2009年11月20日

No126:『三年前に出た話題も忘れません』

 誰が言ったか分かりますか?
 これ祇園の有名な芸妓さんの言葉なんです。
 当然、世の中には記憶力の優れている人とそうでない人がいて、よく、『私、本当に物忘れが激しいんです。』とか『記憶力がなくて。』という話が出るが、これは仕事以外での日常生活やお年寄りの会話の中では、嫌な感じばかりでなく、ほんわり感というかちょっとホッとする部分もあるというのが本音である。

 しかし、仕事をする上では、『私、記憶力がちょっと劣ってまして。』では済まされない場合もある。私の経験の中では、こういう言い方をされる方ほど、実はしっかりしている方が多いように思うが・・・。

 これが事務所のメンバーとなると、「おいおい、仕事をする上でそれはあかんの違うか?」と思ってしまうこともある。記憶力という問題ではないかもしれないが、日々の仕事の中ではこんな事例があった。

 我が事務所は地下鉄 丸太町駅徒歩3分という立地もあり、顧問先への移動に地下鉄を利用する機会が非常に多い。
 南方面に向かうときは、烏丸御池で地下鉄東西線、四条では阪急、京都駅ではJR、竹田では近鉄と4つの乗り換えパターンがある。この時、当然のことながら何両目の車両に乗っていたら一番便利に乗り換えができるか、それぞれに違いがある。
 また、奈良までの近鉄沿線に顧問先が数件あり、何両目に乗るのが下車駅で改札口に一番近いのか、ちょっと頭を働かすだけで、僅かとはいえ時間の短縮となる。

 事務所のT君と一緒に出かけとき、私が『四条で阪急に乗り換えなので○両目』とか、『ずっと乗っている場合、前から○両目が空席が多いので座れる確率が高いぞ。』と言うと、最初は目を白黒させながら、『所長、すごい記憶力ですね。』と驚いていた。
 私はすかさず、『こんなことは記憶力でも何でもないわ。ビジネスマンとして当然のこと違うんか。』と嫌味っぽく言った。
 私からのこのパンチが効いたのか、最近ではこのT君といっしょに出かけると丸太町駅で乗る前に、『京都駅でJRに乗り換えなので前から○両目です。』と誘導してくれるようになった。

 これって、つまらぬ話のようであるが、仕事をする上で色々なことに結びついているように思うし、非常に大切な要素も含んでいるように思う。

 冒頭の売れっ子の芸妓さんもお客様の顔と名前はもちろんのこと、その方の好きな料理お酒の種類、そして、趣味や家族構成まできちんと記憶されていて、何年か振りにお見えになったお客様に対しても、まるで数ヶ月前に会ったかのように前回の会話の続きができるそうです。
 自分自身に置き換えて考えてみると、会話の出だしとはいえ、『あっ、そうでしたっけ?』と言われるのと、『そうそう、前回のあの話、おもしろかったですよね。』言われるのでは、親近感という面では月とすっぽんである。

 仕事における記憶力と言うのは、ただ単に物覚えがいいと問題ではなく、その時いかにその話を真剣に聞いていたかによると思う。
 “記憶にとどめる”というのは、まさに“印象として心と頭に刻み込む術”に他ならない。

 我々のように40代も後半になってくるとこうしたことに気を張ってばかりはいられないが、これから伸びゆく若い人には是非ともこんなことでも貪欲に取り組んで欲しいものである。

 ただ、一生懸命なんてそうそう長くは持たないし、さぼることにも意義を見出して、さぼろうと思った時は、迷わず、遠慮せずに勇気をもってさぼることも必要だと思う。

 
 あ〜あ、また、“中年のおっさん”の説教じみた話になってしまった。最近このブログって、こんな話が多いなと自分でも多少反省もしている。
 でも、本を読むと本当に良いことや楽しことがたくさん載っているので、ついつい紹介したくなってしまう。
 今回も、祇園の芸妓の出身の岩崎峰子さんの著書 【祇園の教訓・・昇る人、登りきらずに終わる人】(岩崎峰子)の中には、私がドキッとする行動が幾つも掲げられていた。


 全然、話は変わるが、明日から事務所は三連休であるが、明日はある方の紹介で事務所に秋田県からお客様が来られる。
 多分、秋田県の人と話すのは初めてだと思うし、今晩から楽しみで楽しみでたまらない。

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2009年11月14日

No125:戦力外通告

 “戦力外通告”。この言葉は何とも冷たい響きを持っている。
 この時期、サッカーではジュビロ磐田の“ゴン”こと中山選手。それに野球では阪神の今岡選手や横浜の工藤投手の“戦力外通告”が報道されている。
 このうち、工藤投手は46歳にして古巣の西武ライオンズに再就職(現役続行)が決まったようだ。
 5人の子供がいる工藤投手は子煩悩で有名であるが、数年前、その工藤一家7人が北区ではちょっと有名な“ジャンボたこ焼き”(北大路堀川上ル)の前にタクシー2台で乗り付け、たこ焼きを買っていたとのこと(子供情報)。
 オフを利用しての京都への家族旅行。あのテレビで見る工藤投手からは想像もできないほのぼのとした光景である。私の1歳下であるので、ちょっと限界を超えている感もあるが、この“おじさんの代表選手”の応援を来年のプロ野球の楽しみの一つにしようと思う。

 この“戦力外通告”は、スポーツ選手に限らず、サラリーマンであっても商売人であっても言って欲しくない、また、聞きたくない一言であろうが、どの業界でも少なからずこういった厳しい事例はあるだろうし、みなさんの周りにも少なからず存在すると思われる。
 私の営む税理士業における“戦力外通告”とは、まさに恐怖の【顧問契約解除】である。
 こんな場でこんなことを論じる税理士は不謹慎かもしれないが、私自身、この【顧問契約解除】にならぬよう、ない智恵を絞りながら、工夫をしたり、頭を悩ませ事務所運営をしている。
 かと言って、こんなことを四六時中考えているわけではないが、

・顧問先の方々の満足度はどうなんだろうか?
・口には出されないが何か言いたいことがあるのでは?
・「サービスの提供と顧問料は見合っているのか。」という疑問を持たれてはいないだろうか?

 顧問先一覧を見ながら考え込んでしまうこともある。

 商売における、この“戦力外通告”とは、昨日までのお客様や患者様、それに得意先がその日からそういう関係でなくなることである。
 人間一個人、あるいは、一つの会社も当然、失敗することはあるだろう。しかし、その失敗を生かすかどうかが、こういった顧客離れが一過性のものか継続的なものなのかの分かれ目であるように思う。
 我が事務所は全員が1フロアで仕事をしているので、仕事のミスもまずい電話の取り次ぎや返答も気になることはその場で注意するようにしている。これは、決して所長である私からだけではなく、誰とはなく気がついた者が、『今の対応まずいで。』とか、『ぐずぐずしてたらあかんで。』と注意したり、注意されたりしている。

 日々の仕事の中で失敗を恐れすぎて積極的に打って出れないこともあるが、事務所の“売り”の部分は積極的にPRすることも大切である。どんな商売でもこの“攻め”と“守り”のバランスが一番難しいように思う。

 話を“戦力外通告”の方へ戻すが、自分自身も何度か苦渋の移籍を繰り返しながら45歳で現役を終えた野村克也 前楽天監督は、監督になった後は、この“戦力外通告”を受けた数多くの選手を“再生”させたことでも有名である。これも人生の表と裏、日なたと日陰の両方を経験している野村 前楽天監督ならでは成し得らえることではなかろうかと思う。

 
 人間というものは、もちろん怠け癖がついてはどうしようもないが、かと言って、年がら年中、気を張って生きていくなんていうことは到底不可能なことである。
 そんな中で先日、新聞の片隅に3年ぶりに剣道日本一になっと内村良一選手の記事が載っていた。内村選手は365日練習を欠かしたことがないそうだが、この内村選手の明大時代の恩師 森島健男師範が常日頃から言っていた言葉が何とも素晴らしい言葉である。
 自分の限界を十分に理解している凡人の私はすぐさま、「よし!」と自分の手帳に書き込んだ。

  ★ 『誰にでもできることを、誰にでもできないくらいやれ。』
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2009年11月06日

No124:会えなかった“阿修羅”

 “旅行”も私の趣味の一つであるが、なかなか時間がとれないし、ちょうど我が家の家族構成からいってもこの年代は色々な意味において子供が小さかった今までのような旅行は難しい状況である。
 「5人揃っての家族旅行」、「夫婦旅行」、「一人旅」どれをとっても現実的ではない。
 
 そんな中でも、半日程度の“ちょっとしたおでかけ”なら可能かと、久しぶりに空いた休日になりそうだった11/3は数日前から一切の仕事を入れずに出かける計画を立てていた。
 とはいっても、阿修羅を見るための奈良に出かける計画である。
 当日は非常に寒い朝であったが、朝9時半出発、午後3時半帰宅という6時間の“奈良かけ足散策”を楽しんできた。
 この日の最大の目的は、興福寺の阿修羅を初めとする14躰の仏像を見ることである。
 京都の地下鉄に乗っているといたる所に【お堂で見る阿修羅】というポスターが掲げられているし、是非とも阿修羅に会いたくて近鉄電車に乗って出かけていった。
 
 ★【お堂で見る阿修羅】(平成21年 10/17〜11/23:奈良 興福寺)
   ・阿修羅等の国宝、現存する14躰全てをおよそ110年ぶりにお堂に安置

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【参考記事】:「阿修羅展 東京で95万人、福岡で70万人」
(東京)
・「国宝 阿修羅展」は3月31日から6月7日まで東京・上野の東京国立博物館で開催されていましたが、会期中日本の美術展としては最高の95万人近い来場者を集め、「阿修羅ブーム」といわれる社会現象を引き起こしました。

(福岡)
 ・九州国立博物館(福岡県太宰府市)で開かれていた奈良・興福寺創建1300年を記念した特別展「国宝阿修羅展」の総入場者数は、最終的には71万138人に。九州で開催された展覧会の動員数としては新記録となった。
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 家を出てから約1時間余、11時前には近鉄奈良駅から10分程のとこにある興福寺に着いて、さあ、大人1,500円もする拝観券を買おうと売り場へ行くと【現在の待ち時間 150分】というプラカードが立っていた。
 『えっ、まさか? 嘘やろ。』と思ったのも束の間、次の瞬間には私に並ぶのか、並ばないのか二つに一つの選択肢が突きつけられていた。
 一緒に行ったカミさんは、この日は珍しく『阿修羅』、『阿修羅』と叫んでいた私に気を遣っていたらしく、この列に並ぶかどうかについては全く自分の意見を言わずに私の判断に委ねていたようだ。私の方も、今回はカミさんの顔色をうかがうこともせず私個人の判断で結論を出そうと思っていた。
 頭の中でとっさに「見たいけど、見て出てくるまでには3時間か。でも、今日の第一の目的は阿修羅やしなと。う〜ん、悩むとこやな。」と大いに悩んでしまった。
 そして、30秒後に私の出したのは、「やめとこ。せっかく奈良に来たんやし、他の奈良を味わお。」という結論であった。
 時間があったら行こうと少しだけ狙いを定めていた【正倉院展】(すぐ近くの奈良国立博物館で開催中)の前も通ってみたけどこちらも長蛇の列。結局、1km程先にある春日大社に行くことにした。
 私の下調べではこちらも世界遺産に登録されており、最終的に時間があれば行きたいなと思っていたのでためらうことなく春日大社の方へ向かった。
 途中の奈良公園はいたるところに鹿がいて(あたりまえやけど)、京都とはまた違った何とものどかというか、時間を忘れるくらい優雅な気分に浸ることができた。
 その後、昼食をとり、少しだけ奈良市内をぶらぶらして帰ってきた。
 滞在時間は3時間半くらいのわずかな時間であったが、京都とは趣の違った“古都”を楽しむことができた。

 実を言うと、奈良にも顧問先が数軒あり、近鉄に乗るたびに「仕事以外で奈良に行きたいな。」と以前から狙いをつけていた。
 奈良の大仏がある東大寺は小学校の修学旅行でも行ったが、それ以外、奈良というのはほとんど知らない。
 法隆寺、唐招提寺、薬師寺、そして明日香村や吉野と私にとって、まだまだ未開の地が残っているので今後も時間を見つけて奈良詣をしたいと思っている。
 子供が小さい頃は奈良なんて全く興味のなかったし、子供を連れて行っても喜ばないところであった。15年程前のゴールデンウィークに子供を連れて今はなき“奈良ドリームランド”行ったことはあったが・・・。

 まあ、こういうことに興味を持ち出す自分に我ながら多少驚いているのも事実だが、こうして千年以上も前に建てられた寺院を訪れると本当に不思議と“今”を忘れることができる。
 現実逃避と言われるかも知れないが、まあ、1年のうちで僅かな時間はこんな時間を持っても許してもらえるだろう。
 
 例年通り、年末から来年の3月末まで仕事の方は凄まじい状況が予想されるが、まあ、その少し前のこういった時間はなかなか有意義な時間であった。
 この秋、2、3時間でもいいのでもう一ヶ所どこかに行ってみたくなった。
 大原三千院で座ったままボーっとして庭を眺めるということもしてみたいことの一つである。でも、秋の三千院は観光客が多すぎて近づけないだろうな?


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2009年10月30日

No123:鞄が人間を変える

 よく雑誌なんかを見ていると“トップビジネスマンのグッズ”とか“男の値打ちは小物で決まる”とういうカラーのページがある。
 鞄、財布、靴、ネクタイ どれを見てもびっくりするような値段がついている。特に時計スーツなんかは1回分のボーナスさえもふっ飛ぶような金額である。
 さて、みなさんはこういった雑誌に載っている高価なものを見てなんて思われますか?

 『こんなもん贅沢過ぎる。買う奴の顔が見たいわ。』
 『いつかは俺も買ってやるぞ。』
 『見るだけで楽しいけど、別世界のもんやな。』
 『全く興味も関心もなし。』

 こんなことどう思おうと自分の勝手なんだが、最近、持ち物によって気分も違うんだなと思われることを間近に見た。

 ある日、事務所の若手男性社員の一人が顧問先の訪問時に使う鞄を買ってきた。今までは入社時から持っている普通の通勤用鞄であったが、新しく買ったものは、何冊かのファイルゆったりと入り、非常にしっかりとした大きなものであった。
 今まで、小さな鞄にパンパンになるまで詰め込み、それでも入らないときは別の紙袋に入れて出かけていたが、この特上?鞄を買ってからは、「なんでもござれ。」と言わんばかりにごっそりとしまい込み、さっそうと出かけていく。
 鞄の値段を聞くと○万円で彼にとっては非常に大きな買物だと思われるが、決して高級ブランドの超高額なものではなく、「ちょっと背伸びして買ったな。」と思われるような金額であった。
 こういった場合、一般的には本人の経済状況と職種に応じて相手が、「ほう」と一目置くものであればよいと思う。

 今回の彼を見ていて感じたことは、良いもの(高額という意味ではない)を持てば、相手に対した時、気持ちの張りが違ってくるのが伝わってくる。
 「たかが鞄、されど鞄」なんだが、それは、決して勝ち誇ったというものではなく、持ち物や身に付けているものに恥じない自分でいようという気持ちの“高揚”や“張り”というものであろう。

 当然、仕事の中身が一番大事であるが、お客様と会った時、特に初対面であれば、相手に嫌な印象を与えないことがポイントだろう。
 ここで、もし、とびっきり高額な時計やスーツを身に付けていると、かえって相手を気後れさせてしまい決して話が良い方向に進むとは思われない。そういう意味で、地位や収入に応じて、あるいは、ちょっとだけ贅沢した自分というのが一番いいように思う。
 相手に優越感を持たせるために紙袋を片手に安物のスーツで登場するのもひとつかもしれないが、逆に相手に『この人、安っぽい。えらいしまつ(倹約)してるな。』と思われると、信用を失ったり、相手にされない場合もある。

 何度も言うが、もちろん、仕事は最終的には中身で勝負するものである。しかし、こういった仕事の中味以外でも勝負は始まっていることも忘れてはならない。
 確かに新しい仕事をする時、初めて会う人(ビジネスマン)がかっこいい鞄の中から上等そうな名刺入れを出し、さっそうと名刺を差し出されたらドキッとするし、こちらも背筋が伸び「よっしゃ!」と気合いが入っしまう。
 これがヨレヨレの鞄と傷だらけの名刺入れから名刺を出されたら「なんや、こいつ。」と思ってしまうだろう。

 我々の仕事はある意味、“信用”を売るようなところがあるが、この“信用”を得るには、過度に華美であってもいけないし、みすぼらしかったり、貧乏臭かってもいけない。ちょうどいい“ころあい”というのがあるように思う。

 事務所の若手にこんなことを話している自分が、なんだかとても生意気な気がしたり、また、歳をとったような気分にもなったりもした。

 でも、よくよく考えてみると、やはり、ビジネスマンにとって勝負のスーツや靴とういのは、気持ちを高める上で必要なような気がする。
 
 みなさん、どう思われますか?
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2009年10月23日

No122:廣井事務所はどこまで行ってるの?

 我が事務所のお客様(顧問先)は数的にはもちろん京都市内が一番多いが、京都府の北部、滋賀県、奈良県、大阪府、福井県、それに石川県と広範囲にわたっている。
 税法は地方税の細かな規定を除いては全国共通であるが、各顧問先の経営は地域ごとにそれぞれ特色がある。
 業種も医療機関が多いことは多いが、建築関係、製造業(電子部品、造船関連)、飲食店、学習塾等他の業種の顧問先もあり、それぞれ経営環境や業界情報も様々である。

 この一週間は京都府下(丹波)、滋賀県、奈良県と3府県にまたがっての移動であった。来週は京都府北部の顧問先への訪問が数件重なり、これまた移動距離の多い一週間となりそうである。
 今日は奈良の開業医の先生と久方ぶりにじっくり話をする機会があり、先生の患者に対する思いや医院の経営方針、そして将来のこと等、今までになく先生の色々な考えや構想を聞くことができた。
 そんな中で感じたことは、どんなことをする場合でもその土地にあった事業の進め方があるんだなということである。
 また、経営の感覚、あるいは臭覚というものが経営の成否と非常に密接に関係しているということもあらためて感じた。開業医、もの作り、また学習塾、どの職業をとっても、専門的な知識だけではなかなか勝負がしにくくなっているのも現実である。
 やはり、全方位的にアンテナをめぐらし、情報を敏感にキャッチし、そして、自分自身の特徴を生かしながら誰にも負けない“強み”で勝負するということが必要なのだと思う。

 我が事務所でも滋賀県の顧問先が増えてきているが、やはりこういった方には京都の感覚でものを言うと、しくじってしまうこともある。先週なんかは滋賀県の方との面談が多かったので、自分自身、頭を滋賀バージョンに切り替えて話していたように思う。ただ、滋賀県と一口にいっても、大津や草津の人口急増地域の若い街と今週訪問した彦根や長浜といった旧城下町とでは住民の気質自体に大きな違いがみられる。また、湖西の高島、今津の方では、まるで京都府北部の高齢化地域、過疎地に近い状況のところもある。
 来年は滋賀県南部の三重県近くに顧問先ができる予定なので、まさしく、滋賀県の地域性を学ばずして仕事ができない状況になってきている。

 こんな話をすると『あちこちに出向いていかれて、大変ですね。』とおっしゃる方もあるが、同じ地域での顧問先をみているより変化や刺激もあって、考え方によってはなかなか楽しいものである。
 所長代理のO君なんかは、京都、滋賀、大阪福井、石川(金沢)の5府県に顧問先を抱えていて、毎月の移動距離は相当なものだし、こういった頭の切り替えも非常にうまいのだと思う。今週は久し振りにO君が担当している顧問先を訪れたが、“O君ファン”の根強さを肌で感じることができた良い機会でもあった。

 どこの顧問先であっても、もちろん、訪問先での業務はきちんとこなさなければならないが、その移動時にちょっとした楽しみを見つけておくと疲れた時の息抜きにもなるし、これは良い仕事をするうえでのコツでもある。
 私も奈良県南部を訪問する時は、近鉄の駅前の少しさびれた?喫茶店で昼食をとるのだが、ここだと気兼ねなく時間調整をさせてくれる。また、今週利用した名神高速のパーキングエリアでの休憩時には“げそ焼き”と“ホタテ焼き”を食べて夜の仕事への腹ごしらえを無事済ますことができた。これは1本300円もしたけど本当に旨かった。

 今回は何だかとりとめのない話になってしまったが、今後、仕事をする上でもこういった“息抜き”というのは必要であると思う。それとこういうちょっとした顧問先以外の人との接触を通してその地域を知ることができ、顧問先への指導にも何か役に立つことも生まれてくるように思う。

 いつもうちの若い衆には、『顧問先の経営指導のヒントは財務数値が並んだ資料や難しい本だけでなく、街の中にいくらでも落ちてるで。車での移動中でもあそこが店閉いしているとか、あの看板は新しいな、とかチェックポイントはたくさんあるはずやで。』と小うるさく言っている。
 ただ、運転中にきょろきょろし過ぎると危ないのでほどほどにしないといけないとは思うが・・・。
 
 まあ、我々の仕事は何事にも興味を持つことが大事であるということか?
posted by ヒロイ at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

No121:心が洗われた「車椅子の花嫁」

 我が家には、マンガ、週刊誌、ファッション雑誌を含め、色々なジャンルの本が家のいたるところに置き去りにされている。先日、車のトランクから荷物を降ろそうとしたところ、紙袋の陰に数冊の本があり、この中で私の目に留まった一冊の本があった。
 その本とは【命をくれたキス・・「車椅子の花嫁」愛と自立の16年 鈴木ひとみ(小学館)】。
 過去に何度かマスコミで取り上げられたこともあるのでご存知の方もあろうかと思うが、先週の連休にこの本を読んで久し振りに感動したのでここで取り上げてみることにした。

 この本の著者、鈴木ひとみさんを簡単に紹介しておくと、

  ・ミスインターナショナル準日本代表
  ・モデルとしてショーやCMで活躍
  ・撮影の帰り、高速道路での交通事故で脊髄を切断、車椅子の生活となる
  ・1年7ヶ月の入院生活の間に、身障者国体に出場し、車椅子陸上の二種目で優勝
  ・退院後、事故の前から交際中であった伸行さんと結婚
  ・現在は講演活動をしながら、バリアフリーアドバイザーとして活躍

 ざっと経歴はこんなところである。

 障害を負った娘の結婚に反対だったひとみさんの両親の想い、事故前と全く変わらぬ愛情で何の疑問も抱かず結婚を実現させた夫の伸行さん、そして、大阪の実家を離れたひとみさんを我が子のように、というより我が子以上に思いやり、何の違和感もなく受け入れた伸行さんの両親(伸行さん夫婦は伸行さんの実家の隣で生活)。これらの家族の方々の16年間という時の流れの中には、この本の中では言い尽くせないほどに様々な出来事があったのだろう。
 ひとみさんは下半身不随ではあるが、いくつかの条件をクリアできれば身体的には妊娠も出産も可能であったようだが、伸行さんの『子供はいらない、二人で最高の人生を送ろう。』という言葉は、二人だけでなく周囲の家族にとっても非常に大きな意味を持つ一言だった。
 まず、伸行さんのお母さんは一人っ子である伸行さんの孫の顔を見て過ごすより、このひとみさんと一緒に楽しく、充実した毎日を過ごそうと決心し、結婚前の事故当時から現在まで、良き応援団としてずっと二人を支えてこられている。このお母さんが素晴らしいだけではなく、人間として凄いなと思うところは、「人と人の信頼関係は、遠慮なんかしていたら長続きしない。」という持論から、ひとみさんに対しては遠慮も容赦も全くせず接しているとこであろう。ひとみさんがこのお母さんのことを本の中で“親友としてのお母さん”と表現していることでもこのことはうなずける。
 炊事、洗濯、掃除を誰の手も借りずにやり遂げ、可能な限り自分自身で日々の生活はこなし、その上、免許をとった自動車、それに車椅子を使いながら活動範囲も広げているひとみさん。ここに行きつくまでの本人の努力は並大抵のものではなかったであろう。
 しかし、夫の伸行さんも“面倒をみる”という優しさだけではなく、ごく普通の夫婦(自分たち夫婦が何ら変わった形ではないと思っているひとみさんはこんな表現が一番嫌みたい)であるかのような振る舞いで、時には手厳しく、また、時には嫌みの一つも浴びせたりしなが本当に良い夫婦の関係を築き上げている。
 富士フィルムに勤める伸行さんは、飲み会の時には午前様になったりと、特に気兼ねもせず本当に自然に接することによって二人の生活を充実させ、お互い成長し合っているという感じである。
 もちろん数多くの紆余曲折はあったと思うが、この二人だけでなくここに登場してくる双方の家族には悲壮感など全くなく、本当に中味の濃い、満足のいく人生のようである。

 本の内容については、ここで細かく言ってもうまく表現できないので、時間が許す方は一度、読まれたらとは思うが、私が読み終わって感じたことは、生きる上ではもちろん“強さ”が必要ではあるが、決して優等生になる必要はないし、いつまでも、どこまでも“自分なり”に正直に生きていくことが大切なことなんだなということである。

 子供のこと、親のこと、仕事のこと、そして夫婦のこと等、何かにつけ私が普段から不満や不安に思っていることはこの本の中に出てくる家族が歩んだ16年間と比較すると、口にすることさえも恥ずかしいようなことがあまりにも多く、自分自身大いに反省させられた。

 最初にも言ったが、この本は車のトランクに置き去りにされていて、真夏の熱も経験しているのでブックカバーは少し変色し、表面は波打っているが、読書の秋の良き日に「良い本に出会えた」と思える一冊であった。

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2009年10月09日

No120:私とオリンピック

 先週は2016年のオリンピックがブラジルのリオデジャネイロに決定し、東京は予想どおり落選という結果に終わった。
 東京への招致運動に携わっていた人にとっては申し訳ないが、国民の多くが「あっそうか、残念やったな。」の一言で終わってしまい、それに続く話題なり、期待はほとんどないと言っていいだろう。
 デンマークのコペンハーゲンのIOC(国際オリンピック委員会)の総会まで駆り出された鳩山首相は“一泊三日”の強行軍でさぞお疲れとは思うが、残念がるのは石原東京都知事ばかりというニュースを見ていると、やはり国民的な盛り上がりには欠けていたと言わざるを得ない。アメリカでもオバマ大統領が奥様の出身地のシカゴの援護射撃に駆り出されたがほとんど効果がなかったようである。
 その点、今回開催が決定したリオデジャネイロの盛り上がりは84.5%という地元住民の支持率が示すとおり凄まじいもので、55.5%の東京は比較にもならない。やはりオリンピックという一大イベントはその開催国が国民とともに作り上げ、開幕を待ち望むというのが本当に意義のある開催であると思う。
 こういった観点から過去の開催地をみてみてもソウル、北京は韓国中国が国際舞台へはばたく契機となったし、モスクワは東西冷戦時代の東側(社会主義国家)の象徴ともいえるソ連が国家の威厳をかけた開催であった。そして、あのカールルイスが活躍したロサンゼルスオリンピックはまさしくコマーシャリズム(商業主義)そのもので、その最高の権威を誇るアメリカでの開催であった。これらはどれをとってもそれぞれの国と都市がオリンピック開催に大きな意義を持っていた。
 そう考えてみると、今回の東京開催にはいったい何の目的で誰のために開催しようとしているのかが今一つインパクトに欠けていた。
 今回のリオデジャネイロは南米という土地柄、治安について問題視されてはいるが、やはり今後世界へ羽ばたく新興国のブラジルでの開催は国民にとっても大きな関心であり、国にとってもまさしく“チャンス”そのものである。
 サッカーのワールドカップも2010年の南アフリカはアフリカで初めての開催であり、この南アフリカが黒人差別の象徴ともいえるアパルトヘイト政策の終焉を世界へアピールする絶好の機会でもある。また、この人種差別政策の廃止は完全でないと疑念を抱かれていることに対して、現状はどうであるのかを全世界に対して踏み絵としてみせしめる場となり、これも本当に大きな意義があると言えるであろう。
 
 堅い話はここまでにして、オリンピックについてはそれぞれの年代で思い出や記憶が残っているかと思うが、残念ながら1964年の東京オリンピックは私はまだ2歳でありマラソンのアベベもバレーボールの東洋の魔女も記憶にはない。
 オリンピックで私の記憶に残っている場面としては、(以下、順不同)

○ミュンヘン大会の男子バレーボール。松平監督のもと、大古、森田、横田の3本柱とセッターの猫田を中心にまとまり金メダルを獲得。当時、日曜日の夜「ミュンヘンへの道」というテレビ番組があり毎週くぎ付けになった記憶がある。

○同じく、ミュンヘンの水泳で男子平泳ぎの田口信教、女子バタフライ青木まゆみの金メダルを取った瞬間は思わずガッツポーズをしてしまった。

○あと、忘れられないのがモントリオール大会の女子体操のコマネチ。確か、国はルーマニアだったと思うが、あの人間とは思えない曲芸技のような演技で当時の満点である10点を連発したことは驚き以外のなにものでもなかった。

○そして、冬の日曜日の昼にみかんを食べながら見ていた札幌オリンピックの70m級ジャンプ。笠谷、金野、青地の日本人選手が金銀銅を独占した。

 あと、オリンピックの悲劇として忘れてならないのは、
★マラソンの瀬古利彦選手(早稲田大→エスビー食品)が選手として脂が乗り切って、金メダル確実といわれていたモスクワオリンピックを日本がソ連のアフガニスタン侵攻に抗議するためボイコットしたことである。瀬古選手はモスクワオリンピックの舞台に立つことができず、その後、ロス、ソウルのオリンピックにも出場したが、既に選手としての峠を越していたので二大会とも惨敗に終わった。

 全くの余談であるが、この頃のスポーツを扱ったテレビ番組の中で現実にはあり得ない技を毎日の遊びに取り入れて楽しく過ごしていたことを思い出した。
 その技とは
・「巨人の星」・・・大リーグボール1号
・「サインはV」・・・X攻撃
・「金メダルへのターン」・・・飛び魚ターン

 今回、オリンピックについて色々と考えていると、ふとこんなことを考えた。現実的でないし、歓迎されないだろうが、北朝鮮のピョンヤンでオリンピックが開催された時、この国が初めて国際社会の仲間入りを果たし、北朝鮮の貧困と核問題の解決策が見出されるのではないか。
 これぞ真の“平和の祭典”か。
 この発想、ちょっとめちゃだったかも?
posted by ヒロイ at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月02日

No119:優しい税務署はちょっと?

 以前から、「役所の窓口は無愛想すぎる。」と言われているが、一口に役所と言っても市役所(区役所)や町役場、それに公立図書館、水道局等一般住民の生活と密接に関わっているものもあれば、警察署、消防署、税務署のように何か特別なときにのみお世話になる役所もある。
 この中でも職業柄、税務署に出向く機会が一番多いが、最近の税務署の対応にはほっと和んだり、もの足りなかったり個人的には複雑な思いを抱いている。
 確かに公共機関や役所の一部はいまだに、「その偉そうな態度、いったいあんたら何様やねん。」とか「なんでそんなにブスッとしとんねん。」という態度のところもあるが、ここ数年は、比較的にこやかな対応のところが出てきている。
 もちろん、もともと公務員のお方は客商売という感覚はないので来客の対応には慣れてはいないと思うが、ぎこちなくとも丁寧に対応してもらえるとうれしくなったり、得した気分になったりもする。
 税務署も最近は税務調査で大きな問題を抱えている場合を除いては担当官も一般的な質問に対しては丁寧に対応してくれるし、受付の女性なんかは少し微笑みながら『ご苦労様です。』と声を掛けてくれる。
 ただ、優しくしてもらっておきながら勝手な言い分かもしれないが、“署”のつく役所は訪問する側が少しばかり緊張しながら玄関を入っていく方が良いように思うし、本来、身も心も引き締めながら訪れる場所のようにも思う。
 日常生活の中でも緊張して接しないといけない相手は必要だろうし、それが結果として自分自身を磨くことにつながっていることも否定できない。
 そういう意味では、優しい警察、優しい税務署はどうかなと思ってしまうし、これらの役所は行きにくいくらいの方が丁度いいのかもしれない。
 
 ちょっと話はそれるが、親、先輩、先生(恩師)等、先人や偉いお方の前ではやはり気を引き締めるべきだとは思うのだが、最近の世の中を見ているとこの区別があまりにもなさすぎるように感じてしまう。
 自分が歳をとったからかもしれないが、昔の校長先生なんかは顔を合わすと結構緊張したし、『おはようございます。』と『さようなら。』とあいさつした記憶しかないような校長先生もある。また、下校途中、道いっぱい広がって歩いていても交番の近くでは、急に二列に並んだりしたこともあり、こういったことが今となってはなんだか懐かしい。

 私がこの仕事をしだした頃、書類に“上京税務所”と書いていたので、その時の上司に呼ばれ『“税務所”なんて、日本中どこ探してもないで。税金の役所は“税務署”やろ。“所”と“署”の違い分かるか? “署”と付くとこは法律行為を取り締まる権限のあるところでちょっと怖いお役所という意味があるんや。これ、間違うようではまだまだやな。』と言われたことを思い出した。
 確かに、税務署以外にも警察署、消防署、労働基準監督署、どれも近寄りがたいところには違いない。
 それと比べて、市役所、保健所、職業安定所、社会保険事務所はサービスを提供してくれる機関であり、気軽に行けるし、基本的には怒られるとこではない。
 “署”と“所”の違い、妙に納得。

 そういう意味では、税務署の職員(調査官)の方には申し訳ないが、税務署の対応が親切になったからといって油断はしてはならないし、いつになっても緊張が必要な場所であることには違いない。
 自分自身、税務署の対応を褒めているのか、けなしているのか分からなくなってしまったが、冒頭でもいったように優しい税務署ではなく、毅然として近寄りがたい税務署の方が、ある意味我々が仕事をする上でも良い仕事ができるような気がする。

 今回もいつものように放談で終わってしまったが、今日はこれくらいで・・・。

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2009年09月24日

No118:“叱る”と“怒る”では大違い

 昨日まで初めての“シルバーウィーク”とやらではあったが、我が事務所も19日の土曜日より5連休であった。
 慣れない秋の大型連休で世の中がどう反応するのか興味深かったが、京都市内は観光客らしき人も多く見うけられ思った以上に世間はしっかりと休んでいたというのが率直な感想である。
 個人的には、「もうこれ以上休みええわ。」という感じかな。

 私自身は普段の土日なら面談予定がなければ、「残務の合間に読書」というのが定番であるが、今回の連休は21日以外、人と会う予定もなく「読書の合間に残務」という状況であったので結構な時間を気兼ねなく使うことができた。
 当然、この機会に“読まなければならない本”や“目を通さなければならない本”もたくさんあり、自由気ままにとう訳にはいかなかったが、まずは日頃なかなか出来なかった税法の中で自分が弱い部分の補完学習に時間を費やすことができた。
 世の一般の方からは、「税理士さんは税金のことなら何でも知ってはる。」と思われているが、恥ずかしながら「任しといて。」という得意な分野ばかりではなく、まだまだ学習が不十分な分野も存在しているのは事実である。
 さすがに、税について全く聞いたこともない、初めて聞くという項目はほとんどないはずだが、職業上、やはり、税金のことは何でも知ってる、しかも、“熟知”していると思われている。そういう意味においても、出来るだけ不得意分野をなくし、「税のことなら何でもかっかってこい」と力強く言い切れる税理士になりたいし、これには、半永久的に継続的な知識の補完が必要なのだろう。

 税の専門書を読むというのは、“義務的な読書”あるいは“強制的な学習”であるが、こういったもの以外の好きな本を好きなだけ、好きなときにというのが本来の読書の楽しみであろう。
 今回は5連休だったので、毎度の“戦争もの”、“京都もの”の他に“ビジネスもの”と幅広くて手を出せたが、その中でも【貫く 「創業」の精神(元ワコール会長 塚本幸一・日本経済新聞社)】には学ぶべきものが多くあった。
 今では少なくなってきた戦前生まれの経営者の一人であったが、『終戦を迎えたとき、55人の私の部隊で生き残ったのは、私を含めてわずか3人。』という、強烈なまでの筆者自らの戦争体験が経営の根幹にあるのは言うまでもない。
 この本の中で【叱る】と【怒る】の違いについて、「似ているようで、その内容は全く異にするものである。怒るということは、だれにでもできる安易な行為であるが、叱るということは、時には非常な勇気、思いやり、強い愛が必要である。」と説いている。
 また、この本の中に我々が日々生活する上で心に留めておかないといけない重い言葉が記されていた。
「叱りを忘れた集団は烏合(うごう)の衆であって、なれ合い集団となってしまう場合が多い。」
 現代社会においては、上司と部下、先輩と後輩、そして親と子、それぞれにおいてこの叱り叱られることの緊張感が欠けているように思う。もちろん、私自身もである。

 私もこのことについて過去のことも振り返ってみたが、社会人になってから「あっ、あの時は怒られていたんではなく、叱られていたんだな。」と思う場面がいくつか思い出された。つまり、怒られたことはほとんど記憶にないが、叱られたことは結構覚えているものである。ここに、【叱る】ことと【怒る】ことの違いがあるように思う。
 私自身、今まで叱られたことの記憶として鮮明に覚えていることといえば、仕事以外のことではあるが、高校と大学時代の陸上競技生活での顧問とOBからの言葉である。

 一つは高校2年の時、自転車での下校途中、傘差し運転をしていて前方不注意で溝に落ちてけがをしてしまった。普段、ほとんど声を張り上げたことのない陸上部の顧問の先生から『ちょっとした不注意で今までの苦労が水の泡になってしまうぞ。大事な時期なんでもっと注意をはらって生活しろ。勝負は競技場内だけとは違うんだ。』と厳しく諌められた。確か、このとき全国インターハイの近畿地区予選の10日程前だったと記憶している。
 雨の日も雪の日も練習してきて、いよいよ大一番という前のこのけが、2針は縫ったものの幸い何とか練習も出来、目標が達成できた。

 もう一つは大学時代に陸上部のOB Kさん(当時、誰もが恐れるOB会の名物幹事長)の家に招かれてたときのこと。普段、食べたことにないような肉をたっぷりご馳走になり、お酒もまわってきて気分よくなってきた頃、この日一緒に行っていた3人を目の前に並ばせて、『あのな、お前ら最近たるんどらへんか。バイトして、コンパして女にうつつをぬかして。どこの親もお前らが遊んだり、女とちゃらちゃらするために仕送りしてるんと違うんやで。親ちゅうのはどこの親も、我が息子が勉強もクラブも4年間やり遂げてきちんと卒業し、そして就職する日を夢みて働いてるんやで。分かっとんのか廣井。おまえらほんまにしゃんとせなあかんで。今日はここに泊ったらええけど、明日、自分の下宿へ帰ったら、用事があろうとなかろうといっぺん田舎の親に電話して声聞いてみ。今のお前らには俺の言うてることは分からんやろけど。まあ、俺が言いたいのはそれだけや。電話するのは今日肉食ったもんの約束やで。話はこれくらいにしとくわ。さあ、続きで酒飲むで。』
 
 この苦言の意味が25年以上も経ってやっと分かってきた。これが本当に“叱る”ことであり、“叱られること”である。
 こんなこと書いてると何だかこのお二人に会いたくなってきてしまった。元気にされてるかな?
posted by ヒロイ at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月19日

No117:今の政治、「ここがおかしいで!」

 鳩山新政権がスタートし、今後の政局運営やマニュフェストの中味についての議論は絶えないが、日々、テレビや新聞等の報道で取り上げられているこういった問題はマスコミの方々にお任せするにして、ここ数ヶ月で私が「ここがおかしい」、「なんか変だぞ」と思った事項について勇気を出して取り上げてみることにする。

 まず、
【その1.橋下大阪府知事はうるさすぎる。なんか間違ってへん?】
 知事というのは、大阪府であれば、府庁のトップ、あるいは、府民の代表であるし、そして紛れもない大阪府のリーダーでもある。
 ただ、現行制度においては、知事が中央である国の政治に口を出す立場でもないだろうし、ましてや、『“地方分権”を一番推進する政党を支持する。』とか、『地方分権を推し進めない政党や候補者は支持しないし、必ず落とす。』なんていう発言はおかど違いもはなはだしい。
 国の政策に口出ししたければ、知事なんか辞めて、潔く国会議員に挑戦すべきであろう。
 確かに補助金をはじめとする予算の配分の権限は中央省庁にあり、各都道府県単位ではどうしようもないのが事実であろうが、それを分かって、その裁量も十分に理解して知事になったのではないのか。
 知事として限られた裁量や資金の中で大阪府をより良くするために純粋に職務を執行するべきではないのか。大阪府民だって、きっとそう望んでいると思う。
 知事の立場でこれ以上国政にちょっかい出すのは止めたほうがいいし、どうみてもでしゃばり過ぎだと思う。


【その2.官僚をなぜ悪者にするのか?】
 官僚とは国家を運営するための役人であり、その中でもトップ集団はキャリア官僚と呼ばれる選び抜かれたエリートであり、その多くを東大卒が占める。
 しかし、この官僚、特に中央省庁の官僚たちの行動がなぜそんなに悪く言われるのか私には理解できない。
 “官僚”特に“キャリア官僚”のことを庶民感覚がないとか、利己主義的なエリート集団の代名詞のように言う人もいるが、今日の近代国家を内政、外交の両側面から誘導していくのは我々のような凡人であったり、一般市民の代表では能力的限界は目に見えている。ここまで日本の国家としての政策を立案し実行してきたのは紛れもない官僚たちであろう。
 また、国会議員についても同様のことが言えるかもしれない。よく“庶民派の議員”とか言われているが、市会議員や町会議員ならまだしも、国会議員に“庶民派の議員”なんていらないと思う。
 こういうのは各市民団体や地域住民の代表として国や自治体に意見を言ったり嘆願したりするのでいいのではないか。
 国としても“庶民感覚”や“国民感情”は無視できないものであろうが、国家を運営する能力なんて、当然、我々庶民は持ち合わせていないし、これは我々国民の代表として、最高の能力を持ち合わせている公務員として官僚は必要であるし、これは近代国家として当然のことであろう。
 国民の意見を集約・伝達し、能力のある官僚をうまく使いこなすことが国会議員の大きな役目の一つのように思う。
 そういう意味において、“脱官僚”なんて掲げるのではなく、レベルの高い官僚たちをコントロールし、彼らの能力を国のために最大限に引き出していくことが今の日本の政治に必要不可欠であるように思う。


【その3.マニュフェストについて実行だけを求めるのはいかがなものか?】
 選挙前に掲げたマニュフェストは国民に対する約束である以上、支持を得た側は必死になって実行に移していかなければならないのは当然であるが、移す段階で無理なものや立ち止まって再考した方が良さそうなものは、ストップする勇気も必要であろう。
 もちろん、選挙を通じて国民との間に交わされた非常に重い約束であるが、このことについて国会議員や国民が議論したり、深く考えること自体に大きな意義があるように思う。そういう意味において、実行に移す段階で再度チェックをかけてみて再検討することも大いに結構かなと思う。
 そして、結果としてたとえ実行できないものがあっても、私自身はそのことが即、“公約違反”とは思わないが、皆さんはどう思われますか?


 東国原宮崎県知事の国会への転出話のあたりから、なんだかこの国の政治はおかしんじゃないかと気になっていたし、その後の総選挙、そして政権交代をした今日まで、私が「これ、おかしいで!」と思っていたことを一気に書き出してみた。

 ここに掲げた内容は全くの私見であり、誰かに応援や賛同を求めるものではないが、一度言っておきたかったことでもあるので、こうして、吐き出してみて本当にすっきりした。何かを学習して述べたことではないので、ひょっとすると内容的に理解不足の点や間違っていることがあるかも知れないが、その時は一有権者の独り言としてお許しいただきたい。

 連休の始まりの日にちょっと難しい内容になってしまったが、みなさんはどう思われます?
posted by ヒロイ at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする