この顧問先は毎月、奥様が私共の事務所に資料を持ってきてくださり、例月の経営資料もその時、奥様に説明させていただいている。先生は“超”が付くほど忙しく、今では1年に1回、確定申告の時期にご自宅にお伺いして一年の総まとめを説明するときだけが、先生との面談の時間である。
ご自宅は京都市内であるが、医院は自宅から1時間ほど離れたところで、京都府北部ほどではないが京都市内とは比べものにならないほど高齢化が進んでいる地域である。
この地域では従業員の確保もひと苦労で、特に看護師さんは通勤が不便なことや患者さんが多く大変忙しいこともあってか、この5年間で何人かの入れ替わりもあった。事務系の人もご主人の転勤や家の事情により続かない方もあり、先述の方(130万までのパートで肩書は主任)だけが、開院以来ずっと継続勤務されている。
この話を聞いたとき、私は「その方パートでしょ?」と思ってしまったが、「たとえパートであっても、開院以来いっしょになって苦労もし、医院を盛り上げてくれた人なので」ということで院長先生と奥様が感謝の意もこめて金一封を渡したいということなのである(言っておきますが、税務上は課税扱いとすることで了解済みです)。
そして、ここにきて定着しだした他の従業員にも何かをということで、行き先は忘れたが、近々、全員参加で日帰り旅行を予定されている
お年寄がかかりつけの医者を変えないという田舎特有の現象もあり、開院当初は思ったほど患者が増えなかったが、丁寧な診療をモットーとされている先生なのでその評判は半年もたたないうちにその地域に広まり、今では時間内にはなかなかさばききれないほどの患者さんが来られているし、午後の合間には医院まで通えないお年寄りのとこに往診に行かれている。また、こういった地域なので医師会自体も高齢化が進んでおり50前のこの先生は医師会の中では“若手”として色々な役もこなされている。
奥様がよく「主人はいつもヘトヘトで、時間があれば寝てます。」と言われているが、開業医として、あるいはご自身の人生のおいてもまさしく今が旬なのかも知れないし、そのことは先生自身が一番良くご存知のようである。
それにしてもこの先生、何事においても熱心に取り組まれ、私と同い年でありながら私の方か見習いたいとこをいくつもお持ちの先生である。「無理のないようにとは言ってるんですが、患者様の要望も本当に多岐にわたりますので大変なようです、何を言っても聞きませんし・・。でも本人は今の状態が好きなんだと思いますよ。」と奥様が心配されるのも無理ないような毎日である。
永年勤続や開業(創業)○周年という場合には、そこまでしなくても思うくらい派手なことをされる経営者の方もあるし、逆に何事もなかったかのようにサッと通り過ぎる方も結構いらっしゃる。
別に派手にパーティーをしてお披露目をする必要はないが、この5周年という節目を第一段階の通過点として、反省したり、ここまで関わりのあった周りの方に感謝したり、また、今後の事業展開について検討したりするうえでは非常に良い機会である。
実は私が事務所を開業してこの秋で5年となるが、同じ頃に事業を始められた方も多く、この2月に5周年を迎えられた医院では、【お陰様で こうして無事開院5周年を迎えられたことに 心より感謝しております。院長○○○○】と一枚の紙を挟み込んだホケットティッシュを受付の横にかごに入れて置いておかれた。準備された数は忘れたが、この医院、一日100人を超す患者数なのでその準備された数も半端でなかったように思う。そのあと、業者でなく患者様からお祝いの鉢植え(患者様自身が育てられた)が届けられたらしいが、このことからもこの先生の患者様からの信頼度がいかに高いかがうかがえる。
まあ、こういった開業記念日だけでなく、家族の誕生日、亡くなった親族の○回忌や法事、結婚記念日、大きな手術して○年目 など我々の周りにはそれぞれが記憶にとどめておきたい日はあるはずである。
別に取り立てて大きなことをする必要もないが、“反省”と“感謝”と“今後を考える”のにはまたとない機会なので、こういった日を何気なく通り過ごすのではなく、思い出したくないようないやな日のこともあるかもしれないが、こういう機会にあらためて思い起こすことが、大切なことでありこういった記念日の意義のように思う。
人間、人生を振り返ると誰しも喜びよりも後悔の方が多いと思うが、この後悔をすることなく過ぎることほどばかげた人生はないと思っている。これからも死ぬまで後悔の連続だろうが、その中で一つでも二つでも次に生かすことができた後悔があればその後悔は決して無駄ではないと思っている。そうして後悔を喜びや感謝に変えていければ人生は豊かになるはずである。
後悔、大いに結構。 後悔のない人生なんてありえない。 私はいつもそう思って自分を慰めている。

