2020年03月22日

No672:“無利息融資”の恐怖

 まだ収まる気配のない新型コロナウイルスの感染拡大である。
 日本政府は“拡大”という言葉を使うことを躊躇しているようにも思えてくるが、まだ収まったと言える状況ではないのは日本国民の誰しもが思っているはずである。
 感染拡大とともに深刻な状況に陥っているのは日本経済(もちろん世界経済も)であり、景気の後退なんて生半可な言葉ではなく、景気だけみてみると危機的状況が近づいているとさえ感じることもある。
 今回の新型コロナウイルスの感染拡大の影響をもろに被っている企業の業績落ち込み幅は当初の予想を大きく上回る数字になっている。
 事業規模の大小を問うことなく、当事者である経営者の方に対して大変 失礼な話をするが、ここまでコテンパンにやられた後の対処方法は、
 @何とか自前の資金力でこの難題を乗り切る
 A緊急的に借りれるお金は借りて、当面の資金繰り悪化を乗り切る
 B傷口が大きくなる前に自ら廃業する  
 Cやむなく倒産
 が考えられるとあるとある雑誌には書かれていた。
 B、Cは避けられるものなら避けたいが、悲しいかな こういった最悪のシナリオしか残されていない経営者もこの騒ぎの後いくつも出てくるであろう。
 ただ、何とか事業は続けられたとしても Aの融資を受けた企業は、今度 長年にわたって元本返済に苦しみ続けないといけないという状況に陥ることも想定される。
 私も住宅ローンをはじめとし、事業用資金の借入もお世話になったことがあるが、借りるときは、「少しでも低い金利で」とまずは金利に目をやるが、いざ借りて返す段になると、金利のことだけでなく、延々と続く元本返済に参ってしまう。つまり企業の体力の消耗の根源になることだってある。
 そういう意味で、今回 事業を継続するために無利息融資制度を利用し、融資が受けられたとしも、“無”はあくまで利子であって、元本の免除があるわけではない。
 このことをしっかりと肝に銘じておかないと、お金を借りた後、とんでもない結末になることだってあり得る。
 
 私が税理士事務所を立ち上げた翌年の2008年に日本経済はアメリカで起きたリーマンショックの余波を受けた中で、当時の亀井静香金融担当大臣の鶴の一声で、「金融円滑化法」が成立し、お金が借りやすくなったことがあった。
 私の顧問先のある個人事業の経営者は、一定の書類を提出するだけですぐにお金が借りられたと、上機嫌で事務所まで報告に来られたが、実はこの方はその時点ではお金を借るなければいけないほど、経営状態は悪くなかったので、その資金で〇百万円もする高級車を購入された。
 その後、このリーマンショックの影響ではなく、ご自身の健康状態の悪化により、大幅な事業の縮小を余儀なくなされ、廃業寸前まで追い込まれた。
 少し健康状態も持ち直された後、私の事務所を訪ねてこられたときには、「必要のないお金なんて借りるもんと違うわ。この借入、利息は低いけど元本返済はまだ続いてるんです。今はこの返済のためだけに働いているようなもんです」とおっしゃった。
 必要でないお金を借りるということほど怖いものはない という事例のような話である。

 話を元に戻すが、このコロナ対策の企業向け緊急融資の案内が私の所にも送られてきているが、“無利息”という言葉に踊らされることなく、必要かどうかの見極めをして顧問先の融資の相談に対応をしていきたいと思っている。
 ただ、資金不足で目の前に立ちはだかる壁を乗り越えられないときには、後々のことをよく検討したうえで、希望の融資が受けられるように導いていかなければならないのは当然のことである。

 今回の騒ぎは、経営者にとって指針ともいうべく「備えあれば憂いなし」ということが通用せず、「何やってもムダ」というか、今までの常識が通じない事態になってきているが、春の訪れとともに何とか一日も早く収束に向かうことを願うばかりである。
 スポーツ、芸術の世界は現時点では観光・飲食業界ほど、その悪化状況が大きくはとり上げられてはいないが、この2つの分野も現在 収益が0(ゼロ)の状態が続いており、今後、事業継続不可 という企業や団体が出てきてもおかしくない。

 この何とも言えない世の中の無気力感はいつまで続くのだろうか。

posted by ヒロイ at 18:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

No671:いつもと違う重い春

 毎年の恒例行事とはいえ、税理士業界では一年間で最大の山場ともいえる所得税確定申告業務が一昨日[3/13(金)]に申告書控を一斉に各納税者宅へ発送する作業をもってほぼ完了した。
 “ほぼ”というのは とある事情でどうしても必要な資料が納税者の手元に届かなかった数件は、新型コロナウイルスの影響を受けて申告期限が4月16日まで延長されたことを利用させてもらうことになったが、あと2、3日のうちには片がつくようである。
 法人の決算期は12ヶ月に散らばっているが、個人事業者は全て12月決算でこの確定申告が締めの決算申告作業となるが、この申告時期には一年間の業績を把握する意味においても非常に大事な業務でもある。
 各事業者の成長や努力の跡が読みとれる内容のものもあれば、なかなか思うように業績が上がらず苦悩の一年に終わったという事業者もないわけではない。
 ただ、最近は自分自身の経営努力だけではどうにもならないような外的要因が多すぎるように思う。
 毎年のように大きな被害のでる自然災害はもとより、今回のコロナ騒ぎだけは全く予期もしなかったことである。
今までは貿易摩擦や隣国との長年にわたる問題、それに世界各地で紛争というものが絶え間なく起こったりもしていたが、今回は自然災害や戦争やそれに政治的な争いでもなく、また今までよく取り上げられた貧困や貧富の差によって起こったものでもなく、突然襲ってきたというのがこの新型コロナウイルスという憎らしいものである。しかも、地球上の限られた地域だけではなく、ほぼ全世界、地球規模的な広い範囲でウイルスがまき散らされている。
 我が事務所は16日からほぼ通常業務に戻るが、ここまで2ヶ月近く 多くの時間を確定申告業務に費やしていたので、保留状態である仕事をいくつか抱えているというのが今の段階での自分の置かれている状況である。

 今日は多少寒さも残っていたが、比較的穏やかな天候でもあったので午前中はぽぽたん(ワンちゃん)を車に乗せて、御所までいって一時間半ほど散歩を楽しんできた。
 ここ数週間、この散歩もお預けだったので久しぶりに気持ちがリフレッシュできた。
 学校が休校中であり、子供たちが屋内にこもりがちなことも影響してか、今日の御所の中の公園はいつもの休日よりも多くの家族連れの姿があった。
 本来であればこの卒業式シーズンの後には入学式があり、事務所が大学の近くにあるので否応なしにも人込みでごった返す という影響を受け、春の訪れを感じるのが慣例となっているが、今年はどんな形で4月を迎えるのかいまだに予測さえもつかない。
 高校野球ファンの私にとって春の甲子園(選抜)がなくなったことはがっかりというか 正直 力が抜けてしまったが、今回ばかりはやむを得ない措置であろう。

 昨日、電話で話をした人は毎回このコーナーを読んでいただいているようで、『先週 休みやったね。』ということも告げられた。
 週一発信、年中無休というのを基本としているが、一年のうち1、2回 どうしても時間がないという時はお休みをいただいているが、よく気付かれたなと意表を突かれた感じである。

 あれほど道路(歩道)をふさいでいた外国人や学生の姿が今ではほとんど見受けられないが、せめて4月からは学生の賑わいだけで戻ってほしいと願うばかりである。
 人間って、いやなことがあると誰かにあたったり、外に出さなくとも自分の心の中で不満や文句をつぶやいていたがそれさえもできないのが今回の件である。
 どこにも発散できない、こんないたたまれない気持ちになったのはもしかすると初めてかもしれない。
 う〜ん、何かしら重いものがある。
 事務所の年末調整・確定申告の慰労会も延期にせざるを得なくなったし・・・。
 季節だけでなく、心の中にも “春よ来い” そう願うばかりである。
posted by ヒロイ at 17:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月02日

No670:まさに経験したことのない世界、そしてその後の怖い予感

 何回か前のこのコーナーで【予期せぬこと】というタイトルでこのコロナウイルスのことも絡めていろいろな出来事について述べていたが、その時に想像していた以上のことが今起こっている。一つのウイルスが世の中をこれほどまで変えてしまうとは2ヶ月前までは誰しも想像もしていなかったであろう。
 過去においてもペストや赤痢が流行し、世の中が大混乱したというのは歴史の授業で習ったという記憶がかすかに残っているが、今のような近代社会において今回のような一つの病気でここまでいろいろな分野に影響が出ようとは驚き以外何もない。
 歴史上、流行した怖い伝染病では何千人、何万人もの人がなくなった病気もあったとは思うし、それと比較すると死者は少ないなんて不純な見方ができないわけではないが、この医学の進歩した時代に収まりのつかない広がりを見せるとは、まさに現生をもてあそんでいるとしか言いようのないウイルスである。
 “コロナ”については、マスコミが連日のとり上げているので ここで詳しく説明はしないが、その影響の大きさとその影響を及ぼす期間の長さはまさに経験をしたことのないことである。
 我々の業界はご存じのように何が起ころうとも 今 確定申告の真っ盛りであるが、何と申告期限が3月16日から4月16日まで延長されたことにはついては、この業界で働く者にとってはこんなことってあるのかという驚きがあると同時に、片方では「これも一つの措置か」と意外と冷静に受け止めている。

 今回のこの“事件”にはまず、自分の体は自分で守るしかないということであろうが、こんな時でも論戦と称して国会議員は国会内でも、その外でもああだこうだとやっているが こんな時こそ党派を超えて目の前にある難敵に立ち向かうことができないのかと、またまたあきれるばかりである。
 そりゃトップの理解力、指導力、そして包容力のないことは十分承知しているが、対立という図式はいったん横において、一枚岩になって困難を解決していかないといけない 正に今はそんな時であるように思うのだが。

 いや、またあこんな精神論的な話になってしまった。
   事務所や家族(特に子供)からよく言われるんです 「これからの時代、そんな精神論だけでは誰もついていかへんで」と。
 こんなことでも自己反省が必要な、そんな50代後半の夜な夜なの独り言として聞き流しておいてください。

 最後に、これが収まった後の日本経済はどん底へまっしぐら なんて怖いことを考えているのは私だけではないはず・・・。
   春が怖い、夏が怖い、一年後、日本はどんな姿になっているのやら・・・。

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2020年02月24日

No669:誰にでもある 見ると落ち着く景色

 先週の火曜日(2月18日)は、朝 目を覚ましてカーテンを開けると近くの山は雪で白く、そのあと車で出勤しようと外に出ると、車にも3pくらい積もっていたので、フロントガラスの雪を手でよけてからエンジンをかけ出発した。
 冬になると屋根付きの車庫のある家が羨ましくなるが、「これはこれで風情があっていいか」なんて、妙な形で自分を納得させている。

 今年は暖冬で雪らしい雪はほとんど降っていないが、確定申告のさなかで私が丹後方面(京都府の北部)に出張する日に合わしたように雪が降るとは何ともいえない巡りあわせを感じてしまう。ただ、決してドカ雪でもないし、高速道路の通行も支障はないようなので特に問題なく出かけることができた。
 2時間近く運転し、宮津(天橋立)のあたりまでくると山は真っ白であるし、京都市内とは違って道端にも雪が残っていた。
 冬のこんな光景は見慣れているはずだが、今年は 暖冬が故に「やっと雪か」といつもの年以上に雪に対して特別の思いを抱いてしまった。

 というのも雪国育ちの私にとっては雪景色を目にすると何ともいえないすがすがしい気持ちになり、ついつい若い頃のことを思い浮かべてしまったり、妙に落ち着いた気持ちになる。
 交通に支障がきたすような大雪ならこんな悠長なことは言ってられないのであろうが、雪景色を見ながら運転できる程度の雪であれば、ちょっとだけ“純な気持ち”を取り戻せる大切な時間でもある。
 先日、相続関係の仕事をしている方にこのような話をしていると、神戸の出身のその方は「海が見えたり潮の香りがすると、何時もほっとするような優しい穏やかな気持ちになります。」とおっしゃっていたが、まさに人それぞれに心が落ち着く景色というのがある。
 それは決して田舎である必要はないし、東京タワーの見える高層マンションであっても、見慣れた風景であれば心を落ち着かせてくれるであろうし、京都出身の人で京都以外で生活されている方が京都タワーを見るとやっと京都に帰ってきたなという気持ちになる と話されるのもうなづける。
 この時期はスケジュールに追われ、時計とにらめっこの日が続くが、こんな時こそ1日に少しだけとは言わないが、せめて1週間に少しの時間だけでもホッとする時があると忙しいのも乗り切れるので何とも不思議なものである。

 2月11日に郷里の偉大な野球人である野村克也が亡くなった。
 事務所を開業した頃、知らず知らずのうちに本屋に行っては野村の本を選んで たて続けに何冊か読んだが、これも「高校出るまで同じ地域で過ごした」という共通点に惹かれたからであろうし、何か心のよりどころを探していたのかもしれない。
 野村についてはあれだけマスコミで取り上げられているので この場であえて野村の話をする必要はないが、これらの本の中に出てくる一つの言い伝えを見るたびに、「あ〜、同じ地方で育ったんだ」と思うものがある。
 それは私自身も晩秋になると、朝 学校に行くとき、祖父や祖母から決まって言われた『弁当忘れても傘忘れるな』という言葉である。
 幼少期の頃は「もう、何べんも言(ゆ)わんでええし」と腹が立つくらい繰り返し言われた記憶があるが、今となってはこの言葉が分かるだけでも、何とも落ち着くというか“望郷”という単語がぴったしあてはまる、そんな言葉でもある。
 今 読まれている方で、もし『弁当忘れても傘忘れるな』という言葉ってどういうこと? という人がいればここでは意味の説明までしませんので 時間のある時に調べてみてください。
 つまらぬことですが、丹後の人は野村克也のことを「野村選手」、「野村監督」、「野村さん」、「ノムさん」なんて言う人はいません。「野村克也」なんてフルネームで呼ぶ人もほとんどいないでしょう。誰と話をしていても 呼び捨てで「野村」としか口にしません。どんなに有名で偉い人になっていても。

 世間は新型コロナウイルス一色のこんな時期にこんなことを書いていていいのかとも思ってしまったが、こんな時期だからこそ多少 他のことにも思いを巡らせてみるのもいかがかなと思っている。
 今は新型コロナウイルスの病気自体の撃退が最重要課題であるが、この後、迫ってくるであろう “日本大不況”がどれほどのものかは今の時点では想像もつかない。ただ、我が国も予想以上の状況に陥ってしまうだろうなと思ってしまう。
 かろうじて東京オリンピックは開催されるのであろうが、その頃の日本、そしてその後の日本はどうなっていくのであろうか・・・・・。

 確定申告の真っただ中にいる税理士がこんなブログに時間を割いていて いいのかと思われれる方もいるかもしれないが、これも大事な息抜きの時間であるのでご勘弁を・・。
 では、そろそろ仕事に戻ります。
posted by ヒロイ at 17:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

No668:一大イベントがやっと終わった

 少し大げさな言い方になってしまっているが、実は昨日 大学の陸上競技部 創立100周年の記念式典があった。
 私もOBOG会の役員であるので、約10名で構成される今回の記念式典の実行委員として2年以上前から関わってきた。特にこの半年近くは個別打ち合わせを含めると10回近く会議を重ねてきた。
 来賓、OBOG、現役部員 総勢で550名という出席者の多い式典であったので、正直 今まで携わったいくつかの催しものの中では最もといっていいほどエネルギーを費やした。
 この実行委員のメンバーの他の人は年明け少し過ぎて比較的 時間のとりやすい時期であったかもしれないが、私は一年で最も忙しい時期と重なり、正直 体力的にかなり厳しかったが、そこは元体育会所属の先輩方の下での運営であったので、「私 この時期 忙しいので」なんて言えるものではなかった。
 ここでこんな愚痴っぽいことを言っても始まらないし、何はともあれ 昨日この一大イベントが無事終了したので、あと1ヶ月はまさに本業の確定申告に専念できる身になった というのが今の心境である。

 でも、考えてみれば100周年の節目に居合わせたのも何かの縁というか、こういったことも大変で忙しい役目をさせられたという風に捉えるのではなく、自分たちの企画で500人以上の人を集めて運営するという、またとない機会であったと捉える方が 疲れも残らないというのは本当のところであろう。

 上は90歳近い方から、そして70代となると本当に多くの先輩方に集まっていただけたし、中には車椅子の方、それに杖をついて参加してくださった方も3、4名 見かけた。
 我がクラブが輩出したオリンピック選手6名のうち5名は健在で、この日も5名とも参加で 1964年ヘルシンキ大会に出場された80代の的場先輩はわざわざ和歌山から家族に連れられて京都まで来られた。
 この5名のオリンピアンの中でも 唯一のメダリストである朝原君(北京 4×400mリレー)が壇上で司会者のインタビューに応えていた時は、やはり会場のざわつきも収まり、我々単なる一OBOGもこんな時だけは勝手に“同志”になったようないい気分になれた瞬間でもあった。

 仕事柄、研修会や祝賀会などいろいろな会に出席することもあるが、一つの会を催すのに規模の大小はともあれ、ほんとに準備することがたくさんあるんだなと、今回 裏方にまわって実感した。
 昨日は北海道から沖縄に至るまで全国のあちこちからOB・OGの方々に集まっていただいたが、このパーティーの後は各年代ごとに何十年ぶりかのミニ同窓会があちこちで開かれ、私も自分が4回生の時の1〜4までの4学年で二次会を開催した。
 30年ぶりに会う先輩や後輩もいて、顔を見るだけでは誰かわからない人も何人かいたが、名札の見るなり、『お―、分からんかったわ 久しぶり』といやり取りがあちこちでなされていた。

 正直、やっと終わって一息といきたいところであるが、目の前にある仕事はそんなゆっくりする暇も与えてくれそうにないというのが現実である。
 月曜日からのスケジュールに目をやると、いよいよ確定申告も佳境に入ってきたなというところであり、一服する暇もなく3月中旬まで走っていくしかないなというのが今 自分が置かれている状況である。
 世の中は、“○○ウイルス”一色の様相を帯びてきているが、油断はしないにしてもできる予防はしっかりとして、何とか健康でいられるよう願っている。
 まあ、忙しいさなかではあるが、今回の内容を書くことで100周年から確定申告にチェンジする機会にしたいし、しなければならないそんな区切りの夜である。
 では・・・。
posted by ヒロイ at 21:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月10日

No667:予期せぬこと


 今、どこへ行ってもコロナウイルスの話題ばかりであるが、このことって発生原因は1ヶ月前にはあったのかもしれないが、少なくとも日本では正月頃には誰しも予期もしていなかったことである。
 それが今や我が国でも中国人の入国制限の他に日本からの渡航制限や空路の減便などあらゆるところで大きな影響が出ている。
 今後のことは予測できないが、夏の東京オリンピック・パラリンピックはどうなるのかという不安の声まで出だしている。
 全く予期しなかったことということで言えば、次元が違うかもしれないがスポーツの世界でいくつか想定外のことが起こっている。
 少し前のことであるが昨年の2月に水泳の池江里璃花子選手が白血病と診断されたのも衝撃的であった。
 明るくて天真爛漫でありながらとにかく強い選手でもある池江選手はリレーを含め16種目の日本記録を持ち、東京オリンピックでの活躍を本人はもとより我々日本国民も楽しみにしていたがそれはお預けとなってしまった。
 そしてもう一つ、東京オリンピックで金メダルの有力候補にあがっていたバドミントン世界ランキング1位の桃田選手の交通事故の一件。その車の運転手は死亡したにも関わらず桃田選手は一命をとりとめたとはいえ日本に帰国後、数日たってから右目の眼窩底骨折が判明したというニュースが昨日になって飛び込んできた。
 他にも予期せぬことはもっとあるのだろうが、今回 例を挙げたこれらのことは当事者はもちろんのこと、周りの者も報道で知るまでは全く予期していなかったことである。

 予期せぬことであっても楽しいことやおめでたいことなら心もウキウキするが、逆であれば不安になったり暗い気持ちになるものである。
 仕事の中でも、人生の中でもこの予期せぬことにどのように対応できるか、いかにして潜り抜けるかが人間の強さを示すバロメーターともいえるであろう。
 何かあると落ち込んだりヘナッとなってしまう自分と、これをなんとか乗り越えないと思う自分があることも、一歩引いて自分を見つめてみると両面を持ち備えているなと思ってしまう。

 今日も何が言いたいのか分からなくなってきているが、何事にも対応できる人間こそが “大きな人“なんだろうなと思ってしまう。
 毎日の生活にしたって予期せぬことの連続で朝に描いていたとおりに一日が終わることなんてほとんどないというのが現実であるが、これって逆にとらえれば“予期せぬこと”があることが日常であると思えば気が楽にあるのかもしれない。

 日曜は朝から雪が降っていたが明日の朝はどうなんだろう。やっと冬らしくなってきたとはいうものの・・。
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2020年02月02日

No666:憧れる“私鉄の社長兼税理士”

 税理士業、税理士業界にとって一番忙しいといわれる確定申告期が直前に迫ってきた。
 我々税理士も毎年2月上旬から3月初旬にかけて税理士会の各支部単位で開催される確定申告の地区相談会に応援に行くことになっており、私も2月12日に当番が当たっている。実は今年からは5支部合同開催となった。
 忙しいさなかのことで、正直 時間的にはかなり厳しいが、ここでは自分の事務所の顧問先ではなく、一般市民というか、一般の納税者の方々からのいろいろな相談に応じたり、申告書の作成方法を説明することになるが、これはこれでいつもと違って新鮮な気持ちになる。
 基本的には税理士と顧問契約をされていない いわゆる素人さんばかりなので、たまに「えっ?」と思うような質問をされることもあるが、顧問先の方とのやり取りと違って、ある意味 自分も世の中の役に立っているのかもと感じることができる日でもある。
 当番の日はほぼ1日張り付きになるので、行くまでは結構気が重いが 当日その場に立つと結構必死になって質問に答えているのには自分でも不思議に思えてくることもある。ただ、夕方 終わった時にはそれはもう かなり疲れきって、ぐったりしている。
 税理士は通常は顧問先の方のために仕事をし、こういった時期には一般納税者のために本業の税務・会計に関わる仕事をしているが、先日ある雑誌で見たのは千葉県の税理士が税理士業以外にユニークな仕事をされていることが紹介されていた。ユニークといってもその仕事は非常に責任のある仕事で、それはあるローカル私鉄の社長業である。 
 旅行、鉄道、地図という言葉には目がない私にとっては何とも羨ましいが、赤字の銚子電鉄(千葉県)をなんとか存続させるために経営改善をするという非常に責任の大きな役割を担っての就任である。
 歳は私と同じ57歳であるが、税理士としては500社もの税務申告も行っているというから私なんか足元にも及ばない。
 そしてなんといってもすごいのが、2016年に電車の運転免許を取得し、自ら電車の運転もできるという 税理士、社長、そして電車の運転士という何でもござれという人物である。
 私も小さい時から鉄道大好き少年で、子供が小さい頃は子供そっちのけでプラレールにはまり、次は子供が持っていた“電車でGO”というテレビゲームにもまった時期があった。
 怪しげなおっさんと思われるのであまり大きな声では言えないが、電車の先頭車両から二本のレールを見るとぞくぞくするし、今でも私鉄では先頭車両に乗って横目で前を見ていることもある。決して、運転手の後ろに立って前方を見たりはしていませんが・・・。

 今日はこうして税理士業の傍ら(この場合税理士業が副業かも?)、やってみたい仕事をしている同年代の人の生き方が羨ましくもなったのでとり上げてみた。
 ただ、こういった赤字ローカル線の社長業はそう楽しいことばかりではないというか、楽しいことなんてほとんどないのかもしれない。
 我々は“税理士”という資格というか冠を被っているが、税理士という資格に関係なく一経営者になった場合(普通の社長はほとんどそうであろうが)、果たして経営は傾かずにやっていけるのか、経営手腕はどんなものなのか自分でも疑問符の付くところではある。
 そういう意味で税理士でなくても会社の経営できるような人物こそが、顧問先の経営相談にのれる頼りがいのある税理士なのだろう。
 税理士は税の専門家でいいと思うが、税理士“業”は税の知識以外に企業家をより良い方向へ導く能力が必要であるように思う。

 まだまだ、学ばないといけないことは山ほどある、そんなことを感じた銚子電鉄社長兼税理士の話であり、自分でも少し憧れる同年代の生き方を記したものであった。
posted by ヒロイ at 21:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

No665:24時間営業の店が減っていく世の中って・・?

 先日ファミリーレストランのすかいらーくが「24時間営業を廃止する」という記事を見て、驚きよりも、「当然では」 と妙に納得してしまった。
 家から車で5分程の所にもロイヤルホストとフォルクスがあるが、ロイヤルホストは24:00、フォルクスは24:30 が終了時間との表示があり、今は夜中はやっていないんだと思ってみていたが、確かに平日は夜10時以降になると停まっている車も少なく、ガラス越しに見える店内のお客さんもまばらというか、1、2組だけではいう日も結構ある。
 何かのデータに基づいて言うわけではないが、この状況は時代とともに変わってきているように思う。
 というのは今から20〜30年前はいろいろな業種において深夜営業は当たり前であったし、そもそも京都の街自体に今以上に活気があり、今のように外国人でごった返すのではなく、どこへ行っても若い人、特に学生がもっと街中に溢れていたように思う。
 当時も今と同様 学生バイトは盛んであったし、生活のためにバイトする学生もいたが、中には遊びのお金欲しさにバイトする人も結構いて、パチンコ、麻雀、ビリヤード、そしてボウリングに映画という遊ぶ所には多くの若い人の姿があった。
 左京区の高野(現在の洛北カナート・・年末から洛北阪急スクエアに変更)にはスケート場もあり、大学時代には日曜日に岩倉グランドで練習が終わった後、「ちょっと滑りに行こか」といって下手なスケートをしに行ったこともあったし、横でボウリングをして帰ったことであった。
 その当時と違って、今は若年人口が減ったこと、つまり少子化の影響もあって当然のことであるが、私の若い頃と違って“暇があれば遊んでいる”若い人たちは確実に減ってきているように思う。みんな部屋にこもってゲームしているからなのかな?
 そういう流れの中で夏の一時期を除いては、夜 特に夜中まで遊ぶ若者の姿はほとんど見かけなくなり、それ以外の季節は10数年以上も前から“引き(帰り)”が早いなと感じていた。
 コンビニの年中無休と24時間営業への問題提議に端を発した、サービス業の営業時間の見直しはますます拍車がかかるのは当然の帰結であろう。
 学生時代は遊び疲れてお腹がすくと夜中にコンビニや牛丼屋に数人で真夜中の腹ごしらえに行ったことが今や遠い過去のことであり、今の時代には受け入れられにくい行動なんだろうなと思う。
 ただ、よく考えてみると人出(労働者)不足や採算面で悪化傾向にある店も多くなってきており、今や店が客に合わすだけの体力は店側にはなく、客が店に合わせて行動する時代に入ってきているように思う。
 家の近くに人気のそば屋(よしむら北山楼)があり、休日の夜たまに食べに行くが、ここは21時で店が閉まるので、これに合わせて行動せざるおえないし、遅くまで開いてる店でないので、客である我々が店の営業時間に合わせることで より計画的に行動するようになり、今まで以上に時間も効率的に使うようになる。

 今の時代の人からは想像できないかもしれないが、我々が社会に出て数年後、平成が始まった頃は、栄養ドリンクのコマーシャルも過酷なものが多く、「5時から男のグロンサン」とか「24時間戦えますか(リゲイン)」なんていう、今の時代なら、一発で アウト! になってしまいそうなキャッチコピーが受けた時代でもあった。

 働き方改革の波が時代を引っ張っていっているような現代社会においては、ある意味 「早寝早起きで時間を有意義に使う」というのが一番ぴったしのようにも思う。
 これからは我々も経験したことのないような少子化、そして、人口減少へと向かっており、客だけでなく労働者(働き手)の不足も予測される中、事業を継続するにはこの両方の確保が不可欠という、非常に難しい時代に突入している。
 経営者はこのことを認識し、素早くそれに対応できた企業・事業所だけが残っていくことができるような気がする。
 本当に厳しい時代に生きなければならない中で、高度成長期に生きてきた親世代を羨ましく思うと同時に、我々の子供たちの時代にはいったい日本はどうなっているのか想像さえもできないほど、時代の流れは速く、世の中を取り囲む状況がどう変わっていくのかもわからない。
 私自身、少し大げさかもしれないが、これからは「先手必勝」が打って出れる事業所だけが残れるのではと思い始めている。

 何気なく書き出したが、休日の真昼間にしては結構重い話になってしまいました。
 では、いい休日の午後をお過ごしください。
posted by ヒロイ at 15:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

No664: 締まりのない冬

 今年は超がつくくらい暖冬で非常に暮らしやすい冬である。
 私は何とも“締まりのない冬”だなと思っているが、この“締まりのない”というの言葉からは、まず“締まりのない体(からだ)”というぶよぶよな体形を想像してしまう。
 つまり、引き締まるところが引き締まっていなくて、全体的にだら〜とした感じで、太り気味っていう そういう体型である。
 今年の暖冬とぶよぶよな体形を結びつける私もどうかと思うが、要は寒くならないといけない時期にはやはり寒くならないと人間に緊張感がなくなりピリッとしないということである。
 私自身 決して寝不足ではないはずだが、例年以上にあくびの回数が多く、昨日も夕方にカミさんと犬の散歩をしている途中に私が何度もあくびをするので、「そんな眠いんやったら、わざわざ散歩にこんでもいいのに。家に帰って寝といたら。も〜、あくびばっかしして。」と言われる始末である。

 冬の寒さは雪国育ちの私にとっては人以上に敏感であるし、子供の頃は今ほど十分な暖房設備が整っていなかったので、冬は早めのお風呂に入った後は、掘りごたつに体ごとすっぽり入り、寝るまでの間に体を冷やさないようにし、寝る時間になるとそのまま あんか(こたつ)の入った布団に潜り込むようにして眠ったものである。
そんな寒い夜の翌朝は必ずと言っていいほど外が銀世界で、父が早くから起きて通学路の確保のために雪かきをしてくれたものである。
*ちなみに私の実家の方では「雪かき」とは言わずに、「雪すかし」と言っていた。


 話が横道にそれた感はあるが、この凍てつくような寒さの中でいかに生きていくのか、どのようにして寒さを乗り切るのか それは大人だけでなく子供にも年齢に応じた冬対策、雪対策というのがあり、いろいろと頭をひねったものである。
*思い出話:雪の中で遊んで中まで濡れた靴を掘りごたつの中に入れておくと数時間後にはパリパリになるくらい乾いていた。これって雪国の人、しかも50歳以上?の人以外は何のことやらって思うだろうけど。すみません、余談でした。
 その後、高校卒業後に京都市内に出てきてからは大雪にあうこともほとんどなくなったが、それでも、冬になると寒さ対策を毎年いろいろと考えながら生活している。
 厚手の下着やコートなど防寒用の服装をはじめ、雪の多い方面に仕事で出向く日の前日には、いつもより入念に天気予報や高速道路の状態をチェックするなど、冬ならではの準備というものがある。
 それが今年はほんとに冬なのかと思う日が続き、今日も午前中に気分転換を兼ねて事務所の近くにある京都御所を散歩していると、まるで秋のようでコートこそ手放せないが、昼前まで1時間以上歩いているとマフラーが邪魔に感じてしまうほどの天気であった。
 冬は冬らしく、夏は夏らしいのは人間にとっては一種の苦痛かもしれないし、それが極寒であったり、猛暑であったりすればなおさらであるのだろうが、そういった時期があるからこそ、穏やかな春や秋が待ち遠しく、春と秋がより一層いい季節であると実感できるのだと思う。
 私は決して寒い冬を望んでいるわけではないが、今年のように異常ともいえる暖冬では、ついついもう少しピリッとするような冬であってもいいのではと思ってしまうし、もしかするとその方が緊張感が高まり日々何かとことが進むのかもしれない。
 ただ、本当に寒くなると「何とかしてこの寒さ」と思うのあろうが・・。
 
 今日は暖冬に関してもよもやま話につき合っていただきありがとうございました。
 *1月23日(木)の予想最高気温はなんと15℃です。
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2020年01月12日

No663:人を助けることもしづらい世の中

 私自身が人に対して優しくしたり、親切にしたりする気持ちを他の人以上に強く持っているかと問われると、正直、首をかしげざるを得ないというか、まあ人並みというのが正直なところであろう。
 これからする話はこんな私が偉そうなことを言えた立場ではないのはわかっているが、普段、考えていることやなぜ?と思っていることを綴ってみる。

   先日、2018年 新幹線の車内で刺されるのを止めに入った人が刺殺された事件の初公判があり、犯人に無期懲役が言い渡されたのを新聞で読んで、何で赤の他人が殺されなければならないのか、さらに軽傷だったとはいえ、その場で刺された2人の女性が刺されないといけない何かがあったのか? もちろん何もあろうはずがない。
  人のためにとった行動ということをあらためて考えてみると、これほど痛ましい事件に至らなくとも、電車で足を組んでいる人に注意したら後をつけられたとか、道いっぱいに広がって歩いている学生に「道 あけて」と声をかけると睨みつけられたとか、日常的に怖くてやばい話はいくらでもある。
  先日もタバコを吸いながら歩いている人が赤信号で立ち止まった時に タバコを手でつまんで側溝に捨てていたので、「それはないやろ」と思ったが、ややこしそうな雰囲気のおっさんだったので見て見ぬふりをしてしまった。
  ちょっと睨まれるくらいならまだしも、追いかけられたり、あげくの果てには刺されるようなことがあってはと 注意したり、止めに入ったりすることすらできないのが今の世の中である。

 いつからこんな世の中になったのか、私が子供の頃なんかはちょっとしたいたずらしようものなら、他人のこどもであっても怒鳴りつけるおじいさんが近所にいたが、別にそのおじいさんのことを懲らしめようとか思ったことは一度もなかった。学校の帰り道に塀によじ登って、他人様の柿をとって食べようとして怒鳴られたのだが、このおじいさんは考えてみるともう40年程前に亡くなっているが、今でも「こらっ」と怒鳴りつけている時の顔が頭に浮かんでくる。別に憎んでもいないし。

 上で述べたこととは少し種類の異なる話であるが、先日 名城大学の学生が准教授を刺した事件も、レポートの提出が期限に間に合わないことを謝罪しに准教授を訪ねたが、単位をあげないと言われ腹が立って刺したらしい。逮捕後に「単位がもらえないなら刺そうと考えた」と言っているのを見て、物事には最低限のルールがあり、そのルールを守らなければだめな事だって当然あるし、その後の処罰(この場合には留年?)が嫌なので何とか期日内に提出するように徹夜してでもするというのが世の道理というものであろう。ただ、この“世の道理”というのが通用しないのが現代社会でもある。
 学生時代に“明日が期限”というのを何度乗り越えてきたことか。自慢できる話ではないが・・。
 大学に限らず、中学、高校の先生もこんなことが日常的に起こるようになれば、まさに命がけの職業と言わざるを得ない。
  本当に今の世の中、いつからこんな風になったのか、憂いても仕方ないのか?私の考え方が古いのか?

 休日にこんな重苦しい話で終わるのもどうかと思うので、最後に身近で起こったちょっとうれしくなる話を一つ。
 先週、事務所の者がタクシーから降りるときに料金を支払った後、急いで降りたので座席に財布を落としたが、そのタクシーが個人タクシーで領収証ももらわなかったので、会社名もわからずお手上げ状態であった。しかし、届け出ていた警察から2日後に見つかったと連絡があった。免許証も保険証も鍵もそのままの状態で。
 私も今回だけは出てこないのではと思って見聞きしていたが、きちっと本人のところへ戻ってきたのを見ていると、人間ってまだまだ捨てたもんじゃないな とちょっとだけ明るい気持ちになった。
 私の事務所の者で財布を落としたのは、ここ2、3年で今回も含め3人目であるが、3人とも無傷で本人の所へ戻ってきている。
 これって運がいいのか、世間の人がいいのか? 
 ただ、どちらにしても落としすぎやけどね、うちのメンバーは。
posted by ヒロイ at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする