2019年11月18日

No655:”性格の不一致”と”考え方が違う” この違いって?

 離婚の理由として”性格の不一致”という言葉がよく使われる。いや よく使われるというよりもまるで離婚原因の代名詞のようにも言われている。
 ただ、日々の家庭生活や仕事、それに友人とのやり取りでこの”性格の不一致”という言葉を使うことはほとんどない。
 例えば、同じ職場上司・同僚・部下 どれをとっても、「あの人(あいつ)とは”性格の不一致”でうまくやっていけない」なんていう使い方をする人はいないだろう。
 ただ、「あの人とは”考え方が違う”のでいっしょに仕事がやっていけない」とか、友達に対して、「あいつとは”考え方が違う”し、会っていても楽しくないので、もう あまり会いたくないな」というような使い方は決して違和感を覚えるわけではない。
 今日は日本語の学習をしているわけではないが、この2つの言葉の中身を考えると 「なんで?」と思っていたので、今日はこの使い方について私の思うことを述べさせもらうことにする。
 芸能人が、「性格の不一致で・・・」と離婚会見をするだけでなく、一般人の離婚理由でも同じような話を聞くが、私はこの話を聞くたびに 性格が一致している夫婦なんてほとんどいないのでは。性格なんて一致していない方がよほど楽だし、もし、同じ性格だったらと考えるとちょっとゾッとするくらいである。こんな思いは 私だけではないと思うのだが。
 夫婦だけでなく親子や兄弟、それに会社の上司・同僚・部下、それに友人でも”性格の不一致”の関係を案外利用したり 楽しんだりしてところもあるように思う。
 明るい人と暗くはないがそれほど明るくない人、おしゃべりな人と聞き役の方が楽だと思っている人、のんびり屋とそうでない人、整理整頓ができる人とそうでない人 等 案外この性格の違う者同士ってうまくやっていってるケースが多い。もちろん、イラっとすることがないわけではないが。
 と いうことで、「性格の不一致」で離婚するなんてどうも合点がいかないし、それは本当は ”性格の不一致”ではなく、この後 触れる”考え方が違う”というのが真の理由のように思うし、確かに”考え方が違う”というのはいっしょにいて苦痛に感じるかもしれない。
 こんなことを言うと古い人間、いや 場合によっては問題発言ととられかねないが、この”考え方が違う”というのは、その人の生き方やそれまでの人生によるところもあるように思う。
 身内や親族はある程度 同じような環境で育ったり成長してきたが、環境や親の考え方が違えば それはやはり”考え方が違う”ということの要因になるのかもしれない。
 これは親の仕事や経済的なことを言っているのではなく、人生の中で何を大切にするのか、何に恩義に感じるのか、もう少し大げさに言うと、誰に対して自分を犠牲にしてまで力や時間を注いでも悔いが残らないのか等、まさしく 生き方そのものであろう。
 この生き方というのは何を大事にするのか、何に価値観を見出すのか、ということに他ならないように思う。
 今日の話はどんな形で終えられるのかと思って書き出しが、こうしていろいろと書いていると今日の結輪が見えてきた。
 それは離婚やいっしょに仕事をしたくなくなるのは、”性格に不一致”ではなく、“価値観の違う”人だということ行きついた。
 価値を同じことに見出せる人、そんな人といっしょに仕事をしたり、同じ空間で同じ時間を過ごす これこそ人生にとってプラスにあり、より意味のあるものになのだろうとあらためて感じた。
 今後 生きていく上で、“同じことに価値を見出せる人” こんな人と少しでも多くの時間を過ごせるようにしたいなと思った。これは家族という小さなくくりではなく、職場や日々仕事で接する顧問先の方々等 いろいろな人を含めてのことである。

 やっと今日の話、まとまりがついたので終わりにします。
ちょっと堅かったかな、今日の話は。


*上記の文章、実は昨夜[11/17(日)]に書き終わっていたのにそのまま寝てしまったため、アップが今になってしまいました(← 「言い訳」)。
posted by ヒロイ at 22:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

No654:今年も残り あと8週

 明日 月曜日からの予定を確認するため手帳を開けてみると今年も残り少なくなってきたんだなとあらためて気づかされた。
 毎年のこととはいえこの時期、つまり秋という季節があれよあれよという間に終わってしまうことに驚き、そして焦りを感じているが、カレンダーを覗いて再度数えてみると、最終の年末の週は休暇に入るので仕事をするのは実質7週しかない。
 先週末、私の中で毎年恒例となっている仕事の棚卸、つまり今年中にやり終えておかないといけない仕事の整理をし、その多さに少しうんざりしていたが 悩んでいても何一つ前に進まないので、一つ一つ手をつけていかないといけないなと自分に言い聞かせて週末を終えた。
 そうそう、昨夜 家に帰ると早くも喪中はがきなるものが届いていて、これまた年賀状の準備をしないといけない時期が近づいてきていることの否応なしでも気づいてしまった。
 期限のない仕事であれば、「まあ、来年でもいいか」 なんて勝手に優先順位を後に回すこともできるが、この年賀状以外にも、顧問先の年末調整や事務所の従業員の賞与算定そして支給は何があろうとも今年中に終えないといけない仕事であることはよくよくわかっている。他にも今年中 という期限付きの仕事は書き出したメモの中にいくつもある。
 ただ人間って不思議なもので、時間が無くなってきてからの仕事のスピードって、時間のある時の何倍ものスピードで処理ができていく。こういう頭の中での都合のいい計算が勝手に働いてしまうので、体がなかなか動かないという悪循環に陥ってしまうのも毎年 年末に思うことである。
 また、自分自身の衣替えも一斉にというわけにはいかないが、必要に迫られてスーツを秋・冬物へ、そしてコートの準備、まだしていないが近々マフラーと手袋が必要となってくるのであろう。
 今こうして年末の整理をしていながらもう一つ思い出したことがある。それは車のタイヤの交換のことである。
 事務所には現在5台の車が稼働しているが、京都府北部、滋賀県湖北、それに福井県と雪国に多くの顧問先を持つので、12月の中旬までには冬用タイヤへの付け替えも必要となってくる(車屋さんでしてもらうが)。
 でも ふと考えてみると、こうして季節の変わり目があるからこそ私の頭も錆びつかずにそれなりに回転していってるんだと 日本の四季があることをありがたく思うようにもしている。

 話が少し違う方向に行ってしまうかもしれないが、毎年 秋に実施される健康診断も受診し、その結果が届いていたが、お陰様で 多少の注意項目はあったが、大きな問題点もないという結果だったのでホッとしている。
 太りすぎ、つまり体型変化も健康チェックの一つであるが、衣替えの時期にはスーツが上下ともすんなり着れるのか、はち切れそうになるのか、 これも毎年のこととはいえ体調管理の重要な一項目である。先週 入れ替えたが、この春まで着ていた冬物のスーツが秋以降も無事着れたということも異常なしということの証であると一人で勝手に思っている。。
 ひどい年はスーツのサイズが合わなくなって、ウエストを直してもらったり、急いでスーツを新調しなければしなければいけない年もあった。しかも2年続きで。
 自分の体のサイズに変化なし、ということもな納得材料の一つである。

 取りとめのない話になってしまったことには、ここまでお付き合いしていただいた方にお詫びもするが、まあ「税理士 廣井増生の日記」なのでまさに日記として読んどいていただければと思っている。

 最後に事務所内でも既に発表したが、年末年始の休暇は土日を含めると9連休[12/28(土)〜1/5(日)]となり、この連続休暇が1月中旬以降になってじわじわと自分の首を絞めることになるのは分かっているが、やはり連続休暇は誰でもウキウキするものである。
 何か楽しみを持たないと体が動かない方なので、残された7週間を乗り切っていくために この9連休を頭の片隅に留めておこうと思っている。

 そうそう、もう一つ難題を思い出した。11月17日(日)はセミナーの講師の依頼を受けていたんだった。
 この後、その準備に取りかかることにします。
 では・・・。
posted by ヒロイ at 20:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月03日

No653:興味半減、東京オリンピックの札幌マラソン

 2020年の東京オリンピックのマラソンと競歩が東京ではなく 札幌で開催されることが決定したが、この変更はマラソンでなくとも陸上競技をやっていた者にとっては納得のいかない話である。
 確かに今年のドーハでの世界陸上のマラソンで途中棄権者が多かったかもしれないし、8月の気温は東京よりも札幌の方が少しは低いかもしれないが、ここに当事者であり、多くのことを犠牲にしてこのマラソンに賭けてきた選手の意見が全く反映されないのがこの上なく悲しく、むなしい。

 私も高校、大学と陸上競技に取り組んでいたので、選手目線で今回の騒動を考えると、「うそやろ、冗談もほどほどにしてよ。」というのが本音である。
 今年の9月15日に東京のほぼオリンピックと同じコースで、時期こそ1ヶ月ほどずれるが、それでも本番と近い気象条件の中で 今まで日本のマラソン史上でも1、2を争うほどの熱い代表選考の戦いが繰り広げられたとこである。そしてその後この変更、あのレースは何だったのか、夏の東京で勝てる選手を選ぶためのMGC(代表選考レース) は何に意味があったのかと思えるくらい選手無視の今回の決定である。
 街中のインタビューを聞いても札幌市民は、基本的には賛成多数というところだが、その中で「マラソンが少しでも涼しい所で走れるので選手にとっても快適では?」なんて言う馬鹿げた素人の意見を聞くとさらにムカッとしてくる。レースの時期(季節)、天候、地形など あらゆる要素を全て計算し、本当に長い期間トレーニングを積んできた選手の身にもなってみろとこっちは選手に変わって大声で叫びたい心境である。
 私のような短距離やハードルであっても この競技場は風向きや強さはどうかとかオールウェザーのグランド(地面)の固さと跳ね返りの度合いはどうかと いろいろなことが気になり、競技場ごとに対応というか走り方も少しずつ変わってくるというものである。
 これが、リオでオリンピックがあった3年前から東京で走れることを夢見てトレーニングを積み、コーチと作戦を立て、また2018年6月に東京オリンピック本番のマラソンコースが発表されてから、さらに綿密の計画を練り、オリンピックを狙う選手たちは何回試走を重ねたことであろう。本番で走れる日本人は男女3人ずつではあるが、9月のMGC(実質、オリンピック選考会)で出場の切符を手に入れるために、MGCに出場した選手の努力と苦労は並大抵のものではないであろう。それを今頃になって変更とは何たることか。
 仮に今から札幌のコースが発表されても冬の札幌でどれだけコースの下見や試走ができるのか、そして極めつけは日本で開催されるという日本選手にとってはある意味チャンスであるにも関わらず、本番まで夏(8月)の札幌は一度もなく、事前準備もできず残すところ本番である2020年の夏のみである。

 例えが極端といわれるかもしれないが、箱根駅伝を目指す選手たちに「今年からは千葉県の房総半島一周駅伝に変更」と言われたり、甲子園を目指す高校球児に「暑さ対策のために甲子園での試合を全て京セラ(大阪)ドームに変更」と言われたら競技や試合をするためのモチベーションなんて保てるわけがない。
 もちろんモチベーションだけで競技が可能かというとそんなものではないが、オリンピックとなると仕事も家族もそして自分自のしたいことなど いくつも犠牲を払って勝負に挑んできたはずである。しかも、東京という舞台でのデッドヒートを夢見て・・・。
 最初から最後まで元陸上選手の文句で終わりそうだが、最後にもう一回だけ言わせて。
 『なめとんのか、選手の血のにじむような努力や変更になることの心理的ダメージもわからんとって・・・。』
posted by ヒロイ at 23:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

No652:人に期待し過ぎないこともコツかも?

 誰しも今までの人生の中で“裏切られた”経験はあると思うのだが、もし「私はそんな経験は一度もない」と言い切れる人がいるとしたらその人はなんと幸せな人生を送っているのだろうと思ってしまうし、「えっ、裏切られたことないってほんまに? うそやろ?」とその人の発言を疑ってしまうというのが本当のところである。
 ちょっと大げさかもしれないが人生って裏切ったり、裏切られた経験こそが次に生きてくる、よく言えば“成長の糧”となっているように思う。
 親子、兄弟等の親族間や夫婦の間での裏切りは、場合によっては大きな問題に発展しかねないので ないにこしたことはないが、友人や仕事関係では“裏切られた”というほどまではいかないまでも、“期待外れ”ということはよく耳にすることである。

 「経験豊かなで何でもこなせる経理担当者だと思っていたのに」、「前の会社での営業成績も抜群でうちに入社後、低迷している売上のアップに大きく貢献してくれると思っていたのに」、「今まで〇年も医療事務の経験があるので我がクリニックのリーダーになって引っ張ってくれると思っていたのに」、そして新卒入社の新人に対しては、「あんないい学校を出てるんでもっと優秀だと思っていたのに」・・・。
 こんなこと思ったことないですか? 経営者のみなさん。いや、経営者だけでなく各会社やクリニックで働く先輩の方々。
 これってすべて期待が大きすぎることが要因となって、“期待外れ”になったり、内容によっては“裏切られた”というような手厳しい言葉が出てくるのだろう。

 もちろん私もこの歳になるといろいろなことを経験しているが、逆に期待しなさすぎるのも何かと問題があるようにも思う。
 例えば新入社員に対して、「あなたは新人でまだまだ半人前なので別に期待もしてないし、自分のペースでやってもらったらいいしな。」なんて言われたら、普通なら頑張って仕事をしようという気が萎んでしまうであろう。
 この辺は、期待はしているけどプレッシャーにならない対応がとれる上司や経営者こそがいい意味で人の上に立てる人物なのであろう。
 このことを自分に置き換えても なかなかそう簡単にはできそうもないし、期待のし過ぎからいい人材を潰しかねないな と自分の性格上の問題点についてもあらためて反省せざるを得ない。

 こんなことを綴りながら自分自身のことや顧問先のことを頭に浮かべてみると、新たな人を採用した場合、まずは「そこそこやるな」というところから始まり、「意外とできるやん」となり、そして、「こんなにできるやつとは思わんかった。」という流れで、最初は少し期待値を下げてスタートすることが人をうまく使ったり、成長させたりするのではと考えてしまう。

 仕事以外のことになるが、人生の中の大きなイベントである結婚というのも さすがに結婚するときは何かと相手に期待することがあるだろうし、それが結婚の楽しみかもしれないが、結婚後、何年か経っているような方々はこういった期待は段々と小さくなり、私のような30年も経ってしまうと期待なんてほとんどないし、その前にカミさんから「期待なんか すればするほど後でがっかりするだけ。期待したことってここ何年もない。」と言われてしまいそうである。
 確かに夫婦間で期待をし合うっていたら まずそんな夫婦なんて持たないだろうし、夫婦においては、「期待せず」が最良の選択で長く持たせるコツのようにも思う。

 話が少し変な方にいってしまったが、最近 何人かの経営者の方が自社の人材について、 「期待していたのにがっかり」とか、中には「裏切られた」と口にされたことがあったが、こういったことが起こる原因を突き詰めれば、期待値が高すぎたのでは? という今日の話にたどり着いた。

 でも、期待され過ぎるのはプレッシャーかもしれないが、期待されないのも寂しいものですよね。
  あなたはどちらの方がいいですか?
posted by ヒロイ at 16:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月20日

No651:ぽぽたん(ワンちゃん)と過ごした土日

 昨日の土曜日は午後からある医療関連グループの会議があったが、それ以外 この土日には特に時間の拘束を受けるものはなかったので日頃 時間をかけて読むことのできない冊子に目を通したり、ちょっと頭をひねらないといけない案件についてじっくりと検討する時間をとることができ、予定がびっしりと詰まった週末より充実した2日間を過ごすことができた。
 そんなスケジュールの中で木曜日あたりから、次の土日はとことん ぽぽたん(我が家の愛犬)につき合おうという勝手な計画も立てていたので、この2日間は雨の降る時間帯もあったが朝と夕方の散歩は全て私が受け持った。
 宝が池、北山、鴨川と毎回 バリエーションを変えて自分自身の気分転換も兼ねてあちこちへ連れまわした。

 今から思えば、自分の子供が幼少期の頃はなかなか時間がとれなかったので、あまり(ほとんど?)子供の面倒を見たことがなかったが、今となっては誰も私を頼りにする家族はいないので、自分の思いのまま ぽぽたんとの時間を過ごすことができる。
 ただ、昨日は夕方の散歩の後、(ぽぽたんが)夜ご飯を終えて休憩し終わった後、帰りの遅いカミさんを玄関のドアの前でまだかまだかと座って待っていたが、その眼はまるでドナドナの子牛のような目つきであった。
 やっぱりカミさんか こんなにかわいがったのに とはいうものの よく考えてみれば日頃はほとんど接する機会がないので私の存在感なんてほんとわずかなものなのだろう。
 子育てを終えたカミさんの日頃からのかわいがりようとその時間の掛け方は半端でなく、夜も1時間半ほど散歩をしたり、ワンちゃんの体にいい食事を準備したりでその入れ込みようは私の倍どころか10倍程の愛情の掛け方である。
 こうなると私に勝ち目はない。子供が2、3歳の頃はほんとに私のそばには近づかず、ファミレスのテーブルで1(私)対4(カミさん+子供3人)で夕食を食べた苦い思い出もある。

 それと比較すると今のポポタンの方がまだ私に馴染んでいるかもしれないし、私も子育て真っただ中で今では問題視されるくらいの労働時間であった当時よりも今の方が少なからず心に余裕があるかもしれない。
 たわいもない話をいろいろと書き綴ったが、今の私には何の損得勘定や思惑もなく意のまま行動を共にできる唯一の存在がぽぽたんなのかもしれない。
 こんな2日間を過ごした日曜日の夜は何とも充実感があり、すがすがしい気持ちで月曜を迎えられる。
 今 横で私の顔を眺めているが、その顔つきはなんとも不思議な力を持っているように思う。
 すみません、親(飼い主)ばかで。たまにはこんな話でもいいでしょ。
posted by ヒロイ at 21:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月14日

No650:変な慰めはいらん

 まず、最初に断っておきますがタイトルに掲げた内容は最後の数行しか出てきません。それまでは私が休日の考えていたこととして読んでください(この部分の方がずっと長いですが)。

 数年前から鉄道の「計画運休」が実施され始めたが、最初の頃は「これって何?」とか、「台風が逸れるかもしれないのにそんなに早く運休を決めるなんて、利用者を無視してる」と思ったりしていた。
 天気予報の当たりはずれによりホッとしたり、悔しい思いをしたり、また、予定していた計画の大きな変更を余儀なくされた経験は誰しもあるでしょう。

 私も数年前に天気予報に振り回された苦く、悔しい経験がある。
 毎年、恒例となっているお盆休暇中の高校野球観戦で、天気予報では台風が近づくかも?と言われていたし、こんな予報が出ているのに試合やるのかなと思いつつも、試合中止の発表は当日の朝になってもなかったので、ひとまず事前に購入していたチケットを持って朝6時台の電車で甲子園に向かった。
 そして、梅田から阪神電車に乗り、甲子園の駅に着いて改札口へ向かっている途中に、「本日予定されていました 第〇日目の4試合はこの後、近畿地方に台風が近づいてくるという予報もあり 中止となり、明日へ順延となりました」と駅のアナウンスが流れていた。
 「うそやろ? もっと早く言えよ、京都から来てるんやで!」と怒りが込み上げてはきたもののいくら怒っても 試合は行われないということで、折り返しで京都まで戻り、京都駅で“慰めの”モーニングを食べて家に帰ったことがあった。
実は、この日 ここからもう一つの山があった。空は一面 雲には覆われてはいるものの一向に雨は降ってこないし、確か昼前後にパラっと小雨はあったのかもしれないが(記憶が確かでない)、ほとんど雨らしい雨も降らずに夕方になった。
 「試合できたやん!」と夕方になって第二弾の怒りが込み上げてきたが、「台風は逸れて」という天気予報を見て ただただ力が抜けていくのが自分でもわかった。

 私の天気予報談議でこんなに時間を費やしてしまったが、もう一つ本題前に最近よく発令される「計画運休」の意義についてであるが・・。
 以前は台風が近づいてきてから急に電車や飛行機の運行ができなくなり、駅や空港、あるいは列車ホテルと称して電車の中で一夜を過ごさざるを得ない事態が度々起こっていた。
 また、いつ乗れるかわからないバスやタクシー乗り場での長蛇の列もこういった時のはおなじみの光景である。
 ただ今回の台風19号のように早めの計画運休があると 誰しもが外出を控えるので駅などでの大きな混乱も少なくなってきている。
 そういう意味では、当初は「電車は走らせないよ」というような何とも冷たい感じがしていた「計画運休」も 最近は一定の効果があるなって思うようになってきた。

 今回はこの秋最高の人出だろうともいわれていた3連休も丸つぶれで、移動もままならないので結婚式や急な葬式はどうなるのだろうか と人ごとながらいろいろな心配をしたりしていた。
 今回の台風は東海から関東・東北に至るまで広範囲で甚大な被害が出ているが、普段と変わらぬ生活の中でラグビーを見ながら通常の週末を送るはずだった人に対してこんな大変な事態が生じたことについては、言葉の掛けようがないくらいお気の毒で仕方がない。
 災害にあわれた方には大変失礼な言い方になるかもしれないが、今回の台風は木曜日くらいから進路予想が出ていたが、ほとんど外れることもなく進行し、気象庁のデータとその分析力の高さには大変驚かされた。
 そうして事前に予想していたとはいえ、その予想以上の猛威を振るった今回の台風で被災され方々については、一日も早く生活の再建を と思うのだが、被災者の方々は生活の場や自分の体力のことだけでなく、今後、当然 資金(経済)面でも差し迫った事態が予測される。
 私は幸いこういった災害の当事者にはなったことがないが、被災された方はまずは我が身と明日からの生活が大変で何も考えることさえできないという状態であろう。
 ましてや大切な人を亡くされたり、行方不明の状態であったりすると悲しみのどん底というのが今の心境であろう。
 こういった時、何かにつけ「被災した人に勇気を与えるために」というコメントが出てくるが、私は根性が少しひん曲がっているので、口にはできないほど追い詰められているのでそんな言葉だけの慰めや勇気づけなんてどうでもいいわ、と思う方である。これって間違っていますかね?
 昨日のラグビーワールドカップでイングランドに勝ったことは歴史的勝利であり、快挙であるが、すぐ こういった喜ばしいことと“被災者の勇気づけ”を結び付けをしてしまうが、私は「この悲しみは当事者しかわからないし、本当にしんどい時やきついときはそっとしておいてほしい と思うのでは」と ちょっと距離を置いて考えてしまう方です。これって相当ひん曲がっていますよね?

 最後に妙な本音を言ってしまいましたが、こんな時 「被災者を勇気づける」というコメントが頻出することに多少違和感を抱いてしまっています。
 私自身 結構「変な慰めはいらんし」と思って人生を送っているもんで・・・。
posted by ヒロイ at 13:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月06日

No649:約束の時間を守る ということ

 この文章が日頃お付き合いのある人や顧問先の方の目に触れると嫌な思いをされる方もいらっしゃるかもしれないし、自分に対しても胸が痛くなったりするようなタイトルだが、日々 約束の時間を気にしながら仕事をしているので今日はこの約束の時間について思っていることを綴ってみることにする。

 私は仕事をする上で、時間を守るということについてはかなり気を使っている方だと思うし、とりわけ重要なことと捉えている。
 こんなことを話題にすること自体、「何をいまさら」と思っている方もあるだろうが、自分でも今まで「時間に間に合わないかも?」とヒヤッとすることも何度かあったので、ここでは反省の意味も込められての話である。
 今は携帯電話という便利なものがあるので、想定外の車の渋滞や思わぬ電車の遅延が起こった場合、どこからでも連絡ができるので待っていただいている相手様に連絡なしで待たせるということほとんどなくなったが、以前は間に合わないという事態が発生した場合、公衆電話を探して連絡を入れたり、それもできずに30分以上も遅れて到着したこともあった。
 もちろん早く着きすぎて、相手様の都合も考えずにその会社を訪問するというのは問題があるが、時間を守ること、特に初めて会う方に対しては何よりも重要なことであろう。
 私の仕事は俗にいう営業をする機会というのはあまりないが、何かを頼んだり、頼まれたりする時に時間に遅れるようではそれだけで信用力が半減するといっても過言ではないだろう。
 定例の面談で毎月 事務所にお越しになる方はほとんど約束の時間の5分前くらいには来られるので、こちらも面談室で待たせることにないよう 10分くらい前からスタンバイして待つようにしている。
 もし、待つ側の私が約束の時間になっても準備不足でバタバタしているようでは、お客様は気分を害されるだけでなく、それだけで信頼度は低下するであろう。
 また、こちらが初めて訪問する先では、どんな場所に会社があり、駐車場はあるのか? もし、なければ近くにコインパーキングがあるのか? など いろいろな局面にも対処できるだけの時間的な余裕は必須であろうし、もし、約束の時間に遅れるようなことがあれば、話のスタートの時点で焦ってしまい、いい状態で面談のスタートが切れるはずもない。
 つまり最初の挨拶が、「はじめまして」とか「こんにちは」ではなく、「今日は遅れてしまって大変申し訳ございません」になってしまう。

 事務所ではほとんどの人が、私のことを“せっかち”と思っているだろうが、これは後で自分が慌てたり、不利に物事を進めないといけなくなることを恐れているから早めの行動を起こしたいだけで、年がら年中、何事においても、「早く、早く」と思っているわけではない(と 自分自身は思っているのだが・・・)。
 もし、大事な用件があってその場に遅れていき、前述のように「すみません、今日は遅刻をしてしまいまして・・・。」なんていうあいさつから入っていくということは、そのマイナス部分を埋めるのに何分間かの時間を要するであろうし、それが埋められた時点でやっと対等でまともな話に入っていけるというものであろう。
 一つの話題でよくぞここまで書けるなと思うが、自分としては“時間を守る”ということはそれくらい気をつかっているし、重要視していることなので今日の話がくどくなったことはお許しいただきたい。
 夏に電車で移動するときは、駅から小走りで行って汗だくで訪問するより、余裕をもってゆっくりと向かい、汗を拭いてから訪問する方が、相手様にとってもきっと気分がいいと思いますよね。
 すみません、日々のこんな当たり前のことをいまさら取り上げて・・・。
 こんな私も家では、出かける時に自分の準備だけ済ませて、家の中で待つと嫌みのひとつでも言ってしまうので、黙って先に車に乗り込んで待つようにしているが、家人は多分 この行動こそが嫌みプレッシャーだと感じているのではないかと思う。
 いろいろなことがなかなか時間どおりに進まないという現実はあるが、時間はそれほど貴重なものだと認識している。特にビジネスの場面においては。
posted by ヒロイ at 21:47| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

No648:時差のない世界大会を見ることの意味

 昨日 ラグビーワールドカップで日本がアイルランドから勝利をおさめたが、この“勝ち”こそ、願ってはいたものの ほとんどの人がまさか勝つは思っていなかった勝利であった。
 このラグビーのワールドカップに続き、来年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されるが、世界的な大会がアジア諸国、しかも比較的近い国で開催されることは限られているので、テレビで見る側も時差を考えながら観戦しなければならない場合が多い。
 オリンピックやサッカーワールドカップも今まで何度となく深夜から朝方にかけて競技や試合があったが、朝の5時ならまだしも、夜中の2時ごろキックオフの試合を見た次の日はほとんど使い物にならない体のまま仕事をしていたということもあった。
 現在開催中の世界陸上はアジアでの開催であるが、開催地であるカタールのドーハは日本からは離れており、時差が6時間もあるので、すべてを生で見るには体調を考えるとかなり無理がある。
 そういう意味で日中から夜にかけて時差のない同じ時間で見ることのできる日本で開催されるスポーツの世界大会は自ずと力が入ってしまう。
 スタジアムに行っていなくとも、日本の中で同じ時間を共有しているという点で一体感があり、これを来年のオリンピックでも味わうことができると思うと更に楽しみが増してくる。
 先日のマラソンの代表選考レースも見ていてまさに手に汗を握る熱い戦いでしたよね。
 昨日、ラグビーの日本戦があった静岡、それに来年のオリンピックがある東京まではなかなか行くことができないし、また、観戦しようにもそう簡単にチケットが手に入るわけでもない。しかし、テレビ観戦であってもやはり日本国内で行われているというのは国外での大会とは見る側の気持ちにも大きな違いがある
 私は根っからのスポーツ好きなので、夏の甲子園、高校や大学のラグビー、サッカーJリーグ、それに冬の高校駅伝など年に数回は“生”で観戦するが、これはまさにその場に身を置くことによって、日頃のストレスを吹っ飛ばすという効果も知らず知らずのうちに期待してのことなのかもしれない。
 そういう意味でも、スポーツは時間があれば現地に駆けつけて、選手や監督の声、それに選手の息づかいも耳に入れながら観戦すると何倍も楽しいものになる。

 ここからはあまりにも急な展開であり、話が少しずれることになるが、最近 この“生”や“臨場感”ということを仕事上で考える必要性に遭遇したので、そのことを少しだけ触れさせてもらうことにする。
 仕事上の連絡はメールでのやり取りが多くなってきているし、相手の時間を気にせず連絡できる点では非常に便利であり、お互い助かることも多いが、相手の真意やその話への傾注度合いを知る上では、メールでなく面談あるいは電話の方がいい場合もある。
 喜び、納得、怒り、不満、疑問 その度合いがメールではわかりにくい場合もあるが、電話であれば声のトーンや間の置き方で直接 言葉にされなくとも、相手の思いが読み取れることも多々ある。
 若い人には申し訳ないが、最近読んだ雑誌に、「若い人は何事もメールやラインで済ますので、直接面談したり電話で話したりする大事なビジネスシーンでの事の進め方に問題がある場合もある」 と書かれていたが、古い世代の私なんかもまさに同じようなことを感じることがある。
 ただ、こんなことを言ってしまうこと自体、時代から取り残されていっているのかもしれないし、自分の子供たちにこんな話をすると、「みんなは口には出さないけど、うっとしがられてるんと違うか?」と言われそうな話である。
 スポーツ観戦における時差の話からとんだ話にまでいってしまったが、“臨場感”を味わいたいおっさんの独り言と思って聞いていただければ結構です。

 9月も今日と明日を残すのみとなりました。早いですね、日が経つのは。
 大した話でもないにも関わらず 長くなってしまいました。
 では、今日はこのへんで。
posted by ヒロイ at 15:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月23日

No647:顧問先の方に誘ってもらったプロ野球観戦

 今日は16年前に医院を開業されて以来 お付き合いのある先生からお声掛けをいただき、京セラ(大阪)ドームまでプロ野球観戦に行ってきた。今まで2、3回お誘いを受けていたにもかかわらず、私の方がスケジュールが合わずなかなか実現できなかったが、連休の間の日である22日(日)にやっとフリーの時間がうまくあったのでいっしょに野球観戦することができた。私が税理士事務所を開業したのは今から12年前であるが、この先生とは私が開業前に勤務していた税理士法人の時からの付き合いで、私の開業と同時に廣井事務所の顧問先になっていただいた方である。とはいっても我が事務所の所長代理が担当し、主だった業務も私の出る機会がないくらい問題なく進んでいて、球場であった時は「10年ぶりくらいですね。」とあいさつを交わしたくらい本当に久しぶりであった。
 この先生は今は夫婦そろってプロ野球ファンで、そのファン度は京セラドームを本拠地とするオリックスのファンクラブにも入っておられるくらいの熱の入れようである。奥様と二人で観戦されるのが基本で、今年だけでも既に21試合観に来ているとおしゃっていた。非常にまじめなご夫婦が野球観戦、しかも 12球団で一番弱いと言われているオリックスのファンというのが不思議でもあり、それがまた妙に親しみが感じられるところでもある。この日の相手はパリーグの優勝がかかっているソフトバンクで、工藤監督をはじめとし、先発ピッチャーの和田や内川、柳田、松田選手など多くの馴染みの選手がいたが、実はこの先生が応援するオリックスの選手はものの見事といっていいくらい一人も顔と名前が一致しなかった。ただ、今日はオリックスのユニフォームを身にまとったこの先生から今の注目選手や今後活躍しそうな選手の説明を聞きながらだったので、本当に楽しく野球観戦をさせていただいた。席もライブ指定席といって選手の顔がはっきりと見えるくらいグランドに近いとてもよい席で 野球好きの私の心を十二分に満たしてくれた。

 試合の後は、心斎橋にあるこの先生が行きつけの店でごちそうになり、いろいろな話をすることができた。
 この先生の年齢は私より一つ上であり、昨年ご結婚されたご長男の子供さん(この先生から見ればお孫さん)の話も聞き、来月 九州から顔を見せに来てくれるととても楽しそうに話されているのが印象的であった。また、私の長男も昨年 結婚したという点では同じような境遇であったことも共通の話題として話の入っていきやすかったのかもしれない。

 まあ、いっしょに野球を観て、一杯飲んでというお決まりの流れではあったが、野球や息子の話題の後はやはり開業医ということもあって、スタッフに恵まれている話を皮切りに昨今の医療事情や地域性の他にも患者の気質や対応の仕方など結構 込み入った内容にも話題は広がり、通常の仕事の時間では本音で口にしづらいことまでいろいろと話を聞くことができ、終わってみれば結構 中身の濃い2時間であった。
 この先生は翌日の23日(月)もまた同じカード(オリックス対ソフトバンク)を観戦されるようだが、私はその日は大事な用事が入っているので、食事が終わったら足早に駅まで歩き、そして地下鉄、京阪と乗り継いで京都まで帰ってきた。
 今日は本当に久しぶりであったが、10年間の空白を埋められるくらい いろいろな話もできたし、最後はこの仕事って 、やはり相手の本音を聞き、経営者(医師)の想いを実現することが大事なんだなとアルコールが入ってはいたものの まじめなことも考えながら京阪電車に乗り込んだ。ただ、10分もしないうちのすっかり寝入ってしまい、目が覚めたら終点 出町柳に着いていた。
 今はその電車での睡眠が効いて 眠気が吹っ飛んでしまったので、遅い時間であるが忘れないうちに書き留めておこうとこうしてパソコンに向かっている。

 明日は朝が早いんだった。もうこんな時間。やばい、ヤバイ、突然ですが今日はこのへんで。
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2019年09月16日

No646:温かみのある経営者

 税理士という仕事をしていると経営者と直接会って話をする機会は多し、私の場合は開業医である顧問先も多いので院長、つまりお医者さんとも週に6、7人、多い時は15人近く会う週もある。
 そういった中で人間的に厚みのある人だな、こんな人間になりたいなと思うこと度々あり、これは日々仕事をしていて何かしら生きるための研修を受けているような気分になる時もある。
 こういった方の共通点は、人を大事にする、自分を飾らない、嘘をつかない、そして何事においても勉強熱心なことであろう。
    それは私より年上の方だけでなく、中には私より10歳近く若い人の場合もある。
 
 俗にいう“おべんちゃら”を言って、一時的に相手を心地よくさせるというのは対人関係でよくあることだが、こんなことはあっという間に本当の気持ちが分かってしまい、下心見え見えなんていうこともある。
 お客様や患者様は物やサービスの提供と価格がつりあっているかどうかということに着目して行動されるが、従業員が職場を選ぶ基準は当然、賃金が重要な要素であるが、それよりも重要なのは経営者の人柄であるように思う、特に中小企業においては。
 私の顧問先の中でも人の入れ替わりが少なく、非常に定着率のよい会社やクリニックがあるが、そこは決して給与水準が他よりも高いというわけでもなく、やはり居心地のよさであったり、お客様や患者様、そして経営者から自分がどれだけ必要とされているのかという点、そういったことが仕事のやりがいにつながっているのだと思う。

 私もあんな風になりたいと思えるトップの方が何人かいらっしゃるが、そういった方々の顔を思い浮かべると まず、自分より相手ありきという姿勢を貫かれている。ただ、自分が何もかも相手に合わせるというのではなく、「この部分は何よりも大事な所なので、絶対に曲げられない。」という信念のようなものも持っておられる。
 私は雑誌も含め、経営者向けの本に目を通す機会が多いが、こういった実体験はどんな本よりも役に立つものである。
 賞与を渡すとき一人一人に違う内容の感謝のメッセージを綴ったメモを入れられる方。5年10年の節目にはスタッフがいたからこそここまでこれたと いっしょになって食事や旅行を楽しむ方、また、その食事会や旅行には従業員の家族の参加(小さなお子様の場合が多いが)もあり、それはそれは賑やかなものとなる。
 こういったことがお客様や患者様を思いやる気持ちにもつながってくるし、これらはどこのマニュアルにも書いはいない対処法である。トップが口で言うだけでは人は動くものではなく、トップの常日頃の言動をみて、ついていっていい人、間違いのない人と従業員は判断するのであろう。
 私も日々多くの経営者と会うことができる職種なので、いいことはためらわずに取り入れ、こういった魅力的な経営者の真似事から始め、少しでも近づけられたらと思っている。
    いい経営者と会ったり話をしたりした後は本当に充実しきった気持ちで帰路につけるし、「近づきたい」と思って自分にはっぱをかけるきっかけにもなる。
 自分を取り巻く人、日々接する人、これは自分の人生にとっても大きな意味を持っていることのように思う。
 「あんな人に近づきたい」と思える人が多い人ほど成長するし、そんな人を一人でも多く持てるよう 人との関りを築いていきたいなとも思う。

 今日は日頃 会っている人の顔も思い浮かべながら このコーナーを綴ってみた。
 明日は休みなのでポポタン(うちのワンちゃん)との朝の散歩がゆっくりできるなと 考え、少しうれしい気分でビールを飲んでいます。
 では、おやすみなさい。
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