄目で私の顏を一瞬チラッと見て、また、目を閉じて眠ってしまうこともある。

 以前、このコーナーでも触れたが、私自身は今まで50数年間、金魚と亀くらいしか生き物を飼ったことがなかったので、動物を飼う人の気持ちがあまり分からないままこの歳まできてしまったが、こんなに癒してくれるんだ と今さらながら自分の気持ちの変化に驚いている部分がある。
 カミさんがあちこち連れまわしているので、宝が池、植物園周辺、加茂川、北山通、そして家の周りと それぞれの場所ごとにワンちゃん友達がいるようだ。
 昨日も宝が池の周りを連れて歩いていると、「ぽぽたん 久しぶり」、「ぽぽたん、女の子らしいおべべ(服)を着せてもろて」と何人かの人に声をかけられ、「今日はお父さんとまわってるんか」と 顔は何度か見たことがある人だが、人間同士はお互い名前も知らずに(聞こうともされないが)、もっぱら私のことは“ぽぽたんのお父さん”という呼び方で接してもらっている。
 私は思わずしゃがみこんで、「ぽぽ お前はどこへ行っても いっぱい知り合いがいて有名人(犬)なんやな」とワンちゃんに話しかけた。
 こんな経験 今までしたこともなかったし、私がランニングをしていた頃 いつも会う人にはお互い横眼であいさつしたり、走りながら軽く手を挙げたりはしていたが、このペット(ワンちゃん)を飼う人同士の気持ちの繋がりというのは、近所や知人そして仕事や親戚等 今まで経験してきた人の繋がりとは全く違うもので、まさにしがらみにとらわれない “素”の自分を出せるなかなか貴重な世界である。

 私は疲れている時、真っ白なぽぽたん(犬種はビションフリーゼ)の横に寝転がって無理やり鼻をつまんで、「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」とまるで幼い子供が聞くようなことを口にしているが、ぽぽたんはさぞ迷惑そうな顔で私の顔とじっと見ている。
 ワンちゃんにとっては、いやなのかもしれないが、言葉で「いや」とも言えないし、また 他のやりとりで人間から見るとすごく喜んでいると思っていても、「あんたらが考えているほど、うれしいことではないんやで」と思われていることだってあるのかもしれない。
 ある程度 ワンちゃんの態度で分かるとはいうものの、人間と違って本心が100%分からないところにワンちゃんをはじめとしペットを飼う魅力があるのかもしれない。
 日頃の私からは想像もつかない態度かもしれないが、それくらい損得や見返りの期待なしでいっしょにいられるのがペットであると この歳になってやっと気がついた。

 ワンちゃんにとっては迷惑な話かもしれないが、今晩も家に帰ったら鼻をつまんで、「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」と話しかけ、疲れを癒してもらおうと思っている。
 いいでしょ、このフレーズ(何度も言いますが)「ぽぽたんは全部真っ白なのに、何で鼻だけ黒いの?」
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2019年02月11日

No615:いつも同じ人がいる安心感

 日々の仕事の中でいろいろな分野の人と関わる機会があるが、「担当が変わります」と、新旧の担当者がそろって事務所に来られ、名刺を差し出されることがある。
 一番多いのが金融機関の方で支店長が交代される時もあれば、当事務所の担当者が変更になる時もある。それ以外では保守契約を結んでいるコピー機の会社、リース会社、生命保険会社など担当者変更についてすぐにでもいくつかの分野や会社が頭に浮かんでくる。
 こんな時、担当者とどうもウマが合わないときは変更になってホッとすることもたまにはあるが、どちらかいうと、「今までの人とは波長が合ってよかったのに」と、がっかりしたり、また新たな関係を築いていかなければならない煩わしさに気乗りしないことの方が多い。
 今回は、この“人(担当)が変わる”ことについて考えてみることにする。

 大きな会社や組織であれば、支店や部署も変わらずに同じところでずっと働くということはほとんどなく、2、3年に一度は転勤や配置転換などがあるが、これは会社の営業戦略やトップの方針の変更によって 必要不可欠であると思うし、人心一新による効果、つまり、働く者にとって新たな気分で物事に取り組むということの意義も当然のことながらあるといわざるを得ない。
 同じ会社内での異動やグループ会社へ転籍にとどまらず、勤め人が自ら会社そのものを辞めて他の会社や他の仕事に転職することもある。

 今回、私が話題にしたいのは大きな会社や組織ではなく、クリニックの受付や小さなお店の店員さんなどもっと身近なところの例である。
 年に何度か通院するクリニックで受付の人が変わらず、いつもにこやかな同じ人がいることの安心感というのは そのクリニックの院長が思っている以上に患者さんは感じていることであろう。
 患者という立場ではないが、私が仕事で訪問する先も よくもこれだけ人の入れ替わりがあるなと感じるクリニックもあり、「あれっ、又 変更? 退職?」と心のどこかに不安な気持ちがよぎるが、これが患者さんであれば、私の何倍もの不満や不安が頭をよぎるであろう。

 もう一つ別の例であるが、もっと身近なところ、実は事務所の隣にあるコンビニでも同じようなことを考えることがある。
 もちろん、曜日や時間帯によって学生をはじめいろいろな方が働いているが、そのうち店長以外ではずっと変わらず働いて、レジを打たれている2名の女性スタッフがいる。
 私の場合、このコンビニを利用するのは週に2、3回であるがこの2人がいるときにあたるとなぜか得した気分になる。非常に慣れた手つきで要領よくレジを打ち、商品の温めなども素早くこなし、多少レジを並ぶ人が多くてもあっという間に待つ人はさばけてくるので見ていても何とも気持ちのいい。
 慣れた人が長く働いていることは、辞められた時の穴埋めができるのかとか、給与(時給)の引き上げはどこまで必要なのかなど、別の観点から考えると経営上の検討課題がないわけではないが、顧客に与える満足度には大きな差が出てくる。
 これは転勤や転籍を伴わない中小企業であれば非常に重要なことで、少し大げさかもしれないが、最後はこういった患者や顧客の心をつかんだところが生き残ってくるのではなかろうかと思ってしまう。
 今の時代、働く人の考え方も人さまざまで、従業員の労働環境を整えるのは非常に難しいことかもしれないが、人の使い方、人の気持ちの読み取り方を考えるという点で、経営や人事において少しは参考にしていただければと思っている。

 先述の事務所の隣のコンビニの話でも、地下鉄の駅から事務所まで2、3のコンビニがあるが、ついつい慣れたところで慣れた人に対応してもらう方が気持ちがいいので、どこにも立ち寄らずにいつも隣のコンビニに入ってしまう。

 みなさん 今回の話 どう思われます?
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2019年02月03日

No614:開業当時のことを思い出させてくれた古い通帳

 先日、仕事を終えて家に帰ると、食卓の片隅に輪ゴムで止めた古い通帳が20冊近く置かれていた。
日頃通帳を手にしない私でも、その通帳を見るなり それが廣井事務所のメイン口座の通帳であることはすぐにわかった。
 現金や預金の入出金の管理は、開業以来 素人ながらも一応経理を預かるカミさんの仕事であり、私は取引が会計データとして入力されたものを入金はもとより、大きな出金や残高の確認のためにパソコンの画面で目を通し、資金の動きを把握している。
 実は、この通帳以外にも前の勤務先から給料が振り込まれ、今でも住宅ローンが引き落とされている いわゆるプライベート口座で、今では見かけないような古い図柄の通帳も何冊か置かれていた。
 私が夕食を食べ終わってホッと一息ついていると、同じ部屋にいたカミさんが、『通帳の数が増えてくると置場もなくなってくるので、もし、保管せずに処分していいのだったら教えて? どれくらい古いものまで置いとかんとあかんのやろ。』とこちらを向いて、通帳が食卓に積まれている理由を説明してくれた。
 平日は仕事が終わって家に帰ってから古い通帳を見る気にもなれず、事務所の休みの日に通帳の中を確認し、残すものと廃棄するものに区分していった。
 この中には事務所開業当時の平成19年(2007年)夏に開設した事務所のメイン口座の通帳があったので、懐かしい思いでこの通帳を開けると、何ともヒヤヒヤ・ドキドキするような数字がたくさん並んでおり、思わず食い入るようにその通帳の数字を目で追っていた。
 通帳には、「〇○さん給与」、「〇○医院(最初は顧問料を個別に振り込んでもらっていた)」、「アスクル ロッカー代」、「コピー機リース料」、「封筒・名刺代」、「HP作成料」、「借入」、「家より補填」等、カミさんが鉛筆で書きこんだものがそのまま残っており、その後のページを見ると、年末には給与と賞与が払えず、また「借入」が必要となった11年前の開業当時のことがいろいろと思い出された。
 社員も2人であとは私とカミさんの計4人で全業務をこなしていた、というよりまだまだ仕事が少なく余力があったのを覚えている。
 初めてパートを採用する時には、給与払っていけるのかなと、今も在籍しているO君と時間をかけて検討したのも ついこの間のように思い出された。

 その後、少しずつではあるがいろいろな方からの紹介で顧問先が増えていったが、当時は毎晩寝るときに目を閉じて、新しく顧問先になっていただいた方の名前を呪文のように唱えながら眠りにつくという妙な習慣ができていた。新顧問先1件目からはじまって、その後 20件目くらいまでは、顧問契約を締結した順にその院長や経営者の顔を毎晩思い浮かべながら、この呪文を繰り返しながら眠りについていた。
 昨日、たまたま郵便物に切手を貼るために事務所の切手BOXの中を見ると、大きさの揃った切手がきれいに保管されていたが、開業当初は、カミさんが金券ショップで1円でも安い切手を買ってくるので、どちらかというと大きさが不揃いな記念切手ばかりで、今から思えば何とも格好の悪い 切手だらけの郵便物をだしていたなと思わず頭に手をやって当時のことを懐かしんだ。

 決して 今心配がなくなっているわけではないが、11年前のこの気持ちを段々忘れかけてきているのも事実であったので、カミさんから頼まれた古い通帳の整理は、私にとっては結構 意味のある、心にずしんとくる作業であった。
 整理が終わって、積まれた通帳を眺めていると古い通帳が私に向かって、「初心忘れべからず」、「ええ気になるなよ」とつぶやいているような気にもなった。
 そんなことで、古い通帳の置場として場所の確保は必要であるが、決して置いておく所が全くないわけではないのでもう少し置いておくことにした。

 今回は人からのアドバイスではなく、通帳からアドバイスと叱咤激励を受けたという貴重な体験であった。
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2019年01月27日

No613:学生と話をすると気分が若返る

 昨日は出身大学 体育会OB会の総会と この1年間で活躍した選手の表彰式を兼ねたパーティーがあり、一応 陸上競技部OB会の役員もしているので例年のこととはいえ参加してきた。
 50近い全クラブのOBと表彰を受ける選手 計780人が集う大掛かりなものであったが、クラブごとに席が配置されていたので、OBだけでなく この日に表彰を受ける現役の陸上部の部員5名ともいろいろな話をすることができた。
 日々は“ビジネス”というくくりの中での顧問先や税理士同志と話す機会が多く、それ以外では家でのたわいもない会話をするくらいであるが、パーティーとはいえこういった機会に現役学生と1対1で話をしていると自分まで若返ってくるようなそんな気持ちにもなった。 事務所が今出川にあるので、毎日のように学生の姿は多く見かけてはいるが・・・。
 この日、私の隣にすわった3回生の砲丸投げの選手が兵庫県豊岡高校卒だったので、日本海側の出身者同志 高校まで過ごした丹後、但馬地方の話で盛り上がった。 
 『今日は朝から雪が降ってましたが、こんなの雪のうちに入りませんよね。』、『豊岡が兵庫県であることを知らない人って結構いるんですよ』と地元のことを交えた話に花が咲き、私も新入生の頃、関東出身の友人に、『京都府が日本海に面してたなんて、廣井の話を聞くまで知らんかったわ。』と言われたことを思い出した。
 こんな話をしたり、他の現役学生とも大学生活のいろんな話を聞いているうちに2時間があっという間に過ぎたが、こういう日頃接する機会の少ない年代の人たちと話をするのって本当に楽しいものである。
 私の子供も3人とも20代ではあるが、東京にいる2人の息子は年に1、2回しか京都に帰ってこないので話をする機会さえ少なく、この日の会話がその代わりのようにも思えて余計に楽しく感じたのかもしれない。。   
 また、陸上部OBの中には80歳を超えた大先輩も出席されていた。自分の親と同年代なのに誰かに連れてきてもらうわけでもなく、30分以上かけ電車を乗り継いで一人で来れるなんてすごい と思わず感心したりしていた。
 この先輩は京田辺に学生マンションを所有されているが、『まだ自分で帳簿付けて、税理士さんへ渡してるで。もうちょっと(あと数年)できそうやわ。』とその健在ぶりに耳を傾けていた。
 こうして私の子供や親と同年代の人たちとテーブルを囲み、食事をしながら話をするのはそうそう機会のある話ではないし、1年に1回とはいえ貴重な時間のように思えた。
 1月も残り少なくなり、いよいよ我々の業界で超繁忙期となる2月に突入しようとしているが、その前の気分展開と活力の充電にはもってこいのパーティーであった。

 昨日に引き続き、今朝も目をさましカーテンを開けると妙法の山が真っ白で何とも寒い朝であったが、冬は寒くならないと身体もピリッとしないし、やはり冬は冬らしい方が頭も冴えるような気がする。
 これから約1ヶ月半、30代や40代の時と同じことはできないぞ と自分に言い聞かせ、しっかりと自覚しながら病気やけがをせずに乗り切っていきたいものである。

posted by ヒロイ at 17:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

No612:人を採用するときのポイントは?

 先日、開業間もない女医先生から、『追加で人を募集するけど、面接時に気を付ける点はどんなところですか?』 という問い合わせがあった。
 この質問は他でも年に何回か受けるがなかなか難しい問題である。
 私も顧問先の採用面接に立ち合ったこともあるし、事務所の従業員の採用面接も何度もしたことがある。
    この時、看護師とか歯科衛生士というような業務の遂行上、資格が必要な時はその資格は当然のことながら必須であるが、公的な資格が必要でない仕事も世の中には数多くある、というか、多くの仕事は資格でなく、個人の能力や実務経験の方を重視している仕事や事業所も多く存在している。
 もちろん業務を遂行していく能力を見極めることは必要であるが、多くの経営者(開業医も含む)はその能力やいわゆる「できる仕事の範囲」に重点を置き過ぎ、人そのものをじっくり見れている経営者は意外と少ないように思う。
 私自身も今まで採用してきた人が全て申し分ないかというとそうではないが、少なくとも今 在職している従業員については、誰一人として欠けてもらっては困る人ばかりである。

 さて、元々の質問である 「面接時の注意点」という論点に戻すが、私は一定のレベルさえあれば、次のことに絞って最終判断を下すことにしている。
 “素直な人”、“向上心を持っている人”、“協調性のある人” この3つさえあれば入社後、絶対にものになると確信している。
 ただ、この3点を備えている人にいつも巡り合えるかというとそうでないこともあるが、あと1つ重要視していることは、“入社後 いっしょに働きたいと思う人”、これは絶対に譲れないことであろう。
 たまにこんなことを口にされるクリニックの院長のがいる。それは、「問題の多い〇〇さんは困ったもんで、私自身もすごくストレスで、週2日勤務の〇〇さんがいる日は朝からブルーなんです。朝、出社拒否っぽくなってしまうんです。」
 これって経営者として最低。自分で採用したにもかかわらず、問題があることについて院長自ら身を乗り出して解決するわけでもなく、いやなことは避けて通る、こんな姿勢ではいい従業員なんて育つはずがないと思う。
 私も今まで事務所で採用した全ての人が問題がなかったわけではないので偉そうなことは言えないが、多くの経営者を見ていると、「人の振り見て我が振り直せ」と考えさせられることもしばしばある。
 今後、科学技術が進歩し、AI(人工知能)によって世の中が動かされるようにも言われているが、まずはどんな人を確保し、どんなことをしてもらうかをしっかり考えることが事業の浮沈を大きく左右することは、過去や現在だけでなく、今後(未来)においても変わりはしないであろう。
 以前に担当していた会社の社長が、面談のたびに 『うちの社員はほんまにパッとせん奴ばかりで・・・』と口にされていたが、聞く私の心も沈んでいくし、ここで働く従業員は毎日、こんなことを思われている経営者の元で仕事をしていてつまらんだろうなと思ったことがある。
 私は仕事柄多くに経営者と話す機会があるが、10数人の従業員に囲まれて仕事をしている私自身が自問自答しながら、自分の足りないことの多さを日々痛感してはいるが、まずは迷走だけはせず前に進んでいくようにしている。
 経営者とは上に立ち過ぎるのはよくないし、かといってフラット過ぎてもよくない、この答えはいつになっても見いだせない。それほど経営者の立ち位置は難しいものである。
 こういったテーマは永遠だからこそ、どの経営者も来る日も来る日も仕事が続けられるのかなとそんな風にも考えられる。

 日曜日の夜も8時を過ぎたので、今日はこの辺で・・・。
posted by ヒロイ at 20:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月13日

No611:くたばれ 読売ジャイアンツ

 まず、書き出しに際してジャイアンツ(巨人)ファンの人ごめんなさいと言っておく。こんな場で自分の意向だけで一球団を攻め立てることを。

 久しぶりに私の大好きなスポーツの話題を、しかも、ここしばらくマスコミでもとり上げられている巨人から西武へ移籍する内海哲也投手と同じく巨人から広島への移籍が決まった長野久義選手 この2選手と巨人という球団について私の思いを述べさせてもらう。
 まず、この話は勝たないといけない巨人という球団だからこそ起こった話であるかもしれないし、スポーツの世界、勝負の世界に人情というものがあってはならないのは分からないでもないが、選手たちは誰のためにプレーするのかを考えてみることも球団を預かる上層部(球団経営者)にとって重要なことではないのかなと思ってしまう。
 巨人を出ていくこの2人のことを調べてみると3つの共通点がある。
 一つ目は、プロ野球のドラフトで巨人入りを熱望していながら、他球団から指名されたために入団を拒否してプロ入りせずに、次の年のドラフトで巨人が指名してくれるまで待った選手である。しかも、長野にいたっては2回もドラフトのくじで外され2年も待って念願の巨人入りを果たした選手である。
 二つ目は、数年前までは成績面では巨人の核となる選手で、いわゆる花形選手であったが、ここ数年、往年の成績には遠く及ばない成績しか残していないという点。
 三つ目は、熱いハートを持っている選手ということであろう。長野は巨人の多くの若手選手から人望があったと伝えられているし、長岡京市出身の内海は自分の稼ぎから母子家庭で育ててもらった母親に一軒の家を買ったという話が残っている。
 こういった選手をよくもまあサッと出せるな巨人軍 と言いたくなってしまう。

 プロ野球選手といえども一人の大人として あるいは一社会人として誰のためのプレーするのかを考えてみたときに、まずはファンのため、家族のため、そして自分の所属するチーム(球団)のため、この三つが基本となるであろう。
 プロ野球選手でなく一般の社会人の場合を考えてみても、顧客のため、家族のため、そして会社のため ということと置き換えられるであろう。
 このファンと顧客が何よりも優先されるというのは、やはり顧客やファンに支えられているからこそ今の自分があるからということがわかっているからであろうし、誰しもが一番やりがいを感じる部分あろう。
 ちょっと話が横道に逸れるが、今の日本の政治家はこの三つのどれにも属さない”自分のために”というある意味 自己顕示欲と名誉のためだけに議員をやっている人がかなりの割合でいるように思う。だから日本の国や政治はよくならないのであろう。
 
すみません 話をプロ野球の方に戻すが、
 これは巨人だからこそできること、かつ、巨人しかできないことであろう。
 どういうことかというと、数の上でも過去の栄光の歴史の上でも圧倒されるようなファン層に恵まれている巨人は何をしてもファンが離れないという自信があると同時に、絶対に勝たなくてはならないという宿命的なもの  この両方を持ち合わせている それが巨人という球団である。

 実は私はもともと阪神タイガースのファンであったが、10年近く前から毎年繰り広げられる人事のバタバタ劇に嫌気がさし、本気で応援する気にもならなくなっているし、アンチ巨人だけは子供の頃から現在に至るまでずっと続いている。こんな私が今年のプロ野球で期待している筋書きはこの2つのどちらかである。
@ 巨人から広島へ移った長野が大活躍して広島が優勝し、巨人が補強(獲得)した丸、炭谷、岩隈、中島の4選手が全く振るわず、Bクラス、できれば最下位になり、原監督が1年で退任(クビ)となる。
A 一応、巨人が日本シリーズに進出し、西武と対戦するも、巨人から移籍した(放り出された)内海が巨人をきりきり舞いさせて、ヒーローインタビューで「巨人さん、私を西武に出してくれてありがとう」というコメントをする(内海も大人なのでこんなことは言わないだろうが)。

 こんなバカげたようなことを考えながら、今年のプロ野球を追っていくのもまた別の意味で楽しみのひとつであろう。
 私にとっては何年かぶりに開幕が待ち遠しい今年のプロ野球となった。
posted by ヒロイ at 23:00| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする